部屋から出た六人はレキータ王に最低限の顔合わせはしたことを報告したのだが、どうしても気になったことがあるのでリルが代表して問い掛ける。 内容は『なぜ他の異世界人のことを知らないのか?』ということ。 するとレキータ王も困惑した様子を見せた。 側近の一人が理由を知っているらしいので呼びだし確認してみたところ、どうやら必要最低限しか人と関わり合いを持っていないらしい。 人数としてもなぜか本人が厳重に管理しているようで、直接会ったことのある人は両手で数えられるほど。 加えて部屋に引きこもって色々とやっているので、必要な知識を教える機会もない。 なので他にも異世界人がいることを未だ伝えていない……というより、何かを教えるよりも向こうから謎の書類やら何やらが回ってくるので、そっちに気を取られて教え忘れていたとのこと。 ある程度の情報を伝えてくれた側近に卓也達が感謝の意を述べると、レキータ王が今日このあとどうするのかを訊いてきた。 もう夕方になっており、これから帰るには危ないから泊まればいいと厚意を示してくれたのだが、リルがさりげなくやることがあると言って断り、全員で王城から出て行こう……とした、その時だ。 レキータの異世界人が謁見の間にやって来た。 何をしに来たのだろうかと訝しんでいると、青年はにこやかに笑って告げてくる。 「そういえばせっかく来てくれたのに自己紹介をしていないことに気付いて、慌てて追ってきたんだ」 そして頼んでもいないのに勝手に話し始める。 「俺の名前は池野大志。信じられないかもしれないが先ほども言った通り異世界人なんだよ」 本来なら無視するのがベストなのだろうが、ここは謁見の間。 レキータ王もいる前で無礼な態度は不味いだろう。 なので仕方なく卓也が名乗る。 「オレは――」 「こういう場合はレディーファーストが当たり前というものだよ、少年」 茶目っ気を出して笑いながら言ってくるが、卓也のことを不躾に扱ったのでリルから怒りの気配が生まれる。 けれど卓也がすぐに感じ取り、柔らかい声音でリルに話し掛けた。 「レキータ王の前だから、ちゃんとやろうな」 卓也がリルのことを取り成すが、名前を出されたレキータ王は脂汗をだらだらと流していた。 大志という青年は異世界人故、無理に命令などしたくはない。 しかし目の前にいる二人は世界中の王族、貴族、平民問わず憧憬の眼差しを受けている二人だ。 もしものことがあれば、リライトとリステルだけでは収まらないほどの責め苦を各国から受けることになる。 「……分かったわよ」 けれどレキータ王の内心とは裏腹にリルは思い切り息を吐くと、一応とばかりに名を告げた。 「リル=アイル=リステル。リステル王国第四王女よ」 「レイナ=ヴァイ=アクライトだ。リライト王国近衛騎士団に所属している」 「ミル・ガーレン」 レイナとミルも続けて自己紹介する。 そして次は卓也達の番となるのだが、 「いやあ、こんな美しい人達に会えるとは思わなかった。是非とも友好の証として握手をしてほしい」 余計なことを言うレキータの異世界人。 再度リルから怒りの気配が吹き出しそうになるが、それもどうにか堪えながら握手をする。 さらにレイナと続いて最後はミル。 とはいえ彼女が男性が苦手なのでさっと克也の後ろに隠れた。 「す、すまない。ミルは男性が苦手なんだ」 克也がどうにかフォローするが大志はにっこりと笑い、 「大丈夫だよ。俺は怖くないから」 手を差し出しながら近付いてくる。 「そ、そういう問題じゃないんだ! 頼むから近付かないでくれ!」 背後で怯えているミルの気配を感じ取り、克也が慌てて止めた。 未だクラスメートはおろか卓也や優斗でさえ触れられないというのに、出会ったばかりの人間に触れられるわけがない。 あまりにも真剣に言われて大志もようやく、自身の行動が不味かったことに気付いたらしい。 「申し訳ないね。怯えさせようとは思ってないんだ」 けれどなぜか余裕をかましながら下がっていく。 で、今度こそ卓也達の番……かと思いきや、 「そういえば異世界人だと信じて貰う手段としては、一つあるんだ。たぶん魔法を見せれば信じて貰えると思うから、鍛錬場に来て欲しい」 と女性陣に告げながら大志は去って行く。 