「アリス。この資料を見せてくれ。物資の在庫状況って奴」「ん……ロック解除と。シンタいいよ」 ライブラリを漁って俺が頼んだ類いの資料を発掘していたアリスがウィンドウに向けていた目を上げると、俺が投げ渡したウィンドウに軽く指を当ててロックを解除してから投げ返してきた 社の財務状況やら所有物資量などが一目瞭然となるデータは言うまでも無いが、ディケライア社でも関係者以外閲覧禁止データになっており、社内でも一部幹部を除いて秘匿されているらしい。 ディケライアの社員ではないどころか、法的におそらく微妙な立場の俺が気軽に見られる類いの物ではないが、最高経営責任者こと金の鍵……もといアリスの手でそのロックを解除して貰って目を通していた。 どれだけ厳重なセキュリティーも、鍵を持っている人間次第という良い例だろうか。「あり。ふむ……」 これをアリスの信頼の証と思うべきか、それともアリスが基本無頓着なのかちょっと悩みつつ礼を返して、適当にスクロールさせつつそこに記録された機材や物資を流し読む。 二四式衛星破砕槌やら空間爆縮型恒星点火装置など何ともアレな名前が多い。直接翻訳されている所為なのか、それとも翻訳者であるリルさんの趣味だろうか。 いろいろ気になるが、名前で何となく想像が付くからありがたいと思っておこう。 機材のページを適当にスクロールさせて、本命の物資へと目を向ける。 この資料を見る限り、創天においては資源は基本的には安定しやすい形状や構造で保有し、必要になったら分解や合成でその用途に合った形や資材へと変質させているようだ。 必要量が多い資源は空間湾曲倉庫で大量保持。合成が難しい自己崩壊物質等は時間流凍結倉庫で保管とさらっと書かれている辺り、どこまで無茶苦茶だこいつら。 技術格差が酷すぎて頭がくらくらしてくるが、それ以上に問題が一つ。 書かれている数値がでかすぎて、これが多いのか少ないのかよく判らない事だ。 立方メガメートル単位で書かれた在庫表なんぞ初めて見た。さすが惑星改造会社と感心するべきなんだろうか。「物資無くてピンチなのかこれで? ものすごい余ってねぇか」 確か地球上に存在する水が約14億Km3。現在創天に積まれている水素と酸素から水を合成した場合、制作可能量が200億Km3……25メートルプール何杯分とかで考えたら0がいくつあっても足りないんじゃないだろうか。 「うん。シンタにはぴんと来ないかもしれないけど、この量じゃ恒星作成なんてとっても無理だから。元からある星を改造する仕事なら十分なんだけど、今回みたいな大規模開発で一から星系を作っていくならこの百倍は最低でも欲しい。本当ならこの星域にあった恒星と惑星群で十二分にその量は満たせてたし、簡単な改造で済んだんだけどね」「そうですか……」 あまりにあっさり答えやがったアリスについ敬語で返してしまう。 うん、一回常識を全部捨てて、こちら側に合わせた尺度に慣れないと早々に精神的に病みそうだ。「こういう資源って、どこかから仕入れって事か、それとも作っちまうのか」「基本は仕入れかな。資源衛星を抱えてれば抽出するけど量に限りあるから……でも今はお金が無くて無理。一応見る? リル。最新の相場表とあと運搬費も出して」 情けない顔を浮かべ乾いた笑いを漏らすアリスの背後に貧乏神の姿が見えたのは俺の気のせいだろうか。 何とも重苦しくなった空気に掛ける言葉が見つからず無言で頷き返すと、俺の目の前に複数のチャート表が表示される。『了解いたしました。資源取引恒星市場最新チャートの中から、現在地より最も近い辺境星域ラプトン跳躍門市場を表示いたします。稀少物資を除けば基本的には一立方キロメートル単位で取引をされております。一番取引量が多いのは、恒星製造や海や河川の形成に用いられたり、融合炉搭載型内宇宙船など大量に利用される水素原子となっております』 確かこの宇宙で一番多い原子が水素って話だったか? 