ゆっくりと降りてくる蒼天の下部モニターには、恒星をバックに飛び出すフレアを避けながら、戦闘を繰り広げる恒星潜行特殊艦。 惑星級ボス艦へと特攻をかけるプレイヤー艦隊と、先駆けとなる祖霊転身済のメカニカルな鎧武者達。 前面を海に覆われた海洋惑星の大海原を割って浮上してくる島サイズの巨大採掘艦など、インパクト重視の派手な映像を放映している。 これらはサンプル画像では無く、オープンβ中に実際にゲーム内で起きた戦闘やら、イベントを映像として流している。 自分達が映っている事を確認したとおぼしいプレイヤー達の一群から、大きめの歓声があがっているのが、俺の位置からはよく見えた。 メイン会場となった羽田の蒼天だけで無く、他のイベント会場にも、サイズは些か落ちるが、情報網構築支船となる、飛行船群がそれぞれに派遣してある。 全国のプレイヤー達が、驚き顔を浮かべる空を見上げている空撮映像を確認する。 ゲーム内で見たOPの壮大感、臨場感には、リアルで勝るのは難しいが、それなら全く新しいアプローチで攻めるっていう、うちの方針は大当たりのようだ。 普通なら先制攻撃成功と笑みの1つでも浮かべてみるところだが、今の俺はとてもそんな気分じゃ無い。「予想通りすぎだろ。あの阿呆兎」 無理矢理にねじ込んだサカガミ達のOP寸劇は、好き勝手やってくれたうちの娘様のフォローだってのに、お前がさらに好き勝手してどうする。 リルさんから流されてきた情報に、俺は憮然とするしかない。 とっとと攻略を終えて、こちらに来るつもりな相棒兼うちの嫁のゲーオタぶりは相も変わらず酷いの一言だ。 これが平時ならばまぁアリスだから致し方ないと寛容さを見せてやってもいいが、あの野郎、未だに自分が運営側だって自覚無しか。 まぁアリスが蒼天で大人しく工作活動しているかは五分五分だったんで、すでに対策済。 こっちは大勝負かけてるんだ。 エリスは予想外でも、お前に関しちゃ抜かりはねぇぞ。 ただアリスの気持ちも判らなく無いのが、正直な感想。 サカガミは共にロープレ派で、気心の知れた友人同士。 セツナは、PvPで鎬を削りあった良きライバル。 ここの所は忙しさにかまけて、色々と放置気味なんで、少しはご機嫌伺いをしといた方が良いんだが、イベントの一環とはいえ、あいつらが悪のりするのなんて火を見るより明らかってのが大問題だ。「サラスさん。サカガミにアリスが加わると、最悪アドリブ芝居の応酬で予定時間が倍くらい伸びます。経理部的にどうですか?」 あいつのストレス解消も考えて、通信を繋げて一応サラスさんにお伺いを立ててみるが、『……こちらを』 あ、これガチでダメなやつだ。 周囲に浮かんでいる数値データを全面に表示し、目を細めたサラスさんが背中の凍える薄い笑みを浮かべる。 ぱっと見の目算だが、時間流遅延状態を解除した影響で、資材消費とエネルギー消費が10倍近くまで跳ね上がっている。 インパクト重視の初回リアルタイム放映分の算段をつけるために、サラスさんが色々とやり繰りして神経をすり減らした上に、何とかはじき出したのが今回の解除時間。 延長なんぞ頼めるもんじゃ無い。 今にも切れそうな細く脆い予算と言うロープをサラスさんが苦心しながら崖上から繰り出しているのに、ロープの先で垂直降下中の現場の俺達がはしゃぎ回っているようなもんだ。 許せアリス。ストレスを貯めたお前よりサラスさんが格段に恐ろしい。「時間は徹底厳守します」 計算と思考時間に0.1秒。口答は限りなく早口で。 判断ミスは当然。それどころか一瞬でも判断が遅れれば、サラスさんの経営管理徹底講座という名の拷問が待ち受けている。 俺とアリスに会社の命運を託す以上、やり方は自由にはさせるが、義務と責任はしっかりと背負ってもらう。 それがサラスさんやらローバーさんディケライア社古参幹部の方針だ。 『是非』 そう短く告げてサラスさんからの通信は切れる。 あちらはあちらで目が回るように忙しいのに、その状況でさらに負担を押しつけようってのが土台無理な話だ。 とにかく方針は決定。 となると後は手持ちカードでいかに、あのゲーオタを押しとどめるかだが、「リルさん。更新お願いします」『了解致しました。最新ステータス表示いたします』 リルさんに一声かけてから仮想コンソールを弾くと、俺の眼前にずらりと無数の手札が表示される。 こいつは前に佐伯さんやら上の世代がやっていたカードゲームを参考に新規開発した、PCOでも使われる簡易指揮システム。 カード一枚一枚が誰かや部署を現し、今現在の状態や何をやっているかなんかのステータスが常に更新されている。 