あからさまなのか天然なのかわざとなのかテンパっているのかは分からないが、とにかく男子勢を無視したことは間違いない。 先ほど、卓也にあのように言ったのにも関わらずだ。 なので当然、リルからはもう隠せないほどに怒りが溢れ出ている。 「……も、申し訳ないの」 レキータ王が脂汗を先ほど以上に流しながら頭を下げるが、リルは大志の言ったことを一刀両断するように言い放つ。 「あたしが言える立場ではないかもしれませんが、まずは礼儀を知ってから出直してこいとお伝え下さい」 別にレキータ王が悪いわけではないのだが、眼光鋭く睨み付けてしまう。 だから卓也は彼女の肩に優しく触れた。 「落ち着け。オレ達は別に喧嘩をしに来たわけじゃないし、ここは他国だ。余計な軋轢を生む必要はないだろ?」 他にも卓也が色々と話し掛けながら彼女を落ち着けようとしているので、和泉が代わりにレキータ王と話す。 「差し出がましいとは思うが教育はちゃんとやったほうがいい。異世界人はこの世界で無知同然だ。妙な遠慮は面倒事しか生まない」 異世界人は大切に扱うべし、というのは自分達にとっても嬉しいことだ。 しかしながら大切に扱うことはイコールで放任というわけではない。 このままレキータの異世界人が突き進んだ場合、迷惑を被るのはレキータ王国なのだから。 「彼が何をやろうとしているのか興味がない。だから俺達は宿に戻らせてもらう」 そう言って全員で頭を下げた。 もちろんレキータ王も引き留めるつもりはなく、そのまま六人を丁重に送り出した。 ◇ ◇ 途中で食材を買い、宿へと戻ると全員が女性陣が男子部屋へと集まった。 そこで卓也が先ほどの謁見の間での出来事に思い返して大きく息を吐く。 「おおよその想像よりも酷かったな」 ほんの僅かな邂逅だったとはいえ、痛いほど理解させられた。 今はもう機嫌を直しているが、リルが大層怒ったことも卓也が疲れた要因の一つだ。 「そもそも、あの男は何がしたかったのだ?」 レイナにはいまいち理解できない、どころではなく全く理解できない。 何がしたいのかさっぱりだった。 「じゃあ、発端から話すか」 卓也は全員をぐるりと見回すと克也に話し掛ける。 「刹那はあれを見た時、こう思っただろ? “知識チート”をやろうとしてるって」 そう、これが事の発端だ。 紙に書かれてあったのは元の世界にある技術。 農業であったり、機械関係であったり、はたまた政治であったり。 実に多種多様なことが日本人という観点から書かれてあった。 つまりレキータの異世界人がやろうとしているのは、異世界系作品のトレンドの一つである知識チートだと判断できる。 克也も首肯し、 「俺も朋子も同意見だったんだ。だから卓先達にも見せて確証が欲しかった」 そしてリライトに来て卓也達に確認してもらったところ、同意を得られた。 なので間違いなく、レキータの異世界人は知識チートをやろうとしているはずだ。 と、これだとレイナ達も意味が分からないだろうから、和泉が知識チートについての説明をレイナ達にする。 「俺達がいた世界の小説には、異世界へと渡る物語が多々ある。つまり俺達のような状況を描いた作品がたくさんあるわけだが、大抵の異世界は技術や文明レベルが元々いた世界よりも低い。だからこそ劣った技術に対して新しい技術や知識を使って無双したり発展させたりすることを“知識チート”と呼んでいる」 「……なるほど。つまり紙に書いてあったことは、お前達の世界にある技術ということか?」 レイナが確認するように聞き返す。 けれど和泉は残念そうに首を振った。 「レキータの異世界人も勘違いしてたんだろうが、こっちの世界にもある物が多かった。最初の方に列記されてあって尚且つセリアールにあるものといえば、農作物系の簡易的な肥料や農薬であったり米用の千歯こぎであったり、あとはビニールハウス栽培か。読んだ瞬間、何かの冗談かと俺は思った」 「優斗がギャグだと疑うくらいだからな」 無論、それら全てセリアールにあるどころか精霊や宝玉がある時点でむしろ劣っている。 なのにこれで知識チートをやろうとしているのだから、ギャグだと思っても仕方ないだろう。 「で、さっきの感じだともう一段階上に考えておいたほうがいい」 卓也は謁見の間での会話を思い出す。 魔法を見れば分かる、と言ったことからも残念なことに想像できてしまった。 