娘の言葉に対し、王様は顎に蓄えた髭を撫でる。「なぜ矛盾しているのか、という問いは置いておこう。大体、予想は付く」 アリーが何を考えているのかは知らないが、どうして矛盾しているかの理由はおおよそ理解の範疇だろうと王様は思う。「ではアリシアよ。お前は何に気付いた?」「父様。あくまで運命論を前提とした考えであることを念頭に置いて下さい」 戯れ言のような運命論だからこそズレはある。 通用しない場合だってあるだろう。 けれど決してズレないものがあるからこそ、アリーはこの結論に達した。「まず最初に正しい順序を考えると、見るべきは二つ名ではありません」「……二つ名ではない? となると、何を見ろとお前は言うつもりだ?」「才能ですわ」 アリーはきっぱりと答え、一つ息を吐いた。 今の世で先に名を馳せたのは大魔法士。 千年前も名が残ったのは大魔法士。 だから気付くのが遅れた。「最初にいたのは、千年前も今も大魔法士ではなく『至上の天才』。でなければ運命論の順序は整いません」 そう。 二つ名で考えると噛み合わなくなってしまう。 千年前を導とするのであれば、二つ名では繋がらなくなってしまう。「なぜなら普通の人間は――至上の天才が願った“外因”が無ければ同じ高さに立てないのですわ」 もっと深く、重く、厳しく捉えなければいけなかった。 至上の天才――その突き抜けた異常さを。 生まれた瞬間に得た天恵。 生まれながらに定められた才能。 世界の“主人公”に足る絶対的能力。「そも二つ名の意を考えれば、最強とは数多の敵を倒した末の称号です。ユウトさんも修様も同様の意見ですし、それは揺るぎないことでしょう。つまり天才であるマティスが『最強』という称号を得ていることに、我々は違和感を覚えるべきですが……」 修と同じ至上の才能を持っているのであれば、そもそも誰も彼もが敵になるはずがない。 だというのにマティスが『最強』と呼ばれていることは、少し考えればおかしく映る。 けれどアリーは問題ないとばかりに言葉を続けた。「まあ、これについては何とでも言えますわ。精神か環境かは分かりませんが、何かしらの原因があっただけです」 単純に敵がたくさんいて、全て倒しただけのこと。 しかも都合良く意味不明な代物がミラージュ聖国にはあることだし、優斗にとっては推測可能な範囲だろう。 だから重要なのは彼女が天才であったことであり、他に類をみないほどの才能を持っていたこと。「至上の天才であるが故に、マティスと同じ才能を持つ者はいなかった。そして同等を欲したからこそ、今の世に異世界人の召喚はある」「それの何が問題になる?」「“チート”があるのですわ、父様」 異世界召喚に対して付随する能力の底上げ。 そこをもっと注意して考えなければならなかった。「本当に同等の存在であったのなら、チートなど必要無かったはずです」 ただ単純に向こうの世界から喚ぶだけで済む話。 けれど現実、異世界召喚にはチートがある。「つまりあちらの世界ですら、マティスと同等の才能を持つ者はいなかった。いえ、もしかしたらいたのかもしれませんが、マティスに相応しくなかったのでしょう」 必要としたのは才能だけに非ず。 才能に加えて魂も重要だった。「ですからわたくしが出した結論はこうです」 もし本当に運命論によって考えるのであれば、だ。 答えは同一のものとなる。「千年前も、そして今も――至上の天才によって同等は創り出された」 まるでご都合主義のように。 欲したからこそ寄り添う相手が生まれた。「かつては無敵と呼ばれた始まりの勇者が。そして今は最強と呼ばれる大魔法士が、天才によって同じ高さへ辿り着いた」 運命論であっても、理路整然とした論理は存在しなければならない。 好き勝手、思うような論調を創ってはいけない。「なるほど。まだ全体は見通せないが、ユウトが矛盾を良しとすることだけは辻褄が合う」 正しく理解していなければ正解に辿り着けないと考える優斗が、なぜそのようなことを許すのか。 アリーも話しきったところでようやく気付く。「例えユウトさんにとって救いだったとしても、修様にとっては違うかもしれないから……ですわね」 正しくなかったとしても、正しい場合。 正しいとしても、正しくなかった場合。 優斗にとって、それが前者だった。 