1。
異能っていうのは毒だ。もともと人が持ってちゃいけないモノなんだろう。
居るかどうかは定かじゃないけど、異能というのは神様の持ち物だと俺は考える。人を超えた神、その神としての力が異能。
人という入れ物に異能が入る余地なんてない。
その入れ物に異能を無理矢理押し込めるから、歪みが起こる。初めは軽くヘコむくらいだけど、だんだんと力が強くなるにつれて形が変わり、いつかはヒビが入る。
上位異能者に奇人・変人が沢山いるのはそれが理由なんだろう。証拠なんてあったものじゃない、ただの俺の想像だ。
でも、実体験でもある。
当時、異能を持ってなかった時の俺は妹に嫌われてもなんとも思わなかった。ただ、兄妹って言うのはこういうものなんだろうと考えていた。
妹が殺人鬼に殺されても、俺は妹に対するどこから出てきたのかもわからない少しの罪悪感に苛まれはしても、殺人鬼側には何も感慨は浮かばなかった。
表に出る感情はおろか頭の中の感情までも偽物だ。世の中に必要最低限な感情を出す人形、いつも俺はその人形を冷ややかな目で見ていた。
無気力に、無自覚に、無感動に俺は流水の中の小石のように流れに逆らわずに当たり障りの無いように生きていた。
それが『本当の俺』だったんだろう。
その『本当の俺』もつい2・3年前だというのに遠い昔のように感じてしまうほどに、俺の中で異変が起こる。
目覚めたのは妹の葬式が行われる数日前だ。前置きなんてない。突然だった。
一般人から異能者へと昇華する節目、天啓を聞いた時から俺は変わり始めた。
葬式当日。俺は妹の写真の前で汚らしく嗚咽繰り返し、咽び泣いた。心の底から悲しんだ。もっと優しくしていればと後悔した。
そして殺人鬼に対してもある一つの感情が沸いた。
怒りだった。人を殺すのは悪だと、やって良いことと悪いことがあると、だから人殺しを許さないと、続々と頭に言葉が浮かんだ。
これは誰だ? と俺は思った。偽物じゃなかった、まるで本物だった。本当に俺は悲しんでいた。
その時から自分でも驚くほどに感情的になった。よく泣き、よく笑い、よく怒った。
初めて出会った人には元気な人だと言った。過去の俺を知る人は俺を気持ち悪いといった。
いまでは流石に落ち着いたけど、過去の自分よりはよっぽど人間らしくなった。
「……ぐぁ」
殴り飛ばされて、さっきの俺と同じように壁へ衝突して異能者のチンピラはガクリと頭を垂らした。
俺の異能は物理操作系の『念動力』、手を触れずに物を動かすポピュラーな異能だ。同じ物理操作に属する火や水、風や電気の操作も元を辿れば念動力だ。
「はっ……はっ……ふっ、ふぅ」
異能を使った反動で来た疲労感を呼吸と一緒に吐き出す。
辺りを見渡せば死屍累々……いや、誰も死んでないな、皆気絶している。歯が折れたり砕けたりしてるぐらいだろう。
だけど、それも自業自得だ。
今宮ヒノメを見ると、驚いた様子からハッとしたように戻って、俺へと駆け寄ってくる。
「なんかされたか? 怪我とかないか?」
俺の言葉にプルプルと首を横に振る今宮ヒノメ。アホ毛がすごい勢いで揺れる。
近くで見てもこれといってもヒノメに異変はない。あの状況になってすぐに俺が来たからだろう。
「ありがとうございます! キョウヤさん異能者だったんですね!」
興奮した口調でブンッと頭を下げられる。感謝されるってことは中々気分が良いものだけど、場所が悪い。
倒れたチンピラ達が転がる中でこのまま話を続けるのはよくない。
「いや、とりあえず場所変えようぜ、コイツらもいつ起きるかわかんないしさ」
ヒノメは「あ……」と声を漏らして辺りを再確認すると体縮めて小さくなる。
……やっぱり、一時的な興奮で恐怖が引っ込んでただけか。
ヒノメが背負っていたリュックを代わりに担いで、人目につく大通りへと出る。
