「今回の同窓会プロジェクトによる私たちの第一目標はまずはVRの利便性。そしてその無限の可能性を未体験な方々に知って貰う事だったりと。まぁ、その為に架空世界では無く、過去の記憶の再現というのがインパクトが強いかなって…………」 普段から軽いうちの社長のスタンスは、大勢の業界人を相手にしたホスト役でも変わらない。 体育館の舞台上に立って大型ウィンドウの前で今回の計画の趣旨と将来的展望を語る社長は計画の重要性と規模の割には、なんつーか居酒屋で飲むついでに仕事を語る万年課長リーマンといった感じで堅さというか威厳がない。 社会人としてどうよとは思うんだが、そんな社長の語りをお客様が軽んじてみたり、聞き流しているかというと、そんなのは皆無だ。皆真剣に聞き入っている。 中堅所VRMMO会社社長の癖に、業界屈指の顔の広さを持ち、斬新かつ大胆な手で一目置かれているホワイトソフトウェアを率いるこのおっさん。白井健一郎の持つ特異なキャラクターなんだから仕方ないと程度には納得されているんだろうか。『ねぇシンタ。シンタ達の計画って要は将を射んとすればまずは馬からって事? 本命はVR規制法の撤廃もしくは規制緩和って所でしょ』 俺の横でむぅと難しい顔をしてウサミミっぽい髪(ウサ髪)を揺らすアリスが、周囲の邪魔になら無いようにと気を使ったのかWISで尋ねてくる。 顔は前に向けたままで口を閉じている外国人顔の美少女から、流暢な日本語で故事が出てくるのに違和感を抱きつつも、こいつの正体がさらには宇宙人だとおもえばその違和感すらも馬鹿馬鹿しくなる。 口元すらも意識せずにWISを使えるアリスのようなVR慣れした強者も地球人には僅かなりといるようだが、あいにくというかそこまでずっぽり浸かっていなくてよかったと思うべきか、そんな変態技能を俺は持ち合わせていない。『正解。相変わらず鋭いな。まだ冒頭ちょっとだぞ。うちの狙いは、事業状態改善やら云々いろいろあるが、その中の一つに今回の計画を通じたVR利用者の増大と認識改善と、そこからの規制緩和狙いってのも織り込んでる……』 まだ序盤だというのにすでにうちの画策している計画の形を読み切ったであろうアリスについついあきれ顔を浮かべつつ、俺は軽く唇を動かしつつも声には出さずWISを返す。 VR技術はゴーグル型、ヘッドディスプレイ方式、筐体型などVR開発初期段階から数多の形式や手段が研究、発表されてきたが、機能や利便性、採算性を考慮した場合、脳内ナノシステムに勝る物が無く、商業として成立しているのは同上の形式だけだ。 だが脳内ナノシステム方式が全てにおいて最高かというと実はそうでも無い。 他部位へのナノ手術で実績と臨床データはあるとはいえ、ある意味では人の中枢部とも言える脳へと処理を施すこの方式は、危険性が高いと声高に叫ぶ研究者や忌避する奴もそれなりにいるからだ。 実際問題初期開発段階では動物実験で数々の失敗もあり、さらに臨床試験として行われた人体実験まがいの行為が糾弾された事もあるらしい。 だがそれらもすでに半世紀近く昔の事。 反応速度の上昇や情報処理能力の向上を目的にした軍事、五感の再生や消失した身体機能伝達の回復を目指した医療技術からスタートした脳内ナノシステムは、数多くの失敗とそれ以上の成功例を示し、やがては施術の低価格化とVR技術との融合をもって世間一般へと普及していった。 ここまで来ると、普通なら有って当たり前の技術となりそうな物なんだが、ところがだ脳内ナノシステムとそれによるVR技術がある程度一般化した俺らの世代でも、危険性や開発過程の問題を理由に拒否する者は確かに存在する。 さらに開発過程の一連の騒ぎを直接見聞きした上の世代になればその傾向は顕著になる。 これにVR技術とナノシステムの詳細はよく知らないが、今まで必要なかったのだから有っても無くても特に問題無いと感じていて、さらには危険性もあるならいらないといういわゆる無関心層という人らも年配者にはそこそこ多い。 平時なら反対派も無関心層も特に問題は無かったのかもしれないが、件の事件で死人が出た事で反対派に燃料が注がれ、無関心層から危険性が高いから反対派に鞍替えした連中が出た事が痛かった。 さらにVR業界にとって不利な流れをVRの台頭を快く思っていなかった連中(反対派の医師や研究者、リアルにおける観光事業者やら娯楽産業系等々)がさらに世論を煽り、VR関連技術を規制へと向けていったというのが、今回の国内におけるVR規制の大まかな流れだ。『ち……じんってホント足の引っ張り合いとか好きだよね。