「普通の異世界召喚チートも貰ってるってことは、こう考えてたんじゃないか? この世界において俺は最強だ、ってさ。だから知識チートに加えて、最強系も一緒にやろうとしてるくさい」 おそらく魔法で何かしら見せようとしていたのだろう。 ただ、何をやられても驚くような面子ではないので無駄になった可能性は高い。 「和泉。最強系とはどのようなものだ?」 再び謎な単語が出てきたので、レイナが確認を取る。 「直球で言えば優斗だ。圧倒的な力で無双することを指す」 「なるほど」 単純明快で分かり易かった。 克也もうんうん、と何度も頷き、 「さすが優先。厨二病を具現化した存在だって言われるだけはある」 「まあ、キレて口調変わったり詠唱がやたら酷かったり最強の意を持つ大魔法士だったり……あらためて考えなくても酷いな、あいつ。存在自体がギャグにしか思えない」 本人がこの場所にいれば、おそらく顔を真っ赤にしているはずだ。 もちろんそうなった理由は分かっているものの、端から見ればただのギャグキャラでバグキャラでしかない。 だから卓也はレキータの異世界人が可哀想に思えてくる。 「でも残念なことに、セリアールのチートは一般的な異世界召喚作品と違う点があるから勘違いする要素になるんだよな」 異世界召喚によってチートを得る場合、大別すれば二択だ。 魔法が凄いレベルで使えるオーソドックスなものか、はたまた不遇と呼ばれる冗談みたいな能力を得られるか。 どちらにしても結果的には『最強』という言葉に落ち着くが、それでも基本的にはどちらかしかない。 そしてセリアールのチートは前者である以上、普通に魔法を使って周囲を圧倒するのが最強系ではあるのだが、 「勇者の召喚陣以外だと、平凡な奴にはやっぱり相応のチートしかない。だから凡人が何もせずに最強になれたりはしない」 ここが普通の異世界召喚系最強作品とは違う。 凡人が得られるチートは、最強には届かない。 「修は勇者召喚だから一般的なやつよりもチートが上積みされてるらしいけど、それでもこっちの世界で人外の二人はやっぱり日本にいた時でも人外だ。だから何一つ努力もしない奴だと修ぐらいの天才じゃないと、最強になるのは無理だ」 平凡な、という決まり文句から始まる最強展開には決してならない。 「むしろオレ的に疑問なのは、どうしてあそこまでやれるんだ?」 少しでもこの世界を知っていれば、容易に無理だと分かることだ。 そこが分からなくて唸る卓也だが、 「どこまでをテンプレの範囲だと決めつけるか、だろう」 和泉はある程度、理解を示すことができる。 なぜ彼があそこまでのことをやったのかを。 「異世界召喚はファンタジーな代物であり当然、現実味がない。だから異世界に召喚されチートが付随しているのであれば、考え無しにテンプレへ沿おうとしてもおかしくはないのかもしれない。俺達もある程度テンプレだと思っただろう?」 「まあ、勇者と魔法はテンプレだと思ったな。あとは家庭教師についてくれたクリスが女じゃなかったことに和泉が叫んだぐらいか」 確かに一定ラインまではテンプレだと思った。 それはアニメやライトノベル、マンガなどに精通していればそのように考えてもおかしくない。 「要するにどこまでテンプレだと思うかによって、行動も考え無しに突き進んでいく」 そしてオタク文化に嵌まっていれば、それこそ簡単に拗らせてしまう。 「優斗曰く、どこの時代でも世界でも変わりなく『こうだ』と決めつける人間はいる。例を挙げれば“異世界は中世ヨーロッパに似た世界であり、技術レベルも文明レベルも今の日本より確実に劣っている”とな。だからレキータの異世界人の頭の中では、紙に列記したことも最強系も出来ると勘違いしているのかもしれない」 和泉の説明に全員がある程度の理解を示す。 と、ここでレイナが苦虫を噛んだように眉を寄せた。 「しかしあいつの視線は気に食わない。まるで私達を審査するような目つきだった。特に私とリル、ミルに対してだが」 初めて顔を合わせた時と、自己紹介をした時の二回。 両方とも、レキータの異世界人は三人のことを意識していた。 一応、見つめたりはしてきていないが、それでもレイナぐらいの人物であれば視線の不審さは簡単に分かる。 