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No.3654の一覧
[0] 中世な日々[あべゆき](2008/07/30 02:20)
[1] 王国暦229年~234年[あべゆき](2008/11/19 02:59)
[2] 王国暦234年~豊穣の季節①~[あべゆき](2008/11/19 03:21)
[3] 王国暦234年~豊穣の季節②~[あべゆき](2008/12/04 01:38)
[4] 王国暦234年~秋のとある一日~[あべゆき](2010/06/24 16:27)
[7] 王国暦234年 Ⅰ[あべゆき](2010/06/24 16:34)
[8] 王国暦234年 Ⅱ[あべゆき](2010/06/24 16:30)
[9] 王国暦 234年 ―兄妹の付き人―[あべゆき](2010/09/19 00:22)
[10] 王国歴 234年 ―『武』には『文』で―[あべゆき](2010/09/22 05:00)
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[3654] 王国暦234年 Ⅱ
Name: あべゆき◆d43f95d3 ID:0480b5cb 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/06/24 16:30
 例えば、普段頼りない人がいざという時に八面六臂の活躍をすると周りの人物はどう思うだろうか。
 例えば、親父殿がそろばん片手に歴戦の徴税官達に勝るとも劣らない速さで事務仕事をこなしていたらどう思うだろうか。
 嗚呼、そんな…『あの』伯爵様が…なんていう声がつい漏れたらしい。
 これは夢なのかと頬を抓った者も居るらしい。
 きっと間違っているに違いないと、休みを返上して全て検算した者も居たらしい。
 やがて、徴税官達がパチパチと音を出す不思議な物体に注目しだしたのは、当然の帰結と言うべきか。
 そしてその結果として何故俺が関わってしまうのかと考え、親父殿が面倒くさがったのだろうとと答えを出すのもまた当然の帰結と言うべきなのか。
 早い話、
「役人達がそろばんを習いたい、と?」
「そうだ。あの役人達の顔と来たら今でも痛快だ…本当ならば、ずっとこの優越感を味わいたいものだがな。それはとにかく、父さんの代わりに奴らにそろばんを教えてやってくれないか?」
 こういうことであった。

中世な日々 234年 Ⅱ

「…では最初の問題です。123+187…これを計算してみてください。ゆっくりで良いのでまずは確実に計算をしていきましょう」
 まるで学校のように規則正しく並んで座っている徴税官達を順番に回り、間違いが無いか、また、解らない所は無いかと注意深く観察していく。
 皆が皆、慣れぬ手付きでパチパチとしていると自分もこうだったんだなと、気分は正に親心。
「若様…申し訳御座いません、少々宜しいでしょうか?」
 一人の役人から声が掛かり、何かあったのかと見てみれば、どうやら先程の説明でもまだ理解しきれてなかったらしい。
 恥ずかしそうに顔を伏せている役人だが、別に俺は怒りもしない…親父殿にそろばんを仕込める程、俺の堪忍袋は強固…いや、核シェルター級と言っても過言ではないだろう。
「初めてですから解らないのは当然の事です。どんどん間違えてください、それが皆さんの成長に繋がりますからね。さて、安心する魔法の言葉を言いましょうか…あの父さんでも出来たんだ、貴方達が出来ない筈が無い」
 魔法の言葉に周りは笑い声が漏れ聞こえてくる。父さんには内緒ですよ、と釘を指して正しい計算方法を順次教えていく。
 勿論、初歩的な問題なので皆が加減算をマスターするのも時間はそう掛からない。
 次に乗除算の計算方法を解説して、問題を出していく…結局の所こういう反復練習が重要なのであり、習得するのはその人のやる気次第という訳なんだが、うん、やる気だけには満ち溢れている。それが親父殿に計算で負けるのが悔しいのか、それとも便利というのが解っているからなのかまでは解らないが。
