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No.39716の一覧
[0] 【WW2・時空犯罪・日本魔改造・蹂躙】名無しの火葬戦記【作者にネーミングセンスはない】[峯田太郎](2021/06/14 12:11)
[1] その一『ハル長官の憂鬱』[峯田太郎](2020/11/01 13:02)
[2] その二『ヒトラー総統の童心』[峯田太郎](2021/06/14 12:13)
[3] その三『アメリカの夢と悪夢』[峯田太郎](2021/06/14 12:17)
[4] その四『ポーランド戦線~義勇兵と解放軍と、毎日、最大の敵』[峯田太郎](2020/11/01 13:02)
[5] その五『チャーチル首相の偏屈』[峯田太郎](2020/11/01 13:01)
[6] その六『太陽の国から来た惨いヤツ』[峯田太郎](2021/06/14 12:11)
[7] その七『幻想の帝国』[峯田太郎](2021/06/14 12:17)
[8] その八『戦争の冬、ロシアの冬』[峯田太郎](2020/11/01 13:05)
[9] その九『雪と老嬢』[峯田太郎](2021/06/14 12:18)
[10] その十『ムッソリーニ統帥の愉悦』[峯田太郎](2021/06/14 12:17)
[11] その十一『カップ一杯の温もりを』[峯田太郎](2021/06/14 12:16)
[12] その十二『変わる大地』[峯田太郎](2021/06/14 12:14)
[13] その十三『天国に涙はない』[峯田太郎](2020/11/01 13:09)
[14] その十四『とある老教師の午後』[峯田太郎](2021/06/14 12:15)
[15] その十五『兵は詭道なり』[峯田太郎](2021/01/02 12:56)
[16] その十六『経度0度の激闘』[峯田太郎](2021/06/14 12:13)
[17] その十七『英雄の名』[峯田太郎](2021/06/14 12:15)
[18] その十八『千の千の千倍の‥‥』[峯田太郎](2021/06/14 12:14)
[19] その十九『上海の夜』[峯田太郎](2021/06/14 12:16)
[20] その二十『マンハッタン島の取り引き』[峯田太郎](2021/01/02 12:55)
[22] その二十一『終わりの夏、夏の終わり』[峯田太郎](2021/06/14 12:12)
[23] その二十二『また会う日まで』[峯田太郎](2021/06/14 12:12)
[25] その二十三『未知の昨日、既知の明日』[峯田太郎](2021/06/17 11:02)
[26] その二十四『いまなお棚引くや、故郷の旗よ』[峯田太郎](2021/06/17 11:02)
[27] その二十五『テキサス大攻勢』[峯田太郎](2021/06/17 11:03)
[28] 『番外、資料編』[峯田太郎](2021/06/14 12:19)
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[39716] その十一『カップ一杯の温もりを』
Name: 峯田太郎◆cbba1d43 ID:8bf7f0f1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2021/06/14 12:16






               その十一『カップ一杯の温もりを』




  【1940年6月4日、フィンランド ヘルシンキ市郊外】



 陽光降り注ぐ田園の農道脇で、一台のトラックが停まっていた。
 日本製の統制型2トン積みトラック。外見は貧相で馬力は貧弱だが、量産性と整備性と故障知らずの頑丈さが取り得な機械だ。
 見た目はともかく戦場では頼りになる良い機械である。車体がとことん軽いので屈強な若者が5人もいれば溝にタイヤを落とした程度なら直ぐに復帰できるのも取り得の一つだ。
 軽量化のために本来は骸骨のようながらんどうの姿をしているのだが、現地で改修されたこの車輌はブリキ板や幌で車体と荷台を被われていて、多少はマシな外見になっていた。

 前線からの帰還者だろうか兵隊らしき若い男女が数人、トラックの周りにたむろしている。うち三人ほどはジャッキで車体を持ち上げ、タイヤの交換作業を行っていた。
 彼らの乗ったトラックは何か尖った物を踏んだらしくパンクしてしまったのだ。強化繊維入りの日本製タイヤは比較的パンクしにくいのだが、やはり限界はある。


 トラックのまわりにいる若者達の一人は、修理に参加せず見物もしていなかった。私物らしきライフル銃を担いだその若い男は停車したトラックの横で携帯コンロに火を入れ湯を沸かしている。
 コンロは墜落した敵軍飛行機の外板を男が加工して作った物で、燃料のパラフィン塊は支給品の余りだ。

 蓮華草の季節はとうに終わっている。
 道ばたや空き地で咲き乱れる見慣れた草花の中に、見慣れぬ花も幾つか混じっていた。あれもトラックや、彼が担いでいる有坂ライフルと同じく極東の島国から来たものに違いあるまい。

 あの花々もトラックや愛銃と同じく好ましいものだと良いのだがと思いつつ、男は傍らの背嚢から樹脂を染み込ませた紙コップのような容器を取りだした。同じく紙製の蓋を外し、紙と金属箔を樹脂で挟んだ中蓋を取り、湧いたお湯を中身に注ぐ。
 あとは蓋をして3分待てば熱々スープ料理のできあがり。

 この携帯食品は、支援物資の一つとして義勇兵と共に北極圏を挟んだお隣から送られてきたものだ。手軽でそこそこ腹に溜まりまずまず食える味の軍用糧食として北欧一帯に広まりつつある。その気になれば湯が無くても食える点もありがたい。
 同時に提供された食料の中には、妙に脂気が抜けた肉缶詰・やたら水分の少ない軍用ビスケット・種抜きの塩漬け杏・豆と海草ゼリーを砂糖で煮詰めた甘味棒・木材チップより硬い燻製魚肉など北欧の食習慣から見ると首を傾げたくなる物も多かったが、何分にもユーラシア大陸の反対側から送られてきた代物である。変なのはお互い様だ。
 臆面もなく「我らこそ世界の中心であり標準。お前らは黙って従え!」などと主張できる夜郎自大さなど持たないフィンランド人たちは大して気にしていなかった。


 飯時とは微妙にずれているのだが、小腹を空かしているのか男の傍に寄ってくる者もいる。

 「鶏ガラソイソース味しかないぞ」

 しかし、男が同じ味の即席ヌードルが詰まった背嚢の口を開けて見せると、寄ってきた連中は苦笑して離れていく。この味はこの国の民の大部分にとって馴染みがなく、辛口カレー味に次いで人気がないのだ。
 故に軍の補給所でも余り気味であり、故郷に帰る兵達は望めば持てるだけ持っていくことができた。
 ちなみに一番人気は海鮮塩コーン味である。人気が高い味のものから順番に消えていくので、運かコネがないとお土産にはできない。
 男は「これはこれで美味いと思うんだがな」と呟きつつ、木製のフォークを取りだしてヌードルを軽くかき混ぜすくい上げる。

