いきなり放り出された無重力部屋に対して、環境変化を察知したアナライザが自動発動。 だけど仮想ウィンドウに表示されるのは、不明や測定不能のオンパレード。 現在位置不明、室内面積測定不能、重力変動値不規則、室内温度絶対零度から摂氏5000℃の間で揺れ動き等々。 銀河文明じゃおなじみな空間湾曲拡張技術の賜のようだが、ここまで大規模な物は初めてお目に掛かる。 俺がつい先ほど入ってきたはずの扉は、当然のように背後から空間変動残滓すらなく消え失せているし、後ろに付いてくれていたはずのシャモンさんの姿も無しで引き離されている。 リルさんとの通信も復旧の気配すらなく孤立無援と。 何このラスボス空間? このシチュエーションならBGMはおどろおどろしいか、逆に荘厳か好みが分かれるところだろうが、どうやら部屋の主のお好みは無音のご様子。 耳が痛くなるほどに静寂に満たされた無重力空間の中、俺の目の前にはふわふわと浮かぶ綿雲のようなソファーに、完全に体を預けてだらけきったあくび混じりのレンフィアさんの声が響く。「連続跳躍で疲れてるから、難しいお話は後にして、まずはお茶でもしましょ。三崎君のことだから手土産あ……さすがグラッフテン。これくらいじゃ足止めにもならないわね」 逆さまになった俺に対して、先ほどと同じくお茶のお誘いをゆったりとした口調で申し込んできたレンフィアさんが、視線を右上の方に向ける。 その視線移動につられて俺も目を向けると、何もない空間に一筋の光の筋が刻まれる。線の中からは周囲の空間を歪めながら、ほっそりとした指を二本束ねた剣指が出現。 大して力も入れていないのか、軽やかに二本の指が開かれると筋に沿って、人が1人通り抜けられるワームホールが生成され、シャモンさんがそこをくぐり抜けて平然と姿を現す。「目の前で塞がれたのに、即時対応出来なくてグラッフテンを名乗れません……ところでミサキ、姫様が前にこの技『空間くぱぁ』とか読んでたけど意味って何?」 元々妨害にすらならないと予測していたらしいレンフィアさんに、シャモンさんも駆け引き抜きの素で返し、ついでに思い出したのかふと気になって俺に尋ねてくる。 銀河常識では、生身での空間干渉やらワームホール生成がマジで片手間どころか通常行動なのなグラッフテン。「あー……”ナニ”かを開く時の音の表現法のひとつです」「”何か”を開くって割には、ぐちゃってしてる感じだけど、地球人には全般的にそう聞こえるんだ、変わってるわね」「いや、まぁ日本限定……なのか?」 今また銀河に一つ大きな誤解を生んだ気もしなくもないが、限定用途の方を詳しく説明するほうと、どちらの変態度の方が高いのやら。 ただ一つ確かなのはアリスは後で説教プラスコレクション査察決定。エリスの教育に悪い物までため込んでいやがるな、あの多方面オタ。「アリシティアは相変わらず地球文化にはまっているみたいね。それで手土産はやっぱりそっち方面なのかしら?」 致死性トラップを仕掛け、貧乏なディケライアでは貴重な艦艇カーゴを潰したうえに、仲間から引き離しと、見事なまでのラスボス遭遇イベントムーブな、レンフィアさんは悪びれた様子もない。 相手を見下し、常に上から目線とかの女帝タイプってならまだ分かりやすいんだが、この人はいうなれば究極のマイペース。 常に自分のペースを一切崩さず、状況を俯瞰し、適当かつその場の判断で対応をするこれといった型がないタイプ。事前準備マシマシで相手に合わせて、臨機応変に策を立てたい俺が苦手とする相性の悪い相手だ。 さらにいえばこっちに来てというか生き返って半世紀、いくら無重力空間にも慣れて来たとは言え、アウェー感マシマシなこの天地が定まらない感覚は、どうにも交渉時には不安要素の一つ。 だけど弱点をそのまま放置で武力で殴る脳筋プレイは、俺の趣味でも無し。かといってこちらの得意空間、普通の地球環境に合わせてもらうってのも相手へのリスペクトがない。 相手のフィールドを攻略しそれに合わせた特化武器作成が俺の選択。 レンフィアさんが無重力空間を好むってのはリサーチ済み。 「あーならまずは、密閉空間って作成できますか。飛び散りやすい細かい細工が売りの地球産の新作お茶菓子をお持ちしましたので、出来たらこのくらいの大きさが欲しいんですけど」 俺は手を広げて1メートルほどの空間を指し示す。手土産って言うにはちょいと大きめだけど、インパクト重視だ。 頼まずとも銀河中の珍品名品が集まってくる誰も否定する余地など一切無いダントツの業績を誇る銀河トップ運送会社の経営者相手に、辺境惑星である地球が差し出せる代物なんぞ、そうはない。 ならばこっちが差し出すのは文化、歴史そのもの。 俺の要請にレンフィアさんがうなずいて軽く指を振ると、俺たちの間の空間が軽く歪み、透明フィルムのように薄い膜で出来た球体が出現する。 