最近、フィオナの機嫌がすこぶる悪い。 というのも、 「フィオナ先輩!!」 意気揚々とやって来る、後輩が原因だ。 先日にあった優斗との婚約者騒動でフィオナに告白してくる人数は減ったものの、一定の人数は残っている。 その一人が学院の後輩であるラスターだ。 元気がよくてめげず、悪い奴ではない。 けれどフィオナにとっては邪魔な人間でしかない。 「……なんでしょうか?」 「一緒にお昼ご飯食べましょう!」 「……すみませんが友達と一緒に食べますので」 「いいじゃないですか。一日ぐらい」 「決めるのは貴方じゃありません」 半ば無視する形でフィオナは和泉達と合流する。 優斗と修にアリーは買出し。 リルと卓也は用事があって席をはずしている。 「それじゃ、お昼は諦めますけど帰るときは一緒に帰りましょう!」 意気揚々と引き返していくラスター。 彼の姿が消えると、珍しくフィオナが机に突っ伏した。 「お疲れ様です」 ココがフィオナの頭を撫でた。 「……これでもう、三日目です。勘弁してほしいですよ」 「さすがのフィオナもお疲れだな」 和泉がある意味、ラスターに感嘆する。 クリスが呆れたように笑った。 「フィオナさんほどもてるというのも考えものですね」 「三日目って言ったけど、前の二日間の放課後はどうしてたんです? ユウトさんはいませんでしたよね?」 ココの記憶が確かなら修と遊んでいたはずだ。 「……初日はアリーさんと帰りました。昨日はタクヤさんとリルさんと一緒に」 「今日はどうするんだ?」 和泉が問いかける。 するとフィオナは笑みを零し、 「優斗さんがいます」 「でしたら問題ありませんね」 クリスがほっとする。 一緒に帰る人がいなかったら誰かが名乗り出ようと思っていたが、杞憂に終わる。 「けれどあの人ってユウトさんを目の敵にしてません?」 ココの耳にも届くぐらい、悪口のようなものを彼は言っている。 「フィオナさんを騙してる悪党と思ってるのでは?」 何となく、言動からクリスはそう思ってしまう。 和泉が呆れた。 「二人の様子を見てそう思うって、相当に目がくすんでるな」 そして放課後。 優斗とフィオナが校門を出たときに、 「なぜ貴様がフィオナ先輩の隣にいる!!」 ラスターの第一声が轟いた。 「なぜ、って一緒に帰るからですよ」 落ち着いて対処する優斗。 「オレは認めてない!」 なんてことをラスターが言うので優斗が視線でフィオナに問いかけると、彼女はうんざりした様子で、 「彼が勝手に私と一緒に帰ると言っているだけです」 「それなら帰ろうか」 「はい」 無視して帰ろうとする二人をラスターが止める。 「待て! オレは認めてないと言っただろう!」 「必要なのは貴方の許可ではなく、フィオナの許可ですよ」 「けれどオレが先約だ!」 「私は貴方と帰るなんて約束した覚えはありません」 フィオナの態度は一貫して冷たいままだ。 「さようなら」 別れの言葉を告げる。 さすがにフィオナにこう言われては、彼も一緒に帰ろうと言い続けることはできなかった。 「大変だね」 「本当です」 フィオナはお昼よりも大きいため息をつく。 「けれど彼もすごいね。僕達が婚約者だって言ったら『嘘か本当か分からないし、いずれオレの婚約者になる』なんて言うんだから」 「……悪意がない分、ラッセルよりは良いのですけど」 「面倒な部分では疲れるね」 「はい」 こっちの意思などお構いなく押してくる。 「とりあえず、切り替えよう。明日は訓練のために森に行くんだから、そのために今日も精霊術の練習をするんだよね?」 「もちろんです」 「なら気分はしっかりとリフレッシュしないとね。陰鬱な気持ちが精霊に伝わっちゃうかもしれないから」 精霊達も良い気分はしないだろう。 「わかりました」 「最初にマリカの面倒見て、気分が落ち着いたら練習にしよう」 「……早くまーちゃんで癒されたいです」 「同感」 優斗だって煙たがられたり、不躾な視線で見られるのは慣れている。 けれども疲れるものは疲れるのだから。 そしてトラスティ家の門まで辿り着き、通ろうとした瞬間だった。 「貴様ッ! なぜ人様の家に入ろうとしている!」 遠方からラスターが叫んで走ってきた。 「これは予想外」 思わず笑ってしまった。 彼が再び登場してくるとは思っていなかったからだ。 