優斗はオルノ伯爵達のところへ歩きながら、すぐ後ろに付き従っている男女の騎士達へと声を掛ける。「お前達は愛奈と一緒に行かなかったのか?」 愛奈付きの騎士二人。 普通に考えれば一緒に王城へ戻るべきだが、男性騎士は首を横に振った。「恥ずかしながら現在、アイナ様にはシュウ様が護衛されています。だから我らが愚かさを強く刻み込むためにも、この場へ残らせていただきました」 そう、これは失態だ。 愛奈の警護を任された騎士として、仕方ないと思ってはいけないほどに。「我々はアイナ様に対する脅威を排除するため、存在しています」 幼い異世界人がどれほど重要な立場であるか知っている。 他の貴族令嬢よりも危険が迫る可能性が高いことなど、十分過ぎるほどに理解していた……つもりだった。「だというのに、身体的に守れたとしても心を守り切れなかった」 身体に傷は一つたりとも存在しない。 だが恐怖に怯えた愛奈を安心させることは出来なかった。「騎士として、アイナ様の警護を承った身として……これほど悔しいことはありません」 隠密に長けていると過信し、愛奈に気付かれていることにさえ気付いていなかった。 自分のために仕事をしているからと、気遣うべき相手に気遣われてしまった。 何より守るべき者を守れなかった。 だからもう、二度と同じことがないように己が心に刻み込むために二人は優斗と共にいる。「そうか。これからも頼りにしている」 優斗は表情を一瞬だけ崩して声を掛ける。 そして一呼吸置くと、足を止めて十分な距離まで近付いたオルノ伯爵を鋭く睨み付けた。「ここから先、嘘は必要ない。僕は全てを理解してる」 修練場の中央にいるゲイル王国の連中に、あえて自分が何もかも把握していることを伝える。「紛いなりにも愛奈を取り戻そうとするのなら、あの子を助けたのが誰なのかも知ってるだろう?」 優斗の問い掛けに対し、オルノ伯爵は少し考えると頷きを返した。「いやいや、聞き及んでいますとも。何もかも暴力で解決しようなど、あまりにも知性がない。たまには平和に言葉で解決しようとは思わないのですか?」 挑発に近いものではあるが、数ある選択肢の中で最も駄目なのが戦闘。 最強の大魔法士に加えて、名高いリライトの騎士達が彼の背後にいる。 それを回避するには無理矢理にでも話し合いに持ち込むしかない。 優斗もオルノ伯爵の心境が手に取るように分かるからこそ、くつくつと嗤った。「だったら“話し合おう”か、オルノ伯爵。僕も手間が省けるのは嫌いじゃない」 そもそも優斗は今回、戦う必要がない。 むしろ戦闘行為という一手間なくなった分だけ、楽ができるというものだ。 だから、「それでお前達は無傷で処刑されるのか、僕にあえて喧嘩を売って傷つけられた上で処刑されるのか。どっちがいいんだ?」 優斗は結論を問い掛けた。 どのように死にたいのか、と。 オルノ伯爵達を外へ出したのも、この会話を愛奈に聞かせないためだ。 別に戦闘になるかもしれないと備えたわけではない。「な、何を突然、意味不明なことを仰っているのですか!? 私は話し合いを所望したはずです!!」 しかしながら会話が愛奈に関することではなく、彼ら自身の死に様を問われたことにオルノ伯爵は簡単に動揺してしまう。 明らかに内容が理不尽だった。 到底、瞬時に理解も納得もできるようなものではない。 だが優斗は至って平然と答える。「お前こそ何を言ってるんだ。ちゃんと話し合ってるだろう? どうやって死にたいんだ、と」 さらに言うなれば、優斗は愛奈の処遇に関して話す気はさらさらない。「アリシア王女はすでに、お前の戯れ言を全て否定したはずだ。だから僕が話すことはお前達の処遇をどうするか、ということになる」 どうせ逃げ道を全て潰して、どうしようもない状況まで作り出したはずだ。 同じことをわざわざするつもりもない。「ほら、答えろよ。それで話し合いはしっかりと終わるんだから」「お、終わるも何も我々に処刑される理由などありません! 答える必要すらありません!」「……まったく。