『高山、シンタの思惑を外すって決意するのはいい。だが具体的にどうする気だ?』 羽室の問いは当然だ。ただ嫌いだから抗うでは、意味がない。 策も無く動いて、それさえも予測されてただ躍らされただけならまだしも、下手に三崎の策謀を壊して父の情報を手に入れられなければ本末転倒。「少し考えさせてください……」 三崎に対する静かな怒りを感じさせる底冷えした声を発した美月は、軽く目を閉じ探すべき答えを自らに問いかける。 三崎の狙いは判らない。ただ自分達を駒にし、何かをなそうとしている。 今の美月ではその企みまでは見抜けない。 だが視点を変えることは出来る。三崎と同じ位置から俯瞰で己を取り巻く状況を観察する位置へと。 ただのプレイヤー目線では三崎には対抗できない。状況に流されるままでは、利用されて終わるだけ。 三崎が作る状況の中に自らの道を作り出し、大まかな流れの中でも、自分の意思になる流れへと変えるしかない。 まずは三崎に対する対抗心は悔しいが抑えて、場を変える。己の動きやすい場へと。反撃はその後からしかない。 三崎によって自分達は否応にも、ゲームに引きずり込まれている。さらには贔屓と他のプレイヤーが錯覚するような待遇に、望んでもいないのに与えられている。 アーケロスファイル然り、シークレットレアスキル然り、そして別ゲームからの刺客サクラ然りだ。 全て美月達ゲーム初心者の手には余る物。しかし熟練プレイヤー達が美月達と同じ物を与えられていれば、知名度の確保と共に、攻略のトップに躍り出ていることも夢では無いはず。 端から見れば、実力も無い三流初心者プレイヤーがに、開発陣から優遇されて有名プレイヤーに成り上がろうとしているようにも見える事だろう。 それこそ美貴のいったとおりに、錯覚は美月達への嫉妬と嘲笑を呼び込む布石となりかねない。 それはすぐにゲーム内での敵へと変わり、ゲーム攻略への大きな障害となるだろう。 優先すべき錯覚の種をどうにかしなければ………… 今の自分達。周囲の環境。そしてそこから予測される未来図。幾枚もの図面を脳裏に重ねるように美月は考える。 三崎が自分達を駒として使うならば、対抗する為には、自分自身が自分を駒として考える。 美月が対ミサキとして選んだ戦場は状況の作り合い。 周囲の者に対して説得力のある状況を、如何に早く、より巧みに作り上げるかという戦い。 既に作られ掛けている状況を、大きく変えるのは難しい。だから少しの変化で効率的に効果を得るには……「まずは、主従を逆転させようと思います。あの人によって私達が優遇されていると、今の状況下では、否定しても他のプレイヤーさんに信じてもらえ無い可能性が高いです。だから逆に持っていきます。私達があの人によって優遇されているのでは無く、私達があの人をサポートするために優遇してもらっていると」『えと……美月。サポートってどういう事? 結局それってあたし達が優遇されているって思われる状況があまり変わっていないよ』 雰囲気の変わった美月の突然の発言に戸惑っているのか、画面の向こうで固まっている者達を代表して麻紀がその真意を問いかける。「うん。だからもっと具体的に言うなら下手なステルスマーケティング要員を演じるつもり。私と麻紀ちゃんはゲーム初心者でしょ。初めてのことに取り組む初心者の体験記なんてよくある宣伝手法の1つ。だから私達はあの人、正確には運営会社さんに依頼されて、宣伝をかねてゲーム内で新しいシステムやリスクの高い賞金首プレイを積極的に行っていると、他のプレイヤーさんに錯覚してもらおうかなって。私達の戦績は正直に言って負けの方が少し多いくらいで、入賞だって滑り込みできるかどうか微妙なくらい。優遇されて大勝ちしているのでは無く、悪戦苦闘しながら初心者らしく進めている。同じプレイヤーという立場では無く、テストプレイ、いえ非公式のチュートリアルプレイの一環のように思ってもらえれば、反感を最小限に抑えれないかなって」 美月の狙い。それは出来上がり掛けている道筋を逆転させる事。 今の状況を大きく変えるほどの時間も力も無い。なら既にある物を利用して、水の流れる向きを変えるという形だ。『……またダイナミックな、それで反則的な偽装工作を言いだしたわね。タロウ先輩の仕込みですか?』『んなわけあるか。