『仮想データ体構築完了いたしました。星系連合議会本会議場へようこそ』 仮想体構築完了のシステムメッセージ音声と共に俺が目を見開くと、そこに広がるのは、まさにモンスターハウス、もしくは銀河中の生物を集めた万星博覧会。 地球人に似通った姿形で、腕や足が2本で肌が緑色ならまだご愛敬。 獣人、竜人、スライムなんかのファンタジー系から、全身から蒸気を出すメタリックな巨大金属生命体やら、実体を持たない電子生命体なんてSF世界ご出身。 さらには俺の理解を越えた、星1つを覆うほどの数の極小生命体が集まって、一つの意思を持ったとかいう集合意識体、逆に小指ほどの大きさの石の中に数千万の意識が宿る分体意識体等々。 多種多様という言葉でさえ生ぬるいこの場こそが、現在の銀河系統治機構の総本山星系連合議会。 各惑星代表者の注目が、無重力球型会場中央壇上に、特別報告者として召喚された俺達に一斉に集まる。 一般人どころか、母星ではベテラン政治家であるはずの新人代表議員ですら、自分と違う姿形を持つ異形な異星人に囲まれて自然と萎縮するそうだ。 それは昔のアリスが仕事で大ぽかやらかして呼び出された際の映像を見れば、一目瞭然。震えまくって引きつった顔で泣いている世にも情けない姿。 映像初見時あまりのふるえっぷりに、軽く茶化すつもりで漏らしそうだなとからかった時には、ウサミミを怒髪耳にしたアリスに無言でぼこられた……失禁まで再現するほど高性能な仮想体って趣味的すぎるだろ銀河文明。 だがあいにく俺にはこの手の脅しは利かない。そして今のアリスにもだ。 二人して突っ込みすぎて、鬼湧きしたモンスターに囲まれること数えきれず。それでも何とかして、経験値とアイテムに替えてきた俺らだ。 横に相棒、あとは全部敵。このシチュエーションが稼ぎ場だと認識できずに、廃神ゲーマーを名乗れるわけもねえって単純な話だ。「大規模恒星系改造から惑星のお引っ越し。大小様々な惑星改造なら当社まで。ディケライア惑星改造社代表取締役社長アリシティア・ディケライアここに参上!」 ゲーム感覚で、いきなりヒーローっぽいポーズ付きで、宣伝口上まで宣りやがった馬鹿ウサギに目が有る議員さんらの目が点になったり、発光体議員のぴかぴか光っていた光や、煙生命議員のもやっていた煙がピタリと止まる。 この反応は唖然としているって事だろうか。 リルさんが、各議員が判るように言葉やポーズの意味をそれぞれ向けに翻訳して通訳してくれているのだが、どうやら完全に成功したようだ。 議会に呼び出された恐怖とおびえで、泣いてなにも出来無かった小娘ってのが議員さんらのアリスへの印象。 そして一部の反帝国系議員さんらはそれを再現して、アリスによって俺を牽制しようとしたんだろうな。 しかし残念。奔放さじゃ俺はアリスの足元にも及ばないっての。 最初に掴んだ流れを維持して、スタン攻撃を打ち込んで、こっちのターンを維持するためのセカンドアタックも成功。 さすがうちのギルドの切り込み隊長。まぁこのアリスの行動に懸念が無いわけじゃ無い。 ただそれは、さっき議長さんに注意された敬意を持って議会に云々じゃない。 ローバーさんの講義じゃ議会侮辱罪はあるが、ほとんど機能していないって話だ。 何せ集まっているのは銀河中の知的生命体。形も精神も違う所為で、文化や作法が違うから、一々気にしていたら、まともに議会が運営できないので、さっきの俺とアリスの喧嘩演技みたいに著しく遅延させたり、極端な話、他星議員をぶっ殺したりでもしない限り、適用されることは無いってことだ。 俺の懸念はただ一つ。アリスのこれが地球式の挨拶だと認識されたら大事だってことだ。 地球人挨拶にはヒーロー風の名乗りが必須だと、全銀河に誤解を招いたと知られたら、後で地球全人類から石を投げられそうなので、俺は逆に真面目にいっとく。「ディケライア社第二太陽系制作計画ゼネラルマネージャー三崎伸太です。この度はお忙しい中、私共の特別報告に耳を傾けていただける機会をくださった連合議会と全議員様へまずは厚く御礼申し上げます」 最上敬意を込めた挨拶をしながら深く一礼。 同時に俺の挨拶文をリルさんが、アリスの時と同じように全議員向けに、翻訳してほぼタイムラグ無く配信。 