「この画像だけじゃ判らないだろうけど、質感がすごいんだから! 本物の狼の耳を切り取って持ってきたのかって思うぐらい! だから何かしらのてこ入れは必要だって!」「どんだけ闇深い衣装よ。いちいち張り合う必要ないから。こっちはコンパニオンをやるだけでも最大譲歩。美琴の個人的嗜好に付き合う気は無いし、第一ホウさんの用意したこの衣装だけで十分話題になるでしょ」「甘い甘い。セツナはそこが甘い。だだ甘だよ! 店長権限でベトナムコーヒーを店の定番メニューに入れたときより甘いよ!」「カフェメニューの充実は好評だから良いでしょ。うちは企業系の客層相手に仕掛けたんだから需要はあるわよ」 「客数は伸びたけど豆代と設備投資費でとんとんか、ちょっと赤字! 評判は良いから止めるに止められないって本部長が嘆いていたよ!」 「ぐっ。せ、先行投資よ。周りの店が同じようなことやってきたときに売りが多い方が良いでしょ」「ほらセツナも認めた! 売りは多い方が良いって! だからてこ入れ!」「こっちは綿密な作戦をたてた上に準備してるの。美琴みたいに思いつきで動いてないわよ」 リアル復帰してまず聞こえて来たのは、いまだ宣伝方針で揉めている女性店長2人組の社内情報漏洩しまくりな口喧嘩だ。 まぁ喧嘩というよりも、あおりまくりなサカガミと、青筋立てながらも冷静を装うとするセツナのコミュニケーション的なじゃれ合いっていった方が良いのか? セツナの方が少し押され気味な気もするが、サカガミの企みには乗りたくない本人の意思は固いようだ。「おう。戻ったかシンタ。緊急呼び出しってなんかあったのか?」 そんなセツナご自慢らしいアンネベルグ荻上町店オリジナルブレンドの水出しコーヒーをポットから注ぎながら、段ボールに腰掛けたホウさんはマッタリとしている。 イベント開始前だってのに、点検したり焦る様子が無い辺り、自分の技術に自信がある証拠だろうか。「ちょいとサプライズをって連絡ですよ。すぐうちの会社から全関係者に回ります」「またか。まぁホワイトやお前のやることだから何時ものことだな」 俺の言葉にあきれ顔を浮かべながらも、ホウさんは楽しげによく冷えたコーヒーを飲み干す。 さすがベテランプレイヤー。俺のいきなりの話にも慣れたもんで心強い限りだ。 VR空間での緊急会議は5分弱だが、ずれた時間流のおかげで現実では約40秒ほどの時間経過。 イベント開始までは後4分程度。 んじゃちゃっちゃっとまとめますか。「まぁ待て待てセツナ。ならプランがあればどうだ。俺の方にA、Bと2つプランがあるぞ」「さすが旦那!」「却下。あんたがそういう顔をしているときには美琴以上に碌な事考えてないでしょ」 俺の提案に喜色を浮かべるサカガミと、対照的にセツナは渋面を浮かべる。 両者真反対の反応だが、共通している事が1つある。 ホウさんと同じく俺の仕掛けや手口をよく知っているって事だ。「まぁ聞けって。っと、丁度来たな。こいつがうちのサプライズイベント。俺のA案だ」 着信と同時に共有ウィンドウに大磯さんが手直し即製された企画案を表示する。 とりあえずの思いつきの殴り書きだったんだが、それがこの短時間で簡潔で分かり易い企画書としての体を作れている辺りはさすが大磯さんと感心する。 あれで破壊力極めな天然なドジやら、度を超したブラコンが無ければ、一流商社の秘書でも余裕でこなせているだろうあたり、際物揃いなうちの会社らしいっちゃらしい人材ともいえるが。 「また攻略サイト泣かせな事しやがって」「おおっ! いいね!」 「……本気? いきなりPVP真っ盛りは私的にはいいけど、初心者がきつくない」 企画書をながし見た三人の反応は割れている。 乗ってきたのはお祭り騒ぎが大好きなサカガミのみか。 ホウさんとセツナはそれぞれ攻略サイト管理人と、対戦好きプレイヤーらしい発言をしているが、すこし懐疑的だ。「まぁそこはそれ。こっちの腕の見せ所って事で、そういうわけでだサカガミ」 第一目標をロック。 敵に回すと厄介で、味方にしてもその場の思いつきで動くので計算しづらいが、そういう時はこちらの思惑に乗せるので無く、サカガミの思惑にこっちから乗ってやろう。「こいつのイベント説明で衣装チェンジ込みな寸劇やってみねぇか。メインステージご提供するぜ」 空港内のメイン会場は第三ターミナル前のエプロンに設置されている。 本来ならば乗客の乗り降りや貨物の積み降ろしをする駐機場への、一般人の立入は厳禁だが、今は閉店状態の羽田空港。 真夏の日差しはちょい気になるが、リルさんが地球全域の気象を管理しているから、夏名物のゲリラ豪雨が降る心配も無いので広々とした野外会場としちゃ物珍しさもあってうってつけだ。 「乗った! ボクに任せなさい!」 