注意 『A面 表舞台は楽しげにと』と同時間軸での話となっております「ほれ伸太。微糖でよかったよな。お前」「良い仕事の後はこの微妙な甘さが良いんですよね。ほんと面白いくらいに嵌まってくれたんで、罠の仕掛け甲斐がありました」 羽室先輩の投げてきた缶コーヒーを受け取り、俺は笑って返す。 午後一の授業はとりあえずは色々な意味で大成功と。 あそこまで見事に嵌まってくれるとは、本当に予想外の一言。 あれだけやれ込めれば、依頼主である沙紀さんも十分に満足だろう。「それ西ヶ谷の保護者への報告書か……真面目にやってましたって一言だけか。お前本当に性格悪いよな。どうせ画像でも付けるんだろ」 俺が仕上げていた沙紀さんへの短い報告書を見て、先輩が皮肉の色を含みつつも面白げに笑った。 あの無残なやられっぷりを見れば、抜け目ない沙紀さんならこの短い文でもすぐに察してくれるだろう。「問題無しって報告するってあの嬢ちゃんと約束しましたからね」 母親との違いはころっと騙されやすい辺りか? 沙紀さん曰く、そこら辺の頭が良いけど少しお人好しな所は旦那さん似だそうだ。「あんま虐めてやるなよ。ありゃ校内一の問題児ではあるが、良い所はあるんだからな」「了解です。一応フォローも入れとく予定ですから」 教師としての顔を覗かせた先輩の忠告に俺はにやりと笑って答えてみせるが、「そのフォローがさらなる罠の可能性あるから、お前は油断できないんだよ」 さすが先輩。 俺の仕掛けや傾向もよくご存じだ。 あの二人。 高山美月と西ヶ谷麻紀は、俺にとってのこれからの最重要計画の総仕上げにおいて主役を張るコンビ。 上手いこと導いて、PCOに嵌めなければならない。 だから、最初に準備室にあっちから来たときは、鴨が葱を……もといお客様方からゲームに参加してくるかと喜んだのもつかの間、ぬか喜びに終わったのはのはちと残念だ。 聞いてみりゃ、男連中のお客様はプレイする気満々のご様子だが、肝心の二人はハードを作るだけで、ゲームに参加する気は今のところ無いとのこと。 まぁ元々どうやって参加させようかと色々と考えて、とりあえず近づいた訳なんだから、やる気が無くてもあちらから接点を持ってくれたんだから、フラグは立ったわけだ。 あとはこっちの策次第。参加せざる得ない手なんぞいくらでもある。 ただ問題は1つ。 何せ清吾さんちの娘さんの方はともかく、沙紀さんの娘が原因で俺は一度死んでいる。 まぁ、ありゃ俺の判断ミスだし、何よりうちの嫁さんのおかげでこうして無事に生きているんだから、恨むのも筋違いってもんだろう。 むしろ、結果的にはいろいろプラス方面に傾いたんで、感謝しているくらいだ。 ただ被害者側である俺の方はこうお気楽な感じでも、向こう側は別。 何せただでさえ死亡イベントが弱点な所に、電車事故の時に、俺の血肉スプラッシュ浴びて、ホラートラウマを相当根深いところに打ち込んじまったお嬢ちゃんだ。 今は記憶の改竄やらなんやらしているんで、とりあえずはフレンドリーな状態を構築は出来たが、しかしこのまま接近してりゃ何時、その隠しといた記憶が表面化するか判らない。 それならそれで、逆にトラウマ刺激しまくりの追い詰めまくり、ホラーサスペンステイストな仕掛け+そこから立ち上がる少女達の友情って熱血路線でいこうかと思ってはいたが、どうやら俺の絵図は相棒にはお見通しのようだった。 頼んでいたはずの問題が、趣味全開な難解な問題集やら、やたらと難しい問題に切り替わっていたのは、我が相棒からの忠告というか警告。 ”楽しませてあげなさいよ全力で” 不機嫌にウサミミを揺らしながら、俺の方針にダメ出しをしてくるアリスの顔が容易に思いついた。 無茶振りしやがって。 まぁ、そこまで言うなら乗ってやろうじゃねぇか。 ただしお前にも苦労して貰うけどな。 クエスト目標は、不慮の事故とはいえ自分が殺してしまったGMが手がけるゲームを心底から楽しませる事ってか。 難易度最大級のクエストに、我ながら心が躍る。 