「武蔵は紗和ちゃんを安全な場所に運んでくれ」
「いや二人で倒さないか? お前も強いんだろうが、あいつらも精鋭中の精鋭だしよ。油断はできねえ」
「二人で戦った方が安全ではあるけど、紗和ちゃんが危ないからな。流れ弾で、って事もある」
「……しゃーねーな。でも本当に大丈夫なのか?」
変身の完了した武蔵は紗和を抱きかかえる。
マントがなびき、仕草がいちいちわざとらしい。
いつ見ても奇天烈な格好だ。
白銀の騎士兜にV字の金の突起。
余計なパーツがついていないスマートな白いフォルム。
胴には赤いラインが走り、背中には同じ色のマント。
脚部は鋭利な刺。
これが忍者だとはにわかには信じがたいが、甲賀忍者も全員揃って全身タイツだ。
武蔵が例外だと思っていたが、敵の忍者もそうだと、これがこの世界に忍者の在り方なのだろう。
パンツ姿の元勇者が言える事ではないが。
「ああ。俺一人で十分だ。だから早く行け。これ以上彼女を危険に晒すわけにもいかない」
「……任したぜ。俺もすぐに戻ってくるから無茶すんなよ! あと人殺しはなしだからな!」
武蔵はまだ言いたげな様子だったが、ぐったりとする紗和を抱え、走り出した。
敵を目前にして、悠長に話している時間はない。
言葉に出さず、心の中で折り合いをつけたのだろう。
それも和也を信頼しているからこそ。
その信頼に応えなければならない。
「逃がすな! 撃て!」
触覚付きの全身タイツの男の指示で、十数人の忍達が対妖怪用自動小銃の恐ろしい数の銃弾が武蔵を蜂の巣にしようと襲いかかる。
弾丸の一つ一つが、現代兵器におけるマグナム相当という無茶苦茶な大威力を有している。
それでいて連射速度は毎分1200発。
コンパクトな形状で、携帯しやすく、忍者にとっての必須兵器。
現代科学に喧嘩を売っているような代物だ。
彼らは全身タイツの形をした身体強化スーツと、反動をある程度押さえ込むギミックを小銃に搭載する事で、その恐るべき兵器の人の手による運用を現実の物とした。
そのサイズからはありえないレベルの破壊力は土を巻き上げ、大木を粉砕し、邪魔する物を消し飛ばしていく。
硝煙と土埃が宙に舞い、薬莢が土を汚していく。
超戦士装甲に深手を負わせる事はできなくとも、動きは止められる。
立ちはだかっていた少年は最初から眼中になかった。
嵐のような弾幕を浴びて、生きていられるはずがないからだ。
弾倉にある弾丸全てを撃ち終わる。
服部家の長男は仕留めきれていないだろうが、足止めはできただろうと、土埃が晴れるのを待つ甲賀。
「やったか?」
「そうではなくては困る。服部武蔵はアレがあるから生きているはずだが、あの少年は死んでいるだろう。『鋼丸』を破壊したと言っても、これを……」
「こんな爆竹でどうにかなるとでも?」
土埃が晴れる。
ミンチになっているわけでもなく。
地べたに這いつくばっているわけでもなく。
少年は、死んでいるどころか、傷の一つもなく、五体満足で立っていた。
「どう、いう……事だ……何故生きている……?」
甲賀の忍達はそのありえない現実に、絶句するしかなかった。
パンツ一丁の、実質装備なしの生身の少年が無傷。
妖怪をも屠る威力の攻撃を受けて、何事もなかったかのように立つ少年がいる現実が信じられなかった。
「数はたくさんあって大変だったけどね。まあ何とかなったよ」
中位妖怪も八つ裂きにする破壊力を誇るそれを、弾丸の方向、角度、速度、全て見切る。
武蔵が走っていった方向の弾丸は全て捕らえた。
角度や方向がずれている物は無視。
通り過ぎていった弾丸は大木だろうが何だろうが木っ端微塵にしていくが、目的には程遠い。
集めた弾丸を、手を広げて、ぱらぱらと落としていく。
「そうかお前の異能は劣化コピー能力だったな……学園にいる誰かの能力をコピーしたのか。なかなか厄介な異能だ」
異常な現象には慣れているのか、冷静になって判断する甲賀の頭領。
