片手に二頭身AIを持ちつつアリスが、AIそれぞれの各スキルや特徴を会話形式で繰り広げている間に、俺は次の準備を着々と進めていく。 アリスとAIのやり取りが、某国営放送の平日昼間の低年齢向け教養番組のお姉さんとマスコットなしゃべりっぽいのが気になるが、そこに突っ込んだら負けだろうか。 リルさんの情報によると、リーディアンに参加するまでのアリスは地球でいう、引きこもり生活を送っていたらしいが、まさかその時に嵌まっていたとかじゃ無いだろうか。 妖精達の元ネタもアレだが、引き出しの多さというか、現役時代と変わらない微妙に残念な相棒アリスに、何ともいえない気持ちになる。 次のプログラムはアリスによる模擬戦闘。 先ほどセッティングを済ませた艦が停泊している惑星を舞台にしている。 かつての大戦争で砕かれた衛星の残骸で構成された二重リングをもち、自然と鉱物に満ちた主要惑星である第四惑星へと、敵対ギルド艦隊が未知のゲートを使い跳躍侵攻を開始。 ゲートの現界位置は第四惑星と第五惑星の中間地点付近。 外輪小衛星帯に設置された防衛基地はゲートアウトの反応からすぐに敵の出現を感知して、敵対者の主星進入や地上生産施設への攻撃を防ぐ為、内輪に待機する防御衛星を使い主星全体を覆う防御フィールドを展開。 防御フィールドの膨大な耐久度を削りきるか、小衛星に隠れた防衛基地を探知、攻略して、フィールドを解除するかの二択に迫られた敵艦隊は防衛基地攻略を選択。 かくして大小様々な衛星やら戦争の残骸 がちりばめられた小衛星帯を舞台に、艦隊VS艦隊、機動兵器VS機動兵器の戦いが始まる。 こういったシナリオだ。 プレイヤーによっては異論があるだろうが、俺は戦闘こそゲームの花形と考える。 だからこそここが一番の見せ場。小難しい理屈は抜きにして、お客様を如何にこのゲームへの興味を引き込むか。それが重要になる。 その為にも戦闘を盛り上げる事が重要。 スキル選択、場所取り、タイミング、息の合った連携。様々な要素が組みあさってこそ、熱いバトルは成立する……のだが、問題は一つ。まだこのゲームは未完成ということだ。 何せここの所リアルの仕事に追われる傍らで、ちまちまと、艦船カタログのデータを地球規格VRデータに改変し、トレーラームービー作って、舞台となる小衛星帯のデータ入力してと、やることが山ほどあった。 アリスと共同作業で、いまからアリスが使うタイプのプレイヤーが直接指示する形での半自動AIは出来ている。 だが、相対する予定だったPCOの艦隊戦闘用完全自動AIが未完成。というか、影も形すら無いというお寒い現状がある。 宇宙的チートな存在だろう、リルさんの力を借りられればよかったのだが、このPCOはローバー専務との賭に対する俺の回答の一つ。 俺、もっと大きくいえば、地球人がアリス達の手助けを出来るという証明をするためにも、今の段階でリルさんに頼りっぱなしというわけにはいかず、翻訳やら動作チェックなど最低限の協力のみ仰いでいる。 結局自動AIまでは手が回らず、かといってデモプレイ全体のカメラワークやら、お客様への配信映像の調整やら、予想外の事態が生じたときの対策やらで、裏方で忙しい俺がアリスの相手を務めるわけにもいかない。 最終的に選んだのは、戦闘開始から最後までの動きを完全に決めた敵艦隊相手に行う文字通りの模範演技。 あらかじめ決めたタイミングと侵攻ルートで迫る敵艦隊と搭載戦力に、アリスは最初は防戦一方のふり。 防衛基地寸前まで侵攻を受けた所で、切り札であるフルダイブを発動。 このゲームの大きな特徴の一つである限定型VR戦闘システムにより、形勢は一気に逆転。 敵勢力を壊滅させたアリスの勝利で終わり、デモプレイも同時終了で幕引きという流れだ。 俺が今やっているのは、その肝である敵艦隊動作の最終チェック。 何時、どの場所、どれが、何をやるか、全て決めあらかじめ仕込んだプログラムを、時間早送り状態で最終動作チェックを行っているが、問題無く動いている。 