guard&Wisdom:刹那の来訪 八月に入り、イエラートでは克也と朋子がテーブルの上に広げられた紙を読んで眉を寄せていた。 イエラート王が二人の様子を見て、感想を尋ねる。 「レキータ王より率直な意見を聞きたい、とのことらしい。カツヤとトモコはどう感じたのか教えてもらえるかな?」 二人が読んでいる紙に書かれているのは日本語と、補足として描かれている絵。 日本人である克也と朋子が何度も読み返してみるが、頭の中で浮かぶ単語は一つしか生まれなかった。 「これって……“あれ”よね?」 「俺も同じ意見だ。どう考えてもやろうとしてることが“あれ”にしか思えない」 二人にとってはある意味、馴染み深いものでもある。 イエラート王は克也達の反応に笑みを浮かべた。 「二人は何を示しているのか、分かったのだね?」 「おおよそは俺達の想像で当たっているはずだ。けれど確証を得るなら優先達にも話を聞いてみるのが一番良いと思う」 厨二病のことも簡単に理解を示すリライトの異世界人達。 であるならば、あの国の面々にも話を聞いたほうが確実だろう。 「では、その旨をレキータ王にも伝えておくよ。リライトからの意見も聞いた上で報告に行く、と」 軽い調子でイエラート王は家来を呼び、レキータ王国に今の話を伝えるように言付ける。 「これって機密文書とかそういうのじゃないのか?」 「そうであったらリライトへ向かわせたりはしないよ。単純に意見を聞きたいと書いてあり、判断材料は多いほうがいいとも書いてある。だから大魔法士様達の話を聞いて判断材料を増やすことは間違っていない」 イエラート王は克也の質問に答えると、あらためて二人にお願いする。 「リライトで話を聞いたあと、カツヤとトモコはレキータ王国へと報告に行って貰ってもいいかい? もし二人で報告へ行くことに不安であればルミカや他にも人を付けるよ」 まだ中等学校に通っている二人が他国の王へ報告するなど緊張してしまうかもしれないので、付き添いに誰かつけようか? と尋ねる。 けれど朋子が首を横に振った。 「他に人はいらないわ。それに異世界人が二人も行く必要はないだろうから、わたしとしては克也とミルにお願いしたいんだけど」 「……と、朋子? お前、いきなり何を言っているんだ?」 正直言って、克也としては付き添いがいたほうが死ぬほど楽だ。 なのに朋子が否定したことに驚きを隠せない。 「だってこれ、日本人しか分からないことなのに付き添いがいたって仕方ないわよ。それにわたし、ルミカと買い物に行く予定があるわ。だから克也とミルに行ってもらうのが一番!」 あれこれと理由を並べる朋子。 しかし理由があまりにも粗末で、彼女から滲み出ている謎の興奮も隠せていない。 「……そこはかとなく裏を感じるのは気のせいか?」 「気のせいよ」 兄妹のやり取りをイエラート王は微笑ましく見ていると、朋子がちらりと視線を向けて駄目押ししてくれるように念を送ってきた。 なのでイエラート王は苦笑しながら朋子の案に乗った。 「ではカツヤ。ミルと共にリライトへ赴き話を聞いたあと、報告してもらってもいいかな?」 「……だ、大丈夫か? これ、国のお仕事というやつだろう?」 「なに。カツヤもイエラートに来てからというもの、リライト以外の他国に行ったことはないのだからね。ただの報告であるのだから旅行ついでと思えばいいのだよ」 ◇ ◇ 翌日の午前。 リライトにある城の一部屋には克也、ミル、卓也、和泉、リル、アリーが集まっていた。 朝一でリライトに到着した克也達が来た理由を受付で説明すると、それがアリーに伝わり彼女が手の空いている仲間を招集。 たまたま王城にいた卓也、リル、和泉がすぐに集まり揃っていた。 「そういえばアリーと和泉は初対面みたいなものだよな?」 卓也が確認を取ると、二人は頷いた。 「ええ、そうですわ」 「そうだな」 「だったら刹那とミル、簡単でいいから自己紹介してくれ」 今度はイエラートの二人に話を振る。 克也は素直に頷き、右手で前髪をファサっとあげる。 「ふっ、俺は――」 瞬間、卓也が克也の頭を叩いた。 いきなりのツッコミに対し、克也はすぐに振り向いて卓也に抗議する。 