今回はちょっと訳ありで、本編ぶった切りで三崎とアリスの出会いを描いた過去編となります。 かつて銀河全域を巻き込んだ戦争。銀河大戦と呼ばれる大戦があった。 この戦争に敗れ、それまでの絶対的支配者であった銀河帝国は崩壊。 支配星域は無数の星間国家へと分裂、それら国家の寄り合い所帯である星連議会が、帝国に取って代わることになる。 だが勝利したからといって、銀河が何事もなく平和的に発展していく事になったわけではない。 先の大戦による戦災により、既存宙域の大半は、恒星破壊や惑星破壊などの余波によって環境は著しく劣化、さらに資源星域や、工場惑星を失った事による資源不足、物資不足に常に悩まされ続けていた。 物流網にしても、超長距離を結ぶ次元跳躍門の多数が破壊、航路の要所となるべき星域はブラックホール生成弾により通行不能宙域となり、今も活発に活動を続ける無人バーサーカー艦隊によって危険度が跳ね上がった交易路も多数。 戦災を免れた一部の跳躍門は健在だが数は少なく、再建しようにも、銀河帝国崩壊時に失われロストテクノロジーとなって久しい。 特にその主機関。帝国最秘奥技術とされ、希少恒星O型恒星を6つも用いて、高位次元より無限とも言うべきエネルギーを取り出す次元湾曲炉。六連O型恒星湾曲炉に至っては建造ノウハウが完全に失われている。 戦後に帝国分裂後に発生した、とある有力星間国家が研究・開発を開始したが、その国家は試作炉の機動実験失敗により、実験星域のみならず国家領域丸ごと飲み込む次元崩壊により消失。 以降、あまりに甚大な被害から星連議会により、O型恒星の希少性もあって、一切の研究・開発が禁止された曰く付きの代物となってしまっている。 このような困難な状況でも、何とかやりくりして、わずかばかりの余裕ができ始めると、バーサーカー艦隊を駆逐する手間よりもと、今までは無視されてきた星域へと目が向けられ始めたのは最近のことだ。 それは単純に距離が遠かったり、開発コストが割高の割に、その後の利益があまり見込めないなど様々な理由があるが、いわゆる辺境星域と呼ばれる場所である。 ただ問題がないわけでもない。 超次元経由で広大な距離をショートカットする跳躍航法。いわゆるワープは、極々一部の例外を除き、数光年単位での跳躍が、今の銀河文明が有する科学力を持ってしても最大限界。 刻みながら何度も跳ぶために、どうしても、補給や修繕を行える停泊地惑星の整備、さらに周辺情報を発する灯台衛星設置など、新たな開発対象となった辺境外星域へと繋がる交易路の発見と整備が必須。 そんな新規開発交易路候補地の一つに、ライトーン暗黒星雲と呼ばれる暗黒星雲宙域がある。 星系連合領域最外周部の辺境惑星国家領域外に広がるその暗黒星雲は、数百光年距離にわたり行く手を遮る巨大な壁となって立ちふさがっているが、この暗黒星雲を抜けた先に、知的生命体がまだ生まれていない手つかずの未開恒星系がいくつも存在していることが、かつて命知らずの外宇宙探検艦、いわゆる山師探検家によって報告されている。 あまりに立ちふさがる壁が巨大すぎるために、航路作成が難しいと、無視されてきたが、昨今の宇宙事情により開発認可がおり、その先駆けとして跳躍ポイント整備のため二本立ての準備恒星系開発計画がスタートする。 一つは既存星域側から、つまりは入り口側からの航路開発。そしてもう一つが出口となるべき領域外側からの航路開発となっている。 とある惑星開発業者がその事業計画のうち一本、より困難である領域外開発を、起死回生の一手として受注していた。 その会社こそが、かつて銀河最大の老舗惑星企業と名を馳せながら、不慮の事故により大半の社員と船を失い、その後も様々な要素によって、一弱小企業へと転落してしまったディケライア社である。 ライトーン暗黒星雲外縁部。 肉眼で確認できるほど濃い星間物質と、絶え間なく吹き荒れるプラズマ嵐に、隠れた恒星の卵が生み出す重力異常と、これでもかと宇宙的難所を詰め込んだ暗黒星雲内と比べて、静寂に覆われていた通常空間。 その一部が、突如激しく歪み、ねじれ、そして割れる。それは空間跳躍のために高位次元へと入った船が、跳躍を終え現次元と戻ってきた、現界してきた前兆現象に他ならない。 不自然にできた割れ目から、激しいプラズマ光と外装部の小規模爆発を伴いながら、巨大艦がゆっくりと姿を現し始める。 直径3000キロメートル超、質量8000垓トンを超える超巨大艦は、銀河文明において最大級艦船サイズの惑星艦に分類される。 その船名は『創天』。 