あとは決められた筋書きに、プレイヤー側であるアリスが如何に上手く合わせるかだが、それについちゃ心配はしていなかった……さっきまでは。 盛り上げるためにけっこうシビアなタイミングの場面が多いが、戦闘となれば廃人から廃神へとクラスチェンジするアリスの事。 この上なく上手いことやってくれるだろう……と思いたい。 おそらく、たぶん……大丈夫だと思うが、あの馬鹿、デモプレイだというのにゲームを楽しみすぎている節がある。 テンションかちあがって、アリスの最終形態に入らない事を祈るのみだ。 一応アリスにも念を押して忠告しておいたが、心配しすぎだ、信用していないのかとなじられる羽目になった。 ったく。マジで頼むぞ相棒。 最終形態はアリスが心の底からゲームを楽しんでいる証拠でもあるが、あの状態のアリスじゃ制御が効かない。 決まった動きしかしないAIなんぞアリスにすればただの的。一方的に蹂躙してシナリオ破綻となるだろう。 俺が心の中で祈っているとアリスによる妖精もどきAI各々の紹介が終わった。 驚いたとでも言いたげな悪戯気味な笑みを軽く口元に覗かせるアリスが、シルクハットを手から消しながら、俺の方をちらりと見て小さくウインクをする。 準備オッケーいつでもこいってか。 あの野郎。これが終わったら、昔みたいに打ち合わせの重要さを泣くまで教え込んでやる。 してやられたと悔しく思いつつも、アリスの自由さが何とも楽しく、いろいろな感情が交じったまま仮想コンソールのエンターキーを叩いて、艦隊戦を開始する。 筐体内の照明が自然と落ちると同時に、ポップアップされたサブ仮想ウィンドウが警戒を促す点滅を繰り返しながら警報音を鳴らす。「ここで速報! 緊急警報発令です! 星系内への敵対勢力の跳躍を感知したようです!」 アリスがわざとらしい驚き方をしながら、AIを消すと筐体へと潜り込んで蓋をする。 ここから先は地上のアリスの姿は周囲がコンソールに囲まれ見えずらくなるので、夜空の巨大アリスの方へと、お客様の視線を集めていく。 筐体内部に出現した警報ウィンドウをつまんだアリスが、メインウィンドウへと移動させ展開すると、その動きに連動して次々にサブウィンドウが出現し情報表示を開始した。 早期警戒網を構成する無人監視衛星の一つが捉えた映像には、未知のゲートから次々にゲートアウトしてくる艦船が映る。 サブウィンドウにはその艦隊の構成や、防衛基地内の戦力状態が表示されている。 小衛星帯攻略用に編成された艦隊は、機動兵器を満載した大型母艦を旗艦とし、無数の小型の砲撃戦艦、ミサイル艦を中心とした小規模ながら攻撃的な布陣だ。 武装を持たないが偵察機能に特化した複合型監視衛星は、次元振動感知と同時に情報収集を開始。小衛星帯の防衛基地へと情報を送信し始めた。 基地AIは、送られてきた各種データから跳躍時のエネルギー量や転送質量。艦形を計測、状況や艦隊規模から総合的に判断して敵対戦力による攻撃と断定し、オート防御態勢を開始する。 リング内輪に待機していた防衛衛星80機が稼働を開始し、主星を瞬く間に青色の防御フィールドに覆い、基地内部で待機していた防衛艦隊の主機に次々に火が点りスクランブル発進を開始する。 外輪内に仕掛けられた無数のトラップが稼働状態へと切り替わり、アリスの頭上に展開された星図が、リアルタイムの状況にあわせて刻一刻と変化し、臨場感を盛り上げていく。 メインウィンドウの周囲に展開されたサブウィンドウには、アリスが指示を出さなくても、それらの情報や映像が次々に映りながら、自動対応を始める防衛体制を開始している。 これはあらかじめ敷設した防御機構それぞれのAIや、プレイヤーが決めていた対処方針に従った防衛基地AIによる自立選択式の行動になる……予定だ。 現状は俺が戦場全体の流れを微調整を施しつつ、順次展開させている。 接続時間がプレイヤーそれぞれで異なるVRMMORPGで戦略、戦術系の要素をやろうとしたらある程度の半自動性は必要となるのは当然の事。 自分がリアルに追われているうちに敵に攻められ、拠点を取られてましたじゃ、クソゲー認定+運営ふざけんなの大合唱がお客様から上がるのは想像に難くない。 