「い、痛いぞ卓先!」 「王女もいるのに変なもんを名乗るな、バカ」 「し、しかし俺の真名を伝えることは――」 「相手を選べって言ってるんだよ。確かにアリーは取っ付きやすい。それに冷酷で血も涙もないどころか、相手に血と涙を流させて嘲笑う女版優斗だけど、それでも王女だってことを忘れちゃ駄目だ」 などと卓也がきちんと説明するが、内容がとんでもなく失礼で王女の説明をしているように一切思えない。 「さ、散々な言われようですわね」 「あんたの場合は自業自得よ」 リルが事実を述べると、アリーが若干ヘコんだ。 卓也は克也にやり直しを要求する。 「よし。それじゃあ、もう一度だ」 再び克也を促す卓也。 もちろん、同じことを二度やると再びツッコミを入れられるのは容易に想像できた上、僅かばかり緊張も生まれたので克也も普通に自己紹介する。 「イ、イエラートの守護者、林克也……です」 「ミル・ガーレン」 どうにか敬語っぽく自己紹介した克也と、簡単に名前だけを述べたミル。 次いでアリーと和泉も彼らの名乗りに応対した。 「わたくしはリライト王国の王女、アリシア=フォン=リライトですわ」 「豊田和泉だ。同じ日本人同士、よろしく頼む」 軽く握手をしながら、克也は和泉に尋ねる。 「卓先と同じようにズミ先と呼んでもいいか?」 「ああ。斬新なあだ名は大好きだ」 「じゃあ、これからはズミ先と呼ばせてもらう」 頷いてくれた和泉に感謝しながら、克也達は椅子に座る。 そして卓也は周囲を見回してアリーに確認を取った。 「これで全員なのか?」 「いえ、もう一人呼んでいますわ」 今のところ、その人物だけが来ていない。 けれど話を出した瞬間、 「おはよう。刹那とミルは久しぶりだね」 「おはよーっ!」 ドアを開き優斗がマリカと手を繋ぎながら入ってきた。 優斗は皆に簡単な挨拶をしながら椅子に座ると、膝の上にマリカを乗せる。 しかしリルが僅かに驚きの表情を浮かべた。 「あんた、明日が宮廷魔法士試験って言ってたわよね?」 国内中の壁に張り出されている試験日程は明日であると明記されてあるし、そもそも優斗本人からも明日試験であると聞いている。 だというのに、こんなところにいていいのだろうか。 「そうだけどね。勉強自体はもう終わってるし、聞いた限りだと軽く相談を受ければいいだけみたいだったから」 「おさんぽ!」 元気よくマリカが叫ぶと、優斗が苦笑する。 「というわけで散歩がてら来たんだよ」 娘の頭をなでなでしながら、優斗は問題ないと答えた。 そして今回やってきた克也とミルに優斗は視線を向ける。 「じゃあ、刹那。相談内容を聞かせてもらおうかな」 「ああ。俺達が優先達のところに来た理由はこれなんだ」 克也は手に持った紙を皆に配り始める。 「これはレキータ王国にいる異世界人が書いたもので、それについての意見を求められたんだ。それで内容が内容だったから、優先達にも意見を聞きたかった」 説明を聞きながら、優斗達は書かれている内容を読み進めていく。 最後まで読み終わった頃には、優斗も卓也も和泉も呆れた様子を見せた。 「とりあえず刹那が来た理由も言いたいことも分かったよ」 優斗が手に持っている紙を指で弾いた。 書かれていることを読んでしまえば、ある一つの単語が簡単に想像できる。 「これ、ギャグなのかな?」 「なんというかコメントしづらいな」 「いや。俺はむしろ何の意図があってこれを書いたのか、少し興味が生まれた」 優斗達が感想を端的に述べた。 三人とも言葉は違えど、呆れたことだけは隠せない。 「とりあえず言えるのは、ここに書いてあることは総じて却下だね」 紙をテーブルの上に置く優斗。 克也も彼らの感想を聞いて、心底納得するように頷いた。 「やはりそうだよな」 自分の考えと彼らの考えが相違はなかった。 「俺も朋子もそうだと思ったんだが、いかんせん俺達だけだと知識が薄いからな」 「だけど書かれてる内容は二人の趣味に掠ってはいたから、気付いたんでしょ?」 「読んだことはあるからな。レキータ王国の異世界人が何をしようとしているのか察しが付いた」 そして優斗達も克也達と同じ単語を想像したということは、ほぼ間違いなく“あれ”をやろうとしているのだろう。 