敬意と感謝の意思を持っているという建前を全面に押し出しつつ、議員さんらが我にかえる前に、先ほどは巫山戯た挨拶をしたアリスが次の一手を繰り出す。「ライドール議長。まずは皆様に私共が提出した資料をご覧になっていただきながら、事の経緯を説明させていただきたいのですが、許可をいただけますでしょうか。今回の件は場合によっては銀河全域の流通事情が著しく改善される吉報かもしれませんが、万が一取り扱いを間違えれば銀河大戦の再来となる可能性もあります。早急に判断をしていただきたいと思いまして、報告を致しました」 雰囲気を変え、まさに旧帝国皇家末裔といったお姫様然とした凛々しい表情で語るアリスの言葉に、正確には含んだひと言で、固まっていた議会が一瞬でざわつく。 だけど無駄に声を荒げたり、個々に問いただしてきたりはしない辺りは、やはり有能な各惑星代表。 まずは情報を知る。知った上で立場や考えを、態度に出したり、隠したり、騙したりと、腹の探り合いをして、自分達の星に最有益となる利益を得る、もしくは被害を抑える事を最優先とする。 この数の有能な人らを敵に回すと恐ろしいんだが、あいにく俺は味方にする気なので頼もしいのひと言だ。「許可します。ですが濫りに銀河大戦の再来などという言葉を発しないでいただきたい。彼は知らないでしょうが、我々にとってはその言葉は禁忌だと貴女も知っているでしょう」 人型生命体なランドール議長はため息らしき息を吐き出しながら、資料配付を許可してくれる。 彼と貴女と我々ね。 議長さんの何気ない言葉だが、そこに壁がある。銀河大戦を知識や経験として知る以上に厚い壁。 それは銀河文明に所属する人達、議員さんやアリスと、地球人の俺を区別する壁。 地球人は、あくまでも実験生物で、星系議会に属する惑星の人々ではない。保護動物扱い。それが今の現状。 そこに悔しさや怒りなんぞ感じ無い。現実を見れば間違っちゃいない。 太陽を失った地球は、創天の力が無ければ一瞬で全生命体お陀仏な危機的状況。 実験生物地球人である俺がこの議会に立てるのも、偏にアリスのおかげだ。 現役最大の跳躍距離、質量を運んだ現銀河最強のディメジョンベルクラドにして天級を二隻も抱えるアリスの相棒だからこそ、アリスの見る宇宙を輝かせる灯台だからこそ俺がこの場に立てる。 ただアリスにおんぶに抱っこじゃ、相棒なんぞ名乗れない。少なくとも俺は名乗る気になれない。 互いを支え合い、互いを守り合い、隣に並ぶ。それが俺の相棒であるアリスで、アリスのパートナーである俺だ。「大丈夫ですよ。私の”パートナー”は皆様の利益を常に最優先に考え、共存共栄を望む平和主義者ですので。じゃあシンタ。バトンタッチ。あとお願いね」「お前な、大見得切っといて、面倒な所をまる投げすんな」 ここでの前衛後衛交代は予定通りの行動だけど、そこに少しだけの不協和音をあえて盛り込む。 先ほどまで通信越しで大喧嘩もしてみせていた俺らの会話に、少なくない議員さん達が真意を探る様な目を向けてくる。 信頼感が何よりの意味をもつディメジョンベルクラドとそのパートナーが、喧嘩三昧ってのは、議長さんが言う我等な方々には新鮮かつ異質に見えるんだろうな。 これがハードル下げと、精神的な弱毒攻撃とはきづきめぇ。 まずはファースト攻撃で先制して流れを掴んで、セカンドでスタン、そしてサードアタックでDF下げと。 俺とアリスじゃ、短い打ち合わせでもそれで伝わるが、夫婦揃ってゲーム脳を、喜ぶべきか、悲しむべきか、我が身を省みるべきか、微妙な所だ。 「それではまず最初にご報告すべき事を申し上げます。私共に娘がいることをご存じの方もいらっしゃると思いますが、その子がパートナー候補となる者を見つけました。彼女は銀河標準時間に合わせますと、まだ誕生から半期にも満たない幼年です」 俺の切り出しと共に、天下御免な銀河アカデミア印のエリスの詳細データを表示。 エリスの身長から体重まで記載しているので、そんな乙女な秘密データを全銀河に公開した事を知ったら、思春期を迎えた辺りでぶっ殺されそうだが、そこはそれ。何とかしよう。「ば、馬鹿なあり得ない!? まだ半期だと!?」「データ至上主義のアカデミアがデータ改竄に荷担するとは思えませんが……しかしにわかには信じがたい」 「地球人とのハーフ……」 先ほどと違い、さすがにざわめきが大きく、長く広まる。