「はぁー……」
リモコンを操作してテレビの音量を調節しながら俺は盛大にため息を吐く。
神秘のような超能力を使える異能者が居るこの世界に生まれて20年間、俺は誕生日が来るごとに焦っていた。そして先日20歳の誕生日を迎えた。
『私達、異能者は―――』
ため息の原因は今目の前のテレビでやってる内容で、画面には14・5歳の少年と少女が記者に向かって演説をしている。
「こんな子供でも持っているのになぁ」
またため息。異能力は、決して生まれた時から使えるというわけじゃない。先天的に使える人間は特に才能があるだけで、後天的に異能力に目覚める人も多い。
しかし統計的に見て後天的に覚醒する人間は15歳をピークにして、10歳から18歳の間が異常に多い。
異能力に憧れる俺は悲しいことに凡人であるという事実を現実に突きつけられて、さらに溜息を吐いた。
持つ者と持たざる者。持つ者はそれをさも当然に使い、持たざる者は持つ者に憧れる。人生のクジ引きに失敗した俺は才能の開花のピークを逃し、後者へと落ちた。
異能者には覚醒した時に天啓のようなものを聞くらしいが、俺はそんなものを聞いた覚えも無い。記憶喪失で忘れているだけかもしれないけど。
「俺だったら絶対実体化系の異能に覚醒して可愛い女の子を呼び出すけどなぁ」
とかそんな邪まなことを考えてるから目覚めなかったのかもしれない。そう思うとまた悲しくなって一人暮らしで狭い天井を見上げて一人涙する。
毎日毎日、大学に行ったり異能に目覚めなかった非凡な友人達と遊ぶ日々。最近になって俺はようやく物語の主役ではなくそこらの町の住人だったのだと悟った。ずっと前からわかってたことだけど。
主人公というのは12~17歳の少年少女というのがお約束だ。
もし俺が主人公ならとっくにベランダにシスターが居たり巨大ロボットのパイロットに選ばれたり剣の英霊にマスターかどうか聞かれているはずだ。
ということで俺の輝かしい未来は無いに等しく、後天的に目覚める可能性もこれから右肩下がりに減少していく。
「ドラゴンボールがあればなぁ」
ダメ元で両手を前に合わせて願って見る。
(どうか、俺の運命を変える美少女が空から降ってきますように……)
割かし本気に親方に祈ってみる。この際非日常に連れて行ってくれるならサングラスの大佐でも構わない……いや、やっぱり美少女で。
歯を食いしばって必死に願いを天に届ける。
「よし、これで明日ぐらいに何か起こるはずだ!」
万人に平等な神様ならどうにかしてくれるはず、そう信じて晩飯の用意をし始める。今日はどうしようか迷いながら冷蔵庫を開けてみる。
「何にもない」
美少女も、サングラスの大佐も。当然だけど。時間を見ると10時半だった。近所の大型スーパーならまだまだ余裕で開いてる。
スパゲッティにしよう。そう思って冷蔵庫を閉めた。
「……ん?」
異音。お隣さんのわけのわからないの奇声とは違う、壊れる音。ガラガラと何かが割れる音、どこかがメキメキと軋む音。
パラパラと埃が降り部屋を汚す。
「なんだなんだ!?」
地震か? と思い一応ガスの元栓を確認する。さらに異音、さっきより幾分大きい音が鳴り埃が降る。
「上か……?」
見上げて見ても特に異常は無い。が、いきなり頭上のボロっちい天井が僅かに歪んだ。
「え―――うわあっ!?」
次の瞬間に天井がメキャメキャと壊滅的な音を立てて壊れた。元天井だった部分は新しい窓になり星が光る夜空を映し出した。
「うぇ……!! ゲッホゲホッ!!」
何かが落下する音と同時に、屋根裏に埋蔵されていた埃やらなんやらが舞い上がる。驚いた拍子に大量の埃を吸ってしまい肺が犯される。
何が起こった。と、涙さえ出るほどにせき込みながらも俺は埃が極力入らない様に薄目に辺りを見渡す……までも無く、すぐに異変の元凶を見つける。
さっきまで自分が頬肘を突いていたちゃぶ台が真っ二つに折れ、その中心に誰かがうつ伏せに倒れている。体系は華奢のほうで髪は肩にかかるぐらいの長さで女性然としている。
しかし体は血まみれ、服は所々が破けている。どこかで一戦やってきましたと言わんばかりな人間がいきなり天井を突き破って落下してきたのだ。
「だ、大丈夫ですか!?―――って、この制服、神山の……!?」」
天井の修理代いくらとか、ちゃんとこの人修理代払ってくれるんだろうな、とかそんなことは後回しにして駆け寄り抱き起こす。
顔を見ると自分よりずっと若い12・3ぐらいの少女だったが、驚いたのはその少女が着ている制服だった。
神山グループという異能力者を集めてその才能を伸ばし工業に応用しようとしている企業。
日本政府とも繋がりがあり、政府公認で教育した異能者で増え続ける異能者の犯罪を抑止する組織でも有名で、この組織のおかげで増え続けていた異能力犯罪は一応の安定をたもたれている。
さっきのテレビの男女も着ていた黒色を基調とした防弾防刃繊維を縫い込み動きやすいように各所に細工をした神山の特製の制服を、この少女は身に着けている。
「う……うぅ……」
息が詰まったうめき声をあげて身じろぐ少女の顔を見て、ドッ、と汗が出た。血に装飾されたあどけない表情を見て劣情が沸いたとかそういう危ないのじゃあない。
「……やばい」
心情が無意識に口に出る。この制服を着た人間がこんな血塗れな姿でいるという現状、はやくこの場を離れなければ確実に命が危うくなる。非日常には憧れるが、いきなり死んでしまっては意味がない。色々と準備が必要だ。
たしかに空から少女は降ってきたが、猶予もなくこんな事態に立たされるのはごめんだ。さっきの願いが届いたのかもしれないが、いまとなっては後悔の念しか出てこない。
死が確実に迫ってきているのだ。
せめてもと思い少女を優しく横たえて玄関へと急ぐ。が……。
「ざ~んねんでした」
扉を開けたそこには、金髪ロングにサングラスを掛けた自分と同じぐらいの歳の女性がいた。恐怖で足が固まる。
さっきの少女が闘っていたのはコイツだ、と直感した。早く逃げろと脳が警鐘を鳴らす。
ドンっと胸を押されると容易く俺は地面に倒れた。
「ひっ……」
情けない声が出る。
「運がなかったね~。通報されたら面倒だから……」
死んで、と彼女がしゃがみ込み俺と目線を合わせた。彼女の指が拳銃の形に曲げられる。そしてその銃身となる部分に淡く赤い光が灯った。
―――エネルギー能力者!!
