「エリーそっち通るときは気をつけて。隙間が空いているから美月を追っかけている船に噴射炎で気づかれるかも」 周囲には捨てられた船が盛りだくさん。隠れるには都合が良いかもしれないが、メインスラスターを使って進むなんて自殺行為。 小刻みに姿勢制御のサブスラスターを使用して、慣性移動で追いかければならずノロノロと移動しているが、サクラ的には宝探し感覚で少し楽しい。『うー判ってる! でもこんなのんびり動いていたら逃げちゃうし、先に取られちゃうかも知れないのに! 後エリーって呼ばないでよ! エリス!』 しかしエリスの方は徐々に詰めていっているが、それがじれったいらしくご機嫌斜め。 どうやらこらえ性が無いというか、我慢するのが苦手なようだ。「エー良いでしょ。ほとんど変わらないし、それに一々エリスって呼んでたら、とっさの時に名前が長くて間に合わないかもしれないし。一文字を笑うものは一文字に泣くってことわざも日本にはあるらしいよ」『サクラに協力するのは一時的! 今だけなの! さっきの借りを返すためだけだから、馴れ馴れしくしないでよ!』 ぷんすかと怒って頭の機械ウサミミをガッと立てて振り回すエリスが怒るが、『おっと! お嬢様は、気安いあだ名で呼ばれる初体験に照れてるだけだから気にせず、さっちゃんは進んでどうぞ!』「イエス! ノリが良いね。メルだっけ! 貴女もフレンズ認定してオッケー?」『オフコース! こうなりゃお二人の出会いを祝して、規定に触れない範囲でお嬢様の過去話暴露大会を』『メル! しばらく黙る! それにサクラ! エリス照れてないからね!』 ついにぶちぎれたエリスが、メルと呼んでいたサポートAIの音声を切って、画面いっぱいに広がった赤ら顔で、黒髪から姿を覗かせる耳をぶんぶんと振り回す。「でもエリー顔赤いよ」『これは怒ってるから! うー! 良いから戦闘に集中!』 打てば響く判りやすい性格はサクラ好みだが、あんまり怒らせて共闘無しとなっても困る。適当に返事を返したサクラは、情報リンクへと取得した周辺情報を送り、航路を設定していく。 一方エリスの方も怒りながらも、仕事はしっかりとやっており、ミツキが逃げている方向の推測情報と、それを追跡しているハンター艦を表示する。 ミツキは何とか逃げようとしているようだが、元々調査船用のスキルビルドのためか隠匿能力に限界があり、離れているこちらでもエリスの船の能力によって痕跡が僅かにだが拾えている。 一方でハンター艦のほうは、追跡スキルレベルが高いのか、サクラたちと同じ情報を的確に捉えて、着実に追っているようだ。 いっその事ハンター艦を追跡すれば、ミツキの元にたどり着けるのだろうが、万が一ハンター艦がミツキを見失ったときも考え、慎重に追跡する。 下手に動けば、こちらが潜入していることがハンター艦に気づかれてしまう。獲物の横取りを嫌って、こちらに攻撃してくることも考える必要があるだろう。 姿を隠しつつ、両艦に接近したサクラたちは、後もう少しで奇襲がかけられる位置まで、何とか気づかれずに到達する。 逃げているうちにいつの間にやら袋小路に追い込まれた美月を狙い、ハンター艦がじりじりと近づいていく。 後は隙を見て獲物を横からかっさらうだけだ。 『ねぇ。そろそろ攻撃が出来そうだけど、接近戦じゃ足を引っ張るからエリスはここで待機するからね。照準をここの出口にあわせるから、逃げられそうになったらフォローって事でいい?』「オッケー。ハウンドの役目は任された。狩れたら狩るけど、ハンター艦の対処してて逃げられたら、巣穴から頭を出したところをズドンでお願い!」「エリスがやりたいから出来たらそっちで。あと麻紀の反応は近くにあるの? サクラのスキルで判るんでしょ。救援に来られたら敵が3艦になるかも』「ん。野生の狩人のこと? あれ祖霊転身専用スキルだから無理。