だから語らないし、可能性すら無視をする。「そういうことでしょう?」 するとアリーは扉に顔を向け、声を掛けた。「従兄様」 そこにいることが分かっているからこそ、あらためて本人から話を聞かなければならない。 ゲイル王国での一件が終わった優斗が、確実にそこにいると確信しているからこその呼び掛け。 少し間があって、謁見の間の扉が開かれる。 案の定、優斗はアリーの理解できないとばかりに首を振った。「なんのこと? 僕は自分自身の境遇によって、修と同等になる結果を得たんだよ」「けれどそれでは千年前と順序が逆転してしまいますわ」 無視するほうがおかしいほどの破綻。「貴方は運命論者でありながら、ご都合主義の在り方を知りながら、唯一認めていない事がある」「僕と修が出会ったのは“全てが終わった”あと。あいつに出来ることはない」「だから分かっているのでしょう? ミヤガワ・ユウト。出会う必要はありません。なぜなら……」 マティスと始まりの勇者も同じだ。 チートは召喚時に付随する。 つまり正確な順序を考えれば、「貴方達は出会う前に“始まっていた”」 召喚陣によって無敵へ引き上げられてから、マティスと出会った始まりの勇者のように。 宮川優斗と内田修だけは、出会う前に関係性が生まれる。 出会う前に始まってしまっている。「ちょっと待って。アリーの言い分だと――」「――ユウト。我はまだ全容を掴んでいないのだから、まずはアリシアの話を聞かせろ。全てはそれからだ」 王様が窘め、優斗は黙る。 そして娘に合図を送り、会話の続きを促した。 アリーは王様に促されると、一呼吸置いて自身の考えを検証した。 そして、納得したようにゆっくりとした調子で声を発する。「至上の天才が希い、望まれた相手は同等へと至り、そして出会う。これが千年前の流れです。では運命論を用いて語るのならば、内田修とミヤガワ・ユウトの流れはどうだったのか」 運命論があるのならば、千年前と必ず近い結果が存在する。 似たような道筋がある。「始まりの勇者が得たチートという外因と同様、ミヤガワ・ユウトが得た外因とは何だったのか」 チートが最初の異世界人を無敵へ引き上げたように。 優斗にとってチートと相当する出来事は一体、何だったのか。 その答えに導くであろう言葉を優斗は告げている。「主人公のような者達は、真に望むことであれば大なり小なり望む方向へ物事が進む。現在から未来において、可能な範囲で沿っていく」 まるで物語のように。 上手い具合に進む。「いわゆる“ご都合主義”。そのような人間がいる、と。ユウトさんは仰いました」 確率を無視できる能力。 望むことを望む方向に向かせることが出来る力。「千年前の起点は“天才の孤独”。寂しさに耐えられず願ったことが、何もかもの始まり」 お伽噺にすらなった女の子が願ったことがある。 後に世界すら救って見せた主人公が望んでしまったことがある。「それは今の世に存在している彼も同様です」 本人が言っていた。 一生、拭えないと思っていた孤独があった。 自分の力がどれほどのものかを理解しているからこそ、無くならないと思っていたものがあった。「だから十歳の頃、修様が自身の才能が如何なるものかに気付いた時――」 そう、起点となったのはその時。 マティスと同じ孤独を持っていた内田修が、自身の才能に気付いてしまった瞬間、「――ユウトさんは産みの親が殺害された」 宮川優斗が『同等』へ至る道は生まれた。 何千、何万では足りない僅かな可能性が、必然の道筋として敷かれてしまった。「一人は嫌だ、と。誰かにいてほしい、と。例え諦めに似た境地だったとしても、それでも希わずにはいられなかった」 寂しかったから。 周りには何もなかった。 他に誰もいなくて、どこにもいないと……分かってしまったから。 だから欲した。「“天才の孤独”に寄り添う唯一の存在を」 何人という贅沢は言わない。 たった一人でよかった。 それだけで、自分は一人ではないと安心できた。「……ふむ。運命論といえど、随分と発想が突飛のように思えるが。シュウが願うことにより、どうしてユウトの産みの親が死ぬことに繋がる?」 だが王様は首を捻る。 修がご都合主義を持っていることは理解するとしても、なぜそうなってしまったのか。 それが王様には分からない。