しかも今はPCO稼働であり第二太陽系開発最終段階にくわえて、星系連合主導の次期惑星開発コンペティションへの最終ミッション最中というオプション付き。 ここで失敗すれば下手すりゃ全てが水泡に帰る背水の陣ってか。 だがあのお嬢ちゃんさえも楽しませたなら、後は怖い物無しだ。「大丈夫ですよ先輩。俺はGM。お客様を楽しませてなんぼの商売ですから」 俺は我ながら人が悪いと思う笑いをにやりと浮かべ缶を一気に飲み干してから、ゴミ箱に向かって軽く投げる。 放物線を描く缶を見ながら、俺は思考を加速させ、銀河標準時へと合わせて恒星間ネットへと接続し、『リルさん。スケジュール変更。明日の合同会議前に色々仕掛けたいんで、全域時間調整って出来ますか? 講師が終わった後、ホワイトソフトウェアによって、それからそっちいきます』『了解致しました。計算致します……時間流変更による消費資源及び機材使用は可能範囲内です。イコク部長及びサラス部長への変更許可を申請致します……了承を得ました。2分後に地球全域とこちら側の時間流を同調、三崎様のご帰還と共に時間遅延再稼働させます。ご家族へのご帰宅のご連絡はいかがなさいますか?』 いきなりの俺の提案にも、リルさんは何時もの落ち着いた声で答えると、瞬く間に必要量や機材の計算を終えて、ついでに関係部署やら責任者である部長クラスへと連絡を取って、許可までもぎ取ってくれてきた。 さすが頼りになるディケライア最終兵器その1。 アリス曰く技の一号だ。『そりゃ内緒で。びっくりさせてやろうと思いまして。そんなわけでメルこっちの会社に寄ってから水星、金星で火星の順。アリスにばれないように極秘跳躍で頼めるか』 次いでディケライアの最終兵器その2。 アリス曰く力の二号。 恒星系級超質量長距離跳躍実験艦【送天】のメインAIである『MA461Lタイプ自己進化型AI』通称メルに転送を頼む。 全開状態なら恒星系丸まる1つを千光年単位で軽々と飛ばすその巫山戯たマシンスペックに対して、俺一人を同星系内、メルからすれば極々近所な所に飛ばしてくれなんて役不足にもほどがあるんだが、『アイアイキャプテン。転送ならお任せあれ。アッちゃんには内緒ね! オッケーオッケー! 浮気し放題な極秘デートが可能なくらい隠して飛ばすよ! 今ならオプションで時空酔いも付けちゃうよ!』 やたらと元気がいいというか、ハイテンション過ぎて正直アレっぽい若い女性の声でメルが、何時もの軽快な口調で快諾してきた。 ディメジョンベルクラドのアリスに気づかれないで、短距離とはいえ転送が出来るのは銀河でもこいつくらいなんだが、なんだろう凄みが全くない。 本人?が親しみやすいってのはご愛敬だが、アリスのご先祖の銀河帝国はなに考えてこんなAIに仕立てやがったんだか。『バステ付けんな。っていうかなんでキャプテンだよ。お前この間までボスだったじゃねぇか』『いやそこはやっぱアレっしょ。あたしってば月に眠っていた隠れキャラな上で試作型のアウトナンバーズ。仮想体は鮫タイプじゃ無いけど、そこで呼び方はやっぱキャプテンって事で、アッちゃんと盛り上がったりしたりってわけで』 俺に対する呼び方がころころ変わるのは、例によって例のごとくアリスが原因だろうと思うが、元ネタが判らん。 しかし相変わらず濃いなうちの嫁と、メインAI。『リルさん。メルがアリスに俺の帰還をうっかり漏らさないように見張っといてください』『了解致しました。”社長”には極秘にしておきます。”お嬢様”に関しては監督範囲外となりますがよろしいでしょうか?』『それでお願いします。アリスの方は後でフォローしますんで』『その際は悪ふざけはお控え気味でお願い致します』 含みを持たせたリルさんの言葉に、お見通しかと思いつつ、俺は思考加速を終了させ、地球時間へと復帰する。「伸太お前な。ゴミの分別はしとけ。そこは燃えるゴミだ」 そういえば地球では完全リサイクル型原子分解ゴミ箱なんて夢のまた夢だった。 