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No.39716の一覧
[0] 【WW2・時空犯罪・日本魔改造・蹂躙】名無しの火葬戦記【作者にネーミングセンスはない】[峯田太郎](2021/06/14 12:11)
[1] その一『ハル長官の憂鬱』[峯田太郎](2020/11/01 13:02)
[2] その二『ヒトラー総統の童心』[峯田太郎](2021/06/14 12:13)
[3] その三『アメリカの夢と悪夢』[峯田太郎](2021/06/14 12:17)
[4] その四『ポーランド戦線~義勇兵と解放軍と、毎日、最大の敵』[峯田太郎](2020/11/01 13:02)
[5] その五『チャーチル首相の偏屈』[峯田太郎](2020/11/01 13:01)
[6] その六『太陽の国から来た惨いヤツ』[峯田太郎](2021/06/14 12:11)
[7] その七『幻想の帝国』[峯田太郎](2021/06/14 12:17)
[8] その八『戦争の冬、ロシアの冬』[峯田太郎](2020/11/01 13:05)
[9] その九『雪と老嬢』[峯田太郎](2021/06/14 12:18)
[10] その十『ムッソリーニ統帥の愉悦』[峯田太郎](2021/06/14 12:17)
[11] その十一『カップ一杯の温もりを』[峯田太郎](2021/06/14 12:16)
[12] その十二『変わる大地』[峯田太郎](2021/06/14 12:14)
[13] その十三『天国に涙はない』[峯田太郎](2020/11/01 13:09)
[14] その十四『とある老教師の午後』[峯田太郎](2021/06/14 12:15)
[15] その十五『兵は詭道なり』[峯田太郎](2021/01/02 12:56)
[16] その十六『経度0度の激闘』[峯田太郎](2021/06/14 12:13)
[17] その十七『英雄の名』[峯田太郎](2021/06/14 12:15)
[18] その十八『千の千の千倍の‥‥』[峯田太郎](2021/06/14 12:14)
[19] その十九『上海の夜』[峯田太郎](2021/06/14 12:16)
[20] その二十『マンハッタン島の取り引き』[峯田太郎](2021/01/02 12:55)
[22] その二十一『終わりの夏、夏の終わり』[峯田太郎](2021/06/14 12:12)
[23] その二十二『また会う日まで』[峯田太郎](2021/06/14 12:12)
[25] その二十三『未知の昨日、既知の明日』[峯田太郎](2021/06/17 11:02)
[26] その二十四『いまなお棚引くや、故郷の旗よ』[峯田太郎](2021/06/17 11:02)
[27] その二十五『テキサス大攻勢』[峯田太郎](2021/06/17 11:03)
[28] 『番外、資料編』[峯田太郎](2021/06/14 12:19)
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[39716] その七『幻想の帝国』
Name: 峯田太郎◆cbba1d43 ID:8bf7f0f1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2021/06/14 12:17






            その七『幻想の帝国』




 インド。現在の帝位を主張する者たちがそう呼ぶ広大な亜大陸。
 この土地は未だに一つではない。
 かつて統一されたことはあるが、それはヨーロッパやチャイナでも同じ事だ。一つになったことがあるだけであり、それが常態であった訳ではない。

 英国の侵略を許した最大の理由はそこにある、とサシャ・ジャマダハールは考えていた。
 この名は本名ではなく偽名だ。サシャとは彼が昔飼っていた鳥の名であり、ジャマダハールとはインド武術カラリパヤットで使われる武器のことだ。
 偽名を使う事情がある。彼はボンベイに近い小都市で生まれ育った、裕福な武家(クシャトリア)の子弟であるが、一年余り前に家を出て武術の師の知人である独立運動家の元に身を寄せていた。無論のこと親兄弟との連絡を絶ったまま。
 家出の理由は、英国へ留学させられそうになったからだ。

 勉学が嫌だった訳ではない。現に家出してからも語学や歴史を中心に、いや家にいた頃よりも熱心に学んでいる。
 嫌だったのは行き先だ。サシャはいささか潔癖というか狭量な部分があり、学府としていかに優れていようと故郷を足蹴にしている大英帝国の大学で学ぶことに抵抗があったのだ。是々非々という言葉は彼も知っているが、納得できるかどうかはまた別の問題だ。
 そして彼の親族で英国に留学していたものが、皆そろって「中身が英国人」になって帰ってきたことで抵抗感は耐え難い嫌悪となって爆発したのだった。