8割は信じがたいという声で、若干不安を覚える反応が少数。 あと既にこちらのお仲間ないくつかの星の議員さん達は、先に同じ資料を渡しておいたので落ち着いた物と。「当惑なされるのは当然だと思いますが、ご質問への返答は後にして、まずは説明を優先させていただきます。元々の切っ掛けは……」 エリスが地球へ行ったという事実を隠して多少の嘘を交えながら、俺は地球時間ではここ数ヶ月、こっちの時間ではその10倍近くに及ぶ数年に渡る流れの詳細と、アカデミアデータを表示しながら説明を始める。 相手を話に引き込むには、まずは大きく打って響かせる。 つまりは最初に大技をぶちかませ。こいつが現役時代からの俺らの基本戦術。 相手がガードスキルや防御魔術をフル発動させる前にデバフを打ち込めってか。 星系連合議会の究極的な役目は、全銀河を巻き込んだ銀河大戦の再来を防ぐこと。その一点に尽きる。 だからあえてアリスは銀河大戦の再来という爆弾キーワードを混ぜこんだ。 先の大戦で、銀河中の恒常跳躍門が破壊され、光年距離を跳躍できる高ディメジョンベルクラドや、銀河帝国だけが製造技術を持っていた六連湾曲炉を積んだ天級艦が多数失われたことで、この銀河の星々はそれぞれが遠く離れた物になった。 通信網である恒星間ネットワークは健在なので情報のやり取りは出来るが、行き来には時間も掛かり、手段も限られた時代。 だから直接的な大規模恒星間戦争はほぼあり得ず、辺境域かかぶって、多少の小競り合いはあっても、身近な脅威は他の惑星国家では無く、銀河を放浪するバーサーカー艦隊や、身内の違法海賊艦が現状だ。 俺に判りやすくアリスが説明したのは、要はネットでの殴り合いや罵り合いは出来るけど、現実では遠くてリアル喧嘩にはならないので、各惑星国家がネット弁慶状態とのこと。 判りやすい例えだが、銀河規模を語るのにそれが例えで良いのか相棒よ。 技術革新で出力は湾曲炉には及ばないが、跳躍距離を伸ばす技術は出来ている。 でも肝心なディメジョンベルクラドが足りない。 元々才能を持つ種族は少ない上に、力を発揮する成人となるのには長い長い時間が掛かり、さらに自分の力を最大限に引き出せる最良なパートナーを運良く見つけられるかも運任せ。 俺と出会う前のアリスがいい例だ。 銀河帝国皇家末裔にして当時最高の呼び声が高かった先代社長が母親というサラブレッドながら、なかなか跳躍距離が伸びず、両親行方不明、会社がピンチなのも重なってかなり凹んで、鬱状態だったという。 だけど俺と出会って、ゲーム内でコンビを組んでから一気に距離を伸ばし始め、ついには銀河のほぼ反対側にまで太陽系の一部を運んでみせるという荒技までしてのけた。 リルさん曰く、アリスが成人するまでは、後数期は必要だという予測だったと、最初にアリスの正体を知った頃に聞かされている。 これがたまたま俺だから。そして俺とアリスの血をひくエリスだからという話なら事は簡単だが、事はそうじゃ無い。 地球人は銀河帝国の他次元跳躍実験【双天計画】のために産み出された実験生物の末裔。 世代交代サイクルを速める短命早熟調整や、適応能力強化といった既に判明している調整以外にも、ナビゲーション能力を強化する、触媒的な何らかの試行実験が施されていたとしてもおかしくない。 そして何より銀河アカデミアの研究者達が重視するのが、地球を含む太陽系は、銀河帝国の大規模跳躍実験で長期間この宇宙から消えていたって事実。 その際に他次元とまでとはいかずとも、限りなく現次元から遠ざかり、他次元の近くまで到達したのではないかって予測している。 跳躍実験記録では、本来惑星規模を飛ばす時は安全のために惑星時間流凍結処理を施すらしいが、この時は前例のない他次元空間への跳躍影響を見るために、凍結処理を行っていなかったとのこと。 つまりは、現地球人となる祖先達は次元の狭間にいる間も、短命早熟調整によって世代交代がいくつも重ねられて、そこにさらに適応能力強化が+と。 結論を端的に言えば、地球人全体が、半他次元生物化している可能性が高い、しかもディメジョンベルクラドの灯台役として最適化されたというのがアカデミアが出した結論。 そしてその俺とアリスの子供であるエリスは、両方の性質を受け継いだ生まれながらの次元案内人ではないかと。 