よくもまあ僕に対して言えるものだな」 厚顔なのかもしれないが、情報を持っている相手に対しては無駄な返答だ。「異世界人の売買及びリライトの異世界人誘拐未遂という重罪を犯しているのに、処刑されないと宣うことは許されない」 十分過ぎるほどの証拠があり、酷すぎるほどの罪がある。「つまりはオルノ伯爵及び賛同した貴族。そして今、ここにいる騎士は処刑を免れることはできない」 優斗が言った瞬間、ゲイル王国の騎士達がざわついた。 だが煩わしかったのか優斗は一言、「やかましい」 驚くことも困惑することも許さない。 許されると思うこと自体、認めない。「いいか? 例え命令だろうとも、お前達はここにいる。そしてお前達がしようとしたことは、最低でもリライトの異世界人誘拐という重罪だ。さすがに処刑になるだろう? 常識的な判断としてな」 むしろ処刑にならないと思うことこそ、おかしいと考えたほうがいい。 他国の異世界人を誘拐するなど、何を以て義があると思うのだろうか。「騎士としての矜持があるのなら、お前達が本来やらなければならなかったことは、オルノ伯爵を止めることだ」 愛奈と出会うまでの動き方がおかしい。 あの子がリライトの異世界人になった話の流れもおかしい。 加えてフィオナの抵抗とアリーの論破があったのに、困惑することすら烏滸がましい。「少し考えればおかしなことが多々あるというのに、思考を止めたお前達に譲歩する義理は僕にない」 気付く機会はいくらでもあった。 オルノ伯爵を止める状況などどこにでもあった。 だというのに彼らは何もしなかったのだから、処刑されて当然だと優斗は考える。「そもそもゲイル王国で処刑させてやるんだから、感謝ぐらいはしてもらいたい」 今、この場で殺されたとしても仕方がないのに。 わざわざゲイル王国で処刑されろと言っているのは、優斗なりの優しさでしかない。「な、何を何をふざけたことを!! 感謝など――」「僕はお前達を殺しても問題ないことになっている。これはゲイル王からの誓約で、リライトも了承している」 淡々とした表情で優斗から教えられたことに、オルノ伯爵は逆に驚愕の表情へと変わった。「嵌められたんだよ、お前は。取るに足らないと考えていた人物によってな」 外遊と称し、リライトに助力を願ったゲイル王。 それに見事に引っ掛かってくれたのだから、本当に馬鹿だとしか言いようがない。「つまり僕はお前達を皆殺しにしたところで一切合切罪がないのに、話し合っている上にちゃんと処刑で死ねと言っているのだから、感謝してもいいだろう?」 とはいえ本当の意味で考えれば、話し合いになっていない。 現状では、ただの通告に過ぎないのだから。 しかもゲイル王との繋がりを示したことにより、アリーの時と同じく嘘八百を並べたところで意味がない。 だとすればオルノ伯爵が出来ることは、「い、いいでしょう、いいでしょう! 確かに我々が一度、失敗してしまったことは認めましょう! ですが――」 愛奈を売り払った事実を認めた瞬間、息すら出来なくなるような殺気がオルノ伯爵達を襲った。 全身から冷や汗が溢れ出し、夏だというのに寒気しか感じなくなる。「その一度で愛奈がどうなったのか、分かった上でほざくのか?」 優斗はゆっくりとオルノ伯爵に近付きながら、言葉を放つ。「一度やったことすら許されないというのに、貶めたお前達が『愛奈を返せ』だと?」 オルノ伯爵の隣に立つとわざわざ肩へ手を置き、優斗は険を込めた視線を向けながら囁く。「異世界人を売り飛ばした国へ愛奈を戻すなんて、笑い話にすらできない戯れ言だ」「し、しかししかし! アイナ様をどのように扱おうと、それは“母親”であるエリ様の自由でありましょう!?」 恐怖に怯えながらオルノ伯爵を言い返す。 今、この時を逃せば自分達の処刑は免れないことが分かるから、懸命に振り絞って声を出すしかない。 だが、「喧嘩を売る相手は選べ、三下」 考えが覚束ない反論などまるで価値がない。「まったく同じことを言って、僕にやられた六将魔法士がいるのにな。親であることを盾にしたところで、僕に意味があると思っているのなら浅はかだ」 ジャルと同様に最悪と言っていい親に対して、情状酌量の余地などあるわけがない。