そこで俺はヒノメのさっきの事情を聞いて予想通りの答えが返ってきたことに、頭を抱えた。
「……俺が言えることかはわからないけどさ、ちゃんとした確認も取らないで知らない人についていくのはダメだぞ。特にああいう奴ら、一目で怪しく感じるだろ」
会って半日そこそこの子に説教するのはどうかと自分でも思うけど、これは人としての一般的な常識だろう。
言って間違いはないはずだ。世の中の先人たちが口を酸っぱくして言ってきた言葉なのだから。
素直に反省してるのかヒノメはションボリと肩を落とす。
2。
「―――で、お兄さんのミズキさんは見つかりそうなのか?」
「ううん、ぜんぜんです」
俯いたまま首を横に振られる。
まぁそうか。失踪して半年も経っている人がそう簡単に見つかるはずがない。最悪死んでる場合だってあるんだから。
といっても俺に出来ることは限られている。
見つかるのも絶望的な人探しを手伝うか、ここで一時的にでもいいから探すのを諦めさせるか、だ。
当然、俺は後者を選ぶ。
日も落ちた今から手伝うなんて無理だ。まず警察・神山双方が探していて、今だ見つかっていない人だし。
「今日のところは諦めたほうがいい。神山のほうも探してるし、すぐに見つかるさ」
「でも……」
「それにもう暗い。さっきみたいなことが起こったら、今度は助けれないかもしれない」
「でも」
「お母さんだってしんぱ……」
また「でも」と言うヒノメに重ねるように喋ろうとすると、俺の言葉を弾いて大きな声で言葉を紡いだ。
「でも、私は子供を産めるからだになりました! お兄ちゃんの子供を産むのが私の使命だから、だから待っていられないんです!」
爆弾発言とはこのことだと言わんばかりなヒノメの発言を聞いた周りの人達の白い目が、俺へと集まる。
一瞬にして俺の居場所が無くなる。「もしもし警察ですか……」とかなに通報しようとしてるんだ。
「じょ!?」
冗談じゃない。ふざけるな、俺が何をした。
「ん、あれ? 皆さんどうしたんですか?」
自分の言葉の意味をわかっていないヒノメは頭に疑問符を出して辺りをキョロキョロと見渡す。
俺は降ろしていたヒノメと自分の荷物を左に、ヒノメを右に抱えてその場をダッシュで立ち去る。
帰宅路を猛然と駆け抜けて、人の少なくなった場所でヒノメを降ろした。
さすがに両脇に物を抱えて走るのは堪える。膝に手をついて、息も絶え絶えになりながらも口を開く。
「いいか、人前で……特にああいう人通りの多い所で生命の神秘的な何かを言うのはとってもいけないことなんだ。……わかったか?」
「そ、そうなんですか。知らなかったです」
知らないのか。どこかのお嬢様なのかこの子、世間知らずにもほどがあるだろ。
いったい親はどんな教育をしているのかこの目で見てみたい。
「とまぁ、そういうわけだ。今日のところは家に帰れ」
「うん。わかりました」
「んじゃ俺は帰るから、気を付けて帰れよ。タクシーはここに来た方向を逆に戻って大通りに出たらいっぱいあるし、電車はあっちにいけばすぐにみえるから」
「うん。ありがとうキョウヤさん」
「いいって、じゃあな」
俺はその場で手を振ってヒノメから背を向けた。
帰る途中にコンビニへ寄って今日の晩飯を買う。一人暮らしを始めて半年が経つけど、自炊だけは上手くできない。米ぐらいは炊けるってレベルだ。
あの時の水弾の当たった場所も痛いし、飯食ったら今日は早く寝よう。
いつも妙に住人が少ないと疑問を感じていたがその謎が解けたアパートへと辿り着き、俺はポケットから自分の部屋の鍵を取り出す。
施錠を解放して部屋の明かりをつける。半年前は部屋が大破してたらしいけど、いまじゃそんな影は一つも見つからない。綺麗なものだ。
テレビをつけて部屋に賑わいを持たせる。
