「コピー40番までは敵艦Aへ集中。それ以降のコピーポッドは敵艦Bへ攻撃してください」 廃船の影で発生した無数のコピーポッド達を一斉に稼働状態へと移行。 ティア1の探査機がコピー元としても、最小サイズの探査機コピー達には武装は無く、短距離通信用レーザーが一門。巡航速度は低速、航続距離も最低限と、劣化コピーもいいところの性能。 アクアライドの固有祖霊転身ウンディーネは、手持ち装備を、コアと同質量の水を用いてコピーする特殊技能。 コピー元のティアレベルが高ければ高いほど、必要となるコア数は増加するが、高レベルプレイヤーになれば、かなりの資源が必要だが、所有できるコア数も数十万と膨大な数なり、搭乗艦を丸まるダース単位でコピ-して、一時的に戦闘力を単艦から艦隊規模まで、跳ね上げることも可能となる。 しかし今のミツキのスキルレベルでは、それは到底無理。だが似通ったことは不可能では無い。機能をしぼるという制約さえあれば、コアの数分だけは増やせる。 ミツキはまだゲームを始めたばかりの初心者。たいしてサクラは別ゲームとはいえトッププロの一角に名を連ねる熟練者。 どうしようも無いプレイヤースキル差を埋めるために羽室、いやかつて罠師として名を馳せたリーディアンプレイヤーハムレットから指示されたのが、文字通りの下手な鉄砲も数ありゃ当たる作戦。 そして最低限の機能を最大に発揮するための戦場。極小の探査機には身を隠す場所も、移動にも困らず、だが搭乗艦クラスには航路が大きく制限されるこの廃船置き場だった。 あえて可視化と不可視を混ぜ合わせた無数の強制通信レーザーが、敵二艦へと雨あられのように降り注ぐ。 微弱なレーザー光はただ命中しても装甲表面の温度を僅かに上げるだけの影響しか無い。だがそれはあくまでも物理的な面。 本命はどの艦でも、稼働時には常に稼働状態となっている光学観測及び通信用設備。 この世界はあくまでもゲーム。武装ティアレベル、またはスキルレベルにも左右されるが、現実よりも遥かに多くの情報を一筋の光の中に載せることが可能となる。 「敵艦A、B受光体への命中確認。システムへの再侵入を開始」 敵艦の観測機器へと命中と同時に、自動設定されていたクラックプログラムが発動し、敵艦システムへの侵入が開始。 先ほどサクラ艦へのスラスター乗っ取りで消費して0になっていたクラックポイントが、僅かではあるが再度加算され、敵艦ステータス画面へと表示される。 獲得したクラックポイントは、このままなにもしなければ遠からず敵艦の防壁機能によって排除され、喪失してしまう。 対抗策は攻撃を与え続け、そして敵艦の機能を段階的に掌握出来るレベルまで引き上げることだ。 劣化コピーの上、低スキルレベルの為、一度の命中で上がるクラックポイントは微々たる物。だがそれは豪雨のような数が補う。「敵艦B周辺索敵を発動。敵艦A。高レベル範囲攻撃発動。コピーポッド3機が盾としていた廃艦ごと破壊されました。おそらく情報リンクによるコンビネーション攻撃と推測されます」 機械仕掛けの狼が二振りになった尾をふり、超振動波をもって頑強な船殻を粉砕し、もう一振りの新しい尾が発し無数に分散したプラズマ炎の矢がばらまかれ、ポッドを焼き尽くす。 おそらくアレがサクラの新たな必殺技。攻撃範囲はそこまで広くは無いが、測定された数値が、ミツキの搭乗するマンタを一発で沈めて、それもお釣りが来るほどの高威力攻撃だと示す。 そしてそれを最大に有効にするのは、索敵能力に優れた観測者たるB艦の存在。 廃艦やデブリの間に隠れたポッドを上手いことあぶり出しているようだ。「目的はあくまでも時間稼ぎです。完全掌握まではいかずスラスター乗っ取りが可能状態範囲を維持しつつ、ポッドは回避行動に移行してください。