「それとも血縁という言葉を僕が取り扱っていいのか?」 悪魔の囁きとしか思えない優斗の言葉。 唯一、分かっているのは碌でもないことを言われることだけだ。「な、何を――」「だとしたらお前達と連なっている親族も殺すことになる」 オルノ伯爵だけではなく、ゲイル王国の騎士達にも向けて優斗は言った。「だってそうだろう? 愛奈を誘拐しようとしている奴らと一滴でも同じ血が流れているなんて、それだけで危険分子だからな」 血の繋がりが大事だというのなら、リスペクトしてやろう。 同じ考えを持ってやるのだから、土下座して感謝しろと言わんばかりの言い様。「オルノ伯爵曰く、血縁は大事なんだろう? だとしたら論理的に考えて、そういうことになる」 先ほどとは打って変わり、にこやかな笑顔で優斗が騎士達へ丁寧に最低なことを伝えた。「お前達もしっかりと聞いたな? 残念だが親族も同様に殺すことになりそうだ」 本当に残念だとばかりに優斗は頭を振る。 譲歩はなく、甘さも、緩さも、何もかもない。 どこまでも揺るぎなく最悪の相手であることを証明し続ける優斗は、一手たりとも相手に優位を譲らずに尋ねる。「では改めて訊くとしようか」 断罪人ですら、まだ優しいと思える言葉を優斗は再び吐き出す。「お前達はどうやって処刑されたいんだ?」 優斗とオルノ伯爵の会話によって変わったのは、処刑方法と人数が増えただけ。 他は何一つ変わっていない。 だからこそオルノ伯爵は答えられなかった。 自分で死に方を決めろなど、到底無理な話でしかない。 「今すぐに答えられないのなら、少しだけ時間をやるよ。その間、しっかりと考えろ」 それだけ告げて、優斗はオルノ伯爵の肩から手を離した。 だがその場を離れることはせず、そのまま愛理へ視線を向ける。「というわけでオルノ伯爵が答えを出すまでの間、お相手願おうか」 嘲笑と嘲りを交えながら、優斗は散々な名称で愛理を呼ぶ。「“おまけ”の異世界人さん」 殺気を消し、普通に喋ることが出来るようにする。 息苦しさは鳴りを潜め、圧迫感も無くなったことから愛理は優斗を睨み付けた。「何がおまけよ! おまけは愛奈のほう――」「異世界人召喚は“死にかけた者”しか対象者になり得ない。だとしたら誰が死にかけたのか、分かって然るべきだ」 愛理が死にかけたのか、愛奈が死にかけたのか。 どちらが主として召喚されたのか、彼女は当然のように分かっているはずだ。「殺そうとしたのなら、尚更だろう?」「母親の私が愛奈を殺そうとするわけないでしょ! 確かに手は出したけど教育の範囲よ!」「だがお前が愛奈の首を絞めた時、召喚された。それが教育の範囲だとでも?」 図星を指すような優斗の言葉に、愛理は簡単に動揺した。「あ、あの子が言ったのね!?」 そして彼がなぜ知っているのかを考え、短絡的に答えを導き出す。 けれど優斗は首を振って、逆に感謝の意を述べた。「簡単に動揺してくれてありがとう。おかげで愛奈の召喚時の状況がよく分かった」「……なっ!? 知らなかった……の?」「苦しくて辛い思いをした時のことを、僕が訊くわけないだろう。思い出させたくもない」 わざわざ聞き出す必要がないことを、どうして訊かなければいけないのだろうか。 そうではなくとも、簡単に予想できることなのに。 だが愛理は語気を強め、「教育の範囲だって言ったじゃない!!」「馬鹿か、お前は。さっき言ったはずだ。召喚条件は“死にかけた者”だと」 つまり召喚の原因となった行動は、先ほど愛理が認めた通りのことであり、「愛奈はお前の手で殺される寸前だったんだよ」 主として召喚された人物が誰だったのかを証明することとなる。「加害者のところへ被害者を返すなんて、冗談でもあり得ない」 守るべき立場の大人が、守られるべき子供を殺す。 そこにいかなる理由があろうとも、常識的に考えて返すわけにはいかない。「とはいえ、もしお前が愛奈の母親なのだとしたら鳶が鷹を生んだようなものだな」 あまりにも考えが浅すぎる。 