冷蔵庫の中の麦茶を取り出して、コップを二つ持って机の上に置く。
二つのコップになみなみと麦茶を入れて一つを俺に、もう一つを目の前の人物の前に置く。
温めてもらった弁当を冷めないうちに取りだして割り箸を割って、で―――
「―――で、なんでお前はついて来てるんだ……?」
コップを口につけて傾けるヒノメに問いかける。
「なんで、って言われても……」
んー、と腕を組んで考えるヒノメ。俺そんな難しい質問したっけなぁ。
「俺今日なんて言ったけ?」
「ちゃんとした確認も取らないで知らない人についていくのはダメだぞ。特にああいう奴ら、一目で怪しく感じるだろ」
「うん。それって一応だけど俺も含まれてるんだよね」
ポン、と手を叩くヒノメ。
「そうだったんですか!?」
「言わなくても気付け!!」
2。
「だからなぁ……ヒノメのお兄さんはすぐには見つからないんだよ。警察だって神山だって必死に探してるんだぞ、それでも見つからないんだから言っちゃ悪いけどヒノメ一人じゃ無理だって」
若干ループしているような会話を続けて早5分。
ヒノメは頑なに帰ることを拒んでいる。
荷物から見ても遠出っていうことはわかる。一度帰ったらまた来るのは難しいだろう。
話をしながら弁当を突っついていると、ヒノメが物欲しそうに弁当を見てくる。……うわヨダレ。
エビフライを箸で持って右へ左へ動かすとそれを目で追いかける。
俺はため息を一つ吐いてビニール袋からオニギリを取り出す。
「食うか? オニギリ」
「あ、ありがとう……ございます」
机の上に転がすと、遠慮気味に受け取られる。
しかしこの子は私語なんだか敬語なんだかどっちよくわからない話方をするな、俺との距離を図りかねてるのか。俺からしたらどっちでもいいんだけど。
遠慮気味に受け取ったヒノメは、小さな口を大きく開けて目の前のオニギリへかぶり付こうとする。
「!?」
と、俺が驚いて腰を浮かせるが、時すでに遅かった。ヒノメはオニギリを包装紙の上から齧りつく。
不思議そうにオニギリに齧りついたまま俺を見上げたヒノメは、オニギリを噛みきろうと口をモゴモゴとさせている。
とりあえず静観する。いや、現代社会を生きる人間としてあまりに非常識な行動に固まりざるおえなかったと言う方が、正しい。
眉を目まぐるしく上下させて奮闘するヒノメ、それを見守る俺。
くっきりと包装紙に歯形がついたオニギリを取りだしたヒノメが口を開く。時間としては1分もしなかったけど、それ以上に長く感じた。
「……このオニギリ食べれないです」
唾液でテカっているオニギリを両手で差し出して俺に返そうとする。……いや、さすがに汚いから受け取りづらい。
まず頭に浮かんだ疑問を晴らそう。そうしよう。
「食い方知らないのか?」
そう問うと、質問の意義を図りかねたのか首を傾けられる。
この子世間知らずにも程があるだろ、もうお金払ってもいいから両親の教育を見てみたい。
いや、逆に言えばインスタントオニギリなんて食べなくていい生活をしてるとも言えるか。
歯型のついたオニギリを受け取ってティッシュで唾液を拭きとる。そして誰もが一度はやったことのあるいつもの方法で包装紙を破る。
黒い海苔で包まれたオニギリを露出させると、ヒノメは「おおっ!」と驚いてパチパチ拍手をする。
一波乱あった晩飯を済ませても、帰る帰らないの問答は続いた。
で、結局ヒノメは俺の部屋に泊まる気だったということが判明した。予想通りホテルに拒否されたらしい。
とうぜん帰らせるために俺は拒否した。チンピラ達から助けはしたけど、兄探しまで協力するとは言っていない。
既に息子が行方不明な上に娘まで居なくなったら、両親もめちゃくちゃ心配するはずだ。
本心を言えば手伝ってやりたいけど、捜す人間は行方不明。何回も言ってるけど、俺達だけでみつかるような簡単なものじゃない。
