ディケライア社は銀河をまたに活動する惑星改造会社。 それゆえにその人材もアリスとローバー専務を見れば判るように、出身星が違い種族的特徴が全く異なる者も一緒に働いている。 多種多様な種族特性を持つ事は、顧客のニッチなニーズを理解しやすくなる利点もあるが、一つ大きな欠点もある。 それは生息環境。要は海の生物と、陸上の生物が一緒の場所で暮らせるかという基本的な問題。 俺ら地球人が快適に生きていくには適度な酸素があって、適度な重力と気圧、気温も重要となる。 だが宇宙人の中には純粋酸素でなければ死ぬという者や、逆に少量の酸素が猛毒って輩。 はたまた外気温が500度を下回ると体液が固体化するのから、-200度以上の温度では肉体が融解するという御仁。 1気圧で炸裂する者、圧縮される者、津々浦々。 さてではそんな性格以前に肉体的に合わない連中が呉越同舟よろしく、一緒の会社で仕事をしようとなると、一件不可能にも思えるのだが、そこはオバテクというか反則的な宇宙人共いくつもの手があるらしい。 代表的な物をいくつかあげてみれば、部署事に同系統種族で固めて専用環境艦や作業場所を作る。 リアルの肉体を凍結保存し、数多の環境に耐えられるように作られたサイバネティック・オーガニズム、いわゆるサイボーグに精神体を移すという、オカルトのようなSF技術。 そしてある意味で地球人でもお馴染みな、何でもありなVR空間を介したコミュニケーションの確保といった形だ。 ちなみにディケライア社の場合はこの上記の方法を併用しているとのこと。 通常業務は各部署事に別れた完全分業とし、合同作業にはサイボーグ、簡単な会議やコミュニケーションなどは創天内の専用VR空間と。 各部の部長とローバーさんの計7人が集まって、これからの先を決める重要な会議も、ご多分に漏れずこのVR会議室で行われていた。「これ以上ここにいても先はないでしょ! 航跡をたどり、敵を壊滅させ星を取り戻すのが一番手早い! 一族郎党全ての首を持ち帰ってあげるっての! それが姫様の為でしょうが!」 何とも勇ましくも物騒な発言を発する20代前半ぐらいの女性。 薄紫ショートヘアーで凛々しい顔立ち。血気盛んにぎらぎらと輝く目元と肩掛けしたコートといい、どこかの青年将校を思わせる鋭い威圧感を放っている。 しかしその頭頂部にはセントバーナードのような垂れ下がった犬のような耳。実に似合っておらず、なんというかシュールだ。 手元の資料によるとこの獣人型女性はディケライア社星外開発部部長シャモン・グラッフテン嬢。 星外開発部は宇宙空間における開発作業を管轄、施行する部署。 惑星の移動や位置調整。星系内、星系外両航路開発や中継ステーション製造をメイン業務とするが、他にも資源強奪犯。いわゆる宇宙海賊や、他企業や他星系政府から妨害行為に対する防衛も含まれているそうだ。 なんでそんなに物騒なこともやっているかというと、星外開発部は創業者の一人である帝国のお姫様に付き従っていた旧帝国軍親衛隊がその基になっているからとのこと。 先代の事故の際に大半の所属部員が巻き込まれた為に、人員は激減しているが、士気、戦闘力はいまだ高く、ディケライア社一の武闘派部署であり、そのトップであるシャモンさんは、無手でも戦艦の一隻ならば単独制圧できる化け物じみた戦闘能力を有し、アリスに対し絶対の忠誠心を持つ真面目人間だそうだ。 彼女の前ではアリスへの発言に気をつけないとVR越しでも俺の脳内ナノシステムを掌握して仕留めかねないというのが、リルさんからの情報+忠告。 何時もの調子でうっかりからかったら殺されるって、どんだけ危険だこのイヌ娘。 「だーかーらその航跡が拾えないんだってば……残留反応から持ち去られた時間を調べるのが精一杯……で、その結果がボクらが今回の仕事を請けおったのとほぼ同時期……時間が経ちすぎ……第一こんな遠方に速攻で仕掛けられる連中なんだから……跳躍航跡も用意周到に消してあるに決まってんでしょ」 疲れ切った声を上げて無理だと返したのは調査探索部部長クカイ・シュア。 