 「先生、新聞を貰ってきました」

 器が大きいのか緩いのか、押し掛けられた独立運動家はサシャに自分を「先生」と呼ばせて助手のような立場で居候させていた。
 「先生」は独立運動家であるが、どちらかといえば穏やかな方法で独立を求める派閥に属していた。チャンドラ・ボースよりはガンジーの方に近い方法論だ。だがどちらとも親交があり、どちらからも一目置かれていた。

 「日本の新聞かね?」
 「はい。ヤマダ中尉から先生に宜しくと」

 「先生」が一目置かれている理由の一つが、日本とのコネクションだった。留学時代から「先生」にはかの国との接点があり有形無形の支援を得ることができたのだ。
 ヤマダ中尉は日本陸軍などが作り上げた独立運動支援組織の一員であり、インド独立派との連絡役である。


 ごく普通の新聞記事でも、見るべき所を見れば充分な情報源になり得る。
 例えば先月の 「第三帝国の総統が専用列車を廃止した」 という記事から、

 専用列車が存在する = ドイツ国内で特権階級化したナチス幹部が資源や資材を浪費していること
 専用列車を廃止した = ヒトラー総統を始めとする主流派が党内の綱紀粛正に乗り出したこと
 そしてその動機として鉄道を中心とする、ドイツの運送事情がかなり危険な状態にあることが解る。

 勝者は決して進歩しない。自己の改革に励む者は皆、己が弱者(敗者)であることを自覚している。ドイツ国民がポーランド戦役の大勝利に浮かれているこの時期にも、総統を始めとする第三帝国指導部は危機感に身心を焦がしながら職務に励んでいた。
 一言でいえば機関車も貨車も客車も足りていない、幾ら造っても輸入しても第三帝国の拡大と発展そして消耗に追い付かない。列車の運行を管理できる熟練した鉄道屋はもっと足りない。


 これに昨日の 「ワルシャワの孤児院に日本から砂糖など菓子の材料が贈られた」 という記事から解る

 首都ですら砂糖が不足している = 赤軍を追い出したもののポーランド国内の被害は大きいこと
 ドイツは知らん振り = 第三帝国、特に国防軍はポーランドの被害や市民感情を考える気がないこと
 日本が贈ったことが記事になる = 日本政府がポーランドに配慮する姿勢を打ち出していること 

 という事柄を合わせてみれば、ドイツにはこの冬に積極攻勢を仕掛ける気がないことが推測できる。


 ロシア地域で戦争ができるのは夏か冬だけだ。気候や地盤などの問題からロシアの大地は、春と秋に泥の海と化す。
 ドイツ軍が冬場に積極攻勢をかけるとして、成功すれば戦線を押し進めることになり、占領地域が増える。
 となれば当然面積あたりのドイツ軍兵員密度は下がる。人の密度が下がれば、それまで上手くやれていたことも難しくなる。

 兵站線の維持ひとつとっても、攻勢に出ればドイツ兵一人あたりの負担が急増することは間違いない。となれば増えた分の負担を地元民にも持って貰うのが当然であり、ポーランド人達はより一層戦争に関わるようになる訳だ。

 つまり、第三帝国が冬季攻勢に出ればドイツ軍を動かす為にポーランド人の協力が欠かせない状況になる。
 現地民が非協力的な状況で大攻勢など危険すぎる。ドイツ軍の手が足りなくなったポーランド国内で、ドイツを憎む地元民によって結成されたゲリラ部隊が跳梁跋扈する‥‥などという事態になれば戦争そのものに支障をきたす。

 第三帝国の指導層がまともな戦略眼を持つとすれば、冬季攻勢を行うためにまず下準備として、反独感情を和らげるべくポーランド人向けの宣撫工作に邁進するであろう。具体的に言うと孤児院へ菓子の材料を贈ったりとかの。