「あちらの世界に魔法があれば、修様とてマティスと同様に誰かを呼びチートを与えたことでしょう。ですが魔法がないのであれば、対象は同じ世界の人間へと向けられる」 どの世界でもいい、と考えられなかった。 そのために必要な術――魔法が存在しなかったから。「内田修が自身の才能に気付いた時期。その時に『至上の天才』が立っている場所から、最も近かった人間は誰だと思いますか?」 彼が己の才能に気付いた七年前、都合良く日本に住んでいて、都合良く高みを目指さざるを得なかった少年が一人いる。 地獄すら生温いと感じる日々を以て、才能の限界を壊され神童と呼ばれた少年が存在した。「そして最も効率よく至上の天才と相並ぶためには、同等にと選ばれた少年は“どうなること”が最適だと思いますか?」 しかし少年の日々では、まったくもって足りなかった。 唯一無二の才能には全く届いていなかった。「だから彼に訪れたのは、さらなる抵抗を叫ぶ場。誰よりも強くなければ確実に死ぬ状況へと陥った」 あり得ないとさえ思える可能性を纏め上げた、最悪中の最悪。 何もかもをかなぐり捨てた状況を、優斗は駆け抜けた。「まるで――同等へ至る道を突き進むかのように」 全てが終わった瞬間、高みへと立っているために。 いずれ出会う誰かを孤独から救い出すために。 彼はそこに到達した。「これこそわたくしの考える、ユウトさんが最強へと至った本当の外因ですわ」 七年前から始まった、都合の良い展開。 修が自身の才能に気付いた時に、なぜかタイミングよく両親が殺された優斗。 前後してしまえば運命論から省けるというのに、絶妙に合致してしまったからこその論理。 しかもその事実自体が、優斗に幸運をもたらしているからこそ拍車を掛ける。 殺そうと思っていた産みの親が、自身の手を汚さずに死んだこと。 純粋な魂を持つと評されている修が、あり得ない結果を導き出したことに対する答え。 優斗にとって、最高の結末がそこにあったから。「もちろん偶然と言えるのであれば、それに越したことはありません」 そのようなこともあるのだろう、と。 優斗が偶然を引っ張り出せる存在であれば、思えただろう。「ですが彼の視点から考えれば、あまりにも異常な事実がある」 そもそも優斗は物事を緻密に組み立てる。 偶然だの何だのが入る余地を許さないほどに、思考を積み重ねていく。「ミヤガワ・ユウトほどの狂った人物が、産みの両親が殺されるように仕組めなかったから自身の手で殺すことを選んだ」 狂っているからこそ、他人を吐き捨てるように使える優斗。 リスクを犯さず他人に殺されるよう仕組めるのであれば、、絶対に彼はやったはずだ。「だというのに不意に、全く想定外の人物によって殺された。そのような偶然がミヤガワ・ユウトに起こると思いますか?」 奇跡も偶然も望めない者。 けれどその時、彼に奇跡と偶然が起こった。 想定外にして最高の結果が舞い降りた。「修様と同じようにご都合主義があるのであれば、そもそも彼の両親は『もっと早い段階で死んでいる』。そして絶望すら生温い状況に陥ることは決してない」 つまるところ、優斗の人生における一番異常な部分がそこだ。 なぜか産みの両親が死んだ時だけ、奇跡のような偶然が働いている。「加えて、もう一つ」 と、そこでアリーは言葉を加えた。 さらなる論理の補強が、まだ存在する。 しかも前の世界ではなく、この世界で。「実のところユウトさんは召喚された時、修様に対して同等と呼ぶには一つ欠けたのです」「……欠けていた、とはどういうことだ?」「父様。お二人は前の世界でも最強と無敵であり、どちらも神童や天才と呼ばれていました」 今の現状と規模は違えど、人間としてはあまりに外れすぎていた。 それは身体能力からして分かることだろう。「ですがユウトさんはこの世界だと最強であっても、最強と呼ばれる条件を満たしていなかったのですわ」 誰より強かったとしても。 どうしても最強と呼ばれない理由がこの世界にはある。「ゆえにマリカちゃんのことが、わたくしの根拠を揺るがないものにします」 龍神の赤子。 それが偶然を必然と呼ぶに値する補強となる。「ミヤガワ・ユウトが最強と呼ばれる所以であり、大魔法士となるに必須な条件としてあるのが独自詠唱と精霊王との契約」 セリアールは千年前、そのように定まった。 