うむ。大観衆相手だってのに躊躇しないで即断する辺りさすがサカガミ。期待通りの反応だ。 しかし見た目は絵に描いたような大和撫子なくせに、ゲーム内と変わらないお祭り体質な辺り、残念美人だといわれるのもよく判る。 ……なんで俺の周りはこうも癖が強い連中が揃うんだろうか。「あたしは絶対やらないわよ。やるなら美琴一人でやりなさいよ」 そして同僚兼友人に対してジト目なセツナの反応も予想通り。 こいつは俺と同じくゲームはゲーム。リアルはリアルではっきり割り切るタイプ。 ゲーム内イベントなら条件次第では乗ってくるだろうが、リアルでの客寄せパンダはお断りらしい。 俺一人なら説得やら嵌めるのは、冷静沈着なセツナ相手には苦戦するが、今ここにはサカガミがいる。 ならいくらでも手はある。 「まぁセツナならそうだろうな。それじゃあサカガミ。B案でいこうか。あんまり気乗りしないんだけどな」「あ~うん。仕方ないね。セツナが嫌がるんじゃ。ボクも無理強いは出来無いから。だけどB案か。さすが旦那。鬼畜だね」 俺がもったいぶった言い方でサカガミに話を振ると、サカガミは大げさなほどに頷いてみせる。 いきなり話を振られたってのにサカガミはパーフェクトな回答でアドリブ芝居を返してみせる。 アリスは別格としても、こいつも相当付き合いが長いからよく判っているからやりやすい。 そしてそれはこれからだまくらかそうとしているセツナも同じだ。 「…………美琴は今日は朝から一緒よ。いつ打ち合わせできたのか是非聞きたいわね」 少し表情をこわばらせたセツナは剣呑な目付きで俺達を睨め付ける。 俺の手がブラフだと見抜いているようだが、俺ならばもしかしたらという可能性も少しは過ぎって疑心暗鬼になっているのか警戒心があらわになっている。 共有ウィンドウに俺は映像データの入ったファイルを1つ提示してみせる。 「なーに対した手じゃないっての、とある喧嘩三昧なギルドマスター同士がリアルで付き合い始めた馴れ初めのシーンを、ほろ酔い気分で情緒たっぷりに語る某情報提供者のMさんの映像データという、元リーディアンプレイヤーなら興味津々な」「ぎゃっ!? み、美琴! 喋ったわね! あんた喋ったわね! よりにもよってこいつに喋ったわね!」 俺のあくどい笑みを前にポーカーフェイスが一転、耳まで真っ赤に染めたセツナは、真横にいたサカガミの首根っこを掴んで、引き寄せるとそのままヘッドロックに移行した。「いたたたぃっ! ってば! あ、あれだね! お、お酒は怖いね~!」 ギリギリと締め付けられ悲鳴をあげながらも、まだ余裕がありそうなサカガミがさらに煽りを一発ぶち込む。 ネタを振った俺が思うのもあれだが……お前この状況でよくやるな。「あんたザルでしょうが! 誰に喋ったの! ほか誰に喋った!?」 案の定というか激怒したセツナがさらに締め付けを強める。 いやまぁいい歳した若い姉ちゃん同士のキャットファイトといえば聞こえは良いが、ゲーム内と同じくセツナが殺意溢れているんで寒気がするくらいだ。「ギ、ギブ! セツナ! 痛い! って本気で痛いって! ちょっと! 旦那もういいでしょ!?」 おーあのサカガミがガチ泣きが入って、俺に救援を求めるという珍しいシーン。 こんな貴重なシーンはもう少し見ていた方が良いか……というか今割り込んだら俺に被害が来そうだ。「落ち着けってセツナ。お前が何に対して切れたか、俺は判らないが、どう見てもお前こいつらに担がれたぞ」 俺が興味半分で躊躇していると、ここまで傍観者に徹していたホウさんが呆れ声でセツナを宥めた。 さすが年長者。良いタイミングだ。「だ、だってホウさん! どう考えたってこいつらのいってるのって!」「喧嘩ばかりのギルドマスターに、情報提供者Mだろ……普通に考えると、シンタとアリスの馴れ初めな映像データな気がするんだが俺の気のせいか? シンタが惚気全開なバカップル化しやがったってKUGCの連中がよくぼやいてたぞ」「え”っ!?」 さすがホウさん。俺の企みというか、セツナにさせた勘違いをしっかりと見抜いて正解を言い当てている。「いやー。お前らなんで急にそうなったと聞かれることが多いので、いっその事、元同盟ギルドのためにも客寄せに解禁してやろうかと思ったんですけど、セツナが嫌がってるなら止めますか……イヤーザンネンザンネン」「い、いけしゃあしゃあと……あんた絶対知ってるでしょ!」 羞恥やら怒りやら何やらで涙目になったセツナが恨みがましい目を俺に向けてくる。 「さて何のことやら? それよりサカガミいいのか? タップする手が痙攣を始めてるぞ」 被っている白狐の面と同じくらいに顔色を悪くしたサカガミは、美人薄命って言葉が似合いそうな儚いが美しい表情(状況と原因を忘れればだが)で落ちる寸前にみえる。