「へへ、すげぇ切れ味だろ?
ブレードウルフを何匹もぶち殺してきたおかげで、ここのモンスターが相手なら全部一撃だ。
安心して、掘ってていいからな」
「分かったから、刃をこっちに向けるなよ。
危ないだろ」
「おお、悪い悪い」
ビッグモスの守る森が第一のバトルフィールドであるなら、始まりの街の北西にある山岳地帯にぽかりと口を開ける漆黒の洞穴――未だ攻略途中の地下ダンジョンは、第二のバトルフィールドだと云えるだろう。
だが、このダンジョンは、単なるバトルフィールドではない。
鶴嘴(つるはし)や鍬(くわ)、スコップなどの道具を駆使することで、鉄鉱石や石炭といった鉱物系アイテムを取得できる鉱山でもあるのだ。
いや、現時点で得られるモンスターからのドロップアイテムに旨味が感じられない以上、ここを訪れるプレイヤーの過半は採掘が目的となっている。
ジャイアントバットの襲撃に対応しやすい壁際の奥まった位置に陣取り、武器の自慢を続ける男を横目に下の階を目指す充もまた、その鉱物が目的だった。
(ブレードウルフのブレードを使った刀か。アイテム採取も随分馴染んで来た感じだな。
ただ、アレは脆いからな。ちゃんと予備を持ってきてるならいいんだけど。
まあ、ジャイアントバットなら硬さはないし、俺が底まで心配しなくても大丈夫といえば大丈夫か。
相手から近付いてくるから、下手に長い武器よりも使いやすいしな)
モンスターを倒して得られる通常のドロップアイテムとは別に、その死体が消え去るまでの時間で、更にアイテムをモンスターから採取できる。
ジャイアントクロウラーの吐き出す糸やストライクボアの肉や毛皮、ブレードウルフの武器であるブレードや牙などが、それだ。
口さがないものには、死体漁り(スカベンジャー)などと嫌悪されることもあるが、この行為によってプレイヤーが活用できるアイテムは爆発的に増えている。そして、釣り竿やレザーアーマーが生産されるようになり、更なるアイテムが作り出されていく。
また、スカベンジャーと揶揄されるモンスターの死体を解体する作業は、プレイヤー達に生き残るための精神的なタフさを与えるための絶好の機会でもあり、戦闘に不慣れなプレイヤーがパーティーを組んだ際に、まず初めに振られる役割となっている。
耕太の前で不様を晒した充にしてみれば、如何に残酷な仕打ちだと抗議されようと、スカベンジャーという行為を、戦闘職にとって最初の試練とすることは、至極有意義なものだと捉えてしまう。
だからこそ、刀の男が自慢する様を見て、充は表情を緩めていた。
(一度、近森のところに持っていって、強度を強くできるかどうか試してもらうか?
やろうと思えば、焼き入れも設定できるのが分かったって言ってたんだ。
それで脆さが取れて、粘りが増せば、本気で切れ味の良い刀として使えるだろうし……一度やっておくべきだろうな)
ブレードウルフのブレードは、アバラ骨が発達した部位であろうと推測されている。しかし、その材質は、あくまでも金属のそれであり、ウインドウに映せばウルタイトという名前が表示される代物。その反りといい、薄い切っ先といい、当に刀を作るために用意されたアイテムのように思えるのだが、充が懸念する通りに、衝撃に対して些か脆いという性質を持ってもいる。
そのため、使い捨ての数打ち物といった風に、硬いモンスターを相手にするプレイヤーからは、敬遠される風潮があった。
(ただ……問題は、武器の攻撃力が上がったことで油断しかねないってことか)
今も刀を見つめて格好をつけている男の姿に、緩んでいた頬を充は引き締める。
(どうしたって気が緩んでくるのは分かるが、それじゃ死んじまうんだ。
二十四時間気を張ってられるわけじゃないが、それでも戦闘が起こる場所で調子に乗るのは止めさせないとな。
注意しておくか……)
男の方に向かおうと充が歩みを止めた時、採掘を担当している青年が、男に顔を向けて口を開いた。
「お前なぁ……今日の護衛はお前だけなんだぞ。
この間みたいに、誰かがフォローしてくれるわけじゃないんだ。
そうやって浮かれてて失敗したらどうするんだ?
