クリス組&和泉組&イエラート組 : 直球ど真ん中 レグル邸にある研究室に面白い来客が現れた。 「クレアか。珍しいな」 あまり一人でここに来ることはないので、和泉が若干驚きを表した。 「少々ご質問があるのですが、よろしいでしょうか?」 「別に構わない」 実験はちょうど一区切り。 コーヒーを用意して、クレアの質問とやらを聞く態勢になる。 すると彼女はいきなり、 「将来的に子供は何人ぐらいがよろしいと思いますか?」 予想外なことをぶっ込んできた。 珍しく和泉は眉根を揉みほぐしながら尋ねる。 「それは……俺とレイナの話か? それともお前とクリスの話か?」 主語がない。 というか取り方によっては和泉とクレアの話にだって思える。 彼女もそれに気付いた……のかどうかは分からないが、僅かに失敗したとばかりの表情をさせた。 「わたくしとクリス様のお話です」 自分達のことで質問した、とクレアが言う。 和泉は少しだけ考えたあと、自身の見解を話した。 「そうだな。クリスは愛奈やマリカとのやり取りを見ている限り子供好きだ。だから二人でも三人でもいいだろうが、短期間にたくさんの子供を産むことはやめておいたほうがいい」 「どうしてですか?」 「優斗とフィオナが基本的には自分達でマリカを育てているだろう? だからクリスも出来る限り、育児には関わりたいと思っているはずだ。しかし子が生まれる頃には公爵としての立場上、忙しいはずだ。二人も三人もいたら、注ぎたい愛情を全力で注ぎ込むのは無理になる」 「そうかもしれません」 納得した様子のクレア。 しかもクリスは今、愛奈の先生をしている。 とても楽しそうに教えている姿は、本当に子供好きなのだろうと周りに見せていた。 「クレアは男と女、どっちが先に欲しい?」 「わたくしは男の子でしょうか。クリス様に似て利発的な子になってくれるでしょうから」 と、話したところでもう一つの可能性に気付く。 「ああ、でも女の子でもクリス様らしく聡明な子になってくれそうです」 「自分に似る、という選択はないのか?」 「いえいえ、そんな。わたくしに似るなんて……」 手を横に振って否定する。 けれど和泉は頭を掻きながら、 「謙遜することはない。お前はクリスが選んだ女性だ。二人の子供なのだから、お前に似ているところがないとクリスも悲しむ」 「そう……でしょうか?」 「ああ、間違いない」 ◇ ◇ 珍しくクレアが和泉に会いにいったというので、クリスも来てみたのだが……とんでもない会話をしていた。 というか入って行く気になれない。 何でこの二人は自分とクレアの将来の子供の話で盛り上がっているのだろうか。 「タイミングが難しいですね」 見極めなければ、クレアが創り出した謎の空間に引きずり込まれる。 和泉はなぜか適応力が高いが、クリスはまだ自信が無い。 と、その時だった。 「クリス、何をしている?」 レイナがやって来た。 彼女はなぜかドアの前で立ち往生しているクリスを訝しんでいる。 「いえ、イズミとクレアが将来の子供のことで話しているので、どうにも入っていき辛くて……」 「将来の……子供? い、和泉と……クレアの?」 ピシリ、とレイナの身体が固まった。 「レイナさん?」 何事かと思ったクリスだが、言葉が足りないことにすぐ気付いた。 「ああ、そうではありませんよ。イズミとクレアは自分とクレアのこど――」 付け加えようとした言葉は、あまりにもテンパったレイナには届かなかった。 「い、いい、い、和泉っ!!」 ドアを勢いよく開けると、一目散に和泉へ近付くと肩を掴んで前後に揺さぶる。 「何だレイナ。血相を変えた顔で――」 「だ、駄目だ! 不倫は駄目だ! というか浮気だ! うん、浮気は駄目だ!!」 揺さぶられながらも話そうとする和泉だが、レイナはガックンガックンと揺らしまくる。 クレアがよく分からないながらも、なんとなく自分達の会話がいけなかったことに気付いてしまった。 なので、とりあえず取りなそうとして、 「レ、レイナ様。わたくしとイズミ様は将来、子供が何人欲しいかを話していただけで……」 場を荒らす発言を剛速球でぶちかました。 ◇ ◇ なんかもう、剣を抜きそうになったレイナを和泉とクリスで取りなして数十分。 レイナはとんでもなくヘコんできた。 「……その、なんだ」 今、この場には和泉しかいない。 レイナはチラチラと彼を見ながら頭を下げる。 「すまなかった」 「いや、俺が言うのも何だかあの二人が悪い。勘違いされても仕方ない。クレアが場を荒らす天然だというのは、あまり被害を受けていないお前には分からないことだからな」 クリスもクリスで、あの謎空間に引っ張り込まれていたのだろう。 珍しく言葉が足りなかった。 そしてレイナには本家本元のクレアがトドメを刺すが如く、主語の足りない言葉を突っ込んできた。 どうしようもない。 「頭の中が真っ白になってしまった」 「お前の普段の動揺っぷりを見ていたら、怒る気にはならない。