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No.3654の一覧
[0] 中世な日々[あべゆき](2008/07/30 02:20)
[1] 王国暦229年~234年[あべゆき](2008/11/19 02:59)
[2] 王国暦234年~豊穣の季節①~[あべゆき](2008/11/19 03:21)
[3] 王国暦234年~豊穣の季節②~[あべゆき](2008/12/04 01:38)
[4] 王国暦234年~秋のとある一日~[あべゆき](2010/06/24 16:27)
[7] 王国暦234年 Ⅰ[あべゆき](2010/06/24 16:34)
[8] 王国暦234年 Ⅱ[あべゆき](2010/06/24 16:30)
[9] 王国暦 234年 ―兄妹の付き人―[あべゆき](2010/09/19 00:22)
[10] 王国歴 234年 ―『武』には『文』で―[あべゆき](2010/09/22 05:00)
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[3654] 王国暦234年 Ⅰ
Name: あべゆき◆d43f95d3 ID:0480b5cb 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/06/24 16:34
 季節は晩秋、舞い落ちる葉が日々を彩る毎日。
 気づけば、親父殿が商談を終わらせてニコニコしているのを見ると一層、親父弄りをしたくなる思いです。
 さーて、今週のクラウディア君は、
・ クラウディア、頑張る
・ 親父殿、使えない
・ 母、撤退
 の三本となっております(違


中世な日々 王国暦234年 Ⅰ
 
 
 
「若様、狩猟権の決算表です。ご確認を」
「有難う、次は採集権に取り掛かってくれ」
 差し出された計算表が正しいか検算をし、
「通行税と関税については如何いたしましょうか?」
「別々に計算して俺に渡してくれ、時間が掛かりそうなら関税の品目別を書いてくれ、後は俺がやる」
 不明な点には簡潔に指示を出し、
「申し訳御座いません、商人ギルドの件ですが…」
「ああ、それなら確かここに…」
 勝手知ったるとばかりに手馴れた手付きで机から書類を差し出す。
 当初は俺を猜疑の目で見ていた徴税官達も今では忠実な部下である。
 それというのも、時代の所為か世界の所為なのかは知らないが、画期的なのであろう筆算を教え、俺自身もその現代での教育の賜物を発揮したお陰で、何時の間にやら、下っ端が座る大人数用のテーブルではなく上座にある責任者が座る筈の一人用の執務机に座っている始末。
 勿論、ある程度のやんわりとした苦言が漏れたが、徴税官達も何時の間にやら俺を頼りにしているという状態。
 我ながら本当に何故こんな事になったのかは分からないが、分かった所で目の前の仕事が無くなる訳でもないので黙々と仕事をこなす。
