『ノースファクトリー製GZタイプⅢカスタムはハーフダイブ特化型の筐体型接続端末となり……』 会場となった羽田空港正面側の広大な地下立体駐車場。 平時であれば車列が並ぶそこは、今日は様相を一変させていた。 間に合わせの太いケーブル類の束が走り、いくつ物ブースが設置され、棺桶のようなカプセルが並んでいる。 予約レンタルした端末までのナビゲート画面を表示しながら、美月は早足で人込みを抜けていく。 本音を言えば1秒でも時間が惜しいので走り抜けたいところだが、休日のショッピングモールのように人がごった返している中では、それも難しい。 真反対のエプロン側メイン会場にはフルダイブ専用端末が設置されたそうなので、そちらにも人が流れているはずだが、こちらの各メーカーのコーナーも大盛況だ。 VR規制条例以来低調を続けていたVR関連業界にとっては、PCO正式オープンは久々の明るいニュースで、メーカーの力のいれ具合も違うのか、最新機はもちろん、特化調整された様々な特殊端末機やサポートAI搭載機が並んでいた。 数ある機種の中で美月が選択したのは、美貴達に様々アドバイスを貰いながら使っていたGZタイプⅢのハーフダイブ特化型カスタム機。 少しでも慣れた機体にということもあるが、もう一つの理由としては、正真正銘の切り札であるフルダイブを多用しない為という制限もある。 フルダイブ中は、操作性のみならずステータス上昇効果等いろいろな恩恵があるが、時間制限がどうしてもネックになる。 1日2時間。週に10時間。月で20時間までの娯楽目的使用での制限がある以上、易々と使うわけにはいかない。 ましてや美月はゲームは、美貴達に教授を受けたとはいえ付け焼き刃の素人。 切り札を切るべき勝負所が判るまでは、フルダイブを使うべきか考える一呼吸を置く精神的ストッパーとして、あえてフルダイブ専用機にフルダイブ用アプリ並行稼働数や追従性、意思伝達能力では一歩劣るが、ハーフダイブ時には抜群の性能を発揮するGZⅢを選択していた。「すみません。予約していた高山です」「高山様ですね……はい。アンネベルグ様よりご予約を承っております。あちらの17番端末をご利用ください」 ノースファクトリーの企業ブースにたどり着いた美月がパスコードを出すと、受付嬢が来客向けの笑みを浮かべながら手続きを手早く済ませて、背後の筐体の一つを指さした。 既に稼働状況に入っている筐体もいくつもあるので、出遅れたかと、美月は少しだけ焦りつつも、筐体に駈けより指紋認証式の開閉スイッチを押すと、カバーがスライドして扉が開く。 素早く中に潜り込んでシート横のケーブルを引き出し首元のコネクターに接続。 接続と同時に扉が自動で閉まり、起動状態に入った筐体端末が微かな稼働音を奏で、周囲の外壁と一体化したモニター群が淡い光を放ち始めた。 事前に用意していた個人データを読み込ませてシートの形状や堅さを調整。 リクライニングシートが起き上がり、美月好みの堅めの椅子になり、周囲には整然とした仮想コンソール類が浮かび上がる。 前方は艦や乗員への指示を行うメインコンソール。右手側に広域アクセス専用コンソール。左手側には搭載プローブ操作用コンソール。 PCOは美月にとって遊びなどでは無く、父の行方を知る為の手段。 切り替え機能で一つにまとめられる物を、わざわざ分けたのは、焦ったときの操作ミスを防ぐため。 実務一辺倒で遊びの無い固い風景はその心の現れといえるだろう。 「ログイン開始。操艦用コンソール起動。出航前ステータスチェック」 ログインと同時に正面のメインコンソールに操艦用セットを起ち上げ、口答指示で出航前チェック項目を一斉に表示する。 燃料残量……50%まで充填完了。 戦闘用資材……10%まで補充。 改装……全行程終了。接続テスト完了。 搭載探査プローブ……全機コンディショングリーン。 シールドビットエネルギー……フル充電。 主機関……アイドリング状態を維持。 全ての設定、コンディションに問題無しと美月が確認するのとほぼ同時に、外壁に映し出されていた映像が、艦外映像に切り替わる。 