「―――昨日未明、アンバラル領第三セクターにて大規模な複数の爆発が発生。付近の高層建造物にも同様の被害有りとの報告が上がっています、肝心の第三セクター上層構造は完全に倒壊しているものと思われ、対テロ研究専門家の見解では死傷者数は凡そ数万人規模とのことですが現地の詳細は未だ不明です。アンバラル領自治政府は治安維持部隊による災害救助活動と並行して外患テロ組織との関連の調査を現在進行中との声明が出ています、目撃者の情報によれば深夜に『眩い光りが上層付近で幾つかちらつくの見た』との目撃証言が数件あり、現在この件についても治安維持部隊が独自調査を―――」
レイシア少佐管轄のセーフハウス内で、レイシア隊の運転手兼操縦士のゼンベルはだらっとした様子でリビングのソファーにくつろぎながら、液晶テレビから流れる民間ニュースを視聴していた。
「うぉ、おっかねぇーの。テロだってよ少佐ァ~、死傷者数数万って大事じゃねーか!!」
ゼンベルははしゃぎながらリビング内の端側にあるテーブルに、慎ましやかに紅茶を据えて座っていたレイシア少佐にそう話しかける。
「ふむ......、テロ、か。テロ組織の犯行にしては少々規模が大きすぎる気はするが、あの大規模建造物の上層を木端微塵に吹き飛ばす爆発物など、一体どっから調達できるというのだか。それに映像を見るに、爆発物で吹き飛んだと言うよりは支柱が壊されて支えきれなくなった上層が倒壊してきたように見える」
「え、でも支柱って確か......」
レイシア少佐の見解に、向かい側に座っていたミーティア中尉は疑問調で言葉を漏らす。
「―――非公開技術のナノマテリアル、超強度鋼管が使用されているはずだ。それに、こういう時に備えて支柱には予め戦艦級の重装甲を表面に張り付けていると聞く、通常戦力の軍隊ですらセクター3を木端微塵に吹き飛ばすのは容易ではないはずだ」
そう言うと、レイシアは紅茶を一服する。
「となると、答えは一つしかないわよね!」
レイシアの真横の席を陣取っていたレフティアは人差し指を顔に当て、そう高らかに言う。
「ま、そんなの覚醒者しかいないわなぁ。おっそろしいことをしでかしてくれるぜ全く......」
ゼンベルはそう呆れた様子で言う。
「まぁ......もちろんそんな『覚醒者』がこれだけの規模の被害を生み出したなんて情報が出回れば、地元の民衆はパニックを引き起こしますし表立った情報は出てこないのでしょうけどね......」
ミーティア中尉はそう言う。
「しかしそうは言っても、少し気掛かりだ。覚醒者のテロ集団などとはそう滅多にいるもんじゃない、大抵はセンシティブ感応者に目を付けられてイニシエーターかレイシスに半ば強引に更生させられるか始末される」
レイシアは顎に右手を当てて顔を少し俯かせる。
「んじゃ公式のディスパーダ部隊よる仕業ってこと?仮にそうだとしてもそれだけの部隊を動かす勢力や目的に見当がつかないけど」
レフティアのその言葉にこの場の一同は思考を巡って沈黙する。
「んま、いまとなっちゃよそ派閥のよその国の事件ですからなぁ。俺達が直々に動くわけじゃねぇーしあんま深く考えても仕方がねぇーでしょうよ」
やや乱暴な物言いでゼンベルはその場を制す。
「それもそうね、あっちはあっちでりぃぱぶりっく騎士団様とやらも拵えているわけだしぃ~仕事してもらわないとねぇ」
『リパブリック騎士団』。
それはデュナミス評議会の管轄から独立したイニシエーター協会の派閥組織、リパブリック騎士団が事実上のアンバラル最高戦力だ。
大共和国思想を崇高に捉えており、共和国の再編成を最終的に望んでいる組織である。
強大になり過ぎた軍閥の跋扈する共和国腐敗体制の原因は、持て余すほどの軍事力にあると考えており、軍規律の根本的な再構築を狙っている。
アンバラル第三共和国軍に助勢してもらった身としては複雑な心境を持ちつつも、レフティアはゼンベルの意見に賛同すると手元に置かれた雑誌を再び読みふけ、レイシアは再び瞑想するように一服し、ミーティアはその場を空虚に過ごす。