「フィオナはいいよ。先に入ってて」 「いいんですか?」 「うん。マリカで癒されておいで」 小さく手を振って、フィオナを家の中へと入れる。 そして始まる彼の口上は、やはり優斗にとっては笑ってしまうものだった。 「おこがましいと思わないのか! 事と次第によっては貴様を斬るぞ!」 「僕は別に悪いことしていないですよ」 「ふん。悪人の貴様に聞く耳など持つか」 どうやら話を聞いてくれないらしい。 困ったものだと苦笑すると、守衛所からバルトと数人の守衛が出てきた。 「どうされました?」 「見ての通りです」 優斗はちょいちょい、とラスターを指す。 ラスターは威を得たとばかりにバルトに、 「守衛さん! 不審人物が進入しようとしてましたよ」 「それはどちらに?」 「ここにいます!」 堂々と優斗を指すラスター。 優斗はこみ上げる笑い声を堪えて自分が現在、彼にどう思われているかどうかを説明した。 「どうやら僕が不審人物らしいです」 バルトとしては優斗がどうして不審人物なのかが理解できないが、現状では優斗が不審人物というより、 「とりあえず君は剣を納めなさい。今のままでは君が不審人物だ」 バルトに窘められ、ラスターはしぶしぶと剣を鞘に納める。 「どうしたら彼が不審人物ということになったのかな?」 「こいつがフィオナ先輩の家に入ろうとしたからです!」 「……ん? ここは彼の家でもあるのだよ」 何か問題あるのだろうか。 バルトは本気で首を捻った。 「はっ? ど、どういう意味ですか?」 「言った通りだね。ユウトさんはトラスティ家に住んでいるのだよ」 「そ、そんな、まさか、だってここは公爵家で……」 なぜ平民の彼が住んでいるのだろう。 「何かの間違えでは?」 「毎日、ここから学院に通っているところを見ているので、間違っているとは言えないね」 バルトに断言され、対応に困っているラスターに家の玄関からエリスが顔を出して追い討ちをかける。 「ユウト! マリカが待ってるわよ!」 娘の名前を出されると、優斗もゆっくりとラスターの相手をしていられない。 「すぐ行きます」 それだけエリスに伝えて、 「というわけですみませんが、これで失礼しますね」 挨拶もほどほどに家の中へと入っていく。 残されたラスターは、まるで三下の敵が使う捨て台詞を吐いた。 「お、覚えてろよ!」 庭で修練に励んでいるフィオナを見つめる優斗とマリカ、エリス。 「あの子、頑張ってるじゃない」 「ええ、本当に」 「明日は森に行くんですって?」 「実際に戦わないと得られないものもありますからね」 「でも、無用に倒すのはご法度じゃなかったかしら?」 「問題ありませんよ。実はこっそりギルドランクを上げてきたので、Bランクの素材にできる魔物までなら狩れるようになってるんです」 「あら、さすがね」 と、ここでエリスは一つ気付く。 「マリカはどうするの?」 「最初は危ないので置いていこう思ったんですけど……」 本人に訊けば、 「やーっ!」 と、ぶんぶんと首を振って嫌がる。 「マリカが嫌がるので連れてきます。前にピクニック気分でリステルに行って何もできなかった分、明日は少し頑張ろうかと」 「危なくないの?」 先日、リステルで起こった騒動はエリスも聞いている。 だから今、フィオナが訓練をしているということも。 「何となく、修と同じようにマリカがトラブルを引き寄せる体質なのかもしれないと思っていますが、今回は二人から絶対に離れません」 身も心も凍るようなトラブルは起こさない。 「だったら安心ね」 エリスも話を聞いて安堵する。 「そういえば、フィオナに纏わりついてる後輩ってどうなったの? さっきユウトが話してた子?」 ここ最近、フィオナがぐったりしているのは後輩の所為らしい。 「ええ。まさか不審人物扱いされるとは思いませんでしたけど」 「チャレンジャーよね。頑張ってるのは買ってあげるけど、無謀を勇気とは言わないわよ」 さらに言えば優斗に対して同じ扱いを何度もしていたら、エリスのほうが先に怒る自信がある。 「なんとなく彼との間に一騒動ありそうなのは気のせいで済めばいいんですけど」 「ユウトの勘って大体当たってるから、諦めたほうがいいわ」 「ですよね」 これまで何度も勘が当たってきたのだ。 今回も当たるだろう。