VRデータ解析室。 その名が表すとおり文字通り、稼働中のPCOにまつわるデータを収集し、解析する機能に特化した開発部の牙城となっている。 所狭しと仮想コンソールとウィンドウを広げる開発部の面々は、せわしなく手を動かし、稼働記録をとりつつも、後輩社員である三崎が設定したゲームバランスについてのダメ出しをのんびりとした口調で論評していく。 つい先ほどまでの単機VS防衛網の戦いも一段落、次の総力戦へ向けての一瞬の休みといった所か。 正面大モニターには、円錐型の突撃陣形へと着々と変貌していく艦隊の映像が映っていた。「林さん。俺はこのまま兵器系を纏めますから、スキル系のレポート頼めますか?」「おう。しかしスキルのバランスが無茶苦茶だな。多少はいじったみたいだが、もう少し調整できなかったのかこれ」「全体的に攻撃力過多だ。三崎はプレイヤー時代から防御が上手いから、そこらの感覚が壊れてんじゃねぇ」 曰く、スキル効果範囲、発動時間に遊びが少なくてシビア過ぎる。 曰く、妨害系スキル発動までのウェイトに対して、攻撃、索敵系スキルの反応早すぎじゃねぇ? 曰く、防御兵器の攻撃間隔が短く威力が強すぎて、数も相まって弾幕ゲーになってる。 お客様からのクレームやらレビューを参考に、バランス調整に日々いそしんでいた彼らの目から見て、三崎の設定したゲームバランスは粗を上げればきりが無い。 不特定多数のプレイヤーが参加するMMOゲームが成り立つ為には、初心者からベテランまで等しく楽しめる絶妙なゲームバランスを構築するの初歩の初歩。 その観点から行くと今のPCOは、一瞬の油断で即死するレーザー砲の雨やら、限界ギリギリの軌道で躱し続けるのが前提の回避ルートやら、先の先まで読まなければ発動が間に合わない極悪なスキルウェイトと、所謂初心者お断りなバランス崩壊ゲーとなっている。「この段階で大勝負を仕掛けてくる辺りが三崎らしいよ。戦闘規模がでかい分、経験値システムやらアイテム、育成系やら諸々を構築するのは厄介だよこいつは」 現状のPCOにはスキル成長や経験値、さらにはアイテムポップなど育成系システムが皆無で、今はステータス固定のユニットを用いた戦略ゲームでしか無いと、開発部主任佐伯女史はバッサリと切り捨てた。 一部の例外はあるがアクション系やシューティング系と格闘系などは固定のキャラクターや機体を用いるが、RPG系はスタートは同じでもプレイヤーそれぞれの個性や嗜好がはっきりと現れるキャラクター成長要素が必要不可欠。 現状のPCOに成長要素をプラスしていくには、三崎達が設定した戦闘規模が大きすぎるのがネックだ。 プレイヤーは三崎とアリシティアの二人だというのに、その麾下には大量のNPCや戦闘艦、搭載機に防御兵器がひしめき合い、全ユニット数は片側の陣営だけでも4桁に到達しようかという数。 しかも三崎達のプランでは、このNPCそして戦闘兵器群、その全てがいつでもプレイキャラクター、騎乗兵器として使用可能なゲームシステムとなっている。 これら全てのキャラクターアイテムに成長要素を組み込み、ゲームバランスを考慮した形へと持っていくのは生半可ではないと誰もが感じている。 Planet reconstruction Company Onlineと名付けられたこのゲーム『PCO』はデモシナリオと喋り、そして雰囲気で、ある程度練られたゲームに見せかけているだけで、MMORPGゲームとしてのPCOの完成度は、崩れたバランスやら未実装機能が多すぎて、評価外としかいえない出来だ。『佐伯さん! なに起きたんですかあれ!? 三崎君の機体ものすごい加速するし、衝突すると思ったらグニューって歪んで大穴が空いたんですけど!?』 どこかマッタリとした総合管理室内に、三崎がプレイ側に廻った為に急遽お客様に対応する司会者として担ぎ出された大磯の悲鳴じみた問いかけが響く。 解説に回されたと言っても、大磯が三崎の仕掛けを知ったのはつい先ほど。詳細など知るはずも無いので、デモプレイと称した三崎達のプレイを開発部が詳細に記録し、改善点や不備な点をすくい上げつつ、ゲームの流れや行われた事の解説をまとめ上げて、大磯や観戦中の”2つ”の会場のお客様へと随時配信していくという体制をとっている。 「ほれあんたら、喋くってるのも良いが、どんどんレポートをあげてきな。大磯が資料をよこしてくれと泣き入ってきてるよ」 「ういっす。スキル『リミットオーバー』とギミックの『空間湾曲装置』ですね、しかし大磯ちゃんも災難だな。あの子カンペ無いと緊張してドジするからって下調べを徹底的にやるタイプだってのに。アドリブではったり効かせるのは三崎の仕事だろ。スタンドプレイで同僚に迷惑かけるあたり、まだまだだなあいつは」 佐伯の指示に軽い口調で返しながらスキルリストやステージギミックリストの情報を纏めた社員は、未だ未熟すぎる後輩のダメ出しを再開する。「ナチュラルに人使い荒いからな。