「……興味深かった」 カルラーヴァ・レザロフスキヴナ・グラッフテンは、満足げに小さく息を吐きながら読み終えた植物データを閉じる。 空港ターミナル内の一般フロアから隔離されたVIPラウンジの個室を1つ無断拝借して思考誘導で人払いをし、即席陣地としているカルラが回線を繋いでいるのは、この星の一国家が運営する国営図書館の電子ライブラリだ。 希少本のデータが多くあり索引もカルラが好きそうな構成になっていると父から聞かされていたので、興味本位で少し覗いてみたのだが、1つのキーワードから、データを数多の蔵書から抜き出し順繰りで閲覧できるというのが、自分の好みにピタリと当てはまり、さすがは父だと感心していた。 手書きによるデフォルメされた図柄や、精巧な模写、白黒写真。 土着の呪術で用いられた草花が、後年には薬学の基礎となる。 または気候変化と共に移り変わる群生地や植生の変遷。 同じ植物であっても記載された年代や、地方が違う事に、内容は、少しずつ異なる。 かつては持てはやされ栽培が推奨された薬草が、いつの間にやら廃れ、標本でしか残っていない様になってしまった経緯等を、あれこれ推測してみたりも出来たりと実に面白い。 植物学者見習いを自称するカルラにとっては、原始惑星の植物データは実によい暇つぶしとなっていた。「次は……これにしよ」 菌糸類のデータから適当に植物名を選択してクリックし新しいデータを呼び出す。 地球においては最新鋭の機器で構成されたネットワーク図書館という謳い文句だが、銀河文明から見れば古いという表現すらも追いつかない原始的なネットワーク。 データの呼び出しは、5秒が経ってもまだ終わらない。 だがこのちょっとした待ち時間が、生来ののんびりした気質を持つカルラには心地よい。 先ほどまで読んでいた中身をゆっくりと思い出し、新たなる知識を得たことに対する幸福感に浸り、また次に出会える知識への待ち遠しさを楽しめるからだ。 ただ今回の地球行きにカルラを強制的に同行させた姉には、その遅い回線がいたくご不満のようで、つい先ほど地球のネットワークに潜るその瞬間まで、センスがない、カビが生えている様なシステムだとか、散々と文句を言っていた。 もっとも姉の地球嫌いは今に始まったことでは無いので、もし銀河文明度同速度のネットワーク技術を有していたとしても『宝の持ち腐れ』と憤っているはずだ。 そんな事を思い、ため息混じりで対面のソファーに目を向ければ、寝そべって静かな息をたてる姉であるエリスティア・ディケライアの姿。 姉と言ってもエリスティアは、カルラの実の姉ではない。 血縁から見てエリスティアは、カルラにとって従姉妹であるディケライア社長アリシティアの娘になる。 だから正確には従姉妹姪になるのだがエリスティアの方が少しだけ先に生まれ、その頃の創天には他に子供はおらず、常に一緒に育てられてきたのだから、カルラからみてエリスティアは姉であり、エリスティアからもカルラを妹だと認識している関係だ。「そんなに嫌いなら関わらなければ良いのに……姉さんなんで何時もこう突っかかるかな」 墨を溶かしたような黒髪から飛び出る機械のウサ耳をぺたんと寝かすエリスティアは、妹分としての贔屓目抜きでも、人形のような愛らしさをもつ美少女だとカルラは断言できる。 ただしそれは見た目だけ。 カルラが地球に降りる羽目になったのは、地球嫌いを公言して憚らないこの暴君な姉が原因だ。 基本的に星系連合が取り仕切る今の天の川銀河系においては、恒常的な惑星間移動が不可能な初期原始文明しか発生していない未開惑星と分類される星への過度の干渉及び立入調査は厳しい制限が設けられており、惑星外から観測するだけとしても、色々と細々とした資格が必須になる。 転移事故による太陽消失。 惑星圏上層部への保護フィールド展開による保護と、星全域への情報操作。 銀河を見渡しても実にレアなケースとなった地球文明においても、その大原則は一応とはいえ守られている。 宇宙側から地球に生身で降りることが出来る者は厳密には1人だけで、他の者はナノセル義体を用いた遠隔操作のみ。 地球においてもごく少数の現地協力者以外には、宇宙側の情報は秘匿され、協力者にたいしても限定的な記憶制御を行い、秘密を隠し通していた。 だというのにカルラとエリスティアは、生身で今現在、地球に降り立っている。 