演劇発表まで、あと二週間ほど。 現時点でリステル邸と呼ばれている家では、とある二人がぐったりとしていた。 家政婦長であるシノは卓也とリルの姿を微笑ましく見ている。 「練習は大変だと思いますが、良き思い出になると思います」 「……勘弁してよ、シノ」 「オレもきついんだけど」 「決まってしまったことは、諦めが肝心ということです。ならばどう楽しむべきかを検討したほうが良いかと」 食後のデザートを二人の前に出す。 今日はショートケーキ。 王道だからこそ、異論なき美味しさを持つデザート。 二人はそれをぐったりしながらも食べる。 「だいたい、うちのクラスはノリが良すぎるのよ。今年に入ってから、特に気軽さが増してるわ。一応だけどあたしもアリーも王族よ?」 「逆に去年までは王族ってだけで遠慮されがちだっただろ。お前はまだ他国の王女だからマシだけど、アリーは案外悲惨だったんだからな。自国の王女がクラスメートっていうのは、さすがに緊張を生むよ」 今年に入ってようやくクラスメートも慣れてきたのか、アリーにも気軽に話せるようになってきた。 そして皆とのやり取りを楽しんでいる。 「まあ、悪いことじゃないだろ?」 「そうだけどね」 主役の二人はケーキを食べ終わると、台本を手に持った。 覇気はまったくないが、それでも真面目なのでやることはしっかりとやる。 「……練習しないとな」 「……そうね」 王城では王様が手紙やら書状の束を見て、大きく溜息を吐いていた。 「……アリシア」 「どうされました、父様?」 ちょうど通りかかった娘に声を掛ける。 「お前達の演劇。舞台の席数はどれほどだったか?」 「おおよそ500席弱だったと思いますわ。チケットは来週から生徒会主導で発売される予定です」 「…………そうか」 頭を悩まされる。 学院行事であるというのに王城にも色々と届いた。 ということは、学院にはもっと届いているだろう。 「仕方ない」 王様は眉根を揉みほぐす。 このままでは暴動まで起こる可能性だって完全には否定できない。 「アリシア。悪いが学長及び生徒会長、あとは……そうだな。ユウトとクリスと風紀委員長、アリシア達の学級委員を今から王城へと連れてくることは可能か?」 「えっ? あ、はい。まだ夕食時ですので、緊急の招集であれば問題ないと思いますわ」 王様の指示に従うアリー。 優斗とクリスは生徒会補佐をやっている。 ということは、おそらくこの件に関しても生徒会長から頼まれ、おおよそのことは理解しているはずだ。 ついでに優斗は4月に1年生を更正させたことで臨時風紀委員でもある。 「我も少し考えが甘かったか」 基本的に国が干渉する必要はないのだが、今回だけは別枠だ。 あの二人が主役で演劇を行うのだから。 ◇ ◇ 翌日。 今日も今日とて練習をしようとしていた3年C組。 されど始める前にアリーが教壇の前に立った。 「え~、皆さん。少々よろしいですか?」 皆の注目が向いた。 アリーは全員が自分を見たことを確認すると、とある変更を伝える。 「わたくし達、3年C組は近くにある小さな劇場ホールで演劇をやる予定でした。もちろん学生行事なので、これぐらいでも多すぎるくらい……だと思っていたのですが」 アリーは意味ありげに卓也とリルを見て、 「内容が内容のため、会場を移動することになりましたわ」 告げた瞬間、皆がざわついた。 「今後はそこで練習することになりますわ。ライトに舞台装置などなど、使い勝手が変わってしまい大変だとは思いますが、二週間もあります。皆さん、頑張って練習していきましょう」 すらすらと話すアリー。 しかしもったいぶるかのように肝心の場所を言っていない。 「アリシア様。それでどこに移動することに?」 クラスメートの女子が尋ねた。 誰もが気になっていることを。 アリーは満面の笑みを浮かべて、答えた。 「王立劇場。総席数2000席を超える我が国最高の舞台会場です」 ほんの僅か静寂が訪れる。 「「「「「「 はっ!? 」」」」」」 事情を知らないクラスメートは、全員がぽかんとした。 王立劇場は皆、知っている。 リライト国内でも随一の会場にして、劇は一流の劇団がやっている。 そこで自分達もやるというのだろうか。 「学生の行事なので国が関与する必要はないと思っていたのですが、甘かったですわ」 卓也達に悪戯な笑みを浮かべて、アリーは大変だとばかりに呟く。 「今、ユウトさんとクリスさんが生徒会へ借り出されているのもその件ですから」 「……ねえ、アリー。王立劇場って冗談よね?」 リルがげんなりしながら確認を取った。 けれどアリーは爽やかに否定する。 「いえ、本当ですわ。いいんちょさん達も一緒にいたので知っています」 学級委員の二人を示す。 注目を浴びた学級委員はしごく真面目な表情で頷いた。 「……昨日、王様と話したから本当のことだ」 「マジで!?」 クラスメートのざわつきに、今度は女の子が肯定する。 「本当よ。