「なぁなぁ、これ今どこ向かってんだ?」
レオはアイザック達と共に、人目の着かない薄暗い裏路地を目的地も分からないまま、都市の中を随分歩き続けていた。
「ん?秘密基地だよ」
アイザックは一瞬振り向いてそう答える。
「秘密基地?あのおしゃれなカフェテリアは違うのかー?」
「違いますよレオさん、あれは何重にも掛けたダミーの一つです。私たちはこれから本当のアジトに向かうんです。私たち抵抗者の最初で最後の砦に」
クライネは重々しい物言いで答えた。
レオはあのカフェテリアでの出来事をふと思い返す、実に短い期間ではあったが色んな人物達と触れ合えたことに新鮮さを覚えていた。
特に、あの例の訪問者クロナに関してはすごい美人だったのを感動していたのを思い出した。
「じゃあ、あのカフェテリアはどうなるんだ?」
レオは頭の後ろに腕を組みながら空を見上げる。
「とうぜん廃業だ、廃業。スタッフには悪いけどな、最初はいい計画だと思ったんだがな、どうもレオの入れるコーヒー並みに甘かったらしい。計画が何段階もすっ飛んだよ」
アイザックはだるそうな口調で言うと大きなため息をつく、レオは苦笑いで返した。
しばらくの間歩いたレオ達は、首都の中心からかなり離れた大通りの広場まで出ていった。
「レオはクライネちゃんとここで少し待っててくれや、本部連中と少し話してくる」
アイザックがレオ達を置いて広場から離れていった後、なにやら遠くの方から誰かの綺麗な歌声がここまで聞こえてきていた。
「なんか向こうの方でライブでもやってんのか?」
歌声が響き渡ってくる方向に視線を向けると、明るい光と人だかりが出来ているのが見えた。
「少し見に行っても?」
レオが人だかりに指を指す、クライネは指の刺された方向に視線をやると少し驚いたような様子で直視する。
「えぇ、まぁ。私もちょっと気になりましたし付いていきますよ」
レオとクライネは人だかりが出来ている歌声がやってくる方へと足を運ぶと、中央の小さなステージ上に一人の少女が居るのが見えた。銀色に輝く長い髪と、可憐な体つきを思わず目を凝らして見てしまった。
「彼女は帝国の誇る歌姫、エクイラ様です。あなたもどこかの衛星放送で見たことがあるのでは?彼女の人気は国境を越えていますから」
「あぁ、まぁ確かに。彼女の事は知ってる、こんなところでお目にかかれるとはツイてるな」
レオは嬉しそうに彼女の方を見ながらそう言った。
「さて、そろそろ戻りましょうか。心配しなくてもまたエクイラ様に生で会えますよ」
「マジでか、まだここらへんでライブしてんのかな」
レオは先に行ったクライネを追うように振り向いたその瞬間、一瞬だけエクイラと目があったような気がしていた。
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アイザックと合流すると、先ほどの広場からそう遠くないある建物の中へと入る。
中には帝国軍の兵士と思わしき軍服を着た二人の人物が立っていた。
「アイザック大佐、お待ちしておりました。こちらです」
兵士の手招くままに、従業員用と思われるのエレベーターへと乗せられる。ここがなんの建物なのかは分からないが、確実にアイザックの言っていた秘密基地へと向かっているのだろうと直感した。
かなり深く下がっていくと、エレベーターはついに止まり扉が開かれた。
開いた先には通路が続いていて、そこには一人の男性が居た。
「やぁ、諸君。待っていたよ、ようこそ我が最初で最後の砦・対アンビュランス要塞へ」
その男は両手を大きく広げ歓迎していた。
「おぉ、メイン中佐。久しぶりだなぁ?」
「アイザック大佐、待ちかねてましたよ。それにクライネさんも。そちらの人が例の“特異点”の方ですか?」
メイン中佐はぐいぐいとこちらへ近づいてくると、俺の体を下から上へと隅々まで見回した。
「あ、あぁ。どうも......ええと......」