ただ麻紀のことだから近くにいたら、状況考えずにすぐに飛び込んでくると思うからいないんじゃ……」 エリスの質問に、マーキングした相手を見つけ出す特殊スキルは使えないと答えたサクラの勘に、何かが引っかかる。 今の状況は、最初に麻紀達とやりあったときに、シチュエーションがよく似ている。美月と麻紀の違いはあるが、あの時と追う側と、追いかけられる側も同じだ。 あの時は麻紀は何とか姿を消してやり過ごそうとしていたので、フルダイブで一気に場所を見つけて戦闘に入った。 後1歩の所まで麻紀を追い詰めたが、救援にきた美月によって足止めを喰らい、二人とも取り逃してしまった。『どうしたの? いるのいないの?』「うーん。いないと思う。あとちょっと気になったんだけど、エリーってあたしと麻紀達がやりあった最初の戦闘を知ってるよね?」『麻紀はあたしの仇だもん。それにあれだけ派手にオープン日にやって公開されていればいくらでも知ってるに決まってるでしょ』 知っている。それはそうだ。オープン最初の祖霊転身同士の戦闘として、公開されている。 じゃあハンター艦のプレイヤーも、美月がどう行動したか知っているはず。移動範囲が絞られたここが必ずしも必殺の場になら無い事を。 そして美月もフルダイブはしたが、まだ切り札の祖霊転身を使っていない。ここまで完全に追い込まれているというのに。 嫌な予感がする。それはサクラのプレイヤーとしての勘だ。あまりに整いすぎた状況に、それしか無いと他のルートを考える事も無かった。 しかし確信は無い。証拠も無い。 ハンター艦はそれを知っていても勝つ算段があったのか、それともそれしか選べない状況だったのかも知れない。 美月にしてもフルダイブはともかく祖霊転身に使う物資を惜しんで、追い込まれてしまったのかも知れない。 かもしれないでは、今の有利な状況を手放す決断をするまでには至らない。 なにか違和感が無いか、おかしな部分は…… ここまで取得したデータにざっと目を通す。 人はミスをする。それは父の言葉だ。ミスが起き無い事もあるが、絶対に起きないはない。 何気ない何かに、答えが潜んでいるかも知れない。 改めてデータを見直す。 ここまでの航路に違和感は無い。両艦共に通れる隙間を縫い、低速推進でここまで深く入り込んできていた。 美月は上手く逃げ、そしてハンター艦はそれを上回るほどにさらに上手く追跡し、そこでサクラは気づく。 美月の起こしたミスでは無いミスに。 それはあまりに整いすぎた数字。つかず離れずを繰り返してきた両艦の特定位置を通り過ぎる際の時間差。その誤差は僅か30秒。 その30秒が常にタイマーで計ったかのように、表示され続けていた。付かず、離れずと、まるで両艦が申し合わせたかのように。「エリーごめん! これ罠だ!」 罠に誘い込まれたのは自分達の方だ! 麻紀はいないのでは無い。もしかしたら追跡していたあのハンター艦が麻紀なのかも知れない。 麻紀の船ホクトはブロック艦。装備の変更や艦種の偽装がしやすい艦だ。 アレが麻紀かどうかは判らない。しかし判断する方法はサクラの手にある。『え、サクラ!? どういう事!?』「フルダイブ! 即座にメガビースト発動!」 驚きの声をあげるエリスに答える暇も無くサクラは、切り札の発令を宣言する。 それは一瞬の判断が勝者と敗者分けるHSGO世界でトッププレイヤーとなったチェリーブロッサムとしての思い切りの良さと、サクラ自身の経験が導き出した答え。 己の答えに常に自信を持ち、失敗してもリカバーすれば良いという父の教えの賜。 脳を駆け抜ける快感にも似た電流とともに、サクラの意識は仮想世界へと完全移行する。『祖霊転身メガビースト変形を開始します。祖霊転身反応を感知! 波長から水分子機械(ウンディーネ)と判別!』 