偽装情報発信と共に足を止めたのは2隻。 残りの5隻は承諾信号への返信で渡したクエスト情報を受け取るやいなや、一斉にクエストクリアに向けて移動を開始した。 残った2隻のうち1隻はミツキの狙い通りサクラの搭乗艦であるビースト1。 こちらの記録画像とは少し外観の形状が変わっているので、何らかの改良が施されているようだ。 画像解析スキルを使い装備解析を行ってみると、どうやら通常時は推進力増加。そして専用祖霊転身メガビースト使用時には、必殺攻撃である尾が2本に増えているようだ。 単純に攻撃力が二倍というわけではないだろうが、ただでさえ手のつけられない近距離攻撃の鬼だというのに、さらに近距離攻撃を増強している辺り、まともな正面戦闘では美月はもちろん、麻紀でさえ大苦戦は免れない。 しかし今懸念すべきは、予想外に残ったもう1隻の方だ。 こちらは美月には見覚えのない船だ。プレイヤー名を非公開モードにしているので、名前さえ判らない。 情報クラックを行えばプレイヤー名を知る事は出来るだろうが、相手にクラックがばれれば、美月があちらの存在を認識していることに気づかれてしまう。 今の美月が演じなければならないのは、あくまでもハンターから逃げるために船墓場に逃げ込むが別のプレイヤーから奇襲を受けるという立場だ。 判断に迷っていると、残っていた1隻にサクラの船が近づいていく。 しばらくすると通信画面を繋いで情報のやり取りをし始めたのか、両艦で交わされる通信量が微妙に増加していると、監視モニターが表示する。 情報のやり取りが増えているのはわかっても、今の美月のスキルレベル、装備では、この遠距離ではその内容までは覗き見るのは不可能だ。 気になる事はほかにもある。先ほど立ち去ったぼろぼろな5艦とちがい、両艦共に目に見える損傷を負っていない。 サクラの実力は一度実際に体験し、そのあとも麻紀が何度も襲われているので、そのすさまじくも正確で恐ろしい戦闘能力を肌で実感している。 もう1隻も無傷、少なくともサクラと同等の戦闘能力を有していると判断すべきだろうか。 作戦実行までのわずかな時間を用い、再度画像解析スキルを使用。もちろん今度の対象はプレイヤー不明艦の方だ。 対象艦はPCO内では、比較的不人気な新規メイキングキャラの地球人専用艦。 大器晩成型で、各種レアスキルの発現習得可能性は高いが、初期ステータスが相対的に低めで肉体的には脆弱な地球人種は、先行有利のオープニングイベント中にわざわざ育成している暇がないと判断したプレイヤーが多いようだ。 地球人以外の新規メイキング用キャラは色々と変わりダネが多く、また他のゲームから思い入れのある既存マイキャラをコンバートできる事も有り、あまり専用武器情報や、やり込みが行われていない種族の一つ。 見た目から判るのは、絶大な有効距離を誇る対要塞戦用大型跳躍砲を武装し、それに比例して今のレベル帯では最大限までで強化された通信、索敵装備を所有している。 近距離で停泊した両艦は砲火を交えることもなく、通信を交わしている。 ひょっとしたらアレがサクラのパーティ艦なのかもしれない。 最初の接触時に麻紀に、高レベルチェイサーを仕掛けた相手が未だ不明だったが、直接戦闘能力特化のサクラ、そして遠距離、特殊戦闘特化のあの艦というコンビではないだろうか? 不確定要素があるならば、不利な方を選択する。自分の都合の良い方で考えるよりも、違ったときのダメージが少ないはずだ。 その考えは慎重ではあるが、消極性を生むという欠点がある事に、今の美月は気づかない。 あの両艦がコンビ体制としたなら、遠距離砲もまずいが、一番の問題は通信、索敵強化タイプと、美月と被ることだ。 美月が託された罠は、正面戦闘では勝負にならないサクラに搦め手を仕掛けること。 勝利の鍵は、強化した通信、索敵能力と、先行入手できた特殊スキルにある。 予想外の別艦、サクラに勝る部分を最大限に有効利用し活用するためには…… 「プランAを廃棄。プランBを実行します。当局に試射実験を予定通り行うと通達してください。同時に偽装広報を再度発信。爆発直後にフルダイブ。