クラックポイントは敵艦の高威力攻撃前兆が確認出来次第、消費してください。B艦へは索敵能力の低下状態攻撃を継続」 B艦はクラックポイントが最低ラインの索敵能力低下へと到達次第使用し、索敵能力低下状態で、その超射程能力に似合う索敵能力を少しでも削ぐ。 そしてサクラの搭乗艦は戦闘艦で電子攻撃に対する防御機構は低レベルだが、それでも敵艦システムを完全に落とし、クラックポイントの減少効果も無くなる完全掌握となれば、今のミツキのスキルレベル、装備では、祖霊転身状態が終わるまでには到達は到底難しい。 ならばミツキの作戦目的はあくまでも、マキが改装を終え到着するまでの時間稼ぎを徹底すること。無駄にポッドを消費しないために、クラックポイント一定値を維持しつつも、回避行動を開始させる。 行動が制限される閉鎖空間無いでの戦闘となれば、本来は格闘艦へと変形したサクラの独壇場だろう。しかしマキをミツキは知っている。 マキは腕があればサクラを無力化する事が出来ると断言したのだ。その作戦の詳細までは聞く暇も無かったが、親友がそう言うなら信じるだけ。それだけだ。 だから今ミツキに出来るのは、サクラに必殺技をいかに無駄撃ちさせエネルギーを消費させるか。「敵艦Bから広範囲レーダー波発信確認」 今まで短距離レーダーのみを打っていたプレイヤー不明B艦から、球型状に広範囲に広がる、広域レーダーの波が表示される。 このままでは埒が空かないという判断だろう……しかしその行動は読めている。 ミツキの生命線は、自艦位置。今サクラたちを攻撃しているのは遠隔操作されたポッド達は歩。こちらなら多少落とされようが、戦線の維持はまだ難しくない。 しかし王将たる乗艦位置を知られれば、その時点でこの戦いはミツキ達の敗北に終わる。「親ポッド3番からレーダー波攪乱幕を広域散布。こちらの居場所を誤認させます。本艦は偽装状態維持を徹底でお願いします」 ミツキをあぶり出そうとする索敵行動にたいして、あえて自艦位置とは正反対方向に展開していた親ポッドへと指示を出しつつ、NPC艦へと偽装した自艦の隠蔽を継続。 最初からこちらから情報も発信し認識されているならば、あくまでもNPC艦である事を認識させ続ける。 3番親ポッドからジャミング弾が発射され、レーダー波を掻き乱す攪乱幕が、廃船置き場の北天側一部宙域を覆い隠す。「攪乱幕散布成功。ですが一部ポッドとのレーザー通信途絶。再接続まで13秒を要します」 北天方向にはコピーポッドを多く配置してあり一時的にだが、強制通信レーザーの濃度が大きく下がる。 クラックポイントの減少をあえて受け入れ、北天側にこそミツキが隠れていると思わせるための布石を打ち、自艦位置の隠蔽にミツキは全力を注ぐ。 周到に張り巡らされた罠と、性根から真面目で着実なミツキの性格が合わさり、ギリギリのライン上を少しずつだが、着実に、罠の純度を上げ、サクラたちを一手、一手と追い込んでいく。 それはお手本ともといえる仕込みと流れで織り込まれた罠の流れ。差し出された教科書通りのセオリーを、ミツキは優等生らしく着実に、確実になぞりきっていた。 だが……それ故に破綻する。 純粋に満たされたブリッジに緊急警報を告げるウィンドウが展開され、けたたましい警報を奏でだす。 ウィンドウ色は漆黒。鳴り響く音は最上位警戒音。 それは最後の入り札が切られた何よりの証。「敵艦Bもフルダイブからの祖霊転身を開始! 同時に超射程ピンポイントレーダーを放射……目標は当艦だ!」「ぇっ!?」 ここまで順調にいっていたはずの手順に、降ってわいた異物に、ミツキの反応は遅れる。 それは一瞬。だがギリギリのこの状態で反応の遅れは、致命的な判断ミスとなる。 ミツキの行っている艦種偽装は、外観偽装では無く、レーダー反応を誤魔化す類いの物。 