 冬場はバターや粉チーズなどの追加熱量食品を入れて食べていた即席麺も、夏の今は湯だけ入れて食べた方が美味い。
 味覚や必要カロリーの面だけでなく温度を保つという意味でも、冬場に即席食品へバターを入れることは正解だ。
 極地近くの冬は漫画のような現象が起きる程に寒い。冗談抜きで、魔法瓶からカップに注いだばかりの紅茶がみるみるうちに凍り付いていくことすらある。しかしたっぷりと油脂をいれておけば保温性が良くなり、即席糧食が冷える前に食べきることができる。
 

 男が軽食後のココアを飲み終わる頃に修理は終わり、トラックは男女を乗せてまた走り始めた。


 北国の夏は短いが暑くて熱い。一日当たりの昼間が長いのだ。
 短い月日に降り注ぐ陽光は海と大地を温め、草木は精一杯の勢いで生え繁り、森ではヤブ蚊が大発生する。
 祖国防衛のためにばらまいた地雷の撤去が進んでいないこともあり、夏の森へ入ろうとするものは少ない。もう何ヶ月かすれば地雷の自壊装置が働き、信管が腐って無害化する筈なのだが所詮は工業製品。必ず外れのロットが存在する。信管が生きたままの不良品が千に一つでも万に一つでも危険なことに変わりはない。

 彼らが愛する祖国の森は、戦場となったカレリアなど南部地域ではことごとく地雷や罠で埋め尽くされている。
 もっとも、それらの大半は模擬爆弾や偽物とすら呼びがたい虚仮威しのガラクタだ。彼らが森や野原にばらまいた地雷のような物体の多くは、空き缶詰や燃料缶にそれらしく細工しただけのしろものなのだ。
 ただし、全てが偽物ではない。中には本物が混じっていることもある。偽物の下に本物を埋めたり、偽物を掘り出すと鋼線が引っぱられて隣の本物に付いた信管が作動するよう仕掛けられたものもある。

 そして何処に何が埋められたか、仕掛けられたのかはもう誰にも解らない。
 罠の多くは戦争直前や最中に突貫で仕掛けたものなので設置状況の記録は、一応はしてあるが完璧には程遠い。
 記録があっても戦闘中になくしたり取り違えられている可能性が高い。
 人間の記憶ほど頼りにならないものはなく、また仕掛けた本人が戦死してしまっている場合もある。
 赤軍側も遊んでいる訳ではなく、掘り出した地雷を再設置したりもしている。

 結局、危険物が無いと分かり切っている場所だけを通るのが一番安全ということになる。無いと確認するためには地面や森を遠くから棒で突っついたり機関銃弾を撃ち込んだり特殊な耕耘機で耕したりする必要があった。
 現に地雷の信管が腐るまで待っていられない箇所ではそうやって安全区域を切り開いている。


 地雷(本物の方)の提供者である日本軍もとい義勇部隊は、改造戦車などの地雷処理用の車輌や機器を置いていってくれたが数が足りない。
 現地やスウェーデンの工場で危険作業用へ改造するはずだった日本製軽戦車の殆どは、フィンランド政府の決定で防共協定諸国へ引き渡されてしまった。
 惜しい気はするがやむを得ない。協定諸国軍‥‥特に主力であるドイツ国防軍が敗れ東欧中欧が赤く染ったとき、北欧地域だけが無事に済む訳がない。

 タイプ95もタイプ98も良い戦車だった。特にタイプ98は火力と装甲で赤軍軽戦車と比べ優位であり、機動力もBT系以外なら優っていた。
 何よりもどの戦車も信頼性が高く、扱いやすく手入れが簡単で雪の中でもよく動いた。
 良い戦車だからこそアカとの戦争が終わったところに留まるよりは、これから戦争になりそうなところへ送られるべきなのだ。この世に前線での実戦よりも危険な作業など殆ど存在しないのだから。


 森と湖沼の大地に延々と続いていた砲声は、今はない。
 何万もの死者が出た。負傷者はそれ以上だ。物資でも資金面でも損耗が激しく、設備や建築物にも大きな被害が出た。
 恥知らずなアカの外相が嘯いた「パン籠」により都市という都市に火の手が上がり、一時は首都ヘルシンキの手前まで共産主義者の軍隊が迫った。
 だが、人々の顔は明るい。彼らの故郷は守られたからだ。


 先月末、5月30日をもって「冬戦争」は、開始から約半年でソヴィエト・ロシアとフィンランドの戦争は終結した。
 蘇フィン両国の国境線は数キロメートル北上し、非武装地帯が設定され双方の軍は新たな国境線から5キロメートル以内には近づかないことが講和条約に明記された。
 確かに僅かとはいえ領土は削られ、雀の涙の賠償金も支払わされた。だが実質的にはフィンランド側の勝利と言って良い。彼らは祖国の防衛に成功したのだから。

 一方ソヴィエト・ロシアはと言えば、致命傷だけは避けられたといったところか。瓦礫の山となったがレニングラードの占領は防げたし、外交上最低限の体裁を守って戦争を終えることが出来たからだ。北欧では。

 東欧では睨み合いが続いただけだった。ドイツ第三帝国軍が隙を見せれば、クレムリンはその背中を蹴り付ける気満々だったが結局好機は訪れなかった。むしろ予想以上に粘るフィンランド軍に手を焼いた赤軍の方が、隙を見せないように苦労する羽目になった。

 極東では小競り合いから武力衝突に、武力衝突から紛争になり、再度ウラジオストックが日本軍の爆撃と艦砲射撃を受け、こちらの戦いは痛み分けで終わった。
 ソヴィエト極東軍の被害は大きい。しかし日本軍も戦艦陸奥が浮遊機雷に接触し中破、空母雲竜が同じく浮遊機雷により大破。巡洋艦鈴谷と駆逐艦三隻が赤軍潜水艦部隊との戦闘で沈没するなど無傷では済まなかった。
 実際の話、開戦以来日本海軍が受けた艦艇の被害は合衆国陸海軍によるものよりもソヴィエト赤軍によるものの方が多い。今大戦で菊の紋章が付いた軍艦が沈んだのは日本海のみであって、太平洋ではまだ一隻も沈んでいない。

