翌日、お昼を前にして意気揚々と出かけるフィオナ達……なのだが、 「……どうしているんですか?」 「フィオナ先輩! 一緒に遊びましょう!」 ラスターがなぜかトラスティ家の前で待ち構えていた。 「すみませんが今日は家族で出かける予定がありますから」 「家族?」 そうは言っても一緒にいるのは優斗と赤ん坊だけだ。 彼女の両親など、どこにもいない。 一方でマリカは母親の気分がどんよりしているのに気付く。 「まんま?」 マリカが呼んだ瞬間、ラスターに衝撃が走る。 「ママ、だと!?」 「まーちゃんは私と優斗さんの子供ですけど、何か?」 まったくの無表情でフィオナが答える。 いい加減うっとおしいのだが、ラスターはフィオナの無表情を違う意味に捉えた。 「そ、そうか! 赤ん坊を使ってフィオナ先輩を騙しているのだな!!」 瞬間、炎玉がラスターの真横を掠める。 「……次にふざけたことを言ったら、本気で当てます」 フィオナの警告だった。 今の言葉は許せないが故の。 さすがのラスターも冷や汗が出たが、しかし同時に考え違いもする。 優斗が無理やり父親をやっているものだと。 「優斗さん、行きましょう」 ラスターを無視して歩き始める。 今日はピクニック兼訓練なのだ。 楽しい日にしたかった。 したかった、のだが。 「どこまで着いてくるんですか?」 呆れたように優斗が訊く。 「貴様らを二人きりにするわけがないだろう!」 「マリカもいますけど」 「そんなことを言っても無駄だ」 何が無駄なのかは分からないが、彼にとっては優斗の言葉自体が無駄なのだろう。 そして彼がいることで機嫌が悪いのが二人いる。 「ほら、フィオナもマリカも膨れないの。せっかく森までピクニックに来てるんだから」 「だって」 「うぅー」 フィオナもマリカも、家族三人で遊びに行けると思っていたのだ。 邪魔者がいるので当然、機嫌も悪くなる。 優斗もそれに気付いているので、無駄だとは思いながらも訊いてみる。 「二人の機嫌が悪いので、帰ってくれませんかね?」 「オレは関係ない!」 「……はぁ。やっぱり分かってないですよね」 ラスターだけは今の状況に気付いていない。 優斗もさすがに内心で呆れてしまう。 ──確実に君のせいなんだけど。 こういう鈍感さは、本当にある意味で尊敬できる。 しばらく歩き、見晴らしの良い丘へと出る。 そこで持ってきたレジャーシートを広げて昼食を取ることにした。 フィオナが持ってきたお弁当箱を広げる。 「おお、おいしそうじゃないですか! さすがフィオナ先輩!」 「優斗さん、まーちゃん。今日はサンドイッチですよ」 なぜか当然のようにラスターがレジャーシートに座っている。 けれどもフィオナはすでに、ラスターを視界に入れていない。 存在すら頭の中から抹消するようにしている。 「ほら、マリカ。サンドイッチだよ」 優斗はサンドイッチの一つを取ると、自分の膝の上に座っているマリカに持たせる。 「そうそう、自分で手にとって」 マリカの手を支えながら、マリカ自身がサンドイッチを口元に運ぶのを待つ。 そして拙い動きながらマリカがサンドイッチを口にした。 ちまちまと口に運び、まず一つを食べ終わる。 「うん。よくできたね」 「あいっ!」 マリカもフィオナと同じく、ラスターのことを考えることをやめたようだ。 こういうところも本当に似始めていると優斗は思う。 「まーちゃん。次は何が食べたいですか?」 「あうっ」 マリカが手を伸ばす。 「これですか?」 フィオナが訊くと、マリカが頷いた。 「はい、どうぞ」 今度はフィオナがマリカに手渡す。 マリカは嬉しそうに受け取ると、口に運んだ。 フィオナも顔が綻ぶ。 「そろそろ家での食事、スプーンを一人で使わせて食べさせるべきでしょうか?」 「でも、結構ぼろぼろと溢しながら食べるって言わない? 夏の海のときにマリカにスプーン持たせたけど、ちゃんと持てないって分かってたから僕が上から一緒に持ったし、義母さんと相談してから決めよう」 「わかりました」 すると自前の弁当を食べているラスターが優斗の言葉に反応した。 「貴様、フィオナ先輩のお母様をそのように呼んでいるのか!?」 優斗としては最初、フィオナ達と同じように無視しようと思ったのだが、あまりに大声なのと反応しなかったら掴みかかってきそうだったので、仕方なく対応する。 「そうですけど」 「誰に許可を取って呼んでいる!」 「誰? って本人からですよ」 「ふん。フィオナ先輩のお母様のことだろうから、お情けで呼ばせたのだろうさ。感謝するんだな」 ラスターの言い分にフィオナの眉根が軽く上がったが、どうにか頑張って堪える。 そして怒りを収めるため、娘とのやり取りに集中しようとした。 「まーちゃん。次はどうします?」 「フィオナ先輩! 娘さんに是非ともおかずをあげます!」 けれどラスターは手元にある弁当から大きいカツをマリカに差し出す。 だが、マリカが嫌がった。 「やーっ!」 「ちゃんと食べないと大きくなれないぞ!」 無理にでも食べさせようとする。 予想外のことに反応の遅れた優斗とフィオナが、慌ててマリカとラスターの間に身体を入り込ませる。 「何してるんですか!!」 思わずフィオナから怒声が出た。 「な、何ってフィオナ先輩の娘さんにおかずをあげようと……」 「この子はまだ小さいんです! 