「…では半刻程の休憩を取りますので、目と肩のこりを存分にほぐしておいてください。…ああ、済まないが皆にお茶を出してやってくれないか?」
 傍で待機している女中達にそう指示した後、周りの皆を見渡してみれば、これまた意外と面白い。
 ペアになって問題を言い合って復習を欠かさない者も居れば、子供達にも教えようかと談笑するグループも居る。勿論、こりをほぐす人も居る。
 とにかく、全員が基礎的な四則演算を理解しているので後は慣れの問題であろう…ああ、応用も教えなければと、先生の気苦労の一端を垣間見れる。
「お待たせ致しました」
「ああ、有難う」
 差し出されたお茶を一口含み、溜息を一つ。この、仕事後の一服という感じがたまらない。お茶菓子代わりにぱたぱたと動き回る女中達をぼおっと眺めて、目の保養というのも日常のルーチンである。
「でも、なんか違うんだよなぁ…」
 そう、何かが違うのである。具体的には清潔感が足りない。勿論、女中達が不潔という訳ではなく、服装が何というか年季が入っている所為でどうも萌えない。
 本来なら純白のエプロンの筈なのだが、長年の煤の汚れにより薄黒くなって元の白さはどこへやら、新しく買い換えるという勿体無い事も出来る筈も無いから仕方ないのだが…。
「薪じゃなければ良いんだが…」 
 炭じゃ駄目なんですか? 薪じゃないといけない理由はあるんですか、とは必殺仕分け人の言である。
「…薪以外となると油は如何でしょうか?」
「ん、いや、確かに便利だが…あれは高い。我が家の貴重な輸出品だからそうそう使えないんだよ」
 どうやら、独り言が近くの役人に聞こえたらしい。ああ、本当に明かり程度ならば油でいいんだが、目的が目的である、こういっちゃなんだが不純な動機なんだ。
 それに薪を燃やした灰だって肥料として使っているから、一概に薪が駄目という訳ではないんだよな…。
「うーん…では、どこかで聞いたのですが燃える黒い石があるそうです。それを使っては?」
 黒い石…ああ石炭か。
「あれは…燃やすと害になる煙が出るから今はまだ駄目だ。それに輸入する為の金がない」
 大体、室外ならともかく室内で使うとなれば、もっと酷い状況になるのはわかりきっている事だ。
「ほう…そうなんですか…いや、若様は博識であられる。息子も見習ってもらいたいものですよ」
「おいおい、俺みたいなのが何人も居てみろ…子供の笑い声が町から無くなるぞ?」
 俺の言葉に役人は苦笑い、正直で良いことだ…ちなみに我が家の子供役は妹に任せてある。
「それは置いといて…心当たりが無いわけでは無いんだよ」
 部屋にある暖炉に稀に出来る炭、それが心当たりの正体なのだが…流石に炭の製法を詳しくは俺は知らない。精々知っている限りでは、高温で焼きつつも酸素供給をなるべくしないという事ぐらい。ああ、そういえば木酢液もついでに取れたんだっけか…確か農薬で使った筈だが。
「流石は若様です。若様が動くとなれば問題は無いですね」
「…あー、その期待に沿う為には…その、先立つものがな」
 わかります、と役人も顔を伏せる辺り、皆金欠なのである。
「そういえば若様は『異端者』だと噂になっているのですが、本当でしょうか?」
「…なんでそんな噂が立っているんだ。いや、そもそもとして何を根拠にしているのか分からんよ」
「…いやいやいや、若様、何を仰られます事やら…若様の聡明さは市井で度々話題になりますし、筆算やそろばんを代表するように、まるで知能の神に祝福されているかのような事を発案してるじゃないですか…」
 OH...確かに、そう言われれば少々駆け足すぎたかもしれないが…それでも、俺はそんな変な人物じゃないと声を大にして言いたい。
「それに『異端者』が子供を生むと他よりも若干高い確率でその子供が『異端者』になるようですし、母君の事を考えれば、普通に有り得る話ですから」
「…その高い確率というのはどれくらいなんだよ」
 問題はそこである。通常より高いんですと言われても0.01%から0.1%に上がりました、なんて事は言わないだろうなぁ?