 以上の理由から、ポーランド人達への宣撫工作よりも自軍の物資充足を優先している現状ではドイツ軍がこの冬に大規模攻勢を行う可能性は低いものと思われる。


 戦争はその殆どが準備に費やされる。歴史的に見ても、実際に砲火を交える前にそれまで積み上げた準備の質と量によって勝負が決まっていた事例が9割以上を占めているのだ。

 ポーランドの戦いで、ドイツ国防軍はソヴィエト赤軍へ死者・行方不明者・投降兵・脱走兵を合計して140万弱に及ぶ被害を与え打ちのめしたが、自らも被害を受けている。
 ドイツ側の死傷及び行方不明者は9万足らずと15倍以上の損害比率となっている。だが、人的損失はともかく兵器と後方の消耗が激しかった。

 いかにドイツ軍が精強であるとはいえ弾丸より多い敵兵を倒せる訳もない。戦史に残る大戦果は戦史に残る膨大な武器弾薬を費やして達せられたのである。
 効率の点でも戦史に残る戦いであったが、そうでなければドイツ軍が勝てたかどうかは怪しいものだ。数は力なのだ。

 ドイツ軍が再び赤軍に勝つためには物資の蓄積と効率の良い組織運営が必要であり、となれば敵地に踏み込んで戦う愚は避けねばならない。冬場なら尚更だ。
 故にこの冬は、ドイツ側からは攻め込まない。春は泥将軍が退散するまで敵味方共に動けなくなるから次に独ソの戦いがあるとすれば来年の5月以降となるだろう。
 ポーランドの地で起きるとすれば、の話だが。


 大地が凍り付いている冬のうちにソヴィエト・ロシアは北方で戦争を起こし、勝利しなければならない。
 冬の内にフィンランドを屈服させないことには国が滅びる。少なくとも共産党政府はお終いだ。
 現時点でも、スターリンの首が繋がっている事が不思議な程にソヴィエト首脳部は失敗を重ねてしまったのだから。

 このまま夏になって、ドイツ軍が西と北から攻めてきたら防ぎきれる保証は何処にもない。
 なにしろロシアの心臓とも言うべき都市、レニングラードはちょっと気の利いた野戦重砲なら国境線越しに砲弾が届く位置にあるのだ。

 ロシアにとっては災難だがドイツにも日本にも、フィンランドに数個艦隊と数個軍団を送り込んで半年持たせる程度の国力はある。楽ではないが実行できる。レニングラードの制圧もしくは機能停止は、ソヴィエト・ロシア経済の心不全となるだろう。

 世界で一二を争う程の反共政策を掲げる日独両国がその気になれば、ソヴィエト政権の命運はあと一年しか持たない。その気にならない理由もない。
 あるとすれば米国の本格的な介入ぐらいだが、選挙が近づきつつある米国が積極的に介入するかどうかはかなり怪しい。
 日独にとってレニングラードを抑えることは不可能ではなく、そうなればロシアの物流は止まる。物流が止まれば人民は飢える。冬のロシアで人民が餓えたら起きるのは革命か、もっと質の悪い無政府状態化かのどちらかだ。

 故に赤軍は近いうちに、早ければ数日中にもフィンランドへ侵攻する。
 でなければ祖国防衛の目処が立たない。
 攻め込まれる側は抵抗を決意したようだが‥‥


 「先生、フィンランドはどれだけ粘れるでしょうか」
 「難しいね。結局は協定諸国から引き出せる支援の質と量次第かな」

 今は戦争したくないドイツや戦火が飛び火しては困る北欧諸国はこっそりと、スペイン・イタリア・トルコ・日本などの飛び火しにくい国はおおっぴらにフィンランドを支援している。
 早い話が赤軍は舐められているのだ。日独に連続で惨敗したのだから無理もない。
 イタリアの政界などでは「今ここでロシアを怒らせても大したことはない、囲んでつつき回していればそのうち自壊する」という楽観的な意見も出ているようだ。

 「支援ですか? 参戦ではなく?」
 「ドイツはしばらく攻勢に移りたくない。スペインは内乱で消耗し過ぎた。内乱に深入りしすぎたイタリアも同様。嫌がらせに義勇兵でも送るのが関の山だね。トルコやルーマニアは軍の近代化で大忙しさ、ロシアを刺激したくもないだろう」