カナ。シンタのステマを仕掛けてるのお前だったよな。どう思う』 美貴の半目の疑問を一刀両断で否定した羽室は、この手の情報戦は三崎の十八番だと言うことを思いだし、その実行部隊として色々協力している金山に、実現の可能性を確認する。『リーディアン時代からをホワイトをよく知っている捻くれた連中には、素直に通用しないっすね。ただPCOユーザーはリーディアンだけじゃ無い。他ゲからのコンバーター連中には、実は運営側の宣伝プレイヤーだと思わせる事も仕込み次第じゃ……あー。色々修正は必要ですけど基本ラインとしてはいけんじゃないっすか』 考えるときの癖なのか、それとも仮想ウィンドウにフローチャートでも描いていたのか、まるで指揮者のように指を動かす金山は、しばらくしてから及第点の評価を口にした。『高山さん。気づかせるってのはどのラインを想定してるんだ? バレバレ、もしくは気づいている奴は気づいてるってレベルっていろいろあるけど』「ちょっと考えれば、誰でもすぐに察しがつく程度が良いと思います。下手に勘ぐりされて、優遇されているって所で思考が止まってしまうと意味ないですから」 美月は少しだけ考えてから即断する。 ステマは諸刃の剣。あからさまな宣伝効果は、逆に反感を買うときもある。だが既に反感を買う可能性があるのだ。なら下げれるだけ下げる方針で行く方が良い・『オッケー。そうなると餌とおとりがあれば、釣りやすいな。宮野。本隊の方って今OPイベントの攻略どんな感じなんだ?』 『チサトからの定時連絡じゃ、ハードワールドで暗黒星雲探索のための近隣拠点を確保。中央部への難所を突破のための機材、スキル上げの最中。ランクじゃ上の中レベル。トップクラスより少し下の位置づけかな』 美貴は公式HPの画面を呼び出し、OPイベントランキングマッチの暫定順位を表示する。 現役組で構成されるKUGC本隊は、同盟ギルドとの混成メンバーを組んで、本命の最大人数である10人の暗黒星雲調査パーティと、それをサポートする資材採取、情報収集、修理、改造、拠点整備などを行う数十人規模の補助部隊という構成で目下、ハードワールド鯖で交戦中。 その功績獲得ポイント順位は現在32位と少しばかりトップから離されているが、まだまだ上位入賞を狙える射程圏内だ。 これは十分以上に、上出来な位置。 なにせPCOのオープニングイベントは、イベント好き、派手好きな某兎社長の思惑でも働いたのか、一位パーティへの賞金金額1億円は元より、下位に払われる賞金を合わせた総合金額ともに、今までの国内記録を大きく更新する大盤振る舞い。 VR雑誌のインタビューでは、その社長が、日本では法律でその金額が現状の最大だったが、規制が解除、もしくは緩和されたなら、この数倍、いや数十倍も考えているという爆弾発言もあり、年間チャンピオンシップなどの企画が水面下で進行中と、既にまことしやかに囁かれているほど。 それ故に上位陣の戦いは先を見据えてか、日を追うごとに熾烈の一途で、MODシステムにより自作改良プラグラムや自作AIも投入できるので、その自作プログラムの癖から、有名国立大学の開発研究室やら、海外ベンチャー企業のAI開発部が、宣伝効果と賞金GETを目論見、参戦してきているという噂もあるほど。 その群雄割拠の中で、コンバートキャラ故の武装のスタートダッシュはあっても、主に純粋なゲーマーとしてのプレイヤースキルとギルド間の団結力を主な武器で、この位置にまで昇って来た混成ギルドの実力は推して知るべしという所だろう。『お前らは賞金ほども入らないのによくモチベーション続くな』『いぁ、それが賞金は入らないかわりに、シンタ先輩の給料にダイレクトアタックじゃないですか。前に結婚式の余韻をぶち壊されたチサトを筆頭にうちの後輩メンバーが盛り上がってまして……積年の恨みを晴らすと』『あぁ。直であまり関係なくて、GM時代に被害を喰らってるのか。カナおとりってこっちを使う気か?』 どんだけ恨みを買ってるんだとあきれ顔だった羽室が、金山が本隊の順位を確認した意図を見抜く。『ういっす。