「ということで帰れ」
「帰らないです!」
なんだこの状況。もう完全に話がループしている。
「うー」
「唸ってもダメだからな」
「がー!」
「吠えてもダメだ」
「……わかりました」
……やっと諦めたか。と思ったけど、次にヒノメが言った言葉で俺のほうから折れてしまう。
「素直に外で寝ます」
3。
ヒノメの自宅に電話を掛けて出たのはヒノメの家の家政婦なる人だった。
両親……といっても母の方しかいないけど、は今は仕事の関係で連絡がつかないそうだ。片親は稼ぎのこともあるし大変だな。
ヒノメのことについてはヒノメ自身の意思を尊重するようにとヒノメの母に言われてるらしく、簡単に俺の部屋に泊まることを許可された。
あまりにあっさりとしすぎだから逆に俺の方から色々と噛みついてしまった。
俺のほうからしても泊まられて損するわけじゃないから別にいいんだけどさ。
といっても、さすが何日も泊られるわけにはいかない。明日には迎えに来るように言っといた。ヒノメも何とか言い包めて明日帰るように説得した。
こんな状況でもお人よしで行けるのは、以前の俺からじゃ考えられないな……。
予備の布団を台所に敷いて、寝る前に俺はずっと気にかかっていたことを聞いてみることにした。
「ヒノメはなんでお兄さんと結婚するんだ? ……それに子供を産むとかなんとかって」
後半の部分は声が小さくなる。いや流石に下半身的なことを少女に聞くのは恥ずかしい。一歩間違えたらセクハラだ。
でもヒノメ本人はいたって真面目に言ってことだから聞いても大丈夫なはずだ。
その言葉を聞いてヒノメは難しい顔した。が、すぐに元に戻る。
「お兄ちゃんは失敗作なんです。で、私はそのお兄ちゃんの失敗した部分を直すための部分なんです。子供を作るのはお兄ちゃんと私で完成品をつくるためなんです」
「……は?」
「なんでもないです。おやすみです」
訳のわからない言葉の連発に固まった俺を無視して、ヒノメは布団を被った。
失敗作? 完成品? 意味が全然理解できなかった。……まぁいいか、気になるけど相手はまだ子供だし冗談だろう。
考えてもしかたないし寝よう。
んでもって朝。昨日買った朝飯を二人で分けて食べる。今日は土曜日で学校は無い。
昨日の大通りに出て、俺はヒノメの聞き込みを近くで見守る。多分、というか確実に無駄な行為だけど、それ以外に方法がないのだからしかたない。
熱心に通りがかる人に兄のことを聞くもやっぱり収穫は無い。
「ホントですか!!」
休みを入れようと自販機で飲み物を買おうとその場を離れようとすると、ヒノメの大きな声が聞こえた。
また変な奴らか? とも思ったけど、こんな人通りの多い休日の昼に現れるとも思えない。
駆け足でヒノメの元に行くと、ヒノメの目の前には見たことのある人物が立っていた。
「あ、キョウヤさんキョウヤさん!」
俺を見つけてピョンピョンとん跳ねて手を振られる。
そんなに交流が無いからどんな親しいわけじゃないけど、さすがに同じ学校の同じ教室に授業を受ける仲だから名前ぐらいはしっている。
長い黒髪を背中まで伸ばした物静かな雰囲気のする同い年の女子、たしか名前は『此花 マドカ』だったはずだ。
教室ではいつも読書をして誰とも話をしないため浮いている存在だ。顔はかなり整っていて、男子から告白されるとこを目撃したことがある。玉砕してたけど。
俺の姿を見て此花マドカは瞬きを数回する。特に驚いたといったわけじゃなさそうだ。
「あ……ーと、此花さんだったけ?」
軽く顎を引いてコクリと頷かれる。
「あれ、キョウヤさん知り合いですか?」
「ん、まぁただのクラスメイト」
「そうだったんですか! ……あ! キョウヤさんそれでですね、此花さんがお兄ちゃんの居場所を知ってるらしいです!」
