レオはふと目を覚ませて体を起こすと、少量の汗が寝具のシーツに滲んでいることに気づく。
「はぁ、外に比べて意外と暑いんだなここ」
レオは体を起すと普段着に着替え終え、そのまま廊下の方へと出る。
廊下は相変わらずの歪な構造と見た目で見る側の不安感を煽っている、そのまま廊下を辿り人声のする方へと導かれる。
導かれるままに着いた先は、昨晩利用したスタッフルームだった。
スタッフルームには数十人ほどの機械等を扱う際の作業着と思われる服を着た人たちが各々のスタイルで自由に過ごしていた。
「思ったよりも人気はあるんだな」
立ち尽くしていたレオに作業着を着た一人の男が近づいてくる。
「やぁ御目覚めかな」
その男は首に巻いたタオルで汗を拭きながら軽やかな口調で話しかけてくる。
「えぇまぁ、えっとあなたは......あっ」
その男の身なりが以前と様変わりしていた為にレオはしばらく気づけなかった。
「あれ、メイン......中佐?昨日の?こんなところで何を?けっこういいご身分そうに見えたんですが......」
その男は何かを納得したかのように手を叩く。
「なるほど、聞いてたよりもフランクな少年だね! がっはっは! いや失礼、そうだな、まずは改めてちゃんとした自己紹介か」
その男、メイン中佐はかしこまる用に背筋をただす。
「改めて、私はメイン・オルテ中佐。前にも言った通り戦闘部の統括係だ、まぁここでは三番目くらいに偉いよ~。それとここは常にエンジニア系は人手不足、だから私も普段はこうして作業に加わるね、まっ難しい事はよくわからないからさ、あんまり手の込んだことはしてないがね」
メイン中佐がそういうと、それを聞いた周りの作業着を着た人たちで軽く笑いが巻き起こる。
「結構慕われてそうですねメイン中佐、こういう組織なのになかなかアットホームじゃないですか」
「まぁね、ここにいる者たちは須らくして真の愛国者達だ。枢騎士共のお堅い雰囲気にはみんなもうゴメンなのさ」
メイン中佐は作業員たちの顔をゆっくりと見渡す。
「さて、レオ君はアイザック大佐に会いに行ってくれ。君の今後について話すそうだよ」
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レオはメイン中佐に言われてアイザック大佐が居るとされる作戦室へと向かう。要塞内は基本的にエレベーターで移動し、階層ごとにそれぞれの役割が大ざっぱに分けられていた。
そしてその作戦室は、この要塞の最深部にあった。
数分掛けて目的地に着いたエレベーターから外へ踏み出ると、その空間をぎっしり敷き詰めるように配置された精密機器達の電子光がその姿を現した。
上層とは打って変わった秩序的な光景は、この要塞の存在意義を感じさせる様だった。
奥の方まで進むと、電子版を取り囲む人影の中にアイザック大佐の姿が見えた。
アイザック大佐はレオに気づくと周りにいた人たちを解散させる。
「来たかレオ、ちょっとついてこい」
レオはアイザックの後を追いながら作戦室の更に奥の方へと向かう。
「いいかレオ、これから向かう場所はここの大半の者にも知られていない極秘の特訓場だ。まぁ特訓場っつても本来はディスパーダとかを幽閉するときに使う場所だがな」
「おいおいそりゃどういうこったよ、今更俺が怖くなったのかぁ?隔離するとかそういう俺にとっては精神修行みたいな話じゃないだろうな?」
「ちげーよ、いいか?お前は未知数の力を確かに持っていてそれは恐るべきものだ。だがな、今のお前じゃ戦力にもならん。なんせレイロードの一匹も相手できないんだからなぁ。だから、お前の予測のつかない事象にもいざって時の為の設備がある場所を特訓場にするってわけだ。まぁディスパーダ用の幽閉施設だ、滅多な事じゃ壊れねぇとは思うから安心しな」