カルラは未開惑星に入るための各種資格を有していないし、それ以前にディケライアの社員でも無い。 あくまでも母親が、地球を含めた太陽系を所有するディケライアの重役であるというだけで、カルラ自身は未だ恒星間ネット教育を受講する学生身分。 立派な違法行為で、カルラとしては胃がきりきりと痛むほどだが、姉はそんな事は一切気にしない。 現地に直接に乗り込もうと思い立ち、実際に実行するその行動力を支えるのは、剛胆というよりも、基本的に我が儘すぎる性格ゆえだ。「エリス姉さんが、あの子達に酷い意地悪していないと良いんだけど。叔父様達も気にしてないのに……」 姉が敵視している2人組を思い出し、カルラはどうにも同情してしまう。 姉が怒る理由や嫌っているわけも知っているが、姉の父である三崎が一度命を落としたのは、当の本人が言う通りに事故だったと思うし、彼女たちにはその時の記憶も無いのだから、忘れて楽しげにしているのは仕方ないだろうと思う。 ましてや姉と会えないほどに三崎が極めて忙しいのは、会社の危機や地球の危機と状況が状況だけに仕方ない部分もあるのかも知れないが、その大半の原因は本人の性分だと周囲の大人達は口を揃えて断言する。 銀河のあちらこちらを飛び回り、数々の策謀を張り巡らし『地球を売る男』『銀河最悪のナンパ師』『外道実験生物』などと呼ばれている人物が、暇なわけがない。 実際に三崎が星系連合議会で暗躍するようになってから、旧帝国派、革命派の二代派閥に属する主流星系が鎬を削っていた議会内で、あれよあれよという間に少数派の辺境星系勢力をまとめ上げて、第三極を作り出し、そのまま地球の時間流凍結解除、保護観察許可まで一気に議会を動かしてしまったのだ。 それを考えれば、忙しすぎて帰って来られないのも致し方ないと思うのだが、何でも自分が一番な姉には不満は募る一方。 だが、父親大好きなので怒りを向けることも出来ず、回り回って、三崎が何とか守ろうとしている地球に怒りが向かっているのが現状。 理由だけなら実に子供っぽい我が儘なのだが、外見に反してというか、あの親にしてこの子有りというか、下手に姉の策謀能力が高いので質が悪い。 敵に回った者には容赦なしというか、的確に弱点を突いて追い詰めていくそのやり口は、学者肌のカルラよりもよほど戦闘種族の称号にふさわしい。 肉体年齢的には成長期の終わりに差し掛かっているカルラが、未だ幼年期のままの幼いエリスティアを姉さんと呼ぶのは、2人の関係をよく知らない地球出身者は違和感を感じるようだが、カルラ的には当然の行為だ。 成長率の違いにより肉体年齢や精神年齢が逆転する程度のことは、多種多様な文明種族が存在する銀河文明においては、特段珍しい事でも無く、その関係が易々と変わるわけもない。 自分が幼い時には散々遊び相手になってくれたり、才能溢れる妹可愛さの余り無茶な戦闘訓練を施そうとする実姉のシャモンから庇ってくれたりと、今も色々と頭があがらない。 ましてやエリスティアは、カルラ達の一族が代々仕えてきた銀河帝国皇帝家直系の子孫であり、ディケライア唯一の後継者。 DNAにまで刻み込まれた従者としての血筋が、エリスティアを敬意を持って接すべき姉だと自覚させている。 ただしそれはそれ。これはこれだ。 敬愛する姉であり、その頼みなら何でもやるし、付いてこいと言うなら詳しく聞かずに付き合うが、カルラとしては、もう少し身内以外にも寛容というか、慈愛を持って欲しいと思うのは仕方ないだろう。 天上天下唯我独尊、基本的に俺様がルールな傍若無人タイプで、実に個人的な子供っぽい理由で、周囲の迷惑や心配を考えず有り余る才能を発揮する。 それがこの小さな暴君の正体だ。 「……んんんっ……」 小さく息を漏らす声と共にぺたんと寝込んでいたエリスティアの機械仕掛けのウサミミがゆっくりと起き上がり、ゆったりと揺れ始める。 姉の一族は感情が耳に出やすい。ゆっくり左右に動く時はリラックスしていたり嬉しい時とカルラは知っている。 何をしたかは知らないが、どうやら企みは上手くいったようだ。「お帰りなさいエリス姉さん。何か飲みますか?」 目を擦りながら伸びをするエリスティアに呼びかけながら、カルラはデータを表示しかけていたウィンドウを消し去る。 さすがに現地のデータを宇宙側に持ち帰ることは出来無いので、次はいつ見られるか判らないので多少惜しく思うが、この暴君な姉は自分が一番でないと嫌がるのだから仕方ないと諦める。