頭が悪すぎて、眩暈がしそうになる。「な、何を言ってるのよ! あんな子供、なんにも出来ないのに!」「今はそうだとしても、愛奈は正真正銘の天才だ。いずれ神話魔法を使えるほどに、魔法の才に溢れてる」 数年もすれば頭角を現し、十年もすれば世界に名だたる魔法士になっているだろう。「異世界人が得る魔法の才能。現時点で最たる才を持つのはリライトの勇者だが、次いで才を持つのは愛奈だ。同じゲイルの召喚陣で召喚されたのだとしても、お前のようなゴミとは格が違う」 愛理は今まで優斗が出会った異世界人の中で最低。 中級魔法を使うのが限度だろう。 本当にしょうもなさそうに優斗は溜め息を吐く。 今後、何十年も得られたはずの絶対守護を目先の金で失うだなんて、愚かすぎて仕方がない。「……さ、さっきから貴方、何なのよ! 日本人だったら歳上を敬うべきじゃないの!?」 愛理が強気に物を言う。 けれど優斗はさらに大きく溜め息を零した。「敬うべき相手なら、僕もそうするんだがな。同じ日本人でも、この世界での立場は圧倒的に違う。歳が上なら格も上だと勘違いしているなら、どうしようもないほどに愚図で愚かだ」 歳上だから敬う必要はない。 目上だからといって傅く必要もない。「ここにいるのは千年来の伝説を蘇らせた異世界人。“最強”の意を持つ二つ名――『大魔法士』を継いだ者だ」 セリアールにおいて、唯一無二の存在。 例え同じ異世界人であろうとも、この世界で優斗を上回る者はいない。「立場も、力も、全てがお前より圧倒的な僕に、おまけ如きが勝るところは一つもない」 負ける要素がどこにもない。 何があったとしても、どうとでも出来てしまう。 それぐらい隔絶した差が優斗と愛理にある。 だというのに、「な、何よ! 異世界人に優しいのがリライトなら、私にだって優しくするのが当然でしょう!? 貴方みたいに私を馬鹿にすることが許されるっていうの!? 許されないわよね!?」 愛理は滅茶苦茶なことを言って反論する。 しかも優斗の背後にいるリライトの騎士達へ同意を求めるように声を張り上げた。 けれど納得が得られるはずもない。 いくら異世界人とはいえ、愛奈にやったことを考えれば『優しくされる』と思っているなんてリライトを馬鹿にしている。「いいか。よく聞け、おまけの異世界人」 優斗は頭が痛くなるのを感じながら、バッサリと愛理の発言を切り捨てる。「そういうのは真っ当で、常識的で、普通の異世界人になってから言うことだ」 愛奈を売り飛ばし、今度は誘拐しに来た誘拐犯が恩恵を享受しようとすること自体、頭がおかしいとしか思えない。「リライトが異世界人に対し甘く優しいというのは、他国の増長とふざけた介入を許すわけじゃないんだよ」 何をやってもいいと考えているのならば、考え違い甚だしい。「例え異世界人だとしても、やってはいけないラインを踏み越えた相手に優しさも甘さも必要ない」 愛理のことをとことん馬鹿にすると、話は終わりだとばかりに優斗は再びオルノ伯爵へ視線を向ける。 先ほどの問い掛けた、どのように処刑されたいのか返答を再び求めた。 「もう十分に時間は与えたはずだ。予想以上にゲイルの異世界人の相手が疲れたから、さっさと答えを聞かせてもらおうか」「へ、返答も何も、こんなものは交渉と言えない!!」「……交渉? 僕は“話し合い”をしてるだけであって、交渉をした覚えは一切ない」 優斗は首を捻る。 一度たりとも交渉はしていないのに、突飛なことを言う。「な、何を、何を仰るのですか! 我々はアイナ様について――」「僕は最初から言ってるだろう。お前達は誘拐犯で重罪人の集団だと。交渉のテーブルに着けると思っているのか?」 理由がない。 意味がない。 そもそも同じ立場になってやる必要がない。「相手の善意を引きずり出して得意げになり、悪意と恐怖で脅してほくそ笑み、状況を鑑みて有利を望み、現状を理解して反論し、待遇を見せて押し通し、駆け引きを行い賭けに勝ち、譲歩の度合いを見比べようとするなんて、この場においてクソの役にも立たない」 なぜなら、どちらが上なのか明確に分かっている。