レオ一行を乗せた装甲列車はバスキア戦線の激戦区間を抜けた後、列車が消費した弾薬分の補給や損傷個所の修復作業の為にセクター31管轄領の補給基地へと訪れる。
(列車用の補給基地か?こういうところに来るのは初めてだな)
レオは退屈そうに車窓の外に目をやると、そこにはレオの想像とは違った光景が広がっていた。
補給基地というからにはさぞお堅い場所なのだろうと偏見を持っていたが、外の様子はまるで公共スペースかのように一般の民間人と思われる人々がそこそこ跋扈している。
基地というよりは普通に列車のステーションだ。
「さーてと」
マギは背伸びを予備動作にして席から立ち上がる。
「ここにはしばらく列車は止まって動かないし、気分転換にでも基地内を見て回ってきたらどうですか君達?あぁっと、そうそう。ここ、喫茶店ありますよ。それじゃあ私はちょっと外回りをしてきます、そこの彼女の傍にずっと居るのには落ち着いていられませんからね。監視はつけませんご自由に」
マギはそう言うと、例の護衛達を連れて車両を後にする。
「ったくいちいちムカつくやつねほんと」
レフティアはマギが居なくなったタイミングで舌打ちをしてそう言う。
「レフティアさん、マギさんへの敵対心すごいっすね......」
レオはそう言うと、レフティアは深くため息をつく。
「まじでアイツ外側からじゃ何考えてんだがよく分からないから、レオくんも気をつけてよ。見た目に騙されて丸め込まれてでもしたらほんと目も当てらんない」
「いやぁ、それはもう......」
レオは言葉を濁すようにそう言う。
「まぁいいわ、とりあえず出ましょ。癪だけど喫茶店とやらも気になるし、それにミルちゃんの事だし多分レイシア達も居るんじゃないかしらね」
レフティアはそう言って立ち上がると、レオもそれに続いて列車を出る事にした。
列車を出て活気づいたホームに出る、そこでレオはこの基地が人々で活気づいている理由に気づいた。
この装甲列車を停車しているゾーンはそのまま通常の区間列車ホームに突貫的に付設するような形で建造されていて、普通に人々の通り道として使用されているからであった。
もはやこの補給基地は通常の駅と一体となって運用されているようで、軍事的な理由による立ち入り禁止区域も特には見当たらない。
一応これでも共和国軍管轄のようだが、他に比べてこの地域の人々や軍閥はこういったことにはかなり緩いようだ。
付近に見かける和国軍兵士も、本来なら規律で常に装着義務のあるはずの装甲ヘルメットを抱えてラフに過ごしている者もそこそこ居て談笑の声が聞こえてくる。
(激戦区から離れてるにしても戦線そのものとはかなり近いはずだが......ここはなんだか穏やかだし、大きな括りで同じ共和国民といっても、やはり一丸ではないって事か)
ホーム内の階段をそのまま上ると、上がった視線の先には何やら出し物を購入しているゼンベルに遭遇する。
「あっ、ゼンベルじゃーん!」
レフティアはそう言うと、ゼンベルの方に駆け寄っていく。その光景にレフティアの露出的な格好が相まって周りの人々の視線を集めてしまう。
(いやめっちゃ視線集めるし目立つなこの人、この景色に少し慣れてた俺もアレだが改めて見てもあの格好はやはりどうかしているな)
「おーうレフティアか、今あそこの店に持込む用の弁当を買ってたところだぜ。少佐達は先に入ったぞー俺らも行こうぜぇ」
ゼンベルがそう言って指をさした先は、喫茶店のような風貌をした店だった。恐らくマギが言っていたものだろう。
「よし、じゃあ行こう!」
そう言って、三人はその喫茶店へと入っていく。
中にはそこそこの人が居たが、物静かな雰囲気のお店だった。
少し奥まで進むと、レイシア少佐とミル中尉が居るテーブルをレフティアは見つける。
