VR提供者として忘れてはならない大原則が一つある。 この世界は現実で無くVRだということだ。 言葉にすれば簡単だが、これは結構重要な事。 ここはVR世界。 プログラムを組み作り上げれば何でも叶う一時の夢の世界。 それをお客様にも意識してもらい、非日常を楽しんでもらう事こそが重要視される。 お客様にもVR世界はVR世界で、リアル世界はリアル世界であると明確に区別してもらう。 季節外れの桜が咲き誇り、霧が文字を形作り、失われたはずの建物が威風堂々と存在する。 いかに現実の日常から乖離した世界で有るかをお客に知らしめるその手法は、前世紀のゲートを抜ければ別世界といった有名所のテーマパークでも用いられ培われてきた手だ。 懐かしいであろう校歌の残滓の余韻に浸っているであろうお客達の反応を見ながら、俺は目立たないように指を動かし他者不可視状態の仮想コンソールへと打ち込み、総指揮を執っている中村さんに連絡をつける。(次、お願いします)『了解。VR再現開始……すまんエラー発生だ。失敗箇所から再読み込みする。挨拶を2分に伸ばして繋いでくれ』 一気にお客様方をこちら側へと引き込んでしまいたかったが、そうは上手くいかないようだ。 しかしこれは事前予測していたエラーの一つなので、中村さんの声は落ち着いたものだし、俺にも焦りはない。 なんせオープニングに次いで呼び出すつもりのVRデータは大容量すぎて、滞りなく再現できたのはテスト時も八割程度。 本番でミスる可能性は十分に予想していた。 他のデータにしたほうが良いんじゃ無いかという意見も、もちろん有ったがインパクトのあるオープニングという意味で、今から再現する映像がもっともふさわしいと採用されている。「では皆様。苦心惨憺の我が社の苦労話でも長々と話ながらご挨拶と行きたいところですが、まぁともかく時間がございません。そういうわけで早速でありますが今回の趣旨をご説明させていただきます。事前配布いたしましたマニュアルと重複いたしますが。そこはご勘弁を」 慌ただしい舞台裏をお客様に見せるようではGMなんてやってられない。 しれっとした顔で進行プログラム通り進んでいると見せかける為に尺伸ばしのアドリブをいれて、軽薄かつ軽快な口調で注視を集めつつ一礼して、次いで右手を大きく振って空中に大型ビジョンサイズのウィンドウを展開する。 姿を現した校舎に向かっていたお客さんの視線をウィンドウへ集めた隙に、左手で仮想コンソールを弾いて関係者用ウィンドウも表示し横で待機している大磯さんへと手助けを頼む。(スクリーン内映像を頼みます)(オッケー。再読み込みまでサブウィンドウでカウントもするから合わせて) ニコニコとした来客用の微笑を浮かべた大磯さんも、体の前に組んだ右手を微かに動かして返事を返しすぐに対応を初めてくれた。 受付嬢が専門といっても、人件費を少しでも削りたい中堅企業なホワイトソフトウェアでは人手不足の時には現場にも駆り出されるので慣れた手つきだ。「皆様の同窓会の舞台はご覧の通り通われていた舞岡北小学校となります。すでに皆々様の思い出の中にしか無い建物でございましょうが、ご提供いただきました写真や映像を用いてVR上とはいえ復活いたしました」 俺の説明に合わせて大型ウィンドウの中が細かく分割されて、その小枠一つ一つに提供してもらった写真や映像が次々に切り替わりながら流れていく。「あれ私のよ。ほら昔写メで撮ったでしょ。覚えてる?」 自分が提供した映像が有ったのだろうか一人のご婦人がウィンドウの一角を指さす。 他にも自分の提供したデータを見つけて喜色を浮かべる人がちらほらと出ているのを確認しつつ、その横に展開する関係者用サブウィンドウをチェックし、残り時間を確かめる。 残り1分少々。 焦らず、かといってゆっくりになりすぎないように口調とテンポを調整と。「ここまでは事前にお配りしたマニュアルに記載しております。まぁだからといって箱物だけ作ってもそれはちとつまらない。