「立場や力が圧倒的に上なのに、なぜ対等に成り下がると勘違いした? 王でさえ降る僕に対し、どうして伯爵程度が真っ当に相対できると勘違いしているんだ?」 そして優斗はわざわざ、交渉するつもりもない。 守るべき者を守ることに、迂闊なことはしない。「舞台に立てると思うなよ、三流役者。お前が立とうとした場所は最高峰にして――」 重要人物が揺るぎなく並び立つ危険領域。「――身動き一つで国すら滅ぶ、最大の舞台だ」 言い換えれば、関わることなど考えたくもない最悪の劇場。 そこに飛び込むなど正気の沙汰ではない。「身の丈を弁えているのなら、普通は立つことなど考えない」 何かの失敗を見逃すことなどしない。 だというのに、オルノ伯爵は最初のミスを抱えたまま堂々と乗り込むつもりでいた。「けれどお前は舞台に立とうとした。愚かにも僕と相対できると勘違いした」 リライトを甘く考え、不確かなもので譲歩されると考え、自己の評価を大いに高く見積もった。「だとしたら、わざわざ喧嘩を売ったことに後悔しろ。そして――」 もう答えを待つことはしない。 答えないのであれば、こちらから決める。 だから優斗は躊躇無く告げた。「――問答無用で処刑されて死ね」 そして大魔法士は相手の反応を見ることなく踵を返し、騎士達へ命令する。「こいつら全員、捕らえて王城へと連れて行け。リライトにおいては異世界人誘拐未遂の重罪人であり、主犯のオルノ伯爵及び柚木愛理は世界的にも異世界人売買の大罪人だ」 優斗の命令に対し、騎士達は迅速に動く。 もし気が狂って暴れでもしたら……と考えて何名かは捕縛している騎士の側で柄に手を置いていたが、結局のところ愛理以外は暴れ出す者がいなかった。 暴れたところで自分の家族に被害が及ぶと考えてしまえば、殺されることを宣言されたところで気が狂うことも許されない。 愛理は面倒になった優斗が痛みなく昏倒させ、縛り上げてから馬車に叩き込んだ。 そして精霊を使って愛奈をトラスティ邸へ連れて行くよう伝え、入れ違うように優斗達は王城の敷地へ足を踏み入れる。 するとゲイル王は優斗のことを待っていたのか、城門のところに立っていた。「リライトの騎士達にゲイル王国までこいつらを連れて行かせる。問題はあるか?」「いえ、問題はありません。ですがよろしいのですか?」 直接手を下さなくて良いのか、というゲイル王の質問。 だが優斗もそこまで傍若無人になるつもりはない。「最初から僕が殺す殺さないは範囲外だ。だから判断はゲイル王、貴方がすればいい。もちろん罰を言い渡す場には同席させてもらうが」「ですが私の手に委ねて下さった以上、間違いなく断罪します。温情を与えるような真似を致しません」「いいや、そこを疑っているわけじゃない。愛奈に二度と余計なことがないよう気を付けるのが、助けた僕の責任だ」 どうせ守れるから、という考えは浅はかでしかない。 不安も恐怖も感じてほしくないから、ただ幸せな日々を享受してほしいから優斗は動く。「ああ、そうだ。そういえば貴方に伝えておくことがあった」 ふと思い出したかのように話を変える。 今回の一件、どうして楽が出来たのかを考えれば目の前に彼がいるおかげだ。 だから優斗は頭を下げる。「愛奈のために心を痛めてくれて、ありがとう。リライトの人間として、愛奈の兄として感謝を申し上げる」 身内以外にもあの子のために動いてくれる人がいた。 愛奈が受けた境遇に苦しんだ人がいた。 それはきっと、あの子にとっても一つの救いになると優斗は思う。 けれどゲイル王は首を横に振り、「私は……アイナ様を助けられなかったのです。それが事実であり真実です」 自分は失敗した人間だ。 正しいことを叫ぶことが出来ず、みすみす愛奈を売り飛ばされてしまった。「ですからアイナ様がゲイルの異世界人でなくなったとしても……」 今、笑っている。 大切に想ってくれている人達の手によって、大事に扱っている人達の行動によって、健やかに育っている。 それがどうしようもなく嬉しいから。「皆様の手によって幸せを得たことに、心からの感謝を」