賞金が出ない代わりに先輩への給料ダイレクトアタックって、向こうは本当にゲームを盛り上げのための実質公式イベントですから、その動きに連動して高山さん達が動いているようにちょろっとコメント操作して誘導すれば、本命の宣伝担当はあっちで、高山さん達は初心者向けの紹介って思う奴も続々と出てきますよ』 三崎の悪影響か、それとも元々同様の資質があったのを見抜いた故の抜擢なのか、策を張り巡らす金山が楽しげに親指を立てる。 これ以上いないほどに判りやすいプレイヤー側の宣伝担当という実例があるのだ。それを隠れ蓑にすれば、美月達を同一視させるのはさほど難しくはないのだろう。 『そうなると後は餌か。宣伝担当と思わせてヘイトを下げたところで、面白半分、もしくは売名目的で襲ってくる連中には関係ないからな。上手いこと高山達が襲わせれないように持っていくしなねぇな。ホウさん。なんか良い方法ねぇか?』 金山に釣られたのか、羽室も普段の真面目な教師といった表情が少し切り変わって、口調も少しだけ荒々しくなっている。 美月にはその顔は実に楽しげに見えた。『ったく引退してるから口出さないって言ってたわりには、がっつり復活してんじゃないか【特攻】が」『そりゃ教師だからだっての。可愛い教え子共に手を出してきた腐れ外道に一泡吹かせてやろうって訳さ』「まぁ、こっちもリアルの後輩だ。やぶさかじゃ無いが……意趣返しとなりゃ、あいつの使ってきた手をそのまま利用するってのはどうだ? レアシークレットスキル。うちの攻略班ですら片鱗も掴んでない。これほど極上の餌はそうそうないだろ』 羽室の生き生きとした顔に、あきれている口調でかえす大鳥だったが、美月からすればどっちもどっちだ。『ホウさんナイス。良いね。シンタ先輩のにやけ面に一発撃ち込むには、最高の先制攻撃っしょ』『なら、公開しない限り所得方法は不明ってのがネックだったけど、だから逆に使うってのどうです?』 しかも美月から見れば、同級生以外は皆年上だというのに、なんというか悪巧みをするのが実に楽しそうなのだ。 『さすがシンタ直近の後輩共だな。話が早い。スキルの取得を盾にしておけばOPイベントくらいの短期間は持つだろ。スキル値は公開すればすむが、問題はシチュエーションフラグって奴の行動再現なんだが』『そこは大丈夫。美月ちゃん達のゲーム内での行動はアンネベルグでモニターしてあるから。刹那さん経由で提供してもらって、最大の天敵への挑戦状って形で、ホウさん所で公開って手で行きますか?』『待て待て宮野妹。それは露骨すぎ。うちで公開して、ホウさんの方で補足してもらうって位で良いだろ。こうなりゃ西ヶ丘の珍妙な格好も良い方向に働くな。うちの教職員会議で、どうするか揉めてたんだが、禁止しなくて正解だったな』『あー……学祭以外じゃ、さすがに麻紀ちゃんほどはっちゃけたのは早々いませんもんね。あの目立つキャラ造形は、宣伝マスコットとして、シンタ先輩が白羽の矢を立てそうですね。それ言えばあのオウカって子もらしいですし。じゃあシンタ先輩とアッちゃんコンビとの対戦画像も張っときましょう。説得力上がりますよ』 なにより大鳥のその一言で、美月達の高校生組以外の者は何を言っているか察したのか、あっという間に具体的なプランを立て始めていく。 しかし昔から付き合いのあるベテランゲーマー勢達は良いが、こういったゲーム外からの攻略なんて、外道な手に慣れていない美月達には、全く意味不明だ。『ち、珍妙って! 先生酷くないですか!? それに何をあたしと美月にやらせる気なんですか!?』 意味が判らないくらいならまだしも、ご自慢の恰好に、微妙な目線を多々と向けられた麻紀が切れ気味に声をあげた。「美貴さん。レアスキルを公開して、その取り方を詳細解説して、他のプレイヤーさんに見逃してもらうって事ですか?」 麻紀の恰好に関する率直な感想はともかく、それ以外は麻紀と同じ考えの美月も、今の発言の流れを聞いて思いついた事を尋ねる。 しかし美月は知らない。見抜けない。 『逆逆、美月ちゃん。探してもらうのよ。スキル解放の条件であるシチュエーションフラグを。美月ちゃん達が、あの強敵の【オウカ】に追い込まれて、【合体】スキルを使わなきゃならなくなる期限までにね』 まだまだ未熟な美月のプレイヤースキルでは、深慮遠謀な策謀を張り巡らし、外道プレイヤーとして、そして後に外道GMとして名を馳せた三崎の盟友であり、その同士達の外道LV1000を越える策謀の真髄を。