最強と呼ぶには、最強と呼ぶに相応しい条件があると。「ですが彼は最初、精霊術を使えませんでした」 召喚された時、魔法の才能しか持っていなかった。 精霊を使役できるようにする召喚陣ではないからこその必然的な結果。 だが、「龍神の親になり、精霊を使役できるようになったことで契約へと至った」 龍神の指輪を得て、優斗は後発的に精霊術を使えるようになった。 ではそこで生じる疑問が一つ。 一連の流れにおいて、発端となった人物は誰だったのか。 誰が始まりを作ったのか、優斗も分かっているはずだ。「そして――龍神の卵を見つけたのは修様です」 森へ行くと決め、卵を見つけ、やってきた三体の魔物を振り分け、優斗とフィオナが卵の近くへ残るようにしたのは修。 もちろん全ては分かってやったことではない。 狙ったわけでもなく、知っていたわけでもない。 だとしても、「偶然、修様が龍神の卵を見つけた。偶然、ユウトさんとフィオナさんが親となった。偶然、ユウトさんは精霊術を使えるようになった」 たくさんの偶然がある中で、この状況が整った。 ほんの少しズレただけで、今の状況に至らなかったというのに。 狙ったかのように欠けた一つが揃った。「そして無敵に相並ぶ最強は、『最強』と呼ばれる条件を正しく満たした」 実力はセリアールに来た時だろうと、変わらず相並んでいる。 だがこの世界では二つ名があった。 無敵と相並ぶに必要なものが存在していた。 修は最初から条件を満たしていて、あとは幻となった二つ名を見つけ出すだけ。 けれど優斗は満たしていなかった。 最強であっても、最強と呼ばれることは決してなかったはずだった。 修が龍神の卵を見つけるまでは。「ミヤガワ・ユウト。この全てを“偶然”という言葉だけで片付けるつもりですか?」 あまりにも修にとって都合が良すぎる。 才能に気付いた時には、最強に至るはずのない狂った少年がいただけだった。 この世界に来た時には、最強の二つ名を得るはずのない異世界の少年がいただけだった。 なのに彼が希った唯一は最強となり、最強と呼ばれ、変わらず彼と相並んでいる。 至上の天才は千年前も今も、同じように救われている。 本来は“どこにもいなかった”はずの同等に。「偶然という言葉だけで片付けるつもり、か」 優斗はそう呟くと、少しだけ天を仰いだ。 そして真っ正面からアリーを視線を受け止めると、「ああ、そうだ。僕は偶然以外の言葉を認めない」 さも当たり前だと言わんばかりに否定を口にした。 何であろうと、そのことを肯定するわけがない。 運命論を用いた説明をどれだけしようと、そんなものは誤差だと笑い飛ばそう。 ありえないと断言すべき事象でしかない。「僕達の始まりは和泉が作った。その一点だけは誰であれ否定することを許さない」 そこがスタートなのだから、アリーが語ったことは意味を成さない。 出会う以前の事柄など、何の繋がりも持たない。「つまり可能性すら論ずるに値しないと唾棄すべきものだ、それは」「……ええ、そうでしょうね。貴方はそのように仰るでしょう」 アリーは笑みを零した。 優斗だったら、絶対にそう言うだろうと知っている。「ユウトさんも修様のこと、大好きですから」 望んだから、希ったから誰かが死んだなど認めるわけがない。「けれどわたくしは……」 優斗が振り向かなかったことすら、見ておきたかった。 自分の大好きな人が、どのような人間であるのかを理解しておきたかった。 なぜなら、「わたくしが知らなければ修様を守れない」 いつか、何かが起こった場合。 どんなことになろうとも守ってあげたいから。「所詮は運命論を使った戯れ言。空想だと言えばそうでしょう」 言葉遊びだと言ってもいい。「ですが貴方が潰した僅かな可能性も、わたくしは必要とあらば見据えますわ」 繋がりが見えてしまった。 優斗は捨てたとしても、自分には必要なものだと思うから。「貴方は妹と弟に……いえ、家族に少々甘すぎますわ」 僅かな不利すら許さない。 場合によれば持論すら簡単に捨て去る。 それぐらい、優斗は家族を大切にしている。 しかも彼がアリーの言ったことを否定する理由の一つに、彼女自身に余計な負担が掛からないよう慮っていることが分かるから。 だからアリーは表情を崩すしかない。