こちらは見た目はなんというか緑色のゼリー。もっと簡単に言えばグリーンスライムだ。 アリスの解説によれば、普段なら人形態を取っているそうだが、疲れ切っている時や精神的に落ち込んでいるときは形態維持をする気力が湧かずに、本人的に一番楽なこのような状態になっているらしい。 人間形態の映像を見せて貰った感想は、何とも元気そうなお子様といった所だが、なぜか映像が男女の二つあった。 アリスに確認した所、クカイさんは雌雄同体種族でその日の気分で変わるらしい……宇宙って広いな。 そんなクカイさんが率いるのが調査探索部。読んで字のごとく星域調査や資源探索を専門とする部署。 クカイさんらの軟体ボディーは、空間の歪みや埋没資源の出す微弱な反応を拾う事に適している生体ダウジング種族とでも言うべき特性を持つらしい。「じゃあ判るまで、やんなさい!」 そんな疲労困憊?したクカイさんに向かってシャモンさんは無慈悲にも言い切った。「うぁ…………イコ兄、説得は任せた」 絶句したのかうめき声を上げたクカイさんはその色が緑色から薄いブルーに変わり、力なく伸ばした触手でテーブルの一角を指さす。 クカイさんの触手が指す先には金色に逆立った短髪で、金属めいた銀色の肌をもつ長身の若い男。 こちらは資材管理部部長イコク・リローア。 衛星級の大きさを持つ創天は、船というよりも巨大な都市。その内部には外宇宙艦から星系内専用の内宇宙艦まで数百単位で収納可能な宇宙港もある。 また巨大な工場区画も存在し、小型艦の製造、補修から、惑星改造に用いる各種機材や生活物資の生成まで手広く行えるそうだ。 宇宙船から今日の晩飯まで。ディケライア社全体の燃料から機材までを統合管理する部署とのこと。 直接的な業績として目立つ部署ではないが、創天を縁の下で支える土台的な部署が資材管理部でイコクさんは種族的にみればまだ血気盛んな若者らしいが、兄貴肌で重要な資材管理部のみならず会社全体の若い連中をまとめ上げてくれている、信頼が置ける人物というのがアリスの評価だ。「こっちに振るな……シャモン。資材管理部としてもこれ以上お前の我が儘に付き合えん。だからその提案は全面反対だ」 一気に言い切ったイコクさんの言葉で、シャモンさんの目から隠しきれない怒りが滲んでくる。 端で見ているこっちが背中に冷や汗をかくような鋭い視線なんだが、イコクさんは平然とした顔で真っ正面に受けて立つ。 筋肉質の体格を窮屈そうに作業ジャケットに納めたその姿は、ぱっと見には俺ら地球人と肌の色位しか変わりないように見える。 二メートル近くはあるだろう巨体に女性の胴体よりも太い二の腕やら、熊でも絞め殺しかねない大胸筋など、アメプロのレスラーだと言われたら素直に信じるレベルだ。 ところがこの御仁、リアルでの体格はさらにマッシブ。 身長は40メートル。体重3万5000トンの生体金属星人……いわゆる鋼鉄の巨人らしい。 ウサギとイヌの獣人に、スライム、さらに金属の巨人と。なんともファンタジー色の強い面々だ。 「じゃあんたらはこのままここで手をこまねいて返済期限を迎えて、社を潰せとでもいうの!? 姫様を悲しませろっての!? 帝国軍人末裔としての誇りを忘れたの!?…………巫山戯た言動を漏らすのど笛はいらないわね! かみ切ってあげるからそこに並びなさい!」 頭のイヌミミを立ちあげたシャモンさんが、口元の犬歯をぎらりと輝かせる。今にも真正面から噛み殺しかねない獰猛さは肉食獣そのものだ。「誰もそんな事言ってねぇだろうが。第一俺らは軍人じゃねぇし、そもそも帝国国民だったことすらないっての……このバーサーカーだけはホントに」 だがイコクさんはあきれ顔を浮かべ重々しいため息をはき出すのみで、そんな恫喝に全くびびっていない。 「…………そうだったっけ? う……えと……私の記憶違い?」 