「あぁ、すまない!見た感じ普通の青年だと思ってね。おっと、自己紹介が遅れた。私はメイン・オルテ。一応中佐でここの戦闘部の統括係だ、よろしく頼むよレオくん。さて、君に関してだが。君に会いたがっている人物が居るから、是非会ってほしい、主に君の特異性についての事だよ」
メイン中佐がそういうと、俺は静かに返事をした。
「ありがとうレオくん!それじゃあクライネさんと共に彼の研究室へと向かって欲しい、場所は部下に案内させよう。それとアイザック大佐、メイ・ファンス少将が作戦室でお待ちですので至急向かっていただきたい」
「あぁ、分かってる。すぐに向かう、それじゃレオ、クライネちゃんまた後でな」
アイザックはメイン中佐共に作戦室へと向かうと、俺たちに会いたがっている人物が居るという研究室へと案内された。
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案内されたエレベーターに乗って地下へと更に潜っていくのが振動で分かった。
自分の背後にいるクライネに話を掛ける。
「その会いたがっている人物っていうのは、研究室に居る辺り博士とかそんなところか?」
「えぇ、ドクター・メルセデスです。ヘラクロリアムの応用生物工学等を研究なされています。帝国にとって偉大な方です」
「ほう?そんな人がレジスタンスと協力的だとは心強いこったな」
エレベーターの揺れが止まり扉が開くと、一本の廊下が続いていた。
「さぁこちらです」
メイン中佐の部下に招かれるままついていくと、廊下続きの正面の部屋の中に入った。
部屋の中はそれ程広くなく、想像していたものよりは簡易な設備だった。
部屋の隅の方にはデスクに座って画面を見つめている一人の初老に差し掛かっているであろう男性が居た。
「ドクター・メルセデス。例のお方がお見えになりましたよ」
「おぉ、来たか!どれどれ」
こちらの存在に気づいたメルセデスはレオに近づくきじろじろと眺めると、なにやら幾つかの機器を持ち運んできた。
するとすぐさまレオの体に触れようとする。
「ちょ、ちょっと待ってくださいドクター・メルセデス!さすがにいきなりそれは!」
クライネがメルセデスとの間に割って制止してくれた。
「うーん?話は通してないのかね?」
「えぇまぁ彼はまだドクターの事も詳しくは知りません」
「ふむ、そうかそうかすまないねぇ。では気を取り直して自己紹介?するか。私はメルセデスだ、以上。ではそこのベッドに横になってくれたまえよ」
「おいおいドクター・メルセデスさん、俺を実験動物か何かと勘違いしてんじゃないだろうな?」
「ん?何を言うかね。例を見ない貴重なサンプルでしょうよ」
メルセデスは両手を使って奇怪な動きを披露する。
「いやぁ参ったこれは、クライネさん大丈夫かー?これ。解体されちゃったりしない?」
「いえ、今日はまだ顔合わせだけの予定です。はぁ、いいですかドクター・メルセデス。確かに我々は貴方に彼の検査と解析を依頼しましたが、くれぐれも丁重にお願い致します。彼に何か施すときは必ず我々を通してくださいいいですか?ドクター・メルセデスいいですね?」
「あぁあぁそれは重々承知のうえよ、大佐の報告の通りなら彼は我々にとって未知の存在。粗末にはしないさぁ、だが我々には時間がなかろう?すぐにでも彼の解析をしたいのだがね?どうだろうかレオ・フレイムスくん?君とて自分の謎と向き合いたいだろーん???」
またもや奇怪な動きをしながら急接近するメルセデス、レオはあることを確信する。
(あ、この人いわゆる変人なんだろうな)
「あぁ、まぁそれはそうだが。検査って痛くないよな???」
――――――――――――――――――――――――――――
レオは検査室に設置されたカプセル状の入れ物に軽装で入りこむ。
「いやぁレオ君早期検査ありがとねー。調べることはたくさんある早速始めよう!粒子検査照射準備、180秒に設定。各自用意ね」
メルセデスの指示のもと周りのスタッフはてんやわんやしている。
「あのぉメルセデスさん?痛くないですよねこの検査」
