『学生管理課よりメールが届きました』 昼休みに自席で昼食を取っていた美月の鞄に入れていた端末が、合成電子音のアナウンスを奏でる。 時間割変更や行事日程といった公的な連絡から、部活動の大会報告や新聞部が週一で発行する電子新聞といった校内情報が送られてくるこの端末は、学校支給の学生証を兼任したものだ。 見た目はノーマルなままだが、中身のシステムだけは使いやすいように変えてある自分の端末を取りだした美月は、指紋認証ロックを解除してパスを入れ内容を確認する。 学生課から送られてきたのは、午後から行われる初のVR実習授業に備えて、午前中に行われたナノシステム稼働検査の結果だ。 情報相互通信値。生体影響値。 全ての数値は安全許容範囲内と診断され、美月の脳内でナノマシーン群によるシステムが無事に構築されたことを示している。 少し前までならナノマシーン定着まで1週間近く掛かったが、昨今話題のディケライア社が開発、発表した構築技術を元に改良が進められ、今では1~2日程度で済むようになっており、適合率も大幅に上がっていた。「問題無しと……麻紀ちゃんは結果どうだった?」 今朝方は変な夢を見たが、特に問題は無いようだと内心で安堵する。 隣席で美月特製のサーモンクリームチーズサンドウィッチを右手で掴みパクパクと食べながら、左手を休むことなく動かし私物端末を用いて、朝に頼まれた情報収集機能特化端末の設計をしていた麻紀に尋ねる。「ふぁふ? ん」 口にくわえたまま答えようとした麻紀だったが、行儀には五月蠅い美月に無言で睨まれ慌てて一口分だけ囓り取って残りを置いてから、自分の端末を取りだして確認する。 学校支給で元々は美月と同じ規格だが、麻紀の場合は外部機器を追加していろいろ手を加えているので、一回り大きくて分厚くなって、見かけは全くの別物となっていた。 普通高校なら、学校支給の端末にここまで大胆な改造は禁止されているが、工業高校である戸室工業高校では、生徒の技術力育成のために許可されている。 法に反しない限りは、むしろ使い勝手や高性能化のための改造が推奨されていて、最初に支給される端末性能も、昨今の平均性能と比べてわざと低性能に押さえられているくらいだ。 「…………うん。問題無し無し。と-ぜんでしょ」 呼び出した画面を見せつけるように麻紀は呈示する。 麻紀の数値も特に問題は無く、午後の授業を無事に受けられるのが嬉しいのか無邪気な笑顔を浮かべていた。「そっか。じゃあ今日このソフト。二人でやれるね」 先行報酬として麻紀が受け取った観測データ天体再現集を早く使ってみたく、美月も笑顔を浮かべる。 観測データから天体をVR再現する機能が売りだが、美月の本命はその特典データであるルナプラントをVR再現したデータの方だ。 通信映像越しに見たことはあるが、父の職場だったルナプラントをVR越しにでも訪れることが出来るのがとても楽しみに感じていた。 サンクエイクの影響で地球圏外では未だ強力な電磁嵐が吹き荒れており、無人衛星の打ち上げどころか、月との通信すら不可能な状態である今では、父の思い出を僅かでも感じられる機会は非常に少なかった。「うん。美月やりたがってたでしょ。見つからなくて半分諦めてたんだけど、ラッキーだったよ。もう俄然やる気が湧いたね。だからあの三人には予算が許す限りのマシーン作ってあげる」 気分屋な麻紀の場合、制作物の性能や作成速度はその時のテンションに左右されるが、今日の精神状態は朝の状態から少し落ちついてかなり上々。 頼まれた当日なのに、既にある程度の形が出来た第一稿案が頭の中で出来上がっているようだ。 麻紀の事だ。おそらく授業中も、勉強は片手間にそちらの方に意識を集中させていたのだろう。「ありがと……そうだ麻紀ちゃん。あたしもインターフェイスシステム周りなら手伝うよ。何かやれることある?」 自分のために頑張ってくれている親友に礼を述べる またこの稀少ソフトを譲ってくれた三人組にも感謝しきり。 そのお礼として麻紀がされた依頼を手伝うのは、美月にとっては当然の事だ。 ハード構築なら麻紀の独擅場だが、その天才性故か麻紀が作る端末は、高機能化優先となり複雑で扱いにくいのが難点の1つ。 