現在位置は初期拠点として選択したアクアライド星域コールネア星系第5惑星フォルクネア静止軌道に鎮座する惑星改造会社『アクアノース』閉鎖型ドックステーション【マリンⅠ】 艦外映像には、簡易改装やコンテナの積み卸しを行う大型複合ガントリークアームが美月の乗艦であるM型LD432星系調査艦通称【マンタ】を固定し、そこから接続されたエネルギーケーブル群が映っていた。 アクアライド星域は周囲100光年宙域が、液体状態の水で満たされた特殊星域。 外周部は1光日もの厚さがある永久氷壁に覆われ、その内部には数千の主星とその数百倍の衛星、自由惑星が水の中を漂うという、実に荒唐無稽な光景が広がっている。 星を覆うのは大気圏の代わりに、水流圏とよばれる水の領域で、各惑星は程度の差はあれ、無酸素の激しい水流が流れる低温領域の外水圏とよばれる惑星外領域と、豊富な酸素を含む温暖で緩やかな流れを持つ内水圏の二つに大まかに分かれている。「公式リンク選択。アンネベルグ提供戦術サポートAI『シャルンホルスト君』を選択。起ち上げ」 リンクからゲームサポートページに接続し、使用可能AI群の中から、美月がレポート担当していたアンネベルグ提供の戦術補佐AIを選び立ち上げる。『お呼びでしょうかフロイライン高山』 新たに仮想ウィンドウが立ち上がり、黒い外套を纏った二頭身のマスコットキャラが立礼をする。 参謀本部制の生みの親と呼ばれる軍人をデフォルメしたという謳い文句だが、寝癖混じりの髪型や少し着崩した軍服だったりと、ちょっとだらしなく見える辺りが父に似ていると思い何となく選んだのは麻紀にも秘密だ。「今日もお願いします。初クエストとして低難度星域調査クエストを受けています。上手くいけば連続でクエストを受けたいので、なるべく消費、被害を抑えたいのでアドバイスをお願いします」 相手は所詮Aiだからそんなに丁寧に話しかけなくてもと、笑われるときもあるが、どうにも美月はそれができない。 作り物という意識より、意思疎通が出来て、いろいろ手助けしてくれるという感情が先に立つからだろうか。『ヤヴォール……現拠点より調査宙域までの最適ルートを提示。パーティーメンバーのフロイライン西ヶ丘との合流地点に第二中継ゲート『ライデン』を具申いたします。合流後、情報連結及び各出力値調整作業という手はずでよろしいでしょうか?』 メイン3Dウィンドウが切り変わり、跳躍ゲートを6回跳ぶ航路プランが最適解として提示される。 移動にかかるのはリアル時間で約23分。ゲーム内時間で2日半ほどだ。 今のPCOは大抵の宙域の時間設定はリアル1時間でゲーム内で1週間となっている。 大会戦状態や、特定重力源宙域では時間設定が変わるという話だが、美月はまだその手の大会戦や高難度宙域へは参加していなかった。 跳躍回数の少ないルートや、推進剤を抑えられる通常航行時間の短い最短ルートも候補としてあげられているが、そちらは僅かながら危険領域を掠めるため、戦闘行動が予測されるためか最適ルートとしては外されたようだ。 増設、改装した装備分の重量増加により、低下した最大船速と航続距離を補うために、戦闘用のミサイル、弾薬類は逃走、牽制用程度まで抑えてあるので、道中での戦闘は極力避けたい美月の意図をくみ取ったプランに、了承のひと言を返し、美月は即座に発艦準備へと移行する。「管制に発艦申請。こちらのフライトプランをアクアノース本社と麻紀ちゃんに送ってください。麻紀ちゃんには暗号通信で」『ヤヴォール……情報送信完了。管制室より発艦許可受諾。エネルギーライン切断。ドッグ注水開始』 これから宇宙空間に出るというのにドッグに注水が行われるという、何度やっても慣れない違和感を美月が感じている間も、マンタを固定していたガントリーアームから伸びたエネルギーケーブルが外され回収。 注水と同時船体が揺れているという警告アラームと共に、それを体感再現するために艦外映像やシートが僅かに動く。 揺れを完全カットすることも出来るが、完全遮断すると異常に気づきにくくなるというアドバイスにしたがい、最低限度の酔わない程度の稼働で船体との動作リンクを設定してあった。