正確には、学園の誰かではなく、レルービア最強の肉体を持つ男の力の劣化コピーだ。
異能のコピーと異能使用時の肉体のコピーは別物。
まあ当たらずと雖も遠からずと言ったところか。
「あの時人質にしようと『鋼丸』に命令したのがそもそもの間違いか。度胸も据わっているし、普通の異能者とは違いすぎる」
「妙に攻撃を外すと思ったら、そういう事か」
と、相槌を打っているが、今も絶え間なく弾丸が和也に撃ちまくられている。
いくら肉体に当たろうが、全弾ひしゃげて落下する。
和也が硬すぎて弾丸が体に通らないのだ。
頭領も和也に話しているわけではなく、自分に言い聞かせているように思える。
武蔵は遠くに走り去っているので、こちらも自由に動けるが、和也は攻撃しない。
人殺しはなしだと言われているし、和也もそこまでする気はない。
牛鬼と違って、話は通じる相手であり、目的も明確だ。
和也としては怪我人はなしの方向で持っていきたい。
無闇に殺して、他の勢力に危険視されるのは御免被りたいし、あえて殺さずにしておけば、自然と妖怪側がマークするだろう。
特別な妖怪である楓に手を出したのだから、当然だ。
そして、ここで最善なのは相手に諦めさせる事だ。
武力で制圧するよりも効果的な方法がある。
「なんだこの化け物! いくら撃っても傷すらつかんぞ!」
「諦めるな! 撃ちまくれ! 動いてない今のうちに!」
「陣形を変えろ! どこか弱点があるはずだ!」
避けることさえせず、甲賀の正面に立つ。
相手の攻撃手段の全てを、真っ向から受けきる。
自分達が持つ武器が効かないと解かれば、自分達よりも実力が上だと解かれば、自然と心が折れる。
超人的硬度の和也の肉体にダメージを与えられはしない。
紗和の家では様子見で躱していたが、和也の脅威になるような威力はないのだ。
甲賀が誇る科学を正面から否定する。
諦めても逃がしはしない。
確実に捕らえる。
「撃ち方止め!」
甲賀の頭領が部下の忍にそう命令を下す。
途端に銃撃の雨が止む。
和也に意味がない事を悟り、別の方法に切り替えるのだろうか。
どんな兵器だろうとも、この程度なら脅威とは言えない。
どういう手段を取るのか警戒するが、意外にも頭領は和也に拍手を送る。
「まさかこれほどまでとはな。あの学園の生徒に肉体を強化するタイプの異能者も妖怪もいないはずだが……例の魔王か、教師の誰かの能力か? 劣化していても恐るべき力だな」
「……さあ、どうでしょうね。もしかしたら学園以外の誰かの能力かもしれませんよ」
感想を言うために攻撃を止めさせたわけでないだろう。
罠である可能性が非常に高いが、敢えて乗る。
罠だろうが何だろうが打ち砕いてこそ、意味がある。
戦い慣れた相手を戦いで心を折らせるのは、最低限ここまでやらなくてはならない。
「街中に配置した『鋼丸』を全機破壊したのはお前か? おかげで対応に追われて、服部武蔵に藤堂紗和と超戦士装甲との交換を要求し損ねてしまった」
「全部廃品回収送りにしましたよ。あの爆発で、どうせ俺を殺った事にしてると思いまして。なかなか動きやすかったですよ。この格好のままでしたけど」
あれは色々とひどかった。
『鋼丸』の自爆時、和也は野槌を庇って、爆破を直に受けた。
周りが燃え、吹き飛び、爆炎に包まれ、大変な破壊力だったが、和也に体に傷をつける程ではなかった。
抱きかかえるようにして野槌を守ったため、彼もまた無傷だ。
野槌に「人間って一帯を焦土にする爆発でも死なないっけ?」と言う余裕もあったから、間違いない。
こうして無事に切り抜けた和也だったが、敵の足取りは途絶え、野次馬も集まってきたため、場所を移す事にした。
制服は爆炎で灰になってしまったので、異世界製のパンツと靴下という変態的な格好での移動。
当然ながら人目は警戒した。警察に突き出されては困る。
服を調達しようにも民家から盗むわけにもいかないし、家に戻ろうにも隣の爆破のせいで立ち入り禁止状態。