イコクさんの言葉にシャモンさんはきょとんと目を丸くして驚き顔を浮かべると腕を組んで悩む素振りをみせはじめた。 その内心を表す頭のイヌミミが情緒不安になったかのようにきょろきょろと左右に動いている。どうやら心底、意外だったようだ。 ……天然かこの人。 「あと手もこまねいてないぞ。今は反物質生成は自前の炉の余剰で作ってるだけで、作業船を飛ばす燃料のストックもあんまり無いから、安定供給のために先に恒星生成させろって提案を出してある。クカイもお前の無茶振りに答える傍らに、こっちの調査準備もちょろちょろやってんだよ。お前は会議資料はちゃんと読め。ガキの頃から本当に短絡的な奴だな……ちっとは成長しろや」「………………」 シャモンさんは頭のイヌミミをしゅんと落とし無言になるが、説教されたのが悔しいのか恨みがましい目を浮かべている。「睨むな。俺らが揉めたらお嬢が困るだろうが……とにかく資材管理部としては無駄に終わる可能性が高い調査に出す船や燃料はこれ以上ないからな。それだけカツカツなんだよ。お嬢に対するシャモンの忠誠心は買ってるし共感できるが、今回だけは無しだ。本気で後がなくなる」 ワイルドな外見に反して、どうやらイコクさんは結構理性的な性格か。 自分の意見を正確に伝えつつ、シャモンさんの心情は理解し共感しているとさりげなく伝え上手く宥めている。何となくだがこの人とは気が合いそうだ。「……あたしだって姫様を困らせるのは本意じゃない。案があるなら文句はないわよ、クカイ。イコク。ごめん」 イコクさんからの忠告を受け取ったシャモンさんがばつの悪そうな顔を浮かべてから、それでも反省したのか二人に深々と頭を下げてから着席する。「おう。で専務。資材管理部としては言ったとおり暗黒星雲内から原始星を適当に引っこ抜いてきて、企画部と星内開発部に恒星化してもらいたいんだが許可は出るか?」 シャモンさんの謝罪に鷹揚に返事を返したイコクさんは、次いで椅子の上にふわふわと浮いてたたずんでいたローバーさんへと話を振る。「それについては、イサナ部長とノープス部長から反対案が出ております。まずはイサナ部長お願いします」 司会進行役を務めるローバーさんは部下に対しても変わらない丁寧な言葉で、「はい専務……」 ローバーさんに指名され声を上げたのは一匹の鯨。 しかし鯨と言ってもただの鯨じゃない。提灯アンコウのように頭から触角が生えており、しかもその先端には人間の上半身ぽい輪郭の発光体がぴかぴかと光る。 半漁人もしくは人魚と呼ぶべきなのか迷うこちらは、イサナリアングランデ星内開発部長。 シャモンさんの星外部と対をなすのが星内開発部。 惑星改造会社にとって重要な、惑星の開発、改善や動植物の散布、人工進化、増殖など星に関するあれこれをメインで行う部署とのことだ。 「イコク部長。星内開発部としてはそちらの案件には反対させていただきます。その理由としてこちらをご覧ください」 光っていて顔すらもよく判らない発光体部分が本体なのか、イサナさんは手を振って円卓の中央にライトーン暗黒星雲内の簡易3D星図を呼び出し、次いで細かなリストも表示した。「こちらは星系連合より提供された今後の開発予定図です。見ればおわかりと思いますが、すでにめぼしい原始星は、中継地への利用計画が立案されております。現状所在判明している他の原始星も短期間での恒星化には些か適さない軽質量星です。無論時間と予算をいただければ可能ではありますが、位置的にはどうでしょうかシャモン部長」「……運搬が困難。互いの重力バランスも考慮をしないと航路予定地や中継ポイントにも影響が出るかも。この近隣はただでさえ難所だから下手に手を出せない。抜いてくるのは難しそう」 ちらりと地図を見たシャモンさんは悩む素振りも見せずあっさりと断言する。武闘派一辺倒かと思ったのだが、この人案外優秀か? 「やはりそうですか。ではクカイ部長。