「いや、まぁ…そりゃ、そこまでは高くないですが…そういう説が有りまして…」
 何故目を逸らすんだい? めーん? 科学的根拠に基づいて理性的な反論を行ってくれると俺は信じているぞ。
「そ、そろそろ半刻立ちましたので私は戻りますね、後半もご鞭撻の程お願い致します、では失礼…」
 あ、逃げた…仕方ない、人の噂も75日だと言うし、それぐらいは我慢するか。
「――よし、諸君。十分に気分転換は出来たかな? そろそろ始めようと思うので準備してもらいたい」
 さて、最後の仕上げと行きますか。

 役人連中のそろばん教室が終了した後、俺は自室へ向かいながら首を回したり、肩を揉んだりとこりをほぐしていく。いや、実際全然こっていないのだが、流石に精神的に疲れたのである。
 客観的に見るならば7歳児に教えを請う中年親父達という図はいかがなものかと思わないでもない。だというのに、一部の役人はもっと教えて欲しい等と嘆願する始末…これ以上何を教えろと言うのか。そろばんは官品扱いにして支給したのだから、後は各自で頑張ってもらいたいものだ。
 そんな事を徒然と思い出しながら中庭に差し掛かった所で、鍛錬に精を出す親父殿とそれを見ている母を発見、恐らくは親父殿が子供の前で格好良い所を見せれなかったので次こそは、といった具合であろうか。全くもって微笑ましい…母の優しい顔付きにも納得がいくというものだ。
 ああ、そうだ…折角目の前に『異端者』足る母が居るのだから、暇つぶしも兼ねてちょっと聞いてみようか。
「母さん、ちょっと聞きたいんだけど」
 声を掛けると母も俺に気付いたのかこちらに顔を向ける。親父殿も気付いたのだろうか、剣の素振りのスピードが微妙に上がった気がする…親父殿って意外と見栄っ張りだよな。
「あら、そろばんを教えるのは終わったのね、お疲れ様。それで…何かしら?」
「母さんが『異端者』だって自覚した時はどんな感じだったの?」
「急にどうしたの? そんな事聞くなんて?」
 そのお言葉にざっくばらんではあるが、俺が『異端者』だと噂されている事、そしてそれが実際どういうものなのかを知りたいと訳を話す。
「ああ、そういう事ね。そうね…初めて剣を握ったのは12歳の時だったかしら…。お母さんのお父さん…お爺ちゃんと、お母さんの弟が剣の稽古をしていてね、ちょっとお母さんにも稽古をしてみるかと言われたのよ」
「うん、それで?」
「それでね、当時のお母さんは剣なんて握った事も無かったから、木剣で稽古してたんだけど…その時は何も感じなかったの。それで、稽古の終わりにお爺ちゃんの真剣を一度握らせて貰ったときにね、なんていうか予感がしたのよ…『あ、お母さんはこれを扱えるな』って」
 …じゃあ、何、前の稽古の時は『異端者』の条件を満たさない上で俺フルボッコされた訳ですか?
 そう考えると母も相応に努力しているのか…『異端者』だというのに、ご苦労な事である。
「例えば、『これは今日、雨が降るだろうな』とか『あ、こけちゃうよ、危ない』とか…そういう確信にも似た予感がしたわね」
「へー…」
 確信にも似た予感、ねぇ…結果を知っているのに予感も糞も無いのだが…強いて言うなら、親父殿がさっきからこちらをチラチラ見てくるのは構ってほしいんだろうなっていう、予感はする。
「お母さんの感想だけど、クラウの場合はそういうのじゃなくて…予感というより確信っていうのかな…答えを知っているような感じがするのよね」
 髪の毛をくしゃくしゃっと撫でる母の手。親父殿よ、そんな羨ましそうな目で俺を見るんじゃない。
 しかし母は鋭いな…一瞬冷や汗を掻いてしまったよ…。
「それに『異端者』は元々凄く少ないのよ? この国全体で見てもお母さんを合わせて二人しか居ないし…他の国でも似たようなものかしらね。クラウには残念だけど、『異端者』ではないと思うわ」
 そんな悲しそうに告げられても俺の脳内では、ふーんあっそう…といった具合である。ぶっちゃけ変な二つ名をつけられるより余程良い。強くなった所で別に荒事に突っ込みたい訳でも無いし。
「そして『異端者』っていうのは歴史上の人物も含めて全員、武芸とか騎乗とかそういう身体能力関係しか確認されてないの。だから知力強化とか未来予知とかそういう例はありえないし…仮にそうだとしたら、本当の意味で『異端者』なの…だからクラウ…そんな悪い『異端者』には、こうよっ!」