こちらの位置、艦種を誤魔化します」 プランAはサクラを船墓場に誘導してからフルダイブを発動したのちに、即座に祖霊転身して絡め取る手だが、それでは僚艦にこちらの動きを察知される可能性が高い。 しかもこの後の作戦ではマンタの最大性能を発揮するために、美月はほとんど動けなくなり、長大な射程距離を誇る要塞砲の恰好の的となってしまう。 だから危険度は高いうえに不確定要素も多いが、より妨害レベルの高いプランBへと作戦を変更する。『ヤヴォール。市場管制局へ伝達完了。許可受諾。一番ポッドEMPミサイル照準を当艦を中心に範囲指定……ファイヤ。二番ポッド及び当艦の対EMP防御最大稼働』 今のレベル帯では高額で稀少なEMPミサイルは、お守りのつもりで搭載していた切り札だが、それを自艦を標的に使うことになるとは美月は想像もしていなかった。 所有者すら想像していない手。だからこそだませるはずだ。 自分に向かって飛んでくるミサイルが宙域図に映し出される。すぐにもフルダイブをしたくなるが、タイミングが命だ。 フルダイブした位置とそれが自分だと気づかれれば、策はあっけなく瓦解する。『指定位置に到達。高電磁パルス発生を確認。EMP防御開始』 「フルダイブ!」 サポートAIの報告が終わる前に、美月はコンソールを叩きフルダイブを敢行。脳内に快感にも似た電流が走る軽い衝撃が走り、美月は、ミツキへと変わっていた。「艦長! EMPミサイルによる妨害電波は順調に発生中! 廃船置き場の索敵ネットワークは一時途絶中! 復旧作業中です!」 切羽詰まった声だが、どこかぼやけても聞こえるブリッジクルーの声を目覚めの詩代わりにミツキは目を見開く。 身を包むのはほどよい温かさに加温された水が、水棲種族であるアクアライド星域人専用艦であるマンタのブリッジには充填されている。 地毛とは違う水色の髪が視界の端をゆっくりと漂っていく。ヒレのように所々がヒラヒラとした船長服は、竜宮城の乙姫を基本イメージにしているという。 そのファンタジー色にSF要素を掛け合わせたそうだが、個性の強い特徴が、喧嘩もせずに同居している辺り、デザイナーの服飾センスが窺い知れる。 元々有名女性デザイナーで、しかもゲーマーだという事なので、そこらのさじ加減がよく判っているのだろう。「EMP対抗スキル発動。シャーロッタさんは索敵ネットワークとのレーザー通信回線復旧を最優先。復旧後はすぐに標的艦の2隻のうちサクラさんの艦をA、プレイヤー不明艦をBと誇称して、動きを探ってください」 切り変わった肉体感覚と周辺環境、服装に一瞬だけ気を取られそうになったミツキだが、ブリッジに鳴り響く警報と光るレッドアラートにすぐに指示の声を発する。「「「「イエス、マム!」」」」 トビウオイメージの羽根を持つ操舵手トビー。フグをイメージした丸い砲手のモリや、鮫をモチーフとした鋭い歯を見せる索敵担当のシャーロッタに、珊瑚の肌を持つ副官及び主計担当のリーフ。 NPCであるブリッジクルーにわざわざ敬語で指示をしてしまうのはミツキの性分もあるが、やはりこのそれぞれの個性故というのも大きい。 初期艦は搭乗可能人数も少なかったので凝り性のミツキは、ブリッジクルーだけでなく艦全体の搭乗員を自動設定でなくわざわざ手動設定でそれぞれのキャラクタープロフィールやスキル構成を選択していた。 外観だけは簡易エディット機能の力を借りたが、お気に入りが出来るまで麻紀に呆れられながらもついつい時間をかけてしまったが自慢のクルーだ。 父の事が無く、時間さえあれば、母に習った手芸のマスコット人形にしたいと思うほどに可愛らしさ優先のデザインとなっている。「クルーのストレス値が上昇しています。何か手段を講じますか?」 自艦に対する自爆攻撃。さらには一時的にとはいえ目が潰れた戦闘状態に、まだまだ実戦慣れしていない新米クルー達は他の部署も含めて、軽度の緊張状態となっていると、リーフがステータス画面を表示、警告する。「いえ、そのままでお願いします。ただこっちのライン以上を突破した人が出たときは、循環機にこのフレーバーを投入してください」 この程度の軽度の緊張感ならまだファンブル確率はないと言って良いレベルで低い。 