すっかり教師業が板についた羽室先輩から、ゴミは分別しろと、実に教師らしい説教を貰いつつ、俺はこの後のスケジュールを頭に思い浮かべていた。 火星オリンポス山。 旧太陽系において最大の高さを誇ったその山には、それにふさわしい広大な裾野が広がる。 直径500キロにわたる裾野の外縁部は切り立った5000メートル級の断崖絶壁となり、内部はゆったりとした坂道のような傾度で徐々に高度を高め、25000メートルとなる火山を形成する。 そんなオリンポス山の麓には、中央宇宙港都市として建造された施設が今は立ち並んでいる。 裾野から山頂まで、緩やかな弧を描きながら伸びる長大な低加速型リニアレール滑走路は、重力制御が当然となった銀河文明では、辺境域ですら既に廃れた非効率で巨大な物。 数年前に創天内のデットスペース探索の際に発掘された骨董品ツールではあったが、開発を手がけるディケライア社社長アリシティアの個人的な趣味が過分に含まれつつも、その物珍しさから観光資源として利用可能との判断で採用されていた。 そんな古き宇宙開拓初期時代の色合いを残すシンボル都市とは別に、火星は8つのブロックに分けられ、大規模拠点惑星への改造工事が、惑星全土で急ピッチで進められている。 第1ブロックから第4ブロックは、領域全体に密閉フィールド加工を施し、気圧、気候、重力を調整した、銀河系においてオーソドックスな4大生態系にあわせて形成された常設居住区。 第5ブロックは、購入費、滞在費は高額となるが、4大生態系に属しない特殊生態系種族用や、4大生態系に属しつつも、より細やかな環境を求める人物向けに、細かな区画割り分譲が可能な特別居住区。 第6ブロックは火星全域の2/3となる広大な海洋フィールド。 その大海には無数の大小様々な島が浮かび、さらにその一つ一つに小規模となるが第5ブロックと同じ環境生成機能を設置し、全く別の生育環境を作り上げることが可能となっている。 両極冠である第7ブロック、第8ブロックは貨物用宇宙港が併設した工場区画となり、火星のみで無く、これから数期にわたるであろう暗黒星雲開拓計画において開発された惑星での生活物資も十二分に製造可能なキャパシティを持った、生産能力を持つ大規模な工場施設群が作られていた。 星雲開発のための拠点惑星としてだけでなく、ディケライア社の新たな拠点。 銀河文明最辺境星域において、僅かだが着実にディケライアはその勢力を回復させつつあった。 オリンポス山カルデラ火口直上5万メートル。 薄い円盤状の形状を持つ巨大な惑星内飛行船が、ぷかぷかと浮かんでいる。 オープン後は火星の絶景を見渡す常駐型宿泊施設として使われるホテル船では、タイトなスケジュールに追われる現場に張り付いて離れられない一部の幹部は出席していないが、ディケライア幹部とホワイトソフトウェア幹部による合同会議が執り行われていた。「中枢設備は問題無し。目玉の第6はもう少しか……出来上がりは80%って所かな。クオリティ優先でいくからしょうが無いよね」 一番遅れているのが、もっとも広大な第6ブロック。 数千にも及ぶ小島を浮かべ、それぞれ異なる生態系調整が可能となるように空間的に隔離等をしたりと手間が多いので、遅れているのは仕方ない。 星内開発部部長であるイサナリアングランデと調査探索部部長クカイ・シュアの二人も最大限で頑張っているので、これ以上スケジュールを早めることも出来無い もっとも第6ブロックをフル稼働させるなんて、PCOオープン前の今の段階では必要性は薄い。 オープン後に完成でも問題無い。 上がってきた報告書に目を通したアリシティア・ディケライアは小さく頷いて、銀色の頭髪から飛び出た同じく銀色の毛で覆われた、柔らかそうなウサミミをゆったりと動かしていた。「シャモン姉。金星の方は?」「あちらはこちらほど見た目のデザインや細かな部分を気にした物とはしてませんから、予定は順調で問題ありません。金星軌道リング造船所も完成予定日に変更はありません。調査プローブ母艦となるシールド搭載探査船製造ラインの確保は完了しました」 従姉妹であり星外開発部部長でもあるシャモンからの報告も問題無し。 