ブラックマーケット『ウォーレン星域試験場』 星域の名が示すとおり、恒星系全域が市場となった銀河文明最大級の規模を誇るブラックマーケットになる。 安定期の主星たる恒星と、その周囲を漂う6つの惑星からなる中規模星系。 ただし惑星は、恒星間航行船さえ沈みかねない重度重力異常や、あらゆる物質が数秒で腐り果てる大気汚濁、もしくは地表が大きく抉られマントルが吹き飛びコアが露出した半崩壊状態と、どんな命知らずの船乗りでも、心底降下を遠慮したい惨状を晒していた。 そんな地獄絵図の惑星とうって変わって、天に浮かぶ無数の人工星達は、きらびやかに輝き、この世のあらゆる物質、情報、快楽が合法、非合法を問わず、金さえ払えば手に入ると声高々に謳っている。 何故これほどまで大規模なブラックマーケットが、堂々と開かれているか? それはこの星系の成り立ちが深く関わっていた。 元々はウォーレン星域試験場は、今は亡き大国によって辺境星域で秘密裏に運営されていた、大規模兵器性能試験場となる。 だか度重なる試作兵器実験により、主星たる恒星を全ての惑星の原生生物が滅亡、もしくは変貌し、浄化不可能なほどに汚染、破壊されつくして放棄されたという曰く付きの星域。 さらに先の銀河大戦で国その物が、首都宙域空間諸共滅亡し、執政者不在、直通ゲート消失となり、通常航法で無理して到達しても汚染された星があるだけだと、臭い物に蓋ではないが、どこの国からも無視されたロスト星域扱いとなったといわれている。 しかしこれは半分正解で、半分意図的に改竄された公式情報。 公式跳躍ゲートポイントは空間諸共に消失したが、この汚染された星域へ繋がるゲートポイントは、いくつか残っていた。 ただしその所有者達は、いわゆる海賊や、闇商人と言われる者達。 どこの国からも見放された星域とは、裏を返せば公権力が及ばない非合法地帯ということ。 表沙汰にしたくない裏取引を安全に行うには、うってつけな場所となるまで、そう時間は掛からなかった。 さらにいえば汚染された星には降りられないが、莫大なエネルギーの塊である恒星は健在。 取引ついでに、エネルギー補給が可能となるように、重大な不備が見つかり正式書類上では廃棄されたはずの未認可反物質製造工場船が設置され、さらに簡易修理が可能なドック艦がどこからか運ばれ、徐々に利便性を上げ、それに釣られて裏家業の者達もさらに集まって、いくつもの有力裏組織により協定が結ばれ共同運営が行われるようになりと、それがさらに色々な組織や犯罪者、逃亡者を呼び寄せてと、雪だるま式に増加を続けていった結果が、今の銀河最大規模ブラックマーケット『ウォーレン星域試験場』の姿。 ここまで大きくなると、銀河列強の大国達も、戦力を集めて碌な儲けも無い無駄な遠征を行うよりも、星系連合の麾下では、表沙汰に出来ない裏工作に、積極的に使った方が都合が良いとなり、黙認されているというのが実状……というのがPCOの公式設定となっている。 ゲームをより面白くするため、臨場感を出すための手法として、フレーバーテキストと呼ばれる物がある。 PCOの場合はその辺りの設定がとことんまで細かい。このような大きな星系にこういった作中設定がついているのは当然だと、ゲーム素人の美月も思う……それが分厚い歴史報告レポートというのはさておき。 辺境の誰が寄るんだろうと疑問を抱くほどの小さな田舎の星でも、じっくりと読み出せば半日がかりになる観光案内があるのも、色々細かいなと感心はしよう。 しかしだ。最も安いが碇泊設備もおんぼろな外部域の駐船場にまで、開業以来50年分の細かな事故歴やら盗難歴の情報まで設定してあるのはどうなんだろうと、あまりの作り込みの細かさに美月は半ば呆れる。 しかもそれは機械的にランダムに書かれた物でも無く、数年前の接触事故で半分へし折れたガントリークレーンを、むりくり修理して使っているというテキストに対して、明らかな素人修理で無理矢理に直したガントリークレーンが、メインモニターに映っているあたり、しっかり反映されているようだ。 ここまでの作り込みが、異常ともいえる世界の奥深さが、まるでもう一つの世界がそこにあるような、このゲームが現実で起きていることではないかと、美月に強く印象させてくる。『はいよぉ。ロックが出来たよ。それでお客さん。停泊料コースはどれになさるかね』 メインモニターの隅に通信ウィンドウが開き、停泊所の主だという機械仕掛けの両眼をぎょろりと動かす老婆が、細かな停泊コース料金表を表示する。 