けいだん。30も更新しました。
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「兄ちゃんの宿題ってどんなの~?」
宿題を持ってヒョコヒョコと俺の部屋にやってきた(俺の部屋が2階じゃ一番涼しい)妹1号キキョウが何を思ったのか、いきなりそんなことを言ってくる。
読んでいた漫画から目を向けて見ると、問題がスラスラと解けて『わたし頭良いですよ』オーラをそこはかと無く感じさせるキキョウが居た。
余裕満々なそのツラに苛々する。いますぐ頬を伸びきるまで引っ張ってやろうか。
といっても、そんなことをしなくても宿題を見せればすぐにキキョウの自信をブロークン出来る自信があるので俺は仕方なく腰を上げて机から鞄を取り出す。
学校で貰って以降まだ手を付けていないサラサラなプリントの束を「そぉい!」とフルスイングでキキョウの顔面に投げつける。
「にゃ……にゃろめ、それが兄のやることかぁ~」
寸前でクロスガードで受け止められる。ちっ、決まったと思ったのに。さすが俺の妹。フラグ的には「やったか!?」って感じか。確実にやってない的な意味で。
すぐに猫のような狐ような、にひひ、という笑いが似合いそうな顔で「ふっふ~ん。どれどれ?」とペラリと数学の表紙を開くと、一気に表情から余裕が無くなる。
次のページを捲ると眉に皺が寄る。
さっきの自信がどこから湧いて来たかは知らんが、まず習ってる部分が違うんだよ。
だからお前は醤油とコーラを間違って俺の顔に吹きかけるんだよ。
「すげぇ数学力だな……! オラ、わくわくしてきたぞっ!」
「どこの戦闘民族だよお前は」
一頻り唸った後、良い汗掻いたと言わんばかりな表情でキキョウが掻いてもいない汗を拭う。バカか。……バカだな。
つってもバカバカ言ってるわりに夏休みの宿題はコイツが一番早く終わるんだよな。「あれ!? 宿題早めに終わらせればその後遊びほうだいじゃん!!」とか言ってさ。
ちなみにアンズは計画表を立てて計画表通りにする。たまに油断して宿題を溜めて泣く。
そして俺か父さんに泣きつく。ある意味アンズが一番のヘタレかも知れない。
どうでもいいけど俺は夏休みが終わる3日前にする。気合があればなんでも出来る、というのを今日まで体現し続けている。
キキョウの笑える顔が見れたのでベットに寝っ転がって再度漫画を読む。
キキョウの性格から言って構ってちゃんなのはわかって貰えてると思う。証拠として、宿題に詰まったり一定時間構ってもらえなかったりすると「うごーん!」とか奇声を上げだす。
「にょろーん!」
言ってる傍から上げました。これが我が家2番の珍獣です。1番目は母さんです。
当然無視する。理由はウザいから。
無視してるとキキョウが段々とムキになってきたのか「頭大丈夫?」と言われてもおかしくない挙動で俺の背中に乗ってくる。
いくら涼しい家だからといっても薄着で肌合わせてたら、そりゃあ暑くなる。
イライラしながらキキョウを無視してると、俺の理性がプツンと切れる一撃を見舞ってくれた。
ずいっと真横に顔が近づいてきた来たと思ったら、耳の穴にふぅっと息を吹き込んだのだ。
「あびゃびゃびゃびゃ!!!」
脳天から指先まで鳥肌と電撃が走る。筋肉が痙攣を起こしたように固まり、背筋がガタガタと震える。
反射的に体を跳ね上げてキキョウをぶっ飛ばす。
「ぎょっ!」と実に可愛くない悲鳴を上げてゴロゴロと転がったキキョウは後頭部をカベにゴンッと当てる。箪笥ならよかったのに。
ゆらりとベットから立ち上がる。