大きいものを食べて喉にでも詰まらせたらどうする気ですか!?」 怒るだけ怒ってフィオナはマリカに振り向く。 「まーちゃんは大丈夫ですか?」 「だいじょうぶ。ちょっとビックリしただけだから」 優斗がマリカをあやしながらフィオナを安心させる。 さすがにラスターも悪いと思ったのか謝ってきた。 「す、すみません、フィオナ先輩」 思わずフィオナは睨んだ。 けれど何か言葉を発する前に優斗に肩を叩かれる。 代わりに彼が落ち着いた声音で話しかけた。 「ラスターさん。貴方は子供を育てたこと、ありますか?」 「ないに決まっている」 「僕達もマリカが初めての子供ですが、細心の注意を払って育てています。義母さんや義父さんや家政婦さんにアドバイスをもらいながら。それでも失敗してないか不安なものです。ですから唐突にそんなことをやられると困ります。分かりますね?」 「……ふん。言われなくても分かっている」 「次はないですよ」 あくまでフィオナとマリカに悪意はないので許してあげるが、さすがに今のは危険だった。これが続くと我慢もできなくなる。 けれどやはり、優斗からの言葉には反発したいのか、 「貴様に言われるまでもない」 自信を持って言い返してきた。 「それじゃ、今日の本題に入ろうか」 弁当もレジャーシートも片付けて、森に来た目的について確認する。 「一応、僕のギルドランク上で倒すことができるのは素材にできる魔物のBランクまで」 「はい」 「今のフィオナの実力だとBランクの魔物でも下の奴がギリギリ限界、かな? だからBランクが出てきたら逃げることにしよう」 「わかりました」 頷くフィオナとは逆に、ラスターが優斗に噛み付く。 「おい、貴様。まさかフィオナ先輩に倒せと言っているのではないだろうな?」 「フィオナの訓練に来たんですから」 「馬鹿か貴様は! 女性になんてことをさせようとしている!」 次いでラスターはフィオナに向き、 「フィオナ先輩! 貴女が戦わなくともオレが倒してあげます!」 「……余計なことをしないでくれますか?」 自分のためにしようとしているのに、なぜ彼に止められなければならない。 「大丈夫です。オレはこれでも剣でレイナ先輩――生徒会長から三本中一本を取れるくらいの実力者です。魔法も上級魔法を一つ使えますし同学年では一人を除いて、ほぼ敵無しです。学院全体でも十指には入る実力だと自負しています」 「……だから、余計なことをしないでくれますか?」 「分かっています。こいつの実力がないばかりにフィオナ先輩が戦わないといけないのでしょう? フィオナ先輩が強いのは有名ですから。ですけどオレならそんな心配させません」 本当に話を聞かない。 ビックリするくらいに。 無駄だとは思うがフィオナは一応、事実でもあることをラスターに言ってみる。 「……優斗さんは闘技大会で決勝までいく実力者ですが」 「あんなの偶然に決まってます」 やっぱり、とフィオナは嘆息する。 何をどう言ったところで無駄なのだろう。 特に優斗のことに関しては。 「……お願いですから邪魔はしないでくださいね。私は訓練に来てますから。邪魔したら貴方を敵とみなします」 今のところ、フィオナはEランクの魔物で素材となる魔物ばかりを倒している。 が、さすがに実力差がありすぎて訓練になっているとは言いがたい。 「おい、貴様」 「何でしょうか?」 「フィオナ先輩に戦わせて何も思わんのか?」 「何がでしょうか?」 「自分が戦おうとは思わないのか、と訊いている」 「今日はフィオナが訓練をするために森に来てますから。彼女が戦うことに思うところはありませんね」 「ふん、腰抜けが」 何と言われようとも、フィオナが決意を持ってきているのだ。 優斗にだって止められない。 と、ここで遠方に巨人の姿が見えた。 一つ目ではあるが額に角が生えている。 確かサイクロプスの格下存在であるサイクロスという魔物だ、と優斗は知識を頭の中から引っ張り出す。 「確かBランクだね」 狩れる魔物ではあるが、危険性は見逃せるものではない。 「逃げようか」 「いえ、大丈夫です」 フィオナが首を横に振った。 「フィオナ?」 「やります」 先ほどのやり取りと違っている。 Bランクは逃げると話したと思ったが、違っていただろうか。 「さっきも言ったけど、フィオナの実力ならBランクの魔物が限度だと思う。もちろん、あいつはBランクでも弱い部類にはなるから倒せるとは思うけど、どこかしら怪我をするくらいには厳しいんじゃないかとも思う」 「分かってます」 「それでも?」 「はい」 どうやらフィオナには思うところがあるらしい。 引きそうにはなかった。 優斗は仕方なく頷く。 「……分かった。けれど危なくなったら手を出すよ」 「ありがとうございます」 巨人が優斗達に気付いた。 ゆったりと近づいてくる。 すると優斗たちのやり取りを部分部分で聞いていたラスターが剣を抜いた。 「馬鹿か貴様は! オレが時間を稼ぐから、その隙に逃げろ!」 猪突猛進で突っ込む。 が、巨人の右腕一振りで吹き飛ばされる。 さすがの優斗もフォローできないほどの早さと鮮やかさで飛んでいった。 綺麗に飛ばされたが、腕の振りに脅威を優斗が感じずに反射的に魔法を使わなかったということは大したダメージでもないはずだ。 ラスターは無様に着地し、片膝をついてフィオナ達に叫ぶ。 