正直にいえば、最低額の補給無し素止めでさえ、通常港の停泊料の10倍以上というぼったくり価格も良いところ。 しかも最上級コースには値段の上限が無く、ただ値段を打ち込むコマンドが表示されている有様だ。 しかしこれにもちゃんと意味がある。ブラックマーケットはあらゆる品物がやり取りされる非合法な世界。 あらゆる物。つまりは美月に掛けられた賞金首情報も、ここでは歴とした商品というわけだ。 非戦闘設定された星域周辺では、戦闘行為、海賊行為はゲーム上、禁止されている。だが表、裏問わず賞金が掛けられた賞金首に対する、賞金稼ぎライセンス持ちプレイヤーは別。 ゲーム的なメタな話だが、オープンβ時時代に、中立地域の非戦闘設定区域に逃げて戦闘中断に持ち込む賞金首プレイヤーがかなりの数が出たため、運営から調整が入り、ある程度の賞金稼ぎとしての実績を持ち、中立状態の現地組織や機関に一定の料金を払えば、非戦闘区域でも一時的に賞金首プレイヤーへの捕縛、殺害戦闘行為が解禁される仕様に変更。 もっとも仕様変更後すぐに、今度は低レベル偽装スキルしかもたない賞金首プレイヤーの補給や修理中の非戦闘状態を狙って仕掛ける、賞金稼ぎプレイが流行だして、賞金首プレイヤー側から、本拠地以外での難易度が上がりすぎで、禄に外に行けないと抗議が起こり、再度調整。 捕縛行為その物を止める事は出来無いが、中立現地組織や機関にそれなりの金額を払うことで、隠蔽、偽装スキルが低くても、停泊中のプレイヤー船情報を高レベルで隠蔽できる機能が追加。 すると今度はまた賞金稼ぎプレイヤーから、賞金首が軒並み発見できなくなったという話になりと、紆余曲折を経て、今は暫定的にオークションシステムが導入。 要は偽装スキルVS偽装看破スキルレベル+積んだ金次第で、情報掲示レベルが変わるという実にシンプルな物に落ち着いている。 美月も麻紀も偽装スキルレベルはそれなりに上げているが、相手が同レベルスキル持ちなら、積んだ金額次第で、簡単にこの星系にいるどころか、停泊している場所までかぎ当てられてしまう。 この後の買い物で使うお金もある。無駄遣いは出来ないが揉め事も勘弁。特に美月達の場合はサクラことプレイヤーネーム『オウカ』という天敵賞金稼ぎが存在する。 この広いPCO世界で、オウカ本人と同じ星系でいきなりかち合うことは、さすがにないだろうが、麻紀とサクラの対戦を面白がるギャラリーも増えてきているので、いつ発見、通報されるか判らず、リスクはなるべく下げたい。 懐事情を吟味してしばし悩んでいた美月は、ふと父の言葉を思い出し決断する。「……補給は半分で、特定検索ガードレベル7コースでお願いします」 一定範囲の賞金首をリストにあげる広域検索からは完全除外。さらには名指しの特定検索にもそこそこ強いが、ぼったくり料金でフル補給7回分を申し込む。 『安全と健康に掛ける金はケチケチするな』が、父のよく口にしていた台詞だが、まさかゲームプレイ中にそれが脳裏をよぎるとは…… 少し懐かしくなってきた父の事を思いだすと、今も心が痛む。 生きているのか、それとも月で亡くなってしまったのか? それすら今の美月には知る術が無い。 父の情報を知るはずの三崎から得る手段はただ1つ。オープニングイベントで入賞するしかない。 その決意を強く心に秘めて、ゲームを始めだしたのだが、どうにも思わしくない。 計画をきっちり立てて行っていく美月の肌には、どうにも合わない、予想外、そして予定外のことが多すぎるからだ。 今日は元々のクエスト予定を急遽変更して、今朝方の新アップデートへの対策を考えつつ関連アイテムを確保としていたのに、いきなりシークレットレアスキルを獲得といわれても、癖が強そうなそれをどう扱えば良いのか、美月には判断がすぐにはつかない。 必要なのは情報。だけどそれだけじゃ無い。 このままじゃまずい。ただ状況に流されるままじゃ。どうにも出来ない。なんとかしなきゃ。 心は焦るが、道が見出せない。 予定がずれすぎていることに苛立つのか、少し疲労感を感じた美月が、小さく深呼吸をして心を落ち着かせようとしていると、新しい通信ウィンドウが開いた。『美月ちゃん。麻紀ちゃん二人ともお待たせ。さっき連絡もらったシークレットレアスキルについて調べて……あーと、美月ちゃん。とりあえず大丈夫? ごめんね。うちのマスターズが色々暗躍してるみたいで』 ゲーム初心者の美月達が色々と世話になっているKUGCの面々がそこに映るが、先代サークル長でこの世代の中心である宮野美貴は、美月の表情を見て何かを察したのか、美月が逆に申し訳なくなるほどに、謝り倒していた。