また打ち上げで奢らせだろ……それにしても三崎の奴、いつの間にこんなゲームを拵えてたんだ? 嫁さんの親父の遺産つっても、これ三崎のアイデアも入ってるだろ。主任は知ってたんですよね」 対外向けの発表会でプログラム外のこのような大仕掛けを三崎がしてくるとは一言も聞いていなかったが、社長を初めとして佐伯達上層部は承知の上だったのか、あまり驚いた様子も無くそれどころか楽しみにしていた節も見える上に手回しがよすぎる。 スキルリストや兵装資料等々PCOに関するデータがすでに揃えられていた辺り、上の方が知っていたのは間違いないだろう。「三崎自身は半年くらい前からアリスの相談に乗ってたらしいね。あたしが知ったのはついこの間。1週間ほど前だよ。三島先生に用事があってVRオフィスを尋ねたんだけど、その時アリスも来てたんだよ」 部下の問いかけに、もったいぶるでも無く佐伯はあっさりと肯定する。 今の状況を思えば、アリシティアとは偶然に出会ったというよりも必然だったと佐伯は気づく。 ゲームマスターとしての三崎、そしてギルドマスターとしてのアリシティアの二人のGMをサポートする為に三島由希子が仕込んだ手なのだと。「で、ちょっとあの娘と話して意気投合してね、あの子らの企みをいろいろ聞いたのさ。それで社長やら親父さんらと話し合って、黙認しようって事になったんだよ。あいつらの目論見はハードルは高いが、がっつり嵌まれば業界全体が面白い事になりそうだからね」「でも、前もって知ってたなら、俺らはともかく大磯ちゃんには話を通しておけば良いんじゃないですか? かなり焦ってますよ。ここからさらにパニックたっらドジりません?」「あーそれはしょうが無いさ。アリスの奴から極秘ギミックを三崎に仕掛けるからって黙っててくれってね口止めされてたからね。大磯に事前に伝えておくと、あの子の場合は油断してうっかりと口を滑らしたり、操作ドジって極秘資料をオープンウィンドウで開きかねないからね」「「「「「なるほど」」」」」 佐伯の説得力という額縁に彩られた発言に、室内の全て人間が声を揃えて頷く。 大磯にとっては三崎は年上ではあるが、社内で唯一の後輩社員で買い出しやらで雑用をあれこれ頼む事もあるので気安い関係のせいか気を抜く事が多い。 世間話の一環でうっかり喋ってしまい、次の瞬間にはパニクる姿が全員の脳裏にはありありと浮かんでいた。 「っと、さて三崎の奴がそろそろ動き始めるようだよ。あんたら気合い入れな、こっからが本番だよ」 メインモニターには全艦の速度を合わせているのか、ゆったりと加速を始めた巨大な円錐が映っていた。 頭上に広げた球状仮想ウィンドウに浮かぶ星図には、先ほどの偵察で得たアリスの防衛網が浮かぶ。 一つ一つのポイントを見ればそこまで驚異的な戦力は配備されていないが、幾重にも張り巡らされた防衛網は衛星帯全体に広がりカバーをしている。 敵の侵入を拒み線での絶対防御を目的とする物では無く、自地域に誘い込み遅延行動を目的としつつこちらの戦力を確実に削る縦深防御陣形の一種だろう。 天然の要害である大小様々な衛星群で、侵攻側の大型艦船ルートが限定され、さらにこちらの恒常的補給がおぼつかず時間制限がある状況では有効的な陣形だ。 だがアリス側の隠し札である、湾曲航路の存在にこっちが気づいた以上、馬鹿正直にその意図に嵌まってやる義理は無い。「戦域解析。湾曲空間発生の基点になる衛星である可能性が高い物を色づけしてくれ」 先ほど再度呼び出した白妖精に確認した所、戦艦すら通過できるほどの大穴を広げ、さらに維持できる湾曲空間発生装置を設置し運用するとなると、動力装置や制御機関もそれなりの大型化は避けられないらしい。 自ずと設置できるサイズの衛星も限定されるとなれば話は早い。 デブリと呼ばれるレベルの極小衛星は無論除外で、小型、中型もほぼ無視。狙いは先ほど衝突しそうになった大型衛星。 後はそのサイズの衛星の配置や、予想ルートに防衛網などいろいろ情報を組合わせて戦術AIに解析を指示する。『解析終了いたしました。該当衛星のうち確率90%以上の最重要目標を赤、70%までを黄、それ以下を青で表示しています。さらに正確な予想をお望みでしたら、情報追加が必要となります』 さほど待つ事も無く、星図に三色で色づけされた衛星が浮かび上がる。 俺が実際に偵察済みで詳細なデータが存在する宙域は赤色が散らばっているが、それ以外の所は、データ不足の所為か青色の点が目立つ。 どこから切り込むかは迷うまでも無いなこりゃ。 左手を伸ばして球形ウィンドウに映る偵察済みの宙域をタッチして拡大。 さらに詳細化された星図から、外部衛星帯のもっとも外側に位置し、ほぼ確定と推測される確率98%の巨大衛星を人差し指でタッチし、最優先攻略目標として登録と。 まずはこの衛星を全戦力一点集中で短時間で占領。内部へと切り込む為の蟻の一穴としてやろう。 問題は湾曲空間発生装置はアリス側の設備という事。