『仮想体構築終了。指定座標へと到着いたしました。利用時間のカウントを2時間より開始します』 脳裏に直接響くガイダンス音声がフルダイブ完了と同時に制限時間への向けてカウント開始を告げたのに合わせて宮野美貴は、仮初めの身体の瞼をゆっくりと開く。 美貴が降り立ったのはどこかの高級ホテルの宴会場のように広々としたホールの片隅だ。 ホールの中央には巨大な噴水が水を噴き上げ、その周囲には真白いクロスの掛かった円卓が無数に並ぶ。向こう側が霞むほどで数千、いや数万人は収容できるくらいに広いだろうか。 しかしホールの広さに対して人影はまばらで、閑散としている様はどこか物寂しげな印象を受ける。 周囲を見れば仮想体生成リングが高速回転しながら、他のサークルメンバー達の仮想体を忙しく構成していた。 この会場の広さもそうだが、サークルメンバー20数名分が一斉にフルダイブしてきても、余裕で構成できる辺り、そこらの安いが容量の少ないレンタルVR空間ではない。 この大きさと速さからして、数ヶ月分のバイトを代全部つぎ込んでも到底足りないような企業やイベント向けの大容量レンタル空間のようだが、後で高額料金を請求される後払いタイプじゃないだろうかと、つい一抹の不安を覚える。 呼び出したのが信頼の寄せる副マスユッコでなければ即時撤退を考えるほどだ。 美貴がそんな心配をしている間にも、次々にメンバー達の仮想体は構成を終えて、美貴との間に自動リンクが繋がれていく。 外見データをいじくれば見かけなど自由自在に出来るVRにおいて、他者のなりすましを防ぐために、情報リンクをし本人証明を伝達するのは常識であり、美貴は何かと一緒に潜ることの多いサークルメンバーとは、同一空間内ではリンクを自動設定にしてある。 見た目通り処理能力が高いのか、すぐに全員分の仮想体が構築され全てのリンクが繋がる。 全員のフルダイブを確認して、とりあえず連絡をよこしたユッコとコンタクトをとろうと、仮想ウィンドウを立ち上げるとwisを送ろうとしたが、「ようやく来たか美貴に後輩共。遅いぞお前ら。祭りが始まっちまうぞ」 聞き慣れた声が右側から響き手を止めると、微妙に嫌な顔を浮かべてそちらへと振り返る。 長身でがっしりとした筋肉太りした身体を窮屈そうにヨロヨロの白衣に納めた短髪の男がすぐ側の壁により掛かっていた。 その横には年配の女性が一人。品のある微笑をうかべ、落ち着いた色合いの青を基調とした仕立ての良い服を身につけている。 女性の方はどこかで見たような覚えもあるが、いまいち思い出せない。 だが男の方は別。 今朝も顔を合わせたばかりの実兄宮野忠之は、何が楽しいのか知らないがにやにやと笑いを浮かべていた。 いろいろと悪名高い先輩の登場に、後輩達の幾人かは引き気味に後ずさっているほどだ。「兄貴……せめてVR内じゃもっと小綺麗な恰好をしてよ」 その笑顔に微妙に嫌な予感を覚えつつ、横の老婦人と見比べてあまりにみすぼらしい兄に向かってため息をこぼす。 VR空間まで着古した服飾データを使っている変わり者の兄に言うだけ無駄だと判っているのだが、つい言わずにはいられなかった。「こっちの方が仕事しているって気分が出るからな。あっちなら綺麗どころも揃ってるが嫌がるだろお前。ほれリンクな」「はいはい。そっちで良いわよ。リンク返しね。で、どういう状況よ。ユッコさんからのメールだったけど兄貴の仕業なの?」 下手に五月蠅く言って、兄のもう一つの仮想体群を持ってこられる方が、妹としてはたまったもんじゃない。 兄からのリンク要請におざなりに返して、今回のフルダイブの要因となったSAサインやユッコとの関連性を尋ねつつ、横の老婦人へとちらりと目をやり会釈をする。 