だから数多く用意された防衛スキルや多種多様な防衛兵器、さらにいえば敵勢力が易々と跳躍できない妨害機能など、プレイヤーの努力で辺境の一惑星を難攻不落の要塞星系へと変えることも出来る。 はたまた数多くの仲間を集めギルドを作り、常に誰かが接続している状態を維持すればそこまで防御機能の充実に力を入れなくても済むだろう。 見栄えのある戦場になるように状況を整えながら、防衛兵器やスキルの一部抜粋リストや戦場推移の解説書をお客様へと送信と。 やることは多いがリアルの肉体の束縛から解き放たれた俺は、望みうる限りの速度で仮想コンソールを叩いて、本日一番の大勝負をしかけていく。 「さてさてどうやらお相手はこの星を略奪に来た模様です。このまま防衛をAIに任せて……ってのはあたしの流儀じゃありません。一隻残らず星の海の藻屑に変えてやりましょう」 不敵な笑いを浮かべ宣ったアリスは両手を高らかに打ち合わせる。 パンと甲高い音が響くと同時に、アリスの周囲に無数のコンソールが出現した。 前方に二列四段の仮想コンソールを配置しメインとして、左右に無数のショートカットを登録したサブコンソールパネルを一枚ずつ、足元にはそれらショートカット群の切り替えのためのフットペダル。 銀色に輝くパネルのあちらこちらには蔦をあしらったレリーフが彫られ、必要以上に細かい装飾も施してある。 SFとファンタジー両方のニュアンスが混じり合った何とも複雑怪奇な代物なんだが、そこはさすがのアリス制作。 パイプオルガン演奏台のように、整然とした機械的な機能美と華やかな造形に彩られる芸術美が同時に存在するという奇跡的なバランスを保っている。 しかも座っているのが、見た目だけなら正統派西洋美人なアリスとなると、どこか荘厳な雰囲気すら醸し出すほどだ。 「ではでは参りましょうか。防衛基地は全艦発進後バリアを維持しつつステルス状態に移行。発進した艦は攻撃艦と探査艦はツーマンセルでの待ち伏せ型消極的防衛策。工作艦にもいろいろ小細工を指示してと」 細いアリスの指がコンソールの上を跳ねて踊る。迷いの無い動きは、それこそ譜面なしで音を奏でるピアニストのようだ。 3Dメインモニターに映し出された小衛星帯のマッピングを見ながら指示を出すアリスは、三次元座標を指示して各地へと小艦隊を派遣していく。 設定上、星系守備そして小衛星帯での防衛戦闘をメイン戦術としていた防衛基地所属艦は、小回りの利く小型、中型艦はそれなりにあるが、絶大な火力を持つ大型艦は少ない。 小型艦をメインとした構成は侵略してくる相手側も似たような物だが、大型母艦をメインとした敵艦隊とアリス艦隊の戦力差は2倍ほどにしている。 そこでアリスの選択は、地の利に長けた小衛星帯で迎え撃つというものだ。その見かけよろしく巣穴に篭もった兎戦法とでも言えば良いのだろうか。 もっともバトルジャンキーなアリスらしい罠たっぷり、待ち伏せ、不意打ち上等なキリングフィールドとなっている。 だが相手方も敵勢力下に殴り込みをかけるんだから先刻承知。 緒戦は防御力の高い侵攻型諜報母艦と広範囲探知が出来る探索艇をメインとした調査班を突入させ、防衛側の戦力やら罠を調査、情報不足から来るバットステータス解消をメインとするセオリー通りの戦闘予定だ。 アリスが着実に準備を進める一方で、侵略艦隊側は予定通り小衛星帯前で侵攻を一時停止、円柱形の諜報母艦と護衛の防御艦が艦隊から先行して突入を開始した。 敵艦隊の先遣隊は不意打ちしたこともあって、アリス側の防衛が間に合わず、極一部だけだがマッピングに成功するという流れだ。 ここを切り口に後続の本隊が次々に進入を開始、そこでようやくアリス側の備えが完成し緒戦の火ぶたがきって落とさ、 「防衛網構築完了。団体様ご案内いたします♪ 地獄に落ちなさい!」 実に楽しげなアリスの号令とともに、夜空の巨大モニターに映っていた諜報母艦に極限まで絞り込まれたビーム数十本が機関部に集中照射され、今にも搬出間近だった戦闘探査艇と共に爆発四散する。 