しばらくすると、セーフハウスの玄関ベルが鳴らされる。
「おっと、いよいよお出ましだ」
レイシアはそう言うと、ゼンベルが「よいっしょ」と言いながらテレビの電源を切って立ち上がりベルの鳴らされた玄関へと向かう。
「レオくんに会うのが、少し怖い」
レフティアはレイシアにそう囁き、レイシアの肩に頭を傾ける。
「なんだ?らしくないな。何か後ろめたいことでもあったか?」
レイシアは憂慮した口調でそう言うが、レフティアは多少の微笑みを保ちながらそのまま沈黙して上目の目線で応えた。
レフティアはあの日みたレオ・フレイムスという男の悍ましい特異性を周りには話してはいなかった、ここではレフティアだけがあの刹那に見た光景を知っていた。
「ほいほいどちらさまかねぇ~?」
ゼンベルは惚けた様子で、玄関前のモニター越しに映る重装甲を纏った兵士たちに向かってそう言う。
「―――こちらは司法機関直属ESM特務機関だ。先述の件の事だ、とっとと中にいれろ」
「ほいさほいさ、お疲れ様ですなぁ」
強圧的な態度で話す特務機関の兵士たちに軽口でも叩くがの如く、ゼンベルはそう言いながら玄関口を解錠する。
すると重装兵士二人が先陣を切るかのように先に室内に入り込んでくると、その後に続いてレオ・フレイムスの姿がゼンベル達の目に入り込んでくる。
「よっーレオ!!会うのは少し久しぶりじゃねーか?元気そうで良かったぜ」
ゼンベルは陽気な態度で手を大きく広げて見せると、レオに右手拳を差し出す。
「あぁゼンベルか、久しぶりだな。お前ってそんなに暑苦しい奴だったっけな」
レオはそう言うと差し出された拳に応えるように、自信の手を同様に拳の形を使って差し出して拳と拳を軽くぶつける。
「やぁレオ」
「おかえりレオくん」
レイシアとレフティアはそれぞれ殆ど同時にレオに声をかけた。
「少佐にレフティアさん......その、盛大に迷惑をかけてしまったみたいで......、記憶が曖昧ではっきりした事は何も言えないだが本当に、その。すみませんでした」
レオは軽く頭を下げる、しかし何事かと言わんばかりの表情をレイシア隊の面々はする。
「おいおい、そういうのはやめてくれたまえよレオ。我々は仲間を見捨てないし助けるのは当然だ、例えそれが祖国への背信行為だったとしてもな」
レフティアがそう言うと、レオは頭をあげる。
「久しぶりですねレオさん!意識不明のレオさんを見た時は冷や汗が出ましたけど、どうやら大丈夫そうで良かったです!」
ミーティアはレイシアの後ろから現れるように姿を出すとそう言った。
「ミーティアさん、いやほんと申し訳ない......」
「それで......いきなり聞くのも申し訳ないんですが......その、アンビュランス要塞での出来事、本当に覚えていないのでしょうか?」
ミーティアはレオにそう聞くと、少し間をおいてレオは唸るように答える。
「くっ......、すまないやはり思いだせない......。曖昧とは言ったがまるですっぽり抜け落ちているかのように記憶がないんだ」
記憶がない事は紛れもない真実だが、何があったのかはマギに聞かされていた通りの心当たりはある、しかし確信はなかった。
あのアンビュランス要塞の一件、黒滅の四騎士ネクロウルカンを倒したなどとはやはり到底信じる事は出来ない。
レオにはかつて負のヘラクロリアムを急速に体内に取り込み順応させた結果として負の精神暴走を引き起こした事があった、もしその延長線上でその出来事があったとしたならと考えもした。
だがあの時は多少は記憶があったし、何より自分の実力が根本的に飛躍したというわけでもなかったはずだ。
でももし暴走していたとしたら?もしそうだとしても彼女たちの以前と変わりない何事もなかったかのようなレオへの態度には疑問が残るばかりだ。
(マギの言葉は本当に正しいのか?)
