サクラ・チェルシー・オーランドは基本的に楽天家である。 楽しいことが大好きだが、苦労するのも楽しい。 勝負で負けるのは悔しいけど、それよりも強い人と戦えたことが楽しい。 嫌な事があっても、いつまでもくよくよしていたら、次に楽しいことがあったとき心の底から楽しめない。それは損だ。 だからいつだって全力で楽しむことにしている。 快楽至上主義なサクラは、今日は特に楽しんでいる。 午前に少し遊んでPCOの肩慣らしをした後は、午後からは他のプレイヤー達のバトルをいくつもスペクテーターとして梯子して楽しんでいた。 さすがにサクラが日本に来る切っ掛けであった、あのコンビクラスの、プレイヤーは見つけられなかったが、VRゲーマーとしてそれなりの実力は持っているつもりのサクラでも、勝てるかどうか判らない相手がごろごろといた。 タイマン上等。乱戦歓迎。大規模戦闘望むところ。 一部のプレイヤーからはオーガとまで呼ばれる戦闘狂のサクラにとって、PCOは未知のワールドとルールにまだ見ぬ強豪プレイヤーと、実にエキサイティングでラグジュアリーな最高のバトルフィールド。 ゲーム環境だけでも最高なのに、リアルもまた楽しませてくれるのがサクラ的にグットだ。 母の母国である日本へ来たのは初めてではないが、日本のサマーフェスティバルは初めて。 いろいろな事が目新しく、ちょろちょろしているうちに、マネージャー兼ツアコン役の叔父とは、人込みに巻き込まれてはぐれてしまったが、それはそれで冒険みたいで楽しい。 だから叔父からひっきりなしに来る連絡は即時シャットダウン。 だが保護者権を持つ叔父相手では、位置情報の遮断は無理。しかしせっかくの冒険の機会を逃す気は無い。タイムラインをずらすのは可能だったので、居場所を誤魔化しながらの鬼ごっこ感覚で屋台を見て回っていた。 日本語は少しなら読むことも、聞き取ることもできるが、話すのは単語レベルが精々。 しかも普段は目や耳にすることがあまり無いので、祭り会場は知らない単語や意味が多くて難しい。だけどそれが楽しい。 ブレインナノに入れた翻訳アプリを使えば、文字の自動翻訳や聞き取った音の母国語変換も可能。だがそこはあえて使わない。冒険気分が台無しになってしまう。 人生は短い。だから常に全力で楽しめ。父の口癖であり人生観はサクラも強く共感する。 すなわち楽しんだが勝ち。それがサクラのジャスティスだ。 物怖じしない、良くも悪くもフロンティアスピリットの塊と、周囲からは評されるサクラであるからこそ、世間一般で言う所の迷子という状況を心底から楽しんでいた。 そんな冒険気分の中、昼間に少し遊んで楽しめそうだと思ったプレイヤー達を見つけたのだ。 そこに絡みにいかないという選択肢はサクラ的にはあり得なかった。「It was a good battle. Alien girl!」「なっ!? 」 嫌味の無い、心の底からの笑みを浮かべる浴衣少女が親指を立てながら繰り出したひと言。 テーブルにだらっと身体を預けていた麻紀は、その聞き覚えのありすぎる語集選択に反応して跳ね起きる。 VR世界で聞いた声は、言動はともかくもっと大人っぽい声だった。目の前にいる少女はどう見積もっても中学に入ったか入らないかくらい。 常識で考えるなら、昼間の戦闘をどこかで見た少女が、エイリアンガールと呼んだと普通なら判断するべきだ。 だが麻紀は目の前の少女が昼間に対戦したプレイヤー。チェリーブロッサムだと確信する。 麻紀にそう悟らせるのは、少女の薄い青で染まる目。 どれだけ問題行動が多かろうとも、これでも麻紀は大手医療法人西ヶ丘グループの令嬢の一人。幼い時から名医と呼ばれる者達を幾人も見てきた。 彼らと少女に共通するのは、己が培ってきた技術に対する自信と誇りに満ちた目の色だ。 