「こ、こいつは強い! 今のうちに逃げろ!」 ラスターは再び立とうとするが、立ち上がれない。 予想以上に耐久力もなかった。 フィオナはラスターを一瞥すると、巨人に向かって風の魔法を放つ。 彼のことは嫌いではあるが、死んでほしいとも思っていない。 魔物の注意がラスターからフィオナに向いた。 「私が相手です」 巨人と一人、対峙した。 優斗はマリカを抱きながら下がる。 一応、風の精霊にお願いして待機してもらっている。 いつでも助けに行けるように。 「求めるは水の旋律、流水の破断」 フィオナがまず、水の上級魔法を使って巨人を斬ろうとし、 「――ッ!」 高圧力で固められた水が曲線を描きながらサイクロスに当たった。 だが、斜めに傷が薄っすらと出来るだけ。 「……あまり斬れない」 バックステップで退く。 「それなら」 次に使うのは風の上級魔法。 「求めるは風切、神の息吹」 今度は豪風が巨人が襲いかかる。 しかし、これもサイクロスを5,6メートルほど吹き飛ばすものの、すぐに起き上がられた。 「遠距離では駄目ですね」 優斗ほど上手く扱えるなら別だろうが、自分ではどうやってもダメージを与えられない。 「だったら至近距離で」 近づいて水の上級魔法を使えばある程度のダメージは与えられると踏む。 巨人の右腕が近づくが、落ち着いて避ける。 ──これだけ近いなら。 イケると思った瞬間、すぐさま左腕がフィオナに振り下ろされる。 一瞬の隙を突かれてかわす時間はない。 「風の精霊、お願い!」 フィオナは自分の身体と巨人の腕の間に風の精霊を集める。 けれども腕の力で、身体ごと持っていかれる。 「フィオナっ!」 かろうじて風を圧縮させて防いだとはいえ、吹き飛ばされている。 駆け寄ろうとした優斗だが、フィオナに制された。 「来ないでください!!」 絶対の意思を込められた声に、動いていた優斗の身体が止まる。 「大丈夫ですから」 怪我は負っていない。 まだいける。 ──やっぱり、考えが甘かった。 前回もそうだった。 万遍なく魔力を使おうとして無理で。 今回はたった一人が使う普通の上級魔法で倒せるなんて難しかった。 戦いの数が少ないからこそ、最初は甘い考えで挑んでしまう。 けれど、それが分かったことが実戦から得られたことだ。 「大丈夫です。信じてください」 「……フィオナ」 「まんま」 心配そうな二人の表情にフィオナは優しい笑みが浮かんだ。 「私は優斗さんと一緒にまーちゃんを育てていきたいんです。どんなことがあっても」 何があっても、だ。 「魔物に襲われるくらいで、誰かに襲われるぐらいで。たったそれだけで優斗さんの足を引っ張るなんてごめんです」 優斗の足枷になることだけは我慢できない。 「ちゃんと守ってあげるって、まーちゃんに誓いました」 母親として。 我が子を護ると誓った。 「だからBランクの魔物ぐらい綺麗に倒せないと」 マリカに安心してもらえない。 「いつだって優斗さんがいるわけじゃないんです。優斗さんがいないからってまーちゃんをさらわれたり、怪我させたりするのは絶対に嫌だから」 そのために、もっと強くならないと。 だから目の前の魔物をギリギリで倒せると思われているなら、 「私は今ここで、この魔物を簡単に倒せるくらい強くならないといけないんです!」 フィオナは左手を前に翳す。 龍神の指輪が煌いた。 『永遠なる凍結の覇者よ』 途端に周囲から冷気が押し寄せてくる。 『龍神の指輪の名において願う』 願うは氷の大精霊。 『来て、ファーレンハイト』 詠唱が終わった瞬間、アイスブルーの透明な女性が目の前に現れる。 「お願いしますね」 ただ、そう頼むだけで。 氷の大精霊は頷いた。 巨人の足元に氷が瞬間的に現れた。 そして見る見る間に巨人が氷漬けになっていく。 僅か数秒で凍っている柱が生まれ、氷柱の中には一瞬で凍死した巨人が存在することになる。 タイミングもあるだろうが、最初から精霊術を使えばよかったのにフィオナは魔法で攻撃をした。 完全にフィオナのミスだ。 一応、優斗に採点を訊いてみる。 「どうですか?」 「バッチリ僕たちに心配かけたんだから30点」 「あいっ」 当然だとばかりに優斗とマリカがフィオナの頭を軽く叩く。 「まあ、フィオナと氷の精霊が戦闘時も予想以上に相性が良かったのはビックリしたけど」 「私も驚きました」 「けれど発見でもあったね」 「はい」 優斗とフィオナは笑みを浮かべて頷く。 と、ようやくダメージが抜けたのか、ラスターが駆け寄ってくる。 「フィオナ先輩! 凄かったです。あれって大精霊ですよね。初めて見ました!」 Bランクの魔物を倒したフィオナを褒め称えるラスター。 代わりに優斗を睨みつける。 「それに比べて貴様は最悪だな。フィオナ先輩が強いからといってBランクの魔物と戦わせるなど」 ふん、と鼻息を鳴らして、 「やはりオレが婚約者になるほか、ないようだ」 なんて馬鹿なことを宣う。 けれど優斗とフィオナは二人での会話に入り込んでいる。 「魔力は大丈夫?」 「はい。前と違って今回は精霊が倒せる範囲での魔力を欲してくれましたので、その分を提供するだけですみました」 「良い傾向だね。ちゃんと精霊と対話ができてるんだから」 「ありがとうございます」 「あとは角を取って、ギルドに提出しよう。