「そう、ですか......」
ミーティアは声の調子を落としてそう返す。
「まぁ何はともあれ、だ。またこうしてレイシア隊が集えた事を祝福しよう。数は減ってしまったが散っていった仲間の分まで我々は先に進む。新生レイシア隊。再始動だな」
レイシアがそう言うと、レイシア隊の面々は一斉に軽く掛け声を挙げる。
「いやぁ、いいですね。感動の再開、あぁ水を差して申し訳ないですね」
その透き通った声と軽い拍手にレイシア隊は一斉に静まり、声の主の方向へと視線を移す。
「ちょっと、あんたが来るってのは聞いてないけど。どういう風の吹き回しよ?」
レフティアがレオを通りすぎて前へ出ると、マギの真正面に聳え立つ。
「―――貴様、そこから離れろ」
レフティア向けて二人の重装兵士が銃を向けるが、マギがそれを手振りで制する。
「まぁまぁレフティア大尉、そんなに警戒心を剥き出しにしなくともちゃんと説明致します」
マギの冷静さを重んじた姿勢に、レフティアは大人しく身を引いた。
「でっ?」
レフティアはリビングのソファに勢いよく腰を掛けると、短くそう言ってマギに迅速な説明を要求する。
「はい、事前に話していた通り。あなた方レイシア隊に『アステロイド領域辺境調査』の依頼を出しました。晴れてレオ君にも承諾して頂いたという事で早速、バスキア戦線方面最南端セクター32に向かってもらいましょう」
「依頼内容の詳細は?」
レイシアがマギにそう聞く。
「詳細は向こうに着いてからお話します、その時に現地の第72師団とのブリーフィングも行います」
「ふざけるのも大概にしてほしいわね?さすがに情報がなさすぎるわよ。私達を何に利用しようっての?」
レフティアはイラついた態度でマギにそう言う。
「別に不満があるなら降りてもらっても構いませんよ?ただせっかく不問となったあなたの国境警備隊同胞殺しの嫌疑を取り消してもらいたいならですが。他の方も同様に、この独立機動部隊レイシア隊にはそもそも様々な反逆罪の疑いが協会から掛かっていたんです。我々との司法取引に応じたのならこちら側に大人しく従って頂こう、では。行きますよレイシア隊」
マギがそう言うと、重装兵士二人は振り返ってマギより先に外へと出る。そしてマギも振り返って外へ出ようとする、しかし何かを言い忘れたかのように再び振り返る。
「あっそうそう。これは付け加えなんですが。私も付いていきますのでよろしくお願いいたしますね」
マギはそう言い残すとセーフハウスの外へと出ていく。
「うげぇ、聞いてない......。あの得体のしれない女が一緒とか!!」
レフティアはうげぇっとした表情でそう言う。
「まぁ、私達にはどうしようもないですから......」
ミーティアはレフティアにそう返す。
「文句を垂れていても仕方ない、行くぞ」
レイシアがそう言うと、ミーティアやゼンベルは彼女に続いて外へと出ていく。
室内にはレフティアとレオが取り残された。
「ねぇ、レオ君。幻滅した?私に。聞いたんでしょあの女から、言っとくけど事実よ」
レフティアはトーンダウンした口調でレオに向けてそう言う。
「えっ、えぇまぁ。正直な話、俺はなんとも思ってませんよ」
「えっ?そうなの?」
「きっとレフティアさんなりの理屈があってそうなったんですよね多分、まぁあんま難しい事は言えないんですが所詮俺にとってはどこまでも他人事なんですよ。誰かの正義が誰かにとっての悪だなんて今に始まった話じゃない、そんな事いちいち気にしてちゃこの稼業はやってらんないでしょ。俺は絶対的な正義とか倫理観みたいなのは持たないようにしてんです、そんなもの国や時代でコロコロ変わるから。だからレフティアさんや隊のみんなが何しようと俺は全て受け入れる、俺を受け入れた時と同じように」
レオはそう言いきると、多少照れくさそうにしてレフティアから目線を逸らす。
「ふーん?」
レフティアは興味深そうにレオに顔をまじまじと見つめる。
「なっ、なんですか。なにか変な事でも言っちゃいましたかね......」
「いや、別に?なんだかカッコいい事言ってるなぁと思ってね?」
レフティアにそう言われると、レオは顔を手で隠す。
「はぁ、柄じゃねぇ......」
「ふふふ、まぁまぁ」
レフティアはまるで赤子をあやすかのようにそう言った。
「まっでも、私もレオ君みたいに全てをありのまま受け入れる事にするわ!なるべくね」
レフティアは脳裏に焼き付く自分を大鎌で切り殺そうと暴走したレオの姿を思い浮かべながら、軽快な口調でそう言った。
「それじゃあ~行きましょうか!」
レフティアはそう言うと、レオの手を引きながらセーフハウスの外へと姿を消していった。