「今の台詞……麻紀ちゃんこの子ひょっとして」 美月もこの少女の正体に勘づいたのか、より警戒の色を強めている。「たぶん……あんた! 昼間に喧嘩売ってきた奴でしょ! どういうつもりよ!」 美月の問いに軽く頷いてから、花火の閃光できらりと光ったモノクルの下で剣呑な目付きを浮かべた麻紀は少女へと詰問口調で指を突きつける。「……Adventure end I can not speak Japanese so much」 眉根を寄せて少し困った表情を浮かべた少女は、何故か残念そうに小声でなにかつぶやき、金魚の入った袋をテーブルの上に置いてから、自分の髪に手を伸ばす。 桜の花びらを模した飾りがついたヘアピンを外すと、それを自分の首筋へと貼り付け、次いで空いた右手で手早くテーブルの上をタップした。『プレイヤー【チェリーブロッサム】よりグループチャット要請が来ています。受諾しますか?』 新しい仮想ウィンドウが立ち上がり、PCOのシステム経由のメッセージが表示される。 正体を隠す気は全くない少女……チェリーブロッサムは早く受諾しろと言わんばかりに、小憎らしいまでの笑顔で指を振ってみせる。 何故自分達の素性を知っているのか。そして何故接触してきた。それ以前に何故自分達に攻撃を仕掛けてきた。 美貴達の話では、三崎がこの少女にちょっかいをかけたからPCOに参加した可能性があると言うことだが、こうやってリアルアタックを掛けてきたとなると話が変わる。 これも三崎の罠なのか? どうしても疑心暗鬼に陥ってしまう麻紀が、同じように疑いの視線を浮かべる隣の美月へとどうすると視線で問いかける。 少しだけ躊躇した様子を見せたが、美月は無言で小さく頷いて返してきた。 美月が行くなら自分もいくだけだ。二人は揃ってそれぞれの仮想コンソールに浮かんだ受諾キーを押す。 受諾したことで情報リンクが発生し、他者不可視の共有ウィンドウがテーブルの真ん中に出現する。 麻紀は早速、先ほど日本語で問いかけた質問を、『あんたどういう』『宇宙人のお姉ちゃんすごいね! サクラの攻撃を初見であそこまでかわせる素人ってそうそういないよ! もうやってて楽しくなって来ちゃった! あ、もちろん美月お姉ちゃんもいいよ! あの罠の張り方とか、用意周到な逃走経路とかハンターぽいね! 直接戦闘も好きだけど、ブッシュ戦みたいでもう最高! 日本に来る前はVR規制なんてバカなことしてる国のゲームなんて、どうかなってちょーっと思ったんだけど十分十分! やっぱり規制がある所為で反応速度とか、感覚変換にラグを感じるけどそこは世界ランカークラスじゃなきゃ気にしないレベルだし、それくらいのラグを修正できなきゃ世界ランカーなんてやってられないから問題無しだよ! あ、世界ランカーってのはHSGOの世界大会に出場できるプレイヤーランクのことだよ! サクラは去年の大会でライトクラスベスト8! 決勝リーグまでは行ったんだけど……』 麻紀が一文を打ち終わる前に、チェリーブロッサムの怒濤のラッシュが始まった。 ニコニコ笑顔のチェリーブロッサムの両手が激しい速度で動き、テーブルの表面をタップし続ける。 しかしその内容はこれでもかと言うぐらいにゲームだ。ゲームのことしか語っていない。 しかも一方的だ。最初はPCOの話それから自分がメイン参加しているHSGOという海外ゲーム。さらにまたそこから花火やら屋台の話へとポンポンと話題が変わっていく有様だ。『コットンキャンディーは日本だと綿飴っていうんだね! 知ってる? あれってステイツで発明されたお菓子なんだよ! あ、でもステイツだとカップに入ってるけど、日本だとお箸に刺すんだね! しかも大きいよね! サクラびっくりしちゃった! あ、そうだ! 日本人って『モッタイナイ』だっけ? あのお箸もやっぱり後でちゃんと使うの?』 