 「日本の参戦は有り得ないのですか」
 「望み薄だねえ、彼らには本命がいることだし」

 チャイナ戦線は安定している。蒋介石率いる中国国民党(重慶政権)は野戦戦力を消耗しており、米国からの支援がなければ何もできない状態にあるからだ。
 その支援ルートは南京の国民政府や英仏植民地の独立派ゲリラによる妨害を耐えず受けており、途絶えがちであった。

 もっとも、上から下まで完全に腐敗しきっている重慶国民党勢力にいくら送ったところで、日本軍や南京国民政府軍への直接的な脅威にはならない。
 一例を挙げれば、重慶の国民党軍に供与された米国製戦闘機のうち実戦部隊に届いたものは一割にも満たない。残りは各派閥が隠匿するか転売している。主な転売先はロシアと南米諸国だ。

 現在の蒋介石派は、ただひたすらに米国からの支援を周囲にばらまくことのみを理由として延命している。
 傘下の軍閥群は米国から支援を引き出せる外交能力を持たないので、その能力だけは維持している蒋介石を御輿に担いでいるのだ。蒋介石派が出資者達から見限られたならば重慶国民党は瞬時に自壊するだろう。

 重慶国民党が抗戦のポーズを取っているから、日本軍はあと何年かはチャイナ地域から足抜けできない。陸軍が遙々重慶まで歩兵戦力を送り込んだとしても、蒋介石とその取り巻きは更に奥地へと逃れるだろう。
 彼らの本体は北米本土にあるからだ。重慶に陣取るものは銀幕に映し出された虚像に過ぎない。


 ただの匪賊や野盗の略奪行為であっても、蒋介石派が対日戦争を続行中であると主張する限りは、それを軍事行動であると内外に言い張れる。
 もしも日本と講和すれば、それら強盗団や強盗団と大して変わらない軍閥を国民党軍が平定しなくてはならないが、重慶の国民党軍にはそんな能力はない。

 と、言うより意思が欠片もない。チャイナ地域に蠢く無数の軍閥のうち、蒋介石ら一部の者たち以外は何が問題なのか理解すらしていない。
 理解しているのは軍閥を脱して近代軍へ生まれ変わろうとしている者たち(汪兆銘派)と、生まれ変わりに失敗した者たち(蒋介石派残党)のみである。

 そして蒋介石ら理解している側は他の軍閥に理解させたくない。豚に食肉市場の仕組みを教える養豚業者がいないのと同じ理由だ。
 元より蒋介石派と重慶国民党は=で結ばれる存在ではなく、直接の手駒以外との信頼は欠片もない。軍閥とは連帯の可能性が皆無な武装集団が寄り集まっている、という摩訶不思議な存在なのだ。



 「先生」の分析によれば、長引いた場合この状態があと5年ほど続く可能性がある。逆に言えば長くとも5年で終わる。
 日本軍の全面的な支援を受け編制されている南京国民政府軍(汪兆銘派)は、これまでチャイナの地に存在しなかった本物の軍隊となりつつある。南京の国民政府軍が自力で自国を守れるようになったその時こそ、日本が日支事変の終結を宣言する時だ。

 つまるところ、チャイナ戦線は日本にとって終わりが見えた場所なのだ。本命ではない。
 シベリア鉄道とウラジオストックの再建が完了しない限り、対ロシア戦線も本命ではあるまい。
 となれば日本の標的は大英帝国かあるいは‥‥

 「日米は戦争になりますか」
 「なるよ。当事者双方が戦争を望んでいるんだ、ならない訳がない」

 読みかけの新聞を畳んで、「先生」は顔を上げた。サシャを向かいの椅子に座らせる。
 どうやら長い話になりそうだが、この生徒にとっては望むところだ。

 「合衆国が日本との戦争を望むのは解ります。もはやあの国は戦争でも起こさない限り崩れ落ちてしまうでしょうから。しかし、今の日本に合衆国と戦争する理由があるのですか?」