 赤軍太平洋艦隊の戦法は、「大量の時限自爆装置付きの浮遊機雷を戦闘海域にばらまく」とか「保有する全潜水艦を一度に出撃させる」といった、海軍の常識を作戦室の窓から投げ捨てたような代物だった。
 それだけに効果はあった。奇襲とは、行う側から見ても意表を突いているからこそ奇襲なのだ。
 赤軍側の戦法は自軍の海軍戦力が敵と比べて大きく劣ってるからこそできる策だった。早い話、ソヴィエト太平洋艦隊には連合艦隊とまともに殴り合える水上戦力がなく、長時間維持できる潜水艦根拠地もないが故にそうせざるを得なかったのだ。

 そして、赤軍の気迫と運と日本軍の油断によって奇襲は成功した。引き替えに赤軍太平洋艦隊は壊滅したが、一矢報いた。
 偶然の要素があったとしても、図に当たれば、そして一度成功したからといって考えなしに繰り返したりしなければ奇襲作戦は有効なのだ。運が悪かったり二匹目三匹目の泥鰌を狙い続けたりすると目も当てられないことになるが。

 停止命令が届かず進軍を続けていた満州国軍の某連隊が関東軍の航空隊により誤爆され連隊長以下百名を超える死者を出し、指揮系統が崩壊した状態で赤軍の逆襲を受け壊滅。その場を逃げ延びた少数の者達も程なく包囲され降伏するなど、完全試合に近かったノモンハンと違い陸でも日本側の失態が目立った戦いだった。

 結局極東の戦いでは国境線は一ミリも動かず、賠償金もなく、日蘇双方が「遺憾の意」を示して終わりである。
 ウラジオストックの復旧が更に遅れ、シベリア経由でのアメリカ合衆国からの援助が当分の間不可能になった事を考えれば、ソヴィエト・ロシアが損してドイツが得した事になるだろう。
 


 西欧では、誰にとっても想定外の早さで連合国軍は敗退した。
 仕掛けたドイツ側を含め、誰もが驚愕しあるいは懐疑する速度で事態は進展し、終局した。

 5月2日、第三帝国は『黄』作戦を発動、西部方面で全面攻勢を仕掛けた。
 対する連合国側はひとまず防戦に務め、攻勢のどこが本命なのかを見極めようとした。

 オランダ・ベルギー両国軍とそこに配置された英仏の部隊は、ドイツ軍が短時間のうちに大兵力を集結してオランダ・ベルギーの低地地帯を貫通する「シュリーフェン計画」を狙っていると主張し英仏本軍の後詰めを求めた。
 諜報活動の結果、ドイツ軍の狙いは要塞線が途切れるアルデンヌの森を突破して連合軍の側背を狙う「マンシュタイン計画」であると確信した英国軍とフランス陸軍の一部はフランス北東部での機動防御戦を主張。
 対立する両者をバリの総司令部は抑えきれず、フランス陸軍の主力はカレー付近に留まり様子見に移った。


 結論から言えば、ドイツ軍の本命は文字通りの全面であった。

 低地地帯ではエバンエマール要塞が攻撃開始から一時間余りで無力化し、装備・錬度・士気・戦術全てで圧倒的に優るドイツ陸軍は圧倒的に進撃を続けた。兵員の総数では優っていた連合軍は空と海からの攻撃で分断され、数の面でも劣勢のまま各個に戦わなくてはならなかった。
 連日の空中戦により連合国側の航空戦力は壊滅状態。4月半ばの海戦で戦艦5隻が沈み、加えて5月1日に空母フューリアスとイーグルがUボートの雷撃で沈められ開戦以来の主力艦喪失が二桁に達した英国海軍の動きは消極的で、勢いに乗るドイツ海軍の動きを止めることはできなかった。

 なお、ドイツ軍全面攻勢に応じて出撃したフランス海軍の戦艦ダンケルクとブルゴーニュはドイツ空軍の誇る急降下爆撃隊に袋叩きにされ、北海に沈んだ。この二隻は「航行中に航空機の攻撃だけで沈んだ初めての戦艦」として記録に残った。


 アルデンヌの森を突破したドイツ軍機甲部隊はフランス北東部に侵入、待ち構えていた英仏軍と機動戦に入る。
 しかし制空権が無く、なによりも指揮系統の効率と錬度と耐久性で決定的な劣位にある英仏軍は次々と各個撃破されていった。戦争機械としての組織力が違いすぎるのだ。
 偵察機や側車つき自動二輪までが無線機を搭載し、後方の司令部がリアルタイムで全軍の戦況を把握し的確に指示できるドイツ軍と、総司令官が伝書鳩で指令を(文字通り)飛ばしていたフランス軍では、勝負になる訳もなかった。
 後世の感覚では信じがたい事実だが、40年5月時点でフランス陸軍は無線機を正式採用していない。その通信手段は電信と伝令が主であった。

 英国の大陸派遣軍は情報収集と分析と意思決定能力でフランス陸軍よりは優っている。しかしドイツ軍の機動力に付いていけない点ではかわりなく勝負に負け続けた。
 元より大英帝国は海軍国であり、英国陸軍は決して弱くないが最強には程遠い。世界ランカーではあっても、史上最強を謳われるチャンピオンから王座を奪える実力はないのだ。

 ドゴール少将率いる精鋭部隊が二度に渡りドイツ側機甲師団を撃破するなど一部の部隊は奮戦していたが大勢は変わらず、負け戦に付き合いきれなくなった英国軍のある部隊が勝手に後退し始めたことを切っ掛けに、連合軍側は総崩れとなった。


 それよりも少し前、連合国軍の注意が北に集まったのを確認したドイツ南方軍はアルザス・ロレーヌ地域に猛攻をかけた。
 この日のために充足した鉄量を、爆撃機・爆撃飛行船の爆撃と野戦重砲・列車砲・自走臼砲の砲撃をこれでもかとばかりに両地域のマジノ線へぶつけ、こじ開けた隙間を機甲部隊が強行突破したのだ。
 難攻不落の筈だったマジノ線要塞群はこうして突破され、しかもその穴は塞がれなかった。ドイツ陸軍は東部方面の備蓄を遅らせてまで火力の維持に努め、フランスに送り込んだ部隊への補給を絶やさなかった。

