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No.3654の一覧
[0] 中世な日々[あべゆき](2008/07/30 02:20)
[1] 王国暦229年~234年[あべゆき](2008/11/19 02:59)
[2] 王国暦234年~豊穣の季節①~[あべゆき](2008/11/19 03:21)
[3] 王国暦234年~豊穣の季節②~[あべゆき](2008/12/04 01:38)
[4] 王国暦234年~秋のとある一日~[あべゆき](2010/06/24 16:27)
[7] 王国暦234年 Ⅰ[あべゆき](2010/06/24 16:34)
[8] 王国暦234年 Ⅱ[あべゆき](2010/06/24 16:30)
[9] 王国暦 234年 ―兄妹の付き人―[あべゆき](2010/09/19 00:22)
[10] 王国歴 234年 ―『武』には『文』で―[あべゆき](2010/09/22 05:00)
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[3654] 王国暦234年~豊穣の季節①~
Name: あべゆき◆43aa77d9 ID:b76e6f71 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/11/19 03:21
 太陽がゆっくりと山の方へとその身を落とし、赤い月と青い月がそれを追いかける様に徐々に美しい姿を見せ始める。空は蒼から茜へとその色を移し変え、つられて重く穂先を垂らした麦や、汗にまみれた農夫達の顔も染まってゆく。
 どこか幻想的なものを感じるこの情景も、ここに住んでいる者達からすればありふれた一日の仕事終わりの合図程度にしかならないらしい。先程までせっせと畑仕事に精を出していた者たちは、今日の愚痴と、刈り入れの段取りなどを話しながらゆっくりと帰路につく。人々の顔は明るく、段取りをつけている最中でも彼らの声はどこか弾んでいる。勿論、酒なぞ飲んでもいないし、依存症のあるお薬を皆で服用する決まりがある訳でもない。気を引き締めていなければ、つい今年の麦の出来のよさに頬が緩み、声が弾んでしまうのだ。
 地理だろうか気候だろうか、今までは領主に麦を収めればその年一杯生活できるかどうかの少量の麦しかとれなかったのだ。それがどうだろう、今年の麦は実がつきすぎて穂先が地面に着くのではないか、と言うほど垂れている。
 これだけ出来が良ければ、多少領主が多めに麦を持って行くだろうが、それでも例年と比べれば格段に楽な生活が望める。彼らの声が弾んでしまうのも無理のない話なのだ。
 そんな農夫達とすれ違うたびに魚を交易品に訪れた旅商人はあまりの豊作振りに今年のエールはきっと美味くなるだろうと、そしてそれを売れば幾ら儲かるだろうと眼をぎらつかせる。町商人との争奪戦は例年以上に盛り上がるだろう。
 そうした争奪戦を今年はどうなるのかと面白可笑しく喋りながら、獣肉の干し肉を肴に美味しいエールを飲ませてくれる酒場は騎士や傭兵がごった返し、喧騒は深夜になっても終わる気配が無い。
 そんな中、一人の騎士がこれからの幸運を得る為には女神を抱擁すれば良い、という傭兵の与太話を信じて女神に見立てた娼婦を酒場の2階にある部屋に引っ張り込み、周りの者も我も我もと騒いでいる
 嬉しい状況に店主は、笑顔を振る舞い過ぎて頬の筋肉の痙攣が治まらない。なんて下らない冗句を飛ばしては、皆から失笑を買っていた。
 農作物だけでなく、街中にも訪れる豊穣の季節。
 だが、光有る所に影あり。
 誰も彼もが恩恵に預かる訳がないのが罪深き人間社会。
 誰かが笑うと言う事は誰かが泣き、その逆もまた然り。
――ままならないものです。


中世な日々 王国暦234年~豊穣の季節~


「では、伯爵様…是非とも私共にお願い申し上げます」
 我が家に身なりの良い丹精な顔をした商人が来たのが半刻程前。
 家令が案内し、親父殿が張り切って客間の扉を開け、暫くするとその商人が立ち去っていく。