確かこれは有機生命体用栄養補給時補助なんちゃら機構だかとか言う、ご大層な名前が付いているやつだ。 この透明フィルム内に納めた食品は、固体だろうが液体だろうが、一口大に切ったり、スプーン一杯分取ろうとも、その大きさ、形状にぴったりと合わせた人畜無害無味無臭の透明な膜に包まれるので、無重力空間でも飛び散らないで普通の食事が可能となる便利機能。 もっともわざわざこれを用意するより、重力を発生させた方が安上がりかつ簡易なのが宇宙文明。 星を、地上を最上の物と考える大抵の種族は、擬似的だろうとも重力空間を好むのだが、一部には無重力空間での生活を楽しむ好事家ってのもいるようで、レンフィアさんはその典型的な御仁。 アリスの事前情報に嘘偽り無しと……うむ、さっきの教育的指導と相殺して、よほどマニアックな物以外は見逃してやるか。 仲良し夫婦のこつはどれだけ寛容になれるかという先輩方のアドバイスを思い出しつつ、俺は仮想コンソールを叩き、空間湾曲ストレージ機能を立ち上げ、その中からお目当ての手土産、レンフィアさん向けの特効武器をフィルム内へと出現させる。 現れたそれは絹糸のように細い飴細工の球形かごで形作られた黄金宇宙。 その内部空間には、在りし日の太陽系が浮かぶ。 オレンジ色の大きなパンプキンパイを太陽に見立て中央に鎮座。 8つの惑星、5つの準惑星には、世界各地から死後スカウトしてきた菓子職人たちによる、葛餅、マカロン、月餅、グラブジャムンやらの多様な文明を表す各国のラインナップ豊かな菓子類。 そして数え切れないほどの小惑星には金平糖やらキャラメリゼされたナッツ類やらと小さくとも存在感ある小振りの菓子。 その中には今回の無茶ぶりに答え、我の強い職人さんらをまとめてくれた百華堂火星支店の香坂さん新作和三盆干菓子『紗星』も並ぶ。「銘『太陽と星々』。地球文明初の無重力空間専用菓子詰め合わせの試作品となります」 俺たち地球文明の名刺代わりとなるそれは、東西の熟練菓子職人達によって制作された菓子の天球儀。 無重力専用と謳うのは伊達じゃない。文字通り宙に浮かぶ菓子をつなぎ止めるのは、目に捕らえにくいほどに細い飴糸。 少しでも余計な力や重力が掛かれば崩壊する繊細なバランスと、計算され尽くした見た目が描き出した一品物の芸術品。 しかもこれは宇宙において尊ばれる、百パーセント人の手により作り出された代物。 なによりかつて俺の命を救うために無くしてしまった太陽系のあるべき姿。 恒星を失い窮地に陥った地球文明に対して、俺とアリスが目指すべき贖罪にしてゴールの形。 新たな太陽を生み出す第二太陽系作成への誓いを込めた渾身の一品。 これに対して、宇宙人二人の反応は、 「また食べるの恐ろしくなるとんでもない高価な代物を持ってきた……食べたくても食べさせないための嫌がらせ? 地球人の指って実は百本くらいに分裂したりしない?」「恐ろしい事に片手5本の指でこれやってますよ。どれだけ器用なんだか」 地球人へのどん引きと、片手、指二本でワームホールを作り出すシャモンさんにだけは言われたくない評価だった。 いや、まぁ俺らもアイデア出して、こんな感じでと注文を出したら、その想像を遙かに超えてくる完成品を見た時には、正直なんつー物作ってんだこの爺様共と唖然となったことはなったが。 文字通り第二の人生を謳歌どころか、神職人ばかり集めた所為で、意地の張り合いやら負けん気やら、リスペクトやら刺激しまくりで、あの年齢でも皆様方まだまだ進化を続けている当たり、パワフルなお年寄りに感謝だ。「生菓子も多くて、時間停止空間にでも入れないと日持ちしませんので、どうぞお気軽にお試しください。地球文明が存続する限りいつでも提供できますから」 直接的すぎるが地球文明延命のために協力を要請しつつ、俺は一礼をしておく。 ちなみに自分達の星系系を模したこの【星系菓子】は、各星系国家政府やら代表企業主催のレセプションパーティー用に作成しますと売り込み予定中。 こいつをスタンダードに出来れば、物を売るよりもさらに大きな効果が生まれる。 つまりは地球発祥の一つの文化が、宇宙文明に刻まれるということだ。 いうなれば最高難度天帝レベルの宇宙文明には科学、武力では到底かなわずとも、文化勝利を目指すルートでは必須な文化爆弾を生み出す為の第一歩だ。「こっちがびっくりさせようとしてるのに、簡単に超えてくるわね。全くあの子と同じで可愛げの無いこと。二人とも座りなさいな。宇宙でもっとも高価なお茶会をはじめましょ」 眠たげな表情は変わらず、どれだけダメージを与えたのか今ひとつ不明なうえに思っていたのとは違ったが、とりあえずレンフィアさんから、流れの主導権を取るって目的は達成できたので良しとする。 こっちはとりあえず先制攻撃は何とか成功。 さて、アリスの方はどうなっているやら。そろそろシャルパさんとエンカウントしたころかね。