結構な額になるからマリカにはおもちゃを買ってあげられるし、残りはフィオナのお小遣いにしたら?」 「いいんですか?」 「もちろん。フィオナが倒したんだから」 ◇ ◇ 無事に採取も終わり、フィオナの訓練も一通りこなしたので帰ることにした。 静かな道をゆっくりと歩いていると、ふと大きな音が響いた。 鳥が羽ばたく音も聞こえてくる。 「何でしょうか?」 「大型の魔物が動いてるんじゃないかな」 「誰かが狩っているんでしょうか?」 「たぶんね」 魔物に出会わないように気をつけようと思ったが、音がゆっくりではあるが段々と大きく響いてくる。 「向かってきてますね」 「マリカが狙いなのかな?」 ふと身構える二人のところに、大きな音とは違う小さな音が間近に届くと同時に人影が見えた。 優斗が前に出て、身構える。 だが、 「「レイナさん!?」」 その人影の正体が分かると驚きの声をあげた。 なぜか生徒会長が全力疾走していた。 「ユウトとフィオナか!」 レイナも驚いていたが、彼らの姿を見て足を止めた。 「何してるの?」 「イズミとクリスと一緒にギルドの依頼をこなしに来ていたのだが、あいつらは自分達の仕掛けた落とし穴に嵌まってしまってな。さすがにAランクのあいつを一人で相手するのには苦労していて距離を置いたところだ」 と、話していると同時にレイナは名案が浮かぶ。 「ユウト、手伝ってくれないか? 修練のために来てるから、サポートだけしてくれればいい」 優斗なら簡単に倒せるだろうが、今回は自分の実力をあげるために来ている。 だからフォローしてもらおうと思った。 けれども後ろにいたラスターが声を張り上げる。 「オレが手伝います!」 レイナは優斗とフィオナとマリカしか視界に入っていなかったが、ようやくラスターの存在に気付く。 「ん? ラスターか。いや、足手まといだ」 彼ならばフォローすらも出来ない。 「なっ!? オレが足手まといなら、こいつなんて何の役にも立たないじゃないですか!」 「……? お前は何を言っているのだ?」 レイナは意味が分からなかった。 けれど少し考えて理由を思いつく。 「ああ、そうか」 異世界から来ていることを隠している以上、学院ではそれなりの実力で通している。 優斗の本当の実力を知らないのも一応の理解はできた。 とはいえ学院で通している実力でさえ、ラスターより上なのに役立たず呼ばわりしているのは理解できないが。 「ユウトも大変だな」 「そうなんだよね」 「イズミからラスターについても話は聞いているが、別にいいのではないか?」 ラスターには実力を見せても。 フィオナにも纏わりついており、彼女はとてもぐったりしていると聞いた。 優斗を見下しているとも。 「私としてはこいつがユウトを甞めているのが気に食わない」 年下で実力も下で、ほとんどのことが下であるラスターだというのに。 「レイナ先輩! 冗談はやめてくださいよ。オレは先輩から一本を取れるぐらいに強いんですよ。学院じゃ10番以内に強い自信あるんですから」 「……いや、指導レベルで一本を取ったことを誇られても困る」 剣技を教えながらやっているので、それで一本を取ったところで自身を強いと思われても困る。 「そうなんですか!?」 「あとお前は実力を過信しすぎだ。お前の成績的には三十……いや、四十傑ぐらいだろうと思うが、だからといって実力が凄いというわけではない」 あくまで学院の表沙汰になっている実力表にすぎない。 優斗や修など本来の実力を隠している者がいるのだから。 「世の中には上には上がいる。当然、学院にだって私より強い奴もいるに決まっている。実力なんてものは成績だけで測るものではない」 口酸っぱく教えてはいるのだが、どうにもラスターは信じようとしない。 レイナは肩をすくませながら優斗に、 「こいつはな、頭が悪い上に視野が狭い。どれだけ違うと言っても信じない」 「知ってるよ」 「もうちょっと真実を見る目を養ってくれると良いのだがな」 「戦闘狂のレイナさんが言う?」 「実力を見る目は持っているぞ」 だから闘技大会の時、優斗と戦うのを楽しみにしていたのだ。 「なんか一種の特殊能力みたい」 強い者には鼻が利くというかなんというか。 「……なぜレイナ先輩がこいつと対等に話しているのですか?」 不審気にラスターが問いかける。 年上で生徒会長のレイナと同等に話している優斗が気に食わないのだろう。 自分なんて年上の優斗に上から目線なのに。 「友人だからな。当然だろう」 本音を言うなら貴族よりも上の異世界の客人であり、龍神の父親。 実力は勇者の刻印を持っていないのに伝説の大魔法士のような神話魔法を扱える。 どこを取っても敬語しか使えない相手だ。 と、足音が近くまでやってきた。 「さて、と。頼むぞ、ユウト。私は早くお前達に追いつきたい」 「だからって本人を巻き込む?」 「仕方ないだろう。他にいないのだから」 「分かったよ」 ラスターがいるから、あまり豪勢な支援はできない。 それでも出来ることはある。 「フィオナは防御を重視して周囲に気を配って。他にいないとも限らない。あとヤバいと思ったら絶対に僕を呼ぶこと。分かった?」 「はい」 頷くフィオナに対し、レイナが呆れる。 「その際、私は一人だが」 「どうにかできるって。さっきも一人だったんだから」 彼女が精進しているからこそ、Aランクの魔物からも簡単に逃げ切れたのだろう。 