「久々にキレちまったよ……屋上へ、行こうぜ……」
「兄ちゃんの目がマジだ。……これは、殺られるかもしれないね……」
「俺が上、お前が下だぁキキョォォォウ!」
「ちょっとエロいよその響き!」
既にプロレスする気満々なキキョウが足を上げて俺の進行を妨害する。
だが俺には見える。繰り出された足を寸で掴み引っ張る。
「なんの、ちょわっ!」
「おぅっ?」
だが、流石妹とでも言うべきか畳を滑ってやってくる妹が残った片足で俺のスネを蹴っ飛ばす。
その結果、お互いがバランスを崩しあい揉みくちゃになる。
最終的には男女が行う夜のプロレスのような格好に落ち着き、お互いに「えええ!?」とビビり合う。
「やべぇもう婿に行けねぇよ……」
「なにいってんのっ!? 私のセリフだから!」
そこに間の悪いことこの上無いタイミングで、俺の部屋の襖が開けられる。
見えた姿はメガネを掛けた中肉中背のおっさんだった。
明らかに父さんです。
「ミズキ……キキョウ……」
メガネを押し上げる父さんの目が光に遮られて見えないよ。
咄嗟に離れようとするが上手くからみあっていて、なかなか離れられない。
「と、父さんいや、これは違うからな、実の妹にまさかそんなことするわけ無いからな、わかってるよな父さん!? ほら、キキョウからもなんか言えよ!」
「もう言い逃れられないよ兄ちゃん。素直に認めようよ」
頬をポっと染めて俯きがちにキキョウが囁く。
「諦めんなっ!? 俺とお前はそんなインモラルな関係じゃねーよっ!」
「大丈夫だ。ミズキ、実は隠していたんだがお前は橋の下で拾った子なんだ。血縁的に言えば大丈夫だ」
「無闇にリアルな嘘つくなよ! ほんとはわかってるんだろ! そのニヤけた口もと説明してみろよ!」
せめてコウノトリにしてくれよ。ちょっと傷つくだろ。
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俺の父さんは神々しいまでのアホだ。きっと自動車会社で腕ばっかり使って頭を使わないから退化してしまったんだろう。
父さんは俺の中でこんな大人にはなりたくない選手権代表選手である。……尊敬はしてるけど。
父さんの最大の武器と言えば『マイペース』だろうか。どれだけ罵られようがさげずまれようが何処吹く風だ。
天然毒舌家の母さんもこれにやられたと俺は予想している。告白も母さんからだったらしいし。
というかぶっちゃけ精神年齢が低いだけなんだと思う。未だに自費でジャンプとサンデーとマガジンとチャンピオン買ってくるし発売日前に。
キキョウは父さんに似たんだろうなぁ。アンズは母さん。
俺は……誰だろ? ん~? 誰にも似てないな。不思議!
まぁそんな父さんの子供っぽい……性格が幸いしてか、祖父ちゃん祖母ちゃんとの仲は全然良好なんだけどさ。
職場も大手だし真面目にやってるし、技術職だから不況にも強いからマルなんだろう。
「ミズキちゃーん! 明日俺とデートしに行こうぜ!!」
「だまれぇぇぇ! そういう風に言ったら俺が女の子っぽいだろうがぁぁぁ!!」
キキョウのプロレス事件から翌日、せっかくの夏休みだから昼まで寝ていたいと言うのに、そんな考えを無視して件の人物がやってくる。
バンッと襖を押し開けて父さんが乱入してきたのだ。
流石キキョウの元なだけはあるようで、父親の癖にそこはかとなくウザさを感じさせる友達感覚なところがアレだ。
ちなみに俺の名前を付けたのは母さんだ。こんな名前をつける母さんも母さんだけど、父さんも父さんだ。人のコンプレックスを揶揄すんな!