お前はもちろん危ないし、俺だってやばいことになりかねないんだぞ。
そこんところ、本当に分かってるのか?」
「わ、分かってるって、そりゃ……。
ただな、自分で手に入れたアイテムで、自分の武器をメイクしてもらったのがだな」
「だから、それが分かってないってことだろうが?
お前だって死にたくはないんだろ?」
「あ……う、悪い……」
「分かればいいんだよ、分かれば」
やや気まずい感じはあるが、それでも二人の間には納得しあった雰囲気が見て取れ、牧場襲撃時に充が経験したような不和が不幸を招くことはないように思われた。
(大丈夫そうだな……)
充は肩を竦めると、地下へと通じる道へと歩みを進めたのだった。
※ ※ ※
「おっ、久しぶりじゃないか。
仕事はうまくいったようだな?」
「ああ、恙無(つつがな)く終わったよ。
そっちこそ、調子はどうなんだ?
拠点を移してない以上、あまり掘りが進んでいるようにも思えないんだがな」
「まあな。何ヶ所かで試掘作業をしてみたんだが、ここと結果は変わらなくてな。鉄までは取れるが、それ以上のものはでてきてないまんまだ。
とはいっても、どこまで用意されてるのかは知らないが、地下三層程度で終わるとも思えないし、ボスモンスターも見つかってないんだ。まだまだ掘り進められるのは確かだろう。
だが、前みたいに壁の色が露骨に違うなんていうヒントが無い分は、ゆっくりとやるしかないだろうな」
夕子の部下としてSfS内での環境調査に当たっていた頃から、鉱物の探査を任されていた越路茂之(こしじ しげゆき)は、リアルで粘土を探して山を歩き回った経験と相俟って、今では採鉱系ギルドでも最大の大きさを持つ【ディガーズクラブ】のギルドマスターとして活躍している。
ディガーズクラブは、鉱山内で採掘小屋を築き、その小屋に篭もって掘り進めることで安全性を確保している。また、小屋の中には休憩するための設備が簡素ながら備え付けられており、鉱山に篭もりきる形にはなるが、掘るには最適な環境を手にしているといえた。
「そうか……。しばらくはこれまで通りに掘り進めるしかないか……」
「ああ。まあ一応、【探掘】のスキルレベルの上昇で鉱脈を発見しやすくなるんだ。
次の階層への入口が壁を突き崩すことで出てくるんだから、それもそのうち分かるようになってほしいもんだよなぁ……」
「何か、気になることでもあるのか?」
含みを持った茂之の言葉に疑問を感じ、充は尋ねた。
「いや、会長――酒田さんの所で、色々と話したことがあってな。
ブレイブレイドの草間さんって知ってるか?」
「ああ、顔だけは知ってる程度だがな」
酒田の経営する商店兼喫茶店で出合ったときのことを思い出し、充は頷いてみせる。
「あの人な、結構、色々考え込むタイプなんだが、その分、面白い説を唱えてくれるんだ。
当然、そういう人だから鉱山の現状について俺が話すと、色々と意見を言ってくれる。
そこで出た話なんだがな。地下二階への階段を見つけた時は、鶴嘴の一撃で壁が壊れて、地下三階への階段を見つけた時は、壁の色の違いは一緒だったが、それなりの分厚さを掘り進めなきゃ駄目だったろう?」
「ああ、そうだったな」
偶々、鉱山地下二階の探索の護衛として雇われていた充は、地下三階への入口発見の期待に沸き返りながらも、その壁の分厚さに愚痴を零していた現場に居合わせていた。
「それでだな、これは掘り方教えるためのトレーニングじゃないかっていう説を、草間さんが唱えたんだよ。いや、元々がゲームなんだから、チュートリアルは有って当然だろうし、俺も似たような印象は持ってる。