一方で美月の方は、元来の気配り屋の所為か、同機能を持ちつつも使い勝手の違う各種ソフトの選定、アプリケーション配置や階層構造など、当人に合わせて使いやすさを優先したカスタマイズが容易なインターフェースシステム構築を得意とする。 基本構成を麻紀が作り、美月が仕上げたものは、高性能かつ使いやすいと、クラスメイトにも構成をまねてみたり、その出来映えの良さから課題の相談をしてくる者が結構いたりする。 「あ、じゃあ考えてる基本仕様がこんな感じで、この性能で動かせる必要そうなソフトをいくつか探しておいて。それも出来たらフリー系メインで安めに。買ってくる予定の粒子端末がこれで改造予算5万までって言ってたから、あまりかけられないし。パーツも今度のお休みにパーツ屋を廻って型落ち品でイイの探してくるつもり。いざとなったらジャンク屋で一山いくらから使えそうなパーツ引っこ抜いてくる。相性と設定次第でそこらの現行機と比べても遜色ない性能が出せるからね」 中学時代からジャンク屋やらパーツ屋だのディープな意味での電気街常連客だという麻紀は、お宝探しだとうきうきして目を輝かせて饒舌に語り出す。 根っから技術屋なのか、厳しい予算制限を聞いて、逆にやる気が湧いているようだ。「……結構厳しいね。マシーンスペックもう少し落としちゃダメなの?」 麻紀の見せてきた仕様書画面を除いた美月は、頭の中で軽く計算してソフトに使える予算の少なさに難しい顔を浮かべた。 ソフト類をフリー系をメインに安く仕上げるとしても、主である分析系だけはある程度の性能は欲しいから、少しは予算をつぎ込むべきだろうと美月は思う。 無論ソフトの重要さも麻紀も判っているだろうが、その設定は予算の大半を端末の性能強化に当てている。 ネットより多くの情報を集め、それらを一気に篩にかけ、大まかに分類し、数ヶ月分を蓄積、さらに複数ソフトを用いて多角的に分析。 機能を絞っているが、たかだかゲーム相手には過剰な仕様に美月には思えた。「うん。これでも結構不安。そのゲームについてちょこちょこ聞いたり調べたんだけど、なめてかかると痛い目みるって。どこで何が起きるか、それがどう影響して違うどこかで新しい何が起きるとか、あるいは前と同じ条件に見えても、全く別の所で起きた事が回り回って影響してなにも起きなかったとか、イベント1つとってもフラグが複雑みたい」 βテスター達のブログや情報交換サイトを漁って得てきた情報を美月に見せながら、麻紀はPCOと呼ばれるゲームに対する基本方針を説明する。 まだテスト中だというのに、プレイヤー達の報告総数をおおざっぱに数えた現時点で判明しているイベントで大小合わせて既に5桁以上。 無論別の星で起きたイベントが、こちらの地域でも起きたというのもあるが、微妙にその細部が変わっており、プレイヤーの介入による決着もまた違う形となり、その結果がさらに全く別のイベントのトリガーとなる。 ゲーム規模が巨大すぎて手探りで進むプレイヤー達の悪戦苦闘する様が見て取れた。「ただ傾向としてはプレイヤーが多く集まってきた地域では、イベント発生率が高いってのは間違いないみたい。なんか影響力って数値が関連して、NPCが活性化する仕様みたい。イベント内容もプレイヤーの艦隊構成とか行動が関係して変化する感じかな。だから最初の基本方針は掲示板とかからワード抽出して、その頻度からどこの地域でイベントが起きやすいか予測分析する方向が良いと思うんだ」 プレイヤーの動向情報や注目度から次に起こる大規模イベント発生地域を予測分析し、さらにイベント傾向を予測する。これが麻紀が目標設定した機能のようだ。「ともかく情報量がほしい。最初は予測にばらつきが出るけど、蓄積がたまれば精度が高くなりそう。だから収集能力に通信機能強化。情報蓄積に大容量ハード。生物な情報を早めに分析できる解析機能にCPU強化って感じ。ソフトは後から入れ替えれば良いけど、ハードはある程度最初に余裕持たせて作っとかないと、強化の際限ないし」「そっか。でもこの性能でフリー系解析ソフトだとせっかくのマシーンスペック持てあましそうだよね」 フリー系のソフトは所詮お試し版やら有志による趣味の延長線上の品。 メーカー正規品と比べてその機能が落ちるのは当然と言えば当然の事。 