「お前はフィオナとマリカ以外には厳しくないか?」 「二人は家族。レイナさんは仲間。家族に対する愛情と仲間に対する愛情は違うってこと」 「……ふむ。つまり私は甘やかさないのか」 「甘やかしてほしいの?」 「まさか」 鼻で笑って否定する。 「レイナ先輩! やっぱりオレを選ぶべきです。オレならサポートを完璧にこなせます」 ラスターがまた出張ってくる。 優斗を目の敵にしているのもそうなのだろうが、自分の実力も把握できていないのも困ったところだ。 「ラスター。お前は本当に──」 「いいって。やりたいって言うならやらせてあげたら?」 「ユウト。しかしだな」 「自分の実力を知るのも、レイナさんの本当の実力を知るのも、魔物の怖さを知るのも、どれも大事だと思うよ」 正論の優斗に対し、レイナは大きくため息をついた。 「……はぁ。甘い男だな、お前は」 「悪意はないからね」 もしも悪意だったら全力で叩き潰すのだが、敵意なのだから叩き潰すのもかわいそうだ。 あまりにも愚かなことをしたら別だが。 「フィオナ先輩! もし危険が迫ったらあいつではなくオレを呼んでください! オレなら絶対にフィオナ先輩を守ってみせます!」 優斗たちの会話を余所にラスターはフィオナへ迫るが、フィオナは相変わらずの無視だ。 「とりあえず僕はレイナさんと彼のフォローをする。彼については詳しく知らないし、死なせないように守るから余計に気をつける。あとレイナさんの手に負えないと思ったら僕が倒すからね」 「そこらへんは心配ないはずだ。イズミもクリスも倒せると踏んだからな」 「ん、だったら大丈夫かか」 あの二人がそう思ったのなら問題ないだろう。 木々の間から問題の魔物が現れる。 雄々しく歩いてくる姿を……優斗は見たことがあった。 「これってシルドラゴンだよね」 「よく知ってるな」 「前にサイクロプス、オークキングと一緒に見たことあるから」 「その時はどうしたんだ?」 「和泉とクリス以外は全員揃ってた」 「……相手の魔物も相手が悪かったわけか」 まさかのレイナも魔物が可哀想に思える日が来るとは思わなかった。 「シルドラゴンはどうやって倒した?」 「一切合財を魔力で構成した魔法剣で一刀両断」 説明だけでレイナは倒したのが優斗だと分かった。 倒し方が明らかに優斗じゃないと出来ない倒し方だった。 「……私では真似できそうにないな」 シルドラゴンが吼えた。 優斗とレイナは平然とし、マリカはビックリしていたがフィオナが宥める。 ラスターは気圧されていた。 さすがにこのランクになると雄叫びでも格下には脅せる効果があるらしい。 「こ、こいつ、強いんじゃ?」 「Aランクなのだから当然だろう」 弱いとでも思ったのだろうか。 「最初に言ったが、お前は足手まといにしかならない。戦わないのも勇気だ」 「バカ言わないでください! オレはちゃんとフォローできますし、オレがいなくなったらこのヘタレしかいないんですから!」 あくまでやめるつもりはないらしい。 レイナは説得するのを諦めて、考えを倒す方法へと定める。 「さて、どうやって倒そうか」 シルドラゴンも相手人数としては四人。 一直線に襲ってくることはなかった。 「切り刻むのは?」 「竜種だけあって鱗が硬い。そこそこダメージは与えられるがバッサリ切り捨てるのは無理だ」 「だったら口の中ぐらいしか弱点ないんじゃないのかな?」 「そうだな。私が剣を突き入れ、中から魔力を炸裂させて爆発させよう」 「何それ? そんなこと出来るんだ?」 「前回の黒竜の時に剣が折られたことを父上に言ったら、属性付与の名剣を買っていただいた。さらにイズミの改造も相俟ってかなりの業物になったぞ」 「へぇ、すごいね」 レイナが剣を抜く。 優斗もショートソードを抜き、ラスターも遅れて身構えた。 「フォロー頼んだぞ」 レイナが飛び込んでいく。 次いで優斗も駆け出した。 二人の様子にラスターも遅れて駆け出す。 レイナは右から、優斗は左から斬りかかっていく。 シルドラゴンは翼を羽ばたかせ、後ろに下がろうとする。 「させないよ」 優斗が左手を地面に置くと魔法陣が生まれる。 シルドラゴンの背後に岩石が現れた。 突然、岩にぶつかったシルドラゴンは不覚にも腹から落ちる。 その隙にレイナが左翼の部分を集中的に狙っていく。 ラスターといえば、 「行くぞ!」 なぜか真正面から剣を振りかぶっていた。 「……マジですか」 優斗が予想以上に驚いた。 攻撃を避ける技量があるならいい。 でも、おそらくラスターはないはずだ。 竜の攻撃は尻尾にさえ注意すれば基本的に左右に来ないから、楽だというのに。 それぐらいは考えられると思っていた。 シルドラゴンの口元から炎が溢れる。 炎球だ。 しかもラスターは斬りつけるのに夢中で炎球を避けるそぶりがない。 「本当に世話が焼ける」 ラスターを左から思い切り突き飛ばす。 「な、何をする!?」 誰に突き飛ばされたのか分かったのか、反射的に文句を言うラスター。 けれど優斗には反応してあげる余裕はない。 優斗は左腕に風の魔法を纏わせると、発射から到着まで僅かコンマ1秒ほどしかない瞬間を捕らえて、炎球を下に弾いて地面に叩き付けた。 森である以上、うかつに逸らして燃えたりでもしたらやばい。 