「いや、俺は施設がぶっ壊れそうになるような状況ってのを聞いてまず自分の身を案じてるけど?何をさせるつもりだアイザック?」
「なに、簡単だよ。戦って戦って、奴に勝て。ただし期限は一週間以内だ、それを過ぎるようなら悪いがお前を幽閉させてもらう」
「なっ、なんだよそれ......」
「まぁお前がどっちに転んでも俺たちのクーデターが成功すりゃ無事に解放してやるよ、今後を退屈せずに過ごせるかどうかはお前次第だ」
アイザック大佐とレオはこちら側と向こう側を仕切る巨大な隔壁の前に立っていた。アイザック大佐が手を上げると、頑丈に閉じられていた隔壁は徐々に開かれていく。
開かれた先にはある程度の広々とした空間が広がっており、そしてその中央にはかつての見覚えのある一人の少女と黒い重厚なローブ纏った見知らないもう一人の人影が表れる。
「あッ......、あいつってあん時の......」
隔壁が完全に開かれると、レオは確信する。そこにはかつてレオと対峙したレイシスの姿があった。一人は見覚えのない細見の男だが、黒いベースに豪華な金修飾された重厚なローブを羽織る金髪赤眼の少女。
間違えようがない、あの少女こそが自分自身を殺した張本人、そして見紛うことなきレイロードだ。
――――二日前。
ダグネスはベルゴリオと共に第11枢機士団専用の自室でアイザック大佐と消えた旅団について資料の精査と調査を続けていた。
「ベルゴリオ、例の旅団について何か分かったか?」
深く椅子に座りこむダグネスは地に届かない足をぶらつかせながらベルゴリオに問いかける。
「それが、やはりある日を境にしてから旅団及びアイザック大佐に関する一切の情報がないようなのです。ですが、一つ奇妙な事を見つけました」
「ほう?それはどんなだ?」
ベルゴリオは一つの資料をダグネスの前に差し出す。
「これは、ラス・アルダイナ学院の周辺地図か?しかもそれの飲食店の分布など......、何か意味があるのか?」
「はい、実はスケジュールの飛び入りで先日この学院の方へ教会に関する講演を開く機会がありまして訪れていたのですが。学院近くの最近出来たという洒落たカフェテリアが女子生徒の間で話題になってましたので私の方で私的に調べて......」
「おいおいこんな時になんの話だベルゴリオ、前から言ってるが私に流行を興じる趣味はないといっているだろう! 」
「いえ、今回はそれとは別で。いや、でも確かにザラ様には近頃の少女らしい営みに興じて頂きたいところですが今回はそれとは別です。実はこの店、出来てから数週間以内に廃業しているのです、しかもその時期は丁度ファルファとザラ様が時計台で例の男と接敵していた時期と当たります。これは私の勘ではあるのですが、もしかするとこの店。やつらの隠れ蓑だった可能性はありませんか?」
ダグネスは渡された資料を手に取るとまじまじと見つめる。
「隠れ蓑だと?しかしよりによってカフェテリアとはな。偶然じゃないのか?よりによって接客業でもあるじゃないか、隠れ蓑にしては隠れきれてないように思えるが?」
「そこは私も引っかかるところなのですが、もしかするとあえて隠しきってないのかもしれません」
ベルゴリオは顎に手をやりながら下に俯く。
「ほう、するとなんだ。まるで誰かに居所を見つけてほしいみたいじゃないか」
ダグネスは背もたれにのたれかかるように背伸びをする。
「はいその通りです。ザラ様に対する意図不明の特命に合わせて飛び入りの講演会、そして共通するそれぞれの事柄の時期の一致、アイザック大佐に関して何も情報が得られない以上は十分調査してみる価値はあるようには思えますが、いかがでしょうか?」
「ふむ、確かに一理ある。ここまで情報が出揃わない中での一見間柄のなさそうな事柄同士の時期の一致......、赴いてみるか。その廃業した例のカフェテリアとやらに」