さらにこの上なくフレンドリーだ。ころころと笑いながら敵意の欠片もない表情を浮かべ、時折身振り手振りで綿飴の大きさを表現してみたりと、実に楽しげだ。 自分から質問しておきながら、こちらの答えなど全く求めていないのか、次の話題へと飛んでいく始末。 例えるまでも無くこれはあれだ。初めての海外旅行でテンション爆上げ中のお子様だ。 どうやらサクラというやけに日本ぽい名前がチェリーブロッサムの本名のようだが、この押しの強さやマイペースさ、そしてオーバーリアクション気味の表現方法は、完全にあちらの国のメンタルの模様。 予想外の、予想外すぎる怒濤のハイテンションと、身振りを交えながらの超速タイピングにさすがの麻紀も介入する隙を見いだせない。 何せこちらがひと言を打ち終わる前にサクラは既に数行分を打ち込んでくる。速度勝負にならない上に、流し読むのが精一杯の速度でログが流れていくので話を差し込む暇が無い。 かといって小学生くらいの子供相手に実力行使で止めに出るのは、さすがに良心が痛むし、万が一大問題にでもなって母親にばれたときが恐ろしすぎる。 隣を見れば同じように仮想コンソールに指先を伸ばしたままの美月もひと言も書き込めずにいる。 飽きるまで待つしか無いのかと麻紀がらしくない選択をしようとしている横で、その親友たる美月は1つ息を吐いてから指を握って拳を作っていた。「Shut up a little」 テーブルの上を強く叩き、小さいが鋭い声を上げた。 言葉や態度だけを見れば怒っているように見えるが、表情には怒りの色、いや感情その物さえもあまりない。ただ物でも見るように目を丸くしたサクラを見ていた。 普段ではあり得ない行動と態度だが、この状態の美月に麻紀は身に覚えがありすぎた。 麻紀が暴走状態に入ったとき等、サクラのようにハイテンションで周りが見えなくなっているとき等で時々顔を出す冷静すぎる美月だ。『貴女は私の敵ですか?』 サクラが止まった瞬間に美月は即座に、そして短く立ち位置を問いかける一文を打ち込む。 女性とはいえ年上にこんな威圧的な態度をされれば、普通の子供なら怯えそうな物だが、目を丸くしていたサクラは面白そうに笑ってみせた。 ただしその笑みは先ほどまでの無邪気な子供のものではなく。強そうな相手に巡り会えたゲーマーらしい挑戦的な笑みだ。『へぇ、美月もそういう顔もできるんだ。清吾から聞いていた大人しいってだけじゃ無さそうだね』『父の知り合いですか?』 普段の美月ならば父の名が出れば動揺の1つも見せるだろうが、この状態の美月にはその程度は揺さぶりにはならない。 むしろサクラに対して疑惑をもっと深め再度質問を返す。『正確に言えばうちのパパが清吾のね。あ、そうかちゃんと名乗ってなかったね。ごめんね。あたしはサクラ・チェルシー・オーランド。そっちの宇宙人のお姉ちゃんにはあれかも知れないけど、美月にはダグラス・オーランドの娘って名乗った方が判りやすい?』 サクラが指を弾くと、共通ウィンドウにいくつかの映像記録が映し出される。 そこに映し出されたのは日本ではまず見かけない広い芝生の庭とプールがある邸宅で行われているガーデンパーティの映像。 今より少し幼く見えるサクラを肩車する壮年のがっしりとした筋肉質の西洋人の男を中心にして撮られた記念動画のようだ。 その中には美月達も知る人物が幾人か写っている。 仮想世界であったNPCらしからぬ言動を見せた、頬に傷跡が残る白髪の初老男性『王子丹』 三崎と出会ってから調べた映像で見つけた赤髪の巨漢植物学者『レザロフスキ・エルコヴィチ・ヴォイキン』 そして美月の父。若き宇宙建築工学者『高山清吾』 その映像に写っている人物達の共通点。それは……「美月これ本物? 