微笑ましさしか生まれない」 こと恋愛においてのテンションの上げ下げは仲間トップクラス。 しかも優斗以上のヘタレとあっては、笑い話にしかならない。 和泉はレイナの頭に手を置いて撫でる。 「想定外な事態だったが、お前の感情は素直に嬉しい」 「……本当か?」 「嘘をつく必要はない」 普段は歳上だが、今この状況だけは立場が逆転しているというのも、自分だけが得られる特権だろう。 嬉しく思う。 とはいえ歳上の矜持を持っているレイナは嬉しそうにしながらも、僅かに頬を膨らませる。 「……少しだけ釈然としない。お前が歳上に思える」 「優斗以上のヘタレが俺相手だとしても上に立てると思うな」 ◇ ◇ クリスは少しばかり、考えていた。 ――クレアに国語を習わせたほうがいいでしょうか? 彼女の創り出す空間には被害がある。 とはいえ彼女はしっかりとした貴族の令嬢。 教育はばっちり問題なく受けている。 礼儀作法に至るまで、何一つ問題はない。 ――それに被害は自分達ですし、面白い方向にしか動かない。 場は荒れるが、これはこれであり。 教育云々ではなく天然だから仕方ない。 何よりも、 「クリス様、どうされました?」 小さく小首を傾げながらも、視線を向けられて嬉しそうな自分の妻は可愛い。 面白いし可愛い。 「いえ、クレアが妻でよかったなと思っていただけです」 「本当ですか!?」 満面の笑みを浮かべるクレア。 というわけで、クリスは妻の天然爆弾に関しては放置することに決めた。 イエラート組 : 朋子は無意識が大好き 広間のソファーに座って、克也は本を読んでいた。 内容はイエラートの歴史について。 やはり守護者たるもの、自国の歴史はしっかりと把握しておかなければならないと思ったから。 向かいのソファーにはミルが座っていて、克也の本を読んでいる姿を僅かに目を細めながら見ている。 「克也」 「どうした?」 克也が視線を正面に向ける。 ミルはほんの僅かに笑みを浮かべて、 「呼んでみた、だけ」 「そうか」 克也も僅かに表情を崩し、視線を本へと戻した。 そしてしばらく読んでいると、再びミルから名前を呼ばれる。 「克也」 「どうした?」 「なんでも、ない」 「そうか」 交わした視線に笑みを互いに零して、克也は再び本を読み進める。 ミルも小さく目を瞑り、今のやり取りを満足げに味わっていた。 ◇ ◇ 一方、二人の様子を隠れて見ていた朋子とルミカはテンション爆上げだった。 「何なのあの二人!? 私をどれだけ悶えさせるつもり!?」 「ト、トモコちゃん、落ち着いてください」 兄と友人の空気に妹が悶え苦しんでいた。 ルミカが騒ぎそうになる朋子をかろうじて抑える。 しかし朋子は止まらず、声は小さくしつつもさらにまくし立てた。 「これが落ち着けるわけないわ! じれったくも微笑ましくて、もどかしいけれど私のツボを的確に突いてくるラブっぷり! 無意識天然ラブとかお兄ちゃんのくせにやるじゃない! ミルはいつも私を萌えさせるけど、お兄ちゃんまでとは……恐ろしい二人ね」 単なる厨二病の兄かと思えば、とてつもない逸材だった。 いや、ミルが絡んだ瞬間から兄は素晴らしい破壊力を持った存在となる。 彼女の前では克也である兄。 だからこそ朋子は気付いていなかった。 兄の潜在能力の高さに。 「克也ったら、ミルだけには激甘よね。私がやったら『はっ!? ついに俺の背後にいる天使に気付いたのか!?』とか言うのに、ミルの時だけは表情を崩して笑みを浮かべるとか、ギャップ萌え!? そうね、そうよね、ギャップ萌えよね。しかもミルだけに見せるとは分かってるわねお兄ちゃん」 「それは、まあ……セツナくんはミルちゃんの前ではカツヤくんですから」 ニヤニヤしている朋子とニコニコしているルミカ。 どちらも二人のやり取りに夢中になっていた。 ◇ ◇ またしばらくすると、ミルが克也のソファーに座ってきた。 4人掛けのソファーなのだが、隣にピッタリと座るミル。 克也は僅かに視線をずらす。 少し驚いた表情を見せたが、ミルが満足そうなので何も言わない。 そしてページを捲ろうとした瞬間だった。 「克也」 また名前を呼ばれた。 ちょうど手を動かして捲っている最中だったので、僅かに顔を上げるのが遅れる。 「どうした?」 先ほどと同じ言葉を使って、捲り終えてから視線を隣に向けようとした時だった。 「……んっ」 肩に軽く重みが生まれたと思ったら、頬に柔らかい感触があった。 「えっ……?」 突然のことに驚きの声が漏れる。 数秒して、頬に感じる柔らかさが消えた。 思わず克也は頬を抑える。 そして隣を向けば、僅かに頬を染めているミルの顔が近くにあって、 「……っ!? んなっ、そん、な、ど、どうした!?」 何が起こったのかを把握した瞬間、茹で蛸になった。 ミルは真っ赤な克也に答える。 「やってみたかった」 「はっ!? ど、どどどどど、どうして突然!?」 