なら学園に、と考えたが、向こうが和也を殺したと思っているなら、それはそれで好都合だ。
しばらく機会があるまで身を隠そうとしたが、その道中に透明化している『鋼丸』を発見。
和也の超人的な目は常人では視認できない物まで見る事ができる。
単純に視力が人外化しただけではなく、幅まで広がっているのだ。
よって透明化していようが、たとえ幽霊だろうが、和也から姿を隠す事は不可能だ。
和也は野槌を一旦物陰に隠し、周囲に人をいない事を確認して、全速力で破壊した。
もしやと思い、高所に登ると、街中に大量にいたので、破壊活動を続行。
結局、服を調達する間もなく、全機を破壊し、野槌に破片を食わせ、証拠隠滅。
後処理を済ませ、どうしようか思案していると、街はずれの森に空からレーザーが降り注ぎ、こうして駆けつけてきたわけだ。
「異世界の魔王と立花楓新種の妖怪にだけ注意していればいい、というのは甘かったな。お前の空白の四年間を念入りに調査しておくべきだった」
甲賀の頭領は肩をすくめ、触覚を揺らす。
そして冗談めいたように、言った。
「案外、最近裏で噂の異世界帰りの勇者なのかもな。確証はないが……あの学園なら勇者の一人や二人いそうだ」
今話している相手が異世界帰りの元勇者本人なのだが、彼はそれを知らない。
誰が裏社会に広めたのかは未だに不明だが、学園長あたりだと推測している。
というよりも、学園長以外に突出して怪しい人物がいない。
和也は敵の動向を警戒しつつ、当たり障りのない返事をしておいた。
和也が断然有利な状況の中、頭領の眼光は鋭いままだ。
「まあ、全てが破綻した今となってはお前の正体なんてどうでもいいことだが、我らにも意地がある。せめて桐生和也、お前だけでも葬らせてもらおうか」
細く息を吸い込みながら、頭領は左腰のホルダーからガラスの筒――アンプルを取り出した。
中身は緑色のドロドロとした液体で、どう見ても嫌な予感しかしない。
しかも頭領だけでなく、周りの忍達も同様にアンプルを手に持っている。
そのふざけた格好からは想像もできないくらい、皆神妙な面持ちだ。
中には手が震えている者もいる。
「これは使いたくなかったが、任務は失敗だ。怖れるものなど、ない!」
一切の迷いもなく、彼らはアンプルを口に運ぶ。
服用したら死ぬとまで思える程の威圧感に、つい和也は口を出してしまった。
「おい! 待て――」
銃撃音が空間を裂いた。
一発の雷光の弾丸が和也の口内に吸い込まれる。
それは着弾した途端に、爆発。
和也の頭部を爆炎で包む。
付近の忍者達は撃っていない。
もっと遠距離からの狙撃。
森の奥の、奥。
木々の間をすり抜け、狙撃手が正確な射撃をしたのだ。
それも、ただの狙撃手でもない。
織田信長を狙撃した事で知られ、狙撃の名手と語り継がれている、杉谷善住坊が子孫、杉谷善十郎。
祖先と同じく、彼もまた優れた狙撃手だ。
武蔵の逃亡時から、一人、集団から距離を保ち、機会を狙っていた。
狙撃銃も甲賀が製造したコイルガンを改造した物。
まだ試行錯誤中なので、理論上程の威力はないが、肉体が強固な中位妖怪なら一撃で殺せる威力はある。
先程の銃撃とは比べ物にならない破壊力と衝撃で和也は背中から倒れる。
和也が倒れるのを確認した甲賀の頭領は、アンプルを持つ手を下ろす。
「いくら鉄壁の肉体であっても、体内はそうはいくまい。化け物殺しの常套手段だ」
多種多様な妖怪達と殺し合い、時には自然災害級の怪物とも争う事もある忍者。
当然、科学兵器が通らない妖怪だっている。
だがそこで諦めず、確実に仕留めるのが忍者だ。
伊達に人々を守るために日夜研鑽しているわけではないのだ。
「杉谷よくやった。黒川、大野、死体を確認しろ。里に戻って一旦態勢を立て直す。全く……次の機会はいつになるやら……やってくれたものだ」
部下の二人が銃を構えながら、和也にゆっくりと近づいていく。
