まえがき。
だいたい自分はモノを書くにあたり、自分がリアルタイムで嵌っているコンテンツを詰め込めるだけ詰め込んでいって、そのあとで収斂させていく感じをとってます。
というわけで、今回の話はマジンガーZ(今川版)とか、私のあしながおじさんとか、電撃デイジーとか、スクールウォーズとか、大奥とかを纏めて圧縮したものになっております。
もちろんそのままだととっ散らかって、小説のカタチにならないので、なにか一本線を貫くような設定が欲しいなぁと数箇月ほど悩んでいたのですが、ちょっと病院にあった雑誌に乗ってた一枚の写真で、この小説の方向性が決まりました。
いや、見た瞬間これだっ、って思ったわけですよ。
ちなみにその雑誌には『重さに痺れ、強さに憧れる、重機萌え!』というキャッチコピーがありました。そして二ページ見開きでトンネル掘削機の写真ですよ。かっこいい。一撃で虜になりました。泥と粉塵と鉄屑の物語が、一枚の写真から余すところなく伝わってきました。
ドリルは男の象徴だ野郎ども。
ファンタジーで工業重機が書きたかったのですよ。いいよね重機とか。男のロマンだよね。
そういうわけで、そんな話です。
あと、自分の他作品からキャラを使い廻してますが、物語的ストーリー的なつながりは一切ありません。ご了承ください。
地下200ausの深度で、薄く連なるオーロラの光子が坑道内を明るく照らしている。発光しなければ目に見えないほどに微小な粒子である。
リリエーラ級光子精霊たちが織り成す光の奇跡であり、光子精霊たちの住処である場所でしか見られない珍しい現象だった。
狭い坑道内に、『芋掘り機』のエンジン音だけが響いていた。空気の対流がないために、トンネルの中はまるでサウナのように暑い。まあ、仕方ない。僕たちがやっているのはなにせ盗掘だ。労働基準なんてあってないようなものである。
この作業は、正規の手順を踏んでいない。
本来、数百人がかりでやる作業を、数十人でやっているのだから当然だ。
掘り進む坑道は水で湿らせて粉塵の発生を抑えるのが普通だが、それも行われていないためにマスクをしても時折咳き込むほどだ。
旧型の『芋掘り機』は、最新型と比べて静粛性など考えられていない。音が落盤を誘発する可能性だってある。
動力源である使い捨て型の光子精霊(バリエラ級)の悲鳴が坑道内に反響して、やかましいことこのうえない。
さらに坑道内はむさい男ばかりだった。
笑わば笑え。
坑道の先を掘り進んでいるのは、『芋掘り機』の愛称で知られる工業機兵だった。地底掘削機。あるいはブームヘッダーとも呼ばれているモノのはずだ。
『MINERVA』社初期の傑作として知られている。
だが発売から十年以上たった今は、もうただの骨董品でしかない。工業機兵に対するトラブルや故障は、これ一台所有するだけですべてを体験できる、なんて笑えないジョークも広まった。
この『モグラ坑道』は、十年にも渡って盗掘者たちが掘り進めてきた結果、誰も奥を把握できないぐらいの巨大迷宮になっている。地下に眠っている巨大地下都市と神殿などと合わせて、一度潜ってしまえば数年かかっても探索しきれないだろう。もちろん、地上からの補給も欠かせない。この地熱とオーロラのみの光量とありとあらゆる過酷な状況下で、まともに生きていられるのは一日やそこらが限度なのだろうが。
というか、十回二十回程度潜ったぐらいでは表層すら把握できない。迷って間違いなく死んでしまうために、現行犯での逮捕はとっくに諦められているという噂も聞こえてくるし、おそらくそれは真実だろう。
ピィイイイイイイッ。
『芋掘り機』が後方に排出した土砂を、さらに掻き分けるためにシャベルを振るっていた僕は、班長の休憩の笛で作業の手を止めた。太陽など遥か上にあって時間の経過などあってなきがごとしであるが、どうやら昼の大休止らしい。
一息つく。
班ごとにわらわらと休憩をとっていた。配給のパンとお茶が配られている。みんな急いで掻き込んでいたりする。この暑さだと、座っているだけで体力を消耗していく。ロクなものではない。みんな口を開く気力もなかった。
「新人くんは、よく働くなぁ」