広範囲を無差別に索敵する広範囲レーダーなら、ある程度まで誤魔化せるが、より高度で精密なピンポイント探査から、身を隠すには、数度使い隠蔽率を上げなくてはならない。「ぎ、偽装スキルを多重使用して、隠蔽率を上げ」「スキル発動、間に合いません! 隠蔽解除されました! 敵艦B再度指向性レーダーを照射。本艦周囲の宙域情報を収集しているようです! 主砲、高エネルギーチャージ開始も確認!」「ポッド敵艦Bへのクラックを最優先。照準をずらしてください!」 一度剥がれてしまった虚偽の皮を再度纏っても意味はない。 敵艦Bの主砲は、チャージに時間は掛かるが、高威力、高射程で相手のバリアも装甲も無視して、直接内部に砲撃を打ち込む跳躍砲。 ガードが出来ないならば、照準能力へとクラックをかまして、砲弾をずらすしかない。 とっさにそう判断した美月が指示を出すが、「敵艦AがBへの直衛を開始。強制通信レーザーの4割が無効化」 足を止めたB艦への防護に回ったサクラが、自艦への着弾は一切無視して、B艦へと降り注ぐレーザーを、廃船からもぎ取った装甲を両手に掴み、次々に遮断していく。 さらにB艦も祖霊転身状態に入ったことで、電子攻撃に対する防御能力も上がったようでクラックポイントの減りが早い。 サクラに当たる強制通信レーザーも、受光体を狙った物では無く、当たらなければ意味がなく、クラックポイントを稼ぐほどでは無い。 サクラを優先的に狙えば、B艦への防御を低下させることも出来るが、それでは時間が掛かりすぎて、主砲発射までに照準をずらしきれるか判らない。 かといってB艦に集中させようとしても、サクラに防がれ、思うようにポイントはたまらない。 直撃を喰らっても、ダメージコントロールを最大にすれば何とか轟沈せずにすむか? だが戦闘継続が不可能なほどの大ダメージはそれでも避けられない。 一度決めた相手の照準位置が変えられないならば、今から探査モードに変形していた艦を、巡航モードへと変えて、この場を離れるか? いや、探査モードで無くては、多数のポッドを操作できない。ここまで手持ち装備をつぎ込んでいて、目標を達成せずに逃げるならばそれもまた敗北。 勝ち筋がほぼ見通せない状況。 判断の遅れが、長引けば長引くほどに不利になるのは判っている。この一瞬も刻一刻と敵艦の主砲チャージは貯まっていく、 このまま攻め続けても勝ち目は無い。なら負けは負けでも損害を少なくして引くしか無いのか…… 損切りをすべきか考え込んでいたミツキの耳に、新たな警報音が飛び込んでくる。「新たに祖霊転身を感知! 味方艦です!」『美月お待たせ! 換装完了! それとあっちの大きな物星竿持ち敵艦情報! 大鳥先輩から買ってっていわれて取ってきたから! 情報リンク開始!』 警報音を奏でていたウィンドウが切り変わり、既にフルダイブからの祖霊転身状態へと変化し、半透明の仮想体表示のマキと、その搭乗艦であるホクトが赤い光を纏いながらこちらへと急行してくる映像が映し出される。「麻紀ちゃん! ごめん。ばれちゃった!」「知ってる! 羽室センセ曰く。上手くやり過ぎだって。もう少し失敗するかと思ってたけど、お手本のような陽動でばれた可能性が高いって言うから、美月は悪くないよ! それより敵艦祖霊転身情報を見て! サクラが直接来るかも!」 謝るミツキに、気にしないでと笑って答えたマキが、情報リンクで共有した敵艦Bの情報確認を促す。 どうやら大鳥のアドバイスで、闇市場で物星竿の情報を仕入れてきたようだ。「り、了解! 祖霊転身状態での特殊能力……味方艦の転送能力取得!?」 通常時は砲弾を跳躍させる転位砲は、祖霊転身状態でのみその転位可能範囲と質量が増強されると、そこには記されている。 最低レベルでも自艦以外の僚艦を転送可能。最大まで強化すれば艦隊単位を跳躍可能。 