 がおー食べちゃうぞー、なんていう推奨年齢幼児以下の行為をしてくる母と、熱い視線を向けてくる親父殿…どうする、俺はどちらを選ぶべきか――母にする? 親父殿にする? それとも…逃げる? よし、逃げよう。
「逃がさないわよ、がおーっ!」
 しかし回り込まれてしまったorz
 がおがおと言いながら抱きしめてくる母、そして、フンフンと鼻息荒くジリジリと近づいてくる親父殿。後悔先に立たず…がおがおフンッフンッと揉みくちゃにされながら夜は更けていったのであった。

 そろばん教室を開いて早幾数日、徴税官は言うに及ばず他の役人にも教えを請われ、細々と講義を行うようになった俺。そしてそんな彼らから漏れ出た話に、市井では一瞬で計算をしてくれる精霊が居るという曖昧な与太話から凄い計算具が有るらしいと現実に迫った噂話までそんな話題に持ちきりになった頃である。
 算術に密接に関わる商人連中がその噂話に食いついたのは当然の事だった。実際に役人連中が声を大にして凄いと言うものだから、商人達の食いつきもまた相応に激しく…。
「…全く、今日で何人目だ?」
 と、親父殿がぶつくさと文句をたれる程までになっていた。
「クラウ、お前が口止めをしていなかった所為で、父さんはこんな面倒な事をしなければならなくなったぞ」
 あまつさえ、俺の責任とまで言っちゃう始末である。しかも罰として母に、今日は浴びるほど酒を飲みたいから説得してくれ、という情けない言葉付き。
「とにかく、だ。連中は揃いも揃って心付けを父さんに渡してきおった…受け取らんと言っても、しつこくしつこくとな」
「何も家にまで来なくとも、役人さんに聞けばいいのに…」
「勿論、尋ねたらしいが誰一人教えてくれなかったそうだ…何でも奴ら曰く『これだけの技術を惜しみなく与えてくださった若様は我々を信用してくださるからだ』…だそうだ、人望が厚いのは良い事だ、父さんも鼻が高いな、わっはっはっ!」
 ついでに言うなら、父さんと一緒で優越感に浸りたいだけだろうよ、と、一言多い親父殿。
「なら、別に受け取っても良かったんじゃない?」
 家計の足しにはならなくとも小遣い稼ぎ程度はできるんじゃないかと思うんだが。それにどうせ、技術というのはいつかは伝播するもんだし、早めに売ったほうが良いと思うんだが。特にこのような類の技術は。
「いや、父さんも受け取ろうと思ったんだが…どうせなら高値で売ってやろうと思って、一度断った訳だ」
「…それで次に来る時はもっと高値を付けるって事?」
「そうだ、良くわかっているな」
 別にそれはそれで悪くないのだが…それだけだと少々味気ないというべきか…『出汁』が利いていないのである。そして出汁を利かせる為には実際に『魅せる』事なのである。
「ついでに、商人にそろばんを打つところを実践するというのはどうかな?」
「…成程、確かに奴らは噂話ばかりで現物を見た事が無いからな。美味しい餌を目の前にぶら下げるのも悪くは無い…クラウ、良い機会だ…餌やりはお前がやれ」
 その言葉に俺はぽかん、と阿呆の子みたいに固まってしまう。
 一体全体どのような心境の変化なのだろうか、普段の公式的な場だと子供の関わる場所じゃないと放り出されるのだが。
「…貴族というのは上っ面の塊だ。いくら金が無かろうとも、立場がそれを許さない。切り詰め、切り詰め…どうしても無理な時には借金をしてまた、無駄遣いをする。勿論、返せるアテが無いと誰も貸してくれん…だから、貴族の特権を担保にするのだ。徴税権に始まる各種の権利を、貴族という看板を、奴らは虎視眈々と狙っている…だからこそ、商人連中に食い物にされる訳にはいかんのだ…分かるな、クラウ?」
 やれやれ、商人連中は海千山千の猛者、俺如きがどこまで通用する事やら…頭が痛い事だ。
「…とは言うものの、今回だと銭勘定しか存在感を示せないよ?」
「今回はそれだけで良い。どうせ、これからお前は父さんが連れまわすからな」
 良い暇つぶしが出来るぞー、と暢気に言いたい所ではあるのだが、どうやら本格的に後継者教育を始めるらしい。腹の探り合いとか美辞麗句に飾られた言葉の応酬は嫌いなんだがな…。
「父さん、お手柔らかに頼むよ?」
「任せておけ…期待しているぞ?」
