「探査ポッドは指定位置に着き次第、子ポッドを順次展開。短距離通信ネットワークの構築を開始してください」 マンタを停泊させ、アンテナ群を展開した美月は、目の前に展開した宇宙3D図に映る宇宙船墓場の地図データを前に真剣な眼差しで見つめ、親ポッドを配置していく。 親ポッドから発進した無数の子ポッドの距離と配置を慎重に確認しつつ展開して、電波妨害中でも高度な情報のやり取りが可能だが、短距離で間に障害物を挟まないレーザー通信ネットワークを構築する。 子ポッド一つ一つが美月の目であり、同時に目が捉えた映像を伝える神経の中継点。 1つの子ポッドが潰されても、回線の維持に支障が出ないように複線化し仮設ネットワークを急ごしらえでも構築しつつ、内部構造も把握していく。 無数の船が乱雑に置かれたこの船墓場はまるで迷路。通常船では通れない隙間も数多い。 今から始めるのは時間稼ぎの鬼ごっこ。鬼はもちろんサクラで、逃げるのは美月だ。 見つからないように、美月の位置を悟らせないためには、なるべく正確に内部を把握する事前準備が必要になる。 問題は残り時間だ。美貴からもたらされた情報でのサクラの到着予想時間まであと3分もない。 ウォーレン星域試験場とは反対側の星域外方面を見張っている子ポッドは、かなり遠い宙域で光る戦闘痕跡らしき物を既に何度も捉えている。 アレがサクラたちの集団であるのは間違いないだろう どうやら賞金稼ぎ同士の小競り合いが移動中に始まったようだが、マンタ本体ならともかく探査子ポッドではそんな遠距離の戦闘詳細まではさすがにわからない。 もしかしたらサクラは、その戦闘でダメージを負って撤退しているかも知れない。 不意にそんな予感が浮かぶが、美月はその甘い考えを振り払おうと、さらにネットワークの構築に集中する。 サクラが来なければ、身を隠していれば美月と麻紀は逃げられるかも知れない。 だがそれは現状維持。自分達は追い込まれた現状を変えるために動くと決めたはずだ。 来なければ良いではない、来るはずだ。ちょっとした小競り合いの戦闘くらいで傷を負うなんて甘い予想はしない。 気合いを入れ直した美月の手が、コンソールの上で軽やかに踊る。 美月が得意とするのはプログラミング。無駄を省き、理路整然と並べ、滞りなく、情報を、伝達させていく。 完成するまでは成果などない作業は、ゴールまでがひたすらに苦しい。途中で諦めれば壊れたプログラムは思い通り動かない。 最後まで走り続けなければならない。しかもミスも無くだ。 細やかな丁寧さ、そして根気を求められる作業。しかし美月はそのような作業が好きだ。 一つ一つ積み重ねていく作業が。 無心で打ち続ける美月が監視、欺瞞ネットワークを構築させ、最後に接続試験を行おうとしたとき、無情にも時間は訪れる。『美月ちゃん。敵艦確認! 七隻!? ずいぶん少ないけどなにやってたのよこいつら!?』 外部で星系外監視モニターを見ていた美貴が、戦闘の痕跡が残る傷だらけの船達をみて驚きの声をあげる。 しかし美月達が狙う獲物のサクラはぱっと見には無傷の様子。 あらかじめ覚悟していた美月は、それを事実として受け入れ、そして予測が当たったと思うことで自分の力とする。『また派手にやりあったみたいだな。だが逆にこっちには数が少ないのは朗報だ。高山。仕掛けを始めてフルダイブに移行したら、外部の俺らはみることが出来ても、中には通信が出来なくなる。とにかく事態が予想外の方向に行っても落ち着いて策を考えろ、いつだって勝ち筋ははある』「……はい。ありがとうございます。」 羽室の言葉が励ましなのか、真実なのか今の美月にはまだ知らない。だが知らなくても、信じることは出来る。 信じて進むだけ。『美月! あと2分で改装を終えていけるはず。ごめん、すぐ行くからちょっと待ってて!』 通信ウィンドウの向こうで必死に手を動かし、改装を早く終わらせるためのミニゲームをといている麻紀が、美月が戦う為の最後の背中を押してくれる。 自分は一人で戦うのではない。麻紀と戦うんだ。なら大丈夫だ。「……そうだ。麻紀ちゃん。少し時間が掛かっても良いから……」 思ったよりも麻紀が来るのが早い。ならばと一応の保険を美月は手配する。 羽室はいつだって勝ち筋があると言った。ならば使わなくとも、勝ち筋を掴める手は増やすべきだ。 それは美月にとって仇敵たる三崎と似たような考え。 そうとは知らずとも、三崎と同じく羽室に薫陶を受けた美月は、その入り口に行き着いていた。『りょーかい! 使わないですむなら良いけど、一応二つ買っとくね!』「うん。じゃあ待ってるね……船籍欺瞞スキル発動! 偽装広報発令! 親ポッド一番ステルス発動! 二番偽装船籍情報を発信しつつ、所定のコースを通過して船墓場に侵入! 本船は低速前進!」 麻紀に向けて笑顔で答えた美月は、軽く息を吐いてから、意識的に強めの声で戦闘開始を宣言する。『ヤヴォール。ただいまより本船はロセイホルン17を偽称。偽装戦場構築戦を開始致します』 参謀本部の生みの親である知将をモチーフとしたサポートAIシャルンホルスト君と共に、美月は、初めての砲火を交えない偽装の戦闘。 欺瞞と嘘と思考が入り乱れる電子戦の世界へと足を踏み入れた。