「さすがに熱いね」 中級レベルの風魔法なので袖は焦げたが、問題はない。 「なっ、あっ!?」 今、目の前で起こったことがラスターには信じられなかった。 竜が放った炎球を優斗が弾き飛ばしたことと、優斗が飛ばしてくれなかったら炎球が当たって、下手をしたら死んでいたかもしれないということ。 恐怖と驚きの目で優斗を見上げる。 「魔物を前に呆けてる時間なんてないですよ」 ショートソードを振るいながら立ち上がるように促すが、ラスターは呆けて立ち上がらない。 「死にたいんですか?」 挑発するような優斗の言葉に、さすがのラスターも立ち上がろうとした。 が、遅い。 シルドラゴンが振り回すように左腕を前に突き出した。 先ほどの巨人よりも強力であろう一撃。 それがラスターに迫る。 「──ッ!」 思わずラスターが目をつぶった。 けれど、いつまで経っても衝撃が来ない。 「……?」 なぜ、と目を開けば優斗が受け止めていた。 風をショートソードに纏わせて防御力をアップしている。 ここで初めてレイナの怒声が響いた。 「ラスター! だから言っただろう、足手まといだ!」 華麗に流美にレイナは剣を振るう。 今までラスターが見たことのない速度だった。 「死にたくないのなら下がれ!」 シルドラゴンが左腕を戻して身体全体をぐるりと回転させた。 尾が右回りで向かってくる。 レイナは飛んでかわしたが、そのまま優斗とラスターにも向かっていく尾。 今度こそやられたとラスターは思った。 「せー……のっ!」 しかし、今回も優斗がラスターの首根っこを掴んで無理やりジャンプする。 そして通り過ぎたところで着地。 優斗がラスターの表情を窺えば、すっかり闘志の抜けた表情になっていた。 ──やりすぎたかな? 実感させるとはいえ、お灸を据えすぎたような気がする。 とはいえ彼のような人物にはちょうどいいかもしれなかったと思う。 「これがAランクの魔物の力です。勇気と無謀を履き違えたら駄目ですよ。一瞬の判断ミスで簡単に死んでしまうことがあるんですから」 諭すように優斗が伝える。 さらにレイナから怒声が響いた。 「ラスター! 状況が分かっているのなら退け!」 彼の所為で優斗が満足にフォローをできていない。 「レイナさんが怒ってる理由も自分が一番理解できたでしょう? 実力を過信しないで、これからも精進してください」 風の精霊を使って優しく遠くへ放り投げる。 「さて、と。ラスターさんもいなくなったことだし、ケリをつけるよ」 「分かっている!」 ◇ ◇ 一体、どういうことなのだろうか。 目の前では二人がシルドラゴンを倒しに掛かっていた。 また優斗がレイナの逆側に回る。 そして一太刀。 それだけで翼が切れて、ポトリと落ちた。 『──ッ!』 シルドラゴンが痛みで叫んだ。 レイナが瞬間、真正面に動く。 「弾けろ!」 吼えながら剣をシルドラゴンの口の中へと突き刺していた。 ラスターはその光景を見ているだけ。 「……違う」 自分は本来、レイナのフォローをしているはずだ。 なのになぜか駄目出しをされていた。 「……違うんだ」 優斗ができるのなら自分にだって出来るはずだ。 あいつに文句を言われる筋合いはない。 「……オレは強い」 少なくとも優斗よりはずっと。 「オレは強い」 あんな弱々しい男よりも強い。 「オレは強い!」 ラスターは目の前に手を向ける。 「トドメを刺してやる!」 レイナが何をするのかは分からないが、一発で倒せるとも思えない。 ならば追加攻撃をすれば完全に倒せるはずだ。 「求めるは火帝、豪炎の破壊!!」 炎弾が生まれる。 レイナはまだ真正面にいた。 けれどラスターは……放つ。 自分が倒すという思いに駆られて。 ◇ ◇ レイナは剣を突き刺すと、そのまま剣の柄中央にある宝玉に魔力を込めた。 込めた魔力に反応して剣先に光が生まれる。 それがシルドラゴンの口内で炸裂した。 身体ごと破裂することはないが、シルドラゴンを倒すには十分だった。 優斗はやっと終わったと安堵したが……視界の端に映る光景に嘆息した。 「……いくらなんでもバカすぎるって」 レイナの背後に向かう。 「ユウト?」 「もうネタの領域だよ、彼は」 優斗はショートソードで斬ろうと思って、思い止まる。 シルドラゴンよりも大きい炎弾だ。 さすがに斬ったところで、木に着火するのは目に見えていた。 地面に叩きつけるにも大きすぎる。 ──ああ、もう。 諦めて相殺することにする。 とはいっても、炎の上級魔法を相殺できるほどの水魔法や氷などの派生魔法──この世界の魔法を優斗は覚えていない。 つまりできるのは、優斗が元いた世界のゲームに存在する魔法を使って相殺するのみ。 『結するは冷たき滴』 ショートソードを鞘に収め、突き出した右手の前に魔法陣が浮かび上がる。 『永久凍土の残骸なり』 巨大な氷が炎弾にぶつける。 けれども大きさに圧倒的な差があった。 みるみるうちに炎弾が小さくなる。 そして氷を半分ほど溶かしたところで炎弾が消える。 「……まったく」 右手を横に振るうと、氷も役目を終えて砕けた。 「ユウト。鱗を取るのを手伝ってくれ。これが依頼の品なんだ」 「わかったよ」 本当はラスターを怒鳴りつけようと思ったレイナだが、声を出す前に無表情なフィオナがラスターに向かっているのが見えたので、自分が言うまでもないと思い優斗と共に依頼の品を取ることに決めた。 