「あっ!レイシアにミルちゃーん!やほーセントラル振り~!」
「レフティアさんにレオさん、どうもでーす!」
「あぁ、無事そうだな」
レフティアの声掛けに調子よく反応するミル中尉、レイシアは冷静に反応する。
「見たところ奴の監視はいないようだが、彼女に許可されたのか?」
レイシアはレオに目線を合わせてそう聞く。
「いやぁ、なんか『監視はつけませんご自由に』とか言ってましたけど......」
「ふむ、そうか。我々が逃げ出さないと、そう確信しているのか何だかは知らんが。我々を扱き扱える自信はあるようだ彼女は。まぁ今は、とりあえずリラックスするとしようか。想定外の先の戦闘に巻き込まれた事だしな」
レイシアはそう言うと、事前に頼んであったドリンクティーを一口飲む。
「全くですよね......、マギさんはこの事を知っていたのでしょうか......」
ミル中尉はそう言って、ため息をつく。
「さぁな、まっなんにせよこうして俺達は無事だしよー。別に慣れっこだからいいが、他の乗ってた民間人が気の毒だぜ」
ゼンベルは弁当に食らいつきながらそう喋る。
「俺達が列車に乗る時、俺がマギさんに「なんで空からいかないんだ?」って聞いたんだが、マギさんは「行けば分かる」って言ってたんだ。多分この戦線の状況を知っていての事だと思うが......」
レオはそう応える。
「そうでしたか......。あっゼンベルさんのその民間人の話なんですけど......。先ほど降車していた人たちの顔色はそれはもう酷い物でしたね......駅の詰所の方にもさっき人だかりが出来てましたし、今頃はクレームの嵐でしょうね......」
ミル中尉は引きつった笑顔でそう言う。
「まったく。まだ統合軍として再編成されていない突貫的なものだったとは言え、南部側の軍閥もそこまで堕ちてるとはな。この様子じゃあまともに戦線の状況など中央には伝わってなかろう」
レイシア少佐の話した内容はマギが道中に話していたものと同様であり、レオは共和国軍の杜撰な有様を身に染みて感じとっていた。
「まっ、想定外の事態とは言え装甲列車は運搬だけを目的とした乗り物じゃねぇしな。そのまま戦闘地域に突入するのはある意味あたりめぇの話だ、文句言ってもしゃーないわなぁ」
「ははは......、手厳しい......」
ゼンベルの言葉にミル中尉はそう言った。
「それよりよぉ、レオ。俺は帝国で起きてたことに関われなかったがよ......、お前が生きていたことが何よりうれしいぜ俺は。飲み仲間も逝っちまった事だしなぁ、またむさくるしい男一人の部隊生活が始まっちまうんじゃないかって不安だったんだぜ?お前が来たときは同士が増えたとおもって内心うれしかったんだがよ......、すぐに数を合わせるように仲間が消えていっちまいやがって全く......」
ゼンベルは腕で目を擦り体を震わせ、涙ぐんだ様子でそう言う。
「あの、本当にすみませんレフティアさん......。やっぱりここに居ない部隊の人って......、その......」
レオは小声で、レフティアの耳元でそう言う。
「あぁ、そっか。記憶が曖昧なんだっけレオくん?みんな死んだわ、あの時」
レフティアも同様に、ゼンベル達に聞こえない声量でレオにそう答える。
「その、すみません。捕まった後の記憶が微塵も蘇らなくて本当に、その......」
レオは言葉選びに困っていると、レフティアがレオの頭を優しく撫でる。
「いいのよ別に。短い付き合いだとかそんな事は関係なくね、気にする事ないわよ。」
「はい......」
レオは、レフティアの言葉に慰まれてばかりいる己に不甲斐なさを抱いた。それからレフティアは通常のトーンに戻して旧レイシア隊メンバーの事について少し語った。