地球人の次元移動適応資質があれば、ディメジョンベルクラドとパートナーとなれば、遺伝子を受け継ぐ者が増えれば、銀河の星々はまた近い距離にある隣人へと戻れる。 だからアリスのいう銀河規模の交易流通網の再活性化という希望は、あながち間違いじゃない。 だけど銀河大戦再来という懸念もそこには付きまとう。アリス風にいえば何せ気に入らない相手に手が届く距離へと戻るって事でもある。 この地球人の秘密カードは効果はでかいが、危険も高い切り札中の切り札。 だけどここで、全銀河中に公開という思い切った手を打ったのは、偏にエリス、そしてカルラちゃんのためだ。 このまま隠していても、いつかはデータを抜かれるかも知れない。どこかの有力星間、惑星国家に知られるかも知れない。 いや実際に知られているはずだ。 星系連合広域特別査察官のシャルパさんが、そんなメッセージを送って来たことが、俺達にこの切り札を切らせる覚悟を決めさせた。 地球人とディメジョンベルクラドとの唯一のハーフのエリスが、そしてディメジョンベルクラドではないけど地球人の血を引くカルラちゃんが、禁止されている地球へと降り立ったという事実を、うやむやにして消すために、そして実験生物として扱われる地球人の価値を高め、活路を切り開くために。「ですが銀河アカデミアのデータ対象が、私と妻、娘だけでは些か不足気味なのはお解りいただけることと思います。そこで出来ましたら実証データを増やして検討したいと思っています。銀河アカデミアが権限として特別調査員枠を設けるとのことで、地球人との接触が可能となりますので、まだ成年なさっていないディメジョンベルクラドの方をご協力していただける国家から募りたいと思っています」 情報はフルオープン。さらにスキル無償提供で巻き込みと。 傘下のディメジョンベルクラドが強力な力を得られる機会と聞いて、目の色が変わる議員さん達が多いこと多いこと。 だがその機先を制するかのようにランドール議長から待ったが入る。「少し待っていただけますか。この資料にはその接触法が一切記載されていません。さらにいえばアカデミアの特別調査員による基本調査方法では、ごく少数の者しか派遣できません。惑星間の軋轢を生む事態とあれば、星連議会としては許可を出来ません」「あぁご心配なく。どれだけの人を送り込もうとも、地球人側はこちらが宇宙人だとは思いませんから。何せゲームの中で絆を育んでいただこうと思っていますので。それと一つ名乗り忘れていました」 どんな肩書を持とうとも俺の基本は変わらない。だから俺は、全銀河の星々を仲間にするために、説明の最後にこの言葉を口にする。「私はディケライア以外の企業にも籍を置いております。ホワイトソフトウェア運営。惑星改造オンラインゲーム。Planetreconstruction Company Onlineゲームマスター三崎伸太です。さて皆様、一つゲームをしてみませんか。参考となる映像データはこちらとなります」 背後に仮想ウィンドウを呼び出し、PCOのゲーム内戦闘映像を流し始める。 新規初期種族に採用したアルデニアラミレットやランドピアースなどは、銀河で有力な種族であり、同時に犬猿の仲でも知られる仲の悪さ。 サクラさんの祖霊転身ギミックのメガビーストやら、麻紀さんの紺玉機関ってのは、実際には非現実的で不採用だったり、肉体を失った後の信仰的な物として飾った石を元にして産み出した架空存在。 だけどアリス曰く、架空だからこそ格好良く。ヒーローは夢の存在であるべきとして、採用した物。 他の実在種族の祖霊転身も、その種族に伝わる神話や、故事を元にしている。 だから種族達が時に戦い、または時に恩讐を越えて協力するっていうヒーロー映像はインパクトが強い。 実際に目を奪われている議員さんらを見渡して俺とアリスは、軽く目線を合わせて、見えないように拳を打ち合わせる。 まずは第一ラッシュは成功と。 「ふふん。私達のアカウントにはまだ若干の空きがございます。皆様ふるってご参加ください」 かつて泣いてなにも出来無かったことの憂さ晴らしをするかのようにアリスは胸を張って宣言するが……お前、落語まで抑えているってどんだけ引き出しあんだよと俺は少し引いていた。