 本来、日本帝国が欲しているのは資源と市場、そして運転資金だ。
 数々の技術革新と組織改革を成し遂げた今の日本は一次生産物の輸出で食っていける程の資源大国である。原油一つ取ってもマンチュリアや南樺太の油田だけで有り余るほど産出している。
 台湾沖でも新たな油田とガス田が発見され、試掘が始まった。
 爆発的経済成長によって資金も潤沢だ。愛国心と将来への希望で胸を膨らませた国民や自国企業が、いくらでも国債を買ってくれる。

 残る市場も、欧州列強が力一杯の殴り合いを行っている今なら売り放題である。
 5年や10年では日本の優位は動かないだろうし、やりようによっては20年や30年は売り続けることもできるだろう。その日本が好き好んで戦争を始める理由があるだろうか。

 「改革に成功したからこそ、戦争を始めなくてはいけないのだよ」
 「は?」
 「彼らはね、色々と無茶をやって日本を造り替えたんだ。平時なら30年はかけて起きるべき変化をこの数年で起こさせてしまった」

 確かにその通りだ。数年前、1935年の夏に日本の軍部と政界で大変動が起きてから四年余りで日本はすっかり変わってしまった。遡れば更に数年前、1932年から続く動乱がその胎動であった‥‥というのは些か不適切な表現であろうが。

 半年前、十数年ぶりに東京を訪れた「先生」は変わり果てた街で迷子になり、荷物持ちとして同行したサシャに道案内される目にあった。なまじ以前の知識があったがために地図を読み間違えてしまったのである。
 傾いていた国家財政を建て直すどころか超高層建造物に変え、経済の神(の化身)とまで呼ばれ死後は神社が建つこと確実な高橋是清蔵相が進めている帝都改造はそれ程までに大がかりなのだ。

 「無茶をやり通したのは合衆国と戦える日本を造るためさ。日本をアメリカに勝てる国にする、を合い言葉に耐えがたきを耐え忍びがたきを忍んで彼らは改革を成し遂げたんだ」

 誰もが不可能と見る程の高い目標を掲げ、無理に無理を重ねて達成する。ここ数年の勢いと規模こそ異常だが、日本の方向性そのものは殆ど変わっていない。
 必要ではあったのだろうが、日本の改革は急すぎた。余りにも急ぎすぎたが故にその反動もまた大きい。

「それを今更やりませんなんて言い出しても納得できやしない。
 納得させようとしたら内乱が起きる。そして日本人は国家総出の内乱を起こすぐらいなら他国との総力戦を始めてしまう民族なんだ」

 サシャは呆れかえった。総力戦というものは気分で起こすものではあるまい。いや起こされては困る。

 「納得できない者を納得させるのが政治家の仕事でしょう」
 「無理だよ。日本にも冷静な政治家がいない訳ではないが、日本における政治家とは突き詰めてしまえば利益誘導者にすぎない。あの国では御輿の前で担ぎ手を煽る者が政治家なんだ。政治家は御輿の上にも後ろにもいられない」

 日本人にとって政治とは理論でも理念でも理想でもない。どこまでも現実であり即物的かつ現世利益的なものである ‥‥と「先生」は断言した。

 つまるところ日本では、代議士の仕事とは後援者達に利益をもたらすことである。それ以外求められていない。
 票田そのものあるいは一票一票に影響力を持つ選挙区の住人達や集団を代表し、それらに利益を与えてやれない者は政治家になれない。猿は樹から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちれば只の人だ。

 故に日本の政界は無定見極まりなき腐敗した金権政治屋、実現する価値のない綺麗事を喚き立てるキ印の活動家、敵国からの利益供与で生き長らえる真性の売国奴。この三種類の代議士により席巻されるさだめにある。
 好景気が続く限り最初の層が大衆に支持されることと合わせて当然の帰結であった。そして信念なき金権政治屋は大衆に迎合し、その怒りを更に煽り立てることもまた当然。


 「日本の民は、大麻で酔っぱらった群衆も同然だと?」
 「近いね。戦争とは一種の祭りだ。たとえ無茶だと解っていても国民が、御輿を担いで騒ぎたい者たちがどうしても祭りをやりたいと言うなら音頭取りは従うしかないのだよ」