「ん。ありがとうカーラ。お茶ある? ……言っておくけど。エリス地球産は嫌だから」 先ほど仕掛けを施しに出かけた時についでに自動販売機で買ってきた緑茶ボトルをみて、エリスティアは少しだけ不機嫌そうに耳をピンとはって見せた。 他の者はカルラという愛称で呼ぶが、この姉だけがカーラという愛称で呼ぶ理由も、実に姉らしいわけがある。 カルラが生まればかりの頃、エリスティアにとっては初めの自分よりも年下であるカルラをいたく気に入って、妹だとして色々とお姉ちゃんぶろうとしていたらしい。 ただ舌足らずでちゃんとカルラと発音が出来ずにカーラとなっていたそうで、何度やってもちゃんと呼べずに、ついには癇癪を起こして私の中ではカーラが愛称だと言い張って、今もそれを続けている次第だ。 それだけなら意地っ張りで通るだろうが、暴君である姉はそこでは終わらない。 自分の名前を誰かに名乗る時はカルラではなく、カーラが愛称だと名乗るようにとカルラは強制されている。 どうやら火星開発が始まった頃からこちら側に来る地球人も徐々に増えて初対面の人間も多くなったのでカーラ呼びを定着させて、カルラと呼ぶ陣営に人数的に勝ろうとしているようだ。 カルラ本人的には愛称はどちらでも良いのだが、こんな事にまで負けず嫌いを発揮しなくてもとは、正直思っている。「そう言うと思って何時もの薬草茶を持ってきてます。メルト花の蜂蜜とファバー糖、あとシェイロン樹シロップもありますけど、何時ものブレンドでいいですか?」 父が営む火星植物園の一角を借りてカルラが育てているのは、基本的にはエリスティアが好む茶葉や香木や草花になる。 鋭い味覚を持つエリスティアは、色々とリクエストが多く、それに合わせて品種改良をしていくのが楽しく、学者見習いとして勉強にもなるので、茶葉の栽培は実益を兼ねた趣味となっていた。「お茶請けはなにがある?」 「百華堂さんの新作『華星』がありますよ」 カルラが取りだした菓子を見て、エリスティアの機械ウサ耳が大きく横に振れた。 オレンジに近い赤色で出来た掌大の砂糖菓子の中心には真っ白なつぼみから芽吹き始めたばかりの花弁。 赤みがかった部分は改造前の火星を、中心の真っ白な花模様をあしらった部分は完成間近の火星中枢都市をそれぞれ現す。 精巧な細工を施された落雁と呼ばれるこの菓子は、地球では老舗和菓子屋の店主だったという火星初期移住組夫妻が営む和菓子屋の商品であり、本来なら銀河文明においてはとてつもない贅沢品となる。 なぜならこの菓子は、その製造過程において、極力機械に頼らずほとんどが人の手によって作られているからだ。「雪道お爺ちゃんの新作? でも『華星』ってお祝い用だからまだ販売前でしょ?」「はい。火星都市完成式典用の新作祝い菓子ですが、恵子婦人が今朝方にお持ちになってくださいました。サトウキビ栽培のお礼に味見してくださいと。姉さんが喜ぶだろうからと多めにいただけましたのでどうぞ」 百華堂で用いる和三盆のために、レザーキ植物園ではサトウキビの栽培も行っているが、その際にも、全自動機械任せではなく、職員達が交代で昔ながらの人が手をかけた栽培方で育てている。 店主曰く、徹底的に管理された農場で出来上がる画一的な味でなく、人の手による栽培で発生するムラが風情になるとの理由。 そんな職人気質の店主が納得する和三盆ができるサトウキビが収穫できるまでは、かなりの悪戦苦闘もあったのだが、今では安定した量を供給できるまでになっていた。 発達した科学技術によって、恒星すらも自在に生み出すほどに発展した銀河文明において、何でも出来るからこそ、逆に最上級の品とは人の手によって作られた極めて精巧な品という価値観がある。 無論記憶複写や動作再現などを可能とするサイバネティックス技術による代物では無く、純粋な人の鍛錬と努力によって作られた物。 だがこれが今の銀河文明においては難しい。 肉体再生、精神体転送などの技術を確立させたことで、ほぼ不老不死と言っても良い身体を手に入れた恒星間種族においては、誰もがその超技術の恩恵を少なからず受けており、自然主義者と呼ばれる懐古趣味な者達にも、最低限度の肉体改造が施されているからだ。 肉体改造がされていない無垢な知的生命体による作成物というのは、その品の品質や芸術性が優れていれば優れているほど銀河文明においては稀少高価値という一種のステータスとなっている。 