 総じて現在の人員状況を言うなれば、俺を連れてきた親父殿はあまりの仕事量に既に脱落し、母も俺の能力を確認するや否や脱落。本来は助手や計算役程度で連れてこられた俺が指揮を受け継ぎ、親父殿の配下たる役人連中を率いているのである。
 さて、両親がそんな使えない――特に親父殿――状況においても真面目に仕事に取り組んでいれば、早々時間は掛からず――とは言うものの半日は掛かったが――収入計算が終わった所で本来の責任者に結果の書かれた書類を渡す。
「…ふむ、素晴らしい。今年の税収計算は予想外に速くて嬉しいものだ」
 親父殿が、目を落していた書類から嬉しそうに顔を上げるとそう呟く。
 書類の中身は勿論、先程から取り掛かっていた我が家の荘園の租税と各種権利の収入表。
 嬉しそうな親父殿とは対照的にこれを計算した俺を含めた各種スタッフは既に精神的に参っていた。暫くは数字を見るのも嫌になりそうだ。
 実際に親父殿が計算や検算をしたのは極初期だけであり、当初は俺が計算を担当し親父殿が検算を担当するという事になっていたのではあるが、肝心の親父殿がこれまた使えない。
 ここの計算が違う、と自信満々に言い放つ親父殿に本当かと全員で検算をすると親父殿の間違いと判明。その後も計算ミスを連発し、自分達の足を引っ張るばかり。
 この時点で戦力外通告が出され、監督するという名目の、ただ椅子に座るだけのエキストラになった窓際族に代わり、指揮を執った母――後に俺 ――のお陰で順調に仕事をこなしていたのだが、ここでまたもや親父殿無双が始まった。
 自身は暇なのかもしれないが、俺達は忙しいのである。それなのに、ペニーとエインハルをドエニーに計算しといて、とかやっぱりペニーでお願いしまつ、とか、アス銅貨も忘れずにとか、あまつさえ、やっぱ今の無しとか。とかとか。
 ああ、少しばかり感情的になってしまったので話を戻そう。
 親父殿のお陰で予定ではもっと早く終わる筈だったのに、気付けば日の沈む頃にまで延長戦となってしまった次第である。最も、通常では二~三日は掛かるらしいので大幅な進歩振りである。
「本当に若様、様々です」
「ええ、全くその通り、この筆算なるものをご教授してくれたお陰です」
 親父殿の言葉を受け、口々に俺を褒め称えてくれるが、俺としてはこの徴税官達を褒めたい所である。
 黙々と子供の言うことをこなし、文句も言わずに仕事に掛かってくれたお陰であろう。
「確かにそれもあるが、貴様らのお陰でもある。何時も済まないな、これからも頼りにしている」
「光栄です、伯爵様。何時でも私達をお使いください」
 労いの言葉を掛けようと口を開いた瞬間に親父殿に良い所を持っていかれてしまった…この振り上げた拳はどこに下ろせばいいんだい?
「…ん? どうしたクラウ?」
「え、あ、うん、何でもない」
「そうか、クラウ、助かったよ。父さん嬉しいぞ」
 そんな輝くような笑顔で言われたら本当にこの拳はどこに下ろせばいいんだい?
 べ、別に親父殿に褒められても嬉しくなんかないんだからっ!
 でも、今度からも手伝ってあげても良いとか、そんなことは思ってない7歳児(♂)なんだからね! 勘違いしないでよね!