 その努力は報われた。ドイツ南方軍は5月11日未明の攻撃開始から一週間で国境からロンシャン、メヌ、ナンシー、そしてショーモンを抜いたのである。
 敵地の整備された陸路がドイツ軍を助けた。フランスの街々を繋ぐ舗装路を、フランスに点在するガソリンスタンドから強制的に買い上げた燃料で腹を満たした戦車とトラックの群れが駆けぬけた。

 マジノ線は所詮、前大戦の教訓から造られた存在でしかなかった。フランス陸軍に充分な予備兵力と、敵のものと比べてそう見劣りしない司令部がある前提で造られていたのだ。
 その前提が崩れた以上、期待されていた程の効果を発揮することはできなかった。
 フランス側に纏まった航空戦力があれば、敵軍の侵攻を阻止または遅延できただろう。しかしそんなものは何処にも存在しなかった。
 開戦以来、英仏軍の航空戦力は削られ続けており、5月2日未明に始まった西方への大攻勢により組織的抵抗はもはや不可能だった。

 カレーに追いつめられた40万の連合軍将兵が降伏した5月23日には、トロワを突破したホート将軍直率の機甲師団がパリ近郊に迫っていた。かき集めた予備兵力による最後の防衛線を蹴散らされ、包囲されたパリが降伏するのはその三日後となる。

 かくしてフランスは敗れた。
 未だ降伏を認めない一部の部隊は逃亡や抵抗を続けているが、ドイツ軍に一つ一つ丁寧に潰されている。全土の制圧も遠くないだろう。


 「これで戦争が終わる、と良いんだがなあ」

 男はトラックの荷台で揺られながら、誰にともなく呟く。
 フランス政府は降伏、英国も大陸派遣軍の殆どを失った。兵器や物資は工場でまた作ればよいが人間はそうもいかない。特に高度な教育と訓練を受けた人間は。

 まあ、高度な教育と訓練を受けているのに勝手に部隊を引き上げ始めて戦線崩壊の引き金を引き、しかも撤収自体に失敗して指揮下の師団を壊滅させておいて、自分だけはちゃっかり逃げ延びた某将軍閣下のような人物も居たりするが。
 どこぞの旧植民地と違い、誇り高き大英帝国民の殆どは本人がやらかしたことの責任を妻子や親兄弟に押し付けたりはしなかったが、モンゴメリー家の人々の心労が途方もないものになったことは確かであった。

 そういった細々としたことも、義勇軍が置いていったラジオで聴くことができた。日独伊仏英蘭蘇といった国々の宣伝放送を聞き比べていけば、それぞれのニュースの何処までが本当で何処からが誇張や嘘っぱちなのか朧気ながら理解できる。

 普通に考えれば戦争はここらでお終いなのだが‥‥もしもあの話が本当ならば続くかもしれない。顔見知りの義勇兵、今はもう極東の祖国へ帰り着いたであろう戦友の話が本当なら。


 そのときは、男は義勇兵として援助してくれた国々に行っても良いと思っている。祖国が安全である限りだが。
 彼らもそれぞれの思惑があって義勇兵や援助物資を送ってきたのだろう。しかし、借りは借りだ。返さないと気分が悪い。
 それに、協定諸国の全ての国がそうではないが、その中核となる国々は羽振りがよい。この国で戦った傭兵や義勇兵たちと同じ扱いをしてもらえるなら、留守にする間も家族が生活に困らない程度の仕送りができる筈だった。


 「どうなるのかしら、これから」

 同じ荷台で揺られている女が、空を見上げて呟く。

 「どうなるもこうなるも、俺達は出来ることをするだけさ」
 「それはそうだけど、そうじゃなくて」

 女と、その恋人らしき男の話し声を聞きながら、男は海を眺める。その方向にあるのは、ヘルシンキ市の近海に浮かぶ組み立て式浮きドックと、そこで解体作業中の旧式戦艦だ。
 旧日本海軍海防艦、富士。老艦ながら日本からの義勇艦隊で二番目に大きい戦闘艦であり、レニングラードへの艦砲射撃に成功した殊勲艦でもある。残念ながら老朽化と損傷が激しく、日本への回航や欧州で今後の戦いに参加することは無意味と判断され、解体されることになった。
 もちろん解体するにしても、艦砲などそのまま使える機材は再利用するのだ。



 女の不安も解る。完全にではなくある程度察することができるだけだが。
 祖国は、彼らがスオミと呼ぶ森林と湖沼の国は、元通りには戻らない。軍隊だけに限っても、火砲や車輌や航空機は言うまでもなく鼻紙や毛布までが見覚えのない外国製品で溢れかえっている。
 例外は有坂のライフルと6.5ミリ小銃弾ぐらいだ。これは彼らが物心つく前からあった。一次大戦当時のフィンランドはロシア帝国の一部であり、そしてロシア帝国は日本と共闘関係だったのだ。

 ドイツと戦っていた前大戦中もだが、その後の内乱中にも日本から銃と弾薬が大量に送られている。日本帝国は大のアカ嫌いだったし、ロシアの内戦が長引くことは日本へ利する事だったからだ。
 男にとって第一の戦友であるこの銃も、その時期に送られてきたものの一丁という訳だ。

 近年に防共協定が結ばれてからも、北欧へ大量の38式小銃とその弾薬が運ばれている。日本陸軍は装備の更新を進めており、有坂小銃は後継品に取って代わられつつあるのだ。
 各種の統制型トラックや二輪車だけでも何千何万。この国だけでなく北欧各国にこのトラックや同じ規格で作られた車輌が溢れているし、各地の都市に整備工場や組み立て工場が造られていた。隣国スウェーデンには一から全てを作れる製造工場まで建設中だ。

 ドイツ国防軍の勝利は、1割か2割程度はこのトラックやその親類の功績だろう。故障知らずで使いやすく燃費の良い輸送車輌がふんだんに使えなければ電撃作戦はもっと不完全な効果しか発揮しなかった筈だ。無論、燃料の供給も。
 日本の協力により欧州の各地に造られたガソリン精製施設がなければ、電撃戦に必要な量の燃料は得られなかった。