高額で取引できる商品を求めて、原始文明が発生している惑星に不法侵入し強奪、もしくは買い付けてきた品々を扱う非合法マーケットも存在し、そこでは日々盛況なオークションが繰り広げられている。 そんな銀河文明の価値観からみれば、銀河文明から見ればほぼ無改造といって良い肉体を持つ地球人である百華堂店主が生み出す数々の菓子が、精巧な技術による見た目の華麗さも相まって、極めて高い評価が下されるのはある意味当然だろう。 実際に星系連合議会で協力してもらった各惑星の代表や王家に礼状と共に贈答した品も、各惑星の代表者達に高い評価と驚きを持って受け入れられたという。 しかも肉体構造が違う種族用に、専用調整したVRデータ菓子もつける念の入れようで、本来であればもっとも価値の低いとされている仮想物だというのに、実物を目で楽しみながら、仮装データで味を楽しむという形で喜ばせたという。 もし地球文明が、星系連合に属する惑星国家だと認められていたのならば、各惑星の流通産業界によって構成される星系商工ギルドが優れた職人や制作物にその名誉と技術を賞賛するために創設した『銀河聖霊賞』が満場一致で授与されるだろうと囁かれ、最近の恒星間ネットでは、どうにか手に入らないかと好事家達の間で騒がれている幻の一品となっている。 件の裏マーケットにその菓子折の1つが流出し、資源衛星一個分の値段で落札されたというまことしやかな噂もあるほどだ。 もっともこの噂をカーラは疑っている。 落札価格や裏マーケットに出品されたというのは本当だろうが、その品は流出というよりも話題作りのためにわざと流したのではないだろうかと。 そういえばその後に三崎がこちら側に戻ってきた時に、お土産と称して資源衛星を持ち帰っていたなとカーラが思い出していると、「うん。さすがカーラ。褒めてあげる。いい子いい子」 上機嫌になったエリスティアが頭の上でウサミミを活発に揺らしながら、命一杯に背伸びしてカーラの頭をなではじめる。 どうにもこの姉は未だにカーラのことを何かにつけて子供扱いというか、妹扱いしたがる。 もっともカーラとしても姉に褒められるのは多幸感を感じ気分が良いので、なされるがまま黙って受け入れる。 この強い幸福感もDNAに刻まれた従属遺伝子のなせる技とのことで、旧銀河帝国を嫌う勢力からは、奴隷の象徴だとか、遺伝子から取り除くべきだとか、時折話題に上ることもあるが、カーラとしては放って置いてくれというのが正直な所。 それを言うなら、今の技術ならば飲食をせずとも、生きていくために必要な栄養を摂取する方法などいくらでもあるのだから、一切の食事や水も取らない身体になったらどうだと言いたい。 生まれた星や種族によって形は違えど外から何かを取り込む飲食が生物にとって当たり前の行為であるように、自分達一族にとってもそれが当然なのだから。「そうだ。あっちに戻ったら恵子お婆ちゃんにもお礼を言いに行かないと。今がいい咲き具合のお花があったら準備してね」 エリスティアはカルラの頭から手を放し、華星に手を伸ばしながら新たな指示を下してきた。 地球に住む本来の地球人は嫌いだが、こちら側に、宇宙に来た地球人は別に気にはせず、付き合いのある人達はむしろ好き。 この辺りも姉の難儀な性格だ。 結局の所だ。今回の妨害行為も敵討ちだなんだかんだと理由をつけているが、自分に構ってくれない父への不満から来る八つ当たりということだ。「はい。かしこまりました」 頑固な姉は言ってもどうせ聞きはしないだろうし、下手に怒らして拗ねられると自分のダメージが大きい。 色々思うところはあるがそれらを全て胸の内で忘れたカルラは頷いて返し、カップに入れたお茶を我が儘な姉へとさしだした。「うん。頼むね。新作のお菓子は食べられるし、罠も上手く張れたし今日はエリス絶好調だよ」 にこにこ顔の姉の頭の上では機械ウサミミも存在をアピールするように大きく揺れていた。 ここまで上機嫌なら今は何を聞いても素直に喋ってくれるだろう。「それで姉さん。今度は何をしたんですかあの人達に?」 何を仕掛けるつもりで地球に来たのか聞いても、なにやら調べ物で忙しいからと後回しにされていた疑問をカルラは口に出す。「ふふん。ちょっと良い情報をあげただけだよエリスは。