やはりどこかで見たことがある顔だ。直接顔を合わせたとかじゃなく雑誌やVR媒体の記事とかで見たような気がする。「あ、あの三島先生ですよね? リーディアンのウェディングドレスとか立会人の服をデザインされた」 どこで見た顔だろうと考えあぐねていると、横からちょこんと顔を出した千沙登がおずおずと老婦人に話しかけていた。 人見知りなようで結構大胆な行動をとることのある後輩の台詞に、美貴も目の前の老婦人が世界的に有名な服飾デザイナー三島由希子だと、はたと思い出し、そりゃ見たことがあるはずだと、己の鈍さに呆れる。 何せリーディアンの紹介VR映像の中で華やか結婚式の模様を紹介すると共に、ご本人によるモチーフ説明まであるほどで、ウェディングドレスは女性プレイヤーにはあこがれの衣装であり、リアルにおいてもユキコブランドと言えば是非とも欲しいブランドとして常にランクインする人気デザイナーだ。 女としてどうよと思いつつ、やはりそこは悲しい独り身と、バカップル全開中な勝ち組の差だろうかと悲しくなる。「えぇそうですよ。チーちゃん。皆さん初めましてかしら? 三島由希子です」 老婦人三島由希子はにこりと優しげな微笑を浮かべると、疑問符を交えた悪戯めいた茶目っ気のある笑顔を浮かべながら会釈をした。 今の発言にサークルメンバー達の幾人かはひょっとしてと予感が胸をよぎったのか顔色を変えるが、「やっぱり! 私リーディアンでウェディングドレスを着させていただいたんです! すごい綺麗で、もう本当に感動して、リアルで結婚式するときにも、タイちゃんとまた着たいねって話してたんです!」「おし。太一確保。中央の噴水な」「ちょっ! 先輩! 今そんな事としてる場合じゃ! チサも! 気づけよその人ぉぉぉぉっ!」 尻尾があれば振りそうなくらいに笑顔を浮かべた千沙登がバカップル全開な発言を無邪気にこぼす背後では、その相方である芝崎太一を金山以下独身貴族組が捕獲、投入場所の搬送へと走り去っていった。「ふふ、ありがとうございます。可愛らしいチーちゃんによく似合ってましたから、こちらもデザイナーとして嬉しい限りですよ」 KUGCのこの状況に動じない辺りや、千沙登の呼び方。さらには今の台詞でほぼ全てのメンバーは三島由希子の正体に気づいたのだが、「見てくださったんですか!? あたし達の結婚式!? うゎ! どうしよう!? ちゃんと着れてまし、わぷ」 三島由希子が自分のウェディングドレス姿を見てくれたと素直に喜ぶハイテンション天然娘は別だった。 このままでは話が進まないと、千沙登の頭を目覚まし時計を止めるように美貴は手で押し下げる会話を打ち切ると、「千沙登。いい加減気づきなさい。そりゃ見てるでしょ。特等席で……ね、ユッコさん?」 兄のにやにや笑いの意味に気づいた美貴が確信を込めて呼びかけると、「えぇ。では改めまして。皆さん。招待に応じていただきありがとうございます。KUGC副マスユッコです」 それはそれは楽しそうな笑顔でゆっくりとお辞儀をするユッコを見て、千沙登が目を丸くしている。 やはりこのギルドの初期メンバーは誰一人とっても一癖も二癖もある連中ばかりだと、皆が改めて認識している中、美貴は一人別のことを考える。 なんて人をナンパしてるんだあの先輩は。 兄とは別の意味で、とんでもない事をやらかす初代ギルマスを軽く恨んでいた。 とりあえず戦力を再確認しながら、お客様にも見えるように勝敗条件をチェック。 勝利条件:敵勢力圏惑星への降下後拠点都市制圧 敵小衛星帯基地の破壊or占拠後の一定時間保持 もしくは占拠後の敵フルダイブプレイヤー撃破 敗北条件:旗艦撃沈 フルダイブプレイヤーの敗退 戦闘開始後一定時間の経過(今回の場合はリアルタイム60分) 戦力値30%以下 勝利条件のうち最初の一つはまず却下。 