 彼らが昨日まで聴いていたラジオ放送も日本製やドイツや米国のものも含めて、大量の放送設備がこの土地に流れ込んできたから流れていたし聴けたのだ。受信機だけが幾らあっても電波が流されなければ意味はない。
 ちなみにこの統制型トラックに受信機は付いておらず、故郷へ帰る兵達は手作りの鉱石ラジオを使っていた。無電源の鉱石ラジオなので音量の増幅はできず、なのでこのときの彼らは昼間の走行中に放送を聴くことはできない。


 物資と共に、技術や文化も流れ込んできた。それとは逆に一部とはいえ、この国から極東へ流れていった物や者もある。日本生まれの看護婦と結婚して帰化移住してしまった若者も、男が直接知ってるだけで二人いる。
 彼ら彼女ら、いや極々一部を除いたフィンランド人たちは知らぬ事だがヘルシンキ市沖の旧式戦艦がユーラシア大陸の反対側まで運ばれ、戦い、そして解体されること自体が日本人とその海軍にとって大きな意味を持っていた。

 旧体制との、それまでの世界観との決別と未知への前進である。
 日本帝国の軍民に取り日露戦争は既に伝説であった。ロシアとの戦いに備えて国民から寄付を募り、それでも足りず明治帝が宮廷歳費を切りつめてまで捻出した費用で作られた戦艦「富士」を異国で切り捌くということは、それだけの決意がなくてはできない。
 連合艦隊の新しい旗艦や、その次に旗艦を継ぐであろう更なる新鋭戦艦の名前が何処の地名であり、維新前に誰がそこを治めていたのかを知れば、歴史上の意味を知ったならばより理解が進む筈だ。
 日々刻々と変わっていくのだ、何もかもが。

 
 「なるようになるさ」

 口の中で呟いて、男は目を閉じた。
 これからもこの国は変わる。もう二度と元には戻らない。世界は常に流動しているのだから。
 大昔はライフル銃などなかった。更に大昔は鉄すらなかった。常に世界は動いていて、先祖達は悩んだり迷ったりしながらこの地で生きてきた。
 ならば子孫もそうなるだろう。この地で産まれ、生きて、そして死ぬ。

 戦うこともある。必要があれば。
  



     ・・・・・



  【同日 ドイツ第三帝国 グロス・ベルリン 総統親衛隊本部】


 
 合成樹脂で加工した紙コップ容器に熱い湯が注がれ、蓋が閉じられる。後は三分待てば肉と野菜の煮込み(シチュー)のできあがりだ。
 具はキャベツやジャガイモやタマネギなどのフリーズドライ野菜に加え、同じくフリーズドライ処理したクジラベーコンや大豆タンパクの塊がたっぷりと入っている。


 「毎度ながら待ち遠しいな、この三分間は」
 「はい、中尉」
 「三分間。実に微妙な時間じゃないか。弾雨降りしきる戦場では永遠にも等しく、平穏な場所で詩作に耽るには短すぎる!」
 「彼の民族は17文字で詩を作りますので、これで充分なのではないかと」

 薄明るい食堂にいるのは二人の人物。食卓の席に着いた、まだ若い小太りの親衛隊員の前には銀のトレーが置かれ、その上にドイツ製紙コップに入ったドイツ産の保存食が乗っている。
 親衛隊員の斜め後ろに立つ白衣を着た初老の男はこの保存食の開発者であり今回の給仕だ。

 「しかし、シチューだけというのは寂しいな」
 「そう仰られると思いまして、パンと菓子を用意しております」

 白衣の男はそう言って背後からトレーを差し出した。その上には緑がかったバターの塊と小ぶりなドイツパン、そして真緑のゼリー状菓子が二つの皿に乗っていた。間違いなく、食後のコーヒーも用意してあるだろう。

 「流石だな博士(ドク)、良く解っている。しかし良いのか?」 
 「夕食のカロリーからこの分を減らしますのでご安心下さい」

 昨今の進歩著しい栄養学は第三帝国内にも浸透しつつある。健啖家である上に運動不足気味なこの中尉は毎日の食事にカロリー計算が求められる身だった。
 本人は「世界に美味しいものが溢れているのがいけない、私は無罪だ」と常々主張している。

 「いや、その、それはせめて夕食の時まで黙っていて欲しかったな。待つ楽しみが損なわれるじゃないか」
 「子供のようなことを仰らないでください」

 ふん と鼻を鳴らし、親衛隊中尉は固めのドイツパンに薄緑のバターを塗りつけ、食いついた。欧州式の、パンは手で千切ってから小さい方を口に運ぶというテーブルマナーから見れば反則行為である。

 「お行儀が悪いですよ」
 「余所ではやらん。偶には許せ」

 口の中にものが残っているのに喋るという更なるマナー違反を犯しながら、肥満体の中尉は固めのパンをかみ砕き呑み込む。

 「美味いな。山葵はやはり日本産に限る。養殖か?」
 「はっ、長野の三年ものです」

 決して主流派ではないが、欧州でも山葵のような揮発系の辛みは口にされ料理にも使われている。いわゆるホースラディッシュなどだ。そして日本産の天然及び養殖山葵は、カスピ海産のキャビアや北イタリア産の天然キノコなどと同じく今や航空便で運ばれる貴重品だ。
 勝ち戦が続く国の首都が不景気な訳はなく、ベルリンでは官民問わず連日連夜の祝宴が開かれていた。その中には日本人が招かれていたり主催しているものもあり、大ベルリン市の住人が日本料理や日本の食材に接する機会は西方戦役開始以前よりも格段に増えている。

 日本料理は素晴らしい。少なくともその一部は称賛に値する。
 しかし良い仕事をしているモノを見ると、それを越えたくなるのがドイツ魂である。アリタの焼き物を見て錬金術師達をかき集めたとある王のように。

 そんな訳で、この少々皮下脂肪の厚すぎる中尉は被支援者であり一番の理解者でもある博士に「日本のカップ麺に負けないものを作れ」と命じたのだった。
 食は文化の指標である。少なくとも中尉はそう信じている。気取った貴族やその真似をしたがるブルジョワどものお遊戯である高級料理ならともかく、実用の極みである軍用食で世界に冠たるドイツが負ける訳にはいかない。
 中尉の前に置かれている紙コップの中身は何回目かの試験にかけられている試作品だ。

 日本人達は信義に厚く、第三帝国に対して友好的だ。少し前までと違って、今の政権は誠実ですらある。
 しかし所詮は他国である。自国以外は全て敵、それが国家というものだ。顕在化しているか潜在化したままか、違いはそれだけだ。