無論中には使いこなせれば下手な販売ソフトより使い勝手が良い物もあるが、専門的になればなるほどその数は極端に減っていく。 しかも今回の麻紀の要求は、解析ソフトを複数用意して、同じ情報を違う側面から解析して予測していく形式。 必要なのは視点が違ういくつかの解析ソフトと、それらから上がってくる情報を分析する統合分析ソフト。 ソフト間の相性なども考えるとさらに選択肢は縮まっていく。 この無茶な要求をなるべく安く仕立て上げるには…… 「……先生に校内アーカイブの利用可能か相談してみる? 解析系のソフトとかいくつもあると思ったよ」 大半はアマチュアクラスを出ないが、物によっては何代にもわたり引き継がれアップデートを続ける大量のソフト群へと美月は狙いを付ける。 戸室工業高校は生徒の自主的な学習を推奨しサポートを行っており、公立高校の割には自由度が高いのが売り。 代々の卒業生が残していった自由研究の成果であるデータや自主制作ソフトは、校内アーカイブとして保存されていて、利用許可を申請すれば生徒なら誰でも利用可能となっている。 「でも美月。理由はどうするの? ゲーム攻略用じゃ難しくない」 しかし自由に利用可能と言ってもそれは学業やスキルアップに関連した場合。 ゲーム攻略用端末作成なんて馬鹿正直な理由では、即時却下されるのは火を見るより明らかだ。「アーカイブ解析系プログラムの統合ソフトを自由研究で作成って理由はどうかな? VR授業が始まれば自由研究課題を1つ提出だったよね。汎用性が高いソフトなら他にも使えるから許可が出るかも。グループ研究って事で峰岸君達三人にも協力して貰えば、簡易的なまとめはゲームの開始までにはある程度は出来ると思うよ。結局データがある程度揃ってからが本格稼働になるんだから調整しつつ組み上げていく形で」 どうせデータ統合ソフトが必要になるなら、いっその事だ使い勝手や改造の手間も考えて自作してしまえば良い。 この辺りの技術屋思考は、やはり自分は父の子なんだろうなと思いながら、美月はとりあえずの提案を、「オッケ採用! よし! いこう! 善は急げ!」 だが美月の話を途中まで聞いたところで麻紀が椅子を蹴倒して立ち上がると、美月の手を引っ張っていきなり走り出した。 どうやら早速許可を取ろうと先生の所に行くつもりのようだ。 「ごめん! お弁当に蓋だけしておいて……」「はいはい。いってら~」 麻紀の突飛な行動は何時ものこと。 日常風景として美月もクラスメイト達も実に慣れた対応で済ませていた。「もうこんな時間か。伸太。昼飯どうする?」 午前中に行った稼働テストの結果は対象生徒全員が無事合格。 生徒個人の脳内システムと学内VRネットへの接続パスの設定確認を行っていた戸室工業高校技術科教師であり、校内VRネット管理者である羽室は、いつの間にやら昼食時間を過ぎていたことに気づき手を休める。 校内の各種設備が旧式なため、従来の通信回線から新形式の粒子ネットへの設定変更に思ったよりも手間取ったのが遅れた理由だ。 羽室一人では今週中に終わるかどうかも非常に怪しいほどだったが、後輩である三崎のサポートもあり後は検査プログラムを走らせた自動確認のみで終了。 午後の授業は支障無く開始できそうだ。 「あー。いいっすよ。フルダイブに入る前は食べるな飲むなは、羽室先輩の教えでしょうが」 今から外に出るほどの時間も無いので、常備してあるインスタントで悪いと思いつつリストを流すと、データリンクした隣席で実習に用いる簡易プログラム作成作業をする三崎は展開した仮想コンソールに手を奔らせながら答える。「そういや現役時代はそんな事を言ってたな……嫌な事覚えてるなお前」「飯にトイレ休憩だ? 経験値効率を落とす気か! って怒鳴られる経験なんて、そうそう無いですからね」 イベント期間中の休日は制限時間ギリギリ8時間まで続行。2時間の接続不可時間の間に仮眠を済ませて、解除後再度フルダイブを三セット。 飯? 一日くらい喰わなくても死なないから我慢しろ。 水も極力飲むな。 理想は前日から断食しろ。 脳味噌動かすためにブドウ糖のみ許す。 人としてダメだろうと思うような廃人生活をしていた自分を思い出させられ、羽室は顔をしかめるが、「俺は単位は危険水位までは落とさなかったけどな。