王様にアリシア様に学長、生徒会長、風紀委員長、ユウト君、クリスト様。どういう面子? って感じだったわ」 「……ん? ユウトとクリスはどうしていたんだ?」 「あの二人は生徒会補佐に臨時風紀委員だからよ。どっちにも関わってるからでしょうね」 優斗もクリスもよく生徒会を手伝っている。 さらには優斗の場合4月の新入生の件、クリスの場合はバカコンビをたしなめているが故、臨時風紀委員として名を連ねていた。 ◇ ◇ 「ニース生徒会長。これがうちの舞台のチケット販売振り分けね」 優斗は書類をククリに提出する。 彼女は目を通すと確認をした。 「リステルで販売する席数が600席もあるんですか?」 「あそこだけは仕方ない。最大限の考慮をしておかないと、本当に奪い合いが起きかねないから」 隣国なので、情報の伝達速度も他国に比べたら早いだろう。 今はある程度の秘匿をしているが、それでもおそらく数百人規模でバレているはず。 爆発的に情報が広がるのも時間の問題だ。 「親族席を除くとリライトの販売分は1000席。残りはチケット販売の嘆願書から抽選。確かに妥当なところだと思います」 ククリは頷いて、同じく生徒会室にいるクリスに声を掛ける。 「闘技大会はどうなっていますか?」 「例年と参加数はさほど変わらなそうですね。審判等を務めていただく騎士団との連絡も今のところ問題ありません。風紀委員の配置や分担も今回の件で振り分け直しましたし、おおよそ大丈夫かと」 クリスはにこやかに笑みを浮かべて、別の書類を手にした。 生徒会長は仕事をどんどんとやってくれる二人に小さく頭を下げる。 「すみません。演劇に出演するというのに、仕事を押しつけてしまって」 「大丈夫だよ。僕達は準主役級だけど、あくまで主役は別だから」 「ええ。それに出来ない時は出来ないと言いますから、心配なさらないで下さい」 「しかし……」 生徒会とて、この時期は例年ヘルプを呼ぶ。 けれど優斗とクリスは雑務から書類まで何でも凄いスピードでこなすから、本当に甘えてしまっている。 僅かに暗い表情をさせているククリに、優斗は極めて明るい声を出した。 「だったら、ちょっと融通を利かせてもらおうかな」 「……融通ですか?」 「そうだよ」 優斗は近くのテーブルに置いていたチケットの束から、何枚も引き抜いていく。 彼の行動が何を示しているのか、ククリはすぐに勘付いた。 「親族以外に渡す、ということですか?」 「そういうこと。大物を呼び出そうと思って」 「……大物?」 首を捻ったククリ。 役員達も優斗の“大物”という単語に反応した。 生徒会役員は学院内でも限られた、優斗が何者なのかを知っている。 だからこそ書記の女の子が興味津々に尋ねた。 「どなたを呼ぶんですか?」 「王族とか6将魔法士とか異世界人とか勇者だよ」 出てきた面子に驚きやら乾いた笑い声が広がる。 「ミヤガワさんって本当に顔広いです」 「まあね。立場が立場だから」 致し方ないだろう。 「で、ニース生徒会長。いいかな?」 茶目っ気を出して訊く優斗に、ククリは微笑んで頷いた。 「これぐらいは黙って見逃さないと申し訳ないですよ。例年、手伝ってくれる方々に『御礼』というものはしていますし、何よりミヤガワさんが呼び出す相手はリライトにとっても良い相手でしょうから」 「いや、今回は本当に私事なんだけどね」 変に評価されても困る。 優斗だって時には個人的に走ることだってある。 例えば卓也とリルを虐めるに最適な人員をどうしようとか、面白そうなメンバーは誰だろう、とか。 というかそれしかない。 優斗が内心でほくそ笑んでいると、ドアがノックされた。 「どうぞ」 ククリが応対する。 すると近衛騎士の制服を着た男性が入ってきた。 「リライト近衛騎士団、フェイル=グリア=アーネストだ。闘技大会の審判者名簿及び王立劇場警護に関することを話しに来た」 生徒会長に話し掛けながら、フェイルは優斗の姿を認めると小さく笑う。 「これから風紀委員を連れて王立劇場の確認をしにいく。来ることは出来るか?」 尋ねられ、優斗はククリに視線で確認する。 頷かれたので、 「大丈夫ですよ。今日の分は終わってますし、何かあっても生徒会の皆が頑張るでしょうから」 ◇ ◇ 優斗達は風紀委員を連れて王立劇場に入っていく。 皆が皆、間近から目にする大きさに驚きを隠せていない。 舞台上に生徒達が並ぶと、フェイルは今日の作業を話す。 「さて、風紀委員長から聞いているだろうが、3年C組の出し物である『瑠璃色の君へ』がここ、王立劇場で開催されることになった。理由はノンフィクションの作品を当人達が行う、といったものだからだ。おそらくは過去の人気作に匹敵するだろう」 今尚、記憶に残る栄作と同一視していい舞台だ。 それほどのことを彼らはやろうとしている。 「我々が行わなければいけないのは、3年C組の安全を守ることだ。当日は数千の人が集まる。