銀河帝国がかつて誇った最大戦力、星系級侵略艦『天級』の亜種であり、銀河史上においても今も最高出力をたたき出す六連O型恒星湾曲炉を主機関に持ち、惑星改造企業ディケライア社が唯一所有する船かつ本社となる恒星系級改造艦となる。 創天がその巨大すぎる船体の割には足早に穴から抜け出て来るが、その動きに合わせ加速度的に船体表面での爆発とプラズマ光がより激しくなり、要塞艦主砲に耐える表面装甲の一部さえ融解しはじめる。 船体のダメージを無視して急ぐのは、急ぐなりの理由がある。 あまりに空間に穴を開ける時間が長くなると、周辺宙域の安定を著しく乱し、次の跳躍が可能になるまで長時間かかる上に、最悪下手に長くなりすぎると自然消滅するまで数千年はかかる次元歪みを発生させかねない。 そうなれば、ここがいくら航路外と言っても、航行免許剥奪やら、莫大な罰金が請求されることにもなりかねない。 そして今のディケライアにそれら罰則に耐えきる体力などない。 多少無理をして、艦が損傷しても無理矢理に抜けた方が総合的にマシとなるからだ。 なんとか5分ほどで穴から船体が抜けきると同時に空間に開いた次元ホールは消失。 すぐに船体全域から霧状となったナノマシーン群ナノセルが噴霧され、傷ついた船体修理や、空間安定度測定のための機器へと結合、変形し始める。『アリシティアお嬢様。現界完了いたしました。跳躍距離は0.012光年。前回と同じ数値です。跳躍位置誤差は0.75%となります』 がらんとして人気のない創天仮想ブリッジに、創天メインAIRE423Lタイプ自己進化型AI通称リルからの報告が響く。 そのブリッジの中央席で、リルの報告を膝を抱えて座るアリシティア・ディケライアの頭部から銀髪を突き破って顔を見せる補助具に覆われた空間把握耳、メタリックなうさ耳は、その心情を表し、ぺたんとたれたまま元気がない。 当の本人もその顔に生気が無く、リルの報告が聞こえているのか聞こえていないのか返事もなく、死んだような目でただ自分の膝を見つめるだけだ。 創天の出力ならば、その百倍でも可能なのに全く伸びない跳躍距離。 もう少しずれていれば暗黒星雲内に跳躍してもおかしくない出現位置誤差。 出現時の爆発やプラズマ光はあまりに未熟で荒く、跳躍技術の師匠がみたら、何時間も嫌み混じりの説教をされるほどで、昔に比べても劣化しているとまざまざとアリシティアに見せつける。『今回の跳躍で全行程の38%へと到達いたしました。現状跳躍距離から今期内での到達はかろうじて可能と思われます』 ライトーン暗黒星雲の外をなぞるように回避して目的地星系までの予定航路図が表示されるが、その長さに比べて、一度一度の跳躍距離は微々たる物だ。 もしもっと力があれば、もっと早く着くのに。もっと正確に飛べるならば、暗黒星雲内の凪部分を狙い、大幅なショートカットができるというのに。 どうしようもできず、何もできず、無力感と自己嫌悪に陥り、すべてから逃げ出したくても逃げ場など無く、最悪の状態。 だが、それでも会社を、創天を、リルを手放せず、だからといって空元気で振る舞えるほどにも強くない。 このときのアリシティアは死んでいたといっても過言ではない。『空間計測結果判明。現地点で次の跳躍可能まで修理停泊した場合は銀河標準時間で約350時間後に可能となります。通常推進で約270時間後に跳躍可能宙域へと到達いたしますが、いかがなされますか?』「……通常推進で270時間後に再跳躍」 ぽつりとそれだけ伝えたアリシティアはナビゲータ席からふらりと立ち上がり、手をのそのそと動かしコンソールを叩きリアルへと戻る準備を始める。 跳躍ナビゲートは、今のアリシティアにとっては、先が見えず、暗い中を手探りで進むような物で、一回一回ごとの疲労感が激しく、そこに精神的負担も追い打ちを掛けていた。 アリシティアの体調や心理状態を考えるなら、少しでも時間をおいた方がいいのだろうが、リルがそれを提言しても、時間が惜しいと答えたアリシティアが絶対命令だと指示をするのは目に見えている。すでにそんなやりとりを数え切れないほどにしてきたからだ。「リアルに戻るね。展望台プライベートモード。報告は戻ったら聞くから緊急事態以外はつなげないで」 力ない声で最低限ともいえない指示をしたアリシティアは、何度見ても改善されない数字を見なくてすむようにブリッジから逃げ出した。 リアルの本来の自分の肉体に戻ったアリシティアは、そのまま艦内中枢区にある自室を抜け出すと、創天艦内をつなぐ個人用無人モノレールカーゴを起動させ、外周部へと続く経路を選択する。 