金星は大型外宇宙船製造を専門にする工場惑星。 斬新な仕掛けも機能的な面白味も無いが、質実剛健な信頼性の高いデザインで作られており、地上からの資源運搬用軌道エレベーターと連結したオービタルリング軌道無重力工場も半ば完成し、既に先行増産体制へと移行を始めている。「了解。イコク。水星の方は?」「資源採掘および稀少マテリアル合成化合生成施設ともに稼働中で備蓄体制に入っている。ただ一部のレアマテリアル成分が不足気味で、長期的には問題あり。恒星側反物質製造ラインは完成。どちらも調査計画を待ってからの本稼働の予定だな」 ナノセル義体で会議に参加する資源管理部部長イコクが管轄する水星は資源精製惑星。 旧太陽系と同じく新太陽設置予定宙域にもっとも近い軌道に設置される予定の水星は、外宇宙船の燃料となる反物質ステーション兼物資補給施設としての役割を持つ。 こちらは既に施設その物は完成。もっとも肝心要の太陽が今は存在しないため、水星全域の工場稼働率は現状では1%以下となっている。「う~ん……白井社長。星雲調査で確実に採算分岐点に釣り合いそうなスキル持ちプレイヤーって、今はどのくらいいますか?」 元より第二太陽系本格稼働のためには、太陽生成が絶対条件。 核となる原始星および物資供給の為にも、暗黒星雲調査計画の発動が急務となっているが、問題はそれをこなすだけの人材だ。『予想より少ないっていうか僅かだねぇ。全体の0.02%って所でしょうね。現在のβテスターが10万ちょいなんで、そちらのライン基準で20人程度でしょう。もっともやれることを増やしましたから、まだ本格的に調査計画に参戦していないプレイヤーも多いので本稼働すれば、割合も実数も上がるでしょうね」 兎にも角にも人材不足なディケライアにとって、地球側のプレイヤーの力は必要不可欠。 だからといって、ゲーム感覚そのままで気軽に探査機を壊されていたのではいくらあっても足りはしない。 最高レベルのプレイヤー育成のために、βテストでも難易度高レベルクエストも実地されているが、アリシティアの予想よりもその数は遙かに少なかった。 もっとも地球側の協力企業であるホワイトソフトウェア社長である白井はそこまで心配していないようで、本格稼働で増えるだろうと軽く答えていた。『待った社長。あぐらをかいてるだけじゃ無くて打てる手はあるさ。アリス。今低レベルマップはこんな感じのクリア率とリタイア率で参加者もクリア率も増えている。だがリタイア理由がちょいといただけないね。慣れと油断が出て事故死の割合が増えてる。オープン記念に低難度で新規マップ導入で引き締めたい。ノープスさんまた借りれるかい?』 白井と同じくホワイトソフトウェア本社からVR通信で会議に参加する開発部主任である佐伯女史が手をあげ、実働データを呈示して新規クエストMAP作成を提案する。 佐伯の言う通り、確かに低レベル探査クエストでは、デメリットが少ないからと参加が増え始めてクリア率も上がっている。 しかしそのリタイア原因は、ちょっとした油断から来るイージーミスや、無理矢理な強行突破とあまりよくない傾向が見えていた。「オッケ。サエさんがつんといこう。ノープス老。サエさんと協力して新デザインお願いします」 クエスト中に油断で死亡? 自他共に認める生粋ゲーマーであるアリシティアにとっては、もっともアウトな原因に、不機嫌そうにウサミミを揺らし、佐伯の提案に即賛成して、専属恒星系デザイナーであり企画部部長ノープスへと話を振る。「ふむ。この短期間にこれだけのクリア者が出るとはなかなか楽しませてくれおるわ。低レベル向けのワンミス即死マップでも作ってやろう」 透明の床から見える足元の火星の絶景を肴に、ちびちびと杯を傾けていたクリスタルの肉体を持つノープスは、自らの作成デザインマップが易々と攻略されたというのに、満足げに頷いて了承した。「いいね! 出来たらあたしが一番にテストプレ…………こほん。