開発予定星域から外れたこの辺りを調査し、原始星を発見し、さらに運搬が可能になるまでの高い精度の周辺星図を作成するにはどのくらいの期間が必要となりますか?」 さもありなんと発光体部分でうなずいたイサナさんは続いて、航路予定地よりずいぶんと外れた場所の一部を拡大してぐったりとしているクカイさんへと尋ねる。 イサナさんが拡大した部分の暗黒星雲はマーカーで塗りつぶしたかのように真っ黒で、なんの情報も表示していない。「ここ? ……やれなく無いけど時間がかかるよ。この辺り星間物質とかガスが濃すぎてたぶんまともに調査できないか、採算が合わなくて調べてない場所ぽいね。今のうちの人数じゃ、今期が終わるまでに調査できたらラッキーってとこ。人もしくは時間が足りない。はっきり言っちゃえば両方とも無いから無理無理」 かなり軽い口調で頭?の上でクカイさんが触角を左右に振って否定した。「お二人ともありがとうございます。以上の理由から私共星内開発部では、資材管理部のご要望である反応物質製造用恒星生成は、技術的には可能ですが、他の条件が難しく妥当な提案ではないとの結論に至りました。利用目的も反物質の安定供給と言うだけでは、対費用効果も低く、現状では優先度は低いと思われます。ですから反対票をいれさせていただきます……専務。以上です」 イサナさんは発光体をちょこんと曲げてお辞儀めいた物をして話を締めくくる。 物腰は落ち着いた物で丁寧、理論的、しかし結構ずばずばと切り込んでくるタイプか? 「…………ぐうの音も出ねぇなこりゃ。でノープス爺さん。あんたの方は?」 反論の余地がないと天を仰いだイコクさんは、ゴツゴツした岩のような手で髪を掻いてから、イサナさんの右隣へと目を向ける。 そこにいたのは透き通ったガラスのような透明な身体に仙人のようにも見えるエイリアンヘッドな長い後頭部を持つ爺さまだ。 爺さまの前にはグラスと酒瓶らしき物が置かれているんだが、どうやら会議中にも関わらず一杯やっているようだ。 このご老体は、ノープス・ジュロウ企画部部長。 この人の役割は一言で言うならば星デザイナー。恒星や惑星をどういう順序で改造していけば目的の形へと成形できるかの道筋を立てる、重要かつ極めて難しい専門知識を求められる部署とのこと。 アリス曰く、実績、技術とも銀河でトップクラスのデザイナー。普通なら一万年位で人生をリセットする者が多い現宇宙において、すでに数十万年周期で記憶を継続させている、惑星改造業界の生き字引的存在。 そんな大層な爺さまがどうして潰れかけのディケライア社に在籍しているんだと聞いた所、アリスが社長に就任してからすぐに、ディケライアには若い頃に世話になったから力を貸してやるといってふらりと訪れたそうだ。 義理に厚い性格には感謝だが、その入社経緯を見ても判るように、変わり者を地でいく人で、仕事の選り好みも激しく、新しいもしくは難しい仕事でなければやる気が起きないという難儀な悪癖持ちとのこと。 「つまらん。たかだが燃料取りのために太陽を作れなんぞデザイナーとしての血が騒がん。もっと面白そうな仕事を持ってこんか」 実に退屈そうな表情で単刀直入にノープスさんは答えつつグビリと杯を傾け酒盛りを続けている。 「どうせ作るならばいっそ盗まれた星系を丸ごと作らせい。寸分の狂いもなく再現してみせよう。その方が美味い酒が飲めそうじゃ」 かっかと笑うノープスさんは実に楽しげだ。やり甲斐のある仕事に美味い酒って人生を謳歌しているなこの人。 うん……こりゃ難儀だわ。マイペースすぎる。煽てて仕事をさせようとしても、ノラリクラリと躱されそうだ。本気で面白いと思わせる仕事を用意する必要があるようだ。「星系全形成はそりゃ俺も考えはしたっての。けどよぉ……サラス部長。そこまでの金って出ます?」 ノープスさんの提案にイコクさんが困り顔を浮かべて、会議場の上座へとちらりと視線を飛ばしつつ、おそるおそるといった表情で聞く。 