採取量も多いが使用量も多いって事だろうか。 ずらりと並んだ表は細かな変動を繰り返し、活発な取引が行われている事をうかがわせる。 鉄や銅といったありふれた物から、白金、クロム等のレアメタル。聞いたことも名の鉱石や原子はおそらく地球人類にはまた未知の物質だろうか。『こちらの市場でのここ数ヶ月の取引データからの予測となりますが、底値で最低限の必要物資を調達したとしても、我が社の全資産を金銭換算した総量の10倍は必要となります。さらに運搬だけでみても特殊事例となりまして我が社の資産2つ分と同等の見積もりが出ておりますでしょうか』 「運搬費ですら足りなくて吹っ飛びか」 足代すら払えないってのが悲しすぎる。アリスのウサミミもしゅんとしぼんでいるから、大げさな表現とか抜きのマジ話のようだ。 「トップクラスの光年規模能力持ちのディメジョンベルクラドが乗船した大型貨客船が各地の集積宇宙港に運んで、光年規模まではいかないけどそこそこの能力持ちの人が小分けして近隣星系共有の外宇宙港に。最後に見習いとか衰えた人が各星系や人工工場惑星とか開発現場に運ぶのが一般的」 アリスの説明に合わせて巨大な銀河系3D略図が頭上に表示され、仮想の銀河を大中小の太さに別れた光の線が無数にはしる。 まるで血管のように張り巡らされたその交易網が、アリス達の勢力の大きさを物語る。「それで創天がいる場所が今ここ」 銀河の一点をアリスが指さす。 主要の太い線からは大きく外れ、中型もそこそこ遠い。一番細いのが何とか近くを掠めているくらいだ。しかし近いと言っても宇宙尺度。おそらく馬鹿げたくらいの距離があるだろう。 なんというか離島と表現するべきな位の僻地だ。「ディケライアの物資運搬は創業以来、あたしと同じ帝国系ディメジョンベルクラドで運送を専門にしている運送会社に一任しているんだけど、辺境よりさらに外側だから荷物の相乗りが出来ないから専用船契約で、時間がないから最高料金の最速プラン。それで量も多いから複数の中型艦か、創天クラスの巨大艦でさらに高くなって、しかも帰りは空荷になるからその分の保証金も払えって、あとその他諸々重なって…………あのぼったくり羊。こっちの足下みて……絶対許さないんだから」 付加オプションを指折り数えていくうちにアリスの目はうつろになり、頭の上でもウサミミがみるみる間に生気がなくなって倒れ込み、なにやら特定人物に対して恨み言まで漏らし始めやがった。 夢枕にたちそうな怨念めいた雰囲気は詳細を聞くのを躊躇するレベル。相当吹っ掛けられたんだろうと予測は付くがこれ以上踏み込むのは止めておこう。「判った。もう良い。お前目が怖い、資金難で買えないのは判った……んで依頼主に事情を話したら暗黒星雲内の物資利用を認可してもらえたと」 「うん……星系連合とから交易路建設計画に影響を与えない程度ならって、暗黒星雲内物質の利用許可をローバーがもぎ取ってくれたの。しかも使用した分は成功報酬からの天引きって形でいいって」 外部交渉やら法務関連はローバーさんの担当らしく、今回の一大事業の音頭を取っている星系連合のお偉方と折衝を繰り返して、『使った分だけしかも料金後払い』とかなりの破格条件を引き出してきたそうだ。 「だけどこっちも上手くいかないと」 しかし世の中そう甘くない。暗黒星雲の中でも比較的に利用しやすい場所にある原始星はすでに利用用途が決まっているので手が出せない。 かといって計画外の領域はほとんど調査されていないので、そこから調べなきゃならないと。「体よく未探査地域の精密調査を押しつけられただけのような気もするけど、ローバーもそんな事は百も承知だと思う。