マジ物の宇宙空間じゃ、空気が存在しないので音は響かず、燃焼も限られるので爆発もしょぼい物となるらしいが、PCOの宇宙は”ちょい”特別。 地上と変わらない大音量の爆音と華やかな大輪の華が咲く。 …………うむ。マッピング情報は一切敵艦隊に流れていない。 まぁあれだ……一発だけなら誤射かもしれないという言葉もある。 アリスの奴。展開を間違えて覚えていたか。ビーム砲の集中攻撃は進入してきた砲撃艦の一番艦に対してのはずだ。 いろいろ立て込んでいたとはいえ、ちゃんとシナリオ読ませて、「ふふっ! 続いて第二射、充填終了後第三射!」 何とも勇ましい発言と共に、小衛星帯から次々に煌めく閃光と共にビームの槍が降り注ぎ諜報母艦が次々に炸裂していく。 ……おいこら。お前まさか。 何とも背筋を嫌な予感が駆け巡る。 このキリングモードはあれか、あれなのか? 俺が現実逃避気味に事態の把握に挑んでいる間にも、正確無比な集中攻撃が次々に諜報母艦を沈めていくが、横にいる防衛艦は動けず、さらに射出された数少ない戦闘探査艇に至っては暢気に小衛星帯に向かっている。 そりゃそうだ。この時点で攻撃をうけたら防衛しろや影に隠れろなどとはプログラミングしていない。 防衛艦はただ一緒に前に出て、調査が出来たら諜報艦に戻ってこいとプログラミングしただけだ。それがシナリオだ。 そのシナリオをガン無視してアリスの攻撃が続く。『びっくりして呆然としているのかな♪ じゃあその隙に頂きます! レッドラビットフルブースト! 全艦援護射撃! 蹂躙開始!』 相手側が不意の攻撃で混乱しているように装ったのか、それとも入り込みすぎて”本当”にそう思い込んだのか、どこぞの迷子の宇宙船のような名前と共にアリスが攻撃を宣言する。 次の瞬間、先ほどまでの絞り込んだビーム砲から一転、威力は落ちるが拡散型に変更されたビーム砲の雨が、残っていた防衛艦とかろうじて射出されていた戦闘探査艇へと降り注ぐ。 防御力の高い防衛艦にはさほど傷もつけられていないが、それに比べれば貧弱な戦闘探査艇などひとたまりも無い。次々に蒸発プラズマを纏った塵に変わっていく。 そんなビームの雨が降り注ぐ小衛星帯を突き破って、真っ赤に塗装された一隻の高速戦艦が姿を現す。 深紅の艦は主機を全開にしながら小刻みにサブスラスターを噴かせ、ビームの間隙を縫うように突き進み、棒立ちの防衛艦群に対して旋回しながら一気に迫ると、主砲である五連装型ガトリングビーム砲をすれ違いざまに叩き込んでいく。 右上前方から左下方へとなで切りにするかのように先遣隊群をレッドラビットこと赤兎号が通り抜け、一瞬の間を置いてから残っていた防衛艦が一隻残らず爆発し、その破片は無数のデブリ群とかして宇宙に広がっていった。『ディケライア社社長! アリシティア・ディケライア参上! 我が社の資産にはこれ以上は指一本も触れさせないんだから!』 そのうち惑星の重力に惹かれ小衛星帯の一部になるんだろうか。というかそういうプログラムも組み込むか。 予想外すぎた(というか、さすがにやらないだろうと過信しすぎていたかもしれない)一連のアリスの暴走に頭痛を覚える。 あの馬鹿兎。今度こそ本気で我を忘れて入れこみやがった。 事ここに立って俺はクロガネ様など目じゃ無い最強最悪の敵が眼前に立ちふさがった事をようやく認める。 アリスの最強モードこと、完全ロープレ状態。 完全にゲーム世界に浸りきり、成りきる、この状態はゲームを心底楽しんでいる証拠であると同時に、リーディアン最強プレイヤーの一人アリスの本領発揮モードだ。『おい。このゲーオタ廃神。今すぐ正気に戻れ。戻らないなら、宮野妹に頼んでギルドHPの自作ゲーのお前のハイスコアを全部消去すんぞ』 母校の同好会ではVR普及前のレトロなゲーム制作を趣味としている奴もいて、それらはHPで無料で公開、プレイできたりもする。 その中にゃ当然というべきか、VR越しに繋いできたアリスのデータもある。 