「金が必要なんですよ」
「それはまた。若いのに大変だな、自分自身でも買い戻すつもりなのか」
ペアになっているセオドアさんが、呆れたように言った。
自分自身を買い戻す、というのは別に洒落た言い回しをしているわけではなく、ただ親に売られたのか、というのをオブラートに包んでいるだけだ。僕は曖昧に濁した。売り払ってくれるような親がいてくれればまだマシだったのだろうが、僕は生まれてこの方、親の顔など見たこともない。
この国での成人は、14歳とされる。酒が飲めるのは18歳からで、20歳になってようやく、身分証明書を見せることでガンショップで銃器が買える。
僕はようやくこの間、ガンショップで自由銃器が買える年齢になったわけで、それほど子供というわけではない。
第休止の終わり間際に、セオドアさんから忠告された。
「『死ぬ気でやって死んだものはいない』、というが、この歳になっていまさらながら気づいた。それは嘘だな。この場所では、死ぬ気で働くと普通に死んでしまう。適度に力を抜くべきだ。引くべきところは、ちゃんと引こうな」
「なるほど」
人生の先輩による含蓄ある言葉だった。
僕は人生のメモ帳のはしっこに記しておくことにした。軽く見たわけではない。だが、僕はすぐにこのセオドアさんが言った言葉の正しさを思いされることになる。
エンジン音が止まった。
故障か、と保全担当が『芋掘り機』の前に集まっていく。いや、違うらしい。故障じゃない。静かにしてくれ。起こさないように。なにを? なにを? なにを? まさか?
静寂のような伝言ゲームが、人の音の波に乗せられて拡散していく。
「――野生の、光子精霊だ」
息を潜める。
ここから見えるすべての人たちに、同質の緊張感がはしっていた。息を吸い込むのすらはばかられる張り詰めた空気が周りに伝播していく。
僕たちは鉱石の採堀が主な仕事なのだが、おそらくこれは『大当り』の部類なのだろう。中級であるベスナディア級以上の光子精霊は、その体積と同じだけの嵩の金と同額で取引されている。
ハイリスクハイリターン。
光子精霊に挑むのなら、ここからは自分たちの命をチップにする必要があった。
妖精の尻尾、天使の雫、神の涙石、紅に発光する金などと、光子精霊を例えるべき単語は数多い。生きた光子精霊は、そのサイズと性質にもよるが、当たりを引けば、巨万の富とひきかえにできる。
光子精霊の資質や性格など百通りでもくくれないぐらいだが、相手にも一定の意思はある。捕まえようとすれば犬や猫でも抵抗するように、捕獲の際に発狂した光子精霊との戦闘事故が起こるにしても、それはリターンに対するリスクと割り切るしかない。そのリスクはこの仕事を受けたときに心に決めたことだ。
いや、そもそも光子精霊に引きちぎられるなら、まだマシな死にかたなのかもしれない。
落盤事故、酸欠による意識混濁、粉塵による肺障害、テリトリーの踏み荒らしによる他組合とのトラブル、薄暗く誰も広さを把握できないこの坑道内では、このうちひとつにでもぶち当たれば生きて帰れる見込みはない。
坑道で働きたいなら、盗掘などする必要はない。
大企業の庇護を受ければいい。
都市の中心部では、採堀から運搬までがすべてオートメーション化されていて、三交代であらゆる保険に入りつつ、しかも月給制だ。その恵まれすぎている大企業で働くことをよしとせず、僕たちはここにいる。それはやはり、黄金に魅せられたからだ。
太陽の光も射さない『迷宮都市』と言われるこの場所で、一攫千金を夢見て、汗と泥と塵に塗れているのは、すべてこの一瞬のためだ。
だが――
揺らいでしまった。
死にたくはない。マトモに働いても手にできない金が手に入るとして、五割の生存率に命を賭けられるのか。
自分に問う。だが答えは出ない。
答えを求めて、セオドアさんを見た。
絶句した。
セオドアさんは、シャベルを獲物の携行ロケット砲に持ち替えて、ギラギラと欲望に瞳をたぎらせていた。
ああ――僕はなにを期待したんだろう。暑さでおかしくなっていたらしい。まさか、ここでセオドアさんが命には換えられない。引くべきだとでも皆を説得してくれるとでも思っていたのだろうか?