惑星全体が強固なバリアに覆われた状態では、手持ちの火力じゃ惑星降下前に時間切れとなるうえ、背後をバーサーカー兎相手に見せるなんぞ自殺行為も甚だしい。 HP、耐久値の高い小衛星帯基地の破壊も、アリス相手にしながらじゃ、時間的にはちときついか? なんせ元々こっちの手持ち艦隊は奇襲前提の構成で、鈍足の補給艦などは最低限度で、恒常的な補給施設建設能力なんぞ持たない短期決戦仕様。 とっとと敵基地を落とせなければ、戦闘どころか通常航行すら危うい燃料量まで割れ込むレベルのため、敗北条件にも無条件撤退のリミットである時間指定がついていたりする。 補給施設を持つ守り手側より、攻め手側が敗北条件で不利になるのは仕方ないだろう。 艦隊旗艦の撃沈が敗北条件に入っているのも、艦隊指揮を行うだけの通信能力やら戦闘分析能力を持つ大型艦が、艦隊内で旗艦一隻だけだから。 元々プレゼン用デモプレイなんで長丁場にする気は無かった構成なんだから致し方ないとはいえ、俺の好む戦法じゃない。 自軍が有利になるか、最悪でも五分五分の条件になるまで状況を整えてからってのが、戦略ゲーでの俺の基本方針。 恒常施設を持つ相手への惑星攻略となるなら、簡易補給できる施設の建設やら、指揮能力も、サブとその予備の三系統は用意が最低条件だろうか。 まぁ無い物ねだりをしてもしかたない。 手持ち戦力であの廃神兎を攻略するってのが面白くないわけも無し。やってやろうじゃねぇか。「戦闘分析開始。小衛星帯から行われた攻撃から、敵前衛戦力の概算予測」 まずは情報収集。情報量でステータスに増減を受けるPCOにおいては必須行動だ。 諜報能力が激減した手持ち部隊を再編成するためにコンソールを叩きながら、俺は音声入力でサポートAIへと欲しい情報を伝える。 最初の手ひどい一撃を加えてきた小衛星帯に潜むアリスの牙をさらけ出してやるか。 凝り性かつ徹底的にやるアリスの事だ。 ゲームが破綻しない程度のレベルで、事前打ち合わせで俺が把握していた戦力配置からいろいろと変更した上に、俺が把握していない隠し球の一つや二つを用意しているはずだ。『戦闘分析終了。攻撃速度、連射能力、弾種の使い分けから、小型攻撃巡洋艦30隻より45隻分の火力と予測。しかしながら熱源探知や動態反応確認が皆無。電子妨害状況下においても不自然と判断されるため情報情報精度は22%となります。目視確認出来た艦は高速型打撃戦艦近接戦闘カスタム仕様1隻のみ。こちらの情報精度は85%』 戦闘分析AIが、先遣部隊に打ち込まれたレーザー砲の威力と位置関係から、敵勢力予想をするが、その情報精度は2割ちょっととかなり疑わしいレベルだ。 目視できたアリスの艦はともかくとして、小衛星帯に関しては敵艦が潜んでいる割には、対象域が静かすぎて、別戦力が隠れている可能性が高いとAIは判断したようだ。 PCOにおいて、自艦以外の戦闘は基本AI任せになる。 有り体に言ってしまえば、場所を指定してここに突っ込んで敵対戦力を倒せや、敵勢力を探ってこいという形だ。 おおざっぱな命令はもちろん、プレイヤーの嗜好に合わせてもっと細々とした条件を指定が出来るように作り込むつもりだがここらもまだまだ未完成ゾーンだったりする。 「現情報量と敵勢力圏下での戦闘能力低下値を表示してくれ」『艦隊全体での平均値は索敵能力-45%。砲撃能力-33%。即時対応力-27%。現状での直接戦闘はお勧めいたしません。索敵部隊による威力偵察、もしくはステルス艦載機による偵察において確定情報収集。