よく見ればカードの中で、SDキャラがちょこまか動いているのはアリスの趣味だ。 余裕がある部署はのんびりと動いていて、忙しそうにしている所は、時間的余裕が無い。 他にも服装で資金的余裕を現し、映っているキャラの数で人数適正を表して、一目で問題がある場所を見繕えるように調整してある。 細かな数値を見なくても、ぱっと見で大体が判るようにして、この状態で大まかに調整してもいいし、気になるなら、そこから詳細データを取り出し細かく指示ができる仕様となっている。 俺の場合は、全体を見て、時間的にやばそうな部署や余裕ある人員をみたら、それぞれを移動させたり、大まかな目標を再設定して調整する事が多い。 基本的に現役プレイヤー時代から俺の戦闘指揮時の基本方針は、人を配置して大目標を決めたら後は現場任せ。 いちいち何をどうこうしろとか、このスキルがきたらこうやって防いで、こいつがカバーしろとか、んな煩わしいことを逐一、言うつもりは無い。 というか、面白くない。 想像すりゃすぐわかる話ってもんだ。 横からぐちゃぐちゃ言われながら、キャラクターを操作しているのが面白いなんて言った奴には、お目に掛かった事がありゃしない。 ゲームなんてもんは、誰かにあーだこうだ言われたり、攻略サイトに書いてある手順に従ってやるもんじゃない。 それらはアドバイスや参考にする程度で十分。 プレイヤーそれぞれが考え、独自に動いてこそ、ゲームはいつだって先が読めなくて楽しい。 プレイヤーそれぞれが楽しめてこそゲーム。 それこそが俺の絶対方針にして、最大の目的。 だから俺は、それぞれの特性や得技、苦手な状況、そして今の状態を見て、判断する。 どうすれば、その人の力を最大限に発揮できるかを。 「カードリバース。繋いでください」 そのうちの一枚にタッチして上下を反転。 アリスをサポートする予定だった手を、逆に邪魔する手に。 地球本社である蒼天に忍ばせた切り札は、万が一説得に苦労したときに、せっかく内助の功でも決めてやろうと思って、一応は用意していた手なんだが、まさか逆の意味でそうなるとは。 あの野郎、成長してないのか。 持ち場は離れるな。 最後まで油断するな。 勝ったと思ってもだめ押しはしとけ。 と、散々説教くれてやったのを忘れやがったか。 しかしあれか。 攻めの方が面白そうだとか、そっちの方が盛り上がってるからと、好き勝手動いてくれやがった初期アリスを思い出せば、まだ早々と勝利確定を決めてから来ようとするだけマシか? あいつだけはいつまで経っても、俺の手の内を余裕ではみ出してくるなと思っていると、『三崎君か。どうかしたのかね?』 仮想ウィンドウが新たに1つ展開されて、お堅そうな顔の初老紳士が映し出される。 画面の向こうで声を潜める御仁は後藤壮一郎教授。 清吾さんの恩師であり、日本初の有人宇宙機である斑鳩開発プロジェクトの中心的な活動をしたという宇宙航空学の権威で、その界隈にはかなりの影響力を持った先生だ。 この人が一声かければ、国産新型ロケット開発が始まるという噂もあるほど。 そろそろ死んでいただいて、こっちに来ていただけると大変ありがたいと不謹慎に思ってしまうほど有能な人なんだが、70過ぎだってのに毎朝10キロは走っているという健康すぎる爺様で、お迎えに行く日はまだまだ先になりそうだ。「すみません。教授に早急かつ内密でお願いしたいことがありまして」 後藤教授は、清吾さんのコネを使えれば一発だったんだが、あいにくと清吾さんは地球では死亡扱い。 かといってディケライアの影響力で接近すると周囲にバレバレになりすぎて、秘蔵戦力にならないので、仕方なしに大学の先輩やら教授の伝手やらコネを使いまくり、何とか水面下で顔つなぎをした大物だ。 『あぁ、奥方のフォローかね? あの様子だと必要ないと思うが。電磁波熱変換吸収機構も上手く稼働しているようだ」 蒼天や今改修中の航空機に施されている電磁波対策には、後藤教授の研究を元にした機構がいくつも使われている。 理論的には出来ているが、資金面やら技術的に困難だったりしたのを、あれこれ裏の手(地球限定)を使った所為で、投信法をぶっちぎってたり、某最強国やら赤い大国の軍事機密に関わってたりしていて、おおっぴらには出来無かったりするんだが。 こいつは後藤教授に限らず、それこそ世界中の知的好奇心を満たすためならば、少しばかりの倫理や法律なんぞ、余裕で無視出来る辺りの人らを秘密裏にスカウトしまくっている。 これこそが地球における、ディケライアの突出した開発力の原動力。 