優斗も理解してか、レイナに付き合うことにした。「…………」 一方でラスターはへたり込んでしまった。 自分の魔法が優斗に防がれた。 自信を持っていただけに、自尊心が削られていた。 そして近付いたフィオナは冷たい目でラスターを見る。 彼女の腕の中にいるマリカも母親の雰囲気を察したからか、大人しい。 「優斗さんに感謝してください。優斗さんのおかげでレイナさんは傷を負いませんでしたし、優斗さんが助けなかったら貴方、下手をしたら死んでましたよ」 ゆったりとした様子でラスターはフィオナに顔を向ける。 彼の表情はショックを受けているように見受けられるが、それでも口は回っていた。 「で、でもあいつがフォローできるなら、オレだって出来るはずで……」 「この状況で、まだ言いますか」 何も出来ないのにただ、突っ込んでいった。 自分だけが害を被るならまだしも、余計なことをしてレイナに怪我を負わせようとした。 どちらも助けたのは、まごうことなき優斗だった。 けれど事実を突きつけられてなお、ラスターは優斗を認めようとしない。 「だってあいつはフィオナ先輩に戦わせるほど軟弱じゃないですか!」 「……貴方の良くないところは人の話を聞かないところと、都合よく考えるところですね。私もレイナさんも優斗さんが弱いなんて言ったことありませんよ」 ただの一言も言ったことがない。 「優斗さんは強いんです」 目の前にある現実を見ろ。 フィオナはそう言いたかった。 「優斗さんは悪意がないかぎりは甘い人ですけど、私は違います。貴方を立てるようなことはしません」 「で、でも、あんな奴がフィオナさんの婚約者など間違っている!」 フィオナが好きだからなのか、それとも優斗を否定したいが為なのかは分からない。 だが、フィオナは最初からラスターの優斗を否定する言動に腹が立っていた。 今まで我慢していたのは優斗が大丈夫だと言っていたからだ。 けれども、それだって臨界点がある。 今のでギリギリまで抑えていた堪忍袋が切れる。 「間違っているのは貴方です」 何でラスターに否定されなければならない。 「貴方、私のことを好きだと言いますけど、一体どこを好きになったんですか? 顔ですか? 身体ですか? 家柄ですか?」 「……っ……!」 唐突な問いに言葉が詰まるラスター。 「はっきり言いますが、貴方のことを私が好きになることは絶対にありません」 未来永劫、永遠に無い。 「貴方には悪意がありませんでした。だから思い切り拒絶はしなかった。もちろん私だけならば貴方を遠ざけましたが、それをしなかった一番の理由として優斗さんの厚意があったからだと気付かないのですか?」 「け、けどフィオナ先輩の心が広いからであって、あいつは関係──」 「違います。私は心が狭い女です。友人にだってすぐに嫉妬するし、嫌な気持ちになる。他人なんてどうでもいいって思いますし、優斗さんみたいに優しくありません」 「そ、そんなことないですよ!」 ラスターが力強く否定するが、だからこそフィオナは嘆息する。 「なぜ貴方が分かるんですか? 私の性格なんて何も知らない貴方が。優斗さんを知らない貴方が」 フィオナのことを知っている仲間なら、とてもじゃないが心が広いなんて思わないだろう。 彼が言っているのは彼の理想の中のフィオナ。 「貴方の都合と理想を私に押し付けないでください」 最低限の性格さえ知らないのに、どの口が好きだと言うのだろう。 「何よりも私のことを少しでも知っているなら、絶対に口にしては駄目な言葉を貴方は何度も使いました」 特に優斗のことだ。 「私は婚約者を貶されて、ずっと黙っていられるほど出来た女じゃありません」 それほど優しい性格をしていない。 それほど大らかな性格をしていない。 けれどラスターには分からない。 「で、でも、婚約者っていってもオレのほうがフィオナ先輩を好きな自信がありますし、オレのほうが絶対にフィオナ先輩を幸せにできます。何よりも大切にできます!」 フィオナがここまで言っても退かないラスターだが、彼の言葉に対してフィオナの心は何も動かない。 「貴方はいつも『優斗さんより自分は強い』とか『優斗さんより好きだ』とか言いますけど」 アピールのつもりなのかもしれないが。 「貴方の言葉は私の心に響きません」 どこにも届かない。 「しかも『自分のほうが幸せにできる』って言いますけど……貴方は私の幸せが何なのか、知っているんですか?」 問いかける。 けれど答えられるわけもない。 「そ、それ……は……」 またラスターが言葉に詰まった。 「いい加減、止めてください」 フィオナはこれが最後だと思い、自分の想いの丈を語る。 「私の幸せは優斗さんと一緒にまーちゃんを育てること。友達とたくさん話して遊べること。こんな些細な日常が私の幸せなんです」 奇しくも優斗と同じ幸せだった。 ほんの半年ほど前までは友達がいなかったからこそ、友達と遊ぶのが楽しい。 マリカを育てることになってからは、この子がすくすくと育っていく様子を見ていくのがとても嬉しい。 「だから私の幸せを奪おうとする人がいるなら相手が誰であろうと容赦はしません」 さすがにここまで駄目出しをフィオナにされて、落ち込まないわけがなかった。 が、気落ちしながらでも訊きたいことは絶えない。 「……なんであいつの肩を持つんですか?」 