シークレットな企画としてちょいとした遊び心もプラスさせていただきました。とりあえず皆様とリンクさせていただきます」 説明をしながら左手を動かしてGM権限でこの場所にいるお客様とリンクして一斉操作で人差し指と親指を合わせて目の前をつまむようにして、それぞれのシステムウィンドウを呼び出す。 基本状態では他者からは不可視状態となっているシステムウィンドウなので、目視確認は出来ないが、(全展開完了確認……三崎君って本当に流れるようにアドリブいれつつ嘘がつけるね。感心するわ) 呆れ交じりの文字チャットで、各々のシステムウィンドウが開かれた事を大磯さんが教えてくれる。 アドリブはともかく、大磯さんが指し示す嘘というのは何のことは無い。 簡易マニュアルをお客様の元へと郵送やらメールで送った11月下旬では、このシークレット企画といっている企みは影も形も無かった。 しかし企画の立案者としては、より盛り上げる方面に持って行く為に嘘の一つや二つはついてみせようってもんだ。「ではこの中のオリジナルアルバムという項目にご注目ください」 次いでリストの中のオリジナルアルバムとカスタムアルバムと書かれた二つの項目から、前者を拡大表示して展開。 残り30秒。「シークレット企画のキーワードはずばり『思い出の再発見』。皆様がこの学校で過ごされた年月の中で思い出深い場所は無数にある事でしょう。そこでその場にいらしましたらこのように両手の人差し指と親指でフレームをお作りください」 あと10秒。 伸ばした指で四角のフレームを形作り、カメラのファインダーをのぞき込むような仕草をしてみせ、そのままグラウンドをみながら左右上下に振ってみせる。 「そしてこのように、写真を撮るようにあちら、こちらに動かしてみてください。そして見事に反応を拾いますと」 『読み込み完了。トリガー出現』 カウントが0になった瞬間、中村さんのWISが響き俺が作ったフレームの中にピンポン球サイズの赤い玉が突如出現する。 おし。今度は無事に読み込みしたようだ。 何度もやり直すってのは、さすがに無理があり時間的にも痛いので一回で来てくれて良かった。「当たりがでます。これがシークレット企画のトリガーとなります。そしてこの出現いたしましたトリガーを指で軽く弾いてみると」 フレームを模っていた指を解除して、伸ばした人差し指で赤玉を弾くと、玉の表面が小刻みに震えて溶けるインクのように空中に霧散する。 次いで目の前の校庭が地面から噴き出した白いスモークで瞬く間に覆われた。『映像データ001トリガー解放されました』 システムウィンドウのアルバム欄に解放されたデータ番号が表示され、同時に視界を遮ったスモークが風に攫われる。「「「「「「ぉぉっ!?」」」」」」」 スモークが晴れた校庭に出現した予想外の光景に、お客様からどよめき声が上がった。 先ほどまでは無人だった校庭には、いつの間にやら数百人もの小学生達が出現していたからだ。 入学したばかりであろう真新しい体操着を身につけた小さな男の子。 成人と変わらない背丈の大きな6年生。 ずらりとそろった小学生達は皆一様に空を見上げている。 ただその並び方はてんでばらばらで、極端に固まっているところもあれば、一列事に並んでいたり、徐々に横並びの人数が減っていく箇所もある。 真横からみていれば一見不規則にも見えるこの並び。 だが遙か頭上から見下ろしてみれば有る形をしている事が判る。「この子達は? ……なんで空をみてるんだ」 しかも突然出現した小学生達はお客様達の喚声にも微動だもせず、ただきらきらと目を輝かせ空を見上げ続けている。 さすがにその様子におかしいと気づいたお客様達がざわつく中、一人のご婦人がこの小学生達の正体に気づく。「ねえ……あたしがいるんだけど」 それはユッコさんのご友人。美弥さんだ。 丸……ふくよかな美弥さんは、ほっそりとした色白の可愛らしい女生徒を指さしている ……まぁ、面影が有ると言えばあるか目の辺りに。