 親父殿と視線を合わせて、お互いにニヤリ。
 その後は如何にして商人を丸め込むかを語り合い、あーだこーだと小一時間。どうせ、商人連中は俺達と同じような方法で稼ぎ出すだろうし、それも含めてちょいとばかり稼がせて貰うとしよう。

 次の日、商人に休むという概念は無いとばかりに早速、我が家を訪ねてきたらしく、物陰から見てみると今回は数で圧倒しようという魂胆なのか三人組でのご来客である。
 さて…これから、俺と親父殿はこの熟練したトルネコ達を撃破して何百ゴールドかゲットしなければならないのである。親父殿は失敗しても良いと言っていたが、こんな簡単な事を出来うるならば初手で挫きたくは無い。
「…緊張するか?」
 後ろから野太い親父殿の声。足音に気付かなかったのは思考の海に潜っていた為か、親父殿の言うように緊張している所為なのか。
「程々には。だけど最初だからこそ、勝ちたいね」
「その意気だ…そろそろ行くぞ」
 こくりと頷き、向かう先は執務室。普段は応接間で行うのだが、茶番劇を行う上で執務室にする必要があったのである。
 ドアを開けば、正面には親父殿の仕事机…そしてその隣、本棚の直ぐ傍に親父殿に顔が向くように置かれた俺の仕事机がある。先日の内に芝居用に置かれた机ではあるが、終わった後も撤去はされない…俺の仕事机だ。
 家令には応接間ではなく執務室に通すよう事前に伝えてあるので、そろそろ来る頃合であろうか。
 お互いの机には怪しまれない程度に散らばった羊皮紙、と、書き記す為の羽ペンとインク…今までがアレだったせいか、仕事という現実味が湧いてくる。
「――オスヴァルド様、商工ギルドの方がお見えで御座います」
 来た――親父殿がこちらを見ていたので、コクリと頷きを一つ。
 こんな茶番劇で失敗すると、この先、何をやっても駄目だと、自分に言い聞かす。
「――通せ!」
 よし――やるか。
「伯爵様…お目通り叶い、恐悦至極で御座います」
「何、構わん。しかし…今は見ての通り、少しばかり立て込んでいてな」
 乱雑に散らばる羊皮紙は実際にまだ手を付けていない部分なので嘘は言っていない。俺ができるのは計算関連だけだが、それでも十分に仕事がある。親父殿の所はそれ以外の仕事を割り振ってある。
「これは失礼をしました。所でこちらの御方は…」
「息子のクラウディアだ。少しばかり戯れで、任せてみたんだが…これがまた、予想以上に優秀だったのでな…それ以来、任せてある」
「おお…っ、評判は常々聞いております。私は商人ギルドのブルーノと申します…今後ともご贔屓の程お願い致します…」
 トルネコA改め、ブルーノ氏。ぱっと見た限り貫禄のある体に人を安心させるような微笑が印象的な商人だが…経験上、こういうのが一番性質が悪い。人の心を緩めさせるタイプだから気を引き締めねばな…。
「私めの店は、恐れ多くも武勇伯爵像に何時も見守られる場所に建てさせて戴いておりますので、お近くを通った際には是非お越しください」
 武勇伯爵像? …ああ、あの街の中心部の広間にある親父殿の銅像の事か。しかし、中心部近くの店という事はブルーノ氏は中々の規模を誇る商会なのだろうか。油断は絶対にしてはならないなぁ。
「ええ、その時はよろしくお願いしますよ」
 そんな簡単な会話も終わり、流れるかのように他の二人の自己紹介が始める。
「お初にお目にかかります、木工ギルドのダニエルと申します、職人達には伝がありますので、何か用入りの際は確実にご拝命を実行できます」
 うーん、さっきのブルーノ氏と違って真面目な大工さんという感じがするが…見た目に騙されては話しにならないし…『何か用入り』…そろばんを作れますって事だろうな。
「俺は新しい物好きな性質でしてね、文献しかり、道具しかり、入手するのを待っているだけなのは性に合わないので、ついつい自分で作ってしまうんですよ」
 遠まわしに自分で作る、と言えば、
「その時はうちの職人連中も使ってやってください…腕は確かですので、若旦那様の期待を裏切りません」
 …訂正、トルネコBでもなければ、真面目な大工でもない、狸だ。
「ありがとう、その時が来れば是非にでも」
 俺の中での『その時』は一生来ないと思っといて貰いたい。
「…鍛冶ギルドのグレゴリー…よろしく」
 ………え? 終わり? 