アリシア王女はもちろんのこと、主役のタクヤ・ササキ君やリル=アイル=リステル王女を守らなければいけない。あくまで可能性ではあるが、主役の二人を狙うことでリライトとリステルの仲を引き裂こうとする輩がいるかもしれないからだ」 過去にはあった。 卓也とリルの仲を引き裂こうとする者が。 今はもう、問題ないと報告は受けている。 だが安心してはいけない。 「劇中、舞台上は格好の的となる。一応は安全の為に結界は張ってあるが、何が起こるかは分からない。だからこそ事前に暗殺者などが潜めそうな場所、魔法を撃つのに最適な場所を洗い出す」 普段もそれなりの態勢は敷いているだろう。 だが、今回は格別だ。 「疑問に思ったことは全て騎士や風紀委員長に報告すること。無駄だと思うことでもいい。とにかく報告を怠らないこと」 そこまで言って、フェイルは優しげな微笑みを浮かべた。 「この中には将来、騎士や兵士を目指すものもいるだろう。手を挙げてくれないか?」 唐突な話題の変化に集まった生徒達は驚くものの、素直に手を挙げていく。 大体、八割が手を挙げた。 「よかったじゃないか。君達は他の人達よりも先に、在学中ながら兵士や騎士と同じ仕事が出来る。学院のOBとて、こういうことはなかったんじゃないか?」 隣にいる騎士に確認を取ると、騎士は苦笑して頷いた。 学生のうちにこんな出来事は存在するわけがない。 フェイルは満足げに納得すると、再び生徒達に伝える。 「警護の主役は君達だ。俺達は補佐にすぎない。つまり俺が何を言いたいか分かるな?」 集まった風紀委員達を見回しながら、フェイルは力強く言う。 「君達は王族を守れる力がある、と。俺はそう思っているということだ」 皆の心を打つような言の葉。 風紀委員達の表情が真面目に、そしてやってやろうという表情に切り替わった。 フェイルは一度、手を打って音を鳴らす。 「それでは仕事を始めよう」 散開した風紀委員達を見ながら、優斗は感嘆の意を述べる。 「さすがですね」 「本心だからな」 フェイルは口が上手いほうではない。 だとしたら、素直に考えたことを伝えたほうがいいと思ったまで。 「元々、データはありますよね?」 「王族や貴族が座る席はさすがに入念なチェックがされているが、さすがに舞台上となると心許ないのも確かだ」 さすがに王立劇場ともなれば、護衛に必要なデータは揃っているはずだ。 舞台とて、当然のようにあるのだろうが……さすがに卓也とリルのような人物が舞台上で劇を行ったことはない。 故に、再度の確認へと至ったわけだ。 「一番危ういのはリステル関係ですから、最低でもリステルにはチケット購入者の所在等を徹底的に調査してもらいます。他国の場合はもう少し緩くなりますが、それでも調査することは譲りません」 「それがいい。過去にもあったらしいからな」 「あと、各国に話を通す際には僕やアリーの名前を使っていただいて構いません。何事もなく終わらせる為に」 「分かった」 フェイルが頷く。 すると風紀委員の一人が優斗達の下へとやって来た。 以前、調子に乗っていてボコされた少年達のリーダーだ。 「押忍、報告です!」 気を付けをして、優斗とフェイルに少年は報告を始める。 「舞台両側にある二階席、三階席からは舞台上を狙うに丁度いい場所だと思います!」 いの一番にやって来た少年に二人は顔を見合わせて笑みを零すと、客席の配置図を広げた。 ついでに風紀委員長を呼び寄せて、三人で少年の話を聞く。 「場所にチェックマークを付けて」 「はいっ!」 優斗に促されて少年は赤ペンで場所をチェックしていく。 「ん、了解。他にもないか頑張って探してみて。君なら出来ると思うから」 「押忍っ!!」 綺麗に斜め45度まで頭を下げた少年は、意気揚々と問題点を探しに行く。 フェイルは正直、今のやり取りを前にして目を点にしていた。 なんというか体育会系みたいだった。 「今の少年は随分と硬派な感じだったな」 「前に僕が改……更正させたんで」 彼らは今でも朝の挨拶と掃除は欠かしていない。 教師達の評価をすこぶる良い。 「おかげでうちの一年の中では有望株だ」 風紀委員長が苦笑した。 「そうなの?」 「お前がどうやったのかは分からないが、聞いていた話とずいぶん違って驚いた」 「少しやり過ぎたかな」 三人で破顔する。 すると、舞台上には続々と優斗のクラスメートがやって来た。 「おっ、優斗じゃねーか」 修が気付いて近付いてくる。 「クリスは一緒じゃねーのか?」 「もう少ししたら来ると思うよ」 「お前は何やってんだ?」 「演劇当日の護衛場所だったり、危険箇所の洗い出し」 続々とやって来る風紀委員達の話を聞きながら、風紀委員長とフェイルがどんどん図面に書き込んでいく。 「僕ももう少し、こっちを手伝うから」 「あいよ」 修が頷いてクラスメートの輪の中へと戻っていく。 代わりに卓也が優斗のところへ向かってきた。 「大事になってないか?」 「当たり前でしょ。普通に大事なんだから」