 既に2人目である。昨日が3人、まだ昼にもなっていないのでまだまだ来客が来るだろうと予測できる。
「ふむ、先程の奴がダカート1枚とドニエー13枚…か、最高額か? しかし、他の馴染みの…むう…」
 ぶつぶつと呟きながら、何やら真剣に弄くっている親父殿の手には、小さいコインが一枚チラチラと見えている。
 気になった俺は親父殿の手元、何枚かのコインの内、手垢で濁ったのであろう一枚に手を伸ばし、親父殿と同じように弄くろうとしたのだがどうにも、おかしい。コインにしては装飾が豪華のような…。
「駄目よ。それは玩具ではなくお金だからね、返しなさい」
 ピシャリと母に叱られた為、手渡そうとするが、其れを母の膝の上にいたモニカに取られてしまった。
 しかし、これがお金か、紙幣に慣れた身としては中世真っ只中のような貨幣を現物で見るのは初めてである。
「アレも、お金?」
 指差す先には先程の幾枚かのコイン。
 どれもこれも、汚れて元の輝きは見れそうにも無い。
「そうよ、例えばこれはドニエーという銀貨」
 先程、俺が持っていた貨幣、モニカは返して返してと手を伸ばしている。
「そして、これがペニー銀貨、こっちがエインハル聖堂銀貨…この一番小さいのがアス銅貨よ」
 指先をあっちこっちに指してくれる母に悪いが、そもそも、指先が既にどれを指してるのかがわからない。
 そして、モニカは貨幣を返してくれないので泣きそうだ。
「…47ドニエーと36ペニー…しかし、今後の価値が…おい、ローレンツ。書具モッテコイ(‘A`)」
 唸っていた親父殿が薄い石版と黒炭を持ち、サラサラと手を落ち着けなく動かしているのだが、どうにも顔色が優れない。
 そこで、母が手助けして同じように手を動かすが、段々と手の動きが遅くなり、最終的に親父殿に石版を押し付けると、モニカに構い始めた。
「…おい。ペニー銀貨230枚を、アス銅貨500枚以上確保して、残りをドニエー銀貨7割とエインハル聖堂銀貨残り全部に振り分け、来秋の収穫まで一月に使用できる金額を言え」
 そう、顔を伏せたまま呟くと、母は顔を窓に向け、家令は表情が硬くなった。
 誰も答えない、沈黙の部屋。どこか懐かしい、にほひですね。
 ああ…これはあれだ、学級委員決めに似ている。面倒なので誰もやりたくない委員会の仕事、先生が希望者を募っても誰も名乗り出ず、結局、強制的に決めるまで帰れない、終わりの会。
 そして、こういう場での発言や挙動は即ち、委員に任命されるという…!
 だが、早く帰りたい生徒諸君は誰でもいいから押し付けて帰るのだ…。そして押し付けるのは発言者自身よりヒエラルキーが低い、もしくは、頼りになる人物というのが相場であり、即ち――
「…ローレンツ、頼めるかしら?」
「……ッ!」
――憐れ、両方を兼ね備えた人になるわけなのです。
 現代も中世も、地球も異世界も変わらないですね。ある意味落胆、ある意味安心です。
 家令は苦い顔をわずかに出しながら、失礼します。と計算の為に石版を借りるのだが、遅々として答えがでず、親父殿は少々ご立腹の様子である。
 しかし、遅い。何故こんなにも時間が掛かるのか…親父殿もそうだが家令とて出来る筈なのだが…。
「無理なら、俺がやるよ?」
 その一言が部屋の空気を変えた。即ち、コレ無理…から、無茶しやがって…である。
「お前には出来ない。ローレンツ、続けろ」
「はいかしこました、しばらくおまちくだしあ(棒」
 俺を軽くあしらい、再び矛先はローレンツへ。
 親父殿は無能な上司の如く結果だけを求め、母はモニカに必要以上に構っている。モニカが泣きそうだ。
 面倒な事は誰もしたくない、多少の無礼も黙認だ。
「だから、俺がやるよ。まあ、任せといて」
 家令からひったくるように石版を取ると、そこに書かれていたのは三つの計算式。
・一番上の空白には母の綺麗な筆跡で500÷165=3~4 小数点ぐらいなんとかして欲しい。
・ど真ん中には親父殿の汚い筆跡で165+165+165+165=630 既に論外
・一番下には家令の細長い筆跡で165×4=  計算中ですね、お疲れ様でした。
「………俺、もう習ったけど。父さん達は?」
 なんでこの計算間違ってるの? 馬鹿なの? 脳筋なの?
