花弁にも似たメイン可動埠頭は、接岸した艦への物資やエネルギー補給以外にも、当然といえば当然だが、人の移動のためにも使われている。 通路が繋がれば創天の船内でも用いられているカーゴが使用可能なんで、移動は楽々。 もっとも大、小、どころか適正環境様々な生物様で溢れかえったこの大宇宙。移動用カーゴ1つとってもラインナップが豊富なこと豊富なこと。 電車のように見えるオーソドックスな物から、内部が水で満たされている水棲人型、幾重にも熱遮断シールドが張られた極低温型に逆に高温型。 この辺りはまだ創天でも常用している類のカーゴだが、中で爆発が連続しているのやら、竜巻みたいな強い風が吹き荒れている様子が見て取れるカーゴにはどのようなお客様が乗っているのやら。「見たことないタイプと結構すれ違いますね。リルさん火星上陸ご希望なお客様はどんな塩梅ですか?」『フォルトゥナから送られてきました第一陣リスト一万二千名様から、出身星事に並べ直します。一般乗員の休暇取得を優先。また研修生は、上陸希望者の中から、第一陣は成績優秀順を主に選抜しているようです。現段階では第二七陣まで要請をいただいております。こちらはフォルトゥナ全乗員の12%に当たります』 仮想ウィンドウに表示されるリストには、出身星系、惑星の身ならず、さらに細かく聞き覚えのない地域や国家の名前もぞろぞろ。 恒星間航行が当たり前の宇宙文明でも適正環境ではなかろうとも、ちゃんとした大地や大気がある星に降りたくなるのは、生物の性ってやつかね。 しかしディケライアも多種多様な星域出身者で溢れかえっているが、さすが銀河最大の運送会社バジルエクスプレス所属の最新鋭フラグシップ兼ディメジョンベルクラド養成所。 その人数、ラインナップが文字通り桁違い。レンフィアさんはどこまでこの銀河に根っこを伸ばしているのやら。 もっともこっちはそれが有り難い。レアな地域との繋がり、さらに生の声。 銀河全攻略手順の大幅な省略に繋がるので、満足してもらえるように全力で行来たいところだけど現段階で上陸要請は第27陣まで。 人数を分けてもらったのは人数分の高性能ナノセル義体を用意するためと、こっちの受け入れキャパの限界もあるからだが、それでも参加者はフォルトゥナの全乗員1割強。 残り9割は興味なしか、辺境星の落ちぶれた惑星改造会社には期待していないって所か。 それともう一つ気になるのはリストの中に、レンフィアさんの名前がないこと……試されてるなこりゃ。 適当にリストをスクロールしていく中、唯一知っている名前を見つけて、つい指を止める。 その瞬間、向かいの座席に座った不機嫌なシャモンさんの舌打ちが響いて、思わず顔を上げると、ばつの悪そうなシャモンさんと目が合った。「……何よ」 根が深い問題で反射的に謝るのは選択ミスも良いところ。CG全コンプを目指すアリスならともかく、俺は最短ルートご希望な効率優先派。「いえ、かなり珍しい辺境域の方もいらっしゃるみたいですけど、細かなご要望に対応できそうですか?」 あくまでも仕事の体をとる社畜処世術を選択。もっとも気になっているっちゃ気になっている分野なのは間違いなし。 火星へ降り立つといっても、生身のままで火星環境に適応できるのはごく少数。 合わない人にはクリアな感覚転換が出来る環境対応型ナノセル義体を用意しているが、本来の身体でも楽しんでいただける切り札が、うちの娘様が今絶賛隔離中の特別地区火星第6ブロック。 広大な火星の海に点在する諸島群は、それぞれが独立し、異なる惑星環境を再現、維持できる環境生成機能を持ち合わせたコロニー群になっている。 問題はご出身星の主立った環境を元に作り上げているが、それはあくまでも惑星単位での話ってところだ。地域差や個人の好みまでは、さすがに設定していない、というか出来無い。 熱いのが好き、逆に冷たい方が良い。海の匂いがする方が良い。逆に潮の香りが嫌だ等々。 地球人に置き換えて考えてみればわかりやすいが、ただ単に生活、生存できるっていうなら振り幅は大きいが、こちらが提供したいのは、生身でリラックスできる環境。 出身惑星の基本設定で滞在していただいたとしても、何か不満があったとき、感覚が違いすぎて微調整に苦労しそうな事なんだが、 「クカイが何とかするわよ。あいつ普段はアレでも、相当優秀な適応調整能力があるから」 軟体生物なクカイさんはあらゆる環境に対応が出来るって話だが、シャモンさんは信頼しているようで任せておけば問題ないと不機嫌ながらも断言してくれた。 なら雑用係の俺の仕事はクカイさんが楽に動けるように、お膳立てを整えることか。