「あぁもちろんまだ痛くないさぁ、まずは君のヘラクロリアム濃度を調べるだけだ」
「ま、まだ?ってそれ痛くなる......」
「照射開始!!!」
レオの声にかぶせるように号令が出された。
しばらくすると、メルセデスは感歎の嘆きを空間に響き渡らせる。
「すっばらしい!すごいゼロだゼロ!!!ヘラクロリアム濃度!!!ぜーろぉぱーーーー!!!」
カプセル内に居るレオはメルセデスの嬉しそうな叫び声に若干の恐怖心を抱く。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「で、どうだったんですか俺の体は?」
カプセルから出たレオは軽装から普段着に着替えていた。
「まさしくこれは前代未聞!!!この検査結果のおかげで残りの検査は全て意味を成さない!パーだ!パー!予定は組み直し!素晴らしい!!!」
「はっはっは、ご期待に添えてなによりだ」
クライネは検査結果を見るためにデスクの画面に顔を近づける。
「そんな......、ありえない。だとしたら彼はどうやって今もこうして生命活動を全うしているのですか......?」
「なんかヘラクロリアムってのが体にないとまずいのか?」
「......ヘラクロリアムと人体はこの世で最も普遍的な共生関係です。ヘラクロリアムを有さない生物などこの世には存在しない、それが常識でした。」
「クライネくんの言うとーーーーり!ヘラクロリアムと生命活動は表裏一体の関係、だと言わているものの実際ヘラクロリアムを有さない生物が発見された事例は確認されておらん。つまり有さない生物は生きては行けないというのが通説になってるわけだ、裏付けにも生命活動を停止した個体からはヘラクロリアムは確認されておらぬ。つまりレオくん、全時代に渡っても君は世紀の大発見というわけだ!」
メルセデスの周りのスタッフには動揺や感動するもの等様々な感情が渦めいていた。
「なるほど?まぁこの手の話はよく分からないが何やらすごい事になっているというのは分かったよ」
「ところで君、アイザック大佐のソレイス。出せるんだろ?披露してくれたまへ」
「いやあれは借り物だよ。さっき荷物と一緒に置いてきちまったから持ってくるわ」
席から立ち上がるレオをメルセデスは肩を掴んで引き留める。
「そうではない、“生成”させろと言っている」
「―――一体何を言ってるんだ?生成......?あれは借り物だぞ?」
肩を掴まれたレオは再び席へと戻る。
「いいや、まずはやってみるといい。君は自分の力の特異性を理解すべきだろう」
「そうは言われても、どうやるんだ?」
「簡単だ簡単、手の平に記憶から呼び起こすだけでよい。あとは周りのヘラクロリアムが勝手に導いてくれる、力の根源は常に己の中にある。ヘラクロリアムが通るためのレールを用意してやるだけでいいのだ、さぁ思い出せ」
目を閉じると、レオは言われた通りに記憶からアイザックに渡されたソレイスを呼び起こす。すると、呼び覚まされた精神は手の平に形状、質量、温度を再現する。
「これは......」
目の前の光景にクライネは思わず声を出す。
「素晴らしい......、一体どうなっておるのだ。なぜ周囲のヘラクロリアムは、彼の意思に付き従うのだ......?」
目を見開いたレオは、眼前で行われる現象に目を疑った。
レオの手のひらには、アイザックの銃型ソレイスの姿があった。
「これ......俺がやったのか......?」
「えぇ、間違いなく。レオさんがソレイスを生成しました。しかも、アイザック大佐のものをです」
レオは思い出したかのように席を急に立つ。
「俺がさっき荷物と一緒に置いてきたソレイス!あれはどうなってるんだ!?」
荷物を置いた場所に掛けたレオはアイザックから借りたソレイスを探し出す。
すると、レオは恐る恐ると荷物の中からゆっくりと腕を持ちあげる。
それを見たこの空間に居る全ての人間は、その異様な光景にメルセデスでさえ言葉を失った。
『全く同じ見た目をしたソレイスが......もう一つここにある』