 戦争は利益になる。少なくとも日本人の大多数は戦争が国民の利益になると考えている。彼らは先の欧州大戦において当事者ではなかったが故に。

 現にチャイナでの戦争を利用して日本は社会構造を改変したのだ。
 全ての事情は「戦時だから」という大義名分の元に処断された。因習も恩讐も、根刮ぎに始末された。
 過去に拘るものは非国民と罵られ、実際に反社会的あるいは売国そのものな行為を行っていた者たちは糾弾され検挙され処罰された。

 結果として都市は工業化され、失業者は政権交代前と比べ二十分の一にまで減り、餓死者や身売りする子供らの消えた農村は赤化から遠のき、学校と病院が次々と建てられ、婦人の社会進出が進んだ。
 国民所得は毎年三割以上増え、正価の国外流出が止まり、平均寿命が十年以上延びた。
 日支事変において、日本国内の日本人に限って言うならば、損をした者よりも得をした者の方が遙かに多い。

 故に日本国民は戦争を求める。更なる戦争と更なる勝利と、更なる正当な配当を求める。
 困ったことに、改革の成功は日本の国力を爆発的に押し上げてしまった。今や彼らにとって合衆国は「絶対に勝てない相手」ではない。主観的に、勝負が成立し得る程度にまで実力差が縮んでいる。
 

 「‥‥なんとも羨ましい限りですね。正に民主主義」
 「良くも悪くも日本は民意で動く国なのだよ。日露戦争のときもそうだった」

 そう老人は懐かしげに呟いた。何十年も前の、日本で過ごした日々を思い出しているのだろう。
 しかし、果たしてあの国に勝ち目はあるのだろうか。

 「始める理由は解りました。問題は終わり方です、彼らはどんな結末を望んで新たな戦争を始めようとしているのでしょうか」

 サシャは特に日本びいきではなかったが、他国人の不幸を望むほど歪んだ心根は持っていない。
 あの新旧東西の文物が入り交じった混沌としながらも清潔な都市が焼かれ、戦時でありながら明るく活力に溢れていた人々が傷つく姿など見たくない。

 まあ、日本帝国が続行している戦争の当事者である人々から見れば別の意見もあるだろうが。特に連合国側には。
 サシャにしても、もしバッキンガム宮殿がドイツ軍に爆撃されたなら肥満体の国家元帥やもっと太った空軍大将に声援ぐらいは送ってやるだろう。

 「さて、私は預言者ではないから結果については分からないが、もし日本が勝つとしたらその時には合衆国の幻想(ファンタジー)を破壊しているだろうね。いや、むしろ幻想(イメージ)を破壊することによって勝利するつもりなのかもしれない」
 「印象(イメージ)を破壊して、戦争に勝てるものでしょうか?」

 サシャの問いかけに「先生」はにやりと笑い、固めた拳を目の前に掲げてみせる。彼もカラリパヤットの心得がある。日本の武道でいえば帯が黒くならない程度の腕ではあるが、全くの素人ではない。

 「勝てるさ。戦争とはとどのつまり国家と国家の喧嘩だ。喧嘩で一番大事なのは」
 「気組み、つまりは継戦意思です」

 断言するサシャに「先生」は頷いた。

 「そう言うことだ。清帝国は『我こそは中原を制す覇者であり文明の中核、東夷の軍勢など鎧袖一触』という自らの幻想を破壊されて戦争を続けられなくなった。
 ロシア帝国は『ロシアは広大な領土と無数の民を統べる強大無比の大帝国』という幻想を日本が仕掛けた独立運動に破壊され交渉の席に着かざるを得なかった。
 日本はこれまで国運を賭けた戦いにおいて、勝った場合はことごとく相手の幻想を破壊しているが負けた場合は幻想の破壊に失敗しているからね」

 はて? と弟子は首を傾げ質問する。

 「明治新政府発足から今まで、日本は戦争で負けていない筈ですが」
 「シベリア出兵はどう見ても日本の負けだよ。戦略目標を達成できず、利益も出なかった。あれで日本の屋台骨はかなり傾いたよ」
 「‥‥確かに、共産主義という幻想は未だに破壊されていませんね」