答えは、決まっている。
こんな場所にいる時点で、すでに手遅れだ。
セオドアさんが、自分自身の言葉を完璧にやり遂げられるほどにマトモなら、そもそもこんな場所にはいない。
――そしてそれは、僕も同じだったはずだろう?
自分自身の生き方を決める選択肢など、ここにはない。僕たちの生き様は、野垂れ死にと相場が決まっている。あとはそれが早いか遅いかだけだ。
その場所は空洞になっていた。
数十人がいて、広がれるだけの余裕がある。橙色に瞬く光子精霊が、敏感にこちらの敵意を察してか警戒色を発している。
班長が手を挙げると同時に、あらゆる光と爆発が光子精霊に降り注いだ。
だが、相手も俊敏といっていい。
明滅する光は天井を周り、バズーカやロケットでは狙いにくい位置に逃げてしまった。そして、そのまま光子精霊は辺り一面の鉱石を取り込み始めた。
全員がその意味することを悟り、
「囲めっ!!」
「回り込めっ!!」
「ぶち殺せっ!!」
それが完成するまえに、勝負を決めようと手持ちの全弾を叩き込んでいた。
直視できないだけの閃光が網膜を直撃し、爆音が周りの岩盤を揺らす。皆、温存した火薬すべてを注ぎ込んで、落盤が起きなかったのは幸運だった。だが――その幸運は、そこから始まってしまう不幸ですべて帳消しにされた。
煙の中から、火炎放射器の照準がこちらを向く。
狭い坑道内で、これほど有効な兵器はないであろうという殺戮兵器が放射される。数少ない酸素を喰らい尽くし、光源のほとんどない地下をまるで昼間のような明かりに照らし上げた。
正面にいた五、六人が、全身を炎に炙られて悶えているのがわかった。炎による火傷はもちろん、空気が燃えて息ができないのだろう。
『ミノタウロス』。
ビル二階分に相当する巨躯が、爆炎を引き裂いて姿を見せた。
光子精霊が自身をコアとして、各種霊子結晶からなる強化外殻と結びついた結果、現れるものを戦機巨兵と呼ぶ。原理としては僕たちが使っている『芋掘り機』と同じだった。学習させたプログラムと、工業用と戦闘用からなる外殻の差で、用途も姿カタチにも別物といっていいだけの差が現れる。
人を排除することに特化した、戦機巨兵。
なんの生産性もなく、動くものがなくなるまで殺戮を続ける霊子学の塊。
たいていの戦機巨兵は重火器でも傷もつかず、なんらかの方法によって、戦機巨兵のコアとなっている光子精霊をピンポイントで打ち抜くしかない。
顔見知りを見つけた。
ヘフナーさんが、肩に担いだ携行ロケット砲を撃ちあげた。
炎の尾を引いて、人型をとった戦闘用強化外殻の表面に着弾。
だが――
――無傷。
ハンパな威力だったはずはない。直撃した部分は焦げてへこみ、爆発の凄まじさを体現していた。だが、戦機巨兵には痛覚も痛みを送る信号もなく、何十発撃ったところでコアの直撃はとれそうにない。光子精霊のコアの周りを取り巻く数トン分の戦闘用強化外殻をまずどうにかしなければ、動きを止めることすらできない。
ヤバイヤバイヤバイ。
これを狩り尽くす『騎士』や『魔女』のような存在もいるにしろ、そんなものは僕たちのような一般市民がいくら努力しても辿り着けるような領域ではない。
銃火器を捨てて、背中を見せつつも地面に足をとられながら逃げていた。そして、捨てられた武器は光子精霊の引力によって『ミノタウロス』の新しいパーツと化す。その男は、そのまま背中を自らの銃器によって蜂の巣にされていた。
形成された腕が、焼成した鉄の棒を振り回していた。人が宙を飛ぶ。叩き潰されて、地面に大輪の血の華を咲かせていた。すでに抵抗は止んで、そこにいる仲間たちは恐慌状態に陥っている。僕も後先を考えず、横穴のひとつに飛び込んでいた。直角とまでもいかないまでも、急角度のついた坑道の横道を転げ落ちるように下に落ちた。
途中で全身が何回転かし、上下の感覚が完全に消え去るぐらい作業服を泥に擦り付けていたと思う。
意識が朦朧としていた。
喉がカラカラに乾いている。おそらくは、数分以上そのまま気を失っていたのだろう。気づく。
――逃げ切った。
それだけがわかった。心臓が、まだ早鐘をうっている。発狂した戦機巨兵と相対するのははじめての経験だった。そして、できれば二度と体験したくはない。上にいた連中は、全滅しただろうか?