慣れ親しんだ仮想体を意識する間もなく着席していたコクピットシート脇のスリットから、いくつものコードが躍り出て仮想体に接続。 操縦法がプレイヤーの直接的な動きで行うダイレクトタイプへと変わり、メガビーストへの変形が始まる。 ついでエリスのメルと比べて、感情が無いサポートAIが警戒音声を上げ、周囲宙域図に一瞬で無数の敵反応が浮かび上がる。 どうやら廃船やデブリに紛れ込ませて、既に罠が構築されていたようで、今先通ってきた通路にも、赤点が密集していた。 幸いにも変形中は特殊スキル『お約束』が発動し、周囲の艦船は全て停止状態。僅かに出来た時間的猶予で、周辺状況を確認する。 敵ハンター艦は種別不明。しかし野生の狩人が麻紀では無いと判断する。 罠の種類はわからないが、まずは赤点が少ない場所に移動するのが最優先。『変形完了。メガビースト起動します』「アルティメットウェポン発動! 選択ダブルインパクト!」 何時もなら堂々と名乗りを上げてからいくところだが、今は緊急事態。音声認識システムでの武器選択により、主機がうねりをあげフル稼働を開始。一気にエネルギーゲージが最大値まで駆け上がる。『周囲から敵性攻撃反応。約200! えっ!? 強制通信レーザーってなにする気!?』「エリーごめん!」 いきなり起きた戦闘で焦り声を上げるエリスに謝りながら蹴り飛ばして強制通信レーザーの範囲外へと移動させ、さらにその反動を使いサクラはビーストワンを跳躍させる。 『エ、エリスを踏み台にしないでよ!』 サクラ的には緊急退避行為だが、勢いがありすぎて蹴り飛ばされたといった方が正解でエリスから当然の抗議の声が上がる。 しかし今はそれに応え、謝る暇は無い。『必殺技発動準備完了。双撃超振狼(ダブルインパクト)発動します』「イエス! レッツゴー! ダブルインパクト!」 両腕を大きく振り回し大技を発動。改造して2本の尾となった尻尾が放電と共にプラズマ炎をあげ、ビーストワンが火の輪となる。 最大攻撃力でまずはこの包囲網から突破しようとするが、敵も然る者。技の入りのために停止した一瞬の隙に、再度強制通信レーザーが幾筋も放たれ、『外部から強制通信! 機体制御系への乗っ取りを確認! サブスラスターの一部が緊急停止! クラック除去を完了! 進路修正間に合いません!』 レーザー着弾と共に一部スラスター操作が乗っ取られ、強制的に停止。全身のスラスターを使った大技に入っていたビーストワンの進路は右側に大きく逸れ、脇にあった大型艦へと突っ込む形となった。「被害報告! うーんミツキやるね! 相手にとって不足無し!」 突っ込んだ艦の内部に残っていた推進剤や可燃物質に引火したのか、あちらこちらで爆発が起きて、外装温度が一気に上昇を始める。しかしそこは頑丈な戦闘艦。 立ち上がって手を何度も握ってみるが、動作にラグは無く、ほかの部分も戦闘継続に支障はないとサポートAIが表示する。 まだまだ全力で楽しめると分かり、サクラの心が躍る。『やられてなんで楽しそう!? サクラって戦闘馬鹿なの!? うーミツキも絶対許さないんだから! 罠なんて! だから地球人はずるがしこいとか、悪辣だってって評判になるの! メル迎撃用意!』 『りょーかい! イヤーでもその悪評の99%はお父上の所為だって社内アンケートの結果が』『メル五月蠅い! 戦闘集中! レーダー攪乱幕弾をランダム発射! 周囲全部に敵が潜んでいるみたいだから、少しでも防ぐ!』 一方でエリスの方は、罠に嵌めるつもりが、逆に嵌められていたと気づいて怒り心頭のようだ。 もっとも怒りつつも的確な手を打っているので心配はなさそうだ。 HSGOとは全く違う戦場。全く違う戦い方。しかし読みあいを行う対人戦は変わらない。 なら何時ものごとく、明るく、楽しく、戦うだけだ。 足元の船体装甲の残骸を拾って、即席の盾としたサクラは、戦闘を開始した。