もしくは新たな予測情報を入力を進言します』 艦それぞれの細々としたデータがサブウィンドウで表示されると一緒に、艦隊全体での影響値の平均をAIが音声で答える。 予想はしていたが、おおざっぱに見ても戦力は、現情報量では基本値より3~5割ダウンと、こりゃこのままじゃまともに戦闘は出来ないな。 まずはこの-数値を少しでも、減らしていくしか無い。 小衛星帯内と敵戦力の情報が必要だとAIがアドバイスをし、その為の手順をサブウィンドウに表示していく。 手持ちの戦力の中で、索敵能力に長けて索敵能力値-影響減少スキルを持った艦を敵対勢力圏へと侵攻させて、内部情報やら、敵戦力の情報収集を念頭に置いた戦闘を意図的に行う威力偵察。 または情報収集用の電子艦載機による隠密偵察といったオーソドックスな手段。 こちらの二つは入手できる情報量の大小はあれど、手持ち戦力の被害は多少は出るが確実な情報は手に入る。 そうすることで影響を受けていた戦闘能力を+方面へと針を動かすことが出来る。 もう一つはプレイヤーによる予測と、それに合わせた数値変動を狙う手。 こちらは被害は出ないが、もしプレイヤーによる予測が実際の状況と全く違っていた場合は-要素がさらに強くなるギャンブル要素を併せ持つ。 「威力偵察ね。最初の艦が残ってりゃそうするが、そうもいかねぇよな。アリスの奴。狙ってやがるか」 初っぱなに撃沈された偵察母艦や護衛防御艦がその威力偵察を行うための部隊だったんだが、それが壊滅している状況。 残っている艦から威力偵察分艦隊を抽出も出来るが、最初の艦隊よりは些か数値が落ちるので、情報と引き替えにこちらも全滅しかねない。 そうすると、まだまだ余裕があるとはいえ、敗北条件の一つ艦隊戦力値の低下に後々影響しかねない。 かといって艦載機のみで行うステルス偵察で得られる情報量では些か少なく心許ない。 となるとだ、状況予測後の威力偵察+偵察コンボが一番か。 っていうか、こりゃアリスからの挑戦状だという予感がひしひしと伝わってくる。 そしてその為の手も俺の手持ちにはあるはずだ。 対戦相手であるアリスの意図を読んだ俺は、コンソールを打ってシステムコマンドを漁ってみる。 アリスの性格なら……ふむ。別プレイヤーよりプレゼントボックスに入力を受信しましたとメッセージを発見。 そのプレゼントボックスを開いてみると『妖精詰め合わせ4種』の表示と、『チート満載のGM家業で腕が錆びついていないか、試してあげる』 と、メッセージが添え付けてありやがった。 あの野郎。これ見よがしに先遣隊を潰したのは、派手なオープニングって事もあったが俺を試す目的もあったか。 この程度の逆境。予測で何とかして見ろってか。喧嘩を売ってくるとは上等だアリスの奴。 全ての攻撃には意図や意味があるはず。 一見無意味な行動や反射的な行動も、そのプレイヤーの癖や嗜好を見破るピースの一つ。まして勝手知ったるアリス。 あいつが何を考えて、どう罠を張ったかなんぞ見抜いてやる。 あっちだって俺がどう動くか、どう対処するかなんぞ織り込み済みのはず。裏の裏。もしくは裏の裏の裏と見せて表。 反射勝負ならアリスに分があるが、読み合い差し合い勝負なら俺の方が得意だって事を思い出させてやる。 アリスの攻撃を思い返し戦闘データを画面に表示しつつ、映像を再生しヒントを探る。 小衛星帯から放たれたレーザーはまずは集中攻撃で1隻ずつの撃破という形。 射出場所は広い範囲に散らばっている。 さらにその後は、拡散式で僅かながら射出されていた偵察艦載機クラスを壊滅。 〆はアリス自ら飛び出してきての防衛艦のなで切り粉砕と。 火力の予想からAIは小型砲撃艦級と判断していたが、実際にそこに船があるとは思えないっていう反応の無さを気にしていた。 