 なんというか、くたばりそうに無い寡黙な頑固爺という感じだが…ここまで見た目通りだと逆に素晴らしいな…。多分、敬語を使うのも嫌に違いない。
 だが深く刻まれた皺と手に無数の火傷後、そして今だ衰えを知らぬようながっしりとした体格は今だ現役というのが成せる業なのか。
「鍛冶ギルドには腕の良い職人が集まっているようですね、馬の鞍に所々細かい工夫をしているのを見ると良くわかります…これからもお付き合いの程をお願いしますよ」
 とりあえず、当たり障りの無い挨拶で場を濁しておこう…外面は頑固爺でも、内面が同じだとは限らない。
 さて、三人の自己紹介が終わった訳だが…最初に発言したり、三人の中で話しの流れを進めているのはブルーノ氏。恐らくは彼がリーダー役であろうか。
 …まあいい、今回の俺の役割はそろばんを打つ事と相応の知力を見せ付ける事だけだ。そうして、視線を書類に戻し、事務仕事を始めていく。
 親父殿とブルーノ氏が表面上は和やかな会話を横で聞きながら、俺は簡単な計算は暗算で、少々複雑なのはそろばんを使って計算をしていく。勿論、時々これみよがしに計算式を口に出すのはご愛嬌。
「父さん、王家に納める税金の申告書は終わったよ」
 会話が途切れるのを見計らい、俺は親父殿に書類を渡す。
「もう終わったのか…相変わらず早い事だな」
 感心したような声を出して、検算もせずに伯爵家印を押して決済完了。ブルーノ氏からすれば、親父殿は俺を信じ込む程に使えるという具合に受け取るだろう。
「それとついでにだけど、城壁維持予算を算出してみたんだけど、例年より劣化が激しいみたいで補修にそれなりの金額が必要だね、はい」
 おまけ、とばかりにこれまた余った時間で計算しておいた見積書を提出して、次の仕事に取り掛かる。全て、まだ手を付けていなかった事は相手も確認している筈だ…通常では考えられない速度に相手は面食らっている事であろう。
「いやはや、事務仕事が速いというのは良いことで御座います。私めも職業柄、書類には嫌という程向き合っておりますので…」
 そう一拍置いた後にブルーノ氏が居るであろう場所から、そろばんの珠が出す独特の音が聞こえてくる。
「クラウディア様の事柄については市井でも興味がお有りなのか、噂が盛んに飛び交っていまして…例えば、このような凄い計算具が有るのだとか?」
 目をブルーノ氏に向けてはならない…動揺は絶対してはならない。そろばんの姿形が出回っているのは予想してあったし、現物を持ってこられるのも想定の範囲内だ。それに実際の使い方が分からない内は転がすかマラカスにするかの選択肢が無い玩具。
「ああ、これのお陰で、我が家は多大な苦労から解き放たれた…このように、幾許かの時間があればすぐにでもな」
「はいこれ…今年度の人件費を職務別に月額で出しておいたから、勿論、あの約束の分も含めてあるよ」
 計ったかのようにタイミング良く書類を差し出す。約束というのは女中達の賃金UP交渉の時の事である。
「ご苦労…息子が賢いのは良いのだが、どうにも甘い部分があるのか使用人達の給金を上げろ、と煩くてな…全く、我が家もそこまでの余裕は無いのだが」
 これまた、ドンッと響く伯爵家印の音。決済されたのは確認したので、女中達は喜んでもらいたい。
「頭脳明晰に慈悲の心、そして伯爵様譲りの大きな体格…真に名君の素質を垣間見ましたとも」
「ははは…クラウも喜ぶだろう。それで、今日は何用かな?」
 漸く本題に入るのか…そともまだ序盤戦を続けるのか…。
「いえ…『私共』は相応に『忙しい』ので、暇を見つけて挨拶に参った次第でございます」
 まだ序盤、か…教えなければ、忙しいという理由で我が家に対する注文を何かにつけ、渋るつもりなんだろうな。わざわざ三人という団体、それも別の所属ギルドから連れてきたのはこの為のものだろう。
「それもそうだ、お互いそこまで『暇』ではないのでな…最近はフェル=フラゴナールの連中も騒がしい」
 それに対して親父殿はそのような行いをすれば、軍事権を発動すると暗に示す。勿論、お互いがお互いにこれは最終手段なので実際に行う事は無い。商人からすれば、大貴族を敵に回す事になるし、親父殿からすれば、領地の維持が出来なくなる。だが、お互いに武器を突き付けあう事で優位に立とうとしているだけなのだ。
「はい、ですので此度はこれで失礼致します」
「うむ」