頭領はそれを眺め、この襲撃での損害を計算する。
弾は大量に消費されたが、これはまだいい。
投入された鋼丸が全機破壊されたのが、手痛い出費だ。
最新鋭の戦闘機三機分の費用でようやく一機完成するというのに、それが二八機も消し飛んだ。
おまけに人間におけるモスキート音や黒板を爪で引っ掻いたような音を発生させる機械を搭載した機体も破壊されている。
今後の兵器開発の予算は厳しくなるのは確定的。
またお詫びに自慢の歌声を聴かせて、落ち着いてもらうしかない。
これでも歌には自信があり、コンサートを開くといつも大盛況だ。
謝罪はどうであれ、開発部門の研究者にどうにか言い訳しなくてはならなくなってしまったのは心が痛む。
それもこれも、現在は頭部が吹き飛んだであろう異能者のせいだ。
奥の手を出さずとも何とかなったが、被害は甚大だ。
コピー元が出張ってこないだけ儲けものと考えるべきかもしれないが、それでも彼は驚異的だった。
妖怪には伝承という弱点丸出しの情報源があり、対策も立てやすい。
異能者は戦闘能力を持つ者自体が珍しく、戦えたとしても、妖怪を屠る兵器を操る忍者の敵ではない。
だが、この異能者は敵として認定するに値する程の力があった。
戦闘慣れしている本人も危険だったが、コピー能力は忍者の戦い方からすると一番厄介かもしれない。
基本相手の能力を調べてから、装備を揃え、行動に移す忍者からすると、劣化コピー能力というのは判っていても、どんな能力をコピーしているかまでは判らないコピー能力者は危険極まりなかった。
所詮は劣化、所詮は異能者と、劣化の幅を考慮しなかった頭領の判断ミスだ。
嘆息して、残っている部下に撤退の準備を命じようとした時――
「ふぉんでふぁったふほりか?」
それは立ち上がった。
何事もなかったかのように。
「なっ!」
「ちょっやば!」
死体の確認をしに行った忍二人が銃撃しようとするが、手で銃口を掴まれ、あらぬ方向にひん曲げられる。
あっけに取られる二人を尻目に彼らの首元を掴んで、頭領達に向かってぶん投げる。
大の大人を投げるのもどうかしているが、不動のまま持ち上げて放り投げる贅力は完全に人外だ。
全くの無傷の和也は歯と歯の間に挟んでいた弾丸を吐き出す。
あの雷の如き一撃を和也はタイミングよく噛んで受け止めた。
ああいった遠距離攻撃は勘で方向等が察知できる。
せめて広範囲に渡る爆撃でもしない限り、『攻撃』にはなりえない。
「なるべく穏便に済ませたかったんだが、無理そうだ。いや今後の影響とか説得できそうとか考えたのが駄目だったな」
妖怪殺しのプロ相手に心を折ろうとか考えたのも甘かった。
自分の心のおもむくままに、行動すればよかったのだ。
「紗和ちゃんは誘拐されて家も爆破されて、立花さんは戦って傷ついて倒れた。武蔵も命を懸けた。打算で動くのは申し訳が立たない、な」
甲賀忍者達は今度こそアンプルを口にし、液体を摂取し始める。
どうやらまともな手段で和也は殺せないとようやく悟ったらしい。
彼らの体が変貌する。
筋肉が膨れ上がり、血管が異常なまでに浮き出て、目も血走っている。
着用している全身タイツもそれに合わせて、形を変える。
「これを使う事になるとはな。身体機能を極限までに高めるだけの薬だが、このスーツと組み合わせる事で上位妖怪とも張り合える。いくらお前のような化け物といえども、この人数でなら……」
「御託はいい。そんなスペックには興味はない。ずっと言わなかったけど、俺も怒ってるんだ。」
素振りからして肉体に負担がかかりすぎて、時間制限があるのだろう。
逃げてしまえば勝手に自滅してくれるのだろうが、わざわざここまでやってくれたのだ。
「俺の制服とか携帯の弁償代は、まあいい。色んな人に迷惑をかけたんだ。諦めてくれそうもないし、ここで叩き潰す」
真正面から迎え撃ち、勝利する。
「来いよ、俺は強いぜ」
それが友人としての、勇者としての役目だ。