「………父さんは少しだけ、苦手でな。た、戦いじゃ強いから問題無い」
 少しばかり居心地が悪そうな親父殿。
「………母さんも少しだけ、苦手なの。お、お母さんも、ね、実は王都の騎士団に所属していたのよ?」
 目線を逸らす母。
「………私はその…少々、年が年でして。こういう計算はその…じ、時間をかければ…」
 しどろもどろに答える家令。
「………(゚ω゚)」
 そりゃね、普段から親父殿の武勇伝とか家の歴史とか聞いてるよ。武門の名家だって、建国時の将軍だったって。
 凄かったんだろうね、うん、我が家の基本は大ふへん者ですね。わかります。
 さて、230ペニーをなんだっけ?
「父さん、230ペニーをドエニーとエインハルとアスだっけ? 後、両替した時が 1ペニーに対して教えて」
「あ、ああ…そうだ。1ペニーがドエニー銀貨で大体2枚だ、エインハル聖堂銀貨が大体3枚。アス銅貨が…」
 大体って何よ、これどうみても領地の租税だろ…。適当はいけないね。
「できるだけ正確な相場を言って欲しい、これ、家の予算だろ。しっかりしてくれ、父さん」
「面倒だぞ…? 1ペニーがドエニー銀貨で1.36、エインハル聖堂銀貨が2.12。アス銅貨で165枚だ」
 できるもんか、と高をくくっている親父殿にムカつきつつ、忘れないように端っこにメモをしておく。
「えっと、230ペニーの内、アス銅貨500枚以上だから…3枚じゃ足りない、4枚分いるね。…660と。残り226ペニー銀貨か。
それを7割だから226*0.7でペニー158.2枚、四捨五入で158*1.36と…。はい、ドエニー214.88枚、と。
で、残りをエインハル、ペニー68枚…68*2.12=と、エインハル144.16枚か。
とりあえず、これで計算をして、1年が10ヶ月、一月につきドエニー銀貨21.488枚・エインハル銀貨14.416枚にアス銅貨が66枚だね。
――ほい、できたよ。ついでに日単位で計算しようか? それともキリがいいように計算し直す?」
 こんなもん、すぐにできちゃうお。ゆとり世代なめるなだおwww⊂(^ω^)⊃
 僅か5分にも満たない時間を計算に費やした俺は、結果を書いた石盤を親父にどんなもんだ、と誇らしげに見せ付ける。
「…なんだ、これは」
 鳩が豆鉄砲を食らう顔を期待していたのだが、その顔はそれには程遠い、能面。
 親父だけでなく母も家令も皆一様に表情を無くしているが、そんなにも信用できないのだろうか?
「先に言っておくけど、正確だよ。試してみる?」
「どうやったら、このような、計算式になるのだ」
 そこかい。呆れた俺は四則演算の簡単な筆算を教えてやった。
 どうやら、筆算のような計算方法は無かったらしく親父殿や母は凄く驚いていたが、原理を理解すれば、簡単なので真綿に水を染み込むような感じに理解し、母は楽しそうに先程の計算をしている。基本的には頭の回転が速いのだ。
 親父殿? ははは、敢えて言うまい。
「他に有ったら計算するよ。あ、その前に果実水が欲しいな」
「ローレンツ! すぐに果実水を持って来い! 無ければ買ってこい!」
くらう が 賢い子供 に なった!

……
………
 母が自室に戻り、モニカも昼寝を堪能している最中であろう、部屋には親父以外には側仕えの女中が控えているだけ。
 鼻歌交じりにワインを口に含んでいる親父殿は俺に予想収入だけでなく、予想支出すらも任されていた。
 燃料代・食費代・交際費・人件費に不測の事態に備えた貯蓄等、領地経営と家政に必要な必要最低限の予算を抜き出し、残りの収入を必要に応じて振り分ける作業を終わらす。それを親父殿に解り易く工夫を施した所で提出する、先程から繰り返された作業である。
「素晴らしい。所でクラウ、この人件費だがこれだけ必要か…?」
 どうやら、人件費に多少の色をつけたのが気になるらしいが、親父殿が強く出ないのは偏に俺を怒らすと、仕事が相対的に増えるからだろう。
「人件費を下げるぐらいなら、このペニー銀貨で15枚分の謎の支出をなんとかしたほうがいいんじゃない?」
 我が家の総収入は聞く限りでペニー銀貨230枚程。
 一割にも満たない支出だが、銀貨一枚で大人が一年過ごせる事を考えると無視できない支出であり、用途を聞こうとも答えようとしない。
「これは必要な支出だと言っておるだろう? 冬も近い、体を壊すといけないから、この人件費を減らして燃料費に当てようではないか」
 まだ言うか、今でも十分以上に使っているじゃないか。それに子供は風の子、俺にはそこまで寒く感じないので問題無い。気候の関係上、寒いではなく冷たい感じなので楽である。
「自分達だけ使うの? 何に使うの?」
「それは、あれだ、暖房とか照明とか」
 しどろもどろに答える親父殿だが、異議ありと声を大にして言いたい。
 暖房に必要な設備は暖炉である。照明は薪を使っているため風通しの良い部屋。
 必然、女中さん達が使っている屋根裏部屋にはどちらも無い。
「屋根裏部屋で、暖かくて明るくなるんだねー凄いねー何処で燃やすのー?」
 動揺が顔に出ているが、父としての威厳だろうか低い声で、しかし、はっきりとした声で、
「む、決めるのは、父さんだ」
 と、暗にお前に決定権は無い、と。
 そっちがそうなら、こちらもカードを切らねばあるまい?