美月パパだけじゃなくて、仮想ルナプラントであったお爺ちゃんとか、カーラって人の関係者かもしれないおじさんも写ってるけど」「たぶん。中心の男性がダグラス・オーランドアメリカ海軍大佐。元横須賀基地司令で日本語が堪能だってお父さんからは聞いてる。10年くらい前に国連の月面開発機関に出向扱いで転属して、正式稼働からサンクエイクまでの間、ルナプラントの所長をやってた人」 サクラに気取られないためか話しかけてくる麻紀に対して、美月は頷きながら自分の手持ち記録を呼び出す。 父関連で切り抜いて取っておいたスクラップデータから該当人物に関する物を抽出。 サクラが表示した動画映像の画像や音声から、オーランド大佐の部分だけを切り取り手持ちデータと照合。 基本防犯機能の1つである顔認識システムや音声照合アプリは95%以上の確率で同一人物だという結論を出してくる。 名前までは知らなかったがオーランド大佐の奥さんが日本人で、小さな娘がいたという話は父から聞いた記憶がある。 ならサクラが言っている事に嘘は無いと思える。『あ、今はサクラ、日本語の自動翻訳機能も使っているから内緒話なら小声がいいよ』 言葉を交わす美月達に対して、余裕なのか、それともあまり深く考えていないのかサクラは、自らのアドバンテージをわざわざ投げ捨てる忠告めいた言葉を発すると、テーブルの上の綿アメを千切って食べ始める。 この発言や行動がまたも美月を惑わせる。 昼間の襲撃は確実に美月達のスタートダッシュをへし折る妨害行為だった。 しかし今サクラが見せるのは、どちらかと言えば友好的な態度だ。 敵と呼ぶにはどうにも違う気がしてくる。 しかしルナプラント関係者の家族。サクラは美月と同じ立ち位置にいる。それなのにサクラにはあまり悲壮感が無い。 美月は父を亡くしたと思い、その根っこが変わってしまうほどの衝撃を受けたのに、現実のサクラは、動画の中のサクラと同じ笑顔を浮かべている。 それは父が死んでいないことを、全滅したと世間でいわれているルナプラントの職員達が今も生きてどこにいるのか知っている証拠では無いのだろうか? 都合のいい妄想かもしれないが、父が生きているかもという希望が、その疑心暗鬼を強めてしまう。『もう一度聞きます。貴女は私達の敵ですか? それと何故わざわざ接触してきたのですか』 判らない事が多すぎる。そして今の疲れ切った美月では深く考えようとしてもそこまで頭が回らない。 なら尋ねるしかない。 『敵っていえば敵なのかな。だって美月達ってあのシンタとかアリスって人の仲間なんでしょ。接触した理由は昼間の戦闘が楽しかったから褒めてあげにきただけだよ』 苦悩し疑問に揺れる美月と違い、サクラはあくまでもあっけらかんとした陽性の笑顔であっさりと答える。 しかしその答えは何とも受け入れがたい物だった。『ち、ちょっとまった! 誰があの陰険お兄さんの味方よ! 仲間なのはそっちでしょ!』 『ふふん。このサクラに嘘は通用しないよ。二人ともあの二人がギルマスだったってKUGCってギルドの所属なんでしょ。どう考えて仲間なのはそっちだよ』 あの腐れ外道の仲間呼びは心外にもほどがあると慌てて麻紀が反論するが、サクラはひと言で切り捨てる。 確かにそこを指摘されると反論に一瞬だが詰まってしまう。 創立者とその後を継いだ2代目がPCOの運営側にいるのだ。 そんなギルドに所属しているとなれば味方と思われて仕方ないかも知れない 中から見てみれば、アリシティアの方はともかくとして、『外道』『ゲーム内暴君』『世話になった先輩じゃなかったら刺している』等といろいろと悪名高い三崎に関してはむしろ宿敵扱いだという気もしないでも無いが。『あと何よりの決め手は宇宙人のお姉ちゃんだよ』 つい二の句が継げなくなっていた二人を見て勝ち誇った笑顔のサクラは、止めとばかりに空になった割り箸の先端で、何故か麻紀を指し示した。