 大日本帝国は得難い盟友だ。彼らの助力で数多くのドイツ人が救われた。この親衛隊中尉にしても彼らのちょっとした助言がなければ何年も前に死んでいた筈だし、そうなれば博士は理解者を得ることなく今も大学の隅で燻っているだろう。
 しかし、だからといって第三帝国が彼らの意のままに動かされる訳にはいかない。
 最低でも、「意のままに動かされている」と他国に思われてはならない。そう思われては舐められる。ヤクザ者と主権国家は舐められたらお終いなのだ。


 湯を注いでから十分ほどが過ぎた。千切って浸したパンと共に即席シチューを最後の一滴まで飲み干してから、白いナプキンを首にかけた中尉はデザートに取りかかる。
 果実の搾り滓などから作った食物繊維粉末を練り込んだゼリー状の菓子である。これもまた軍用を目指して開発されたものだ。
 ゼリー菓子をつつきながら、肥満気味の中尉は即席シチューを論評した。

 「味はまあ、及第点だ。軍用糧食としては悪くない、努力の跡が伺える。その他の問題は解決できるか?」
 「はっ。保存料にアスコルビン酸を使いましたので、一年間は常温で保存できます。輸送用容器のコストも圧縮紙を採用して低減致しました。あとは材料が安定供給できるか否かです」
 「材料か。他はともかく、肉類は厳しいな」

 戦時だけに人手不足が深刻だが、それでもドイツ国内の農業生産は数年前から拡大し続けている。合成肥料や新式農薬の潤沢な供給、画期的な新品種の種苗やこれまでにない作物の導入、自治体から各農家へ安価な価格で貸し出されるトラクターなどの農業機械、そしてそれらを使いこなす進んだ農法。
 現場指導に当たる総統直属の農業指導員、通称「緑の大隊」は現場に多少の混乱をもたらしながらもその混乱による損失の数十倍もの成果を上げ続けていた。

 結果として投入当初あった不満や不安の声は三ヶ月で半減し、その後も三ヶ月ごとに半減していった。第三帝国の、1938年度における食糧自給率は九割を越えている。
 緑の大隊の広告塔的存在であるシュロスインゼル大尉は、現在の第三帝国で最も「婿に欲しい」と賞される青年の一人であった。

 しかしそれでも、戦争中の第三帝国は全国津々浦々に肉とバターを行き渡らせることができていない。品目によるが平均三割ほどの食物が魚肉の練り物やマーガリンなどの代用品で占められている。


 「クジラ肉はノルウェーを突っつけば漁獲量を上げられる筈だ。代わりに燃料か何かを供給してやらねばならんが、祖国の石油備蓄に余裕があった例はない」

 実際の話、今現在でも第三帝国は燃料不足に悩んでいた。技術の進歩により一昔前とは比べものにならないほど収支的に改善されたが、それでも各種の合成石油や木メタノールなどの代用燃料は天然石油と比べて調達量や費用に問題が残っている。
 ルーマニアやリビアの油田から手に入る原油は、将来はともかく現時点では需要に対し少なすぎる。

 燃料事情を改善すべくドイツ国内では可燃ゴミを燃やして発電する火力発電所など新事業も行っているが、第三帝国の発展と拡大にそんなもので追い付く訳もない。
 火力発電所の余熱を利用した都市暖房や、その更に各家庭での暖房余熱を利用した熱電対式の発電器で街路の照明を灯すなど様々な努力を行っているが、足りないものは足りないのだ。

 「ならば他のもので便宜を図られますか?」
 「ああ。やらずぶったくりという手もあるが、ヴァイキングどもに我々が金欠だと思われるのも癪だ」
 
 一介の中尉風情が天下国家を語る図は、第三帝国の内情を知らない人間から見れば失笑ものだろう。
 だが総統官邸に出入りする人々、政府の要人や軍の高官たちにはこの中尉は良く知られているし、その大言壮語を嗤う者はいない。

 「ところでこの菓子には、馴染みのない甘味料が使ってあるようだが」
 「はい。キシリトールという、樹木から取れる天然甘味料です」
 「ふむ。味は悪くないが、どうせこれも問題があるのだろう?」

 戦争になると市井から砂糖が消える。医療的にも産業的にも軍事行為は砂糖を大量に消費するからだ。キシリトールとやらが特に問題がない甘味料であれば、今頃はサッカリンなどのように量産され市場に出回っている筈だ。

 「はっ。キシリトールは少量ならば問題有りませんが、摂取量が限界を超えますと下剤として働きます。また人間には無毒ですが犬など数種類の家畜に対して投与した場合、昏倒したり場合によって死亡する例もあります」
 「軍用としては使い物にならんな」

 戦場では色々な事が起きる。時と場合によっては、何日もこのゼリー状菓子だけを食べて戦わなくてはいけない事もあるかもしれない。
 食べなければ戦えないし、1個や2個では必要とするカロリーは得られない。しかし下痢腹を抱えて戦闘など御免被る。

 「実験の結果から、前線に送るには不適切と判定されました。残念ですが砂糖に代わる甘味料は未だ手に入りません」
 「人間がブドウ糖を燃やして動いている以上は難しいな、それは」 

 人体が糖分を必要とする以上、砂糖の効果を代行する物質は糖分の一種であることになり、当然ながら砂糖と似たような性質を持つ。甘味のみを追求すれば、その代用品にはカロリー源としての効果や薬効は期待できない。
 砂糖には薬効がある。砂糖は糖分の塊であり素早く人体に吸収され栄養になるため、カロリー摂取に消化酵素の助けを必要とせず消化器にも負担を掛けない。
 結果、体力の消耗が抑えられ余裕ができ、人体が怪我や病気から快復する助けになる。疲れたときに甘いものが良いとされるのはそのためだ。 
 もちろん全ての薬は毒であり、毒は時として薬になる。多すぎる砂糖は毒でしかない。

 「おお、何かと思えばこの前見た映画に似たような命題があったな」
 「機械を人間に近づければ近づくほど人間的な過ちを犯すようになり、人間を機械に近づければ近づくほど融通が利かなくなる。ですか」
 「それだ。あれは良い映画だったなあ、脳天気でそのくせ哲学的で」

 二人が話題にしている映画は、つい先日封切られた日本産の娯楽映画である。中世日本を舞台に、大盗賊と侍と鉄砲撃ちが忍者や妖術使いたちが守る埋蔵金を奪い、持ち運ぼうとする活劇モノだ。何故かロボットも出てくるが。