「僕達の意見も分かったし、刹那とミルはこれからレキータ王国に行くの?」 推論の補強としてリライトに来た克也。 結果は優斗達からも太鼓判を押されたのだから、あとはレキータ王に報告するのみ……なのだが、克也の顔が若干こわばった。 「どうしたの?」 「その、だな。誰か付き添いで来て貰ってもいいか? 他国の王様に報告するのは非常に緊張する」 優斗達に隠し事をしても仕方ないので、正直に緊張していることを伝える。 それだけで克也にとってはアリーが別枠に入っていると言葉にせずとも分かるので、アリーがまたヘコむ。 けれど卓也が不思議そうに首を捻った。 「ルミカはどうしたんだ?」 彼女は彼らの面倒をよく見ている。 克也が緊張しているのなら、一緒に付き添いとしてやってくるはず。 だが克也がゆるゆる、と顔を横に振った。 「……イエラート王が付き添いはいるか? と尋ねてくれた時にルミ先の名前が出たんだが、朋子がなぜか拒否したんだ」 克也的には意味が分からないし、朋子が何がしたいのかも分からない。 いくら旅行ついでに報告すればいい、とか言われても緊張するものは緊張する。 優斗は少し考えるような仕草をしたあと、克也に返答した。 「だったら卓也と和泉にお願いするのが一番無難かな。あれを読んだ限り、和泉が一番頼りになる。だけど付き添いに和泉だけとか不安すぎるから、卓也もいたほうがいい。僕は試験があるから動けないしね」 「た、卓先にズミ先。お願いできるか?」 「ん~、まあ、初めてだしな。オレも他国の王族と会うことがどれだけ緊張するか理解できるから、付き添ってやるよ」 「お前が分からなかった場合、俺がフォローに回ろう」 「ありがとう。本当に助かる」 本当にほっとした様子の克也。 と、ここでリルも話に加わった。 「じゃあ、あたしも一緒に行く。ミルを男だらけの場所に置いておくわけにもいかないわ」 ここのメンバーであれば話すことは問題ないだろうが、それでも男ばかりというのは可哀想だ。 なので一緒に行くことを名乗り上げる。 ミルは僅かにビックリしたようにリルを見たあと、彼女の優しさを感じ取って表情を崩した。 「ありがとう、リル」 確かに男ばかりの場所では若干辛いことも自分で容易に判断できたので、素直に好意に甘える。 そしてアリーがレキータ王国に行く面子を見て、女官へ一人の近衛騎士を連れてくるよう伝えた。 「入ります」 すると僅か十数秒ほどで、彼女付きの近衛騎士が部屋に入ってくる。 アリーは近衛騎士へ単刀直入に状況を伝えたあと、“とあること”を命じる。 「護衛としてレイナさんも一緒にいってもらうことにしますわ」 「護衛……ですか?」 いきなり呼ばれたと思ったら、リル達の護衛として他国へ向かえと言われ眉を寄せるレイナ。 けれどすぐに反論の言葉を告げた。 「私はアリシア様の近衛です」 「そのわたくしがリルさんを筆頭に皆を護衛をしろと言っているのですわ」 もちろん分かった上での命令なのでアリーも一切合切、引くつもりはない。 「セツナさん達が旅行ついでである以上、必要なのは緊張を与えないこと。ということは仕事でありながら交友関係を両立できる必要性があり、さらに大層な話でもない為に護衛といっても少人数。しかしながら腕は立つ人物が好ましい」 今、並べた理由はアリーが今回の件で考えられる護衛としての必須条件。 そして選ぶことができる人物は限られている。 「レイナさんには大変申し訳ありませんが、わたくしは自分の近衛を過小評価などしませんわ」 私的な目で評価をしようと、公的な目で評価しようとアリーの結論は変わらない。 「わたくしの近衛であるのならば出来る。違いますか?」 まさか出来ないとは言わないだろう? といったアリーの挑発的で自信満々な様子に、レイナも今度は反論することができずに折れる。 「……仰るとおりです」 「では、今回の件では公的な場所以外でリルさんをリステル第四王女として接することは禁じます。ちなみに今から期間限定でわたくし付きの近衛でもないということは、わたくしを堅苦しい王女扱いする必要もありませんわ」 つまるところ、この瞬間からは王女扱いするなと言っている。 