やはり数十年経つと人って変わるんだなと失礼ながら思ったりする。「お! ほんとだ俺もいるぞ」「私もいたぞほら。あそこだ」 美弥さんの言葉で列を見回していた他のお客様達も、次々に自分の幼い頃の姿を見つけていく。 「ねぇ由希子さんこれって創立記念の空撮写真撮ったときの私たちでしょ。ほらあそこに私と由希子さんもいますよ」「そうみたいね……ひょっとしてマスターさんですかこの企画の発案者? ギルドイベントの時と同じ感じがしますよ」 はしゃぐ同級生達の様子をニコニコと見ていた神崎さんとユッコさんが弾んだ声で問いかけてきた。 ギルマス時代には遊びと称して、このような大多数でワイワイとやるいくつもイベントを考えて実行してきた。 その頃から副マスとして準備を手伝ってもらっていたユッコさんは、これが俺の発案だと気づいたようだ。「はいご明察通りです……皆様! こちらの映像は2015年4月17日撮影されました創立130周年を記念し人文字を作られたときの皆様のお姿です!」 ユッコさんに小声で答えてから、〆の挨拶へと入るために声を張り上げ再度注目を集める。 さらに大型ウィンドウが遙か上空から校庭を映した映像に切り替わり、『開校130年記念』と描かれた人文字を映し出す。 しかもその映像はリアルタイムの映像で、校門前庭側に固まっている俺たちの姿も映し出している。「箱だけ作ってもやはり中身が無くてはちょっと物足りない。そこで我々は皆様よりご提供いただきました映像、画像データをこのような形で学校内のあらゆる場所に隠してあります」 この仕掛けは有り体に言ってしまえば簡単な宝探し。 かつて過ごした学舎を廻りながら、思い出を、過去の自分たちを見つけてもらおうという趣旨だ。 ユッコさん達が小学生だった2010年代は個人用の携帯端末も普及しており多くのデータを提供していただけた事や、学校内でのイベントの映像や資料が多く残っていたのが幸いした。 これら豊富な画像データを校舎再現の為だけで終わらすのは勿体ない。 なら少しひねってアルバム化。さらに隠してしまう事でゲーム形式へと変更する。 これが俺の企画提案の一つ目。 さすがに手持ちの動画や画像の全てVRデータ化しているわけでは無いが、それでも600ほどをデータ化して、この敷地内に隠してある。 納期の締め切りまで二週間を切った状態で、大規模企画追加など間に合うわけ無いので次回以降の構想として考えていたのだが、正直、俺はまだまだ我が社の底力をなめていたようだ。『お客様の為ならば無理でも通す』 顧客満足度第1位を目指すVRMMOメーカーとして掲げた目標は伊達じゃなかった。「自らの思い出深き場所を散策しながら、過去のご自分やご友人方を探してみてください。発見されました映像は、皆様のリストに登録されミニウィンドウに表示可能となります。さらにご取得なさった映像群は、後日改めまして整理、高画質化したVRアルバムという形でご自宅までお届けさせていただきますので、是非皆々様張り切ってお探しください」 俺の説明を理解するにつれ、初老を迎えたいい大人達の顔に、子供のような楽しげな笑みが浮かんでくる。 単純なゲームほど盛り上がるときは盛り上がる物というのはどの世代でも変わらないようだ。 本日のお客様にはそれなりの社会的な地位を得ている人たちもいるが、この時ばかりはそれら俗世間を忘れて楽しんでもらおう。 なんせここはVR世界。何でも出来る遊び場だ。 「さて長々お時間を取り申し訳ございませんでした。当社からの説明を兼ねた挨拶は以上とさせていただきます。判らない事がありましたらいつでも、私か大磯までお声をおかけください……ではお客様方。どうぞご自由にお楽しみください」 大げさな身振りで深く一礼。 オープニングの挨拶をしめると横からぱちぱちと拍手の音が響いてきた。 音の主はユッコさんだ。「ふふ。さすがはマスターさん達ですね。私が思っていた以上の形で作ってくれました。頼んで良かったわ」「ほんと。