「まぁ落ち着け少年。世の中には女装少年という萌えがあってだな」
「父さんが落ち着けよ。なにうっかり同性愛を息子の前で説いちゃってるの。キモいよ」
「女装少年を同性愛と同一視する気かミズキ。それは違う、違うぞミズキ」
「ちょっとマジになりかけてるのがキモさに拍車を掛けてるよ父さん」
そっち方面の会話は出来るんだけど。実の親子がやるような会話ではないと思う。
キキョウはともかくアンズが聞いたらドン引きだよ。俺ですら引いてるよ。
1人燃え上がろうとする父さんの頭を叩いて正気に戻す。あーまだ眠い、目がシパシパする。
「で。今日はどこに行きたいのさ? 休みの日に疲れに行くなんて俺には考えられないんだけどさ」
「ミズキ、お前は父さんより思考がおじさんだな」
はぁと溜息を付きながら胸ポケットから取り出したタバコに火をつけようとする父さんの頬をはたいて止める。この部屋は禁煙です。
「いや朝方にいつも取ってる新聞勧誘の人が来てだな。いつもお世話になってるお礼にって映画のチケットをくれたんだよ3枚」
「……微妙な数だなぁ」
ウチの家族は7人だ。
「ちなみに映画の名前は?」
「タイタニックだ。最近CMでもよくやってるだろ」
「んじゃあ俺はいいや、母さんとでも行って来なよ」
「決断早いなっ!?」
「恋愛物に興味は無い」
余談だけど後日タイタニックのテレビ放送で泣いて、既にあの世に旅立った父さんを恨むことになる。
ごめんなキキョウ、あんな熱心に語ってるお前をバカにして。俺がバカだったよ。逆に母さんは「あはは。あんなのありえないわ」と笑ってたけど。
拒絶の意思表示として座っていたベットに寝っ転がって父さんに背を向ける。
父さんはやれやれと言った後、俺の腹にタオルケットを掛けて部屋から出て行った。
眠気もありすぐに俺は夢の中に落ちた。
が、すぐに目が覚めた。
俺の眠りを妨げたのは祖母ちゃんの掃除機の音だった。
掃除機の音ってなんでこんなにうるさいの? 死ねばいいのに。
「祖母ちゃん掃除機止めてけろ」
「何言ってるんだい。掃除は朝の内に終わらせないといけないんだから、そんなことできるわけないでしょ」
「眠いんです」
「起きい」
「嫌です」
「……」
「うごごごご。やめて掃除機で顔を吸わないで」
いつもは母さんが掃除するってのに……父さんと出かけたからか?
歳取ると早起きすると言うのはウチの祖父ちゃん祖母ちゃんも体言しているけど、それに俺を巻き込まないでください。
たしか俺が奇跡的に6時台に起きたときにはもう祖父ちゃんも祖母ちゃんも居間で茶飲んでたな。
どんだけだよ。
あまりに五月蝿いために、仕方なく部屋を出て居間に行く。
余談だけど、俺が部屋に戻ったときに机の上に俺のエロ本が並べて置かれていました。
居間ではテレビを見ながら畳みに転がってポテチを食う妹2号アンズが居た。
「あ、兄さんおはよう」
「おうおはよ~う。……ふあぁ」
眠い目を擦りながら座布団に座り、俺もテレビを見る。いいとも!の増刊号がやっていた。
内容半分を素通りさせながらボーとテレビを見ていると、アンズがふいに立ち上がりどこかへ行ったかと思うとすぐに戻ってきた。
その手にはアンズの手製ではない市販のケーキ(後にどこかの限定品だったことが判明)があった。
「……また太るぞ」
「ま、また!? い、いつ私が太ったのよ!」
「いや、このまえ裸で体重計に乗って顔覆って俯いてたから」
「なにしてんのよ!」
顔を真っ赤にしてアンズがフォークを投げてきた。
しかし避ける手間もなくフォークは俺の後ろに飛んで行き、ビーンと音を……後ろを向く。
木製の柱に刺さったフォークがあった。
「え、暗殺術の使い手?」