上座には専務であるローバーさんとその左隣にもう一人。 そこに腰掛けるのは薄紫色の長髪の頭からピンと出たイヌミミを立てる外見二十代中盤の一人の女性。 冷ややかと言うよりも険しい目つきは猛禽類。 ただ座っているだけなのに全身からうっすらと殺気を放っているかのように張り詰めた威圧感。 何とも怖いこの女性はサラス・グラッフテン経理部部長。 名前と似通った容姿から分かり易いが星外部部長のシャモンさんの母親だ。 ディケライア社の中核をなす経理部の女帝で、ローバーさんと共に先代の頃よりディケライアを支え、今はアリスを補佐してくれている人だという。 しかしどこか抜けていて、ある意味で操りや……親しみを覚えるシャモンさんと違い、母親であるサラスさんには隙を感じない。「経理部は今回の新規案、全てに反対する。我が社の財務状況を鑑みるならば、これ以上無駄な足掻きをする余力はない。私の案は以前の会議と変わらない。姫様の能力安定のためにもパートナーである現地生物の早急な確保後の、惑星G45D56T297ー3の売却益による財務健全化だ」 この会議が始まって初めて声を発したサラスさんは有無を言わせぬ強い声で告げる。 威風堂々としたその物言いは思わずハイと返事を返してしまいそうになるほど。 だがこの人の言っている事は、ようは地球は売れ、んでアリスのパートナーである俺はその前にアブダクションしてこいと。 うむ、何ともはっきりした人だ。俺としちゃ到底受け入れがたい物だが、ある意味ここまで力強く言い切れるのは感心する。「母さん! だからそれは両方とも反対だって前もいった! その惑星の売却は姫様が嫌がってるんだし、姫様が選んだのってそこの原生猿人なんでしょ!? 未開惑星から初期文明種族を研究目的以外で連れ出すなんてただの犯罪! 姫様を犯罪者にする気!?」 異議有りとばかりに机をばんと打ち鳴らしシャモンさんが立ち上がり、サラスさんに指を突きつける。 やはりあちら側から見ると地球人って猿か。間違っちゃないわな。確かに猿の進化形だ。ここまではっきり言われると腹もたたない。 というか、未開惑星から連れ出すのって場合によっては罪になるのか……しかしそうなると俺の今の状態とか犯罪性ってどうなんだ? ネットで繋がっているだけだからセーフなのか、それともリルさん辺りが上手くごまかしてくれているんで大丈夫なだけなのか。「相応のリスクはあるのは承知の上です。ですが益の高さは群を抜く。姫様の琴線に触れた理由は存じませんが、ディメジョンベルクラド能力の増加率はデータとしてはっきり表れています。これらの事実からもっとも有効的な方法を選択するそれだけの事です」 この二人その精神的ベクトルは違うが、意思の篭もったはっきりした物言いは確かに親子だと感じさせる。「はっ! 母さんお得意の合理的な考え? バカじゃないの!? いくら同族同士の抗争で全滅しかねない低脳生物でも、自分の出身惑星と同族を壊滅させる相手に素直に尻尾を振ると思うの!」 バッサリと切り捨てられたシャモンさんがそれでも牙を剥いて食い下がったが、その瞬間サラスさんの目に冷ややかな寒気が生まれる。 「いくらでも手はあります……周囲に裏切られ絶望し憎悪し、寄る辺が姫様しか無くなれば、喜び勇んでその庇護下に入るでしょう。その程度の裏工作などさほどの手間でもありません。ましてや精神防御技術もない未開惑星。この場でもすぐに指示を出せます」 ぞっとする寒気が背中を奔る。うん。やべぇ。この人かなりまずい。 何を仕掛けてくる気か知らないが、ちらほらと漏れる不穏な言葉から相当えぐい真似をしでかす気だってのは判る。「っ!? そ、そんな真似をして姫様が喜ぶと思ってるの!? あたし達は姫様を護る存在だっていったのあんたでしょ! 姫様の後見人になったからってなんか勘違いしてない!?」 不穏なサラスさんの発言に、シャモンさんが切れた。 