VRってあたし達からしても基礎的な重要な技術なのに』 社長の説明を聞きつつ補足する俺の説明にアリスはウサ髪を立てて不愉快そうな顔を浮かべる。一瞬声が途切れたのは、リルさんの手による規制か。アリスの奴うちのシステムに会話ログが残るから、発言に気をつけろと言っておいた注意を忘れているようだ。 そんな初歩の注意も忘れるほどに怒りの度合いは強いらしくウサギ耳風の髪がしゃきんと立ってワサワサと動いている。 正直にいえば不気味なんだがこれを指摘したら、アリスがどう反応するかなんて想像するまでも無いので、とりあえず無視しておく。 しかしやたらと機嫌が悪い。社長の説明に聞き入っている周囲のお客様もこの意思を持った髪とアリスの醸し出す雰囲気に気づいたのかちらりと見てはすぐに目をそらすなど若干引き気味だ。 先進的な科学技術を持つ宇宙人であるアリスは科学万能主義なのだろうか。技術発展の阻害にご立腹といったとこ……『っていうかそんな業界対立なんてくだらない理由であたしのリーディアンが奪われたの。むかつく』 うむ。この深い怒りと恨みはゲームを奪われた所為か。納得がいった。こっちのほうがアリスっぽい。 だが俺の中で評価がまた下がったぞこの廃宇宙人が。気持ちは判らんでも無いが、自業自得とはいえ人死に出ている案件で本音を出すな。 『だからここから反撃だ。まずは無関心層の興味を引く企画でVRを知って貰う。さらにはそこから手管駆使してこっちに引きずり込むって訳だ。んでもってこっちの流れを作るのが大体の狙いだな』 その為の入り口としてVR同窓会プランでまず実際のVRを体験して貰いその楽しさを知って貰う。 そしてそこからいくつかの派生パターンを作り、さらにVRの魅力を叩き込む。 派生パターンとして考えているのは、肉体機能が衰え今では出来なくなった運動量の激しいスポーツを楽しんで貰う休日スポーツプランや、遠隔地のご友人と各地の名産品を茶請けに茶飲み話を楽しんで頂くプチ同窓会プラン等々。 さらには協力をいただいたミナラスさん提供の50~60代の方々の世代にはやった半世紀近く昔のレトロなTCGを当時そのままのルールと現代のVR技術で復刻させたカードによるVRデュアルを初めとした、現在では規制されたり老朽化されて撤廃された絶叫マシーンを復活させるレトロアミューズメントプランなんかもその一部には入っている。 これらの複合計画により、すでに第何次になったかも定かでは無いが、大々的なVRブームを引き起こし、世論をVR擁護、規制緩和へと向けさせるのがうちの社長白井健一郎が画策していた計画の骨子だ。 いつから社長がこのプランを考えていたかは定かでは無いが、その為に水面下で相当前から、それこそスタートとなったユッコさん達の同窓会プランの初期からいろいろ動いていたらしい。 ただこれだけでかい花火を打ち上げるには、開発規模、費用もさることながら、目玉となるレトロなゲームやら商品に絡む版権やら商標権が問題となる。如何にそれらの権利を持つ企業や個人をこちら側に引き込むかも重要となってくる。 それらの権利関係の金やらなんやらで揉めて大型プロジェクトが解散ってのはよく聞く話だが、そこは何とかなるだろうと俺は楽観視している。 なんせうちの会社は俺ですら引くレベルのイイ性格した連中の巣窟だ。 社長を初めとして佐伯さんやらと関わって、自分のペースを維持できるような奴はそうそういない。なんだかんだでこちらの思う形に収束していくはずだ。 上手く利用するつもりがいつの間にやらうちの企業理念である『お客様に楽しんで貰う』に感染して、こちら側に落ちてきた会社連中は過去にもそこそこいるそうだ。 それにホワイトソフトウェア社員の俺としても、そしてアリスの相棒たる俺にとっても、関わる人間が増えるのは願ったり叶ったりだ。 二つの会社とついでに地球も救わなきゃならんが、とても俺一人じゃどうこうできる訳も無し。 そういう意味では参加人数の多い今回は巨大な狩り場。精々イイ仲間を捕獲させて貰おう。 何せうちの会社だけでも社長やら佐伯さんに親父さんに中村さんと大物がごろごろしているんだ。これに他の会社やら個人も引き込むのが今から楽しみすぎる。「いろいろ考えてるんだね……でもシンタ。顔あくどい。またナンパ癖? はぁ、またシンタのせいであたしのように廃人になる不幸な人が生まれるんだね。シンタってなるべくして廃人製造器のGMになったのかな」 説明の傍らこれから先のことを考えてついつい心が弾み口元を歪めていた俺を見て、呆れ混じりの何とも表現しがたいため息をついてアリスがWISでは無く声に出して呼びかけてきた。 