「ちょっとー!ミルちゃーん!おっそーい!!!」
日がすっかり沈み込み、人々の活気がすっかり落ち込んだ共和国第7中央ステーション。普段は別区画へ移動するために旧装甲列車や航空機が盛んに行き来が行われてるが、夜間は交通量が激減するために環境音が静かに陥る。そんな中、レフティアの茶化した音色を交えた大声がステーション内に鳴り響いていた。
その声に驚いた周囲の人々が、何事かと私服に着替えたレフティアとミル中尉に視線を集めていた。
「ちょ!ちょっとー!レフティアさん!声が!声がデカいですよ......!確かに若干遅刻したのは詫びますけども......!紛い物なりにも機密作戦の行動中なんでしょう......!?」
ミル中尉はレフティアに注意を諭すと、レフティアは自らの口に必死に手を当てる。
「あら!そうね、取り乱していたわ。ごめんなさいねミルちゃん、ついワクワクしちゃって......」
レフティアは申し訳なさそうにソワソワと自分の手を絡める。
「ワクワクって......、これから敵地に行くって時になんて浮かれたことを......。それよりも、例のPMCとはちゃんと裏はとれてるんですかー?土壇場交渉とかやめてくだいよぉ?」
「そ、それはさすがにないわよ!ちゃんと事前交渉して連絡してあるっての!さぁ、行きましょ行きましょ」
合流を終えたクライネとレフティアは、レオ・フレイムスを救うべく、帝国へ向かう民間軍事会社センチュリオン・ミリタリアの輸送機へと足を運んでいった。
レフティアと一歩遅く肩を並べて歩いていたミル中尉は、レフティアにこの作戦についてのとある疑問を問いかけた。
「ところでレフティアさん、よくこんな時にPMCの輸送機を手配できましたよね、どういうコネなんですか?」
「え?んーそうね、まぁ昔ちょっと向こう方のお偉いさんの命助けちゃったみたいな感じかな、それ以来は何かあったら連絡くれって言われてたのよね」
レフティアは少々気分の沈んだ表情を浮かべながらそのことを語った。
「そうなんですね、まぁ何があったのかは聞きませんけど」
「それは、助かるわね」
レフティアはミル中尉を見て笑みを浮かべると、そのまま搭乗エリアへと向かった。
共和国第七中央ステーション、帝国との開戦が繰り広げられて以来、多くの地方に滞在していた民間人達が後方へ後方へと疎開していった。
ヌレイ戦線に配置されていた北部第三ステーションは帝国の猛攻によって陥落し、現在は引き下げられた戦線を囲むように第四、第五、第六ステーションが前哨基地として機能している。
ここ、第七ステーションでは既に民間の大移動は落ち着きを迎え、ステーション内の大多数の人間は軍関係者や勤務者に限られていた。
代わりに、後方から送られてくる補給物資を前線に送り届けるための中間地点の役割を担い、大量の物資を前線に運ぶべく多数の民間仕様の装甲列車、ガンシップが日夜往来していた。
「国民の避難が終わっても、ここは夜も騒がしいままよね」
予定地の搭乗エリアに向かう途中、レフティアは装甲列車に積み荷作業を行う作業員達を横目で見流す。
「まぁ、そうですね。前線維持には何よりも大事な補給を担っているわけですからね、手を休めている暇などないのでしょう。手を休めれば休めるだけ前線で死者が増えますから。それに彼らもまさか、彼らの代でまた帝国と戦争することになるなんて、思ってもいなかったでしょうし、良くも悪くも柔軟な働きができないのでしょうね」
ミル中尉の言葉を片耳に入れると、作業場から視線を放した。
「戦争って、良くないわねほんと。戦うのは、私たちみたいな人外だけで十分だわ」
レフティアのその呟きは、哀しみを帯びながらミル中尉に放たれた。
「それは......、違うと思います」
ミル中尉の言葉に、思わずレフティアはその足を止める。ミル中尉に向けられたその視線は、真意を問う眼差しであった。
ミル中尉はその眼差しに少々動揺するも、すぐに平静を取り戻す。