 家令と共に退室するギルド連中。扉が閉じたのを見計らって溜息一つ。
「ご苦労だったな、クラウ。疲れたか?」
「狸ばかりで精神的に疲れたよ」
 あー、もう止めたいと少しばかり思っても仕方の無い事であろう。こんな事を日常的にこなして来た親父殿って意外と凄いのかも…。

 少しばかり時間が経った頃、執務室から場所は変わり、俺と親父殿が顔を突き合わせての反省会が始まった。
 例えば、あの時にこう言うのは良くなかったや、こうするべきだった、とかこれは良かった等々。
「交渉なんてそんなものだ…貴族の社交界というのはこれに大金を掛けた場所でやるような物だからな、金が幾ら有っても足りん」
 そりゃそうだろう…家計が火の車になるのも頷けるというものだ。『すべきでないは宮仕え』と言う言葉があるが…まさにその通りである。
「だが、クラウはそれをこなしていかなかければならん。辛いだろうが、欲深いギルド連中を引っ張っていかねばならない。見栄で貴族と戦って、金で商人と戦って、剣で敵とも戦わねばならん…貴族というのは戦いの連続だ。
それにクラウが12になれば王都にて暫く滞在する事になるのでな、それまでにお前が食い物にされないように叩き込む必要がある。それが家族の為であり、家の為であり…何より、自分の為だ」
 有り難い、と言っておこうか親父殿。しかし王都にねぇ…あーやだやだ、貴族連中とこんな事するとなると心が折れそうだ。
「で、100点満点中、俺は何点ぐらいだった?」
 と、聞くと、親父殿が渋い顔をして、
「ふーむ…まぁ…そうだな…3点」
 うわ、話にならねぇ…何がいけなかったのか。言葉使いか、それとも他の要因か。
「…納得がいかない顔をしているな? 理由を聞きたいか?」
 当然である。打ち合わせ通りに事が進んだ筈なのに何故こんな低すぎるのか理由をさっさと言ってもらいたい。
「まあ、理由は色々あるが…それらは全て小さい減点だ」
「…大きい減点の理由は?」
「ふむ…こういう事だ」
 パチンと親父殿が指を鳴らすと、勢いよく部屋の扉が開き、ドカドカと入り込んできたのは、
「クラウディア様、ご機嫌麗しゅう…またお会い致しましたな?」
「どうも、若旦那様…お久しぶりですね?」
「…ふん」
 ブルーノ氏以下、先程の連中である。ていうか、帰ったんじゃないの? え? 如何いう事なの?
 混乱した俺は親父殿を見てみるとニヤニヤと笑い、他の三人を見渡しても皆が皆ニヤニヤと…。そんな意地の悪い笑みに囲まれた俺は急速に一つの答えへと近づいていく。
「大きい減点の理由だったな…それは、仕組まれた交渉だと気付かなかった事だ」
 あ、ありのまま起こった事を話すぜ…。『芝居を仕組んだ』と思ったら何時の間にか『仕組まれていた』…な、何を(ry)という状態。
「え、えー…なんで?」
 と、親父殿に聞けば、
「クラウは確かに賢く優しい…だからこそ、お前は騙されやすい。お前が貴族として、相応の場に出ればこのような策謀が当たり前のように渦巻いているという事を教えたかった」
「だからって、何も…」
 親父殿がやらなくても、と口篭ると、
「騙されたと気付いた時にはもう手遅れだ…。正直な所、父さんはお前にこの事をずっと教えたかった…そろばんの収入なんぞより、余程、な。
何も、人を信用するなと言っているのではない、信用の度合いを考えろ、と言いたいのだ。父さんも何時かは死ぬ…その時になってクラウが一人で頑張れるように、幸せな人生を過ごせるように…その助けになるのならば、父さんは何でもしてやる」
 …最近年のせいか涙腺が緩くなってやがる。くそったれめ。
「本当に良いお父上様をお持ちで御座います。我々三人は自ら信用できる、とは口にはしません。結果で、クラウディア様を信用させていく積もりですので、どうぞ宜しくお願い致します」
 ああ、畜生、期待しているぞ。結果を出せ…結果を出せば信用してやるぞ!
「――さあ、今日は息子が歩き出した記念日だ! 酒を持て!」
 わらわらと、事前に用意されていたのであろう料理達が運ばれ、グラスには並々と注がれる酒。
 くそう、今日は飲んで食って不貞寝してやるぞ。
「――乾杯!」
 ああ、今日ばかりは親父殿に完敗だ。この素晴らしき親父殿に――乾杯だ!



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