 戦時中の社会は娯楽を欲しがる。実社会が戦争色に満ちているからこそ虚構の世界に脳天気で痛快な、あるいは暢気でおめでたい物語が必要なのだ。
 日本から送られて来た映画などの娯楽作品は、開戦以来英米仏露の作品が品薄となって生じた需要の隙間を埋めて足る量と質を持っている。

 ナチス党が自発的に行った旧版『我が闘争』回収騒ぎから、まださほどの時間は経っていない。
 ドイツではまだまだ人種的文化的な偏見が多かったが、カナーリス提督ら知日派の運動もあって宣伝省の審査に合格した作品のみ、日本製映画などが第三帝国内で上映されていた。
 なお、公序良俗に云々などといった理由で合格しなかった作品の一部も、政府高官やその身内の間でひっそりと鑑賞されていたりする。


 菓子の次はコーヒーの試飲だ。戦争中であるため輸入量自体は減っているが、南米や東南アジア産のコーヒー豆は今も日本経由でドイツまで届いていた。


 「ふむ、フリーズドライではないようだな」
 「いいえ。フリーズドライ方式で濃縮した抽出液を、乾燥しきらない状態で缶詰にいたしました」

 ほう、と呟いた中尉はゆっくりとコーヒーを味わう。挽きたての豆からいれたものには到底及ばないが、泥水のような還元粉末コーヒーや泥水の方がまだマシな代用コーヒーよりは飲みやすい。
 泥水は「これは泥水だ」と飲んで納得できる。しかし代用コーヒーは「これはコーヒーの代わりだ」と思うことを強制されて飲まねばならない。それでは嗜好品の意味がない。故に泥水の方がまだ救いがある。

 「速やかに量産体制に移れ、兵達が喜ぶ。冬までには帝国の全将兵がこれを飲めるようにしてやりたい」

 親衛隊は「全ての人に好かれようと思うな」を標語として掲げる組織であるが、進んで全てのドイツ人に嫌われたい訳ではない。
 ときには自分たちの価値判断に従って、善意と正義感で行動することもある。第三帝国の食糧事情改善について親衛隊は少なくない成果を上げており、その方面においても発言力は拡大し続けていた。

 前線の将兵からは、他の事はさておいて「軍用パンが美味くなった」ことなどを評価する声も多い。ただし評価と好意の高低は必ずしも一致しないのだが。
 オガクズや腐った馬鈴薯などを練りこんだ黒パンに石油や石炭から合成したマーガリンを塗る、かつての食生活に戻りたいと思うドイツ人は皆無である。だが同時に親衛隊のいない、かつてのドイツに戻りたいと望む人々は大勢いる。
 自らはドイツの全軍に美味いパンを供給する体制を作れなかったにも関わらず、成果のみを親衛隊から奪うことができると、そしてその後も維持できると夢想する者たちも少なくない。 


 「戦争は続きますか」
 「続くとも。双方ともに出資者はやる気だ」

 偶にはラジオのニュースぐらい聴きたまえ、などというような無駄なことを中尉は言わない。モグラは空を飛ばぬのだ。

 今日の昼に流れた臨時ニュースだけでも聞いていれば、軍の休日が遠のいたことは子供でも解る。フランスはともかく、英国はまだやる気だ。
 全知能を興味の対象方向へ向けているからこそ、この被支援者は常人の到底及ばぬ勢いで働けるし、実績を積み上げ続けていられる。程度の差こそあれ、学者とは皆そういう生き物である。

 オランダとベルギーは踏み潰され、フランスは倒れ、英国は疲労しきっている。だが連合国+ソヴィエト・ロシアのスポンサーであるアメリカ合衆国は元気一杯だ。
 そしてドイツ及び防共協定諸国のスポンサーである大日本帝国もやる気充分。

 そもそも、ドイツ経済は破綻が見えている。
 奇跡の経済成長は軍需に頼った不自然なものであり、導火線に火の付いた爆弾のようなものだ。いつかは必ず爆発する。現金(かね)が社会を回らなくなったらそこでおしまい。
 だからいずれは戦争を仕掛けるしかない。金銭を借りた相手に喧嘩を売り、勝って借金を踏み倒す。負かした相手から現金をふんだくる。それしかない。そうすれば爆弾の導火線を伸ばすことが出来る。

 もしもアカの軍勢が去年の夏にポーランドへ攻め込まなければ、今頃は第三帝国の方がポーランド攻めを準備し始めていたかもしれない。
 前大戦直後や大恐慌期に比べればまだマシだが、第三帝国の経済状況は楽ではないのだ。
 軍備を抑えれば四方八方から襲われて食い殺され、かといって祖国防衛に必要な軍備を整えれば維持費に耐えられず破産するのがこの国の置かれた地勢状況である。

 餓死も餌食も嫌だから押し込み強盗でも強請り集りでも何でもする。それが悪しきこの世界の伝統だ。
 古来独逸の、いや欧州地域の「善き統治者」とは即ち「有能な強盗団の頭目」であった。それは未来においてもかなり長い時期まで変わらないであろう。
 実も蓋もないことを言ってしまえば戦争とは国家規模の殺人強盗である。国家とは基より体裁の良い野盗団に過ぎぬのだ。

 戦争が外交の一種である以上、国家の外交とは直接的でない大規模強盗殺人に他ならぬ。その手で直接殺すか、餓死に追い込むかの差にすぎない。
 フランスを始めとする連合国は約二十年間外交による殺人強盗を繰り返してドイツを苦しめてきたが、今次大戦で第三帝国は直接的な殺人強盗をやり返した訳だ。そして幸いにも今回の大規模押し込み強盗は成功し、パリは落ちた。

 「結局、この戦争は出資者達が目論んだとおりに起き、展開しているのだよ」
 「陰謀論ですか? 全てはユダヤと黄色人種の計画だと」
 「ああそうとも、日本人は我々に欧州統一を押し付けるつもりだ。ついでにロシアの世話もな」

 どう言い繕おうと、現在の第三帝国は株式会社日本の下請けである。
 ある程度以上の経済眼を持つドイツ人はみな知っている。そしてそのほぼ全員が見ない振りをしていて、ヒムラー親衛隊長官などの一部が更に押し進めようとしている。
 日本から資金・資源・技術を出して貰い、兵器を作って防共協定諸国に売り捌くことで第三帝国の経済は回っているのだ。