中枢部を抜けたカーゴは、巨大な島ほどの大きさがある一般区画である艦内都市の上空を、重力制御により振動もなく超音速で駆け抜けていく。 創天は衛星クラスサイズの巨大艦。 その内部は、惑星移動や恒星改造時の顧客の一時居住場所として、国家規模クラスの人員を収容するキャパシティのみならず、船内のあちらこちらに同規模の都市を複数抱え、それぞれが銀河の多種多様な生体にあわせて、その人々にもっとも適した環境を擬似的に作り出すこともできる定住型コロニー艦と同等の機能を持っている。 だが現在経費節約のために人工重力がカットされ真空状態で保たれた都市部には、当然人っ子、一人みえず、動物や虫の陰さえもない。 今創天内で起きているのは、空間跳躍ナビゲータとして必須となるアリシティアのみで、わずかに残ってくれた社員達はもっともコストのかからない冷凍睡眠状態でスリーパー区画で眠っている。 それでもついつい見下ろしてしまう。誰かいないだろうか、何か動いていないだろうかと。 艦内であればどこでも一瞬で転移する事ができる跳躍移動装置もあるが、使う気にはなれずわざわざ手間のかかるカーゴをアリシティアが選んで都市を見下ろしたのは、ひとえに寂しさからだった。 だがそれら行動は余計にアリシティアの不安と孤独を強める物でしかない。 10分ほどで一般区画をぬけて、いくつもの装甲区画や、工廠区画をぬけてカーゴは最外周部に設けられた無人の第二展望公園区画駅へと音もなく滑り込んだ。 艦内では中枢区のアリシティアが使用する一部区画を除き、ここを含めた展望公園区画は空気が入れられ、重力も保たれている。 もっともそれは、今では滅びた星の動植物が、現地環境そのままに多数維持されている星間動植物園としての機能も持ち合わせているため、星連アカデミアから補助金が出されているから何とか維持ができているという理由ではあるが。 ここは昔はもっと社員がいた頃は、仕事が順調だった頃は、両親がそろっていた頃は、この駅は創天内でも人気の区画で、もっと人に溢れていた。 見たこともない動植物にふれあったり、自分たちの住まう星に宇宙港兼用のオービタルリングが設置されていく様子や、居住に適していなかった不毛の惑星が、緑と水に溢れた星に変わっていく様を歓声と共に迎える顧客達。 社員達もシフトが休みの際には、人工的とはいえ自然に触れあえる場所として好んで出かけてきた場所で、常駐屋台運営を交代制で行っていた部署もあったほどだ。 往年の賑やかさを思い出すたびに、今との差違に、アリシティアの心はさらに深く、暗く沈んでいく。 それに耐えきれず早足気味に駅前広場を駆け抜けたアリシティアは、動植物園があるのとは真逆の草原エリアへと向かい、その中央付近にぽつんと立つ大きな木の根元へとたどり着くと、その幹に背を預けぺたんと座り込む。 木に体を預け見上げた先。空には装甲の一部がスライドしあらわになった宇宙空間が広がる。そこに見えるのは映像ではなく、現実の光景だ。 重力制御技術によって維持される開放型展望公園エリアは、非常時には脱出ポイントとしても機能するように、小型の開放型宇宙港としての機能も併せて持っている。 しかしその先に広がる景色は、お世辞にも見晴らしが良いものとは言えない。 アリシティアが見上げる先の空は、星間物質が多すぎるためにそれらによって隠され、星の明かり一つ見えず、暗くて先の見通せない文字通り暗黒に覆われたライトーン暗黒星雲が広がっているからだ。 まるで今のアリシティアの心情をそのまま写したかのような気が滅入ってくる光景。 だが、それでもアリシティアがここを常の休憩場所としたのは二つの理由がある。 この木の元でピクニックをしたのが、事故でいなくなってしまった両親や、今は眠っていたり、離れていってしまった叔母一家が、家族が揃っていたときの最後の楽しい思い出の地であるからという、過去への望郷故に。 そしてもう一つの理由。たとえ先が絶望的に暗く今は見えなくとも、その先には開発すべき星が確実にあるという事実。 だからきっと自分も、会社もいつかこの暗闇から抜け出られるはずだ。 過去に思いを馳せ、未来のかすかな希望に縋る。 木により掛かり、ただ空を見上げる壊れそうなアリシティアを、この時何とか支えているのは過去と未来だけだった。 希望を、今を、もっとも望んでいた者を手に入れる日が、出会える日が、間近に迫っていることを、この時アリシティアはまだ知らず、想像さえしていなかった。