「じゃあ仕方ないね。そろそろ、母さんの所に行こうかな…」
 同じく、もう計算してやらねー、と意思表示。
「まあ、まてまて。お前も、美味しいもの食べたいだろ? 毎日一杯ご飯、食べたいだろう? な?」 
 これが効いたのか、譲歩案を出してきたがそれは受け入れられない。
 家令や乳母。更には家庭教師…これらを上級召使。馬係・庭師・女中さんは下級召使に分類され、待遇や地位が全然違うのだ。
 違いを簡単に纏めると上級召使は『給料凄い・主人が食った後の残った料理食える・個室有り・辞めた後退職金や土地を貰える』等。
 反面、下級召使は『給料酷い・食事酷い・重労働・屋根裏や地下室等、劣悪な環境の部屋に雑魚寝・退職金や特典無し』等。更に我が家ではありえないが、他の所ではここに伽も入るらしい。尚、女中長は中の下程度、普通より少し悪いぐらいです。閑話休題。話を戻そう。
「そうだねー、黒パン、萎びた野菜と腐りかけた乾し肉、捨てるのは勿体無いから仕方ないよね」
 自分達だけ良いの食べるんだろ? 女中さん達の食事は変わらないんだろ? ん、いうてみ?
 まあ、親父殿の沽券に関わるし、あえて言わないけどね。
 俺はあまり食べれないし、現代の料理と比べると全てにおいて悲しくなるので多少、質や量が落ちてもどうでもいいが…これが、和食なら俺は屈していた。

父「………」  俺「………」  メイド「……(; ・`д・´)」

――静寂。女中さんは自らに関わることなので既にガン見だ。
 そして、声を、発したのは…
「クラウは何時からこんな事をする子供になったのか…。10アス銅貨」
 嘆いた顔の割に続投。つまり、今のお給金に+10アスという事なのだろう。
 俺の目的は、女中さん達の待遇アップによる変人の汚名返上と、愛。
 親父殿の目的は、日常生活の向上。
――戦闘開始と、いきますか。
「…完全な余りが10ドエニー。下級使用人だけに対し、100アス。残りの三割を貯蓄、後は御自由に」
 戦争に完全勝利というのは無きに等しい。最も近いであろう、日本海会戦では、様々な要因が複合された結果に幸運がたまたま付いたにすぎず、常にそれを期待するのは馬鹿だけである。
 故に、妥協点を模索する。お互いが得するために。
「飲めないな、20アスだ。」
 それは当然だ。我が家にいる下級使用人は14人。合計でペニー銀貨約6枚分も増加するのだから。
以前まではペニー銀貨2枚程度、とてもではないが承諾できないだろう。
 そして、恐らく親父殿の妥協すべき金額はその程度。
「…40アスと貯蓄一割」
 一気に譲歩をするが、これは、交渉終結の合図。恐らく親父殿はまだまだ引き出せると思っている事だろう。
「駄目だ、20アスだ」
 そらきた、さて、次が妥協点かな。たった一つだけ持つ俺のカードをもう一度使おうか。
「下級召使に対し来年の今日まで、合計40アスと俺の手伝い。そして、緊急時の貯蓄一割。それ以降は、また別で交渉って事で」
 この辺で妥協するだろうよ、親父殿は、つまり来年まで俺を文句無く使えるのだから。
 そして、骨子が決まれば後は微調整のみ。
「もう一声」
「30アス、これ以上は無理だね」
 ここまで来れば最早、茶番である。
「乗った。さて、クラウ? 早速頼もうか」
「うい。で、次は何をすればいいの? あ、何か飲み物持ってきて」
 女中さんは嬉しそうな足取りで飲料を取りにいき、これを出会う他の使用人に伝えるだろう。
 親父殿も面倒な仕事から解放された為か嬉しそうだ。
 まあ、唯一の問題は、この溜まっていそうな仕事は何時ごろ終わるのだろうかって事。

 日が既に地平線の果てに沈み、夜空を照らす大小の二つの月が昇りきった時間帯、ようやく俺は親父殿の要望を終わらせた所であった。