俺がどうやって仲間を増やそうかと考えあぐねている間に、いつの間にやら社長の挨拶をかねた概要説明も終わっており、会場と機能を全解放した自由散策にプログラムは進んでいたようだ。「ナンパじゃなくて勧誘だっての」 俺がギルマスやっていた頃から、新人勧誘やら他ギルドと友好締結してくるとアリスの奴は『ナンパ師』だの『たらし』なんぞと俺を呼びやがる。 俺の事をナンパ師だと最初に言い出したのは先輩である宮野さんだが、その切っ掛けが知り合ったアリスを溜まり場に連れて行った時からなんだから、この呼び方もかれこれ6年になるのか。極めて不本意だ。「っていうか誰が廃人製造器だ。この廃人野ウサギが。巣に篭もりすぎるのはウサギの本能か」 アリスの悪態に俺も悪態で返す。俺はたぶん今不敵な目をして微かに笑っていると思う。目の前で楽しげにウサ髪を揺らし始めたアリスの顔のように。 うん。この感覚だ。懐かしく。そして心が躍る。やはりこいつだ。 大勝負の前にテンションを上げるための気兼ねの無い掛け合い。互いに対する遠慮も気づかいも無くしたやり取りが、俺とアリスの間にあった3年振りという時間的距離を無くし、あの頃に戻らせてくれる。 アリスが狩ると信じて背中を預けた俺に。 俺が防ぐと信じて死地に踏み込んでいったアリスに。「今は巣穴から出てるでしょ。それよりシャチョーさんの説明は終わったんでしょ。紹介してくれるならそろそろいこうよ」 「なんで社長の発言だけ下手なんだよ。普通に言えよ」「ほらあたし。外国人だもん。ならそれっぽさ無いとダメでしょ」 「ったく。どこの怪しいバーのホステスだ。遊びやがって。ついこの間までは不安でぼろぼろと泣いてた奴が今日はずいぶんと余裕じゃねえか。これからが大勝負だってのに」「判ってるってば。でもシンタとまた一緒なんだもん。シンタとあたしなら何とかなるんだから余裕でしょ」 右隣に立っていたアリスは楽しげに笑いつつ右手を高く上げる。 俺とアリスのコンビなら何とかなる。 事ある毎にアリスが言ってたので俺の記憶にも色濃く残るその台詞とは裏腹に、何時もの定位置よりもアリスが伸ばした手の位置は高い。 理解した…………なるほど背を高くしたのはこの為か。「平っていうか下っ端社員に過大な期待すんな」 アリスが伸ばした手に対して俺も左手を掲げる。 アリスの廃人振りを思い出すならば下手したら四桁いってるかもしれない回数を交わしたギルド『KUGC』恒例の戦闘前挨拶だが、これがなんとも懐かしくあり、同時に新鮮に思える。 何せ今回の相手はゲームの中のプレイヤーキャラクターやらボスキャラでは無く、リアルな人様。システムのサポートも無ければ、魔法のようなスキルも無い。 一番下の下っ端社員が、社長やら上層部相手に個人的思惑有り有りなシークレットな企画を、VR復活をかけた新規プロジェクトの発足でクソ忙しいこの時期にねじ込もうってんだ。 普通の会社なら不可能と即時却下な上に、状況を考えろと説教コースか? だがうちの会社はあいにくと普通じゃ無い。面白そうな企画なら喜び勇んでくれるような先輩方ばかりだ。無論その合格ラインは今の状況から考えれば極めて高い位置にある。 要はここからの突発的なプレゼン次第。さてどう持っていこうかね。 逆境をどう乗り越えようか考えていると、どうにも楽しくてしょうが無い。 こんな事だから三崎は苦労させた方が良いとか言われるのかもしれないが、今日は何時も以上にワクワクしている。 何せ二度と肩を並べて戦う事は無いだろうって思っていた相棒との戦闘だ。これで心が弾まなければVRプレイヤーの名折れってもんだろ。 「んじゃいくぞ。気合い入れろよ。”相棒”」 今日のアリスの仮想体は俺と同等くらいの背丈。 昔は背の低いアリスとでは少し合わせにくかった何時もの挨拶も、今はしっかりと手と手が噛み合って心地よく響く清浄な音を奏でる。「オッケー。いこうよ。”パートナー”」 キーワードを交わし、掲げた掌をそのまま握り拳に変えてさらに重ねるように俺達はもう一度軽く打ち合わす。 ここ数週間で固めた『Planetreconstruction Company Online』の概要はすでに頭の中。 アリスの手とリルさんによるデモ映像も準備済み。さらにはアリス曰く俺にも内緒の隠し球もあるとの事。 ホワイトソフトウェアGMミサキシンタとディケライア社社長アリシティア・ディケライアのコンビ攻撃に耐えられる物なら耐えて貰いましょう。 さーて戦闘開始だ。