今のうちの状況だと実行能力が無いって見なされて、違約金支払わされた上で切られててもおかしくないから、首を繋げてくれただけでも感謝してるんだ」 相場表を難しい顔で見ながらつぶやくアリスを横目で見つつ、俺は一晩でまとめ上げた仮組の案をもう一度、頭の中で考察する。 昨日帰ってから適当にダラダラ晩酌しながら状況整理していみたが、ディケライア社の問題は、多岐にわたるようだが大本の部分で大きな3つの問題がある。 資金不足、そして資源不足、さらに人不足。 会社として致命的な弱点を抱えていることだ。 そのうち前二つ、資金と物資については俺にはどうすることも出来ないと、今見た資料で改めて確認できた。 宇宙の金なんぞ持ってる訳も無く、さらに地球に存在するよりも大量な物資を用意しろなんて、給料手取りで23万の貧乏サラリーマンにどうこうできる話じゃない。 精々近所の業務スーパーで格安の水を箱買いしてくるくらいってか……自分で思って悲しくなってくる。「でもシンタ。在庫なんて調べてローバーの課題をどうするの?」「一応課題をクリアするだけなら、ベタな手は思いついてんだよ」「昨日の今日でホントよく思いつくね。どういう手?」 「まぁアレだな。会議内容見た感じじゃ、意見が対立しているのは財布握っているサラスさんとシャモンさんら現場の人達だろ。特にあの親子。あの二人を和解させるような慰安会にしろってなら、簡単、簡単。俺が悪逆非道な魔王ポジでアリスが姫ポジ。これで解決」「…………シンタ。ベタすぎだよ。っていうかそれ慰安会じゃなくて討伐になるよ」 さすが相棒、最低限の言葉でちゃんと俺の計画を読み取って、あきれ顔を浮かべてくれやがった。 俺の見たところ、あの二人のアリスに対する忠誠心(というか愛情か?)はどっこいどっこい。 考え方や方針が違う所為で対立しているが、その根本にはアリスの為っていう基本思考がある。 さてそんな大切な姫君を、実は卑劣で最悪なヒモ野郎(俺)が手込めにしているとしたらどうだろう。 俺を抹殺しただけでは飽き足らず、害獣駆除よろしく地球人もついでに消去。かくして地球は高値で売られ、姫様の会社は救われましためでたしめでたしと。 実際やろうとしたらいろいろ小細工を弄して、アリスにロープレモード発動させて完全服従状態な演技を演じて貰ってと準備が掛かるが、やってやれないことは無いだろう。だがこれじゃ意味は無い。「判ってるって、社内関係が丸く収まって円滑に進んで方針が決まったのはいいが、それが地球売却やら俺が記憶消去で追放な路線ってのは避けたいからな。手段はその方針で行くとしても、会社を再建する路線で俺もその手助けが出来るって形に持っていかなきゃだろ。それが狙いで俺が攻略しかけるなら、社内に味方を作っていくのがベターな選択だろ。んで俺だったらまず誰を狙うなんかアリスならすぐ判るだろ」「……あ、イコクか。攻略ラインってそこなんだ。それでさっきから資材関係の書類を確認してたんだ」 ライブラリから抜き出していた資料の偏りに合点がいったとポンと手を打って、アリスはウサミミを揺らす。 ただ慰労会をやるのでは無く、社内の意思を意識的にも無意識的だろうが、俺が望む形へと誘導する仕掛けを施していくのがベストというのが今回の基本攻略ラインだ。 そしてその最優先攻略対象がディケライア社資材管理部部長イコク・リローア。 地球売却反対。俺がこちらに来るのは賛成。俺が望んでいる形を選択したただ一人の重役がイコクさんだからだ。「一応な。だからまずイコクさんを落とさなきゃ話にならねぇからな、何とかこっちに引き込めるだけの材料をそろえねぇと。だからイコクさんの出した計画書なんかを確認してる所。そういやさっきなんか新しいの来たって言ってたよな。アレなんだったんだ?」「んと。創天ってデッドスペースが結構あるからそこの調査発掘してなんか使える物が無いか探すって、イコク主導で現場組が動いたみたい。