ただ、あの人は他の事柄と合わせて説明してくるから、結果的に単なるこじ付けで終わりかねない所もあるんだが……」
茂之は苦笑を浮かべて肩を竦め、言葉を続ける。
「まあ、その辺の俺の感想は、とりあえず置いておくとしてだ。
草間さん曰く、最初の声の言っていたことを考えれば、結局、俺達は生き抜いて勝ち残ることが要求されてる。だからこそ、単純な労働力の不足の補助として、従業員系のNPCは残されていると見るべきだってんだな、これが。
で、クローズドβじゃ、まだ実装されてなかった鉱山には、他のダンジョンと違って扉なんて分かり易い目印がない。それを知らしめるために壁の色が変えられてたり、壁の厚さが変わってるんじゃないかっていう風に、運営側の意図したものじゃないってことを主張してるわけだ。
まあ、俺としては、元々SfSの運営側が意図してた仕様じゃないかと思えるんだがな、やっぱり。ただ……元々の仕様だと、有利になるような部分が見事に削られてるからな……」
「確かにな……」
アイテム販売系NPCの撤去を始めとして、クローズドβで実装されていた機能が使用不可能になっていることを、自治会解散までの一ヶ月で検証していったことを指して言う茂之に、充は頷くしかない。
「その辺りのこと、草間さんも考えていないわけじゃないだろ。
意見は聞いてみたのか?」
「ああ、勿論だ。
ただな、そうだった場合には、いよいよ俺達に危険が迫っていることになるんじゃないかって言われたよ」
「どういうことだ?」
「いや、それがな……」
眉を寄せた充の問いに、茂之は声を潜めて答える。
「販売系のNPCが撤去された時は、結局、畑や牧畜、狩りなんかで凌げることが直ぐに分かっただろ?
逆に言うと、必要になるはずの物は、必ず用意されてるんじゃないかって言うわけだ。
つまり、鉱山で鉱物系のアイテムが採れるようにするってことは、その必要性がある。
それも壁の色を変えるなんて分かり易いヒントを与えなきゃいけないほど、それを必要とする事態がそこまで迫ってるんじゃないかって言うんだよ。
中々にアレな話だろ、有り得ないって言いたくなるようなな?」
「確かにな」
突拍子もないこじ付けと一笑にふしたい内容に、充は苦虫を噛み潰したかのように顔を顰めた。
SfSの世界を切り拓くほどに、草間の言う懸念が杞憂であるとは言い切れなく思えてくる。
SfSの世界へとプレイヤーを招いたであろうと声の言葉通りに、強くならなければ生き残れないのだということを実感できるからこそ、自分達に将来的に降りかかるであろう戦いを気にしないわけにはいかなくなってくるのだ。
そのような実情があるからこそ、茂之同様の言い知れぬ不安を感じた充が、否定する言葉を吐けるわけがない。
無言の圧迫が場を支配しようとした時、ディガーズクラブに所属するプレイヤーの一人が、その沈黙を打ち破る。
「越路さん、見つけた、見つけましたよ。
まだ掘ってはいないんですけど、多分、四階への入口があるらしい場所を見つけました!」
「……噂をしてると何とやらって奴か、これは?」
部下の倉上功治(くらかみ こうじ)の言葉に、困ったような表情で茂之が首を傾げて充を見やると、充もまた困惑の表情を浮かべていた。
「かもな……。おまけに、こういう流れでくるとなると……嫌な感じだ」
「ああ、嫌な感じだよ、まったく」
「越路さん?」
ただ一人きょとんとする功治を余所に、二人は思い溜息を吐いたのだった。