鎮静剤投入で反応速度が若干でも低下するよりはと拒否しつつも、ミツキは購入したばかりの循環補助装置の発動準備を指示しておく。 水の中に柑橘系の香りをブレンドすることで、少しストレス値を下げ、緊張度も緩和するが、なるべく弱い成分の物を選択。強すぎるのは効果も強い反面、デメリットも増す。「艦長! レーザー通信回復。情報きたぜ! 指示を頼みます!」 リーフに指示を出し終えると間髪入れずに、索敵担当のシャーロッタがノイズ交じりながらも、船墓場に向かって進路を取る2隻の艦を映しだした。 「2隻共ですか……」 またも生じた計算違いに、美月は軽く動揺する。 サクラの船は近接戦闘艦。船墓場のように入り組んだ場所はむしろ得意フィールドといえる。 逆に不明艦のほうは遠距離戦闘艦。距離を開ける不明艦はあの位置に留まり、情報収集に専念するのが定石。 だから先行偵察をするであろうサクラだけを罠を張った船墓場に招き入れることが可能になると考えていた。 だが現実は真逆だ。2隻とも船墓場に向かって直進している。 不明艦がわざわざ動きが制限される場所へ向かう意味は? もしこちらの真の罠に気づいているとすれば、そしてミツキが警備艦に偽装しているのがばれているとすれば、これは最悪の展開の一歩手前だ。 しかしそうで無いのならば……まだまだ主導権はミツキの手にある。 自身には即時の判断がつかないと、”判断”したミツキは、サポートAIのシャルンホルスト君へと目を向けた。 「シャルンホルスト君。こちらが向こうに罠を張っていると、気づかれた可能性は高いですか?」 フルダイブすればリアルモードという形状も使えるのだが、それがもじゃ髪で目付きの鋭いドイツ人といった風貌で、少し気後れしてしまったので、ハーフダイブ時と同じ二頭身デフォメルト型のままのシャルンホルスト君へ尋ねる。『ナイン。敵艦はアクティブセンサーを周辺探査の最低限度レベルで発信しています。こちらにその動きや位置を察知されないようにするための高ジャミングではないこと。またその進路が廃船置き場を回避する物で無いこと。以上のことから当艦が敵艦に気づいていないという前提で、廃船置き場内での奇襲を目論んでいると推測出来ます』「ではB艦の意図は?」『現時点では情報不足で不明。推測となりますがお聞きになりますか?』「お願いします」『A艦の推測索敵能力では現環境では、最大能力でも近距離探査が精々。それでは広大な船墓場内では当艦を見逃し、会敵や奇襲のチャンスを逃す可能性は高くなります。その死角を補うために、索敵能力に優れたB艦による中距離索敵を画策していると判断します』 シャルンホルスト君の推測にミツキはしばし判断に迷う。 対象が1隻のつもりで用意した罠の中に、2隻。しかもその予測外の相手はミツキと同タイプ。 麻紀の改装は時間的にはそろそろ終わっているはず。だがそこから出航準備や、頼んでおいた奥の手も考えると、まだ少し時間はある。 正確な時間を知りたいが、今通信を繋げば、敵艦にこっちがNPC艦に欺瞞していると気づかれる恐れもあるから、通信をつなげられない。 数的不利。稼がなければならない時間は短いが不明。 何時ものミツキであれば、安全策としてここは一端退くことも考える状況。 だがミツキは新しい自分に変わろうと、三崎の悪意に負けない自分になろうとしている。 「ポッド1番、2番を廃船置き場に予定通り進行。いつ気づかれるか判りませんが、偽装戦闘情報を発信しながら、なるべく奥深くまで敵艦群を引きずり込んでください。敵艦を十分に引きつけた、もしくはこちらの偽装がばれたと判断次第、祖霊転身を使用します。マンタ。探査モードに変形を開始してください。覚悟を決めます」 美月の指示にあわせてマンタの艦後方から伸びたテールアンテナが展開を開始。無数に放出された球状プローブの一つ一つが雄しべの様に広がり、宇宙に大輪の花を咲かせる 移動性能やステルス性能、そして防御性能を大きく犠牲にしながらも、その索敵、通信機能が最大となるモードへと移行したミツキは、新しい自分になろうと今新たな道を切り開いた。