『どういう意味よ』『サクラの推理ではね空に浮かぶ月は宇宙人の大きな侵略宇宙船だったんだよ。侵略者に対して地球の神様達が……』 どこのアメコミだと突っ込みたくなる壮大な持論を、サクラが自信満々の表情で語り始める。 曰く、実際にルナプラントの学者には、月が宇宙船だという持論を持つ地質学者がいた。 曰く、神様達が対抗した戦争が地球各地に残る神話である。 曰く、神様達も宇宙人も多く傷ついて双方痛み分けで休眠してしまった。 曰く、それなのにルナプラントで月を掘り起こしてしまったので、防衛機能が目覚め月が再稼働して、太陽に埋め込まれた最終兵器『サンウェイブ』が再稼働してサンクエイクが発生した。 曰く、ルナプラント職員は全員人質に取られ、今もあの月にいる。サンクエイク後に打ち上げられたロケットは全て鹵獲されていて、いつか地上に降り注ぐインドラの矢に改造されている。 出るわ出るわの妄想話に美月はどうしてか既視感を覚えてしまう。 何故か判らないが、どうにも身近に感じてしまう感覚だ。 『もうおこちゃまのお伽噺はいいわよ! なんであたしが宇宙人で、しかもよりによってあのお兄さんの味方になるのよ!』 あまりに長い設定話についに切れた麻紀が、先ほどの美月のようにテーブルを叩いてサクラを止めると、早く本題にはいれと急かした。 どうやら宇宙人扱いよりも、三崎の仲間扱いされる方が心底嫌なようだ。『ふふん。そこが判らないからお姉ちゃんが宇宙人の証拠なんだよ。いい、宇宙ってのはすごい広いでしょ。つまり移動にはすごい時間がかかる。だから宇宙人の寿命はすごい長い。つまりは時間感覚が違う。サクラたち地球人には大昔のことでも、宇宙人的にはつい先日の事って感覚』 気分は名探偵なのかありもしない眼鏡のブリッジをクイと上げる小芝居を入れたサクラが再度割り箸の先端で麻紀を、正確にはそのマントを指し示した。『マントとモノクルなんて時代錯誤の物を纏っている事こそが時間感覚の違い! つまりお姉ちゃんが宇宙人の証拠なんだよ!』『それのどこが宇宙人の証拠なのよ! 格好可愛いファッションに決まってるでしょうが!』 自分のソウルファッションであるマントとモノクルを全否定された麻紀がついに激高すると、大げさな身振りでマントをひるがえしながら高らかにチャットで宣言してみせた。 その光景に美月はようやくサクラを見て覚えた既視感の正体に気づく。 どうしようこの子……麻紀ちゃんの同類だ。 あまりに痛い発言やら、語り出すと止まらない辺りに、どうにも既視感があったのだ、それもそのはずだ。 この暑い最中にマントとモノクルという趣味的という言葉でも生ぬるい表現になってしまう出で立ちの麻紀。 無駄に壮大なそしてやけに細かい設定やら、VR世界でのアメコミヒーロー調のバトルスタイルを見せたサクラ。 二人はその方向性は微妙に違うが、業の深さがどっこいどっこいなのだ。 正直な感想を言えば、麻紀の珍妙な恰好には慣れていたので、あまり気にしていなかったのだが、こうやって他者から指摘され改めて考えると、センスが壊滅的に時代錯誤なのは否定できない。 マントとモノクルの可愛さやら格好良さとやらに熱弁を振るう麻紀と、それに対して次々に反論のチャットを書き込んでいくサクラのレスバトルが美月の目の前を高速で流れていく。 暴走状態の麻紀一人でも手を持てあますというのに、それが目の前にもう一人。 これにどうやって介入すればいいのか? 冷静状態の美月でもさすがに判断に迷っていると、いきなりサクラが手を止めた。 『あーあ、見つかっちゃった。まぁいいやここまでで。決着はあっちの世界だね。宇宙人のお姉ちゃんも美月も面白いから、いつだって狙ってあげる。