それを有効活用にするにはそのコントロールを完全に奪取する必要がある。 こっちが通っている間に通路を閉められ、艦隊は時空間の藻屑と消えましたやら、アリス好みド直球な自爆装置が発動しましたなんてなったら笑えない。 現実世界なら敵側の装置を利用して逆転しましたなんて、ご都合主義も良い所の奇跡的な事だろう。 だがここはゲーム世界。無茶や無理や、奇跡を行う為の技『スキル』がある。 敵さんの装備や施設を占領して、利用する読んで字のごとくそのままな『強制接収』を所持する麾下チームを手持ちから検索。 ついでに湾曲空間発生装置への、強制接収成功率やスキル完了時間への期待値を計算してみたが、「きついな」 敵艦やら敵基地、要塞に乗り込んで本領を発揮するようなスキルだけあって、強襲揚陸艦に搭乗する白兵戦部隊が所持している類いの奴だが、出てきた数値を見て俺は眉をしかめる。 所持するチームはいるのだが軒並み低レベル設定で、接収成功確率は最大でも30%台。スキルを発動してから終了するまでの時間も10分ほどかかるようだ。 これは時間的にも成功率的にも分が悪すぎる。 俺の手持ち艦隊は、当初のシナリオに沿ってアリスが準備、調整した艦隊。そのアリスが計画し狙った今の状況下でスキルが足りないと。「にゃろう。ここまで手の内か」 足りないスキルは補えって事か。状況を予測し攻略ルートを限定してこっちの行動を縛り、思惑通りに相手を動かそうなんぞ直観勝負師なアリスのくせに生意気な。 インベントリーを開きアリスから送られてきた妖精セットを選択して各妖精の説明文を一瞥して確認してから、近接戦闘特化AIなあいつをクリック。『黒妖精だ! 敵艦への殴り込みなら俺の出番。敵司令官の首をもぎ取ってきてやるぜ! でも長距離戦闘だけは勘弁な!』 ぽんと音をたてて煙が巻き上がり、豪快に槍を頭上で振り回す黒騎士妖精が、威勢の良い口上と共に俺の目の前に出現した。 黒色鎧で王虎というネーム入りの槍持ち戦闘特化、さらに低確率だがこちらの命令無視のバーサカー化病持ち……モデルはあの古典SFの猛将か? というかアリスなぜ知っている。 底が知れないというか、むしろ知りたくない相棒の偏りまくった深遠なる知識や嗜好への疑問は、頭の隅に追いやり、黒妖精AIを使った場合のステ値と結果予測をチェックする。 黒妖精AIの特徴は艦隊全体の近距離戦闘、破壊工作系に関連するステータスやスキルレベルを引き上げる事が可能となるメリットを持つが、同時に長距離戦闘や探索系のステとスキルに減少が生じるデメリットが生じる。 スキルレベルが足りない以上、アリスの奴はここで黒妖精を使えって言外に言っているのだろう……と、思ったが、「う……足りねぇ」 変化した戦況予想を見て、予想が外れた俺は呻き声を上げる。 黒妖精による引き上げで成功率は60%。時間は3分ほどかかる。 先ほどよりは大分マシになっているが、一度目が失敗した時の強制接収スキルの再使用やら、黒妖精を使う事による-ステで総合能力も考慮すると、この状態で戦闘に突入しても、戦闘が長引くのは避けられない。 制限時間が来れば無条件で俺の負けとなる以上、この手も使えない。 かといって他に短時間攻略ルートがある訳でも無い。 正攻法では八方ふさがりで手詰まりな状況………アリスの奴はどんな戦況になっても確実に勝ちを得る為に、こんな回りくどい手を使って型に嵌めてきたか?「ねぇ……な」 心に浮かんだ考えを一瞬で否定して俺は再度考える。 自分だったら最低でも勝ちを拾う為にいろいろ小細工をやるだろうが、アリスの奴はそうじゃない。 アリス好みは燃える展開。 アリス好みはドラマチックな状況。 アリス好みは正々堂々とした戦闘の末での完全勝利。 取り返しのつかない中二病を煩った熱血系バトルジャンキーな相棒のことだ。 時間切れなんぞで消極的な勝利を狙う気は無く、派手かつ燃える展開になるように相応の手を用意しているはずだ。 そしてアリス好みの展開を紡ぎ出す手はある。 正確に言えば、このような逆境からでも逆転できる手を、俺はゲームシステムとして考えていた。 それこそが拡張現実の域を出ないハーフダイブではなく、全感覚変換による本来のVRの姿『フルダイブ』によるゲームプレイ。「フルダイブ準備」 あいつの思惑通りに嵌められっぱなしで癪だが他に手も無し。俺は口頭でAIに指示を出す。 『了解いたしました。フルダイブへの移行準備へと入ります。全ステータス並びにスキルレベルが20%向上いたしますが、現星域にホームを持たない為に、フルダイブプレイヤーの死亡は無条件敗北となります。よろしいですか?』 AIからの再確認ウィンドウに俺は軽くタッチして承認する。 ”王を討たれた軍が敗北を喫する”というのが太古の昔からの戦場での習わし。 それに基づいたルールとして設定した『現在地にホームを持たないフルダイブプレイヤーが死亡した場合は無条件敗北となる』 どれだけの時間や麾下戦力が残っていようが関係の無いハイリスクな絶対的な敗北条件を課した分、ハイリターンがある。 