その跳躍効果範囲は、砲弾を飛ばすときよりも大分落ちるが、今のサクラたちの位置から、マンタが展開する場所までは十分に届く距離だ。 もし着実にミツキを落とす気ならば、戦闘艦であるサクラのビースト1を転位させれば確実に勝利が出来ると考えるはずだ。『大丈夫。サクラが来ても私がしばらく防ぐからミツキは撤退して! ミツキは頑張ってくれたんだし、遅れちゃった分の埋め合わせしないと』「で、でもどうやって?」『腕がついたでしょ。本当なら合気で投げて、そこら辺の廃船に落として磁気アンカーで固定して拘束するつもりだったけど、そこだと投げつける地面が無いから上手くいかないから、とりあえず躱し続ける!』 艦同士の近接戦闘で投げるという発現も無茶だが、攻撃を躱し続けるというのはもっと無茶だ。何せ相手は生粋の戦闘艦ビーストワン。 必殺の尾攻撃はホクトの装甲を容易く砕き、二本目の尾が止めを刺してくる。 麻紀だって自分の言うことが無茶なのは判っているはずだ。 麻紀は他者の死に重度のトラウマを持つ身。ゲームですらも発動しかねないそれは、もし対象が親友の美月であれば、取り返しのつかない傷となりかねない。 だから二艦ともやられるよりも、自分が盾になれば良いという発想だろう。 麻紀が言わずとも、麻紀のことだから美月には判る。そして麻紀も見抜かれている事は知っている。 それでもそれを申し出たのは、美月がPCOに掛ける意気込みを知っているからだ。『大丈夫だって! ミツキが十分に距離を稼いだら、美月に言われて買っておいた緊急跳躍ブースターで離脱するから!』 麻紀が持ち出した切り札は、今朝方にアップデートで導入された新アイテムである亜空間ホームへの跳躍を可能とする緊急ブースター。 しかしそれは戦場から逃げ出せることは出来るが、同時に船に多大な半永久ダメージを与える諸刃の剣。 何より低くないリスクがある上に、使い勝手の悪さがさらに目立つ。 通常状態では艦への装備不可で、稼働させてから艦外へと放出して、磁気吸着により艦へと接続しなければならず、さらには実際の跳躍発動まで二十秒を有する特殊装備。 発動までに敵艦に破壊されればもちろん跳躍は失敗する。 簡単には撤退させない為の使用制限なのだろうが、遠距離戦ならばともかく、近距離戦闘を挑んでくるサクラ相手にそれを無事に使える可能性は極端に低いだろう。 「だ、ダメだって。それ本当に非常用だし、装甲値が半減するから装甲張り替え修理に時間が掛かるし、第一、発動してから装備しなきゃならない上に、稼働までの時間があって……えっ」 何度か読み返した使用マニュアルを頭の中に思い浮かべ、麻紀を説得しようとする美月の脳裏に何かが走る。 それは追い込まれた土壇場で浮かんだ違和感。そして閃き。 【ブースター稼働状態で取りつけた”船”はエネルギー全消失、船体耐久値半永久半減と引き替えに、無条件でどこの宙域からもホームポイントに強制帰還が可能】 マニュアルにはそう記してあった。 そこには肝心の対象指定がない。自艦とも僚艦とも、そして敵艦とも。 逃げ出すための装備。そこに課せられた制約は逃げ出しにくくするための物。 だが同時にそれが攻撃への制約だとしたら……「麻紀ちゃん……組み付きと同時に相手の船体へ、アイテムをくっつける事って出来る?」 浮かんだ違和感に確信は無い。だが負けないためにどうすべきか。 常道たる教科書を離れ、ミツキは勝つために想定外の道、外道へと一歩を踏み出し始める。 さて次話からは直接対決と言うことで、別れたAAとANを統合してA面決着編となります。その後は今回の裏B面最近めっきり姿を消していた主人公(ラスボス)の話予定です。相変わらず更新遅いですが、今年もお付き合いいただき、楽しんでいただけますと幸いです。ちなみに次話からのは、某所で公開済みのAN面+新話ですw