実の親に対してあんた呼ばわりしている辺りが、その怒りの強さを感じさせる。 「思い違いをしているのは貴女の方です。我らは姫様の歓心を得るために存在するのではない。例え主に憎まれ疎まれようとも主のために尽くす。それが我が一族の矜持です。愚直な力押ししか思いつかない貴女は黙っていなさい」 だがそのシャモンさんの燃えるような怒りとは対照的な冷徹で寒気を催す怒気を込めサラスさんが反論する。「っ、こ、この! ぶっ殺す!」 その瞬間、シャモンさんが席を蹴倒してサラスさんに襲いかかった。 記録映像が終了すると、周囲の景色が一瞬歪んで回転してから創天のVRブリッジへと切り替わる。「シンタ。お帰り……すごい揉めてたでしょ? この顛末、後で聞いて無理してでも出ればよかったって後悔だよ」 ため息交じりの困り顔を浮かべたアリスが俺の目の前に現れる。 俺が見ていたのはつい数週間前に行われた、ディケライア社の専務、部長クラスのみの方針会議の記録映像だ。 この時アリスは各部の出した調査船などを跳躍させるために、ディメジョンベルクラドの力を酷使しすぎてダウンしていたそうで、会議には欠席だったそうだ 記録というには臨場感がありすぎるのはさすが宇宙製という所か。「なんか俺達の戦いはこれからだってって感じで打ち切られたんだけど、この後どうなったんだ?」 襲いかかったシャモンさんの鋭い爪がサラスさんの首に触れる直前で、記録映像は唐突に途切れていた。あまりに不自然な切れ方は何らかの意図を感じる。 血の繋がった親子の壮絶な殺し合いでも展開されて、あまりの凄惨さに記録を消去でもしたのだろうか。「あー……この後シャモン姉がサラスおばさんに精神的にも肉体的にも一方的にぼこぼこにされるパターンだったから割愛したんだと思う」 『シャモン様は我が社でもっとも戦闘力の高い星外開発部の長ですが、お母上であるサラス様もまた先代の星外開発部部長。しかも歴代最凶とまで謳われ、ディケライアの悪魔と他社からも恐れられた方です。シャモン様が打ち倒すには直接戦闘、舌戦共に実力、経験不足気味かと推測いたします。毎回毎回一方的で面白みはありませんが三崎様がご希望なら記録映像を各種ご用意いたしますがいかがなさいますか?』 補足をいれてくるリルさんも機密という雰囲気ではなく、つまらないからカットしたと言わんばかりだ。「サラスおばさん容赦がないからなぁ。シャモン姉はシャモン姉でおばさんにコンプレックスあるから、負けるの判っていてもすぐ張り合うし」 アリスは何ともいいがたい微妙な表情でウサミミで頭を掻いている。あんまり緊迫感を感じ無いその様子からも、どうやら嘘はなさそうだ。「シャモンさんって戦艦単独で落とせるとか言ってたよな。それを子供扱いってどんだけだよ……つーかお前そんな化け……人を相手におばさんってよく呼べるな」 思い出しただけで寒気を覚える雰囲気を持っていたサラスさん相手に、どうにも暢気なアリスに呆れてしまう。「おばさんって、仕事の時はたしかにえげつなくて鬼とか悪魔なんて言われてるんだけど、プライベートは真面目だけど優しい人だから。それにサラスおばさんってあたしのお父さんの妹なんだもん。だからおばさんって間違いじゃないでしょ」 アリスの発言に俺はつい言葉を無くす。 サラスさんはアリスの父親の妹。そしてサラスさんの娘であるシャモンさんは、つまりはアリスの従姉妹になる。 ということは……………「お前。自分の叔母と従姉妹に『姫』呼びさせてるのかよ。正直引いたわ。ミヤさんじゃねぇんだからよ。お嬢はともかくとして姫は無い。姫は」 俗に言う姫プレイヤーにはあまり良い思い出がない俺としちゃ、自分のことを姫と呼ばせているだけでもかなり減点要素なんだが、まさかアリスがそういう人種だったとは。 現役時代はそんな兆候はなかった思ったんだが、それともGMとプレイヤーと離れている間に姫プレイヤーに墜ちやがったか?「ちょ!? みゃーさんと一緒にしないでよ! あたしは嫌だって言ってるのに、あの二人が五月蠅いんだってば! 