電子妨害で索敵能力が下がっていても、さすがに艦船クラスのエネルギーや質量ならその片鱗くらいは拾えるはずってことか。 なら砲撃のみに特化した自動防衛兵器でも外周部にばらまいていたか。 これなら数さえばらまいていれば、最初の連続斉射と拡散をそれぞれ一発ずつ放つだけのエネルギーがあれば事足りるはずだ。 思いついた予測をコンソールに打ち込みAIに判断させて、暫定ステータス値をあげていく。 予想が当たっていれば暫定数値と同じ値での戦力を維持できるが、これが予想が大外れで艦隊でも隠れてた場合は、-値は最大の50%まで急上昇しかねない。 しかも今の漠然とした予想では暫定値はさほどプラスには触れていない。 何せアリスは広大な宇宙を住処とする異星人。そして参照にしたのは創天の持つ数百万年単位の記録の極々一部とはいえ、その機械群は自動砲台一つとっても数百種類に及んだりする。 それこそ大は惑星破壊級の巨大衛星兵器やら、小は船の周りを飛ぶ防衛用小型レーザービットと千差万別。 予測するのは自動防衛兵器としても、もう少し絞り込んで推測できればカタログスペックを入力して大きくプラスに持っていくことが出来る……か?となるとだ。 コンソールを叩いた俺は仇敵よりのプレゼントボックスを開いて、一匹目を呼び出す。「まずはお前からな。白妖精起動」 エンターキーを叩いてAI起動を押した瞬間、目の前でぽんと煙が上がり、『白妖精です。交渉毎なら我が輩に。星間物資からミサイルまで、何でもそろえてみせましょう』 モノクルを付けた白髪頭の老執事AIが丁寧にお辞儀をしながら出現した。 ……おい。まさかと思うが毎回こいつら名乗りを上げながら登場するのか。 何ともアリスの奴らしい徹底した趣味に呆れ半分、感心半分。そして引き返せないレベルまで落ちたなと同情気味に思いながら、特化AI、さらに通常の戦闘AIへと同様の指示を下す。「銀河市場から砲台型衛星兵器を検索。条件はこちらの索敵能力では、ジャミング有りで目の前の衛星帯に潜んでいた場合、発見、探知できないタイプのエネルギー量と大きさ。おそらく衛星殻を被ってるはずだから、それほど大きくはないだろうな。レーザー砲種は精密射撃と拡散の打ち分け可能なタイプ。エネルギー補給は外部接続でも内蔵式でもどちらでも可………」 とりあえず思いついた順で条件を挙げていくと、通常AIの方は細かい条件に対応が出来ずにちょっとずつ削っていくが、交渉や仕入れに長けた白妖精の爺さまの方はどんどんリストを削っていき、表示された砲台を減らして絞り込んでいく。 物品調達のプロフェッショナルって事は、商品情報に詳しいと思った俺の予測は当たっていたようだ。 俺が条件を言い終わるとほぼ同時に、爺さまの方のリストは残り4種にまで絞り込まれていた。通常AIの方はまだまだたっぷりと残っていた。 隠しパラメーターやら特定条件下でのスペックなどを考慮して処理できる特化型AIの特徴を、アリスの説明だけじゃ無く実例+応用としてお客様に披露するという目論見は達成と。「よし爺さま。オッケーだ良い仕事してくれたな」『お褒めにあずかり恐悦至極でございます。では我が輩はこれにて失礼いたします。ではまたご用がございましたら、ベルをならしお呼びください。別室で控えておりますので』 何とも時代がかった口調で頭を下げた白妖精はその懐から小さな呼び鈴を取り出すと、その場から煙のように消え去った。 米粒サイズの呼び鈴をどうやって押せというのだ。あの兎娘は。変な所にこだわりやがって。 「……爺さまのリストを参照。敵前衛戦力はこれらと仮定して影響ステータスを表示」 毒気を抜かれそうになりながら、気を取り直して俺はプレイを再開する。