『フロライン西ヶ丘より通信メールを受信。表示しますか?』 美月が承諾するとすぐに小ウィンドウが立ち上がり麻紀から送られてきた単文メッセージが表示される。『りょーかい。こっちはもう外に出てるから合流地点にすぐに向かうから』 少し素っ気の無い文章だけのメールも、ゲーム内仕様による影響だ。 情報量の多い遠距離通信を行っていると、敵対NPCやら敵対プレイヤーに位置探知をされ易くなり襲撃リスクが増す。 なるべく情報通信量を減らし、特定情報は暗号化して送れというのが基本状態。 細かい話や内緒話をしたいならゲーム内で艦を接近させるか、ステーション間通信をしろという、多数のプレイヤーが集うオンラインゲーとしては実に不便な仕様だ。 大半のプレイヤーからは不満が上がっているが、スキルを取得したり装備レベルが上がれば、秘匿通信や長距離通信のリスクが下がるので、初期限定のフレーバー機能として一部のプレイヤーからは好評との話だ。『注水完了。ガントリーアームロック解除。隔壁解放開始』 数十秒ほどで注水は完了し閉鎖式ドック内が水で満たされ、またも僅かな揺れが生じて船体を固定していたガントリーアームが外れドック後方へと移動していく。 正面多重隔壁が次々と開いていく様子がメインウィンドウに映し出されるのを見ながら、美月は小さく息を吸う。 微かに光る誘導灯を見ながらメインコンソールに指を踊らせ、アイドリング状態のエンジン出力を低速航行出力へと上昇させ、スラスターへと接続する。「水中用補助スラスター微速前進。マリンⅠ管制宙域離脱コースを選択。自動航行モードに移行。第一目標の跳躍ゲートへ。星回大流に乗った後メインスラスター発動してください」『ヤヴォール……微速前進。オートパイロット機能オン』 美月の指示に従いゆっくりと船が動き出す。 左右に流れていく誘導灯の淡い光を横目で見ながら、徐々にスラスターの出力があがっていくゲージの変化を美月は観察する。 攻撃スキルや特殊兵器の中には自動航行装置を一時的に麻痺させる物もあるという。 自分が操る事になったときに、どうすればスムーズにスラスター出力を操作を出来るかや、どこの出力を上げ下げすれば良いかなど、美月が学ぶべき事は多い。『ドッグステーション『マリンⅠ』離脱。第一目標である跳躍ゲートへ向かう星回大流へコースを取ります』 水路を抜けた先には、他星系へと向かう激しい水の流れである星回大流や、惑星から上昇してくる離星流や、逆に惑星へ降りる降星流。 いくつ物の水流が踊る艶やかな水の世界が広がっていた。 背後を振り返れば今出て来たステーションであるマリンⅠの灯が光り、そしてさらにその背後には、巨大な母星フォルクネアとそこに築かれた都市群の明かりが見える。 だがこれらの明かりは擬似的な視覚データにすぎない。 燃えさかる恒星が存在しないアクアライド星域は、光源が乏しくほぼ全領域が暗黒空間。 ただ美月の場合は初期選択種族としてアクアライド星域人を選択している。 彼、彼女らはこの光源乏しい星域を生まれ故郷としているので、空間把握、探知能力に優れている。 他種族には暗黒の深海としか見えない水の宇宙も、アクアライド星域人にかかれば南国の澄み切ったリゾートというわけだ。 これこそが美月の初期アドバンテージ。 他種族に気づかれる前に接近を感知し、他種族が気づきにくい違和感に気づくことが出来る。 他種族から始めたプレイヤー達が、このレベルの探知能力を手に入れるには、大幅なスキルアップや乗員訓練、装備の確保などが必要となる。 初期探知能力が高いのは大きいアドバンテージ。 特にオープニングイベントは今日から一ヶ月。 その終了までに如何に功績ポイントを稼ぐかの短期決戦となる。 同様の事を考えているプレイヤーも多いのかアクアライド星域人が種族としては一番人気となっているが、美月は負けるわけにはいかなかった。 初期拠点を出航後に自動運転モードにしたからと言って美月の手が空いたわけではない。 最初の跳躍ゲートを跳躍後、次の第二跳躍ポイント『ライデン』までは10分ほどの時間しか無い。 