公の場だけでもいいから、ちゃんと呼ばせて欲しいって!」 どん引きしている俺に心外だと言わんばかりにアリスが抗議の声を上げる。 「本当かよ……ん? あの二人、なんか反りが合ってないけど、その辺は一致するのか」 今度元ギルメンである大学時代の後輩にでも確認してみようかと思いつつ、アリスが漏らした一言が俺の気に掛かる。 どうにも感情的なシャモンさんと、合理的という名の非情さを持つサラスさん。 親子と言えど殴り合いの喧嘩をやらかす位だから、全くの別タイプと思うんだが。「本当だってば。もう……おばさんとシャモン姉はなんて言うか根っこの部分は同じかな。基本的に真面目だから。それに二人ともあたしの事を本当に考えてくれてるの。でも考え方が違うからすぐに揉めるんだけどね」 困っていると眉を顰めつつも少しだけはにかんだ笑顔でアリスは答える。 この表情はあの二人にアリスが信頼を寄せている証拠だろうか。「あ、でも心配しないでね。おばさんは地球売却を進めようとしてるけど、あたしは反対だから。絶対売らせないから」「売らせないって言ってもなぁ、あの会議を見た感じだと、あんまり建設的な案が出てない様子だぞ……リルさん。あの後に合同会議ってあったんですか?」『いえ、今現在は行われておりません。シャモン様が話にならないとボイコットしており、地球売却反対派としてイコク部長、イサナ部長も同調しております。賛成派はノープス部長とサラス様のお二人。クカイ部長は保留。ローバー専務は議事進行役という立場上中立を保っておられますが、心情的には反対派のご様子です』 ボイコットね……これがローバーさんが言ってた社内の不協和音か。これをどうにかするために慰労会を開催しろと。「リルさんすみませんもう一つ聞きたいんですけど、俺をこっちに攫ってくるって案もありましたよね。あれの賛成と反対はどうなってますか?」『賛成派はサラス様、イコク部長。残りのシャモン様、ノープス部長、イサナ部長、クカイ部長そしてローバー専務は反対派に。それぞれ理由は異なるご様子ですが、社内は二つに分かれております』 二つの案で陣営がそれぞれ少し異なるか。こりゃまた難儀なこった。 しかもこの場合……「なぁアリス。今日の所は日頃の諍いを止めて、皆さん仲良くいたしましょうって俺がパーティを企画したら、宇宙的にはどんな反応になるんだ?」 「どんなって、そりゃ『お前が言うな』の総突っ込みでしょ」 まぁ、当然っていえば当然だわな。何せ揉めている案件はある意味俺が当事者、中心、台風の目。 なるほどアリスの忠告通りだ。こりゃ一筋縄じゃいかない。相当頭を使って考えないとローバーさんから合格はもらえず全部ご破算だ。 俺の持つアリスとの記憶も、アリスが地球で遊んでいた記憶も全てが消える。 後がない。追い詰められた状況。それが不謹慎だと思うが心底楽しい。 どうやって逆転してやろうか。 何を仕掛けてやろうか。 刺激された感性がいくつもの手を思い描いていく。この感覚は俺にとって慣れ親しんだ高揚感。 ボスを如何に攻略してやろうかと寝食を惜しんで考えていたプレイヤー時代。 如何にお客様を楽しませるかを常に考え続けていたリーディアンオンラインGM時代。 ユッコさん達の為にできることを考え、あちこちを飛び回ったここ数ヶ月。 俺にとって最高のメンタル状態が急速に組み上がっていく。 それというのも…………「シンタ。口元、笑ってるよ。で、どうするの? ずいぶん楽しそうだから基本の攻略ラインくらいはいくつか思いついたんでしょ。こっちでやることあるなら言って」 つい笑い漏らしていた俺にアリスが呆れたと指摘しつつも、楽しげにウサミミを揺らし始めた。 「おう。任せるぞ。ちっとばかし準備に時間はかかるかもしれないが、社内をまとめ上げるイベントを組んでやるよ」 こっちに合わせて即座に動いてくれる最高の相棒がいるからだ。