創天内部だから人手は問題無いし、あんまりお金も掛かりそうに無いからローバーとかおばさんも特に問題なしで認可したみたい」「やっぱそれも物資不足解消のためか……ふむ」 会議の時にイコクさんは不足しそうな反物質精製用に恒星作成を提案していたが、あえなく反対されて没になっていた。こちらは時間と人手が足りないというのが反対理由の一つだ。 「なぁアリス。人手不足っていうけどさ、それこそリルさんみたいなAI使った無人機で一気に調査とか出来るんじゃねぇの? 創天から飛ばしてデータだけ持って帰ってこいって形で」「あー……創天から暗黒星雲内の探査機への遠隔操作とかは出来るんだけど、AI単独って無理なんだ。基本的にAIには決定権が無くてサポートとアシスタント専門って決まってるから。反乱やら衰退原因の一因になるからって結構昔に禁止されたの……」 アリス曰く過去に無人AI艦隊同士の戦争が制御不能になって洒落にならない広範囲の星系が焦土化した事や、AIが生命体への反乱を起こしたりっていうSF映画のようなことが実際にあったらしい。 他にも過去のデータから予測した最良の選択が出来るというAIに頼りすぎて自分で動くことも考える事も無くなり、生物として緩やかに衰退して滅んだ種族というのもそこそこいるらしい。 そんなこんながあって今は、知性生命体の平和的発展の為という名目で、全ての決定権と責任はマスターである生命体が持ち、AIはマスターに対するアドバイスとサポートのみでの運用が義務づけられているそうだ。 だから昨日のアリスがやってくれたデモのように一つの目的のために大量のナノセルを一挙に動かすような事は決定確認が少なくて出来ても、暗黒星雲のような難所でそれぞれ個別AIのサポートで探査機を飛ばすような操作は、細かな進路変更や探査方向指示等、AIからの決定確認が多すぎて一人では対応できず、精々やれて一人で5機対応くらいだそうだ。 現在ディケライア社の社員は500人にも満たず、そのうち調査機への適正指示を出来る訓練をしているのは30人前後。 最大で150機じゃ、対象範囲はその一部といっても何百光年に渡り広がる暗黒星雲内の探査が終了するまでは途方な時間が掛かりタイムリミットを迎えることになる。 反則気味に発展している宇宙のこと、人手なんて足りなくても、リルさんのように高性能AIが無人機を無数に飛ばしてどうにかすれば良いんじゃないかと思っていたのだが、これもそう簡単では無いようだ。 どうしても決定者としての生命体が必要と。 資金、資源、人材。創天に足りないこの三つのうち俺がどうにか出来そうな物は…… 「アリス。年代は問わないから宇宙船の3D画像とかのデータって大量にあるか? 人手不足解消にちょっと思いついたことあるんだけど」 ふと思いついたもやっとした閃きを形作るために俺は新たな資料を求める。「景気の良かったときにメーカーさんが持ってきたカタログデータならたぶん数千年分単位で残ってると思うけど」 艦数で数百艦分くらいあれば御の字と思っていたのだがさすがは元大企業。桁が違いやがった。「それ出してくれ。とりあえず細かなデータはいいから種類をみたい」「じゃああんまり細かくないやつでたくさん載ってるのが良いよね。ちょっと待ってて……リル。キグナスのベストセラーカタログってうちにある?」 少し考えてから、アリスはリルさんに一つの指示を出した。『ございます。キグナス社1000期記念カタログは登場機種は専用改造艦も含めて10万隻以上。星間戦闘用から幼児向けの近距離遊覧船まで多種多様な船を建造している総合メーカーキグナスがその集大成として発行した記念冊子になります』「シンタ。キグナスって最大手メーカーのだけどそれで良い? だいぶ多いけど」「多い分にはかまわねぇって、ちょっと見せてくれ」「うん。リル。