と、卓也もここであることに気付いた。 「あれ? そういえばあの人、どうしてオレ達に異世界人だって自己紹介したんだ?」 今までの考えが間違ってるとは思えない。 しかし、それだと彼の行動はどうにもおかしい。 もし自分のことを貴重で重要だと思っているのなら、初対面の自分達に異世界人だとバラす理屈がない。 「ふむ。単純に女好きだと思っていたが、こういう可能性もなくはない」 あの挨拶で単純に女好きなのだろうと和泉は勝手に考えていたが、もしかしたらそれもテンプレに含まれる一種の行動だとすれば、 「“異世界チーレム”ができる、と考えているなら納得できる。……ん? 結局は女好きに変わりはないのか」 瞬間、卓也と克也がぐったりとした。 あまりにもあり得そうで怖い……というより、おそらくはそうなのだろうと思ってしまう。 「克也。ちーれむ、って?」 「凄い能力や知識を見せつけて美少女達が惚れてくる。つまりチートでハーレムを作るからチーレムって略称になってるんだ」 まあ、現実でも何かしら長所に惚れることは多いわけだが、それがチートによって成立しているからこその略称だ。 するとリルが首を捻りながら和泉に問い掛ける。 「つまり与えられた能力を見せたら、女の子が惚れるの?」 「そういうわけだ。リルも卓也のチートによる凄いところを見て惚れただろう? それに近いものだと考えてくれればいい」 無論、からかっているのが丸わかりの言い分だ。 チートやらで惚れるなら絶対に卓也は選ばれず、確実に優斗か修に惚れることになる。 そんなことは誰だって分かっていることなのだが、リルは先ほどの怒りの名残でもあるのか反射的に言い返した。 「違うわよ! あたしが卓也に惚れたのは一生懸命にあたしを守ってくれたところ! それに卓也はあたしが文句言っても一緒にいてくれたし、あたしの駄目なところを教えてくれたし、あたしのために上級防御魔法を使えるようになってくれたし、あたしのことをちゃんと大事にしてくれてるし、どれだけ凄いことやってちやほやされようとあたし以外の女なんて見ないし、あたしだって卓也がずっと好きでいてくれるように努力してるわ!」 一息で並べられた卓也の長所。 あまりの量に和泉がくつくつを笑い声を漏らし、レイナが呆れながら和泉の頭をド突いたところでリルもからかわれていることに気付いたのだが、 「……瑠璃色の君の本気を見た」 「リル、可愛い」 これが書店に並べられる二人の実力なのだと克也とミルが甚く感動していた。 和泉は未だに笑いながら今度は卓也をからかう。 「感想はどうだ?」 「……頼む。何も言わないでくれ」 顔どころか首まで真っ赤にさせた卓也が目を手で覆う。 嬉しいやら恥ずかしいやら照れるやらで大惨事になっていた。 和泉は満足したように何度も頷くと、 「さて、話を戻すぞ。異世界チーレムをやろうとしているのであればレキータの異世界人の側には美人がいなかったか、もしくは他の美人には逃げられたと考えられる。そして今回、あいつの前に美少女達が現れた」 リル、レイナ、ミルの三人。 客観的に美少女やら美女だと言える女性達がレキータの異世界人の前に登場したとなると、 「つまりイベント発生だ。お前達をハーレムメンバーとして目を付けた可能性がある」 あれほど拗らせているのであれば、短絡的に考えてもおかしくはない。 レイナは腕を組み考えながら自身のことやリル、ミルの立場を考え、 「私やミルはまだかろうじて理解可能な範囲ではあるが、リルを狙うとなると様々なところで暴動が起きるだろうに」 誰かが手出しをすれば、周囲が一番黙っていないカップルの片割れだ。 手を出すのは愚か以外に表現できる言葉がない。 「でも、もう、終わったこと」 するとミルが端的に結論を述べた。 そもそも付いてこいと言われて付いていかなかった以上、自分達に関わろうとするはずがない。 確かにそうかと誰もが納得すると、ミルは未だ赤らめた顔を扇いでいる卓也に声を掛ける。 「だからタクヤ、料理、つくろう」 彼女が今日、一番やりたいのは異世界の料理を作ること。 レキータの異世界人など心底どうでもいい。 卓也も火照りが僅かばかりではあるが落ち着いたので、立ち上がって食材が入った袋を手に取る。 「そうだな。それじゃ、作るとするか」