 もしもそれらの一部が、たとえば日本から送られてくる月当たり数十トンの金塊と数百トンの銀塊が途絶えれば経済への大打撃になる。
 それぞれ毎月数千トンから数万トン単位で送りつけられている良質鋼材やアルミ材、鉛・亜鉛・銅・錫・ニッケル・アンチモン・マンガン・クロム・タングステン・モリブデンなどなどのインゴットや精錬鉱石が止まれば致命傷だ。

 古傷の痛みに耐えかねてモルヒネに手を出した者がずるずると使用を続け中毒者に成り果てるように、極東の「友好国」から送り込まれて来る資源は第三帝国の体質を変えてしまった。
 もう止めたくても止められない、元の身体には戻れない。酢漬けのキュウリを畑に埋めても芽は出てこないのだ。

 金属資源ほど切実ではないが生ゴム・キニーネ・麻・砂糖・大豆・コーヒー豆・カカオなどの植物由来資源も止められては困る。
 幸いにも合成ゴムやイオン交換膜の技術を提供された事により工業用水などの心配はなくなった。各種化学工場の効率も飛躍的に上がっている。

 もちろん只ではない。日本人はケチではないが強欲であり、特に今の政権は儲け口を逃さない事で有名だ。
 支払うべき外貨の蓄積が足りない第三帝国は、技術や情報そして物体と人材を提供して帳尻を合わせるしかなかった。
 日本でライセンス生産される兵器や機械類のパテント料を値引きし、欧州戦線での戦訓と各種鹵獲兵器やドイツ勢力圏中からかき集められた日本の美術品骨董品など様々なものが引き渡され、また技術指導や提携という形で人材の派遣も行っている。

 しかしそれでも足りない。なので現在ドイツから日本への最重要輸出品は人間であった。
 ナチス党がユダヤ人やロマ人(ジプシー)と認定した者たちだけではなく、ドイツ人であっても孤児や障害者や宗教業者など「生産的でない」ものたちや、反政府活動などで捕らえられた政治犯を含む物理的凶悪犯ではない犯罪者などが欧州から極東へと送られているのだ。

 マンチュリアの油田や海南島の鉄鉱山など、現在の日本勢力圏にはいくらでも働き場所があった。人手不足に悩むそれらの地域は、欧州出身者に限らず「善良な労働者とその家族」を手広く積極的に受け入れている。
 もちろん労働者以外も受け入れているが、移住者達の中での比率が低いので目立っていない。

 極東へ送り込まれる棄民たちは、その財産持ち出しに制限がかけられており欧州から持ち出せない分は税として徴収される。
 反社会的分子と無駄飯食いが減って財産を没収でき、しかも送った棄民一人につき兵器何トン物資何トン資源何トンという形で代価すら手に入る。これぞ正に最終的解決、やはり総統閣下は天才だ。
 人種や民族の平等を理想として掲げている日本政府は遠回しにこの所業を非難しているが、所詮掲げられているものなどお題目に過ぎない。どんなに輝しくとも飾りは飾りなのだ。
 そもそも最初に人身売買を持ち掛けてきたのは日本側であり、第三帝国はそれを徹底して行っているにすぎない。今更善人面しようとは笑わせてくれる。嫌なら買わなければ良いだろうに。


 そんな訳で、数年前はいざしらず現在のドイツ経済は日本がなくては持たなくなっている。合衆国による支えを失えば瓦解が確実なソヴィエト・ロシアと比べてどちらがマシなのか判断に困る程だ。

 「だからといって止める訳にはいきません」
 「その通りだ。いずれ爆発するとしても今爆発させるのは拙い」

 世界に冠たる第三帝国が、その構成員の殆どから猿同然の未開人と見なされている島国の実質植民地状態に陥りつつあると‥‥もう半分以上崖っぷちから身が出てしまった状態なのだと、今国民に知られる訳にはいかない。
 もしそうなれば確実に反日暴動が起きる。下手をすればクーデターも。

 だから親衛隊がカップシチューや濃縮コーヒーを開発する羽目になる。いやもちろん、他のものも開発しているが。

 世界に冠たる文明国の誇りを守り、国威高揚を計らねばならない。世界一の科学力を持つ(ということになっている)第三帝国が、たとえ軍用携帯食であっても他国の後塵を拝する訳にはいかないのだ。
 食は文明水準の指標だからだ。少なくとも中尉はそう信じている。



 不意に、食堂のドアが連打された。入室許可を求めるノックとしては些か慌て気味にすぎる叩き方だ。

 「ラウバル中尉殿、宜しいでしょうか!?」
 「入りたまえ。‥‥何事だ騒々しい」

 食堂の扉を開け、長い金髪をたなびかせた新任の親衛隊少尉が入ってきた。「総統閣下万歳!」と、踵を打ち慣らし右手を斜め前に突き出すローマ式敬礼を行う。
 敬礼の勢いが余って、本人が気にしている豊かな胸の膨らみが大揺れしてしまったが気付いてないようだ。つまりそんな些事など気にならない程の事件が起きたのだろう。

 「総統閣下万歳」

 席から立ったアンゲラ・ラウバル親衛隊中尉は右手の平を顔の横に挙げる、叔父そっくりの動作で答礼した。

 「本日未明、北西大西洋ニューファンドランド島沖で合衆国の客船ヴァージニア号が避雷し、爆沈。合衆国政府はこれを我が国の潜水艦による攻撃と発表し、合衆国全軍へ反撃を命じました」
 「そうか。明日か明後日には宣戦布告がくるな」

 そう言って、まだ若い肥満体の女性将校は首のナプキンを外す。

 「車を出せ。総統官邸へ向かう」
 「はっ」

 ラウバル中尉はただの親衛隊士官である。若輩の、吹けば飛ぶような木っ端将校だ。
 ドイツでは珍しい女性の士官ではあるが、特に優秀という訳でもないし目立った功績もない。公的な記録において特筆すべきものが一切なく、これからも重要な任務を託されることはない。

 ただし、このふくよかと言うには体脂肪率が10%ほど高すぎる中尉を侮る者は、少なくとも総統官邸に出入りする人々の中にはいない。
 叔父と姪という血縁のコネゆえであれ、第三帝国を統べる独裁者を意のままに動かせる人間を侮る者はいない。

 たとえ総統本人を侮っている者であったとしても。




続く。



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