『暫定値での表示となります。索敵能力-10%。砲撃能力-8% 即時対応能力-11%。予想が大きく外れた場合は、一定時間、もしくは適正情報を収集するまで全ての数値が-リミットまで増大いたしますがよろしいでしょうか?』 表示された数値はそこそこ。しかしこいつは暫定。 俺の予想が大きく外れてたらしばらくはペナルティが課せられる仕様だ。 だが俺の勘はおそらくこれが正解だろうと告げている。 そしてアリスの奴が俺の読みを読んで、さらにもう一つ凶悪な罠を仕掛けているだろうとも。「全承認と……まずは偵察機を一機のみ派遣。偽装した自動砲台を感知したら対艦ミサイルを撃ち込んでくれ。たぶんそこにも罠が仕掛けてあるはずだ」 とりあえずは様子見とばかりに偵察機の発進指令を出して宙域を指定。目指すのは最初の砲撃があった地点だ。 カタログスペック通りなら、あそこから攻撃してきた移動砲台のエネルギー再充填はまだ掛かるはず。 数台は残しているかもしれないが、数はそう無いはず。今のうちならば一気に接近出来るはずだ。『了解いたしました。ステルス偵察機へと対艦ミサイルを搭載完了。適正使用を外れた為スペックダウンを起こしますがよろしいですか?』 本来軽量身軽が売りな偵察機に、搭載可能とはいえ大型対艦ミサイルを積んでいるんだからスペック低下も致し方ない。 しかし、まぁAI操作じゃちと不安でも、プレイヤー操作なら何とかいけるか。 AIからの再確認を承認して、すぐに旗艦空母から艦載機が発進。 自動操縦化されたステルス艦載機は自らの色を、暗闇の宇宙空間へと溶け込ませながら電子迷彩を開始しすぐにこちらのレーダーからも反応が消えうせていった。『ステルス機能発動。表示、通信を千里眼モードへと切り替え。現在位置と情報の転送を開始いたします』 目視、電子的にも消え失せたステルス機を追尾するために、旗艦AIは”特殊”なパワーを使った機具へと切り替える。「よしついでにこっちもモードチェンジ。司令モードから戦闘チームへと切り替え。ステルス戦闘機を貰うぞ。こっちの再編成を引き続き任せた」『はい。思考変換機展開いたします』 俺の横に浮かんでいたサブウィンドウの一つが今までの機械式の表示を描いていた物から、丸い水晶玉型のスクリーンへと切り替わる。 その中央には三角形図形を重ねた所謂六芒星が廻っていた。「モードチェンジ」 空いていた左手をその水晶玉の上にのせ、なんのひねりもないキーワードをつぶやくとと、視界がぶれるように一瞬歪み、つい今し方まで俺の目の前に展開されていた艦隊司令モードの画面群とコンソールが消えていく。 『表示を開始。ステルス巡航速度を維持しています。5秒後に操縦をマニュアルへと移行します』 アナウンスと共に前方に広がる巨大な岩の塊で出来た小衛星帯を映した新たな仮想ウィンドウと、足元から伸びる一本のスロットルレバー。さらには両脇にコンパクトに纏められたコントロールパネルが出現する。 目の前の仮想スロットルレバーを掴むと、脳内ナノシステムが金属の冷たい感触や堅い抵抗を擬似的に再現していた。 周囲のパネルや映像も確認。 視覚、触覚共に問題無しと。 欲を言えば加重とかも感じられるようにしたい所だが、それらはまだまだ未完成なプログラム。 とりあえずは宇宙を駆け回る戦闘機の臨場感で楽しんで貰いましょう。「さて……んじゃ一発かませて貰うぞアリス」 戦闘チームモードの一つ。 戦闘機操縦シフトへと無事切り替わったのを確認した俺は、これから飛び込む敵地を睨みながら、その闇の中に隠れているアリスへと自分なりの宣戦布告を告げスロットルを最大まで押し倒した。