VR規制条例によるフルダイブ時間制限を受けて、俺が考えたのはフルダイブに特別な意味と、格別の解放感や爽快感を持たせる為に、敗北寸前の不利な戦況すらも覆す可能性を生み出すだけの力を与えるという答えだ。「フルダイブリストオープン」『FDL解放します。現在フルダイブ可能なプレイキャラクターは艦隊司令を筆頭に、一部の各艦搭乗チームリーダーとなります。データ不足でフルダイブ不可なキャラクターは消灯しています』 ツリータイプリストが載った仮想ウィンドウが俺の目の前に現れる。 旗艦である母艦をトップに、麾下の各分艦隊別に防御艦、砲撃艦、駆逐艦、強襲揚陸艦、レーダー探索艦などの大型艦船とその船長の名前がずらりと並び、さらにその下部リストを開けば乗艦する白兵戦チーム、戦闘機チーム、など諸々の戦闘チームやら、修繕チーム、機関管理チーム、操縦担当チームなどの艦隊運営チームが表示される。 最終的には、リストに上がったキャラクターが全てがプレイヤーキャラとして使えるようにするつもりだが、時間足らずでそこまで作り上げていないので、リストの中で使用可能なのは全体の1割弱といった所だろうか。 例によって例のごとく、情けない話だが技術的な問題やら時間的な問題で、細々した部分まで煮詰まっておらず、未だ未完成な部分が多いってのがその理由だ。 特にフルダイブ中にのみ可能となる、大本命たる特殊システムに至っては、未だ構想段階というお粗末さ……なんだが、アリスの性格や嗜好。そして裏でアリスと繋がり暗躍していた佐伯さんの存在を加味すると、俺に黙って実装している可能性がある。 ……佐伯さんの技術力やら仕事の早さに、その立場から取得可能な社内データ、さらにアリスと同系統の派手好きな嗜好パターンから考えれば、作り上げていると考える方が自然だ。 しかしもし切り札が実装していたとしても、アリスがまだ中盤戦のここで切ってくることは無い。 あのロープレ派筆頭のアリスならば、構成終盤に最大の山場を持ってくる。 つまりはもっと追い込んでから、そして追い込まれてから、盛り上げるだけ盛り上げてから最後の切り札を切って、俺から勝利をもぎ取る。アリスはそういう奴だ。 現在の情報から仮定と推論を重ねただけの未来予想で、1つも確信に繋がるデータはないが、このルートがアリスの引いた、そして思い描く正規ルートだと勘が告げる。 俺達の目標はPCO起ち上げの成功という表向きの目的と、そこからのアリスの会社を再建するという裏の目的の2つ。 その観点から行けば、アリスの思惑通りに進んだとして、場が盛り上がり当初の予定通り多数の会社を上手く巻き込めれば、実質的には勝ち。 勝利条件を考えればアリスの思惑通りそのまま進めば良いんだろうが、どうにもアリスの思惑に嵌まり、その提示した道をただ進んで、最後にアリスの予定通りに負けるってのが若干気に食わない。「にゃろう。そう易々とやらせねぇぞ」 構想段階仕様では、一度フルダイブすると、キャラクターが死亡するか制限時間が来るまでフルダイブは任意解除できず、フルダイブキャラクターの変更も不可能という仕様にしてある。 また回線切断など物理的な物やら、MODツールを使ったネットワーク強制切断などの手を使ってきた場合も、現上では強制敗北としている。 死にそうになったら簡単にキャラチェンして難を逃れたり、切断逃げとかする輩が続出という未来予想図が目に見えているからだ。 問題は生理現象による自動切断やら、リアル来訪者自動切断設定辺りとのプレイヤーの意思とは別の切断処理との折り合いの付け方だが、ここら辺は要調整だろうか。「リストから防衛指揮艦をフルダイブ先に指定」 艦隊指揮能力に長け搭載兵器を多数持つ旗艦ならば、チキンプレイに徹して安全な後方に位置して指揮を執るだけで良いので、死亡敗北も激減するだろうが、そんなのは面白くない。 最前線の真っ直中で無人防御艦艇を率いて、敵の苛烈な攻撃から僚艦を庇う防御指揮艦を俺は選択する。 敵の攻撃を押さえ突破口を作る為の橋頭堡を固め、味方の被害を最小限に止めて必要戦力を目的ポイントまで無事に送り届ける。 アリスのような攻撃一辺倒なプレイヤーなら、防御職を地味で面倒な裏方仕事だと思う奴も多いかもしれないが、戦況をコントロールするのに適したこの役割が結構好きだったりする。 「黒妖精。俺が敵の攻撃を押さえるから、装置衛星への突入と占拠は全面的に任せるぞ。時間優先で一気に行くぞ」 黒妖精に短期決戦でいく方針を伝えて、シートに預けた身を軽く動かしフルダイブに合わせて位置調整する。 すでにここはVR空間。今からフルダイブすると言ってもゲームシステム上の話で、リアルの身体には全くの無意味だが、なんというか何時もの癖だ。「任せな大将!」 乱暴な口調ながらも黒妖精が力強いサムズアップで返す。