後輩の三崎が開発・運営会社に所属し、その三崎の策謀絡みで美月ら生徒達が参加しているので、多少はPCOについて調べていたが、詳細までは手つかずな羽室は、美月が取得しているスキルと手持ち装備の説明をざっと流し読む。 チュートリアル無しで、説明書も禄に読まずに、ゲームプレイとなれば不利は否めない。 ましてや定石通りの決まり切った反応をするNPC相手ではなく、今回はそれぞれの思考で動くプレイヤーが相手の対人戦。 ゲームがいくら進歩しようが、お定まりのシステムやルールがある以上その根本はさほど変わらないといえど、予想外の事が起きる可能性は極めて高い。 PCOの前身の1つである、同じくホワイトソフトウェアが開発・運営していたリーディアンをプレイしていたとはいえ、SFとファンタジー。勝手は違いすぎる。 不都合を考え出せばきりなど無い。 きりが無いのなら無視する。 幸いなことを探し、そこに勝利の道筋を見出す。 その理論の元羽室が見出した道は、PCOが正式オープンしてまだ一月足らずということ。 これが稼働して何年も経ち、プレイヤーレベル、スキルレベルもカンストしているのがデフォなゲームなら、戦闘1つとっても、高レベルで強力な効果と癖を持つスキル間の相性や、有効な戦術、戦術への対処方などが研究され尽くして、高度な読み合いとなっていたことだろう。 しかしPCOはまだまだ手探り状態のゲーム。 そしてプレイヤー達も、豊富なスキルと、ゲームの常識を逸脱した多種多様なアイテム群によって、それぞれの嗜好に合った特徴的なプレイスタイルを序盤から可能とはいえ、低レベルの見習い段階で、強力だが癖の強い装備やスキルは、自ら取ろうと思わなければ選択肢にはまだまだ入ってこない段階。 美月のスキル構成や装備も低レベル帯の例に洩れず、極端に特化して扱いづらい物は無く、基本形を抑えた優等生らしい物となっている。 直接攻撃能力は、障害物排除や自衛目的のミサイルなどを最低限度搭載。非殺傷型兵器として高価な戦術規模EMPミサイルを虎の子として四基保有。 貧相な攻撃兵器群に代わりに、探査船らしく探索能力を重視し、本船のレーダー機能を強化し、目となる使い捨て子ポッドとその母艦となる親ポッドを複数搭載。 取得スキルも、元から船が持つ探査機能やステルス機能を強化するものを中心に構成してあげている。 犯罪者ルートに入る事で早期取得が可能となった特殊スキル群は、直接的な攻撃では無く、船籍欺瞞や電波妨害、偽装情報発信など非破壊攻撃スキルを主に育成中。 試しで手当たり次第に購入、育成したわけで無く、最初から一貫した意思の感じる構成は、徹底的に直接戦闘を避け、潜伏、逃亡を重視している。 「低レベルスキル……高レベルNPCに仕掛けられるほどじゃ無いが、相手は同じく低レベルスキル。だが別ゲートップクラスプロプレイヤー。特性を生かすとすれば」 地形データを確認。現役時代でも飛行スキル持ち相手に三次元での戦場配置になれていたので、舞台がSF、宇宙空間に移ろうとも、状況を想像するのには支障がない。 問題は時間の無さ。禄に準備する暇も無く、とっさに罠配置を考えろは無茶があるが、これも羽室に、いや罠師ハムレットには懐かしい感覚。 ボス戦後を狙った突発クエストで急遽湧いた高モンスターの大規模襲撃に対し、『足止めしてるんで殲滅罠たのんます』と、残存戦力も、装備品耐久値も考えず、こっちの返事も待たずに突っ込んでいった後輩ギルマスと脳筋前衛組に、何時も悩まされるのは後衛組の副マスやら、特殊組の自分達だった。 ただそれが楽しくなかったわけでは無い。 楽じゃ無いからこそ、苦労してクリアするからこそ、手応えを感じ楽しめる。 無茶な状況に突っ込む前衛に対し、無茶な要求をして罠に招き入れる。 互いにギリギリまで知恵と力を出し合い、無茶をこなす。 それが自分達……ゲーマーだ。 かつての心を、楽しみを思い出したからか、それとも心のどこかで待ち望んでいたからか? 羽室は1つの勝ち筋を見出し、仮想コンソールを叩き始める。 長ったらしい説明は、罠師にして暗殺者たるハムレットには不必要。 簡潔、簡素。心理を利用し、単純化した罠を用い、無音で近づき、隙を突いて一撃で決める。「高山。速攻で書き上げて手順書を送る。フルダイブと、あー祖霊転身だったか、そいつのタイミングが鍵だ。フルダイブしたら外部回線との直接通信は原則禁止だったな。西ヶ丘経由での情報のやり取りも作戦開始と同時に不可能だ。餌を撒いて箱に閉じ込めたら、そこから先はアドリブになるから上手くやれ」『は、はい! ……っぇ!? でも、こ、これってばれたら、無防備すぎませんか!』「高山自身がそう思うなら、上出来だ。よほど捻くれてない限りは誰もがそう思う。しかも相手は高山を知っている。ならこんな博打を打つ性格だと思ってない。上手いこと嵌まってくれるだろうよ」『さすがタロウ先輩。シンタ先輩を面倒な策略家に育てただけはありますね。