 外にある水瓶に入った水を少しばかり拝借し、黒炭で黒くなった手をヒヤリと冷たい水が汚れと熱を落していく。
 まだ秋だというのに、この冷たさ…麦の収穫を終えれば、直に冬になるだろう。寒さに震えながら水仕事をする召使に比べれば、何と自分の恵まれたことか。
…以前は一人になると現代の事ばかり考えてしまったが、最近はめっきり少なくなっている。ここの生活に慣れたのか、それとも、諦めたのか…。
「若様? こんな所で座り込んでいたら、お体が冷えてしまいますよ?」
「え? あ…そうだな」
 どうやら結構な時間、一人で考え込んでいたらしく、手の汚れは完全に落ちていた。
「御手を洗われていたのですね。どうぞ、お拭きください。お召し物の方は、明日にでも洗濯しておきますので…」
 そういって、綺麗な布を差し出してくれるので有難く使わせてもらう。
 手だけと思ったが、服まで意外と汚れていたとは。暗いからわからん。
 しかし…最近本当に慣れたな。以前は遠慮しっぱなしだったのだが。
「あの…話は伺いました、その、ありがとうございます」
 急に礼を言われても、困るのだが心当たりが一つ。賃金の事であろう。
「その、一つだけ宜しいでしょうか?」
「ん?」
「何故、でしょうか…」
 自分はこんな子供に何を言っているのだと、言うように小さい声で俺に問う女中さん。
 わからないでもない。今の俺は7歳、小学生なのだ。
 しかし、子供でも貴族である。平民が貴族に問いかける等もってのほかだ、とも思っているのだろう。
 ここは、そんな世界。身分が全てなのである。
「んー…例えばさ、ちょっと手を見せてくれる?」
「…? どうぞ」
 そうして差し出された手は驚くほど冷たく、カサカサで、ヒビ割れた所もある。
「この手荒れは洗濯とかしているからだよな?」
 冷たい手を包み込むように温めてやる。小さい手だけどね。
「え、ええ、そうですが…」
「例えば俺達が着ている服が汚れたらどうだ? 洗ってくれているだろう。
どれだけ寒くても、どれだけ手が荒れようとも毎日丁寧に洗ってくれている。これだけ荒れていたら相当痛いだろうに、我慢して働いてくれている。
なのに、君達の服は毎日同じ服を着ている。洗えるときなんて休みの日だけだ。一部の使用人は、代わりの服すら持っていないというのに。
料理だってそうだ、俺達は毎日、新鮮な食材を使っている。その新鮮な食材を毎日、料理人達が頑張って作ってくれているからこそ、俺達は『おいしい』と言えるんだ。
だが君達はどうだ、萎れた野菜や腐りかけの肉、不味い黒パンばかり、ワインなんてもっての他、薪は高いからと白湯すら飲ませてくれないだろう?
俺達貴族は寒いからと薪をすぐ使うくせにな。
そんな状況でも頑張っている人に対して俺達は貴族だからと何もしない。
…俺達が悪くても『貴族だから』で済ませてしまう…馬鹿らしいと思わんか?
俺は、朝から晩まで休み無しで働けない。
俺は、手が荒れてまで綺麗に洗濯はできない。
俺は、ワインを造ることはできない。
俺には、美味しい料理は作れない。
『貴族』なのに、出来ないことだらけだろう?
だから、せめて――」
「………」
「――せめて、これぐらいはさせてくれよ、な?」
「…はい。若様…ありがとうございます…ありがとう…ございます…」
 そう言って、俺は部屋に戻ろうと屋敷に入ると、後にはすすり泣くメイドさんの声が聞こえてきた。

やれやれ…こうして変人の地位を固めていくんですね、わかります。



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