「克也になら、たぶん、だいじょうぶだと思った」 半端なくテンパっている克也に対して、ミルは満足げに笑みを浮かべる。 前に朋子達に言われた時、タイミングが悪くて出来なかった。 けれど今は他に誰もいないことで、出来そうだったからやってみた。 そして実際、ちゃんと出来た。 「克也なら、だいじょうぶ」 男が苦手な自分だが、やっぱり彼には大丈夫だと分かった。 この人は『特別』なのだという自覚が何度も生まれる。 「だから特訓」 ミルは身体を僅かに傾けて、克也に身を預けた。 「――っ!!」 ガチン、と克也の身体が固まる。 だがミルは気にせずに言った。 「克也にたくさん、触ったら、男の人、もう少し苦手じゃなくなる……かも」 克也が男の人だということを実感することを特訓と称するミル。 しかしながら相手は克也。 「………………」 先日と同様、魂が抜けていた。 ◇ ◇ 「セツナくん、もう本を読むどころじゃありませんね」 ルミカは微笑ましく二人のやり取りを見ながら、隣でうねうねと動いている物体に苦笑する。 「そしてトモコちゃんも、お二人のやり取りはツボだったみたいですね」 ミルは可愛らしすぎるし克也は純情な反応。 朋子のツボに直球ど真ん中で投げ込まれていた。おまけ:イエラート組直球ど真ん中② 「克也?」 「……っ!? な、なんだ!?」 抜けた魂が戻った刹那はどもりながらも答える。 「だいじょうぶ?」 「あ、ああ! 大丈夫だ!」 ミルが頑張っているのだからと、無理矢理に離れることはしない。 「……無理、してない?」 「し、してないぞ」 どもりながらもしっかり答える克也。 彼の返答を信じて、ミルは再び触れている場所に意識を向けた。 「…………」 ほんの僅か、顔が彼の胸に触れている。 服越しでも感じる、その温かさ。 ミルにとって、克也はもっと“大丈夫”になった。 不用意に、不確かに、男だからといって怖がる必要はない。 もう『異世界人』で括る必要もない。 彼が『克也』であるというだけで、ミルは大丈夫だ。 特別なところなんて何一つ必要ない。 勇者じゃなくてもいい。 異世界人じゃなくてもいい。 助けてくれた人じゃなくてもいい。 彼が『克也』でいてくれれば、それでいい。 ――変な……人。 出会った頃のことを思い返す。 最初は声が大きくて怖い男の子だった。 けれど、だんだんと違ってきた。 戦ったことなんてないのに、自分を助けるため剣を振り回して。 男が苦手な自分のために、唯一『克也』になってくれて。 思い悩んでる自分の背中を押してくれた。 彼は人を助けるのが当たり前の存在じゃないのに。 克也はミル・ガーレンのために何度も頑張ってくれた。 助けるべくして助けた正樹とは違う。 何一つミルに関わる必要性がないのに、彼は頑張ってくれた。 だから彼は皆の特別じゃないけれど、自分にとっては“特別”だ。 だから彼は皆の普通じゃないけれど、自分にとっては“普通”だ。 「……こうやって頑張れるの……克也のおかげ」 何でだろうか。 自分はこれほど背中を押されているのに、自分は彼の背中を何一つ押せていないんじゃないかと思うと、変な気がした。 正樹には感じなかった想いがある。 “やってあげたい”という想いが。 「いつか、克也に返せたらって……思う。克也、頑張ってること、手伝いたい」 「いや、必要ない。頑張ってるのはミル自身だ。それに俺だって頑張っているのはミルのおかげだからお互い様だ」 克也は笑みを浮かべる。 イエラートでやりたいことが見つかったのは、一重に彼女のおかげなのだから。 下手に負担を掛けたくない。 「……だったら」 ミルは克也に触れたまま言う。 互いのおかげで頑張れたというのなら。 「これからはいっしょに……がんばろう」 共に、頑張っていきたい。 「……わたしも……克也も……まだ、分からないことだらけ。でもマサキにも、ユートにも、タクヤにも、クリスにも、ルミカにも、心配かけないぐらい……“強く”なろう?」 力だけじゃない。 心も、考えも、何もかも。 「そうだな。一緒に強くなっていこう」 克也は大きく頷く。 「ミルの男に対する最終目標は?」 「普通の人には、握手できるくらい」 「何だそれ」 少し吹き出す。 「克也は?」 「まずはしっかりと精霊を使役できるようになることだ。あとは剣を振れるようにならないとな」 「もう、結構振れてる」 「もっともっとだ。もっと頑張らないと」 戦いに慣れること、強くなることが目標だ。 「それは克也がレーガインセツナ、だから?」 ミルが顔を上げ、訊いてくる。 けれど克也は首を横に振った。 「いいや、違う」 この気持ちは“零雅院刹那”だからじゃない。 己の意思で、想いで、感情で決めたこと。 子供っぽくたっていい。 だから彼女にだけは、こう宣言しよう。 「俺はイエラートの守護者――林克也だからだ」 そう言って克也は優しく笑った。