留年しかけたお前に言われたくねえよ」 三崎の方が遙かにやばいラインまで突っ込んでいた事を思いだし、すぐに苦笑へと変わった。 なんせ最長廃人なアリスの度を超した長時間連続プレイに嬉々として付き合ってたのだから、三崎の方がある意味リアルを捨てかけていたのは間違いない。「そのおかげで可愛い嫁さんをテイムできたから結果オーライでしょ」「……さっきもそう思ったが、現役連中からデレ化してるとか聞いてたけどマジだなお前。昔はアリスは無いとかいってただろ」 現役時代の三崎からはあり得ない返しに羽室は呆れるしか無い。 ギルド掲示板を通じて後輩達とは親交があるので、久しく合っていなかった三崎やアリシティアの動向も良く聞いていたが、『糖尿病になりそうだ』『バカプッル喧嘩すんな』『黙れ婿養子』 というコメントが多く極めて質の悪い進化を遂げていたという噂は真実のようだ。「VRだけの関係だった当時なら無しですけど、リアルでいろいろありましたから。まぁあいかわらずネタが細かいや、愛蔵版が出たときにシリーズ一気耐久鑑賞会に付き合わされるのは勘弁ですけど、この間もスーパー戦隊100周年記念ボックスねだられて……」 羽室の突っ込みに対して三崎はにやりと笑ってから、一転してウンザリとした顔を浮かべてみせる。 しかし文句を言いつつもその口調は楽しげ。 まさかの惚気話展開に羽室が墓穴を掘ったかと後悔しかけていると、「私参上! 先生、先生! パスください!」 ノックなのか微妙に判断しづらい打撃音の後に間髪入れず、女生徒が二人で準備室へと飛び込んで来て、不躾に頼み事をしてくるが意味が判りづらかった。「ま、麻紀ちゃん、ノ、ノックのあと……はぁはぁ……へ、返事待とうよ」 正確に言えば飛び込んで来たのは、何故かマントを着けたやたらと元気な女生徒だけで、息も絶え絶えで入ってきた女生徒は、ただ引きずられてきたのだろう。「助かった……またお前らか。どうした? 息整えてからで良いぞ高山。伸太。悪い進めててくれ」 三崎の話から逃れられたのだからありがたいと思いつつ、最初に飛び込んで来た少女西ヶ谷麻紀では無く、後から入ってきた少女。高山美月へと羽室は事情を尋ねる。 興奮状態な麻紀に聞いたところで解読に手間取ることになる。なら相棒兼監視役な美月の回復を待った方が結果的に早いと良い無難な判断だ。「ういっす。ほれ。そっちのお嬢さんは茶でも飲んどけ。茶菓子もあるぞ」 そしていきなり生徒が飛び込んでくるという状況にも、三崎は驚くでも慌てるでも無く、無視されてむっとしている麻紀に、手を付けていなかった茶やら菓子を差し出して、場を繋げていた。「す、すみません。少し深呼吸したら説明しますから」 羽室の表情に何を考えたのか悟った美月は、頭を下げてから大きな深呼吸をしていた。「…………実質はゲーム攻略用にアーカイブの使用許可ってことだな」 美月の説明を聞いた羽室は、腕を組み難しげな表情を浮かべた。 反応は今ひとつ。 表向きの理由は、アーカイブ内の解析系ソフトを複数用いた解析結果統合ソフト開発を自由課題としてすえているが、その稼働実験対象として選んだのは近々オープン予定のVRMMO。 どういう意図が、その根底に流れているのか羽室は気づいているようだ。 やはりいろいろ表向きな理由を付けたとしても、実質的な目的がゲーム攻略では、学校の財産でもあるプログラム群の使用許可は難しいのだろうか。「おぉ! これ挟み打ちって奴!? 早い早い!」「おう。修練に修練を重ねた末ようやく身につけた技だ。4枚稼働の両手挟み打ちは親父さんから皆伝。今は5枚稼働の左右両手挟み打ち、右手一枚透かしが目標だな」 一方の麻紀はといえば、羽室の後輩だという若い男性の入力作業を見て、目を輝かせている。 準備室に設置されている3D型プロジェクターの映す画像が4分割され、そこでは全く異なるコードの4つのプログラムが同時制作されていくという神業が披露されていた。 午後に行うVR実習で用いる物とのことだが、そのコードは簡易で1つだけなら学生である美月にも組めそうな物だが、4つ同時でしかもその制作速度は異常に速いものだ。「おにーさんなかなかやるね。コツってあるの?」「脳内ナノのサポートを上手く使うってのが基本にして真理。あと構成は無駄を少なくかつ簡易に。