久しぶりだわこんなに楽しいのは」「じゃあ手分けして全部手に入れてみるか」「おぉそうさな。VRアルバムとしてもらえるなら多ければ多いほどが良いさな」 ユッコさんがお褒めの言葉をくださり、さらに神崎さんがニコニコと続き、すぐに他のお客様も楽しげな声と共に拍手をしてくださった。(三崎君ご苦労様。上出来っしょ)(大磯さんこそお疲れさまでした。良いタイミングでした空撮映像) 大磯さんからのねぎらいのチャットメッセージへと、お礼の返事を返す。 出だしのオープニングは、お客様の反応を見る限り成功といっていいかもしれない。 しかしまだまだ始まったばかり。 これでほっと一安心と気を抜く事は出来ないのが、ちと悲しい 何せ滞りなくVRデータの展開再現を行うため舞台裏に大半の戦力を回しているので、表舞台の接客にでられるのは俺と大磯さんの二人のみだからだ。『全トリガー解放準備完了だ。三崎は隠し球の展開までそのままお客の対応を頼む。大磯は休憩所の方も頼むぞ。ここからが本番だ。二人ともしっかりとな』(了解)(はい) しかしお客様の喜ぶ顔を直接見られるのは表舞台に立つ者の特権でもある。 中村さんからの容赦の無いWISに俺と大磯さんはやる気を込めた返事を素早く打ち返した。 開場から40分が経ち精力的に廻るお客様達によって、発見されたVRデータはすでに200以上。 三分の一が見つけられた形だが、まだまだ眠っているトリガーは多い。 娯楽利用VR制限時間である2時間まで、残り時間があと1時間ほどと考えると発見されやすいように作っているが、少し隠した数が多すぎたかという感じもある。 一つのトリガーで複数データを呼び出せるようにするなど改良を加える必要があるかもしれない。これは次回以降への反省点だろうか。 しかし企画自体はおおむね好評。 過去の自らを一つ見つけるたびに、そこからさらに懐かしい記憶が呼び起こされているようで、発見ペースは徐々に上がり、さらにそのデータを元に昔話に花が咲いている。 最初の20分ほどはGMコールを受けるたびに俺か大磯さんがお客様の元に出向き、解説や機能の補足などをするために校舎内をかけずり回っていたが、お客様もすぐに慣れて来たのか、呼び出しはすぐに減っていた。 かといっても呼び出しが減ったからといって暇になるわけでもなし。 当初の予定と違い、お客様が思っていたよりも早くから休憩所に集中して大磯さん一人では対応が大変になってきたと、休憩所である東屋での接客に俺も回されていた。 「ではこちらのリストからお好きな物をお選びになってタッチしてください。すぐに出てきますので」 再現発動トリガーが存在しない校庭の隅に休憩所とした大きな東屋が設置されている。 VR世界内はすごしやすい4月並の気温、湿度としてあるのでほのかに暖かいので、東屋は壁の無い開放感を感じさせる柱だけの開放感のある作りとなっており、再現された校舎を見ながらゆっくりと茶を楽しめる趣向にしてある。。 内部は木目調のテーブルと椅子のセットがいくつか。テーブルには柔らかい敷布を引き、椅子にも座布団が置かれただけの簡易な作りだ。 なぜそんな簡易な作りの休憩所が大好評かといえば、そこで提供される飲食物に有った。「ほぉ、これはまた懐かしい物ばかりだね……そうだな。これにしようか。子供の頃好きだったんだよ」 大学教授である小野坂さんが空中に投射されたリストをタッチすると、すぐに実体化されテーブルの上に出現する。 今では見かけなくなった変わりダネのチョコレート菓子と、これまたとうの昔に生産中止になったマニアックな炭酸飲料の組合わせだ。 小野坂さんは99%というやばめな数字が踊るパッケージのチョコレートを一欠片割ると、躊躇せず口に放り込んだ。「ぐっ……ふふ……そうだこの強い苦みが面白かったんだよな」 よほど苦かったのかうめき声を漏らした小野坂さんだったが、すぐに楽しげな笑いをこぼしてペットボトルの炭酸をぐいっと煽る。蛍光色のやたら毒々しい色が体に悪そうだ。 