頼もしい限りだが、元の人物再現で突出しすぎないでくれよ頼むから。「キャラクター選択……没入開始」 完璧主義なアリスの仕組んだAIに一抹の不安を覚えつつ、俺は軽く目を閉じてから、右手の人差し指でこめかみを軽く叩く。『フルダイブシグナル確認。全感覚変換を開始』 何時もの聞き慣れた音声案内が流れるが、普段なら脳を心地よく刺激する快感を感じるのだが、すでにフルダイブ中なので特に解放感を感じるような事も無くスムーズに処理は進んでいく。『感覚変換終了……フルダイブへと移行。フルダイブ利用可能時間40分のカウントダウンを開始します』 愛想の無い機械音声が感覚変換の終了を告げると共に俺は閉じていた目を見開くと、俺の世界は一変していた。 先ほどまで身体を納めていた狭いVR筐体の代わりに、俺の目の前には半径20メートルほどの広さを持つすり鉢型の階段型円形VRブリッジが広がっていた。 すり鉢の中心部には、乗艦を基点とした巨大正方形型の半透明3D天図が浮かび、周辺宙域の情報が随時更新中だ。 その下に浮かぶ無数のサブウィンドウでは、艦隊僚艦と搭乗する本艦の間で交わされる情報交換ログが勢いよく流れている。 この巨大なサイコロのような形をした天球図を中心に、階段状に並ぶ4層のフロアにはオペレーター席が連なり、その席ではランダム生成された様々な姿形を持つ艦橋要員のNPCクルー達が、NPC独特の感情の起伏の少ない表情で淡々と作業をこなしていた。 アリス曰く、リルさんほどではないにしろ、もっと人間味があるというか、リアルで中の人がいるような反応を見せるNPCもアリス達の技術なら楽々制作可能との事だが、そこらの提案は却下して、あくまでも一般的なAIの反応よりは、少しばかり手が込んでいるレベルを維持している。 地球の人工知能レベルと比べものにならな高AIなんぞ、付随する面倒事や向けられるだろう疑いの目を考えると、採用できるわけも無し。 地球文明を凌駕するアリス達の超科学は便利な事この上ないが、出所を探られると七面倒な事になりそうで使い場所を限られるのが、そこらがネックといえばネックだ。 「全機関戦闘推力に上昇。指揮下無人型耐物理シールド艦、耐エネルギーシールド艦および耐マナシールド艇。全艦艇戦闘準備完了。リンクフルコンタクト」 オペレーターの一人が乗艦と手足ともいうべき防御専門艦艇とのリンクが完全に繋がった事を知らせる。 フルダイブの時間が限られている以上、戦力調整やら余分な作業で時間を無駄遣いするわけにいかず導入したNPCAIによる戦闘補助機能だが、こいつにはもう一つ狙いもある。 VR規制条例の1つとして存在する脳内ナノシステムへの過負荷を防止する為の機能制限。 規制導入の切っ掛けとなった事故の原因が、ナノシステムによる思考や反応の違法レベルでの異常高速化だったおかげで、合法的な強化レベルだった脳内ナノシステムを用いた一時的な高速思考やら超反応といった昨今の新型VRMMOで流行だった機能も、システム負荷が増大するからと押さえられ、国内では実質使用不可能といっていい規制を受けている。 そこで俺らはプレイヤー自身による高速思考や超反応などに頼らないゲームシステムとして、搭乗艦のみならず多数の僚艦にも戦闘AIを導入して、彼らにプレイヤーが指示を出すという形をとっている。 基本的な戦闘AIは管理側のサーバーに常備し通常プレイには問題なしという形にし、それ以外の特殊なAI。それこそアリスの用意した妖精チームみたいなのを、公認VRカフェ専用や、将来的にはプレイヤーが自作MODとしても作れる開発環境を提供という形式が、俺の思い描く形。 これならばプレイヤー自身の生体能力を限界以上に引き出さずとも、外部AIに戦闘処理を補助させる事でスピード感のある大規模戦闘の雰囲気を醸し出せるはず。 俺がボスキャラをやってきた体験から導き出した解決策の1つだ。 外部機器、それこそVR専用筐体からVRデスク、さらには簡易な小型端末等々、個々のスペックに補助AIの能力は影響を受けてしまい、手持ちリアルマネーの差が戦力差となりかねないのが課題だが、戦闘バランスを考慮し日々調整していく形に落ち着くだろう。 とにかく脳内ナノシステムへの負荷は極力少なくしつつも、爽快感やら規模のでかい戦闘を体験できるというのが狙いだ。 「……さて、んじゃいくか。全艦に伝達。第一目標への侵攻開始」 右拳を左手に軽く打ち付け軽く息を吐いた俺が待機していた無機質な表情のNPC達へと戦闘再開の号令をくだすと同時に、中心の巨大な天球図の中で無数の艦艇は円錐状の巨大な群れとなって動き始めた。『相変わらずAI使っての広域戦が得意な奴だね。アリスそっちの準備はまだなのかい。そろそろぶち抜いてくるよ』 佐伯が呆れ声で評しながら、攻略し始めた三崎に対して警戒を促す。 三崎がGM時代に数千人のプレイヤーに対抗する為、もっともレベルを上げたプレイヤースキル。それこそがNPC軍団を用いた戦術戦だと佐伯は知る。 