 親父殿のこの働きに対する給金に期待しておけ、との言葉を皮切りに一言二言、挨拶をして帰っていった徴税官達を見送り、仕事後の一服の時だった。
 干し果物を口に入れてのんびりと口に広がる独特の甘味を味わっていると、親父殿が幾分、真面目な顔で切り出した。
「クラウ、見事だったな」
 計算なら任せといてと、もう何回目かもわからない言葉を吐きつつ二つ目の干し果物に手をつけると、
「それもあるが、違う。役人達への指示の出し方と仕事の役割分担、無駄の無い総決算までの各種収入計算の順番だ。
それと、実はわざと黙っていたのだが…最も、クラウの事だからわかっていたのかもしれないが…」
 モゴモゴと、少し罰が悪そうに口窄みになっていくと隣に座っている母がクスリと含み笑いをしている。
「関税と通行税は一緒のようで違うのは、クラウ、知っていたのか?」
「…? 通行税は向かった先の領地に全額家の利益に入るけど、関税は種類によるけど一部が王家に入るって事?」
 親父殿の意図がわからず、とりあえず王国法に書かれていた税に関する事をつらつらと述べてみる。只の暇つぶしに読んでいたのだが、意外と頭に入るものであり、それが役に立ったという具合だ。
「うむ、収入と一言で区切っても、色々有るからな…今日は我が家の収入だったが、この関税は別計算でな。間違えると王家から叱責が来てしまうから、クラウにそれを分らせようとな…」
 それは構わないのだが、それならそうと、事前に言っておくなりしてくれても良かったのではないだろうか。
 別段、隠す必要も無いのではないか、と親父殿に告げると母は肩を震わせて笑いを堪えていた。
「う、うむ、まぁ…なんだ…クラウ、お前は父さんの子供だからな…その…なんだ」
 まるで厨房の頃の恥ずかしい過去を思い返すような顔をすると、いよいよ笑いを抑えきれないらしい母が珍しくも大口を開けて笑っていた。
「あはは、お腹痛いわ…。今思い返しても笑えるわね…。お父さんね、昔これで、大失敗してるのよ。
お父さんがまだ、次期伯爵の時分にね、クラウと同じようにお父さんがクラウのお祖父さん、当時の伯爵様ね…に手伝わせたのよ。最初に注意を受けているのに、間違っていてお祖父さんに怒られてね。まあ、これが一回目」
 やめて、エマ、やめてくれ。なんて言いながら母の肩をガタガタと揺らすが、それを片手で振りほどき、異にもせずに続きを話し出す。
「二回目は丁度、お父さんが伯爵位についた年ね。『伯爵という責任ある立場についたからには』なんて言って周りの諫言を押しのけて、自分一人で全部計算したらしいの。
勿論、計算ミスは多いし関税も間違っているしで、王都から使者が来たのよ。お父さん、顔が真っ赤でね、大恥かいたらしいわ。
そしてお母さんがお父さんの所に嫁いで来た年が三回目。お母さんにいい所を見せてやる、なんて言ってね、計算とか頑張ったのよ。勿論計算ミスはしなかったんだけど、肝心の関税を忘れていてね、また王都から使者が来たの。大変だったわ、本当に…。お父さんが『猛将伯爵』っていう異名から、プフッ…『関税伯爵』っていう…プフフッ…。
コホン…で、四回目はクラウが生まれた年ね。丁度クラウが生まれて、二日後に収支決算の時期だったの、お父さん、クラウが生まれてすっごく舞いあがっちゃってねぇ、やっぱり間違っちゃったの。そして、四回目ともなると、使者の方も慣れたものでね…ふふ、何て言ったと思う?
『オスヴァルド様、何時もの所が間違っております』
って、一言だけ言って直ぐに王都に帰っちゃったのよ。だから、クラウも気をつけなさい? お父さんの子供だから、将来厳しくチェックされるわよ」
 王国の歴史を見ても二回まではあっても、四回はあなただけよ。なんて言いながら干し果物を口にいれる母の顔は笑顔で一杯、だがしかし、もうやめて親父殿は今にも泣きそうよ。
「…まあ、つまり、父さんの二の舞にはならんようにな、実地でわからせようと思って、わざわざ、役人達に協力するように頼んだのだ。
間違っていたら、厳しく言ってやれと。最もその必要は無かったみたいだが…。大体、そのお陰で国王陛下との面識が深まったのだから問題は無いではないか」
「クラウはね、あなたとは違うのよ、あなたとは」
「…うん。父さん、もう寝る」
 寝室| λ..... 正にこんな感じに部屋を出て行く親父殿に掛ける言葉が見当たらず、見送る事しかできない俺を許して貰いたい。
「もう、またいじけちゃって…クラウ、ご苦労様。これからもお父さんを助けてあげてね?」
 やれやれ、と言う具合に親父殿の後を追いかけて部屋を退室し、俺も残ったお茶を一息に飲み干すと片付けを女中に頼み、ようやく折り返し地点に入るか入らないか、という具合まで読み進めた王国法を開く。単純に暇つぶしという点もあったが、将来的には役に立つだろうと思ってである。そして、それは以外にも直ぐに役立つことになった