向こう側からの侵入回線は遮断されちゃったから、わざわざ地球なんかに降りなきゃ行けなかったけど、おかげで良いもの手に入ったから」 ますますニコニコとした良い笑顔になっていくが、カルラにはどうにもそれが不安でたまらない。 カードゲームにしろ対戦ゲームにしろ、基本的に姉が好むの戦術は相手の心を折りに行くなど、えぐい攻撃が多いからだ。 「良い情報って、嘘ばかり教えたんですか?」「わかって無いわねカーラは。嘘なんて教えてもばれたらお終いでしょ。それじゃダメージ少ないもん。エリスがあの人達にあげたのは、隠してあってリストに出てこない商品を全部出すためのフラグキー情報だよ」 「つまりは……普通はいきなりは買えない商品を買えるようにしてあげたということですか。なんだってまたそんな敵に塩を送るような真似を」 敵に利を与えるような行動だが、姉の性格からしてそんな事をするわけがない。「カーラ知ってる? おとーさんがねゲームマスターっていうのになった時にまず最初にしたのは一緒にゲームをしていたおかーさんやお友達が、おとーさんから色々有利にしてもらうんじゃないかって思われないように、すごい意地悪したんだって。だからエリスはその逆。ものすごい親切にしてあげるんだ。他の人達が狡いって思うくらいにね」「……先ほど私を外に行かせて、叔父様のお友達と接触させたのもその一環と」「うん。そうだよ。エリス達がこっちに来てるっておとーさんが知ったら、あの子達を心配して様子を見に行くでしょ。こっちに来ている人で宇宙側の事情を完全に知っていて自由に動けるのはおとーさんだけだから」 この一言でその企みを察したカルラは、にこりと笑う姉の背中に悪魔の翼を幻視する。「今はここみたいに人払いして、展望フロアにはあの子達だけ。人目のない所でゲームマスターのお父さんと接触してたら周りの人はどう思うかな。着火材料にはなるでしょ。そこにフラグキーが添加剤になれば面白そうでしょ。もし使わない、消したとしてもその事実だけで十分だよ。このゲームってプレイヤーさんが、他のプレイヤーさんに攻撃できるPK仕様っていうゲームみたいだし、噂を真に受けなくても、おもしろ半分で狙われるでしょ」 「叔父様にも悪評が立つと思いますけどいいのですか」「おとーさんがそれが原因で担当を外れれば少しは時間できるよね。そうしたらエリスを叱ってくれるから、しばらくはおとーさんはエリスだけのおとーさんになるから問題無し」 叱られるの前提で罠に嵌めたと…………どうせ自分自身で情報をリークして、状況を望むように持っていくつもりなのだろう。「あの子達にも目的があるから、ゲームが有利になる情報が目の前にあれば狡だと思ってもついつい手を出しちゃうでしょ。だから噂だ、嘘だって言い訳しようとしても、ちょっとは態度に出るんじゃないかな。それに……」 美月達の事情を考えれば、慣れないゲームで大いに有利に働く情報となれば、無視をしづらく魔が差す可能性もある。それを姉は狙っているようだ。 そうなればあの二人の真正直な性格から考えて、利用していないと平然と嘘を吐いて、何事も無かったかのようにゲームを続けるのは難しいだろう。 ゲームプレイを妨害するのではなく、ゲームプレイその物を困難な状況に追い込む。 相変わらずえぐい真似を平然としてくる。 敵に対しては容赦とか慈悲がなく、徹底的に叩きつぶすつもりのようだ。 さすがというか、なんというか。 呆れつつもカルラは黙って、姉が続ける話に相槌をうちながら考える。 ここまでは上手くいっているようには思う。状況的にもかなり追い詰めたとは思う。 ただ問題はだ、今回仕掛けた相手はさらに上を行く策士だということだ。 そんな相手に状況が完全に嵌まる前に、自分達の存在を見せたのは失敗ではなかっただろうかと考える。 姉の弱点は常に最大攻撃をしようとして、色々と手を重ねすぎるということ。 攻撃一辺倒で、防御側への意識が手薄な愛娘の弱点を、あの父親が気づいていないはずがない。 立場的に絶対的な姉の味方であるが、心情的には美月達に同情もしているカルラは、抜け穴に気づきながらも指摘せずに、楽しそうに悪巧みを話す姉に相槌を返し続ける。 ゲーム開始まで残り5分。 このお茶を飲み終わる頃にはその結果は出ているだろうか。 諸々を諦め、なるようになるかと思いつつ、カルラは華星を手に取り、その甘みを楽しむことにした。