「わ、私は......、事の責任を、あなた達だけに背負わせたくありません、多分それはこの国が成り立ってから今に至るまで、多くの人間が平和を願い、一丸となって見届けてきたんだと思います......。いくらレフティアさん達がどんなに強くたって、レフティアさん達に守られなければ何もできないほど人間は弱いわけじゃない......、とか思っちゃったりします......、だからもう少し、私たちに頼って欲しいです」
レフティアはミル中尉の言葉に一驚するも、笑みを浮かべる。
「あら、ミルちゃん。そんなことが言える子だったとは思わなかったわ!関心よ関心、たしかにあなたの言う通りね!私たちは、なにもかもを背負い過ぎたのよ、その言葉......」
ミル中尉は安堵の表情で再び歩き出した。
「デュナミスの連中に聞かせてやりたいわね......」
一間を空けて、レフティアは小声で囁く。
「今なんか言いましたか?」
「いいえ!さぁ行くわよ、予定の搭乗エリアはもうすぐそこよ」
ミル中尉はレフティアの最後の言葉に特に気を止めることなく、先に駆け出したレフティアの後を追った。
予定の搭乗エリアに着くと、二人の目の前には扉の閉じた航空機まるまる一機納まりそうな隔壁と、一人の作業服を着た人影があった。
「あの人が、そうですかね......?服がぴちぴちですけど......」
「きっと間違いないわね、あのマッチョよ」
二人はその人影に近づくと、その人影はこちらを見るや軽く会釈をする。
「聞いてた通り、べっぴんなお嬢さん二人だな?待ってたぜあんたらをよ」
口を開き作業服を着たその男は、格好はステーションの作業員そのものではあるものの、その男の体つきが明らかに先ほど見た作業員達とは風格を逸していた。
「ふーん、あなたがミリタリアの回し者ってわけね?その作業服、カモフラにしてはあなたには随分無理がありそうよ?」
即席で用意したのか、その男の作業服は明らかにサイズが体格と一致しておらず、ぴちぴちに張り詰めていた。
「あーん?そうかねぇ、体にぴっちりしてるのがいいんだがなぁ!」
「おっと、あえてそれを着ていたというわけね......」
ピチピチのその男は一通りのやりとりを終えると、二人を隔壁に手招く。
「さーて、仕事の話だァ!あんたらを帝国を連れていく機体はこの中だぁ、あくまでこの機体は輸送機って体だ、座席はねぇから尻を痛めんようになぁ!ガッハッハッ!」
ミル中尉は思わず自らのお尻に手を当てる。
「クッション持ってくればよかった......」
二人は手招かれたまま、隔壁の側面に立つと中へ入るための出入口が現れる。中に入ると、そこにはセンチュリオン・ミリタリア社の国際輸送機が格納されていた。
「んーで、フリーパスのこいつに乗って行くのはいいが、契約によれば到着先の保証まではされてない用だがァ、これは何かの間違いでもないよなァ?いくらコイツでも検査位は受けるぞ?厳重のやつな。どうするつもだ~アンタらは?」
多国籍企業センチュリオン・ミリタリア社の輸送機は、人道上の救護活動や遺体捜索をするに辺り、その活動を認め円滑に行われるために、帝国は黙認ではあるもののフリーパスで一部の国境を渡ることのできる権利をミリタリア社に与えている。しかし、円滑に行われていたのは戦前までの話であり、戦時下では状況は異なる。
いくら人道的支援活動の為とはいえ、国を唯一安全に行き来出来るミリタリア社の輸送機は、厳重な保安検査の対象である。如何なる輸送機も国境検査を避けることは出来ない。
「それについてはノーコメントよ、上手くやるわ。当然あなた達にも迷惑は掛からない」
「だといいけどよォ、もしなんかあったら機密とはいえ、関わってる以上は干されるのは明白なんだァ、くれぐれもヘマはしないでくれよォ」
「もちろんです!」
具体的な手段を知らされていないミル中尉が自信満々に答えた。
レフティアとミル中尉が先に搭乗し、最後に作業服を着た男が乗ると機体のハッチを内側から閉め始めた。
「あなたも来るのね。そういえば、あなたの名前はなんていうのかしら?」