だから油断しないでね』 サクラは人込みの方に目を向けると最後に物騒な台詞を残すと、首筋につけていた桜の花ヘアピンを外して髪に戻す。【チェリーブロッサムが退室しました】 管理システムがチャットルームからチェリーブロッサムが消えた事を伝えてくる。どうやら髪飾り風のあれがサクラのコネクターのようだ。「ち、ちょっと待ちなさいよあんた。散々かき回しておいて!」「See you. Next time on the battlefield」 テーブルの上の金魚が入った袋を掴んで、椅子から飛び降りたサクラは、またも子供らしい笑顔でにこりと笑い手を振ると、先ほど見ていた人込みの方に駈けていった。 あっという間にその小さな姿は人込みの中に消えてしまうが、疲れ切っている美月達にはその背を追いかけるだけの体力は無く、ただ呆然と見送るしか出来無かった。 「な、なんなのよあれ。っていうかまた狙ってくるって。どうしよう美月。あんなの相手にしてたらまともにクエスト受けられないよ」 麻紀の思い浮かべた懸念に美月も同意せざる得ない。 だからどうしても答えに詰まる。 世界クラスレベルのプレイヤーであるサクラから、初日は何とか逃げ切ることはできた。 だがもし連日狙われ続ければ、正直いつまで持つか判らない。 それ以前に介入が入るのでは、まともにゲームにはならない。 言動からして三崎とは敵対関係にあるようだが、その狙いや目的も正直にいえば判らない。 判らない事が、ただ、ただ増えただけだ。 まともにゲームにならなければ、そして入賞しなければ、父の情報を知る事が出来ない。 自分が優先すべきはまずゲームでの功績を稼ぐこと。 だけどまともにゲームにならないのでは……まともに? ふと美月の心に答えが浮かぶ。 サクラたちがどうやって美月達を補足しているかは判らない。 だがPCO世界はとてつもなく広い。ならばサクラたちが追って来られない場所へ行ってしまえば、なんとかなるのではないか。 つまりは普通のプレイヤーでは立ち入れない領域へ。裏社会へといってしまえば…… 不意に思いついたそれはどうにも怖い考えだった。渡されたパスポートの期限は今日中。 決断するならば今夜までだ。 しかし どうしても考えてしまう。 どうしても思ってしまう。 全ての状況が、出会いが、三崎の策略の1つでは無いのかと? 失敗は出来無い。 失敗したら父の事を知る事が出来ない。 だから美月は、現状を打破できるかも知れない考えに至っても二の足を踏んでしまう。 「美月。何か思いついたんでしょ。いいよそれでいこ。あたし達は絶対負けられないんだから。あの子にもお兄さんにも負けてられないでしょ」 深く考え込んでいる美月の手を、不意に麻紀が己の手で掴んで包んだ。詳しい説明も聞いていないのに、美月が決めたなら大丈夫だという信頼がその手からは確かに伝わってきた。「うん……そうだね。麻紀ちゃん1つ方法があるんだけど……」 まだ全貌が見えぬ領域。通常のゲームプレイから外れた賞金首となる裏攻略ルート。 そこに飛び込む勇気を受け取った美月は、そのプランを花火の音に負けないように自信を持った声で麻紀へと相談し始めた。「サクラ。冒険気分もいいけど迷子は止めてくれ。義兄さんの事でただでさえ鬱なのに、サクラにもなんかあったら姉さんに殺される」 右手で胃の辺りを抑える叔父は、反対側の左手でサクラの右手をしっかりと握ってくる。 逃がす気は無いようだが、サクラとしても十分満足したので、後はこの大好きな叔父と一緒に夜店周りを楽しむことにしている。 叔父の宗二は姉であるサクラの母とは少し年が離れているので、叔父と言うよりもどちらかと言えば従姉妹のお兄さんという感じだ。 少し頼りなさそうな感じだが、これでも若手産業ジャーナリストとしてステイツではそこそこ名が売れているのだから人は見かけにはよらない。 