「ホノルはレイシア隊発足以来の付き合いだったわ、それからゼンベルやルグベルク、マド、フィンって増えてった。どいつも優秀な共和国軍兵士だった、まぁうちが受け入れてたのは特殊部隊のなり下がりみたいなのとかばっかだったんだけどね、型にはまらなかっただけで、実戦での彼らのサポートは卓越していたわ。覚醒者相手でも臆する事のない勇敢な兵士たち......、いなくなってしまったのは本当に残念ね......。今回のはいくらなんでも、相手が悪かった。ただ、それだけ。あっレオ君?今自分のせいでとかまた思ったでしょ?」
そう言われてレオは飛び退くように体を震わす。
「えぇ!?あぁいや、まぁそれが事実というか......」
「はぁ......、めんどーねーほんと、誰もが当然覚悟している事だし、どんな結果だったとしても誰もレオ君を責めようだなんてそんな発想すらしないわ。傲慢な思考で自分を責めるのは、やめだよレオ君」
「はっ、はい......」
レフティアの言葉はレオの胸の内に迫る罪悪感を緩和するように、レオの心情に染みわたらせる。
「そうだぞぉーレオ、これからはお前が飲み仲間になってくれりゃいいんだからな!」
満面の笑みでゼンベルはそう言う。
「ゼンベルさんの飲み友は大変でしょうけど......、でもレオさんは部隊の一員なんです!助けられて当然なんですよ!」
ミル中尉は情に満ちた表情と声音でそう言った。
「我々は言ってしまえば運命共同体のようなもの、我々が困っていたら今度はレオ。君が我々を救って欲しい」
レイシア少佐はそう言った。
(仲間を失って辛いのは少佐達の方のはずなのに、こんな時にまで少佐達は俺に責任を感じさせないように慰まてくれている......。はぁ、本当に俺という人間はどこまでも情けないな......)
「はい。少佐」
レオは芯の通った声で、少佐の言葉に答えた。
―――その後、一通り基地内を巡り気休んだレイシア隊は列車へと戻り、レオとレフティアは元居た座席へと戻っていた。
レフティアはしばらく無言で座っていると、突然口を開いて車窓の外に広がる人々の群勢を眺めながらレオに話を掛ける。
「ねぇレオ君、人間って生き物は不思議だわ。彼らは私たちのように頑丈ではないのにどうあっても戦いに関わろうとしてくる。本当は人間が戦う必要なんてないのにね、戦いなんて野蛮な事は私達に任せておけばいいのに、彼らは時にそういった合理性を欠如して命を私達に預けてくるの。かよわい体で少しでも私たちの力になろうとしてくれてる、ゼンベル達みたいにね。野蛮で、それでいて優しい生き物ね。人間って」
レオは返す言葉を思いつけずに、レフティアの言葉にそのまま無言で頷いた。
「そういえば、レオ君。黒髪ロングの美女に心当たりはない?多分最近会ってると思うんだけど、レオ君のこと知ってそうな」
レフティアは話題を急転換させた。
それに対して驚きつつも、レオはその人物にピンポイントで心当たりを抱いていた。
「えっ、それって......。多分《《クロナ》》さんの事ですかね......?」
「クロナ?ふーん。彼女、クロナって名前なのね。もしかして噂のセラフィールって彼女の事なのかしら。レオ君はクロナとは親しいの?」
「いやぁ全然、ほんの少し向こうで顔を合わせた程度で特には......。でも会った時向こうは俺の存在に気づいていたみたいなんですけど―――」
「―――やぁ、お邪魔したかな。なんのお話をしているんですか?」
レオとレフティアの会話に、突然マギが割りこんで来る。
レオが回答に困っているとレフティア「べっつに~」と言ってその場を難無く流した。
マギが戻ってきたタイミングで丁度良く出発アナウンスが鳴り響く、やがて補給と修理を終えた装甲列車は再びセクター32へと向けて再出発をする。