ヒノメの言葉を聞いて、俺は此花マドカに向きなおる。
「この子のお兄さんを知ってるってホント?」
「うん」
またコクリと頷く。
……嘘をつくような人間じゃなさそうだし嘘をつくメリットも無い。でも信じれる情報かと言えば微妙だ。
半年も行方不明の人間の場所を知ってるなんておかしいしな……、この場合どうなんだろうか。
「なんで知ってるの?」
「それは言えない」
思わず首をかしげてしまう。言えないって……なんだ? わからん。
今のこの段階じゃわからないな……深く考えないほうがいいか、場所を聞いて怪しい場所じゃなかったら行ってみよう。
「まぁいいや、ミズキさんにはすぐ会えるのか?」
「会える」
「何処に居んの?」
「○○病院の801号室」
……ん? けっこうすぐ近くだな、ここから歩いて20分もかからない。
でも病院って……怪我でもしてるのか? それ以前に入院してるんならもう身元もバレてるはずだろ。嘘か……いや、初対面の相手に嘘をつく人間もそう居ないだろ。
多分だけど、人違いか何かだ。
やっと見つかった情報だし、考えても仕方無い。俺も居るし危ない場所でもないし、行ってみよう。
病院の場所もわからないのにどこかへ行こうとしてるヒノメを抑えるのも面倒だしな。
4。
「801号室はえーっと……こっちです!」
「あ、おい待てって」
病院の案内板を見たヒノメエレベーターへと直行する。ヒノメの荷物は俺の家に置いてあるから身軽になったためにすばしっこい。
兄へと繋がる手掛かりがあるかもしれなから当然か。
でも、はっきり言って期待しないほうがいいだろう。何度も言うけど、相手は行方不明なんだ。そう簡単に見つかるはずがない。
ましてや公共の施設で身分証明が必要となる病院に居るのは確立が低い。
一人でつっぱしろうとするヒノメを異能で引きよせて、手をつなぐ。
ちっちゃくて俺の手にすっぽりと収まる。
唐突に言うけど俺の異能の念動力は、念弾を飛ばした遠距離攻撃が苦手だ。
俺の周り数十センチまでなら強力に異能を発揮できるけど、遠く離れた相手には引き寄せるぐらいしか効果を発揮できない。
イメージも問題なく出来るけど、遠距離攻撃が一切できない。
多分これは、俺の異能自体に隔たりがあるんだと思う。
いくらイメージ出来ても、その脳内のイメージ力から外界に干渉する力に変換する異能自体に『何が得意で何が不得意か』という因子が含まれているんだろう。
だから異能者には個性が生まれる。
そしてその異能自体の才能とイメージ力の方向性が合致すれば、高い効果を得られる。
……まぁ、説明はコレくらいにして先走らないように手を繋いだヒノメと一緒に病院の8階へと向かう。
こんな当てもない人探しのためにナースさんに聞くのは、ちょっと気まずい。とりあえず寄ってみるだけにしよう。
そして着いた先の名札を見て俺は、此花マドカが天然なのかと疑った。
「桃谷ミズキ……」
うん。名前は合ってる。でも苗字が違う。
これは……もしかしてアイツは素で勘違いしたのか。いや、ヒノメの聞き方が悪かったのかもしれない。
今度学校で会ったら聞いておこう。
とりあえず入る前に、考えうる可能性を潰しとく。
「ヒノメ」
「なんですか?」
「桃谷って言うのは、ヒノメのお母さんの昔の苗字なのか?」
「……? 言ってることがわからないです。ヒノメのお母さんはずっと今宮です。結婚してないですから。―――それよりも、入ってみるです! おじゃましまーす!」
「あ、おい!」
俺が力を抜いた隙を突いてヒノメが横開きのドアを開ける。
ガラッ開いた扉からは人一倍濃い消毒液の匂いが漏れ出す。トテトテと勝手に中に入っていくヒノメを俺も追いかける。
しかし妙だ。
相手側の返事がない。……寝てるのか?