レフティアは作業服の男に名前を聞くと、長い髪を纏めそのまま地べたに腰を下ろした。
「俺か?俺はブルズアイだ、短い旅だがよろしくなお嬢さん方」
「へー、ブルズアイさん?よろしくね。私はーーー」
レフティアが名前を語ろうとすると、ブルズアイは『待った待った』と手を振る。
「いざって時の事を考えるとよォ、知らない方がいいってやつじゃねぇかい?名前は教えてもらわんくていいぜェ、俺はそんなに口が堅いタイプじゃねぇんだ」
レフティアはそう言われると、名前を語ることはミル中尉共に語ることはなかった。
「それもそうね、あなたも護衛監視役に選ばれただけのミリタリア社の社員さんだものね」
「そういうこったァ」
レフティア達を乗せたミリタリア社の輸送機は、しばらくして格納庫から出ると、離陸レーンの順番待ちに誘導され、ガンシップの隊列の後ろに回されていた。
「ブルズアイ殿!ちょっと操縦室に来てもらえませんかー!」
機内アナウンスを通してブルズアイは、ミリタリア社のパイロットに呼び出された。
「おぉ、なんだァ。なんかトラブルかねェ」
そう言いながら地べたから立つと、ブルズアイは操縦室へ向かった。すると、微振動していた機内は静まり返る。
「何か、嫌な予感がしますね」
ミル中尉は懸念を呈すると、レフティアの様子を伺った。
「えぇ、妙に外が殺気立っているわ」
「何かあったんでしょうか?」
「外の彼らにとって日常と異なる事とすれば、それはきっと私たちの存在のせいよね。高度に効率化された補給線を止めるという事は、よっぽどの事だし」
レフティアは『ヨイショ』と立ち上がると、ブルズアイが向かった操縦室に足を運ぶ。
ミル中尉もそれにレフティアに続き地べたから立ち上がった。
「機体が止まってるようだけど、なにかあったの?」
操縦室に入ったレフティアはブルズアイと二人のパイロットに声を掛ける。
「おぉ、ちょうど呼ぼうと思ってたとこだぜェ。つい数分前この事だ、秘匿通信でこの機体は管制から静止勧告を受けている。それと前の機体を見ろぉ、本来であれば俺らは輸送航空団に紛れて離陸するはずなんだが、軍のガンシップが並んでやがる、後ろもだぁ」
「まさか、バレたのでしょうか......?」
ミル中尉は不穏な表情を浮かべると、それはレフティアに伝達した。
「その、まさかっぽいわね......」
しばらくして前方から武装した集団、約14名が輸送機に近づいてくるのが操縦室から窺えた。
「前方から国境警備隊が検閲を理由に本機に接近してきています、ハッチを開けますか?」
操縦室のパイロットはブルズアイに指示を仰いだ。
「待て、開けるな。管制と繋げろ」
「いいえ、開けてもらえますかパイロットさん」
レフティアはブルズアイの言葉を遮りパイロットに話しかける。その横でブルズアイは驚愕する。
「アンタ正気か?調べられりゃ間違いなく全員捕まるぞォ?なんか妙案でもあんのかァ?」
「えぇ、ここは立場の使い所ね」
レフティアは真っ先に後方のハッチへと向かう。
「えっ、まっ待ってくださいレフティアさん!」
ミル中尉は思わずレフティアの腕を掴んだ。
「あっごめんなさい。でもやはり先に管制と話をした方がいいんじゃ......?」
掴んでいた腕を放すと、申し訳なさそうに顔を下に向ける。
「無駄よ、これは国境警備隊の独断専行。直接話をつけるわ、ハッチを開けるようパイロットさんに伝えて」
レフティアはそういうとミル中尉を置いてハッチから出ていこうとする。
「んん、どうする嬢ちゃん?」
「ハッチ、お願いします。でないと機体に穴が開きます」
ミル中尉の言葉を聞いたブルズアイはパイロットにハッチ解放の指示をする。
輸送機のハッチが開き、レフティアは完全に開ききった輸送機のハッチ上に威風堂々と仁王立ちすると、こちらに銃口を向ける武装した国境警備隊14名と面と向かって対峙する。
「一体、何用!!!」
レフティアは警備隊に向けて、空間に響き渡るような大声でプレッシャーを放った.....。