わからない。ただ生存率はそう高くないだろう。逃げたとしても、帰り道の確保まで気が回るものか。おおよそは僕と同じような状況に置かれているのではないのか?
左肩が上がらない。まだ痛みはほとんどないが、時間が経つにつれ、痛みが増してくるタイプの怪我かもしれない。
ぼやけた思考で考え込む。
――どこから来たんだった?
帰り道がわからない。闇雲に上を目指すべきなのか。記憶を洗い直す。どこかで直接落下した覚えがある。角度のある転げ落ちた道は、切り立った崖のようになっていた。登れそうにない。
50aus以上は転げ落ちただろう。
微小サイズの光子精霊が織り成すオーロラの光源のみを頼りに、僕は歩きだした。無秩序というのすらはばかられるほど目茶苦茶に彫られた坑道内の、僕はその真ん中にいる。この時点で、生存率はほとんどなくなっている。
このあたりの地質は、普通と比べて水を通さず、透水性もほとんどない。地質の問題だけでは説明できず、力の作用そのものを打ち消す奇跡がかかっているとしか思えないらしい。よって、他の地域や国にある坑道のような落盤事故を心配する必要はそれほどは、ない。ただしいくらなんでも限度はあるし、逆に下に掘削坑道と繋がってしまった場合に悲惨なことになりかねない。
堀った先、進む先に、隙間などあればそれだけでアウトだ。
地面ごと陥没して、生きていられるはずもない。
だが、今の状況下で、そんなことまで気にしてはいられない。
どのみち、それ以前に水が補給できない。砂漠と同じだ。この暑さだと、手持ちの水の量から推測して、半日も持たずに乾涸びる。
そして、なんとなく下っているのはわかる。
凹凸と角度のある道を歩く苦労は、山道の比ではない。その上、屈まなければいけなかったり無理やりに身体を通さなければいけないところもある。
人骨があまりに多い。腐臭がするのだろうが、鼻は麻痺しきっていて、すでになにも感じない。体力が削られていく。時間の感覚がない。水筒の水はとうに空になった。やがて、人工的な手が入っているエリアにまで辿り着く。
こんなところに出口はない。
それはわかる。それどころか、もう一度足を止めてしまったなら、二度と歩き出すことはできないだろう。
誘われた、なぜかそう思った。
天井が高い。壁についた白漆が老朽化してヒビが入っている。地中に埋まったこの建造物は、教会かなにかだろう。
思うところがあって、隙間に身体を入れた。人骨もここまでくれば見当たらない。
未踏の地に入った。
この体力と衰弱した状態では、最短ルートがわかったとして生きて帰れる見込みなどない。足は棒のようになって、足首が歩く事に痛みを伝えてくる。
僕はここで、静かに未踏の地を歩いている。
ああ、と――理解した。
神に誘われたわけではない。救いの手を求めたわけではない。死を目前として、僕が求めていたことは、要するにつまりこれだけだったのだろう。僕は、未知を探索しようという自分自身の心に誘われたんだ。
足を止める。
――終着点。行き止まりにあたって、僕はここを死に場所と決めた。
――そして、その先に僕は、天使を見た。