「へ……ぎゃぁっ! ちょっと! 美琴! しぶといあんたがこれくらいで参らないでよ!」 つい今その瞬間まで殺す勢いで締め付けていた人間が言うには、どうかと思う台詞を宣ったセツナは慌ててサカガミを解放した。 「ぅぅ……酷いよ戸羽ちゃん。あたしさ絶対に秘密っていったから黙ってたのに。信じてくれなかったんだ」 解放されたサカガミは体育座りでいじけて顔を伏せるというあざとい恰好になるとしょんぼりとした声を発した。 しかもリアルネーム呼びだから、サカガミの仮面を外した神坂美琴本人としての言葉だ。「あ、あの状況であの台詞を言われたら誰だって」「お酒は怖いねって、一般論だもん。痛いって言っても止めてくれなかったし……酷いよ」「ご、ごめん。やり過ぎたって思ってるから。お詫びに何か奢るから。ね」 普通に考えれば俺とサカガミが全面的に悪いんだが、絞め殺しかけたセツナの方は加害者意識がぐさぐさと刺激されるのか防戦一方。「……いらない。その代わりに一緒にお仕事してくれる?」「ぐっ……それとこれとは」「私は戸羽ちゃんと一緒なら良いお仕事できると思ってるのに、そんなに私が嫌?」 ……女狐。こいつはまたサカガミよりも厄介そうな。 セツナもこれが演技だと判ってはいるのだろうが、レベルが高すぎる。 声の張りやら仕草一つ一つが引き込まれるものがある。「あー……もう! やれば良いんでしょ! やれば! やってやるわよ!」「うん。ありがとう戸羽ちゃん……嬉しい」 普段の巫山戯た言動と違い、正統派美人の涙目ながらも引き込まれるような笑顔という反則武器をサカガミは解放して見せた。 まぁあれだ。言葉遣いや態度を急に変えて状況を引っかき回すってのは俺もたまに使うが、さすがトリックスターサカガミ。役者が違う。 あの攻防の後のこの言動で完全に主導権を握りやがった。 サカガミは悪戯子狐だが、リアル本人は女狐かよ……アリスと気が合うだけあってこいつもまた際物だな。 「いやー上手い具合に話がまとまってよかったよかった」 まぁ何はともあれ目論見とはちょいずれたが結果は予定通りだ。 当初の計画じゃセツナとロイドの関係を知っていることを臭わせて取引に持ち込むつもりだったんだが、サカガミの介入でやっぱり計画がずれやがった。 俺もまだまだだと自己反省していると、「よくもそう簡単にいってくれるわね。あんたならぶち殺しても罪悪感ないわよ」 ゆらりと立ち上がったセツナが俺に標的を合わせる。 あーそうきたか。 ならこっちも切り札だ。 こいつを渡すのは実に嫌だが、必要ならばエリクサーは躊躇無く使うタイプの俺にとっちゃ今以外に斬るタイミングは無い。 「ほれ。ならこいつを使えばさっくり俺を殺せるぜ。さっきホウさんが言っていたファイルだ。若気の至りつーかマジで死にたくなるくらいに恥ずかしい台詞を宣っている俺が映ってるぜ」『俺らが揃えばなんとでもなるんだろ。俺の背中にお前がいて、お前の背中に俺がいる。んじゃ無敵じゃねぇか。酒片手に鼻歌交じりで攻略気分は許せっての、だからお前も不安に思うなって…………心配かけて、待たせて、悪かったなアリス』 セツナが反応する前に俺は特殊映像ファイルから音声ファイルの一部を切り取って流してみせる。 ……うむ。場が凍った。 らしくない。実にらしくない俺の台詞に、サカガミすら唖然としていやがる。 「うわ……旦那。こんな台詞よくいえたね。っていうか撮っといたね」 あまりの衝撃に素の演技が消え去ったのか、元のサカガミ状態にも戻っていやがる。「撮られたんだよ。俺もアリスもマジで油断した状態で」 憮然と答えながらも顔が赤くなっているのを俺は自覚する。 俺がセツナに提供したファイル。 そいつは宇宙時間でかれこれ半世紀近く前に、アリスの泣き顔にほだされたというか、落とされた俺がさらした醜態をリルさんが録画してくれやがった物だ。 ……俺とアリスが酷い喧嘩状態やら、予算超過して暴走すると、即座にリルさんが創天全域に放映しやがるんで、二人してしばらく悶絶するはめになる対俺らの最終兵器だ。 「シンタお前、本当に勝利のためなら何でも、それこそ自分も利用するよな」 「そんだけ本気って事ですよ。何せ色々掛かってますから、PCOには」 そうそれこそ会社の命運やら地球の行く末やら、宇宙の終末やら色々と掛かっている。 となりゃ有る物全部。自分の黒歴史だろうが何でも全部BETして、勝ちにいかなきゃならねぇからな。「さてセツナ。音声だけで俺がこの様だ。こいつの映像付きフルデータはマジで殺せるがどうするよ?」 どうにも気恥ずかしさが残る表情が戻せないままで締まらないが、思案顔のセツナに俺は無理矢理に意地悪く笑ってみせた。