 理想主義的な若人の例に漏れず、サシャも共産主義あるいは社会主義思想に心惹かれたこともあった。
 だが、その憧れは「先生」の 『悪辣な資本家の暴威から人民を守るため、国家が資本を管理するのが共産主義である。しかし国家が一元的に資本を管理すればそれは国家自身が最悪の資本家と化してしまう危険があり、しかも現在の社会制度にはそれを防ぐ仕組みがない』 という論理で粉砕されてしまった。
 この言葉を聞いてサシャは家出を決意した。腹黒似非紳士の巣窟に乗り込まなくても学問ができる確信を得たのだ。

 「成長著しいとはいえ、日本の国力は未だ合衆国に及ばない。力で勝てないなら心をへし折るしかないだろう。問題は何を折ろうとしているのか、だが」
 「合衆国を合衆国たらしめている幻想(イメージ)ですか。いっぱいありそうですね」
 「そうだね、数的にも質的にも量的にも日清日露の戦いとは比べものにならない相手だ。なにせ文字通り全世界を相手に回して勝てる古今東西に類を見ない国家だからね、合衆国は」

 僅か一週間ほどだが、サシャは「先生」と共に米国西海岸の諸都市を巡り歩いたことがある。数日間とはいえ、その経験だけでもアメリカ合衆国という国家が異質で巨大な存在である事を察するには充分だった。


 「しかしですよ、日本はこれまで敵の幻想(ファンタジー)を破壊して勝ってきたとすれば、負けたときには彼らの幻想(イメージ)が、日本を日本たらしめているものが破壊されてしまうのではありませんか。一度の敗北で受けるにはあまりに大きな損害ではないでしょうか」

 何を言っておるのかね と「先生」は呑み込みの悪い弟子をたしなめる。

 「彼らにとって真の敗北、本当の意味での幻想(ファンタジー)の破壊は内乱の発生なのだよ。食い詰めた旧軍閥関係者が自棄を起こして始めた地方反乱などではなく、正義の具現であるはずの帝国正規軍が相撃つ泥沼の大乱こそが真の敗北なのだ。
 それに比べれば対外的な戦争の勝ち負けなど些末な事さ」

 頑是無い幼子は蛇に怖じない。揺り籠に入り込んだ毒蛇を捻り殺したという古代英雄の逸話は、実際に起きた事であるのならば乳児が蛇を脅威ではなく玩具とみなした故であったのだろう。

 恐怖は実感できるからこそ効果を持つ。首相襲撃から連続したテロ行為に暗殺事件そして武力衝突。あわやの所で回避された内戦に日本人たちは恐怖した。
 恐れのあまりに外に敵を求めた。解りやすい外敵が必要だった。日本人が外圧なくして変化を受け入れるわけがない。
 幸か不幸か当時の日本帝国には、強大無比であるうえに不倶戴天の旧敵共と手を組みつつある仮想敵が実在した。


 「つまり、日本人にとっては合衆国との戦争がどう転ぼうとも敗北ではない‥‥と?」
 「そう。千代に八千代に細石の巌となりて苔のむすまで続く日本国。それこそが日本人達の究極の(ファイナル)幻想(ファンタジー)なのだよ」

 日本神話に天地開闢はあれど、世界の終末を語る部分はない。高天原にはギガントマキア(巨神大戦)もラグナロック(神々の黄昏)もない。「世も末」などの言葉も元はインド哲学の流れを汲む思想であり、日本神話とは無関係である。

 神話とは民族の記憶である。古代の人々が捉えていた世界観の伝承なのだ。即ち日本人の心理に終末論は本来存在せず現在あるように見えるそれは新参の概念である。鉢植え的なものであり土壌に根差した思想ではない。

 日本人の大多数は、世界に終わりなどないと信じている。否、明日も明後日も必ずやって来ることを疑っていない。10万年後も20万年後も、人の世が続くという幻想の中に生きている。
 この幻想が壊されない限り彼らは負けたことにならないのだ。

 「まあ、彼らの精神世界では、だがね」

 と、言って話を締めた老人は温くなった茶を美味そうに啜った。



 老人は賢者であったが、本人の言うとおり預言者ではなかった。
 彼の予想通り間もなく日米間に戦争が起きた。しかしその戦いが終わったときに、合衆国は幻想だけではなく実体をも破壊されていたのである。




続く。



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