異能への憧れで得た知識が能力の種類を暴いた瞬間、光が俺を貫いた。
「あ……あああああああああぁぁぁぁぁっぁぁ!!!!」
胸に熱された鉄棒を通されたような感覚、尋常じゃない痛み、あまりの激痛に息を吸うことができない。
さっきまでガチガチだった体が今は痛みに悶え転げまわっている。頭に靄がかかったようになり何も考えることが出来なくなっていく。
―――『今宮 ミズキ』
もう死んで楽になりたい。そう思った瞬間。誰かに、名前を呼ばれたような気がした。女みたいで嫌だった名前を、誰かに呼ばれた気がした。
「てん……けい……?」
脳裏に何かが横切る。脳内で何かが繋がり始める。だが、体の痛みと死への恐怖が邪魔をする。
それを喉を突きぬけて上がってきた血といっしょに我武者羅に吐き出し無理矢理意識を沈静化させる。体の力を抜き、文字通り死に体になりかけながらも精神の安定を図っていく。
やがて少しではあるけど、胸にある激痛を堪えながらも俺の脳内はクリアになる。
霞む目で見渡してみるが金髪野郎の姿は見えない。ということは神山の少女も死んだか。こんな騒ぎになってるのに誰一人ここに来ないってことはアパートの皆は殺されたのか。
というか今になってむかっ腹が立ってきた。なんで無関係な俺があんな奴に殺されなくちゃいけないんだ。あの金髪だって染めた偽物だろうが、あームカつくムカつく! 復讐してやる。絶対復讐してやる!!
そのためにもこの状況を打破する!
多分、というか確実に俺はもうすぐに死ぬ。でも、さっきの声に俺は活路を見出した。
空耳じゃないと断言できる。思い込みじゃないと断言できる。俺の第六感的な何かがそれを確信させる。
俺は覚醒した。20歳になってようやく覚醒した。異能に目覚めた。俺の脳内にどこからか情報が流れ込んできた。
「うへへへへ」
その情報を見た瞬間、俺は笑いをこらえることが出来なかった。その拍子にまた口から血を吹き出した。
この異能は凄い。自分の異能に恐怖さえ感じる。7種に大別される異能の中でも一番のレア、特殊系の異能だ。
しかしまずい、はやくしなければホントにしんでしまう。体が冷たくなってきた。
「う……ぐぅ……」
ズル……ズル……と芋虫のように体をくねらせ全身する。下半身はもう死んでしまったのかピクリともしない。それでも今一番あり得る可能性へ向けて前進する。
目もいきなりド近眼になったかのようにボヤけまくるが有るか無いかを確認できるならそれでいい。
背後で死神が手まねきしている。行ってなどやるものか。俺は、このスーパーな異能で生き延びてやるんだ。
「……あった……!」
この時だけはあの金髪野郎に感謝だ。
目の前にはさっきの少女の死体(目がぼやけてよくわからん)があった。ご丁寧にも制服は剥ぎ取られているみたいで肌色が人の形を成している。制服はスパイとか奇襲するために剥いだのか、はたまた売るのか、制服のデザインとしてもいいしその手の店に売れば高く売れるらしいし。
胸と頭に赤い色が確認できるから、さっきの霊丸モドキに念入りに撃ち抜かれて殺されたのだろう。というか顔がすんごい赤色なんだけど、潰されたのか? よく見えん。
俺は意を決し少女の二の腕に噛みついた。柔らかい肉質を感じながら異能が発動するのを確認できた。湧き上がる充足感に胸が満たされる。
少女の状態が脳内に流れ込んでくる。細かい外傷に加えて心臓を抉られている。さらに酷いのは顔、原型が残ってない。ある意味ド近眼になってよかった。
……よし、あとで調整が必要だけどとりあえずはこれで……ってあれ、意識が……遠く……?
僅かながら残っていた体力が抜けていく。え、ちょっと待て。ここで意識失ったらどうなんの、まてまてまてまて、ちょっと、もうちょっとだけ、イキロ俺のから……だ……―――。