「もうそんな覗きみたいなことしなくても見たいって言えばっ……!」
「え、怒るとこそこ?」
アンズがこっちにやってくると座布団で俺をバシバシと叩いてきた。
錯乱して変なこと言っていたアンズもすぐに正気に戻り、今のことは忘れてと懇願してきた。
まぁフォークを投げて壁に突き刺す特技なんて人に知られたくないわな。
ちなみにじいちゃんは近所にゲートボールしにいっていた。
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「母さんね。誕生日プレゼントは現金がいいわ」
「現金過ぎるよ母さん。現金なだけに」
「欲しくも無いプレゼント貰っても嬉しくないじゃない? ましてや『何欲しい?』って聞かれると萎えるじゃない?」
「一理あるから困る。というかそれは思ってても言ったらダメだろ」
「言いたいことが言えない大人にはなりたくないの」
「自分をまだ子供だと思ってる母さんに驚きだ」
「失礼ね。子供の証としてサンタさんだって信じてるわ」
「クリスマスに靴下の中に現金と『これで好きなもの買ってね』て手紙を入れる母さんにだけは言われたくない」
「子供はそうやって大人になるのよ」
「じゃあ母さんは大人じゃないか」
「頭脳は子供なの」
「それはダメ人間だから。というかあのアニメ見たから言いたくなっただけでしょ」
「今思ったら頭脳は子供は先約が居たわ」
「父さんのことですねわかります」
「体は子供頭脳は大人ならいいわね」
「アニメのほうに先約が居るよ」
「体は子供! 頭脳はお母さん!」
「ロリババアなんて現実には居ないんだよ母さん」
「酷い時代になったものね。私の前世では」
「もう現実逃避はやめようよ。俺の母さんへの尊敬度がどんどん落ちてくから」
「大丈夫よ。私の中ではミズキはもうマイナスに達してるから」
「目立って悪いこともしてないのに既にマイナスとか酷すぎる」
「でも誕生日プレゼントの金額が増えればプラスに傾くわ」
「誕生日プレゼント現金確定させるなよ。ドライすぎるよ家族関係」
「人間関係は干し物なのよ、ミズキ」
「名言っぽく言ってるけど意味不明だから」
「というかこの前観に行ったタイタニック、あれは本当に笑えたわ」
「観てないからノーコメント」
「主人公がヒロインをスープレックスしたとこなんて傑作」
「CMでそんなシーンが流れてたけど、あの流れからそれは絶対に無い」
「一緒に観てたキキョウも笑ってたわ」
「キキョウは観終わった夜に俺の部屋で熱心に語っていました。思い出し泣きしていました」
「その後食べたのね。性的な意味で」
「母親がそんなこと言うなんて世も末」
「大丈夫よミズキ。あなたは橋の下で拾った子だから血縁的にはOKよ」
「父さんとまったく同じこと言うなよ。信じちゃうだろ」
「YOU信じちゃいなさいよ!」
「何で半分英語? 信じて欲しいの? 泣くよ? まじで」
「ごめんごめん。嘘よ」
「だよね」
「本当はキキョウとアンズが橋の下で拾った子なの」
「どっちも酷いよ!」
「ごめんこれも嘘。そんなこと冗談でも言ったらダメだからね。反省しなさいよミズキ? マジで」
「母さんに言われたくないよ。マジで」
「そろそろ夕飯の支度しなくちゃ」
「家事は真面目にやるよね母さん」
「夕飯何がいい?」
「ラルティザン・ドウ・ザヴールのドボシュ・トルテ」
「よしわかったわ」
「わかっちゃったよ? いいのか!? 夕飯お菓子でいいのか!?」
「少なくともアンズは喜ぶわ」
「ほかの皆のことも考えないと!」
「ごめん。それ無理」
「なんでだよ!」
「ミズキが言ったことだし。最愛の息子だし」
「こんなとこだけ最愛の息子かよ」