日本語翻訳してシンタに渡してあげて」『了解いたしました…………翻訳完了。表示いたします』 ほんの数秒で翻訳を終えたリルさんが俺の目の前に一つのウィンドウを開く。 そこに表示されたのは黒表紙に金字で描かれた『キグナス総合艦船カタログ』の文字。少しスクロールさせて目次を見ると年代別、用途別、値段別など索引機能が充実しているようだ。 適当にそれを押して次々に映し出される宇宙艦をぱらぱらと見ていく。 ベタなイメージの円盤状の探査船。円柱コロニー農業艦。シャープな鋭角状の高速戦闘艇。衛星クラスの大きさを持つ球状要塞艦等々。 その表紙に嘘偽り無しの実に数多くの船がページを捲る毎に映し出され、正直心躍って面白い。なんというか未だ持ち合わせる子供心が刺激される。 ついつい熱中して読みふけりそうになっていると、俺の肩をアリスが叩いた。「シンタ見るの良いけど説明も続けてよ。その宇宙船カタログがどう関係あるの? 新造艦は買うのは無理だけど、古すぎてライセンスフリーになっているのなら、材料さえあればイコクに頼んで創天の工場で再生産は出来ると思うんだけど。だけど機体を揃えてもAIはサポーターだからは無人機って無理っていったでしょ。無人AI機の大量生産をやっちゃうと最悪で連合反逆罪扱いで懲罰艦隊が来るんだけど」 数百にも及ぶ内外、大小様々な宇宙船が載ったカタログを指さしてアリスが怪訝な顔をする。 ここまで来ても察しないとは鋭いアリスにしては珍しい。それとも俺の考えた案がよほど無茶なのか。 「決定は出来ないって言ってもこっちのAIは至極優秀なんだろ。カタログ通りなら指示さえ出来りゃ子供でも飛ばせる宇宙船があるくらいだもんな……それは極論を言っちゃえば俺にも飛ばせるって事だろ」 お子様でも安心。初めての宇宙船操縦ならこの船をと謳っている辺り、三輪車感覚なんだろうか。 まぁ、ガイドビーコンや各種航法装置が付いた安全な航路じゃ無く、飛ぶのは荒れ狂う暗黒星雲だからそんな簡単な話じゃ済まないだろうが、地球の一部プレイヤーの無茶さはGMの俺だからこそ肌で感じている。 発生動作を見てから防御魔法余裕でしたって、猛者がごろごろいた魔窟だ。 地球人向けに特化した操縦インタフェースを作成する必要はあるだろうが、そこらは何とかなるだろ。フライトシミュレーション系は昔から根強い人気があるジャンルだし、愛好家も多い。習うより慣れろでいけるはずだ。「あっ…………シンタ。あのまさかと思うけどそういうこと?」 俺の考えている計画の大まかな形に気づいたのだろうアリスが目を丸くして、ウサミミを大きく振った。その表情を見る限り驚いているのか呆れているのかちょっと微妙だ。 「レアアイテムの確率なんぞ、出るまでやるから関係ないって言い切る不屈の根性。レベルを一つあげるため数週間、下手すりゃ数ヶ月も延々と同じ敵を刈り続ける事が出来る絶えない情熱。情報収集と効率的な立ち回りとフレーム単位で反応するプレイヤースキルで1日24時間で27時間分の効率をたたき出すっていう時間法則までねじ曲げる。そんな廃人様が今の日本には暇して溢れてるからな」「あ、あの、シンタ!? た、確かに地球の高レベルプレイヤーってあんな原始的な脳内装置で異常なほどの反応速度を示すからすごいとは思ってたけどそれ無茶すぎない!? それに原生生物への過剰干渉で違反になると思うんだけど!?」「リルさんに昨日聞いたんだけど、ちゃんと資料を揃えて許可申請した上で、地球側にばれなきゃある程度、研究目的な干渉はオッケーらしいな。っていうかお前もその手でリーディアンに繋いでたんだろ? 地球人の文明レベルの進捗具合を確認し、その原始的感性を事業の参考にするだ云々って。地球産菓子は確かに文明レベルを計るにゃ良いかもしれんな、夢があるもんな。さすが社長。