帝王として君臨しているハイスコアを消されるとなれば、さすがのアリスも正気に、『ふんだ! 忠告はしたわよ! 一歩でも足を踏み入れたなら、故郷の土は二度と踏めないって覚悟することね!』 俺の脅しなんぞ耳に入っていないのかアリスは一方的に宣言するとそのまま小衛星帯に戻っていった。 後に残されたのは破壊された先遣隊と、無傷の、だが何も動かず固まった本隊だ。 本隊は先遣隊帰還後、小衛星帯に突入予定。後それまでは5分ほどある。 お客様の方を見れば、一連の派手な戦闘と堂に入ったアリスのプレイに盛り上がっているご様子。 だがこのまま5分間放置して置いて熱が保てる訳も無い。今から繰り越しで敵艦隊を動かすか? いや、決まり切った動きしかしないAIじゃアリスに良いように落とされるだけで、緊迫感の少ない一方的な蹂躙になる。 かといってここでデモプレイを終了って訳にもいかない。不具合があって一時中断ってのも-印象が強くなる。 この先のことを考えるなら、何とか戦闘を盛り上げて進めたいんだが……あの野郎。面倒な状況にしやがって!『だぁっ! どぉすんだよ! この阿保! ゲーム馬鹿は! お前は本気でゲームに脳を犯されんな! 筋書き滅茶苦茶にしやがってなに考えてんだよ!』 完全ロープレモードに入った以上アリスの奴が、ゲームマスターとしてい裏方に回っている俺の存在を忘れている可能性もある。 どうする? どうすればあの文字通り宇宙一のゲーム馬鹿を正気に戻せる? 考える。考えるが、罵りくらいであのゲーム馬鹿が正気に戻るわけも無い。 真横にいるなら頭の一発でもぶん殴ってやろうってもんだが、俺のいる場所とアリスのいる場所は少し離れている。 内部映像は差し替えてごまかすなりしても、筐体をひらいたり、さらには叩いたりしたんじゃ、周囲のお客様に目立つし丸見えにな…………っ! じゃねぇ。 ふと気づく。一番肝心なそして基本的な事に。 今はデモプレイを行っているここはすでにVR空間内だということに。 別に歩いて筐体に近づいて蓋を開く必要なんぞ無い。 GMコード。映像差し替え。ゴースト発生。内部領域拡大。座標指定。転送準備。 コンソールへとコードを打ち込み、俺の映像を影としてこの場にとどませながら、アリスのいる筐体内部の映像を先ほどまでの映像でループ再生。 そのついでにテレポート準備。座標はアリスの腰掛けているシートの後ろ側。 本来は人一人が精一杯の狭い筐体内だが、ここはVR。内部の広さなんぞ数値を打ち替えればすぐに出来る。 アリスを正気に戻しに一発殴りにいくという、何とも情けない理由と対する苛立ちと、場合によっちゃ二発くらいこづいてやろうかという腹立たしさを込めながら、些か乱暴にコードを打った俺は、完成後即座に実行を開始する。 周囲を取り巻くお客様や、無言で空を見据えるクロガネ様。そして目的位置である筐体が二重にぶれて見え、思わず目をつむる。 次いで足元が消失したような心許ない浮遊感を一瞬感じるが、すぐに少し柔らかい内部クッションの感触が足元から伝わってきた。 目を開くとソファーのような形状の筐体内シートが目の前にあった。 よし転送成功。「アリス! この大一番に……」 怒鳴りながら背後側からアイスの頭辺りへ手を振り下ろしたが、俺の手は空しく宙を切った。 手応えの無さに前のシートをのぞき込んでみると座っているはずのアリスがそこにはいない。「はっ!? なんでだよ?」 影も形も無いアリスに思わず俺は呆けた声を上げ、何かミスったかと疑い、即座に座標を確認するが、俺の出現位置は間違いなくアリスがいるはずの筐体内だった。『誰が馬鹿よ。しかもあたしのハイスコア消そうなんて、酷すぎないシンタ』 予想外の事態が続き狼狽する俺に、先ほどとはうって変わってやたらと機嫌の悪いアリスの声が筐体内に響いた。 前を見てみるとメインディスプレイにピクピクとウサ髪を揺らして怒りを堪えているアリスが映っていた。 どうやら相当お怒りのご様子だ。「……アリス。お前正気なのか?」『あったり前でしょ! こんな重大なときに、いくらあたしでも我を忘れないもん! もっとあたしを信じなさいよ!』 