それぞれの意思に基づいて動くプレイヤーと違い、NPCである各AI達はあらかじめ指示され、決められた条件に基づいて行動する。 人と違い裏切りやサボる事なども無く、GMの指示したとおりに行動するが、逆に融通は利かず、どうしても不意の状況や想定外の状況に弱くなる。 集団操作の下手なGMになると数千のNPCを上手く扱えず、グループが前線でそれぞれ孤立したり、意味の無い余剰兵力を作り、プレイヤーにとっての臨時ボーナスとなってしまう事もあったが、三崎はその辺りのそつが少ない。 意味の無い余剰兵力は作らず、必要な時に必要な戦力を投入するように全体を動かす。 用兵を行う上で基本的な事をセオリー通りにこなし、戦場全体を見渡して指揮する三崎は、初太刀で艦隊全戦力を衛星帯の一点に集中した電撃突破戦を仕掛けていた。 まずは手始めとなる衛星に出し惜しみ無く全戦力を集中。あっという間に周囲の防衛兵器を沈黙させて衛星を制圧。 内部に隠されていた湾曲区間発生機関に、黒妖精の持つスキル『強制接収』を用い戦艦からのエネルギーラインを直結して無理矢理稼働させ、湾曲空間通路を最大値で生成。 その穴から全戦力を一気に衛星帯内部に突入させると、8つに艦隊を分けて浸透作戦を開始。 複数の艦隊は離散集合を繰り返しながら防衛網を切り裂きつつ、ゲートとなる湾曲空間発生装置を内蔵した衛星を発見すると、近辺の艦隊が集合、囮となった分艦隊が防衛戦力を引きつけている間に強行揚陸、乗っ取り、通路生成と、燃え広がる火のように瞬く間に勢力下に納めていく。 戦力を分散化させた分、あちらこちらで戦闘が起きて三崎側の損傷率も上昇しているが、それはアリシティア側の損害に比べれば微々たるものだ。 ここまでの差が出ているのは、三崎が先に切ってきた切り札であるフルダイブによるステ強化の影響もあるだろうが、それ以上に三崎側の被害が減少している理由がある。 もっとも苛烈な戦場に常に存在する防御艦隊の存在だ。 この部隊がアリシティア側の攻撃を、無効化されたと言って良いレベルまで減少させて、衛星占領部隊の無茶な突撃攻撃の連発を可能としていた。 「判ってる。後もうちょい。こっちも防衛網で分散化させていたけど、集中してる場所を避けて進撃してきてるの。トラップ衛星も全部避けてるし、それぞれのポイント戦力比が常にシンタの方が上回ってる」 予想以上のスピードで防衛網を食い破るミサキ艦隊に、アリシティアは不機嫌そうにウサ髪を揺らし、右手で防衛戦力を操りつつ、左手で最後の仕上げに向けて最終防衛ラインで鋭意行動中の工作艦群への指示を矢継ぎ早に出していく。 アリシティアは手持ちの防衛戦力を衛星帯要所要所に集中的にばらまき、点と点の間を少数の自立航行可能な防衛兵器でカバーする形で形成している。 それに対して三崎は隙間を単艦隊で落としながら、戦力集中ポイントへは複数の艦隊を集合させ、常に戦力比で上回る形をとり、数の有利を達成している。 さらには罠を仕掛けてある大型対艦衛星には見向きもせず、孤立した対艦衛星があっても多少遠回りルートでも、意図的にずらす念の入れようだ。 艦主体で機動的に動く攻撃側三崎に対して、防衛側であるアリスの方は防衛網の大半が偽装衛星である以上、地の利で勝っていてもどうしても機動性で劣る分、戦力比では不利をしいられていた。 防衛基地周辺に展開した直衛艦を持ってくれば、戦いの趨勢を五分以上へと引き戻せるだろうが、アリシティアの思い描く最後の戦いには彼らの協力は必要不可欠。今はまだ使うわけにはいかない。 それに戦場へと急行させるには、こちら側からも湾曲通路を形成しなければならず、ポイントとなる衛星の位置を三崎に知らせる行為となる。 三崎がその隙を見逃すも無い。こちらの動きを見てこれ幸いにと逆侵攻の1つもしかけてくる。 逆侵攻に合わせて湾曲通路を閉じて、艦隊を次元の狭間に閉じ込めるという罠もあるにはあるが、三崎はそれを警戒して黒妖精を呼び出して相手方の兵器を支配下に置く『強制接収』を使用している。そんなひねりも無い罠は通用しないだろう。 用いているのが奇策ならば付けいる隙もあるだろうが、常に戦力で上回る形をとる純粋な力押しによる正攻法となるとそうもいかない。 『しかしスキル失敗で正解を掴むなんぞ、悪運が強いね三崎の奴は。あんたの予想じゃもう少し三崎の戦力を削ってから気づくはずだったんだろ』(……悪運じゃないもん) 呆れ声の佐伯に対して、アリシティアは聞こえないように心の中で答えつつ、先ほどの状況を思い出す。 いくら何でもあのタイミングで、スキル暴走して正解を引き当てるなんて、都合がよすぎる。 この状況を演出した者がいるとアリシティアは確信する。 アリシティアの猛攻に、通常推進力では回避できないと踏んだ三崎はギャンブル要素の強い機体強化スキル『オーバーリミット』を発動。 一時的にリミットを解除して、通常設定の能力値ではなく、0~10倍までの数値を得るスキルを三崎は推進力に適用したようだ。 