 明けて翌日、空は快晴、風に舞う粉塵に糞尿が混じっているなんて考えないようにしながら、カッポカッポと馬に揺られる事数十分。向かう先は製作物ならなんでもござれの工房である。
 勿論、目的は単純明快――そろばんである。
 これが完成した暁には炭で真っ黒になった石版を洗うなんていう手間も省けて、更に計算能力の向上が期待できるという一石二鳥。ローテクも捨てたものじゃない。
 最も、親父殿は工房に行きたい=玩具が欲しい、と解釈しているようではあるが…もう何も言うまい。代金は多少割高になるだろうが、まあそこまで高い物じゃないだろう。
「して、若様。工房に玩具を依頼しにいかれるのですか?」
 手綱を握った無口な護衛にまでそう疑われる辺り、俺はまだ子供なんだなぁと実感。
「いや、ちょっとしたアイデアがあってね…まあ、使い方によっては玩具にもなる」
 あのそろばんの珠を滑らせるのを『遊ぶ』という分類にすればだが。
 どちらにしろ、玩具じゃないと言い張った所で栓も無い事だ…現物を見せて、その効果を実証するのが一番だろうよ。

……
………
「こらっ! 危ないからここには入ってくるんじゃねぇっ!」
 敷地内に入って、職人を呼んだ結果がコレである。
 流石に、子供一人だと悪戯と思われても仕方ない事かと思う。護衛は現在、馬を繋ぎに行っているのでここには居ない。
「兄さん、悪戯じゃない。少々作ってもらいたい物があるんだが」
「わかったわかった…じゃあ親御さんを呼んできな」
 あーもう、子供というのはこのような時は不便である。俺は○7才だ、と声を大にして言いたい所である。
「…今は親と一緒ではないので、代わりの人物で良いかな?」
「じゃあ、そいつで構わないから連れてきな。ほれ、さっさと帰れよガキンチョ」
 確かに刃物を扱う中、俺のような子供が来たら追い返すだろう…俺でもそうするからだ。だからこそ怒るに怒れない。親父殿と一緒ならばもうこの時点で一悶着があるだろうしな…。
 というわけで、護衛を待つ事数分。
「…というわけで、依頼をしにきたんだが」
 背後に立つのは完全武装した護衛の兵士、目の前には先程の職人。
 少しばかり冷や汗が見えるのは俺がそれなりの家の出だと気付いた所為なのか。というか、服装で気付いて欲しい所である。
「…ご、ご注文はどのような品でしょうか?」
 やはりというか、なんというか…やりにくい事だ。
「済まないが、石版と墨を貸してもらえないだろうか? 少々、口では説明出来ない代物なんだよ」
「直ぐに持ってまいりますんでっ」
 早速借り受けた石版に簡単な図形を描きつつ、口頭で説明する事に。
「まずはこの図を見てもらいたい。長方形の枠組が一つあって、区切る列は21列…この中に小さい珠を合計5つ入れる訳なんだが、見ての通り、上に珠を一つ入れた後残りの4つの珠と区切るわけだが、ここまでは理解できただろうか?」
「…どうぞ、続けてください」
 さて、目の前の兄さんはまだ多少は萎縮しているものの、真面目な顔付きで絵を凝視している。
 根は真面目な性分なのだろう…子供の戯言と思わないその男に悪い印象は最早霧散し、好感しか抱かないようになる。
「うん、珠を入れる場所であるけど、それぞれこのように、一個分の移動スペースを残しといて欲しい…そうだな、珠の形は指ではじき易いように、形も工夫して貰いたい…例えば、円錐を二つ会わせた菱形のような形で。そして、棒の部分は綺麗に磨いて欲しいんだ、引っかかっては気が散るから。
で、更に細かい所としては、長方形の枠組み――これを僕は梁(はり)と呼んでいるんだが――の中心点を基準にまずは分かり易い様に小さい印を付ける、で左右とも端っこまで三列づつにこの印を付けていって貰いたい。これが今回、製作依頼したい代物なんだ」
「成程…わかりました、引き受けましょう。とは言うものの、直ぐには出来ませんので…一日…いや、半日程時間を戴きますが…」
「構わないよ、丁寧に仕上げてくれればそれでいい。ああ、言い忘れていたが、大きさについては強度を保ちつつ、大きくなりすぎない程度が嬉しい。子供が片手でも扱えるぐらいが一番良いね」
 石版に描かれた珠の図を指で弾く動作をすると、職人は完全に理解したのか胸を一つ叩き、周りの暇そうな職人達を集めて作業開始。
「…ああ、坊ちゃん。ちょいと代金の事についてだが、持ち合わせはあるのかい?」
 そう尋ねてきたのは眉間の皺が特徴的な一人の壮年の男性。恐らくはこの工房の棟梁のような立場なのだろうか。
「今はコレだけしか手持ちが無いので、足りない分はツケで頼みたい」
 手にはペニー銅貨が10枚。家を出る際に親父殿から渡された玩具代である。
「…保証人の名は?」
「オスヴァルド・フォン・シュバルツ伯爵…俺の身分証明は、これでいいかい?」
 名前だけでは勿論信じてもらえないので、護身用に持たされている我が家の紋章が刻印されたナイフを壮年の男性に手渡す。
「まあ、証明できなければ、それを質として預かっといてもらっても構わない」
 ナイフとは言え、鉄製品、木材加工の品より余程高価なので質としても十分に効果がある。
「若様、それは…!」
 流石にこの行動に護衛の兵士が慌てたような声で俺の行動を止めようと身を乗り出してくるが、それを棟梁さんが手で止める。
「待て…坊ちゃん、依頼は受け取ろう。だが、坊ちゃんの出自が出自だ…余計な面倒事を避ける為にも詳しい内容を聞きたい」
 面倒事ね…それについてはこちらも同感、それに完全に意思疎通する為にもとことん話し合うのも悪くは無い。早速、石版を手に俺はまた要求仕様を語り始めたのであった。