「わたくしも貴方の親族であり家族。仲間内では年長者組なのですから、少しぐらい背負わせて下さいな」 血が繋がっていないとしても、それでも従妹であると断言できる。 家族だと言われてしまうと、一瞬で頷いてしまう。 唯一、似通っていると言われるほどの性格と、それが嬉しいと思える間柄。 それだけの親愛があるからこそアリーは伝えられる。 優斗が負担していることに、自分も加わることが出来るのだ、と。「……そうか」 そして優斗も同じように表情を崩した。 彼女の想いを聞いて、知って、理解したから。 例え“間違った考え方”をしているとしても、この世界で出来た従妹に少しだけ預けることを決めた。「だとしたら、だ。泡沫すら考えるのであれば、勘違いを訂正しておく。君はまだ踏み込みが浅い」 アリーが優斗に告げたことは、修を主軸に全てを考えた運命論。 けれど考え足りていないことがある。「今のところ、あの時だけが例外だ。今であれば違う経緯になることから、妙な不安を覚える必要はない」「……なぜ、ですか?」「正しく至る方法をそいつ自身が潰していたからだ」 順序よく、論理的に理路整然としている。 思わず聞いた方が納得してしまうほどに。 けれど一つの単語に対して理解が足りていないと言わざるを得ない。「君が言ったことだ。当時、内田修と相並ぶ可能性を持った唯一の人間は――狂っていた。正負を言えば、正を持っていなかった」 そう、正しさがなかった。 プラスとマイナスでは、マイナスしか存在していなかった。「至上の天才が不可能を可能に変えることすら出来ない。それぐらいに歪んでいたんだ」 それしか道がなかったわけじゃない。 他にも道はあったはずだ。 例え億分の一だろうと内田修のご都合主義ならば、その可能性を容易に引きずり込んでくる。 だが、「ご都合主義は、ねじ曲げられた。誰も傷つけずに同等へと至る道は存在せず、誰をも傷つける道だけが残った」 正しい過程が潰されれば、残るは間違った過程。「それしか現実が沿うことは出来なかった」 宮川優斗の圧倒的と呼べる異常。 至上の天才が唯一無二と願った相手の最悪な内面は、アリーほどの頭脳を持った人間の考えすら越える。「つまり覚えるべき不安は内田修のご都合主義ではなく、それをねじ伏せる人間」 だから修ではなく、相並ぶ存在こそをしっかりと見ないといけない。 なぜなら彼女はしっかりと、修を理解しているのだから。「アリー。君が考える僅かな可能性は、そういうことなんだよ」 そこで優斗はふっ、と笑った。「ついでに言うと、ご都合主義の権化は他にもいるんだ」「他にも……?」「一人あげるとすれば、うちの娘ちゃんだよ。神様なのに、人間に負けると思う?」 要するに複合的に考えなければいけなかった。 修のご都合主義を用いるのであれば、神様が持つご都合主義も用いなければいけない。 単純明快ではなく、複雑難解なのが運命論というものだ。「だけど、まあ、アリーが見据える場所も一応だけど間違ってない」 彼女に近付いて肩をポンポンと叩く。 そして肩の荷を降ろすように、感謝の気持ちを込めて言葉を紡いだ。「弟をよろしく頼むよ」「……頼まれるのは嬉しいのですが、一応というのは何ですか」 けれどアリーは優斗の言い方が気に食わなかったのか、頬を膨らませブスっとした表情になる。「わたくし、自分の考えの方向性が間違っているとは思えませんわ」 確かに彼女としても、彼らに対する捉え方や複合的に考えていなかったことは認めよう。 だけど守るために認識すべき危険については、間違っていないはずだ。 すると優斗はもう一人、この場にいる人物を指し示して軽やかに頭を下げる。「それでは王様。よろしくお願いします」 この人ならば何を問題としているのか、平然と理解しているだろう。 王様は優斗へ頷きを返すと、レクチャーするかのように娘へ語り掛けた。「運命論とご都合主義。そこに起こる危険性。なるほど、聞くには随分と面白い話だった」 アリーも筋は通っている。 優斗の反論も間違ってはいない。 どちらが正しいかは判断すべきことではないのだから、どちらの運命論も採用に値する。「とはいえ、そこまで気にすることでもないな」 大層、重く捉える必要は全くない。「アリシアよ。