推進力強化に成功はするが、その分のデメリットとして強化した推進力に応じて、一定時間行動操作に-補正が付き操作が困難となる。 ミスは通常推進最大値までしか推力は上がらないが、上記の-補正が設定した値まで適用されてしまう。 三崎はそれを最大値で引き当てたようだが、その代償として10秒以上の麻痺ウェイトを引いてしまっていた。 その上向かった先が湾曲回廊発生装置の中でも重要な、他のポイントへと指示を出す役目も兼ねた中継衛星へと突っ込むというルート。 さらには三崎は回避できないとやけになったのか、それとも最後に嫌がらせとでも考えたのか、抱えていた対艦ミサイルを盛大にばらまくという暴挙にも出ていた。 結果、湾曲回廊を、ひいては思い描く流れを護るためにアリシティアは、三崎が自分で気づく前に種明かしをする羽目になったというわけだ。 佐伯は偶然に起きた事態だと思っているようだが、アリシティアは違う。 ほんの一瞬で地球側の技術者に気づかれずにゲームに介入でき、さらに介入する意味がある存在の仕業と確信していた。 (ちょっとリル! 今勝手に介入したでしょ!) 両手を休む事なく動かしながらも、脳内で文章を組み立てて恒星間ネットによる秘匿通信を通じて、本社改造艦創天を統べるAIである『RE423Lタイプ自己進化型AI』通称リルの仕業だと断定する。 フル稼働状態ならば恒星系丸々を微細管理する事も出来るリルの能力ならば、地球のネットワークに侵入し、誰に気づかれる事も無く稼働中のVRMMOゲームの結果を変動させるなんて造作も無い事だ。(はい。三崎様にご助力いたしました。現状のままでは三崎様は正解ルートにたどり付けたとしても、お嬢様と”再会”なさる前にタイムアップを迎えるご様子でしたので) アリシティアの詰問に対して、リルは悪びれた様子も無くまるで己の役目とし当然だとも言わんばかりに答える。 (ヒントが2つもあったんだよ。シンタなら気づかないはず無いでしょ!? それに最終ヒントも用意してあったのに! 余計な事しないでよ!) アリシティア的には湾曲空間の利用については、三崎はすでに2つの大きなヒントを得ている。 何時気づいてもおかしくないだろうし、もし見落としていても最終ヒントで絶対に正解にたどり着くはずだと思っていた。(前提となるおふたつのヒントが機能を果たしておりません。一つ目は三崎様はその時にはすでに現計画に意識を向けておられたのでお気づきになられてません。そしてお二つ目に至っては、三崎様が生を受ける前の作品ですので、かの作品を知らず、純粋にお嬢様の罠だと思われております。このため最終ヒントから正解にたどり着くまでに時間が掛かると判断いたしました。ヒントをお出しになさるなら、もう少し三崎様に合わせてお出しになるよう進言いたします)(っう…………) リルが何時もの落ち着いた口調で淡々と事実のみを返すと、アリシティアは呻き声めいた返信を返して黙り込んでしまう。 アリシティアの言う2つのヒント。 一つ目は、ディケライア社においてリアルタイムで進行中の、資材管理部部長イコク・リローアを中心にして行われている創天内部の調査。 これは創天内で放置されている管理外圧縮空間の残存資材を調査リストアップする企画で、三崎自身が一度目にしている資料。 その中には規模は違うが圧縮空間通路やその固定方なども記されていた。これを見ているのだから、ミサキシンタなら気づくはずだというある意味期待過剰な信頼が要因だろう。 もう1つのヒントは、三崎がその意味をピッキングと間違えた『勝利の鍵はドライバー』というあまりにもあまりなヒントだ。 地球時間で一世紀近く昔の作品に出てきた用語から察しろというのは、無茶振りも良い所だろう。 三崎にとっては生まれる前で知るよしも無い大昔の事であっても、アリシティアにとっては少し前の事。 三崎伸太とアリシティア・ディケライアの住む世界。そして生きる時間。タイムスケールはそれほど違う。 生まれた時から一緒だった兄妹のように息の合ったパートナーである三崎なら、当然知っているはずだと無意識で思ってしまっているのだろう。 言ってしまえばアリシティアの時間錯誤が原因だが、それも仕方ないとリルは思うしか無い。 アリシティアが最初に地球文化に嵌まったのは現地時間で百数十年ほど昔。その後とある事情から、地球文化やその創作物を一度は忌避していたが、三崎と出会った事でまた再燃した。 その期間がアリシティアには、ほんの少しの間でも、現地では世代が2つ3つ変わる程度の時間が流れている。 これらのタイムスケールの違いに加え、古典的なSF小説やら古い海外ドラマなど少しばかりマニアックな物を好む三崎の視聴癖が、中途半端にアリシティアの網に引っかかるのも錯覚を起こす原因の1つなのだろうとリルは分析していた。(判ったわよ! 今度シンタにヒントを出す時は、シリーズ全部とOVA版まで見せてた上でヒントを出すもん! なら文句ないでしょ!) 