前例作ってくれたおかげで助かった」 何ともご立派なお題目をあげてた割には、ゲームを心底楽しんで菓子を食っては満足そうにしていたアリスの姿しか俺の記憶には無い。 アレでもオッケーならこっちも何とかなるだろうと俺はあえて楽観的に考える。 最初から制約をいれて考えていたら発想が狭くなる。とにかく考えまくってあとから型にはまるように合わせる。「あぅ……リ、リル! 建前のは言っちゃダメっだってば!」 恥ずかしげに頬を染めたアリスが天井を向いてリルさんに文句を言うが、しかしそのリルさんは落ち着いた物だ。『申し訳ございません。三崎様には全てお答えせよという事でしたので、こういう手もございますとお伝えしたまでです』「そ、そうだけど、うぅ……あたしの尊厳に関わる部分はシンタに答える前にあたしに確認して。絶対命令だから」『了解いたしました。最優先命令として記録いたします』 なるほどこれがAIには決定権が無いということか。命令通りに動くが命令以外は気を利かせないと…………でも絶対アリスの反応見てて楽しんでるだろ。この人。どうにもリルさんは通常のAIに当てはまらない規格外の予感がするんだが。「とりあえずお題目は地球人の能力調査って所で上手く通るようにアリスの方で動いてくれ。ゲーム本体は俺らの仕事だ。さすがにゲーム内状況がリアルとダイレクトリンクじゃバランスも糞も無いから、独立クエストに暗黒星雲探査ミッションって種別を作って、その最上位にお客様には内緒でリアル宇宙での探査って形で織り込んでみる」 ここ数ヶ月ずっと考えていた新たなVRMMOの形が俺の頭の中で一気に組み上がっていく。 広大な宇宙で資源を求めて激しい争いを繰り広げる惑星改造会社同士の抗争をテーマに多数の宇宙船が飛び交い、敵艦に乗り込んでの直接戦闘や、成層圏降下戦闘や惑星内戦争などいくつもの戦場を作り上げ、同時に資源開発系の内政も盛り込んで、あと交易系もいれる。 複数のジャンルを網羅してVRMMOゲームに飢え溢れているお客様を一挙にゲット。 高レベル廃人プレイヤー様にはゲームを楽しんで貰うついでに地球も救って貰いましょうか。「でもシンタ!? 今の新しいゲームを制作して発表するだけの体力ってあるの!? ホワイトソフトウェアって新規事業を始めたばかりでしょ。それにVR規制法だってあるのに!?」 恥ずかしさに悶絶していたアリスが我に返って声を上げる。 アリスのあげた問題点はもっともだ。 うちは今VR同窓会を軌道に乗せるために力を使っている。とても新作ゲームを開発する余裕はない。 ゲームは二時間までの規制法だって、完全にすり抜けるデザインはまだ出来ていない。「まーな。いくら先輩方と言えどうちの開発陣もカツカツだ。だから外部の会社と共同開発って方針で動いたんだよ。つまりうちの会社は協力者を絶賛募集中。それこそ猫の手でも借りたいくらいにな……ちなみにウサギの手でもかまわねぇぞ。余力が生まれればそのメーカが持ち込んできたゲーム企画の開発ってのも有りだな。うちの会社ならそれくらい出来るさ」 だがそこにこれだけの大資料を一瞬で翻訳してのけるリルさんの力が加わればどうだろう。さらにアリスはセンス溢れるMOD開発でうちの佐伯さんからも一目置かれていたプレイヤーだ。 しかも宇宙船の外観データやら動作データなど開発素材を大量保有している協力会社。そういう目で見ればディケライアは実に魅力的な企業だな。うん。「……シンタってホント、普段は常識的なくせに、なんで追い込まれるとこんな無茶苦茶な事を考えつくかな」 「ホワイトソフトウェアが打ち出す次世代型VRMMOゲームは、ディケライア社原案協力惑星改造会社抗争ゲーム……直訳して『Planetreconstruction Company Online』って所か」 驚きを通り越したのか呆れかえったアリスに俺はにやりと笑ってやった。