とにかく基礎能力と基本技術の底上げがやっぱ一番って奴だな」 どうやらこの二人は波長が合うのか、いろいろとフリーダムで五月蠅い麻紀に対して、男性は嫌な顔1つ見せず、親しげな笑顔で説明を続けて二人で盛り上がっていた。 気分屋の麻紀のこと。ひょっとしたらこの部屋に来た目的を忘れているんじゃ無いかと、少しばかり不安を覚える。「使用許可は難しいですか? 幅広く応用して使える物に仕上げるつもりですけど」「ん? …………あー悪いな。伸太と話してたせいかちょっと別目線で考えてた。利用目的はどうあれちゃんとした物を仕上げるなら、別にアーカイブ使用は問題は無いぞ。面白そうだしな」 だが美月の心配は杞憂だったようで、利用許可は難なく下りるようだ。 しかし羽室の別視線で見ていたというのは、どういう意味だろうか。 「ただ使えるかどうかとか、役に立つかどうかってのを考えててな。卒業生作成だから粗も多いし昔の物も多いからな。マシーンを組んでも使えなきゃ…………上手くいけば制作費用が浮かせられるか。伸太。ナンパしてんな。お前浮気したらアリスが怒るとか言ってただろうが」「勘弁してください。ちょっとコツくらい教えても良いでしょ。顧客サービスって奴ですよ。何せウチはお客様が第一なんで」「相変わらず口が上手いな。じゃあ顧客サービスの一環だ。どうせMODシステムも導入するんだろ。MODとして使えるか? ちなみにこいつがアーカイブ内ソフトだ」「ちょっと走らせてみます。今回のウチのシステムは窓口を幅広くしてますから、様式が古くても結構いけるはずですよ」 麻紀の相手をしていた後輩に声をかけた羽室が手で何かを投げる仕草をすると、伸太と呼ばれた若い男性は左手でキャッチした仕草を見せる。 どうやらVRでデータのやり取りをしていたようだが、先輩後輩というにはやけに気安く、しかもテンポがよい。 あれよあれよという間に方針が決まり、作業が始まってしまった。 受け取ったデータを展開したのか空中に目を走らせながら、男の両手が先ほどとは比にならない速度で動き始める。 どうやら先ほどまでのはデモンストレーション。これが本気のようで、麻紀は食い入るようにその動きを見ていた。 「それでまだまだってどんだけ化け物揃いだお前の所…………少しいじりゃ動くか。利用は出来るのか規約的には」「チート改造っていうレベルじゃないですし、情報解析くらいなら問題無くいけますよ。βテスターにも既に同じような情報統合導入してる連中もぼちぼち出てますから。まぁこんなもんで簡単に勝たせるほど甘かないですけどウチらは」 先ほどまでの善人じみた笑顔とは裏腹に、やたらと腹黒そうでそれでいて楽しげな忍び笑いを男は漏らしていた。「トップ連中に食らいつくには無理だろうが、少しは役に立つか」「現役世代のウチの連中なら、この手の物があったらそこそこいけますよ。あいつらが勝っても賞金無しですけどね」「そりゃ初代と2代目がメインでやってんだから、ウチの連中が勝ったら問題ありありだ。賞金無しはしかたねぇだろ」 「後から伝えたんで、ぬか喜びさせんなって非難囂々ですけどね。しかたないんでランク入りしたら個人的に部室強化を自費で約束してます。ついでだから公式イベントで盛り上げますけどね。給料天引き明細書完全公開って」「お前絶対わざと後から伝えただろ……性悪GMにダイレクトアタックってか。そりゃ盛り上がるわ。相変わらずフリーダムだなお前の所は」 男につられるように羽室も生徒に人気の若手教師という仮面を外して、実に楽しげな軽口で会話を交わしていた。「……あの先生こちらの方は?」 羽室の大学時代の後輩で臨時講師と聞いていた怪しげな言動をする男の正体を美月は尋ねる。「っと、そういやちゃんと紹介してなかったな。後の授業で紹介する予定だったが今紹介しとくか。こいつがお前らが使おうとしているPCOの開発会社の社員だ」「ホワイトソフトウェアゲームマスター兼PCO開発責任者三崎伸太です。我が社のソフトを選んでいただきまことにありがとうございます。お楽しみ戴けるように精一杯やらせて戴きます。お客様方」 口調だけはわざとらしいほどに丁寧さわやかな好青年を演じて、その一方で腹に一物も二物もため込んでいる邪悪な笑顔で三崎伸太とその男は挨拶をしてきた。