「アンケートを取るのは決定路線でしたが、少し変化を加えてちょっとイベント組み込んでみますか」 レンフィアさんを攻略する為の手順は決めていたが、それを少し変化させるか。こっちが欲しいのは何でもいうことを聞いてくれる使い勝手のいい駒じゃない。 一緒に絡んでいて楽しい遊び相手。となるとだ…… 少し気になっている部分を補足するためにバルジから回ってきた組織図などを確認している間に、俺たちの乗っていたカーゴはフォルトゥナ船内へと音もなく滑り込んでいく。 調べ物の手を止めて、俺はカーゴの外、フォルトゥナの内部構造へと目を向ける。 創天がディケライアの本社として定住前提で、都市を意識した設計だとすれば、フォルトゥナの第一印象は効率を最優先したシステマティックな宇宙港。 八画の棒状になった中央デッキを中心にその一面ごとに、全長二〇〇㎞クラス星間移動大型輸送母艦が地平線の彼方まで停泊している。 大型輸送母艦の一隻が中央ハッチを開いていて、内部が見えるんだが、星系内短距離輸送艦をびっしりと搭載していた。 『バルジエクスプレス公式発表によりますと、フォルトゥナ級の輸送能力は、星系連合標準値星系が必要とする一期分の資材を一隻のみで運搬が可能となっております。現在の主要超大型輸送艦4隻分とほぼ同等。また運用コストは主要輸送船一隻と比較して微増となりますが、全体で計算した場合に、コスト大幅減を可能と謳っております』 超長距離跳躍を可能とするフォルトゥナによって長距離を跳躍、その後大型輸送母艦が各星系方面に向けて分離、小型艦で荷積み荷下ろしをして行くというのが基本方式と、レンフィアさんからは聞いている。 大元となるフォルトゥナは、最低でも数十、事情が許せば数百隻態勢にして、銀河全域に巡回コースを作るとかいっていたな。 銀河要所に超巨大な移動拠点兼集配所としてフォルトゥナを配置。 単艦でも銀河横断が可能な大型母艦で細かい依頼や急を要する依頼にも対応。 大型母艦は、バルジエクスプレスの基準艦のみならず、現在銀河系で使われているあらゆる輸送会社の船と補給、ドッキングのみならず補修まで可能。 「本気で銀河全域の運送業界を牛耳りに来てるなレンフィアさん」 アリスの両親が健在だった頃ならいざ知らず、今の吹けば飛ぶようなディケライアと比べて、でかすぎる相手。 レベル差が違いすぎて、真っ正面から挑むのは無謀な状況。テイミングには相手よりレベルが上が必要ってか。 ただこっちの手にはそれでも釣り上げるための餌がある。 ほぼ王手を掛けているレンフィアさんは、トランプで例えれば無限にカードを引く権利を持ってポーカーをしている勝ち確状態。 だけどまだ足りない物がある。 ガワは作れたが、後は中身。つまりは超長距離跳躍をナビゲートできるディメジョンベルクラド。 こればかりはすぐに優秀な人材を山ほど揃えるのは難しい。掘り起こすために、実習制度を作り、学校なんて開いているくらいだ。 そんなレンフィアさんが喉から手が出るほどに求める物を、ディケライアは複数所持している、 銀河の端から端に、太陽系の惑星数個を飛ばしてみせた実績を持つアリス。 超長距離跳躍実験艦送天。 アリスのパートナーの俺。 俺とアリスの愛娘エリス。 さらにナビゲータの力を増大させるパートナーとして適正を持つかもしれない地球人。 無限のカードを持っている相手に、5枚のカードだけで挑むなんぞ無謀かもしれないけど、最強の手が、特効武器の強さがあればどうにかしてやろう。 ボス戦を前についつい楽しみが勝ってきた俺に対して、向かい側から冷たい目線が浴びせかけられる。「油断すんじゃないわよ。あっちの社長には母さんでさえ昔は何度もやられたって話だから」 「了解しました。だからこそシャモンさんに付いてきてもらったんですから。逆に言えばサラスさんにレンフィアさんも何度もやられたって事ですよね。心理的プレッシャーと専門的知識のフォローはお任せします」「本当に分かってるのか、今の軽口で余計に不安になんだけど。あたしとあんたじゃ相性悪……っ」「そうですか? 俺は結構良い線いけると思いますよ」 すれ違ったカーゴを親の敵を見るように睨み付けたシャモンさんには気づかないふりをして、俺はもう一度軽口を叩いてみせたが、反応は無しと。 あっち側のボスの顔を直に確かめたかったんだが、さすがにあの速度ですれ違うカーゴの中の人を確認できるほどの動体視力を地球人は持ち合わせてないわな。 鉢合わせにならないように気を遣ってくれたのか、それとも到着直前のタイミングでわざと見えるようにすれ違わせたのか。 さて、どっちだろうか?