続けます。ローバー各種許可は?」 銀河文明でも名高い恒星系デザイナーであるノープス謹製高難易度マップと聞いて血が騒いだのか、テーブルに載りだし自分が最初にプレイすると社長権限を強制発動しようとしたアリシティアだったが、会議中ですという周囲からの視線に気づいて、わざとらしく咳払いしてから席について話の流れを戻した。「各種施設稼働許可及び移住営業許可手続き双方ともに終了しております。事前立入検査で上げられたいくつかの不備もすでに改善手続きに入っております。あとは恒星関連の許可申請ですが、こちらも同じく調査待ちです」 傍目にはぷかぷか浮かぶ石と言った見た目のディケライア社専務であるローバーは、自らの一部を分離させた球状体のまま、いくつもの報告書を展開して問題が無いことを伝える。 悠久の歴史を持つだけに複雑怪奇かつ特例条件が無数に存在する、銀河法に対応できるローバーの法務能力は社内一。 特に今回の場合は、銀河法的には未開文明である地球さえも策に用いた為、異例ずくめの特例仕様ばかり。 絶対の信頼を置くローバーの確約にアリシティアは満足げに頷き、ついで一番の懸念事項へと触れる。「叔母さん。資金の方は?」「今期は問題ありませんが、全ては恒星生成が上手くいった場合の試算となります。星系連合議会も今回は特殊事例でありますが、地球生命調査、保護の観点より、我が社の計画を賛成多数で可決しております。事業継続が保証されましたので、追加融資申請も許可がおりました」「今期は問題無しか。それ以降は?」「未だ未知数としか。ただし明るい要素はいくつも出ています。こちら側におけるPCO計画に関し、他の中小惑星改造企業や取引企業も関心を持っており、数社からではありますが詳細資料が欲しいと打診も来ております。ここから先は三崎さんの手腕次第ですね」 契約主である星系連合との折衝も無事クリア。 さらにはこの先に向けての新規事業計画である星系フルオーダーシステム。 『Planetreconstruction Company Online』の雛形も徐々に出来上がりつつある。「絶対絶命の窮状は何とか脱し。でも油断できずこれからの進行具合か……どっちにしろシンタ次第か」 地球のPCO。 そして宇宙のPCO。 名前と根っこは同じながら、最終的には別物となる二重プロジェクトを提案したアリシティアのパートナーである三崎伸太の姿はこの合同会議には無い。 地球においては下っ端ゲームマスター。 宇宙においては新設されたPCOプロジェクトの新人ゼネラルマネージャーは、今は地球での工作活動で不在となっていた。 もっとも地球側ではともかく、宇宙側における肩書きの割には最前線で暗躍する三崎の不在は、ここ数年では当たり前の事となっている。 この間までは連合議会で暗躍していたかと思えば、久しぶりにこっちに生身で帰ってきたというのに、時間が無いからとすぐに地球入りしていた。 公私ともにパートナーであるアリシティアですら、最近はVR越しでもまともに合う時間すら取れていなかった。「全く……帰ってきたとき位はこっちに顔出しなさいよね。たまには家族サービスして欲しいんだけど」 無論三崎が頑張っているのは、地球の為、ディケライアの為、そして何より家族の為だというのは重々承知はしている。 しかし一家の長としては、すこしはこちらの事も気遣ってくれては良いだろうとアリシティアが耳を動かし頬を膨らませていると、何故か他の出席者が微妙な顔を浮かべていた。 表情を読み取れない石の塊に見えるローバーさえも、実に哀れそうにアリシティアを見ているのを感じられるほどだ。「ひ、姫様、あいつ姫様の所に行かなかったんですか!? 人に急かしといてなにしてんのよあの男は!?」 中でも一番狼狽しているのがシャモンで、椅子を蹴って立ち上がっていた。「えっ……シャモン姉。そ、その反応なに? ちょっとまさか!? シンタ地球じゃ無いの!? まだ講師の時間じゃ!? って時間調整ずれてるじゃないいつの間に!? リル!?」 