また性格の悪い罠を』 簡略化された作戦指示書を読んだ美月が、驚きと戸惑いの色を浮かべ、同様のデータが送られてきた美貴が賞賛、もしくは素人に無茶な手順をと呆れ交じりの感想を口にする。「あのなぁ、シンタの奴は勝手に育っただけだ。今のあいつならスキル無しでも口先だけで、これと同じ状況に持ってけるだろ。逆に高山は通信回線は外部との自動応答は封鎖しとけ。どうやっても嘘が上手いタイプじゃないからな」 三崎が新入生だった頃に直接面倒を見ていたのは確かだが、悪名高いゲームプレイスタイルまでは責任は持てないと、三崎本人が事ある毎に羽室に影響を受けたと語っていることは棚にあげ、羽室は渾身の罠に満足げな顔を浮かべた。 イエローゲート『DCU21547』 広大な空間に数えれるほどの原子しか存在しないほど密度の薄い恒星と恒星の間に、ぽつんと存在する跳躍ゲートとその周辺の補給ステーション基地は、表向きには辺境惑星の弱小宙域レンタル会社が所有している。 ゲートの近隣には生物の住まう星も、大規模な宙間ステーションも無い虚無の空間が広がり、他惑星への航路も無い終点。 人目を忍んだ新兵器実験でも、実弾を用いた大規模な戦闘演習でも、違法スレスレの改造を施した宇宙船ドラッグレースでもご自由にという、空き空間だけはたくさんある辺境での、元手が掛からない商売の1つ。 会社が倒産寸前で、ゲートは碌な整備がされておらず使用不能な日も多く、その整備費用を捻出するため、相場と比べて高額に設定された利用料金と、いつ潰れてもおかしくない、そして珍しくない場末の1ゲートという体裁が取られている。 だがその実体は、ブラックマーケットへ用事がある通常客向けへのゲートであり、その入場を制限する管理会社。 無論通常客といってもただの民間人では無い。組織には属さない一匹狼の犯罪者。清濁を併せのみ秘密裏に動く軍情報部。一般社会に紛れ込むペーパーカンパニー所属船。そして賞金稼ぎ。 合法と非合法の境界線を行き来している者達相手に商売をするゲートは、データ上の利用記録とは違い、今日も大繁盛をしていた。 ゲートの見た目をひと言でいうならば、ガイドラインであるレーザー光で描かれる多角形の多面体で構成された宇宙に浮かぶ巨大な角張ったオブジェだ。 オブジェの内部には、物体を別宙域へと跳躍させるための空間特異点である跳躍ゲートが存在し、大小様々な多角形の一つ一つが宇宙船を迎え入れる門となっている。 ゲートには一度に跳躍可能な質量上限が存在し、ガイドラインであるレーザー光がその前で待機する宇宙船や、逆に出現してくる船を知らせる信号の役割を果たしていた。 今ゲートは数秒おきにその一部が光り、その度に多角形からは船が飛びだしていた。 ゲートから出現したそのうちの黒塗りにされた1隻がゲートから加速可能領域に向かってゆっくりと移動を始める。 ほぼ同時に出現した船が我先にと、ゲート周辺で出せるギリギリのスピードで加速していく中で、1隻だけ異端の行動を取るのは、別に傲りから来る余裕からではない。 見極めているのだ。自分の競争相手となる者達を。 賞金首クエストは、クエスト詳細はリアル時間で10時間前に公布はされるが、実際に受注可能となる星域と、開始時間、受注可能人数が、それぞれの賞金首事に決められており、ほぼ一斉的なスタートになる。 これは報酬によって一定の賞金首クエストに人が集まり過ぎないよう、分散させる難易度調整。 何せ相手は賞金首とはいえ、一部を除いて大規模な戦闘艦群に守られているわけではない。あまりにプレイヤーが集まりすぎると、誰が捕まえるか、もしくは撃沈するかは読めない運ゲーとなり、場合によってはプレイヤー間のトラブルとなりかねない。 クエストレベルを調整するための制限人数だが、今回は相手が大物技術者の為か受注には、高めの功績値制限が設けられ、さらには通常賞金首なら一桁大の参加人数が、大台の40人が上限の大クエスト。 目標はその技術者によって盗まれたデータから再現された試作型重力制御機関の実験データ及び試作重力兵器搭載艦の破壊。技術者の生死は問わず。 試作兵器はマイクロブラックホールとまでは行かないが、連射可能なうえに高ダメージな機関砲タイプと、なかなかに手強そうなデータが出ている。 しかも潜伏場所は、高レベルNPC警備艦も配備された裏市場。下手な戦闘で周囲に被害を及ぼせば、瞬く間に警告無しで自分が撃墜されかねない危険地帯。 危険度は高いクエストだが、無論それに見合って報酬がいい。 オープニングイベントに関連したクエストで、試作型よりは性能は落ちるが、安定した新型重力制御機関の実機が一機と製造データで、製造して売ってよし、自分で装備しても良しな、良クエストとなっていた。 ゲートの発光が終わり、飛びだしていくライバル達を全て見届けた黒船がようやく動き出す。「Goal black market!Maximum speed!Ready go!」 楽しくて楽しくて仕方ないといった気持ちがあふれ出した思いの丈を、強制通信で周囲へとわざわざ告げた黒塗りの船が、メインスラスターを最大稼働させ、一気に加速を開始した。