その間に長距離通信モードで向かう調査星域の周辺情報を集めたり、艦内シフトを見直したりとやれることはいくらでもあるからだ。 そこら辺の細かい調整をめんどくさいと感じるプレイヤーも多いので、自動モードにも出来るそうだが、細かい調整をした方が僅かだが確実に上がると聞いた美月は放置して任せる気にもなれず、無駄に苦労しつつもオープンβ時から手を入れていた。 情報屋NPCと渡りをつけ馴染みとなり、月定額で払う金額や追加報酬を決めて、さらに集めて欲しい情報分野の選択をし、乗員達の食事メニューを自動設定では無くわざわざ1人分ずつのパーソナルデータに合わせて一月分を決めて、資材消費を抑えつつも士気向上に努めてという感じだ。 PCOはプレイヤーが望むことは何でもできるを売りとしているが、その何でも出来るというのが逆に美月を困らせていたのは皮肉な話だろう。 几帳面すぎてどこかで手を抜くという事が出来ない美月には、痒いところに手が届き細かなところまで設定、調整できる戦略要素は、実に性格に合っているが、合っているが故にこれで良いのか、もっと良い物があるのではと、不安として常に負担となっていた。「初期が上手くいって連続クエストになったときの疲労度を考えたら、もう少し休憩時間を……でもこれだと管制能力が低下しすぎかな。それなら食事の品目を一品追加して……あ、でもこれだと資材管理担当さんのストレス値が。無し無し」 シフトスケジュールを広げ乗員達の勤務時間や配置場所を検討していた美月は、大半の部署で数値が少し上がる代わりに、特定部署のストレス値が大幅に上がったのを見て慌てて操作を取り消す。 乗員のそれぞれの基本能力値を100とするなら、下がる行為は、勤務による疲労や体調不良、負傷、長期無寄港航行にともなう士気低下等。 逆に能力値が回復するには適度な休憩や、食事。メディカルチェック。もしくは寄港地での自由時間。 そして基本値より一時的に上がるハイブーストには、その後のリスクをともなう投薬や、リスク無しの能力上昇や士気高揚などの各プレイヤースキル。 いろいろと理由や手段があるが、基本的には能力値は80を切らなければ特に問題は無いというのが、公式説明となっている。 無論なるべく高い数値を維持していくのが上策ではあるが、そのなるべくというのが真面目な美月には実に難しかった。 少し変えればいろいろ変化するので、後ちょっと、後ちょっとと、やっていくうちに際限が無くなる実に凝り性な美月らしい悩み。 そして大抵の場合そんな解決しない悩みを打ち切るのは、時間制限だった。『航路へと接近する艦影確認。識別開始……パーティメンバーフロイライン西ヶ丘乗艦のランドピアース艦『ホクト』と確認しました。短距離秘匿通信要請シグナル感知。受諾しますか?』「えっ!? 麻紀ちゃんが?」 予想外の報告に美月は少し驚きながら顔を上げると現状のシフトで仮固定して、周辺探知モニターへと目を向ける。 麻紀と合流するポイントはこの先の跳躍ゲートである『ライデン』のはずだ。 ライデンにはリアル時間で後1分、2分で到達といった所で、途中で見つけて合流してきたというのは別に変な話では無いが、それにしては位置が少し変だった。 麻紀の予測航路はもう少し北天側で、南天側から跳躍ゲートに近づいている美月とはほぼ真反対。 合流するにしては遠回りすぎる コースだったからだ。 それにこの距離でわざわざ秘匿レベルの高い通信での会話要請というのも変な話だ。 識別確認出来るほどの近距離ならば通常通信でも十分。 それこそわざわざ指向性傍受機で用意して盗み聞きしないかぎりは……「何かあったとかかな……秘匿通信準備」 違和感を感じた美月の脳裏に浮かぶのはオープン前に出会った黒髪のウサミミ少女の姿だ。 一見ゲームイベントに見せかけていたが、どうにも美月が取得したアーケロスファイルだけは別の匂いがする。 あの少女関連の事が起きたのか? 形に出来無い不安を抱く美月が秘匿通信の受諾スイッチを押して、『美月。そっちにチェイサーって付いてる?』 不機嫌そうな麻紀が最初に発したひと言はそんな美月の不安を大きく煽る物だった。