普段は公私をきちんと使い分けているレイナだけに、アリーが彼女と接する場合の基本は公だ。 それがつまらないので無茶な論理展開を用い、いつも通りの扱いをするように命令した。 もちろん、レイナも言われた以上は普段通り接するつもりではあるが、それでも無理矢理すぎるやり方に対して額に怒りのマークが浮かんだ。 「……タクヤ。扉はしっかりと閉まっているか?」 「ああ、大丈夫だよ」 レイナの問い掛けが何を意味するのか分かった卓也は、素直に答えたあとに耳を塞ぐ。 すると次の瞬間、怒声が響いた。 「アリー! お前は何を考えている!?」 「何って状況を考えての権力乱用ですわ」 「平然と宣うな、馬鹿者!」 王女扱いするなと言われたので、仲間に対して説教しようとするレイナ。 だがアリーはどこ吹く風とばかりに堪えない。 「ですが実際問題、レイナさんが最適なのは間違いありませんわ」 「それは分かっているが……」 アリーが言ったということは、まさしくその通りだということもレイナは分かっている。 けれど彼女のやり方に対しては一発、怒鳴り声をあげないわけにはいかなかった。 「……まあ、いい。しかしお前の護衛はどのようにするつもりだ? ここ数日は王城にいるからといって、私以外は暇を出しただろう。私とていつものメンバー以外での外出時ぐらいしか一緒にいることはないが、それでもお前付きの近衛は必要だろう?」 「でしたら外出時は基本的に修様と一緒に過ごしますわ」 「ならばいいが、近衛騎士団長と我が王には話を通してもらわなければ困る」 アリー付きの近衛としているというのに、別の王女を護衛して彼女を放っておいては騎士として論外と言われても仕方ない。 「問題ありません。普通に説明すれば、父様であろうと近衛騎士団長であろうとレイナさんが最適だと言いますわ」 「頼むぞ。私はまだ騎士として若輩だ。面倒事は避けたい」 と、レイナが言った瞬間だった。 アリーがほんの一瞬、にやりと笑みを零す。 「それなら賭けるとしましょう。わたくしが普通に説明して父様達がレイナさんを指名した場合、商店街の和菓子店全商品の奢りということで」 「いいだろう。それが本当であればの話だ」 「では、行ってきますわ。証人として何人か来て下さいな」 軽やかな調子で立ち上がるアリー。 卓也とリルも面白そうな表情を浮かべて立ち上がった。 「了解」 「あたしも行くわ。ミルも一緒に行くわよ」 「うん。おもしろそう」 四人がドアから出て行く。 いきなりの怒濤な展開に克也が思わず本音を漏らす。 「リライトの王女様は、なかなか強烈なんだな」 まさか近衛騎士に怒鳴られる王女がいるとは思わなかった。 そして怒鳴った張本人は額に手を当て、大きく溜め息を吐いている。 「……まったく。アリーの奴は何を考えているのやら」 「何って、レイナさんと和菓子のことだよ」 優斗が茶々入れるように口を挟んだ。 彼女がどうしてあんなことをしたのか、優斗には簡単に理解できた。 「アリーがどうして王様と近衛騎士団長より先に、レイナさんへ話をしたのか分かる?」 普段の彼女であれば、手順としては王様に話して了解を貰い近衛騎士団長へ話を通す。 これが一番、問題ない方法。 けれどそうしなかった理由がアリーにはあることをレイナもすぐに察した。 「ア、アリーの奴、私で遊んだのだな!?」 「そうだよ。最近のレイナさんは騎士としてアリーの側にいることが多いから、普段のレイナさんで遊びたかったってわけ」 彼女付きの近衛騎士だから仕方ないこととはいえ、多分につまらなかったのだろう。 「ついでに賭けが圧倒的に不平等なのも気付いてる?」 「ん? それは――」 何なのだろうか、とレイナは言い掛けて気付く。 「わ、私の賭け分が存在していないのか」 「というわけで色々と残念。僕もアリーの意見には同意だから、頑張って和菓子奢ってね」 唯一給料を貰っている上に高給取りなのだから、これぐらいは可愛い悪戯だろう。 おかしそうに笑う優斗と共に、マリカもなぜか満面の笑みで優斗の真似をした。 「れーな、じゃんねん」