お前の考えは後手に回った場合の考えだ」「それは分かっていますが……。修様の才能を考えれば、そうなってしまったことも考えるべきかと」「違う。運命論という戯れ言の僅かな可能性を見据えるのであれば、見据える先が間違っている」 知っている分には損がない。 理解しているのならば問題ない。 けれど、「危険に至らんとする分岐点。そこを見据え、正すことがアリシアのやるべきことだ」 常に先手を取ることこそ重要だと考えているのに、修の時だけ後手を考えるのは駄目だ。 大切だからといって、彼の才能の異常さを知っているからといって、退いた考えを持つ必要はない。「そして――」 王様はくつくつと笑いながら、からかうように自分の娘へ堂々と言い放った。「――その程度も出来ない王女に、我が国の勇者は渡せんぞ?」 大国の王女であり、自分の娘に対して今の考えでは駄目だ、と。 挑発的でからかっているが、まさしく駄目出しに他ならないことを告げる。 だからアリーは父親の言い分を聞くとさらに頬を膨らませ、「いいですわ! いいでしょうとも! 那由多の可能性であろうとも、絶対の可能性であろうとも、至らせずにわたくしが潰してみせます!」 優斗に続いて父親にも反論されたのは構わないが、修を渡せないと言われたことだけは絶対に許せない。 だから大見得を切って大仰に宣言し、「ユウトさん! ユウトさんが父様と話し終わったら、わたくしの反省会に参加してもらいますからね!」 彼女にしては珍しく大きな足取りで公務室を出て行く。 部屋に残っている二人は同時に肩を竦めたが、王様がくつくつと笑い声を再び響かせた。「運命論によって考える至上の天才と、その同等か」 論調としては面白いし、王様としても好きな類いの話だ。「だがユウトだけでは、ある意味で“足りていない”。そうだな?」 なので、運命論に乗っかって話し掛けた。 王様の的を射た発言に優斗は素直に肯定を示す。 以前、彼女にも伝えたことだ。 全ての意味で同等とするのであれば、優斗では駄目な部分がある。「ええ。さすがに僕だとフォロー範囲外です。というか同姓なので絶対に嫌です」 人生の伴侶という部分が、優斗には担えない。 加えて厄介なのは、可愛いだけや美しいだけでは内田修の相手として足りない、ということ。 要するに、「……まったく、アリシアめ。自分のことを分かっていないというか、何と言えばいいのか……」「そもそも大国の王女で、召喚した勇者と同い歳ってだけで、勘違いしそうなものですけどね」 生まれた時から特別である世界の主人公には、同じく生まれた時から特別だと断言できるヒロインでなければいけない。 そして修達が召喚された国には、“特別”が服を着て歩いているかのような少女がいた。「生まれ持った圧倒的なカリスマ。あやふやなものすら論理展開できる明晰な頭脳に、驚くほど優れた容姿。あれはまさしく世界のヒロインに足る……というか状況によっては世界を統べる覇王とすら呼べる資質です」 どこを間違っているかと問われると、何もかも間違っているかのような王女。 王としての教育を受けながら、教育を越えた先にいる少女。「けれど、あれほどの存在だからこそ至上の天才と“相並ぶ”ことが出来る」 隣に立ったところで劣らない。 あれほどの輝きを放つ主人公と同じくらい、輝きを放つことができるから。「そして複合的な運命論を考えてしまえば、リライトの異世界人召喚は――お互いに引き寄せ合った結果なのかもしれません」 一因になっている可能性はある。 なぜなら当時のアリシア=フォン=リライトも“孤独”だったのだから。「とはいっても、これ以上は考えてもややこしくなるだけですね。所詮は戯れ言ですし」 優斗はアリーが出て行った時と同じように肩を竦める。 様々なことを言ったところで、結論は出るわけがない。 それに、今はしょうもない話を今は延々とするわけもいかなかった。 なので仕方なさそうに笑って、「さて。さっさと従妹様の反省会に付き合わないと怒られそうですし、本題に移ってもよろしいですか?」「そうだな。ユウトの平穏のためにも、本来の話をするとしよう」 きっとアリーは出て行ったばかりなのに、今か今かと優斗がやってくるのを待ち望んでいるだろう。 だから王様も同じように笑って、二人はゲイル王国の件について話し始めた。