 さて、予定通り半日程してから届けられたそろばんを試しに下に向けたり、元に戻したりと何度か行う…珠が引っ掛かったり動きが鈍いという訳はなく、まずは基本品質は合格。次に珠に棘あったりしないか注意深く観察しても須らく滑らかで、形も注文どおりの円錐を二つ合わせたような形である。
 いやはや、棟梁直々に良く話し合ったお陰か、それとも職人達の腕がいいお陰か満足できるだけの出来栄えに俺の頬は緩みっぱなしだ。
 パチパチと馴染ませるかのように珠を弾いてみると、案外、滑らかに俺の指は動いた。やはり頭で覚えていると体が勝手に動くものなのだろうか。
「…さっきから触っている、それは何なんだ?」
 親父殿が先程から見ているのは分かったが、漸く玩具の類ではないという事に気付いたようである。
「これは計算機だよ。名前はそろばん…今までは筆算で計算してきたけど、これがあればもう石版も要らないよ」
「わかったわかった…で、それは何なんだ?」
 この親父殿、まるで息子を信用していないらしい。
「本当なんだって、じゃあ試しに何か計算問題を出してみて」
「ふーん…では、そうだな…2687+987-1523の答えはなんだ?」
 どうせ無理だろうが、と決め付けている態度の親父殿を一泡吹かせるべく、珠をパチパチ。
「…2151だね」
 流石に何年か振りに触るので若干時間は掛かったが、追々思い出していけばもっと早くなるだろう。
「ローレンツ、答えは合っているか?」
 予想はしていたが、親父殿本人は答えが解っていないのに問題を出したらしい。健気な執事もそれは理解していたのだろうか、事前に準備していた石版に筆算を使って回答を導いていく。
「オスヴァルド様…若様の答えは正解で御座います」
 その言葉に信じられないという顔をするが、親父殿は数字を見たくないのか石版を受け取ろうともしない。
「…それなら、ドエニー銀貨168枚を全てペニー銅貨に換金する計算はどうかしら?」
 177枚換算でね、と、今度は母が俺に問題を突きつけてきたが、生憎とそろばんは加減乗除の四則計算全てできるという優れものなのである。…計算方法、少し忘れかけているけどな。
「…あ、そうか、こうするんだったな…29736枚だね」
 危ない危ない…流石に計算方法を度忘れしました、では話しにならないが霞みかかった記憶を辿って計算方法を思い出し、答えに導く。
 勿論、計算役は執事であるというのは言うまでも無い。
「奥様…29736枚…若様と同じ計算結果が出ております」
 流石に信じられないのか母は執事から石版を受け取ると、自らが計算をしていき…答えが出たときには感心したかのように声を漏らした。
 だがそれでも親父殿は信じていないのだろう、猜疑の目で俺を見てくるので挑発するかのようにそろばんを振ってシャカシャカ音を打ち鳴らす事で対応する。
「……」
「……」
 シャカシャカシャカシャカ…珠の奏でるメロディが場の空気を支配する。詰まる所これは戦いであり、勝利を確信している俺に逃げるという選択肢は存在しない。
「……」
「……」
 経験上、ここらでそろそろ親父殿が仕掛けてくる筈だ…。
「……」
 ピクリと親父殿の眉毛が動くのを見て、攻撃を仕掛けてくると確信。
「……エインハル銀貨128枚をペニー銅貨に換算した後、一ヶ月分…一日何枚使えそうだ?」
 成程、乗除複合問題と来ましたか…甘い、甘いなぁ親父殿は…除算の計算方法を思い出している俺に対しては悪手の極みである。
 ニヤリ、と笑みを隠す事はせずに堂々と勝ち誇った顔でそろばんを弾いていく俺。残念ながら容赦はしない…何度か復習をしたお陰か俺は往年の動きを取り戻しつつあり、手早く回答を弾き出し、そろばんから手を離す。
「……」
 チラリと親父殿の顔をみるとニヤニヤと趣味の悪い顔で俺を眺めていた。恐らくは答えを言わない俺を見てギブアップしたのだろうと思っているに違いない。
――勝ちを確信した時には負けている。
 そんな言葉をどこかで見たが、正に親父殿はその通りである。テーブルに置かれた石版の表側に俺は答えを書き、それをわざとらしく、親父殿に見せてから石版を裏返し筆算を行う。やがて、計算を終えた筆算のほうの答えを表にして親父殿の目の前に差し出す。
 筆算を目で追っていた親父殿はやがて、石版を裏返し――
「……クラウ、詳しい計算方法を教えてもらおうか」
――その言葉を待っていたよ親父殿。
 我が家にそろばんが採用された瞬間である。


おまけ

親子の戦い~歴史の真実~

親父殿「詳しい計算方法を教えてとクラウに言ったけどな」
母「はい?」
親父殿「正直な話、クラウの筆算が合っているのかどうか全然わからんかった」
母「……」
親父殿「あれって計算合ってたのか?」
母「……間違っているのは私が嫁いだ先だと思うの」


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