壁が死角になって見えないけど、一足先に突撃したヒノメがガックリと肩を落としたのが見えた。
「……明らかにヒノメのお兄さんじゃないな」
「……」
ヒノメに続いて見てみると、そこには中学生らしき少女が寝ているだけだった。
横に置いてある機械はテレビとかでみたことがある。心音を波で表わす奴だ。機械は刻々とその少女の心音を測っているけど、俺にはさっぱりわからない。
呼吸はつけていないため、顔がよく見える。
はっきり言って第一印象は美少女だ。
外人を思わすような金髪に端正な顔立ちがよく栄えている。すぅすぅと寝息を立てる声も、どこか神聖な感じがする。
多分だけど、性格もよさそうだ。顔立ちからなんとなくわかる。
こんな可愛い子が入院してるのはちょっと心苦しいものがある。
だけどそんな見惚れてもいられない。許可なしで部屋に入ってるんだから見つかる前に退散したい。
人違いだったとわかったし出よう。
「―――……誰、ですか」
……遅かったみたいだ。
声的には女の子っぽいから病院関係者じゃないな、多分この桃谷ミズキの親類縁者だろう。
振りむくと少量の花を抱えたツインテールの女の子が居た。
同じ印象を言うことになるけど、かなりの美少女だ。
様子から言ってあまり歓迎はされていない。明らかに眼差しに敵意が含まれている。
何を言っても俺達がこの場は俺達が悪い。謝ろう。
とりあえずここに来たわけを説明する。信じて貰えるかはわからないけど、話さないよりはマシだ。
「―――という訳なんだ。勝手に入ったのは謝る。ごめん」
「あ、いえ……」
「本当にゴメン。でも俺達何にもする気ないから、じゃ」
なぜか呆然としているヒノメの襟元を引っ張ってその場を後にする。
6。
チームの繁栄が終わる。
裏社会に生きつづければよかったものの……表の世界に手を出し過ぎたのか。
先日チームの拠点が一つ潰された。チームのメンバーはまだ誰ひとりとして欠けてはいない。
当然だ。メンバー全員、この僕を含めて神山の奴らにやられるほどに弱くはない。
だが、それもいつまで持つかわからない。奴らは僕達の群を上回る軍だ。
一人一人の力が弱くとも、寄り集まれば僕達は敵いはしないだろう。
きっとジワジワとやってくることだろう。
すぐには死なない。……いや死ねないの間違いだな。
さて、アイツはどう動くのか。敵対か逃亡か、どちらかしか道は無い。
どちらにしてもチームは終わる。
そもそも、なぜ僕達が狙われるようになったのか。理由は未だわからない。
チームとぶつかれば、貴重な人材を多数失うのは目に見えている。
庇護されているわけではない。意図的に見逃されていたはずなのだ。散発的に攻撃はされているが、それも中枢に届くほどのことはされていない。
誰もがいつもと同じ暴虐をしてきていただけのはずなのだ。
……いや、考えるだけ無駄だな。
僕は死ぬのはゴメンだ。
いの一番にチームを抜けさせてもらう。
誰にもバレないように、ひっそりと暮らしてやる。
だが、その前にやることがある。
女だ。女が欲しい。
美貌に溢れる若々しい娘達を僕の手に集める。
死ぬまで尽くさせてやろう。それがお前達の至福になるのだから。
最大限に効力を発揮してやる。
そうなれば色々と忙しくなるな、女達を飼うスペースも必要になる。
ふふふ、楽しくなってきた。
5。
ズルズルとヒノメを引っ張って病院の外まで出ても、ヒノメがボーッとしていたため頭を軽くたたく。斜め45度、テレビもこの角度から叩くと調子が良くなる。
ビシッと平手を入れるよ、頭を抑えながらヒノメが再起動する。
その状態で振り返ってきて、俺を見上げる。
「すごくきれいな人でしたね!」
「……お前の目的ってなんだったけ?」
「ヒノメは感動しました! あんな美人な人がこの世には存在するのですね!」
「無視か!」
目をキラキラさせて喋るヒノメに頭を抱える。
兄貴探しそっちのけで美人だなんだと感動するのは間違ってるぞ。まぁ、たしかに可愛かったのは認めるけどな。
「で、これからどうするんだ? ミズキはミズキでもあの子は女の子だったし」