何とも凶暴な声でアリスがうーッと唸る。どうやら正気というのは間違いないようだが、一体何が起きているのかさっぱり見当が付かない。『せっかくお礼も込めてシンタを驚かそうと思ったのに、本気でお礼参りしたくなってきたじゃない……というわけでシンタ本気で潰すから本気できてね♪』 目が笑ってない何とも冷酷な笑みをアリスが浮かべて一方的に通信を切ってしまう。 「はっ!? ちょっとまてアリス! 一体」 一向に状況がつかめない状態に狼狽していると、また新しくディスプレイが展開される。『ははっ! あんたにしちゃ珍しく慌ててるじゃないか三崎。いくら腹黒いあんたでもさすがにアリスとあたしらの動きは読めてなかったようだね』 ディスプレイに映ったのは我が社の女傑開発部の女ボス佐伯さん。 佐伯さんは何とも嫌みったらしいにやにやとした笑いを浮かべている。予想外すぎる人物の登場に俺は呆気にとられ、そして逆に冷静になる。 数日前に、急ぎの仕事が入ってきて佐伯さんのテンションが高かったこと。 すでに社長達が俺の動きを知っていたこと。 アリスフリークな佐伯さんがアリスを紹介しろと俺の所に言ってこなかったこと。 さらにはこのような状況を面白がるはずの佐伯さんからは、始まってから一言も無かったこと。「佐伯さん……まさかと思いますけどアリスと組んでます? っていうか俺の動き知ってましたね。社長に伝えてたってのも佐伯さんですか」 いくつかの不審点が一気に繋がっていく。いつの間にかは知らないがどうやらアリスと佐伯さんの間に接点があったようだ。『なんだいつまらない。もう少し慌てふためきな。可愛げない奴だね』 俺の様子に佐伯さんはからかい足りないのか不満げだ。可愛げってもうそんな年じゃありませんっての。「んで、どういうシナリオですか。この先。正直時間ありませんよ」 アリスの発言から何となく展開は察しているが、一応確認のために聞くが、佐伯さんは答える気が無いのか口元でにやりと笑う。 その笑みはあんたなら判っただろと、言いたげだ。『まったく簡易AI使って盛り上がった戦闘を演出なんぞで、お茶を濁そうなんて、うちの会社の名折れだよ』「そうは言いますがこっちも必死にやってたんですけどね。会社の方も忙しかったでしょうが。親父さんやら佐伯さんの仕事スピードと一緒にしないでください」 情けないとため息を吐く佐伯さんに俺は憮然と返しながら、シートの横をすり抜け前へと回り、仮想コンソールを呼び出して筐体内部の室温やシート角度を自分用のデータへと変更する。『まぁその点は及第点さね。なにせこんな面白そうな企画を用意していたんだからね。ただし一番重要な部分をごまかす辺り落第。減俸かボーナス査定0ってところかね』「給料はともかくボーナスがあるのか疑わしいんですけど今の現状だと。先行き不透明すぎるでしょ。それに落第って言うなら、追試の一つもくださいよ」 コンソール群を準備。アリスのような凝った物じゃ無く、使いやすさ重視の使い慣れた配置だ。 作った側とはいえほとんどテストプレイもしていない状況。さてどこまでやれるのやら。何せ相手が相手だ。『じゃあ追試といこうか……三崎。業務命令だ。アリスと対戦して、デモプレイを大いに盛り上げてみな。こっちの進行はあたしらで引き受けるさ』 予想通り。対人AIが完成していない時の対策にアリスが提案していたプランがある。 それは俺とアリスによる対戦形式。 アリスの方はやたらと乗り気だったんだが、しかしこちらは司会進行やらで人手が必要だからと俺がすぐに却下、筋書きを作った演劇方式を採用していた……んだが、どうやら相棒の方は諦めていなかったようだ。 ったく、あの野郎は。それならそうと一言、言っとけ。薄情者め。「了解しました……コンソール群全展開。GMミサキシンタ出撃します!」 コンソールを開いた瞬間と俺の周囲は、先遣隊を手ひどくやられた侵略艦隊のパラメータや映像が映ったディスプレイで埋め尽くされていた。 先制攻撃失敗からか……面白くなってきやがった。