大規模な仮想実験を行えるだけの仮想空間と膨大なデータをディケライアが秘密裏に用意し、参加者には国籍も立場も忘れて自由にディスカッションし使って貰い、さらに物によって行ければ、リアルでもその成果を利用したり製作を開始する。 要は、予算や国策でがんじがらめで縛られている学者先生様達に、純粋な自分の知的欲望を満たす為だけの遊び場を提供ってことだ。 予算無し、方針無し、時間制限無し。 唯々ご自由にってわけだ。 宇宙側の技術や知識は、星連の法律に引っかかり持ち込めないので、使用できるのは地球産だけだが、これがなかなかどうして侮れなかったりもする。 地球の諜報機関がリルさんを出し抜くなんぞまず無理だとは思うが、ばれたらガチでやばい人達もいるので、念には念を入れて作り上げた地球規模の学者秘密倶楽部。 処刑されたら処刑されたで、宇宙に来るんで結果オーライだと言ったら、アリスにストマッククラッシュをされた上にガチ説教をされたので、安全優先、秘密優先で絶賛運営中だが、流出元一発ばれで表沙汰に出来無い新規技術もごろごろあるのが難点だ。「事情が少し変わりまして…………」 アリスを攻撃してくれという俺の頼みを聞いて後藤教授はあきれ顔だ。『君は本当に変わった事ばかりを頼むな。予算は自由にするので秘密裏に協力して欲しいはまだ判るとしても、今度はこのまま行けば上手くいくのに重箱の隅を突けとは』 表沙汰には出来無いが、後藤教授は蒼天開発者の一人。 そら些細なことでも弱点やら、切り込み出来る箇所なんぞいくらでも湧いてくる。 恰好の時間稼ぎではあるが、強すぎる影響力を持った人ってのは、良くも悪くも強力すぎて、他に負荷を与える可能性もある。 色々追い詰められている俺らとしては、足の引っ張り合いやら、余計な陰謀沙汰に労力を払う時間の余裕なんぞありゃしない。「これも過程です。ここまで表沙汰には出来てなかった関係を表面化させるための。表面上は初対面。だけどここで教授とあいつを意気投合させておくと後々楽なので」 裏の学者ネットワークはもちろんアリスもご存じで、後藤教授とは幾度も話し合って、自分の趣味全開な要望を伝えている。 その話し合いであのエターナル中二病患者なウサギッ子と、研究一筋でお堅い後藤教授がなんらかのシンパシーを得ていたのは、俺も想定外だったが。 船名は漢字表記。それも毛筆体って事は即決で決まったが、その位置決めに数時間も過熱した議論を交わせるとは…… 『しかし私に演技など無理だぞ』「あーそこはうちの奴にお任せあれ。あれでもこれからPCOのゲームマスターになる奴です。アドリブ芝居はいくらでもやってのけますよ」 渋い顔を見せる後藤教授に、口八丁で俺は攻略を開始する。 サカガミとアリスの組合わせは、俺でも予測不能な濃さになる。 だから後藤教授をぶち当てて、アリスの濃さを緩和。 サカガミの方は、耐性が出来ているセツナで対応。 それなら何とか予想範囲内で収めれるはずだ。 なんでこうも次から次に想定外の問題が発生するんだと心の中でぼやきながらも、俺は不謹慎にもワクワクしている。 思い通りにいかないうちの嫁と娘。 気心は知れているが、油断は出来無い旧友共。 期待感を持って待ち受けている、数多のお客様達。 そして俺の策略の中心にいながら、なにも知らないメインキャスト達。 地球ステージは、グランドクリアに向けてのまだ前哨戦も良いところだが、相手が相手。 アリスを嵌めるところからなんて、嫌でも血が騒ぐ。 くく。恨むならお前の所行を恨めよ。 意地でも地上に降ろしてやらねぇで、上手いこと地上イベントを終わらせてやる。 俺の最大の理解者にして、最大の好敵手がまずはボスキャラか。 なら手加減抜き。全力全開でいってやろうじゃねぇか。 後藤教授の説得を続けながら、俺は目の前に広がるカード群を次々にタップしていく。 俺の指が1つ触れるたびに、眼前の地上や、地方の空港、創天内の各部署、そして遥か彼方に伏せた星系に仕込んだ、各々の仕掛けが稼働を始める。『三崎。地上ステージの特別イベント開始するぞ』『こちら伊丹。大モニター連動開始します』『旧帝国通信網今のところ正常! でもシンタ。手早く頼むぞ! 力任せでエネルギー消費量が半端ない!』『恒星間ネットワーク星連アカデミア特別講義への妨害は今のところ軽微。しかし視聴率は低迷しているので、てこ入れをお願いします』 どう手駒を使ってやろう。 どう攻略してやろう。 どう状況を操ってやろう。 そして……どうクリアしてやろう。 予測不可能な困難を前に、俺の中の原点たるゲーマーの血が騒いでいた。