「ん……そうですね。やっぱり、聞き込みでしょう!」
「そうだなぁ手がかりもないし、そうなるか」
また当てもない聞き込みの旅にでるのか。
地道な作業を怠ってはいけないとは思うけど、そろそろ今宮ミズキはこの街から出て行っている可能性も考えないといけないな。
「あ、ちょっと待ってください」
「ん? なんだ」
あの交差点へと戻るべく背を向けようとした途端、ヒノメが何かを見たのか俺とは真逆の病院のほうへとかけていく。
ヒノメの走っていく先を見てみると、そこにはさっき病室で会ったツインテールの女の子が居た。
ヒノメが駆け寄ると女の子はビクッ! として後ろへと下がる。ヒノメとは真逆の、大人しい性格なんだろう。
何か喋っている様子だけど、ここからじゃ聞こえない。
俺もヒノメの後に続く。
二人に近づくと、また女の子がビクリとして見上げられる。
……あーなんだ。なにも悪いことしてないのに、罪悪感にかられるぞ。
「あー……」
「……? どうしたのですかキョウヤさん」
「いやなんでもない。二人ともまだ話するのか?」
聞くと二人目を合わせた後ヒノメが「はい!」と答える。
女の子のほうは困惑気味だけど、嫌がってはいないみたいだ。
お邪魔無視っぽい俺は近くで飯でも買ってこよう。
ヒノメに食いたいものを聞いていざ病院内のコンビニへ行こうとすると電話が鳴る。
ディスプレイを見ると相手はヤヒコだった。
とうぜん着信拒否する理由なんてないから電話に出る。
「どうしたヤヒコ?」
『キョウヤ、俺の妹知らないか?』
「ヒカリちゃん? いや知らないけど……どうしたんだよ」
『妹がどこ行ったかわかんなくってさ。もしかしたらキョウヤのところに居ると思ったんだよ』
「携帯は」
『とっくに掛けたよ。出なかった。家に電話して部活の準備して出て行ったのはたしかなんだけど、それっきりなんだ。実際今俺が居る弓道部に来てないし』
「なんで一緒に行かないんだ」
『土日の高等の弓道部と中等の弓道は時間被らない様にしてんだよ。―――あーくっそ! どこい行ったんだアイツ!』
「落ち着けよ。たまたま遅れてるだけかもしれないじゃないか」
「……ん。そうかもしんねぇな。すまんキョウヤ」
その日を境に、ヤヒコの妹ヒカリが家に帰ることはなかった。
▽△
17触り。多分6。くらいまで続くと思います。
全記事に題名を追加。その記事内でのキャラの発言を一つ抜粋しています。
久々の更新です。ここまで間隔空けることなかったんじゃないんでしょうか。これもモチベーションの減衰が原因か。
それにしてもほかの方の書いてるSSが面白過ぎる! 脳内ストーリーが揺らぎまくりで危ないです。
SSの紹介をするのにモチベーション増加・維持を試みます。皆さんに一つでも多くSSの紹介を!
というわけでSSの紹介でもしたいと思います。更新毎にひとつずつ。ネタが無くなるまで。
同サイト・ヴァルチャー
MMORPGを題材にした作品。
異色な非人間の主人公アギラがカッコ良すぎる。狂戦士ユウが可愛過ぎる、最終局面の姿なんて想像しただけで鼻血が……。
作品の完成度のわりには感想コメントが少ないです。更新当時のオリジナルSS掲示板は活気あまりなかったのでしょうか。
このSSを書く要因にもなりました。ほんと面白いです。皆さんぜひ読んでください。
*
11月16日更新。
17終わり。次回からミズキ再登場の予定です。
ヒーロー視点をスパイス程度に加えてミズキの視点で進むとおもいます。
さて更新分のSS紹介。
サイト名:Clock Faker 作品名~日向に産まれた(ある意味)稀代の異才~
ナルトの世界のオリキャラに憑依する話。憑依やオリキャラものって原作の世界にどうやって無理なく滑り込ませるかが面白さを決めますが(自分的に)
これはすごいいい感じにナルトの世界に溶け込んでます。走るだけで足が折れそうになる主人公が面白過ぎる。
ハナビの可愛さのあまりに同じ部分を何度も読み返しました。
誤字脱字指摘してくれると嬉しいです。
感想など書いてくれると超喜びます。超喜びます。
それでは次回の更新まで。