宗二の今の表向きの取材対象は、急速に勢力を拡大しているディケライア社と、その裏側に潜む男。三崎伸太だ。 奇跡や詐欺と呼ばれるようなあり得ないほどの勢いと状況で、リアルとVRの両世界で拡大を続けていくディケライアと、その黒幕と目される日本人の目的を説き明かすというのが一応の名目で所属している新聞社には通してある。 純粋の日本人である宗二なら、日本での取材もしやすいだろうという考えもあるようだ。 だがそれはあくまでもついで。 サクラと宗二の目的は別にある。「は~い。それよりシンタが差し入れてきたってお菓子みせてよ」「本当に頼むよ。あの二人も美月って子はまだ高山清吾の娘って事で判るけど、麻紀って子はなんでこのゲームに参加したのか判らないんだから。特別リストのど真ん中に名前が載ってるから何らかの意味があるとは思うんだけど」 小さいながらしっかりとした作りの木箱を手持ち袋から取りだした宗二は、姪へと渡してやり代わりに金魚を受け取る。 すぐに死なれてサクラのテンションが下がりでもすれば、真の目的達成に大きな支障が出るので、帰る前に金魚鉢やら餌などを用意しなければと宗二は都内でやっているショップをリストアップしようとする。 だがそのリストが呼び出される前に、差出人不明メールが届き、ご丁寧にもこの夏祭り会場内で金魚飼育セットが買える出張ショップが表示された。 これを送ってきたのは誰か? さらに言えばこの状況を読んでいたのか? 考えるまでも無いが、いつでもお前達を見ていると警告をされているようで実に恐ろしい。「だから宇宙人なんだってあのマキってお姉ちゃんは。今時あの恰好はないよ。わ。綺麗だね宗二にぃ」 叔父が戦慄を覚えている事に気づかず、今日の敢闘賞という名目の木箱を開いたサクラは歓声を上げる。 色取り取りの花を象った砂糖菓子が綺麗に収まっている。 その中には自分の名前、そしてコネクターでもある髪飾りと同じ花をサクラは見つけ、それを摘むと口に放り込む。 すっと口の中で溶ける甘さが心地よい。やはり今日は楽しい。最高だ。「サクラ。一応は毒とか疑おうよ。三崎がなに考えているんだか判らないってのはサクラもよく知ってるでしょ」 「もう宗二にぃは心配症だな。シンタはサクラと同じ人種ゲーマーだよ。プレイヤーにはゲーム世界でしか仕掛けてこないって。それにサクラは大丈夫だよ。宗二にぃは大船に乗った気持ちでいてよ。このチェリーブロッサムが絶対入賞してやるんだから」 その楽しさをさらに上のステージに上げるために。 月で死んだと思った父。そして宗二の婚約者を取り戻すために。 サクラは頭上の花火を見上げながら、ゲーム攻略に向け決意を新たにしていた。かなり長くなりそうなので、とりあえずこれで三部は完です。ゲーム攻略のために裏街道を進むことにする美月。美月とはまた別に大切な者の事を知る為に動き出す特別なプレイヤー達。そしてそれらを全て使って暗躍するラスボスwそんな感じです。では次の第四部暫定あらすじと参ります。 賞金首となりながら不殺プレイという縛りを自らに課し裏街道を進む美月達は、裏の地図屋、改造屋としての片鱗を見せ始める。 父の情報を得るために少女達は戦場を駆ける。 その一方リアル世界ではついに暗黒星雲調査が開始されるが、暗黒星雲内で次々にポッドが謎の攻撃を受けて撃墜される非常事態が発生する。 敵の狙いはディケライアが有する銀河帝国最後の船。創天そして送天か? それとも銀河帝国最後の実験生物が住まう星である地球か? 人跡未踏であるはずの暗黒星雲内に潜む勢力を相手に、三崎、そしてアリスはどう立ち向かう。 といった内容で考えております。 これからもつらつらと続けますので、お付き合いいただき、お楽しみいただければ幸いです。