「婚約者の肩を持たない人なんていないと思います」 「……あいつがそこそこ強いというのは認めます。でもあいつは、フィオナ先輩を守ろうとしなかった。フィオナ先輩が大切じゃないんですよ」 誰が何と言おうと、大切な人が危なかったら守るべきだ。 危険な目にさらしてはいけない。 「人によってはそう思うかもしれませんね」 「どういうことですか?」 ラスターの問いに、フィオナは彼の前で初めて微笑んだ。 優斗のことを考えて。 ラスターが初めて見る表情だった。 「あの人は貴方よりずっと心配性で、私が怪我でもして帰ったらとってもうろたえてしまうと思います」 本当に優しい人だ。 「さっきだって私が吹き飛ばされたとき、心配そうな顔で駆け寄ろうとしたんですよ。けれど私が止めたから彼は駆け寄らなかった」 ラスターはそれでも助けに行くべきだと思っているのだろう。 でも、彼は違った。 「優斗さんは私の想いを汲んでくれたんです。私やまーちゃんが傷つくことを本当に恐れる人だけど、私が戦うと決めたから……」 助けに来なかった。 「貴方の大切の仕方もいいんだと思います。大切にされてることを理解してくれて、喜んでくれる人だっていると思います」 貴族の令嬢には、彼の守り方が好きな人も大勢いるだろう。 「でも私は想いをしっかりと受け止めてくれて、そして進む道を一緒に進もうとしてくれる。こういう大切がいいんです」 けれどフィオナが言っていることは、 「もちろん優斗さんに迷惑だってかけてしまいますし、心配だってさせてしまいます」 彼に良い気持ちをさせていないことも確かだ。 「でも……」 フィオナは心底、嬉しそうな表情を浮かべた。 「不謹慎ですけど、嬉しいんです。大切に想われてるって実感できるから」 優斗に自分が想われていると感じられることが、どうしようもなくフィオナは嬉しい。 「……オレにそんな表情を向けてくれたこと、なかったですね」 「当然です。貴方のことは邪魔としか考えたことありませんでしたから」 フィオナがばっさりと切り捨てた。 「もう少しオブラートに包んでくれると嬉しいんですが」 「私に求めないでください」 またも突き放すように答える。 きっとこれがフィオナの性格の一つなんだとラスターもようやく気付く。 苦笑した。 確かにこんなフィオナはフィオナじゃないと思ってしまう。 これだって“フィオナ”なのに。 「そう……いうことか」 所詮はこれだけの想いか、となんとなく納得してしまう。 「フィオナ先輩」 けれど、それでも『好き』という感情は確かにあった。 だから訊きたい。 「……正直に答えてもらっていいですか?」 「何をですか?」 「あいつよりもオレが早く出会ってたら、オレを好きになってくれましたか?」 仮定の話ではあるが。 もし、先に出会っていたらどうだったのだろう。 少しは考えてくれるかとラスターは思っていたが、フィオナは即答した。 「無理です」 「早いですね」 あまりの早さに悔しさも出てこない。 「どれだけの男性と出会ったとしても、やっぱり優斗さん以外に愛する人なんて思い描けないんです」 頭を下げる。 申し訳ないと思うが、無理だった。 優斗以外の誰かなんて。 ◇ ◇ 話が終わった頃合を見計らって、優斗とレイナが合流する。 ラスターは優斗を一睨みしたあと、先に一人で帰っていった。 残った優斗達は和泉とクリスを回収して、ギルドへと向かう。 そして依頼達成のお金を貰うと、優斗とフィオナは和泉達とそこで別れた。 家への帰路を歩いている途中で、マリカと手を繋いでいるフィオナがぽつりと話し始める。 「あれだけ怒ったのは初めてかもしれません」 「怒っちゃったんだ」 優斗があらら、といった感じで笑う。 「私だって我慢の限界くらいあります。優斗さんの文句をたくさん言われて我慢しきれるわけありません」 「ありがとうって言う場面なのかな?」 「言わなくていいです。私の問題ですから」 ただ自分が我慢できなくだっただけ。 「でも……」 少しだけ、気になった。 気になってしまった。 「優斗さん」 「ん?」 だから勇気を出して訊いてみよう。 「もし優斗さんの立場に私がなった時は──」 自分がたくさん、中傷されていたら。 「優斗さんは怒ってくれますか?」 フィオナの真面目な質問に優斗は唖然とした表情を浮かべたが、すぐにからかうような笑みになった。 「それを訊くのはちょっと卑怯じゃないかな」 「なんでですか?」 「決まってるからだよ。絶対に怒るって」 大切で大切で。 どうしようもないくらいに大好きだから。 「僕はフィオナに関しては、怒るために必要な沸点がとんでもなく低くなるんだから」 自分と同じようなことがあったら、やった人物を神話魔法で吹き飛ばす自信がある。 「……同じですね」 「そうだね」 「嬉しいです」 「そっか」 なぜか互いの胸に充足感が生まれて嬉しくなった。 「あうっ」 マリカが声をあげる。 そして空いている右手を優斗に伸ばした。 「わかったよ」 優斗は小さな手を握る。 そしてフィオナと示し合わせてマリカを持ち上げる。 「あいっ! あう!」 両手を持ち上げられて空中に浮かんだことを喜ぶマリカ。 その姿に癒されながら、 「今日の夕飯、なんだろうね?」 「ハンバーグって言ってましたよ」 二人はなんてことはない会話を楽しんだ。