紅茶が似合いそうな老紳士といった外見の小野坂さんだが、チープな食品を食べるその姿は意外というべきか堂に入っていた。「カカオ99パーセントのチョコかよ。際物が好きだったよなお前……そういえば田中にそれ食べさせられた事あったな。あのあと渋みで酷い目に遭ったの思い出した」「あれは何でも食いつく野瀬が悪い。ネタで買った奴なんだからちょっとだけ囓れば良いのにいきなりでかい塊で食べるからだっての」 その対面に座る強面の外見な大工頭領である野瀬さんが嫌な事を思い出したと顔をしかめ一番乗りを果たした田中さんを睨むが、当のご本人はしたり顔でにやりと返して、メニューリストを見て楽しんでいる。「いやはやそれにしても君のところはすごいね。校舎の再現もすごいが、懐かしい菓子や飲み物をこんなにもいろいろな取りそろえてしまうんだから」 今回休憩所で飲食物として提供しているのは、リーディアンオンラインが昨秋のアップデートの目玉として準備を進めながらも、ゲーム撤退によって日の目を見る事の無かった『食欲の秋。懐かしの食べ物・お菓子フェアー』の一部だ。「元々別の用途でデータを作っていたんですけど没になりまして、でももったい無いなと言う事で今回の企画に再利用と。あぁ、もちろん製造メーカさんの許可もいただいておりますからご安心を。いくら食べても料金は発生しないのでどうぞいろいろお楽しみください」「だそうだ。野瀬。どうせならお前も懐かしのチョコいっとくか?」「昔と変わらない味だな。苦くて美味いぞ」「いらねぇっての。他に食べたいのもあるんだよ。人工心臓をいれてから食事制限されてるからこの機会に楽しませてもらうわ兄ちゃん」 視覚だけで無く、味覚でも昔を思いだして楽しんでもらう。 その意図から今回ピックアップしたのはお客様達が小学生時代を過ごした年代のヒット商品が主になっている。 この狙いが当たりだったようだ。 今では手に入らない製造中止品で、しかも普段なら世間体を気にして子供ぽい菓子類でも、昔なじみのある意味で身内ばかりなので気にならない。 そして野瀬さんに限らず、この年頃の人に切実な高血圧や糖尿病といった成人病を気にせず、体に悪いだろう甘ったるい菓子類や刺激の強い物を思う存分食べられるというのも良かったらしい。 昔懐かしい菓子を食いながら、発見したアルバムを見て雑談を弾ませるお客様には笑顔が浮かんでいる。 中村さんの話じゃ、社長と営業部が今お相手している食品メーカー関係者にもこの再利用企画は好意的にとってもらえているそうだ。 自社製品がお客様に喜んでもらえる。 過去の商品であろうと、制作者としてこれに勝る充足感は無いということだろう。 好評ならばリアル再販という手も見えてくるってのもあるかもしれないが。 (三崎君。御本命様三名見えられたよ) 小野坂さん達のやり取りに確かな手応えを感じていると、視界の隅に大磯さんからの業務チャットが表示される。 何気ない動作で校庭側に目をやると、車椅子の神崎さんとそれを押すユッコさんとその横で大きな声で笑っている美弥さんがこちらに歩いてくるのが見えた。 一通り廻って来たので少し休憩といった所だろう。(中村さん。百華堂さんに連絡お願いします。神崎さんがお見えになられましたと。厨房展開準備と、あとデータの機密保持一応最高レベルでお願いします) 生産中止になった他の食品データと違い、いまだ現役であり名産品でもある和三盆干菓子。念には念を入れたデータ流出対策が必須。 さらには今回の特別ゲストによる催しのために高松の百華堂さんの厨房をかなり簡易ではあるが再現させてもらってあるので、その展開準備もやってもらわないとならない。 『……よし回線確保も完了。厨房展開準備も出来ている。あちらさんもすでに準備済みだそうだ。ナノシステムが定着したばかりだから慣れてない。フォローを頼むぞ。あと早く作らせろと朝から五月蠅かったらしいからヘマするなよ。怒鳴られそうだ』 元気な爺さまだことで。 さてとそれじゃ次のサプライズ。『出来たて和菓子』と行きますか。