面会日当日。
自称慎重派な俺は面会時間になる前一つ準備をしようと思った。別お茶菓子とか用意するわけじゃない。まず子供だし、患者だし、記憶喪失だし。
準備というのは戦える武器を用意すること、時計を見れば現在10時ちょっとだ。面会時間の2時までに準備しなければならない。
「ふぅ……ふぅ……」
ベットに横たわり瞳を閉じ、何度も深呼吸を繰り返す。この可愛い呼吸音だけで俺はご飯を三杯はいただける。
「『肉体改造』……発動」
頬が熱くなる。自分の異能をイメージしやすくするために口にするわけだけど、これがいかんせん恥ずかしい。こんな独り言をあの看護師さんに聞かれでもしたら、ここから投身自殺したくなる。
異能を発動した途端、いくら食べても満たされそうにない途方も無い空腹感がジワジワとやってきはじめる。異能の弊害だ。
さっき食べたお粥スープをもう消化してしまったのか腹が鳴り始める。こんな可愛い女の子が発していい音じゃない。早く終わらせないとな。
全身を強化するにはエネルギーが足りない。だから強化する部位を絞る。右手のみに、強化を施す。
俺のちっぱけな知識では人の体がどうなっているかなんてわからない。
だけど俺はイメージするだけでいい。ほかの全てを異能に任せればいい。これは全ての異能者に通じる、いわば基本の様なものだ。イメージが強固なほど、異能の力は増す。
「ん……」
右手に違和感。閉じていた目を開けて確認する。小さく愛らしいかった手が、ボコボコと泡立ち今にも鬼の手に変化しそうなほどに形を変える。
あまりの気色の悪さに息をのんだ。
「ひッ……ぎゃ……ぁぁぁ……、!!」
途端、イメージが揺らぎ右手に激痛が走る。慌てて咥内の肉を巻き込んで歯を食いしばりながら欠けたイメージを補強していく。
痛みが消える。そしてすぐにもう一つ、鋭く強靭な爪をイメージする。痒みにも似た感覚が右手を支配し始める。
「……できた」
時間にして30分。体感にして2時間。結果の確認は後回しだ。今は、顔面に玉のように浮かんだ汗が気持ち悪い。ちかくに掛けてあったタオルを顔面に優しく当て汗を吸い込ませる。
気付くと衣服も同様だった。汗でビッショリしているので替えの服に着替えることにした。
「ぶっ!」
上の服を脱いで体を見た瞬間。鼻血が凄い勢いで飛びだした。
オブラートに包んで言えば二つの薄高い丘に一つずつ淡いピンクのサクランボが乗っていた。ようするに……いわないでもわかるだろ?。
ロリコンじゃないと思っていたが。すまん、ありゃ嘘だったみたいだ。ましてや自分の体を見て鼻血を出すとかもうロリコンを超えた何かだよ。
新しい体に困惑を覚えつつも上は着替え終わり下の着替えに取り掛かる。
「ぶふぉぉ!」
可愛い声で可愛くない声を上げる。ロリコンだった俺には刺激が強すぎる。鼻血で失血死とか出来るかもしれない。試したくないけどさ。
それに『無い』のがまた新鮮な気分だ。20年間来の相棒が無くなってるのは何か寂しい。
「はぁ……はぁ……」
なんとか着替え終わり満身創痍な俺はベットにうつ伏せに倒れ込んだ。異能使った時より疲れたんじゃないだろうか。
多分俺は、この少女を人形かなにかと勘違いしていた。でもこの少女はたしかに人間で女の子で俺の新しい体で。……これからこの体に付き合いきれるのだろうか。
まぁいずれは慣れるだろうし、それは時間が解決してくれるはず。とりあえずこの話はここで終わりにしよう。
強化・変形機能を加えた右手を見る。見た目は強化前となんら変わらない小さく可愛い手だ。
ためしにベット脇にある診察道具を一つ取る。喉を診るために舌を抑えつけるアレだ。
握り込み、力を加える。簡単にグニャグニャになった。成功だ。
次に異能を発動して迫る空腹感を抑えながら、人差し指に力を加える。ジャキンッ! と効果音を伴って爪が伸びる。その長さ実に30㎝。
折れ曲がった診察道具を放り投げる。
「ふっ……!」
重力に従い落ちてくるのに合わせて爪を一閃させる。診察道具は金属質な音を伴って真っ二つに切り裂かれる。これも成功。
イメージはハガレンの色欲の人だ。ただ、エネルギーが足りなかったから人差し指にしか仕込めなかった。将来的には両腕両爪に仕込みたい。
異能を止めると爪は元通りに収まる。強化した体は通常時でも使えるけど爪を伸ばすには発動させないと無理みたいだ。無理に分類すれば変身系に属するかもしれない。
……疲れたし寝よう。お腹もすいたし、昼ごはんには起こしてくれるだろう。
「あのクソ看護師……」
起きてみればもう一時半、目の前には食事台の上には冷めたお粥スープがあった。
「起こせよ!」
一人叫んでみるがただ部屋に反響するだけだった。空しい。冷めたお粥を口に運ぶと空しさ増力だ。今日は申し訳程度に漬物が隣についていた。
わびしい食事を済ませた頃にはもう面会時間まで10分も無かった。自分の設定を再確認する。
(俺は記憶喪失の美少女、俺は記憶喪失の美少女、俺は記憶喪失の美―――)
ガラッ
「ほわっ!?」
扉が開く音で座りながら飛びあがる。我ながらドジっ娘らしい反応に萌えながら急いで平静に戻りドアの方を見る。
入ってきたのは神山の制服を着た男が一人に女が二人。男のほうはイケメンを体現したような爽やかな18歳ぐらいの青年で、前世でモテなかった俺を一目で激しくイラつかせた。
女二人は対照的で右は黒髪のロングという俺の好みのど真ん中を突く落ち着きのある美人で、神社で巫女さんをしてそうなイメージだ。
左も黒髪だけど長さは短くそれをショートのポニーテールにしている。お気楽そうな表情でこっちを興味深そうにジロジロとみてくる。イメージはネコだ。
二人ともイケメンより1つ2つ年下だ。このロリコンめ。
「ああ、ごめん。驚かせてしまいましたか?」
口からミントを吐き出すかのような爽やかさで謝罪してくるイケメン。死ね。
良く見ればあの看護師を後ろで控えてるのが見えた。……監視?
「あ、いえ……別―――」
「―――ところで」
しゃべってる途中にイケメンが割り込む。
「異能の調子は、どうですか? 『今宮 ミズキ』さん?」