周囲からの哀れみを持った視線とシャモンの台詞に察したアリシティアは、地球時間を確認すると、いつの間にか予定よりも僅かに時間流がずれていた事に気づく。 昨日に数時間だけだが地球時間が銀河標準時間と同調していたようだ。『三崎様の申請によりプラン変更に基づいて遅延フィールドの一時解除いたしました。社長のご要望にお応えする形にコンペティションに提出する資料を変更なさるとのことです』 アリシティアの悲鳴にも似た叫びに、ディケライア本社であり、水星、金星、地球、火星の4惑星を保持、改造を続ける恒星系級改造艦である創天のメインAIであるリルが、何時もの落ち着いた声で即答した。「き、聞いてないよあたし!? シンタ今どこ!? リル詳細報告!」『地球での講師が終わられ次第、送天による極秘跳躍でホワイトソフトウェア本社、水星、金星を廻られて今朝方、火星に到着しました。ローバー専務との打ち合わせ後に、百華堂火星支店にお立ち寄りになって、現在火星第1ブロックのレザーキ博士の植物研究園にて、お嬢様とゆったりとお茶会を楽しんで居られます……ご要望通りの家族サービス中ですね』「あたし以外にいろいろ会ってるじゃない! どうして誰も教え得てくれなかったのよ!?」 ショックだったのか、年甲斐も無く半べそをかいて怒るアリシティアに会議の出席者達も思わず、気まずさから顔を反らす。”いきなり帰ってきて、アリスをびっくりさせたいんで黙っておいてください” 誰もが三崎のその言葉に、まんまと乗せられていたからだ。 三崎の移動経路と面会した人物リストを見ると、ここ1日で、今会議に参加しているアリシティア以外の全員と会って、変更プランとやらの打ち合わせを行っている。 それ以外にも各惑星でかなりの人数と会っていて、確かに忙しそうではあるが、中には視察名目でたまたま暇つぶしでよった寄り道らしき物もあり、どう考えても時間は余っているようだった。 「シンタの奴。お嬢をびっくりさせるとか言ってたが……嘘はいってないな」 会ったときに三崎の浮かべていた含み笑いの意味に気づいたイコクは、確かにびっくりはしているが、意味が違うだろうと、相変わらず人を食った三崎に、あきれ顔を浮かべて頬を掻いた。。「か、会議終了! リル転送準備! あの薄情者殴ってく!」 『その三崎様より社長への言伝です。『いやー悪い悪い。エリスに会ってやるのが精一杯で、会議までにお前の所に行けなかったわ。とりあえずお前の希望に添った変更プランを送っとくから許可頼む。んじゃそろそろ仕掛けの時間だから地球に戻るわ。あー忙しい忙しい』とのことで、つい今し方お帰りになられました』 アリシティアの目の前に、新たにいくつもの書類やら報告書が浮かび上がって視界を埋めていく。 三崎がこの会議の時間に丁度アリシティアの元に届くようにと調整していたのは、誰の目にも明らかだった。 これでは当初の予定より会議が大幅に長引くのは避けられないだろう。 しかもその当の本人は既に地球に戻った後。「う、う、あぁ、あの、げ、外道! そりゃ無茶頼んだけどさ! シンタならできるでしょうが! しかも自分の娘を盾に使うな!」 確かに、クエスト難度を最大級まで上げたのは自分だが、三崎だったらどんな相手にだってゲームを楽しませる事ができると信じているからだというに。 いくら何でもこの仕打ちは無いだろう。 しかも最後に会った相手が相手だ。 三崎が忙しくてなかなか会えず、父恋しい愛娘を引き合いに出されては、さすがにそれでも自分を優先しろとはいえない。 アリシティアは怒りのぶつけ所を見いだすことが出来ず、地団駄を踏むしか無かった。『全く……・あんたら夫婦はいつまで経っても互いにガキだね』 地球時間で数えるならそろそろ金婚式に近づこうという長い付き合いだというのに、精神年齢固定をしているせいか、それともいくら年月が過ぎようが変わらないほど強固な関係なのか? いまだに子供じみた悪戯を互いにやり合う三崎とアリシティアに対して、佐伯がやれやれと呆れていた。