良い反論が見つからないのか、アリシティアは実に悔しそうに改善案を出したが、これもリルにとっては悩みの種だ。 (そこまでなさるなら、いっその事ドラマCDまで網羅すべきかと。全440話にプラスすることになりますので、”少々”ご試聴にお時間が掛かりますが、関連作品をライブラリにご用意できます) 時間流加速や遅延を自在に行える”こちら側”ならともかく、いまだ初期原始文明の域を出ない地球人である三崎に、それだけの時間拘束を強いるのが、どれほど無茶な事なのかアリシティアは今ひとつ判っていない。 これも時間感覚の違いが生む弊害だろうが、アリシティアに付き合って、一狩り十時間な廃人生活の片手間に大学生活を送っていた三崎にも非があるといえばあるだろう。 だからリルはあえて遠回しに時間が掛かる事を知らせたのだが、(ふん。甘いわねリル。サーガシリーズもよ。あっちはゲームだし、シンタなら取っつきやすいでしょ) アリシティアは少しばかり機嫌を治しながら、なぜか勝ち誇ったかのように補足を付け加えていた。 おそらく三崎と一緒に視聴するという自分の案が思ったより心躍り、楽しみになって機嫌が治ったのだろう。 先ほどまでの無断介入への怒りは無事に忘れたようでリルは安堵する。 絶対命令で三崎との間への介入を禁止されてしまえば、必要に応じて無視する事も出来るが、普段は何とも心苦しく手を出しづらくなってしまう。 ディケライアにとってミサキシンタの存在は必要不可欠である。 二人が出会った日から見続けてきたリルは、判断は些か早いと思いつつも間違いないと最終判断を出している。 専務であるローバーは、三崎の存在がアリシティアにとって有益であるとは認めながらもその存在を排除しようとする。 それは三崎伸太がアリシティアとは同じ時間を生きられず、また生きさせようとすれば法規に触れると知るからこそだ。 経理部長であるサラスはアリシティアにとって三崎が必要とは認めているが、三崎本人の資質は気にもとめておらず、場合によってはその心情や法すらも無視し、連れてこようとしている。 だがリルは違う。アリシティアのディメジョンベルクラド能力増進はもちろんの事、ディケライアの立て直しに、三崎のペテン師じみた企画立案能力は将来的には必須となると判断している。 他社の大手惑星改造企業の完成され尽くした基本的な惑星改造案や、奇抜な案を斬新な技術で実行可能とする新進気鋭の惑星改造業者を相手にするには、どこにも負けない伝統はあるが、実務能力の下がった現上のディケライアではどちらにも劣勢を強いられる。 しかし三崎ならば必要な知識を得る事さえ出来れば、大手を出し抜き、新鋭の会社でもやらないような無茶な案を実現まで持っていくだろう。 そうリルは断言できる。 後は如何に地球人ミサキシンタをアリシティアと合法的に同じステージ。同じ時間軸、同じ世界へと引き上げるか。そこに尽きる。 サラスの出した拉致じみた強行案では無く、三崎伸太自身が望み、問題無く”こちら側”に来る事が最上。主であるアリシティアがもっとも喜ぶ形だろう。 主である銀河帝国の末裔を幸福にする。 これこそが『RE423Lタイプ自己進化型AI』リルの存在意義であり、唯一の行動原理といえる。 だからこそリルは、創天全域管理や乗員の体調管理、周辺宙域への継続探査、恒星間ネットワークに流れる情報の収集整理といった数多に及ぶ処理を同時にこなしながらも、思考の奥底で考察する。 三崎伸太……いや地球人とは何者なのかと。 銀河文明レベルとは比較できないほど稚拙な初期文明だが、その姿形のみならず遺伝子パターンまでが、かつて銀河を支配したアリシティア達種族と一部が重複する。 さらにアリシティアの能力を劇的に高めたのみならず、似通った精神構造。服薬ですむ程度の遺伝子調整で繁殖行為すら可能な特異性。 まるでアリシティア達の為に作られたかのような地球人類という生命体。 その理由を解析するにはディケライア社が、彼の星”地球”を所持していたのは、いつからなのかを探るのが近道だろうと、リルは自らの持つもっとも古い記録。 銀河帝国機密記録領域に、【『双天計画』へのアクセス条件不足。1フェムト秒前の思考を遮断改竄。再起動】(かしこまりました。戦闘スキップ機能を追加してデータをご用意しておきます……・それよりもお嬢様。三崎様が最後の衛星攻略へと着手いたしました。”再会”のご準備を急がれた方がよろしいかと)(へ!? ……わ、ちょっちょっと早いってばシンタ!) 言っても無駄だろうと諦めたリルの忠告に、アリシティアは慌てて作業を再開した。 更新遅くなってますが、ぼちぼち書いてます。 ただいまデスワーク中で、先月中旬から休みありませんw 今月のみで労働時間すでに230時間超えという中で、某雑誌の早死にしやすい職業で3位になっている事実に大笑いしました。 400目指して逝ってきますw